いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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夏休み最後の日

 昨日は、平成最後の夏休みの日だった。
東京での2日間は、連続でかなり飲みすぎちゃったなと思う。

 朝早いのに、芝の増上寺近くの街角を行き交う人々が多い。みな、職場に向かい急ぎ足だ。まあ、25年前のボクも同じだった。
朝8時ちょっと過ぎ、スタバの扉を開くと、な、なんと満席だった。
あかの他人同士が肩を触れ合うくらい蝟集して座り、みな、スマホをいじってる。

 ウ〜ム、東京なんだなぁ。異様に映るのは、ボクがすっかり田舎者になったからなんだろう。
だったら、田舎者でいいや。

 タクシーで空港に向かう途中に、サルスベリの若木の街路樹の道を通る。そんなに長い道じゃない。
ああ、ここは数年前に、三田に向かうとき、通った道だった。
都会の朝日に輝くサルスベリの縮れた赤紫の花房が目に染みる。

 車窓から、増上寺と東京タワーが、一緒に並んで見える。
東京タワーって、こんなに優美だったんだとはじめて気づく。
女性のロングスカートのような風姿である。

 空港につくと、めずらしく、バス出発のラウンジだった。
小さな子供連れが多い。夏休みの最後だからだな。

 チーフパーサーの機内アナウンスを、ぼんやり聞いていた。
日本語では名字だけなのに、英語だとフルネームだった。
リカさんというのか。おぼえておこう。

 機内食は、ハワイアンスタイルのポークサンドイッチ海老マリネゴボウサラダだった。
茄子とズッキーニのオニオンスープを、スプーンですくい、すする。
フム、な〜んかあとひく感じで、これは病みつきになりそうだ。

 ポッカリ浮かんだ雲の塊をながめ、今年の夏は、いつもにも増して、な〜んにも仕事をしなかったなと思う。
まあ、そのかわり、健康診断はセーフだったから、まっ、いっか。

 アップルジュースを飲みながら、9月になったら、仕事を再開しようとチラと反省するが、果たして、どうなるか。
あ、そういえば、スタバでホットコーヒーを飲めなかったんだと、悔やむ。

 ああ、今年も、ほんとうに夏休みが終わったんだなあ。And Summer Is Goneだ。


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by nonoyamasadao | 2018-09-01 10:42 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

ゆるゆる生活

 このところ、DVD化されたテレビ・ドラマばかり見ている。
『受験のシンデレラ』は、なかなか良くできていて、面白かった。
小泉孝太郎さんは演技が上手くなっていたし、川口春奈さんがけなげで、愛らしい。
お受験のドラマで、小泉孝太郎さんが伝説の予備校教師で、川口春奈さんが受験生という役柄だった。

 和歌は、ラブレターであるという。フム、そりゃそうだ。
西野カナだと思えと、教える。
会いたくて、会いたくて、震えるみたいなものだと、ドラマでは言う。
またまた、いいかげんなことを・・・と思いつつ、受験勉強はそ~んなもんだよなと、思い返す。
もっとも、受験は高校だけだから、お気楽だったのかもしれない。
まあ、イチゴパンツの明智光秀さんが、本能の赴くまま行動したら、本能寺の変になったとか、結構、言葉遊びしながら暗記した。

 『コントレール~罪と恋~』は、これでもか~とばかりの、あざといドラマで、すぐにやめた。映像はきれいなのに、大石静さんのドラマとは、相性が悪いみたい。

 お口直しに、寝しなに見たドラマでは、男女が、男坂と女坂の石畳の階段をそれぞれ上り、夜の湯島天神でお参りして、夫婦坂を一緒に降りてくる。
う~ん、これは、1度くらい、やってみたかったなあ。

 ビールを飲みたくなったけれど、休肝日だから、やめて寝る。


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by nonoyamasadao | 2018-08-26 14:37 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

ラブ・ジェネレーション

 酷暑である。
危険な夏の暑さが、連日続く。
毎日、雑用で外出するが、外の方がクーラーがきいているのか、歩き回るからなのか、過ごしやすい。
家にいて、テレビなど漫然と見ていると、かえって、熱中症になりそうである。

 夜、一番星を見つける。
DVD-BOX『ラブジェネレーション』を見る。
そっか、もう20年以上前か。
してみると、この地に来て、四半世紀が流れたのか。

 ドラマでは、開巻、渋谷発、品川行きの山手線の終電に乗り遅れたキムタクを映し出す。キムタク、若っ。
山手線は、ウグイス色ではなく、銀色のステンレスの車体だった。

 あの頃の終電は、何時だったかな。
1時ちょっと過ぎくらい、だったような気がする。

 深夜の渋谷文化会館の前に、キムタクがいる。
ああ、パンテオンや、渋谷東急が入っていた建物だった。
タワーリング・インフェルノは、ここで見たような気がする。
 天文博物館の五島プラネタリウムには、とうとう、一度も行かなかった。
まあ、ディズニーランドにも、一度も行かなかったので、不思議ではないけれど、かすかな後悔がある。

 振り返ると、中央線か、東西線、丸ノ内線が主体の毎日だった。
新宿、銀座、新橋で、よく飲んだ。
 ドラマの渋谷東口界隈は、あまり馴染みがないはずだが、不思議と懐かしい。
渋谷は若者の街といった風情で、疎遠に感じていたのだが、大都会の夜の匂いは共通しているのかもしれない。

 渋谷という街が嫌いというのではない。大学生活や通勤では、縁がなかっただけだ。

 このドラマの頃は、四十代後半の中年の終わりのころだった。
念願が叶い、思い通りに転職し、この地に来たが、それでも挫折や欲求不満を抱え、何もしないまま時間が流れた。
 今思うと、まだまだ若く、贅沢な時間だったと思う。
大切なことは、いつだって失ったり、通り過ぎてから気づく。

  寝しなに窓を開けると、一番星と同じあたりに、星を見つけた。


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by nonoyamasadao | 2018-08-13 13:24 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

平成最後の夏

  早朝、通り抜けの大学のキャンパスを歩く。
まだ、ほとんど誰もいない。
あたり一面、蝉時雨である。
見上げると、大楠やモミジや欅などさみどりの葉を繁らせる。
さみどりという季節はとうに過ぎたけれど、暑さのせいか、そう見える。
一面の蝉時雨といっても、東京時代のアブラゼミのようににぎやかを通り越して、うるさいわけではない。
文字通り、雨が降るような感じの蝉時雨で、程よい。

 それにしても、一晩中、クーラーをつけっぱなしでないと、かなり堪える。

 ああ、ことしも夏が来たんだなあ。
平成最後の夏は、焦げるような、陽炎がゆらめくような暑さだ。
もう、二度と来ない平成の夏だ。

 夏は、恋愛などと似て、魔法のような、幻のような魅力をもっている。
焼け爛れるようで、堪らなく辛くて、でも、それが終わると、哀愁がある。 
不思議な魔法の季節である。
平成、最後の夏は、殺人酷暑だが、しかと噛みしめるように過ごそう。

 きっと、十年くらいたって、まだ、健康で生きていたら、平成最後の夏を思い出したら、甘くて切ない、しみいるようなさみしが襲ってくるに違いない。
ことしの夏は、スモモを食し、スイカを食し、イチジクを食し、おいしいビールをたくさん飲もう。

 もう少し、若ければ、日暮れのダラダラ坂が続く道を、麦わら帽子を被って、自転車をこぎたかったなあ。
願わくば、桔梗模様のうちわでももっている、浴衣がけの黒島結菜さんのような、昭和な感じのショートカットの女の子とでも、すれ違ったらサイコーである。

 背中で聞いた蝉時雨を思い出しながら、あの夏の、あの夕景は、ああだった。。。な~んて、思い出すのもよいものである。
そして、ゆっくりと、冷たい枝豆で、冷たいビールを飲むのである。


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by nonoyamasadao | 2018-07-24 16:20 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

夢見るころを過ぎても、まだ、夢を見る

  明日は、自己紹介をしなければならぬ。
いくつになっても、寄る辺なくて、ついついメモなど書いて、それを上手く読めないで、自滅するパターンである。以下は、その概要である。

 ボクは本が大好きで、暇ができると、三年坂通りの蔦屋書店や長崎書店によく出掛けます。
本棚に、びっしりと並んだ文庫本のコーナーや平置き新刊本のコーナーを散歩するように見て回ると、何だか気分が落ち着きます。
写真が美しい料理のレシピ本も好きで、木の葉型のデミグラ・オムライスの優しい黄色に、じぃっーと見入ってしまいます。
要は、食べ物に、並外れて意地汚いんです。

 川上弘美さんのうけうりですが、今までの人生の中で、一番多く、足を踏み入れたお店は、本屋さんです。
その次は、居酒屋か、大人の喫茶店のお蕎麦屋さんだと、思います。
陽が暮れるころに、お蕎麦屋さんでビールを飲んで、ああ、今日も一日が平和に暮れてゆくなあ。。。と思うと、少し感傷を伴った、懐かしいような、心地よい気持ちになります。若いころは、こんなこと、小市民的でヤだなぁと思っていた。人間は変われば変わるものだ。
三番目に行くお店は、スーパーか、映画館だと思います。

 ということで、いつでも、どこでも、映画と読書。。。が、ボクの趣味の大半です。
じゃあ、他には何があるだろう。。。と、つらつら考えると、旅と温泉と旬の料理に、興味津々です。
雪が舞う季節に、寒い北国の温泉に行って、庭の灯籠に照らされた灯障りの木の紅葉などを眺め、たくさんセリの入ったキリタンポ鍋を食すと、ああ、生きていてよかったぁ。。。と、心底、そう思う今日この頃です。

 映画も読書も、そして、居酒屋や旅にも、共通するものがあります。
それは、池澤夏樹さんのうけうりですが(だったと思う)、ほんのひとときの間だけ、別の自分に出逢うことができます。

 でも、ときどき、あまり浮世離れしてもいけないよなあ。。。と反省することもあって、月に一度くらいは、時局を論じた、進歩的なのと、保守的なオピニオン雑誌など、斜め読みします。
もう一度は、政治、経済、経営、社会、文化に関する、アカデミックな書物も、一応、読みます。でも、ほとんど訳わからない。

 人生には選択の道が迷路のようにあって、いまだ、筋書きのないドラマに翻弄されていますが、これから先、どうなるかなあと思うと、年甲斐もなく、思いもかけない僥倖が明日にも来るような気がして、楽しくなります。実際は、ほとんど来ません。けれど、ごくまれに奇跡みたいなことも起こります。2度くらい経験したので、もう1度、来るかもしれない。小さなミラクルを、今も祈っている。
まあ、老害なんでしょうが、そういう生き方が、ボクにあっていると思う。
 
 願わくば、宮沢賢治先生の雨ニモマケズのようにありたいと、ちらと思いますが、まあ、我儘な人間だから無理です。

 小学校、中学校の放課後の道草のように、晴れたり曇ったりの日々の出来事あれこれを思い出しながら、ゆっくりとまったりと、残された時間を、楽しく過ごせたら最高だなって思います。

 中学校になるかならないころの、お正月に読んだ大好きな石森章太郎さんの『あかんべえ天使』のように、今日に「おかえりなさい」と、明日に「いってらっしゃい」を繰り返しながら、一日が過ぎれば、それはきっと、ボクにとって、サイコーなのだと思う。


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by nonoyamasadao | 2018-07-10 19:11 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

人生は、ついふらふらと

 川上弘美さんに 、午後の早い時間から、お蕎麦屋でせいろを食し、ヒマだから、神社などに寄り道して、匂いにつられて赤提灯に行くエッセイがある。
20代半ばの女子の同僚と二人で、ついふらふらとという、理想の老後みたいな生活をしていたとある。

 そっか、20代女子二人だと、そうなるのかもしれない。
時代背景も、あるだろう。
昔のころは、そうだったんでしょうね。

 ボクも、会社員をしてたけれど、17時30分過ぎは、ついふらふらと季節料理屋さんで、お酒を飲んでいた。
それが病みつきになった。

 最近、基本は、1飲2休肝日だけれど、ビール中缶2本か、ビール中缶1本、日本酒1合の生活に、ビールか日本酒か、どちらか1本増える日が多くなった。
いかんなあ。。。とは思う。
しかし、晩年の山口瞳さんは、お猪口一杯を何時間も費やして、飲んだというエッセイを読んだ気がする。
これは、辛すぎる。

 ここで、『恋人たちの時間』を思い出す。
主人公は、かく語りき。「本は、まず、最後のオチから読む。なぜなら、いつ死ぬかわからないから」。。。ってね。
『君の膵臓をたべたい』みたいな、流れ弾だって、あるかもしれぬ。

 まあ、一本増やすことの正統化に、必死過ぎる気がする。
人生は、ついふらふらとであってよいのだと思う。

 梅雨の季節である。
梅雨入りしてから、一度だけゲリラ豪雨があったけれど、暑い日が多い。
今日は、それほどでもなかった。

 初夏の空は青く、まだ少しくらいは暑いけれど、空気はじめじめしないで乾いている。
理想の老後は、この後、テレビを見たり、本を読んだりして、夜の帳が降りたころ、美味しいつまみで、熱燗の日本酒を時間をかけて、ゆっくりと飲むことしか、思い浮かばない。

 ほかには、なにも浮かばない。
大判のノリで包んだオカカのおにぎりと、あみの佃煮で、日本酒を飲む。
それに勝るシアワセは、ない。
まっ、いっか。


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by nonoyamasadao | 2018-06-12 19:18 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

夢は嘘をつかない

  最近、明け方によく夢を見る。
トイレに行こうかな、面倒だから、我慢しよ。
ということで、眠りが浅いせいもあるのでしょう。

 夢の中では、中学時代の友達と、大学時代の友達と、会社時代の友達が、一緒になって、登場する。
ボクは、実物も悪いのだが、写真うつりが、選りすぐって悪い。
自意識過剰なのである。
だから、知らないで撮られたものなら、かろうじて、見られる。
まあ、ブサイクなのは、仕方ない。
そんなことだから、アルバム写真など、高校の修学旅行の数枚の写真から、一挙に、30代の年末パーティ写真まで、なにもない。
当然だが、友だちとなると、記憶の中に痕跡として、残っているだけだ。
ただ、夢は嘘をつかないというか、知らない同志の中学時代の友人と会社時代の友人が、話し合うことはない。

 昨日見た夢では、30才直前の頃に、1才上の友人と旅をしていた。
列車の中だった。
流れていく景色が、日本海っぽいので、金沢か、温海温泉に、行った時のことが、原風景だろう。

 ふと、岩崎宏美さんの二十才前のメロディーが夢の中で、浮かんだ。
フム、阿久悠さんの詞は、苦手なのになあ。

 そうだった。
いつだったか、どこかに向かう列車の中で、二十才前が思い浮かんで、三十路前に読み替えて、心の中で、歌ったことが、確かにあった。
三十路になるのが、ああ、もう青春とはさすがにいえないなあ。。。と、とてつもなく、さみしかったのを、覚えている。

 もちろん、声に出して歌ったわけではないし、一緒に旅した友人にも話していない。
そ~んなささいなこと、よく覚えていたなあ。

 なるほど、夢は嘘つかない。



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by nonoyamasadao | 2018-06-11 17:54 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

疲れたときには散歩

 最近、肩こり、首凝りがひどい。
そりゃ、そうだ。
元来、出来の悪い頭を、酷使しているからだ。
しかも、成果はあがらず、どうどうめぐりか、かえって、出来が悪くなっているような気がする。

 年なんだから、こーゆー時は、何も期待せず、ゆっくりと、まったりと、散歩でもすればよい。

 はじめて、大人になったと自覚したのは、いつだろう。
何かの体験で、子供から、大人に変わるものではないと、思っている。
だいいち、大人になることが、いいことなのか、立派なことなのかは、分かんない。
な~んとなく、税金を納めたときが、一応、大人になった時かなと思う。

 はじめて、人を好きなったのはいつだろう。
幼稚園や、小学校の初恋は、人を好きなったとは思わない。
もっと、違う何かだ。
それは、きっと懐かしい時間だったり、大切な風景なんかを連れて、その瞬間が蘇るはずだ。
しかし、そんなものは、思い出せない。
ひょっとしたら、本気で、人を好きなったことなど、なかったのかもしれない。
だったら、もの凄く、自分で自分が不憫だ。

 もしかしたらあの時かもしれない・・・が、2つ、3つ、よみがえる。
う~ん、思い違いかもしれなけれど、ボクにしては、上出来だ。

 毎回、集合住宅のゴミ出しだの、お酒のつまみだの、そんなことしか、このブログに書いていない。
さっき、仕事部屋から帰る時に、ナツツバキの白い花が、‌数輪、開いていた。
ひっそりとして咲くが、この花は、好きなんだよなあ。
通り抜けの大学では、暑い日差しのなかで、植栽のクチナシが、かなり、濃密な匂いを放つ。
この香りは、少し遠めの方が、よい香りがする。
小学校の額縁アジサイをチラ見して、病院の雑木の中に、ヤマモモの実を見つける。
ああ、そろそろ、梅雨が来るんだなあ。

 最近は、樹木すら観察しなかったけれど、やっぱ、樹木観察は、季節とか、空気の匂いを感じる。
そういえば、この数年、鳥の声も、川の音も聞いてないな。

 今日は、寝る前に、星を探してみよう。
 長田弘さんによれば、人生には何一つ無駄なことなどないのだから、散歩したり、樹木を見たり、星を数えていれば、人生は森の中の一日に近づくかもしれない。
このところ、若い人と触れ合うと、つくづく年令を感じるけれど、生きているから、年を食う。

 春の日、あなたに会いにゆく。きれいな水と、きれいな花を、手に持って。。。。とは、無縁だ。
けれど、3月末に亡父のお墓参りに行き、きれいな水と、安物の花だが手にもって、出掛けた。
 それで、いっか。


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by nonoyamasadao | 2018-05-29 16:19 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

毎日、お酒を飲まなくなってから

 お酒を毎日、飲まなくなってから、12年目に入る。
その代わりに、しなくなったことがある。

 羽田空港のゴージャスなフカひれラーメンは、それ以来、久しく、食していない。
ビールと前菜で飲み、その後で、ビールと日本酒の熱燗で、フカひれラーメンを食した。
お昼頃の中華料理店は、相席でごった返し、朝の10時ころだと、開店まもなく、一人で食したこともある。

 日曜は、夕方から飲み始めて、大河ドラマの『武蔵 MUSASHI』の頃は、ゆっくりと焼酎を飲み、日曜劇場『GOOD LUCK!!』も見ていた。
堤真一さんと内山理名さんが、ぜんぜん違う役柄で、双方に出演してた。
翌朝になって、日曜劇場を思い返すと、かなりあやふやだった。
今は、大河ドラマも日曜劇場も見ない。

 酒量も減らして、1飲2休肝日になってから、飲まない日は、夕食後は、DVDで、映画を観たり、DVD-BOXの昔の連続ドラマも、よく観る。
連続ドラマは、ついこの間終わったものを見ていたが、それが2000年代、1990年代と遡っていった。
1993年以前は、東京で、サラリーマンをしていたから、テレビなど、ほとんど観ていなかった。
そういえば、サラリーマンを辞めてから、ウィスキーを飲まなくなった。
一人では、飲みにいかないからだろう。

 1980年代ドラマは、題名だけ知っていて、観なかったものばかりだ。
最近は、1960年代後半の連続ドラマを見ている。
なんだかな、無限後退するようで、少し、コワイ。
この時代は、高校、大学の時代だったから、お酒は飲んでいないころだ。

 昨日から、3日間の休肝日だ。
お酒を飲まないと、朝早く、目覚める。
集合住宅の非常階段を下りると、行ってらっしゃーいとか、ちっちゃな女の子の声で、お仕事頑張ってね~とか聞こえてくる。
ああ、いいなあ。
ボクの場合、あ、オレ。あ、今日、遅くなる。。。というようなことは、とうとうなかった。

 星由里子さんが、亡くなった。
とても悲しい。合掌。

 大好きだったのは、1969年に一回目のご結婚をするまでだったから、ボクが19才になるまでだ。
目、鼻、顔の輪郭、配置、ヘアスタイル、声、みな好きだったけれど、一番、好きなのは、挙措動作とか、全体の雰囲気だったかもしれない。
自分なりの面食いのパターンがあるとすれば、その原型は星由里子さんだった。

 銀座の街中を歩いていて、一瞬、空気が華やいだ気がして、振り返ったことがある。
しばらくして、ああ、星さんに似た女性とすれ違ったのだと、気づく。
すぐに、もしかしたら一瞬の恋、みたいなものは消えたけれど、なんだか、シアワセな気持ちになった。

 なんだろう。こうして、さぁーっと過ぎて行く悲しみみたいのが、案外、大切なことのような気がする。


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by nonoyamasadao | 2018-05-20 10:09 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

日々、所在なく

 5才頃、誰もいない大宮の競輪場で、ガキ大将に連れられ、よく遊んだ。
とその時、突然、警備員のような人に見つかる。
ヤバい!!ずらかれ。。。と、ガキ大将の指示がくだる。
子供たちは、クモの子を‏散らすように、あちこち、無差別に走って逃げた。
それは、きっと、サツだ!ずらかれに似た、緊迫した興奮があった。
子供心に、高く逃げ道を遮った柵であったか、塀をのぼって、脱兎のように逃げ帰ったのを記憶している。

 その時は、オヤジにどこからか漏れて、ヤバいなどという言葉は不良の言葉で、以後使用してはならぬと、きつく叱られた。

 今や、ヤバイよヤバイよ。。。は、誰でも使う。
きっと、出川哲郎の貢献だろう。

 美味しすぎてヤバい、‪カッコよすぎてヤバいとか、若い人たちはよく‌、口にする。
女性の人の方が、よく使うかもしれない。

 少し、下品な言葉の変格活用は、ある意味で、不思議な魅力を持っているのかもしれない。
子供の頃は、下ネタに拘って、よく連呼した。
 若かった親が過剰に反応して止めるものだから、よけいに関心が沸いた。
それは、音感に微妙な魅力があるのと、ワンワード、ワンフレーズで、周囲の人が、皆振り向いてくれたからでもあった。
カ・イ・カ・ンだった。

 さみしくって、よるべなかった、気持ちをうつしていたのかな。

 今や、年を重ねに重ね、それでもよるべないのだけれど、拘っている言葉がある。
ゆっくりと、とか、まったりと、とか、あわあわと、とかである。
きっと、残りの時間が、つるべ落としの速さで過ぎて行く反動からだろう。

 昨日と、一昨日と、傘をさして、雨のなかをゆっくりと歩く。
場所とか、時間とか、天候とかを、じっくりと意識して過ごす日々も、存外、捨てたものでないなと思っている。


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by nonoyamasadao | 2018-05-03 14:44 | 雑文 | Trackback | Comments(0)