いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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人生は六十一から

 このところ、風邪気味で、風邪薬ばかりを飲んでいる。
インフルになるかなあ、なると嫌だなあと思っていると、案の定、ほらね~、やっぱりなった。。。っていうことがよくある。
だから、インフルに罹ったと思えば軽いかもと思ってたら、あれま、かえって悪化した。
体力が劣化したのだ。あと2年で古希だ。当たり前だ。

 『人生は四十二から』というアメリカ映画があった。
英国の貴族がポーカーで負け、召使チャールズ・ロートンを譲ることになる。
チャールズ・ロートンはアメリカの西部の片田舎に連れて行かれ、リンカーンの有名なゲティスバーグの演説に感化される。
人はみな、自由と平等であり、世のため人のために献身しましょうというようなことか。
人民の人民による人民のための政治というところだけ、知っていた。
ロートンは、独立して店を開く。。。というような話だった。

 たぶん、その影響からだろう。小林信彦さんに、『人生は五十一から』という連載エッセイがある。
人は、五十を過ぎると、体力的には劣化するけれど、その分、わかってくることもある。
世の中のことも、少しは見えてくる。
そんな紹介文を読んだ記憶がある。

 ボクは、勝手に『人生は六十一から』に読み替えて、四十半ばでやめてたことを再開した。
うまく行ったかどうかは全く自信はないが、2年後の定年前には、どうにか終えたい。
はてさて、どうなりますか。
万事がおくてで、大江健三郎に『遅れてきた青年』という小説があったけれど、こちらは、遅れてきたおじいさんになってしまった。

 三十になるかならないかのころ、年賀のご挨拶で、会社の役員の自宅へうかがった。
役員の方は、たぶん、六十三才ぐらいのころだと思う。
曰く、二十代は女性、三十代は自分の仕事、四十代は会社の仕事、五十代は財界人活動だと、ご自分の人生を述懐された。
ふ~ん、そういうものか。ボクはたぶん、そうはならないだろうなと思った。

 ボクの人生も四十二才で転職し、六十一才から、途中でやめていた仕事を再開した。
残された時間は、楽しく過ごしたいけれど、いかんせん、趣味などない。

 まあ、人気のないファーストフード店よりも、行列ができる定食屋の方が、今は魅力的である。
三十代は、それが待てなかった。
 がしかし、目の前にビールの中缶があれば、1年後の生ビールの大100杯よりもうれしい。
経済学では時間選好というらしいけれど、1年後の一升の日本酒よりか、今日の1合なんだよなあ。
わかっちゃいるけどやめられねえ。。。とは、至言である。

 そういえば、『ニューシネマパラダイス』の中で、アルフレードがトトに聞かせた物語を思い出した。
美しい王女様が、100日間、昼も夜もバルコニーの下で待ってくれたら、護衛の兵士のものになると言ってくれるけれど、兵士は99日目の夜、なぜか去って行ってしまう話だ。
なぜか。こたえはない。

 ボクは99日も待ち続ける自信はないけれど、かりに99日目になったら、やっぱ、帰るタイプだなと思う。
ただ自己破壊的衝動ではなく、敗者の論理が近いかなと思ったけれど、それも違う気がする。
最後のたった1日が待てない。それって、ボクに本質的に欠けている何かだと思う。
それは、致命的な欠落部分だ。
 
 でもね、贅沢な物語ですよね。
まっ、いっか。


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by nonoyamasadao | 2018-11-17 11:48 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

長部日出雄さんを偲ぶ

 長部日出雄さんが亡くなった。やはり、悲しい。
こう書くと、ずっと愛読者だったようだが、十代から二十歳ちょっと過ぎまでと、還暦を過ぎたあたりから、ときどき気になった。
十代の頃は、『映画評論』の日本のヌーベルバーグ作家の映画評が鮮烈だった。
鋭角的な書き方で、かなり辛辣だった。
なにより、大好きな山田信夫や蔵原惟繕などを採りあげているのが、うれしかった。
当時は、松竹系ヌーベルバーグや増村保造は採りあげても、また、鈴木清順や中平康は論じても、山田信夫や蔵原惟繕までは、なかなか論じる人は少なかった。

 大島渚監督が松竹ヌーベルバークという表現をしたのは、『週刊読売』の編集者だと言っていたが、それは記者時代の長部さんのことだ。
そうだった。その頃のボクは、シナリオライターになりたかった。雑誌『シナリオ』など買いこんで、一番、憧れていたのが、山田信夫さんだった。
田村孟でもなく、橋本忍でもなく、山田信夫さんが一番、モダンで、センスがよいと思い込んでいた。

 長部さんは、たぶん、本邦では浦山桐郎、海外ではフェリーニが一番、好きだったのではないか。
当時の長部さんは、切れ味鋭く、往時の双葉十三郎先生の『日本映画月評』を想起させた。
後日、双葉十三郎先生の『映画の学校』の対談で、小林信彦さんが長部さんも双葉ファンだったと、双葉先生に言っているのを読んで、やっぱりなと得心したのを記憶している。
後年、瀬戸川猛資さん編集の『ボクの採点表』の序文を書いていて、うれしくなった。

 双葉先生も感覚的な切れの衰えが早かったけれど、長部さんも後の『紙ヒコーキ通信』や直木賞の『津軽じょんから節』などは、感覚の冴えの衰えを感じて、さびしく思った。シャープで、明晰な人だけにみられる現象だ。
ただ、「エレファントマン」の映画評などは、さすがに辛いことが書いてあって、長部さんなら、こうでなくっちゃね。。。と、思ったことがある。

「赤ひげ」の批評は、ボクが中学の頃だと思うが、黒澤明の作風には、マックス・ウェーバーを引いて、家父長的な支配構造が一貫していると論じたのを読んで、フム、なるほどと思った。
この説は、今では批判もあるけれど、一つの解釈であるのは疑いない。
ボクがアラ還のころ、マックス・ウェーバーの『経済と社会』など調べる機会があって、世良晃志郎訳『支配の社会学』を読んで、伝統的支配、カリスマ的支配、官僚的支配の支配の3類型を知った。家父長制は伝統的支配になる。
ああ、長部さんは、1960年代前半にはこの本を読んでいたか、ひょっとしたら、原書(ドイツ語)で読んでいたのかなと、感心してしまった。
ただ、『二十世紀を見抜いた男 マックス・ヴェ―バー物語』は、観光を楽しむ紀行文のようで、あまり感心しなかった。

 大学3年のころ、朝日ジャーナルに、小林信彦さんが小林旭のことを書いていて、古いヒット曲のLPを入手したので、上京していた長部さんを誘うと、「泣いちゃうからなあ」と言った記事を読んだことがある。
結局、小林さんと一緒に聴いて「恋という字はヤッコラヤノヤ・・・・」という石郷岡豪作詞の「ノーチヨサン節」が入ってないとダメだなというくだりがある。
この作詞は、西沢爽さんになっているが、どうやら、長部さんと同郷の石郷岡さんが書いていたようだ。
長部さんと同郷の青森の人で、ミュージカルや「ジャングル大帝」の作詞もした人だ。
志半ばで、消えて行った脚本家だ。
この挿入歌の映画は、小林旭の『東京の暴れん坊』だった。銀座にはまだ、三愛がなく、一歩、路地に入ると、銀座はまだ、くすんでいたころだ。
小林旭がコックで、フランス語を喋ったりしてた。お隣の銭湯の娘さんが、浅丘ルリ子さんで、美しいというより、かわいい感じだった。
松木ひろし・向田邦子さんの『新だいこんの花』で、大原麗子さんがやったような役だった。

 長部さんと言えば、やっぱ、石井均論だろう。
パセティックで、対象に、思いっきりのめりこんでいくような評論だ。
昔、靖国通りには、松竹文化演芸場があった。
テアトル新宿より新宿駅側だ。
ボクはまだ、子供だったので、この演芸場には行ったことがない。
ただ、石井均一座のテレビ中継が、夜30分くらいあって、まったくのドタバタで、とても面白かった。
もっと大きくなっていれば、スラップスティックとか、云っていたのでしょう。
この石井均さんに、ほれ込んだ長部さんが、石井均さんが、本当の芝居がしたいということから、一座を解散したことを悲しむ評論だった。
ペーソスとか、しめった演技などが本当の芝居だとしたら、そんなものは見たくもないという失望を綴ったものだった。ボクが、寅さんが苦手なのも、乾いてないからだ。
憂愁が漂った名文だった。
ヒッチ・マガジンの見開き程度の枚数だった。 

 長部さんは太宰治のユーモアを感じられるお伽草子とか、本当に好きな対象について語るとき、それはそれは素晴らしい筆致だった。
合掌。


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by nonoyamasadao | 2018-11-10 16:36 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

古希が近いというのに

  安室奈美恵さんが引退された。若い人たちは大騒ぎだったが、ボクにはピンとこなかった。
安室ファンの人、ごめんなさい。
嫌いとか好きの問題ではなく、ボクが時代の感覚とズレたのだと思う。

 かなり以前に、ケーリー・グラントの方が、ジェームズ・ステュアートより4才も年長なのに、スチュワートの方がずっと老けているという記事を読んだ。
書いたのは、小林信彦さんだったと思う。
そっか、たしかにそうだなあ。
『リバティ・バランスを射った男』のステュアートは、ヨレヨレのおじいさんの風貌だった。まだ、54才だった。
それに比べ、なるほどグラントの方は『北北西』が55才、『シャレード』が59才だ。やっぱ、若い。
26才年少のオードリー・ヘプバーンをロマンスの相手にして、違和感がない。
『北北西』なんか、そういう役とはいえ、あちこち、縦横に走り回って逃げていた。若々しい。

 でも、ボクが若かったせいか、グラントよりも、ステュアートの方が渋くて好きだった。
グラントさんは、甘いマスクだったけれど、すこし軽薄な感じでそれほど好きではなかった。
今思うと、洗練されていた。
日本人でも池部良さんとか、2枚目俳優は妙に苦手だった。コンプレックスとか、嫉妬なのかもしれない。

 でも、よくしたもので、ケーリー・グラントさんは82才でお亡くなりになり、ジェームズ・ステュアートさんは、なんと、89才まで生き延びた。
外見と寿命は必ずしも一致しないようだ。

 考え方てみれば、オードリー・ヘプバーンは、おじさんばかりが相手役だった。
相手役といえば、30才年上のハンフリー・ボガート、28歳年上のゲイリー・クーパー、21才年上のレックス・ハリソンですからね。

 東京で、リーマンをしていたころ、若い女性にダブダブの服が流行った時代があった。
なにも知らないボクは、若い女性社員がセーターの袖などを折り返しているの見て、それはファッションなのですか?それともサイズが大きいの?と、失礼な質問をしたのを思い出した。
今だったら、セクハラになるかしらん。
ご本人が不快に感じてたら、きっと、セクハラだったのかもしれない。
女性がゆったりめの服を着ているのは、可愛い。好きだなあ。
お風呂あがりにだぼだぼのワイシャツを着るとか考えるだけで、堪りません。

 今思うと、ダブダブの服を着ていた方が、華奢で、可愛らしく見えるのを知ってて、そうしてたのかしら。
彼女たちは計算していたのかな。
ボクはひょっとしたら、その戦略にまんまとしてやられたのかもしれない。

 だとしたら、枯れ専女子のオードリー・ヘプバーンさんも、実は、おじさん相手の方が、自分が愛らしく見えるのを計算していたのかもしれない。
八千草 薫さんなんかも、谷口千吉監督とならぶと、いつまでも初々しかった。

 しかし、古希が近いというのに、こ~んなことを考えているのは、そうとうマヌケですね。


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by nonoyamasadao | 2018-10-06 17:09 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

夏休み最後の日

 昨日は、平成最後の夏休みの日だった。
東京での2日間は、連続でかなり飲みすぎちゃったなと思う。

 朝早いのに、芝の増上寺近くの街角を行き交う人々が多い。みな、職場に向かい急ぎ足だ。まあ、25年前のボクも同じだった。
朝8時ちょっと過ぎ、スタバの扉を開くと、な、なんと満席だった。
あかの他人同士が肩を触れ合うくらい蝟集して座り、みな、スマホをいじってる。

 ウ〜ム、東京なんだなぁ。異様に映るのは、ボクがすっかり田舎者になったからなんだろう。
だったら、田舎者でいいや。

 タクシーで空港に向かう途中に、サルスベリの若木の街路樹の道を通る。そんなに長い道じゃない。
ああ、ここは数年前に、三田に向かうとき、通った道だった。
都会の朝日に輝くサルスベリの縮れた赤紫の花房が目に染みる。

 車窓から、増上寺と東京タワーが、一緒に並んで見える。
東京タワーって、こんなに優美だったんだとはじめて気づく。
女性のロングスカートのような風姿である。

 空港につくと、めずらしく、バス出発のラウンジだった。
小さな子供連れが多い。夏休みの最後だからだな。

 チーフパーサーの機内アナウンスを、ぼんやり聞いていた。
日本語では名字だけなのに、英語だとフルネームだった。
リカさんというのか。おぼえておこう。

 機内食は、ハワイアンスタイルのポークサンドイッチ海老マリネゴボウサラダだった。
茄子とズッキーニのオニオンスープを、スプーンですくい、すする。
フム、な〜んかあとひく感じで、これは病みつきになりそうだ。

 ポッカリ浮かんだ雲の塊をながめ、今年の夏は、いつもにも増して、な〜んにも仕事をしなかったなと思う。
まあ、そのかわり、健康診断はセーフだったから、まっ、いっか。

 アップルジュースを飲みながら、9月になったら、仕事を再開しようとチラと反省するが、果たして、どうなるか。
あ、そういえば、スタバでホットコーヒーを飲めなかったんだと、悔やむ。

 ああ、今年も、ほんとうに夏休みが終わったんだなあ。And Summer Is Goneだ。


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by nonoyamasadao | 2018-09-01 10:42 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

ゆるゆる生活

 このところ、DVD化されたテレビ・ドラマばかり見ている。
『受験のシンデレラ』は、なかなか良くできていて、面白かった。
小泉孝太郎さんは演技が上手くなっていたし、川口春奈さんがけなげで、愛らしい。
お受験のドラマで、小泉孝太郎さんが伝説の予備校教師で、川口春奈さんが受験生という役柄だった。

 和歌は、ラブレターであるという。フム、そりゃそうだ。
西野カナだと思えと、教える。
会いたくて、会いたくて、震えるみたいなものだと、ドラマでは言う。
またまた、いいかげんなことを・・・と思いつつ、受験勉強はそ~んなもんだよなと、思い返す。
もっとも、受験は高校だけだから、お気楽だったのかもしれない。
まあ、イチゴパンツの明智光秀さんが、本能の赴くまま行動したら、本能寺の変になったとか、結構、言葉遊びしながら暗記した。

 『コントレール~罪と恋~』は、これでもか~とばかりの、あざといドラマで、すぐにやめた。映像はきれいなのに、大石静さんのドラマとは、相性が悪いみたい。

 お口直しに、寝しなに見たドラマでは、男女が、男坂と女坂の石畳の階段をそれぞれ上り、夜の湯島天神でお参りして、夫婦坂を一緒に降りてくる。
う~ん、これは、1度くらい、やってみたかったなあ。

 ビールを飲みたくなったけれど、休肝日だから、やめて寝る。


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by nonoyamasadao | 2018-08-26 14:37 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

ラブ・ジェネレーション

 酷暑である。
危険な夏の暑さが、連日続く。
毎日、雑用で外出するが、外の方がクーラーがきいているのか、歩き回るからなのか、過ごしやすい。
家にいて、テレビなど漫然と見ていると、かえって、熱中症になりそうである。

 夜、一番星を見つける。
DVD-BOX『ラブジェネレーション』を見る。
そっか、もう20年以上前か。
してみると、この地に来て、四半世紀が流れたのか。

 ドラマでは、開巻、渋谷発、品川行きの山手線の終電に乗り遅れたキムタクを映し出す。キムタク、若っ。
山手線は、ウグイス色ではなく、銀色のステンレスの車体だった。

 あの頃の終電は、何時だったかな。
1時ちょっと過ぎくらい、だったような気がする。

 深夜の渋谷文化会館の前に、キムタクがいる。
ああ、パンテオンや、渋谷東急が入っていた建物だった。
タワーリング・インフェルノは、ここで見たような気がする。
 天文博物館の五島プラネタリウムには、とうとう、一度も行かなかった。
まあ、ディズニーランドにも、一度も行かなかったので、不思議ではないけれど、かすかな後悔がある。

 振り返ると、中央線か、東西線、丸ノ内線が主体の毎日だった。
新宿、銀座、新橋で、よく飲んだ。
 ドラマの渋谷東口界隈は、あまり馴染みがないはずだが、不思議と懐かしい。
渋谷は若者の街といった風情で、疎遠に感じていたのだが、大都会の夜の匂いは共通しているのかもしれない。

 渋谷という街が嫌いというのではない。大学生活や通勤では、縁がなかっただけだ。

 このドラマの頃は、四十代後半の中年の終わりのころだった。
念願が叶い、思い通りに転職し、この地に来たが、それでも挫折や欲求不満を抱え、何もしないまま時間が流れた。
 今思うと、まだまだ若く、贅沢な時間だったと思う。
大切なことは、いつだって失ったり、通り過ぎてから気づく。

  寝しなに窓を開けると、一番星と同じあたりに、星を見つけた。


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by nonoyamasadao | 2018-08-13 13:24 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

平成最後の夏

  早朝、通り抜けの大学のキャンパスを歩く。
まだ、ほとんど誰もいない。
あたり一面、蝉時雨である。
見上げると、大楠やモミジや欅などさみどりの葉を繁らせる。
さみどりという季節はとうに過ぎたけれど、暑さのせいか、そう見える。
一面の蝉時雨といっても、東京時代のアブラゼミのようににぎやかを通り越して、うるさいわけではない。
文字通り、雨が降るような感じの蝉時雨で、程よい。

 それにしても、一晩中、クーラーをつけっぱなしでないと、かなり堪える。

 ああ、ことしも夏が来たんだなあ。
平成最後の夏は、焦げるような、陽炎がゆらめくような暑さだ。
もう、二度と来ない平成の夏だ。

 夏は、恋愛などと似て、魔法のような、幻のような魅力をもっている。
焼け爛れるようで、堪らなく辛くて、でも、それが終わると、哀愁がある。 
不思議な魔法の季節である。
平成、最後の夏は、殺人酷暑だが、しかと噛みしめるように過ごそう。

 きっと、十年くらいたって、まだ、健康で生きていたら、平成最後の夏を思い出したら、甘くて切ない、しみいるようなさみしが襲ってくるに違いない。
ことしの夏は、スモモを食し、スイカを食し、イチジクを食し、おいしいビールをたくさん飲もう。

 もう少し、若ければ、日暮れのダラダラ坂が続く道を、麦わら帽子を被って、自転車をこぎたかったなあ。
願わくば、桔梗模様のうちわでももっている、浴衣がけの黒島結菜さんのような、昭和な感じのショートカットの女の子とでも、すれ違ったらサイコーである。

 背中で聞いた蝉時雨を思い出しながら、あの夏の、あの夕景は、ああだった。。。な~んて、思い出すのもよいものである。
そして、ゆっくりと、冷たい枝豆で、冷たいビールを飲むのである。


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by nonoyamasadao | 2018-07-24 16:20 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

夢見るころを過ぎても、まだ、夢を見る

  明日は、自己紹介をしなければならぬ。
いくつになっても、寄る辺なくて、ついついメモなど書いて、それを上手く読めないで、自滅するパターンである。以下は、その概要である。

 ボクは本が大好きで、暇ができると、三年坂通りの蔦屋書店や長崎書店によく出掛けます。
本棚に、びっしりと並んだ文庫本のコーナーや平置き新刊本のコーナーを散歩するように見て回ると、何だか気分が落ち着きます。
写真が美しい料理のレシピ本も好きで、木の葉型のデミグラ・オムライスの優しい黄色に、じぃっーと見入ってしまいます。
要は、食べ物に、並外れて意地汚いんです。

 川上弘美さんのうけうりですが、今までの人生の中で、一番多く、足を踏み入れたお店は、本屋さんです。
その次は、居酒屋か、大人の喫茶店のお蕎麦屋さんだと、思います。
陽が暮れるころに、お蕎麦屋さんでビールを飲んで、ああ、今日も一日が平和に暮れてゆくなあ。。。と思うと、少し感傷を伴った、懐かしいような、心地よい気持ちになります。若いころは、こんなこと、小市民的でヤだなぁと思っていた。人間は変われば変わるものだ。
三番目に行くお店は、スーパーか、映画館だと思います。

 ということで、いつでも、どこでも、映画と読書。。。が、ボクの趣味の大半です。
じゃあ、他には何があるだろう。。。と、つらつら考えると、旅と温泉と旬の料理に、興味津々です。
雪が舞う季節に、寒い北国の温泉に行って、庭の灯籠に照らされた灯障りの木の紅葉などを眺め、たくさんセリの入ったキリタンポ鍋を食すと、ああ、生きていてよかったぁ。。。と、心底、そう思う今日この頃です。

 映画も読書も、そして、居酒屋や旅にも、共通するものがあります。
それは、池澤夏樹さんのうけうりですが(だったと思う)、ほんのひとときの間だけ、別の自分に出逢うことができます。

 でも、ときどき、あまり浮世離れしてもいけないよなあ。。。と反省することもあって、月に一度くらいは、時局を論じた、進歩的なのと、保守的なオピニオン雑誌など、斜め読みします。
もう一度は、政治、経済、経営、社会、文化に関する、アカデミックな書物も、一応、読みます。でも、ほとんど訳わからない。

 人生には選択の道が迷路のようにあって、いまだ、筋書きのないドラマに翻弄されていますが、これから先、どうなるかなあと思うと、年甲斐もなく、思いもかけない僥倖が明日にも来るような気がして、楽しくなります。実際は、ほとんど来ません。けれど、ごくまれに奇跡みたいなことも起こります。2度くらい経験したので、もう1度、来るかもしれない。小さなミラクルを、今も祈っている。
まあ、老害なんでしょうが、そういう生き方が、ボクにあっていると思う。
 
 願わくば、宮沢賢治先生の雨ニモマケズのようにありたいと、ちらと思いますが、まあ、我儘な人間だから無理です。

 小学校、中学校の放課後の道草のように、晴れたり曇ったりの日々の出来事あれこれを思い出しながら、ゆっくりとまったりと、残された時間を、楽しく過ごせたら最高だなって思います。

 中学校になるかならないころの、お正月に読んだ大好きな石森章太郎さんの『あかんべえ天使』のように、今日に「おかえりなさい」と、明日に「いってらっしゃい」を繰り返しながら、一日が過ぎれば、それはきっと、ボクにとって、サイコーなのだと思う。


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by nonoyamasadao | 2018-07-10 19:11 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

人生は、ついふらふらと

 川上弘美さんに 、午後の早い時間から、お蕎麦屋でせいろを食し、ヒマだから、神社などに寄り道して、匂いにつられて赤提灯に行くエッセイがある。
20代半ばの女子の同僚と二人で、ついふらふらとという、理想の老後みたいな生活をしていたとある。

 そっか、20代女子二人だと、そうなるのかもしれない。
時代背景も、あるだろう。
昔のころは、そうだったんでしょうね。

 ボクも、会社員をしてたけれど、17時30分過ぎは、ついふらふらと季節料理屋さんで、お酒を飲んでいた。
それが病みつきになった。

 最近、基本は、1飲2休肝日だけれど、ビール中缶2本か、ビール中缶1本、日本酒1合の生活に、ビールか日本酒か、どちらか1本増える日が多くなった。
いかんなあ。。。とは思う。
しかし、晩年の山口瞳さんは、お猪口一杯を何時間も費やして、飲んだというエッセイを読んだ気がする。
これは、辛すぎる。

 ここで、『恋人たちの時間』を思い出す。
主人公は、かく語りき。「本は、まず、最後のオチから読む。なぜなら、いつ死ぬかわからないから」。。。ってね。
『君の膵臓をたべたい』みたいな、流れ弾だって、あるかもしれぬ。

 まあ、一本増やすことの正統化に、必死過ぎる気がする。
人生は、ついふらふらとであってよいのだと思う。

 梅雨の季節である。
梅雨入りしてから、一度だけゲリラ豪雨があったけれど、暑い日が多い。
今日は、それほどでもなかった。

 初夏の空は青く、まだ少しくらいは暑いけれど、空気はじめじめしないで乾いている。
理想の老後は、この後、テレビを見たり、本を読んだりして、夜の帳が降りたころ、美味しいつまみで、熱燗の日本酒を時間をかけて、ゆっくりと飲むことしか、思い浮かばない。

 ほかには、なにも浮かばない。
大判のノリで包んだオカカのおにぎりと、あみの佃煮で、日本酒を飲む。
それに勝るシアワセは、ない。
まっ、いっか。


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by nonoyamasadao | 2018-06-12 19:18 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

夢は嘘をつかない

  最近、明け方によく夢を見る。
トイレに行こうかな、面倒だから、我慢しよ。
ということで、眠りが浅いせいもあるのでしょう。

 夢の中では、中学時代の友達と、大学時代の友達と、会社時代の友達が、一緒になって、登場する。
ボクは、実物も悪いのだが、写真うつりが、選りすぐって悪い。
自意識過剰なのである。
だから、知らないで撮られたものなら、かろうじて、見られる。
まあ、ブサイクなのは、仕方ない。
そんなことだから、アルバム写真など、高校の修学旅行の数枚の写真から、一挙に、30代の年末パーティ写真まで、なにもない。
当然だが、友だちとなると、記憶の中に痕跡として、残っているだけだ。
ただ、夢は嘘をつかないというか、知らない同志の中学時代の友人と会社時代の友人が、話し合うことはない。

 昨日見た夢では、30才直前の頃に、1才上の友人と旅をしていた。
列車の中だった。
流れていく景色が、日本海っぽいので、金沢か、温海温泉に、行った時のことが、原風景だろう。

 ふと、岩崎宏美さんの二十才前のメロディーが夢の中で、浮かんだ。
フム、阿久悠さんの詞は、苦手なのになあ。

 そうだった。
いつだったか、どこかに向かう列車の中で、二十才前が思い浮かんで、三十路前に読み替えて、心の中で、歌ったことが、確かにあった。
三十路になるのが、ああ、もう青春とはさすがにいえないなあ。。。と、とてつもなく、さみしかったのを、覚えている。

 もちろん、声に出して歌ったわけではないし、一緒に旅した友人にも話していない。
そ~んなささいなこと、よく覚えていたなあ。

 なるほど、夢は嘘つかない。



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by nonoyamasadao | 2018-06-11 17:54 | 雑文 | Trackback | Comments(0)