いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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人生は、ついふらふらと

 川上弘美さんに 、午後の早い時間から、お蕎麦屋でせいろを食し、ヒマだから、神社などに寄り道して、匂いにつられて赤提灯に行くエッセイがある。
20代半ばの女子の同僚と二人で、ついふらふらとという、理想の老後みたいな生活をしていたとある。

 そっか、20代女子二人だと、そうなるのかもしれない。
時代背景も、あるだろう。
昔のころは、そうだったんでしょうね。

 ボクも、会社員をしてたけれど、17時30分過ぎは、ついふらふらと季節料理屋さんで、お酒を飲んでいた。
それが病みつきになった。

 最近、基本は、1飲2休肝日だけれど、ビール中缶2本か、ビール中缶1本、日本酒1合の生活に、ビールか日本酒か、どちらか1本増える日が多くなった。
いかんなあ。。。とは思う。
しかし、晩年の山口瞳さんは、お猪口一杯を何時間も費やして、飲んだというエッセイを読んだ気がする。
これは、辛すぎる。

 ここで、『恋人たちの時間』を思い出す。
主人公は、かく語りき。「本は、まず、最後のオチから読む。なぜなら、いつ死ぬかわからないから」。。。ってね。
『君の膵臓をたべたい』みたいな、流れ弾だって、あるかもしれぬ。

 まあ、一本増やすことの正統化に、必死過ぎる気がする。
人生は、ついふらふらとであってよいのだと思う。

 梅雨の季節である。
梅雨入りしてから、一度だけゲリラ豪雨があったけれど、暑い日が多い。
今日は、それほどでもなかった。

 初夏の空は青く、まだ少しくらいは暑いけれど、空気はじめじめしないで乾いている。
理想の老後は、この後、テレビを見たり、本を読んだりして、夜の帳が降りたころ、美味しいつまみで、熱燗の日本酒を時間をかけて、ゆっくりと飲むことしか、思い浮かばない。

 ほかには、なにも浮かばない。
大判のノリで包んだオカカのおにぎりと、あみの佃煮で、日本酒を飲む。
それに勝るシアワセは、ない。
まっ、いっか。


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by nonoyamasadao | 2018-06-12 19:18 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

疲れたときには散歩

 最近、肩こり、首凝りがひどい。
そりゃ、そうだ。
元来、出来の悪い頭を、酷使しているからだ。
しかも、成果はあがらず、どうどうめぐりか、かえって、出来が悪くなっているような気がする。

 年なんだから、こーゆー時は、何も期待せず、ゆっくりと、まったりと、散歩でもすればよい。

 はじめて、大人になったと自覚したのは、いつだろう。
何かの体験で、子供から、大人に変わるものではないと、思っている。
だいいち、大人になることが、いいことなのか、立派なことなのかは、分かんない。
な~んとなく、税金を納めたときが、一応、大人になった時かなと思う。

 はじめて、人を好きなったのはいつだろう。
幼稚園や、小学校の初恋は、人を好きなったとは思わない。
もっと、違う何かだ。
それは、きっと懐かしい時間だったり、大切な風景なんかを連れて、その瞬間が蘇るはずだ。
しかし、そんなものは、思い出せない。
ひょっとしたら、本気で、人を好きなったことなど、なかったのかもしれない。
だったら、もの凄く、自分で自分が不憫だ。

 もしかしたらあの時かもしれない・・・が、2つ、3つ、よみがえる。
う~ん、思い違いかもしれなけれど、ボクにしては、上出来だ。

 毎回、集合住宅のゴミ出しだの、お酒のつまみだの、そんなことしか、このブログに書いていない。
さっき、仕事部屋から帰る時に、ナツツバキの白い花が、‌数輪、開いていた。
ひっそりとして咲くが、この花は、好きなんだよなあ。
通り抜けの大学では、暑い日差しのなかで、植栽のクチナシが、かなり、濃密な匂いを放つ。
この香りは、少し遠めの方が、よい香りがする。
小学校の額縁アジサイをチラ見して、病院の雑木の中に、ヤマモモの実を見つける。
ああ、そろそろ、梅雨が来るんだなあ。

 最近は、樹木すら観察しなかったけれど、やっぱ、樹木観察は、季節とか、空気の匂いを感じる。
そういえば、この数年、鳥の声も、川の音も聞いてないな。

 今日は、寝る前に、星を探してみよう。
 長田弘さんによれば、人生には何一つ無駄なことなどないのだから、散歩したり、樹木を見たり、星を数えていれば、人生は森の中の一日に近づくかもしれない。
このところ、若い人と触れ合うと、つくづく年令を感じるけれど、生きているから、年を食う。

 春の日、あなたに会いにゆく。きれいな水と、きれいな花を、手に持って。。。。とは、無縁だ。
けれど、3月末に亡父のお墓参りに行き、きれいな水と、安物の花だが手にもって、出掛けた。
 それで、いっか。


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by nonoyamasadao | 2018-05-29 16:19 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

日々、所在なく

 5才頃、誰もいない大宮の競輪場で、ガキ大将に連れられ、よく遊んだ。
とその時、突然、警備員のような人に見つかる。
ヤバい!!ずらかれ。。。と、ガキ大将の指示がくだる。
子供たちは、クモの子を‏散らすように、あちこち、無差別に走って逃げた。
それは、きっと、サツだ!ずらかれに似た、緊迫した興奮があった。
子供心に、高く逃げ道を遮った柵であったか、塀をのぼって、脱兎のように逃げ帰ったのを記憶している。

 その時は、オヤジにどこからか漏れて、ヤバいなどという言葉は不良の言葉で、以後使用してはならぬと、きつく叱られた。

 今や、ヤバイよヤバイよ。。。は、誰でも使う。
きっと、出川哲郎の貢献だろう。

 美味しすぎてヤバい、‪カッコよすぎてヤバいとか、若い人たちはよく‌、口にする。
女性の人の方が、よく使うかもしれない。

 少し、下品な言葉の変格活用は、ある意味で、不思議な魅力を持っているのかもしれない。
子供の頃は、下ネタに拘って、よく連呼した。
 若かった親が過剰に反応して止めるものだから、よけいに関心が沸いた。
それは、音感に微妙な魅力があるのと、ワンワード、ワンフレーズで、周囲の人が、皆振り向いてくれたからでもあった。
カ・イ・カ・ンだった。

 さみしくって、よるべなかった、気持ちをうつしていたのかな。

 今や、年を重ねに重ね、それでもよるべないのだけれど、拘っている言葉がある。
ゆっくりと、とか、まったりと、とか、あわあわと、とかである。
きっと、残りの時間が、つるべ落としの速さで過ぎて行く反動からだろう。

 昨日と、一昨日と、傘をさして、雨のなかをゆっくりと歩く。
場所とか、時間とか、天候とかを、じっくりと意識して過ごす日々も、存外、捨てたものでないなと思っている。


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by nonoyamasadao | 2018-05-03 14:44 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

子供の頃のお楽しみは・・・

 このところ、昭和の古いドラマのDVDばかりを見る。
雑司ヶ谷や鬼子母神などが映って、ああ、これは、昭和の原風景だなあと、つくづく感じ入ってしまう。
じつは、雑司ヶ谷にも鬼子母神にも行ったことはない。
けれど、都営荒川線が走っている当時の周囲の風景が流れると、なんだかせつない。

 そのせつなさは、どこから来るのだろう。な、なんなのだろう。
子供の頃のあの心細さと、それと裏腹の感情である楽しさとか、トキメキのようなものが蘇ってくる。
問題児で、学校の先生から怒られたり、お説教ばかりくらった。まあ、悪ガキだった。
その頃は、楽しいなどとは、決して思わなかったのに、今思い返すと、シアワセなキブンになる。

 夏休みのお楽しみは、一人遊びだった。学校がないから、友達とは遊べない。
ダラダラと起きて、テレビの『狼少年ケン』の再放送が楽しみだった。
片目のジャックが好きだった。
月岡貞夫は、やっぱ、天才アニメーターだと思う。
午前中の10時ころからだったと思う。

 夏ゼミの声がワンワン響くお昼ころは、麦わら帽子を被って、虫かごと、長い竹の棒の網を持って出かけた。
近くの住宅の松の木や、木の電信柱で、セミは簡単に見つかった。
アブラゼミは簡単に採れるけど、鳴きやんで飛び立つときに、よく、オシッコをかけられた。
よく声は聞いたけれど、ミンミンゼミは、なかなか、つかまらなかった。

 汗ダラダラになって、家に帰ると、冷たい麦茶を飲んだ。
はじめてのコカ・コーラは、クスリくさくて、まじいなと思ったけど、すぐに慣れた。
今思うと、あのころのコカ・コーラは、もの凄くパンチがきいていた。
子供だったからかな。
コカ・コーラがやみつきになるのは、確かだった。

 一息つくと、軟球とグローブをもって、近くの十字路にある大きなお屋敷に向かった。
角に、ブロック塀が、かぎ型に広がっている。
塀に全力投球して、跳ね返ってくるボールを拾った。
その家の人は、よく我慢してくれてたなぁと、今にして思う。

 そうだった。
小中学校のころは、ずっと、平屋の社宅だった。
学校から帰って、トントントンと階段を上がって、2階の部屋にランドセルや鞄などを投げ出すのが、夢だった。

 春が闌けていく。
もう少しすると、大好きなナツツバキの季節だ。


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by nonoyamasadao | 2018-04-28 15:15 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

風花

 毎日が、寒い。
さむいではなく、さぶい。さぶいの方が、なんとなく、冷え冷えした感じがする。
と思って、外を見ると、風花が舞っている。

 風花は、晴れているのに、風が立ち、ちらちらと花びらの雪が舞うさまをいうのだろう。
美しい日本語だ。
まあ、狸の嫁入りっていうよりは、ロマンティックである。

 今年は、寒いからか、じっと我慢していた、自宅の酒量が、2倍になる。
その分、休肝日も2倍に増やしているけれど、この11年間の努力が、水泡に帰しそうだ。
ここは踏みとどまって、また、ストイックに飲むようにしよう。

 何がいけないのかというと、どうも、炬燵がいけない。
昨日など、カニ鍋のできそこないの野菜鍋で、ビールと日本酒を飲んだ。
ここまでで、やめれば問題ない。

 そのあと、リビングに広げた炬燵に入る。
炬燵の上には、水性ペン、爪切り、エンピツ、電気ヒゲソリ、文庫本、メガネ、体温計、腕時計、ケイタイ、モバイルノートpc、テレビのリモコン、くしなどあって、これが妙に落ち着く。
テレビや、DVDなど、ぼんやりとみていると、まあ、当然、飽きてくる。

 しょうがないなあと、ミカンなどむく。
炬燵の中に猫でもいたら、退屈じゃないのなあ。。とか考えていると、退屈の限界に達する。
もう、いけません。エーイ、また、飲んじゃおってなる。

 てなことで、1合半徳利の熱燗で、シソコンブとか、きんぴらレンコン、ゴーダチーズで、飲んでしまう。
う~ん、極楽極楽、至福の時間が、ゆっくり、まったりと過ぎていく。

 いけませんね。立て直さなくっちゃ。



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by nonoyamasadao | 2018-02-05 15:30 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

年賀状

  年末に、クリスマス会と、13年ぶりくらいの年少の仲間と忘年会をした。
ちょっとうれしい気分になって、ここのところ、家に引きこもっている。

 郵便振替と年賀状を出しに、郵便局に行く。
寒い。
ボッコ、ボコの着ぶくれだから、体がかなり重い。
はたから見たら、ものすごくカッコ悪いだろうなと思いながら、トボトボ歩く。
べつに、ウツになったのではない。

 ん?あれっ、払込書が見つからない。
どこかに、落としたのかしら。
まっ、いっか。

 仕方ないので、年賀状だけ、赤いポストへ投函する。
年賀状の枚数が少ないので、少しの時間差の後で、ポソという音がした。
数年前までは、ポトだったのになあ。
すこし、さみしい。

 スーパーに行く。
しめ飾り、蒲鉾、冷凍カニなど買いこむ。
 最近、アメに凝っている。
のどアメ、沖縄黒糖アメ、サイダー果物風味アメなど、買いこむ。
タバコをやめて、もう11年になる。
なぜに今、アメなのか。
口さみしいからだろうが、こんなことじゃ、糖尿病になるかもしれない。
アメごときで、糖尿病は引き合わないので、すこし、控えようと、誓う。

 帰宅すると、消し忘れの暖房の風で、リビングのポインセチアがそよそよと揺れてた。


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by nonoyamasadao | 2017-12-30 11:23 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

年の瀬

  年賀状をまだ、書いていない。
一言そえるのは、どうしよう。
定年まで、あと3年になります。。。とかじゃ、どうもぱっとしない。

 来年の目標を考える。
だったら、腹筋を鍛える、少し、早めに歩こうかな。
昨日、こたつに足を突っ込んだとき、おなかがポコッと出てるのを、今になって、気づいたからだ。

 毎日、5000歩くらいは、歩いてはいるけれど、だらけきって歩いてる。
時々、鬼のような必死の形相で早歩きする、ボクより年長者がいるけれど、あれって、かえって、体によくないような気がする。

 年末年始にみる映画を探してて、新海誠さんと細田守さんのDVDを買ってしまった。
そう、今年になって、遥か年少の友人たちから、アニメの面白さを教わった。

 大みそかと元旦だけは、しこたま、お酒を飲もうと思う。
その後は、9日間、休肝日にしよう。
もともと意志薄弱なのが、さらに弱くなり、誘惑に抵抗することなく、従うことになった。こりゃ、イカンですよ。
亡父は、ボクが享楽的なタイプだと、嘆いていたようだ。
 フム、最初が肝心だ。不退転の決意である。さて、どうなるか。

 今年は、脳ドックでひっかかり、心電図でひっかかり、どちらも怖い思いをして、再検査して、問題なかった。
先ずは、よかった、よかった。

 クリスマスに、遥か年少の友人たちから、ポール・スミスの高価そうなハンチングを頂く。
彼らの来年が平和で、シアワセであることを祈ろう。

 大みそかの晩は、やっぱ、カニ鍋にしようと思う。
矢田亜希子さんがドラマの中で、カニの入らない鍋は、鍋じゃないと言っていたのを思い出した。


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by nonoyamasadao | 2017-12-27 11:42 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

理想と現実の間

  最近、仕事の帰りに、いつもスーパーへ行く。
食い物には、際立って意地汚いので、お総菜売り場にはよく行ってた。
たまに、贅沢して、百貨店のお惣菜の売り場にも行く。
この間、おうつくしい売り子のお嬢さんに、注文した後に、今日は、ニラ餃子は、よろしいのですか?と問われる。
あらっ、ボクをおぼえてたんですか。
その後、二つあって、ほとんど行かない側のお刺身の売り場に行くと、これまた、おうつくしいおねえさんが、いつもどうもと頭を下げる。

 う〜ん、なんかねえ、人生に疲れて、たそがれたじいさんが、いつも買い物に来てて、不憫にうつるのかなあ。
熟年離婚かなにかで、奥さんに逃げられた孤独な老人っぽいのかなあ。
だったら、やだなあ。。。と、くよくよと悔やむ。
まあね、お愛想の挨拶って、考えればよいのでしょう。
自意識過剰と思うことにした。

 そーいえば、このところ、使い捨てカイロだの、食洗器の洗剤だの、燃えるゴミの袋だの、やけに所帯じみた買い物が増えた。

 我が夢に描いた人生の設計図では、今頃は、今日のように風花が舞う中、寒い〜寒い〜と言いながら、サザンカの生垣の剪定などする。
一仕事して、茶の間で、アップルティーか、八女茶でも啜り、まだ、年賀状にははやいな、などと思っていると、お隣から、お声がかかる。
お隣には、美人の料理研究家がお住まいで、なんと、都合のよいことに、なぜか独身なのだった。

 ちょっとだけ、希少品のビールか、日本酒をもって、いそいそと出掛ける。
夜の帳が降りたころ、おいとまして、今の季節だと、ジョージ・シートン監督の『三十四丁目の奇蹟』のDVDなど観る。
そ〜んな、理想の老後を過ごすはずだった。

 今年は、今のところ、インフルエンザに罹っていない。
ジジイのみなさん、インフルエンザの予防接種は、必ず、しましょうね。

 受験の神様の神社から来た来年のお守りを仏壇にのせ、亡父に、今年は、お墓参りに行けなかったことを詫びる。


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by nonoyamasadao | 2017-12-17 16:08 | 雑文 | Trackback | Comments(2)

こたつには、まだ早い秋

  昔、9月に入ると、衣替えだった。今は、どうか知らない。
夏の陽ざしがじりじりと照りつける日々は、遠くなって、このところ雨の日が続いた。

 やっと、肌寒くなる。
今までの人生で、いくつかの旅はしたけれど、目くるめくような錦秋の秋は未だ、未経験である。
山田線で、宮古に向かうときに、すこし、そのような気分を味わった。
激しい恋のように紅蓮に燃え上がる山や、はぜる火花のように降りしきるモミジの紅葉など、しらない。
もっとも、そのような過剰は、今となっては、疲れるだけだ。

 もう少したつと、日暮れが早くなる。
そんな時間になると、荻窪の社宅にいたころ、庭の鉄平石の飛び石を、ワン、ツー、スリーと言いながら、一人飛ぶ、遊びをした。
みんな、小学生なのに、英語のお勉強などで忙しくて、誰も遊び相手がいなかったころだ。

 夜になると、ご近所のどこからか、キンモクセイの香りがして、夜の匂いにまじって漂い、やがて、どこかに去って行った。
この地でも、昨日の深夜、同じ気分を味わった。
青白い月明かりも、同じだった。

 友人からのメールで、ビートルズ好きの、もっともハイブラウで、ウィッティだった同級生が、逝去したのを知る。合掌。
そっか。こうやって、一人一人、消えていくんだな。

 亡くなった同級生とは、高校そばラーメン屋に、二人で行ったことがある。
ボクはラーメンスープを残らず啜り、彼は、汁は半分以上を残した。
都会的洗練とは、そういうものかと思った。

 高校から、一人で帰るときにだけ通っていた道がある。
キンモクセイの咲く道のダラダラ坂をのんびりと下ると、数名の女子高生とすれ違った。
スカートが、秋です、秋ですよっていうように、細かく揺れた。
 上石神井駅につくと、そんな日は、西武線で帰ろうか、関東バスで西荻窪から帰ろうか、ほとんど人のいない改札口で、考えた。

 季節も月日もめぐる。
こたつにはまだ早い50年前の秋の上石神井駅に、黄色い落葉が舞った。


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by nonoyamasadao | 2017-10-20 11:22 | 雑文 | Trackback | Comments(2)

あと十年たったら、クリスチャン

 今年は生まれてはじめて、 脳ドックでMRI検査を受けた。
MRIのトンネルに入ると、ウィーン、カンカンカン、ドヒャ、ドド〜ンという工事現場みたいな騒音がする。

 検査結果はすぐにわかって、異常なし。
ああ、よかったぁ。
ホッと胸をなでおろして、ぼっち祝杯のさなか、不穏な電話がなる。
 案の上、脳の打撲で、10年前にお世話になった主治医からだった。
MRI画像を仔細に見ると、動脈瘤の疑いがあるという。
仔細になんか見るなよな〜と恨めしく思いつつ、その夜は、暗い気持ちで、残された時間などクヨクヨと考える。

 最先端の設備の病院で、造影剤CTを受け、動脈瘤ではなく、問題ないことがわかる。
3ヶ月後、もしものためのMRI検査で、異常なしになる。
 ああ、よかったあ。

 長いこと人生をしていると、いろいろなことがある。
 十年ちょっと前に、脳の打撲による生まれてはじめての手術で、ヨレヨレになった。
 以来、隠れているものをワザワザ探りだすなんて、ゼッタイに回避する無頼路線を捨て、無難な人生路線に切り替える。
タバコはやめ、お酒はやめれないので、すこしつつ減らす。
5飲2休肝日、4飲3休、3飲4休、そして1飲2休肝日になった。
 もう、これ以上、休肝日を増やすのはムリだ。
最近、飲める日のお酒の量が1本、増える。
我慢するとストレスになるので、どうか、見逃してほしい。

 十年前に、休肝日を設けたころ、お酒の飲めない日は早めの夕食後、することがな〜んもない。
読書、音楽、そして映画三昧の日々になった。
今や、映画よりも、日本の連ドラのDVDばかり見ている。

 そっか。十年間というのは、かなりの時間が流れたのだなあ。
もともと、毎日が不良な生活だったけれど、ずいぶん、健康オタクになりさがった。

 あと十年たって、健康で生きているなら、クリスチャンになっているかもしれない。
それなら、それで、まっ、いっか。


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by nonoyamasadao | 2017-10-14 16:35 | 雑文 | Trackback | Comments(2)