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いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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今年のサクラ

 引っ越してから、夜、文庫本を読んでいる。
はるか下を、灯りをつけた市電が走っている。
9階である。高所恐怖症なのに、我ながら、冒険したものだ。

 山口瞳さんの『けっぱり先生』と東野圭吾さんの『片想い』を読む。
読み較べたわけではないけれど、前者は原稿用紙に書いたもので、後者はワープロだなと、いまさらながらそう思う。

 『けっぱり先生』は、大学の頃、翻訳家になった先輩が、絶賛していて読んでいた。
そのころは、ラストが、いかにも往時のハリウッド映画みたいで、こっ恥ずかしかった。
ただ、けっぱり先生が、”教育の行きつくところは文学”で、”自分にきびしく生きること”だ。。。と語ったところだけは、よく覚えていた。
教育などまったく興味なかったのに、不思議だ。

 引っ越して、仕事部屋まで行くルートが変わったので、今年は産業道路沿いの河津桜をよく目にした。
ピンクで、きれいだなあ。。。と当初、思ったけれど、すぐに飽いた。
やっぱ、ヒカンザクラの濃い紫色っぽい紅のほうが、飽きないし美しい。

 いつもの通り抜けの大学を歩くと、誰もいない。
キャンパスから、若い男女学生のさんざめきや匂いは、消えた。ひっそりしている。

 自販機そばの山桜のピンクの花が、いくつかほころび、やけに白っぽく見える。若葉の淡い緑が、これまた堪らん。
な、なんなんだろう。
門こそ開いているが、春休みのキャンパスに咲く桜は、心細さやときめきを伴ったさみしさを連れてくる。
でも、やっぱ、山桜は最高である。

 あたらしい帰り道では、コブシの街路樹が満開だ。
白い雲がかかったみたいだ。
ああ、もともとは、白モクレンよりコブシが大好きだった。
そのころに、連れ戻された。

 中学校のフェンスの向こうでは、ソメイヨシノがちらちらと咲き出す。
傘型の大きな木が列植されてる。
そっか、ソメイヨシノの横開する枝も、なかなかよいなあ。
生れてはじめてソメイヨシノに感動して、じぃーっと見上げる。

 なんだか楽しくなって、両手を挙げて深呼吸をしたくなった。
もちろん、そんなことは、しない。


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by nonoyamasadao | 2019-03-27 16:20 | 雑文 | Comments(0)

いいことあるっかな

 引っ越しした。
前の集合住宅から、近くの集合住宅へである。

 いつものスーパーの帰り道、細い小道から、中学生の女学生たちがぞろぞろと出てくる。
笑い声がにぎやかだ。
なんか、いいなあ。
抜け道のようである。

 そっか、この道はずっと、気になっていた。
一目惚れのような道だ。

 昭和30年代の荻窪。
小学校が終わると、抜け道を通って、いつも帰った。
塀と塀のわずかな隙間のようなところなど、好んで通った。
狭い路地を通ると、住宅の犬がわんと吠えた。

 女学生たちが出てきた道を、新しい集合住宅に向かって歩くと、道はだんだんと狭くなる。
9歳になるかならないころ、なにも考えないけど、エネルギーだけがあったころだった。
その頃の気持ちを思い出した。
心細くて、それでも、楽しいような不思議なキブンだった。

 ああ、あのころは何も考えなかったけれど、人づきあいは、今よりもましだったかもしれないなあ。

 その道は今の集合住宅の傍に抜けるかっこうの抜け道だった。
信号を渡ると、疎水の流れる今の集合住宅の前だった。
しだれ栁は落葉している。
しだれ柳は落葉するのか。知らなかった。

 ほんの一瞬、内堀通りの新緑の柳並木を思い出した。

 今年は、ベランダの枝垂れ梅が、3輪咲いた。
去年は、一輪も咲かなかった。
2年めのポインセチアも赤くないけど、葉はいっぱい繁っている。

 なんかいいことあるっかな。


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by nonoyamasadao | 2019-02-26 12:43 | 雑文 | Comments(0)

これって、終活

 来月の半ばに、引越しをする。
父、自宅にて急逝のあと、8度目の引っ越しだ。
46年間で、8回の引っ越しは、多い方だろう。
6年に1度の引っ越しになる。
なんかお役人みたい。。。というか、転勤族みたいである。
致命的に違うのは、行き先に宿舎など、用意されていないことである。
こーなると、趣味ですね。だから、引っ越し貧乏だ。

 引っ越しに当たって、まず、DVD収納ラック9台をDVDと一緒に、処分する。
くるくると360度ターンをするヤツである。
それでも、DVDは机の上やら、つくりつけの収納棚や、リビングの床にも散乱している。
一回ぼっきりのものや、何度も繰り返し見たDVDが、ランダムに散らばっている。

 え~い、一切合切、捨ててしまえ~。
DVDで見た映画やドラマで、楽しい時間を過ごしたが、過ぎてしまえば、ただのゴミか。
ちょっぴりさみしいけれど、ボクが死んでしまえば、無主物はただのゴミだ。
思えば、イヌやネコを飼わなくて、つくづくよかったなと思う。
 
 ついでに、長年、引きずってきた家財道具も処分する。
これが手ごわい。
亡父が無理して買ってくれた茶箪笥のような年代物がある。
なかには、ティーカップやグラスなどがたくさん収納されている。

 え~い、これも茶箪笥ごと、処分してしまえ。
ウェッジウッドだろうがなんだろうが、これみな、ただのゴミである。
ここで逡巡すると、なんだかんだと、使わぬ家具を温存することになるのだ。
使いもしないで、おいておくだけの高級家具よ、さらばじゃ。

 おっ洒落!!とか言いながら、一人悦に入って見惚れていたのが、ウソのようだ。

 かくして、冷蔵庫、本棚、巨大な整理ダンス、背広、資料などなど、一斉に処分した。
2トントラック3台分の粗大ゴミになった。

 ガラ~ンとしたリビングに一人でいると、ああ、ボクの中での昭和が、やっと終わったな。。。。という気がした。
昭和というのは、ボクにとって、茜色の夕日がさしていた時代だ。
でもそれは、サザエさんの世界でもなく、向田邦子さんの世界でもなく、ましてや、 ALWAYS3丁目の夕日の描く世界では絶対なかった。
映画に出てくる、昔はよかった風の懐旧は、嘘っぱちだ。

 ボクの昭和は、お台場っぽかったり、タマタカっぽかったりするのではなく、銀ブラ族の時代だ。
そんなころ、早朝、大手町の殺風景な地下道をせわしなく歩き、階段を上って、旧パレスホテルを抜けて,出勤した。
夜は、『セーラー服と機関銃』のエンディングのように、ごった返していた新宿紀伊國屋書店を横目に睨んで、新宿三丁目で飲んだ。

 これから先の時代は、誰もテレビも見ず、新聞など読まず、まして文庫本など読まず、CDなどもいよいよ聞かなくなるのだろう。
ボクもはじめて、スマホを買った。
スマホをさわっていると、なるほど、時間はどんどん経っていく。
何も考えない時間が流れた。な~んて彩りに欠けた時間なのだろう。
これ以上の、おバカにはなりたくないから、そうそうにやめた。

 昨晩、ボクはだだっ広いリビングで、濃い日本茶を啜り、四万十の青のりせんべいを齧り、井伏鱒二の『駅前旅館』を読んだ。
フム、やっぱ、本物はよいなぁ。
今日は、獅子文六の『箱根山』を読もう。
また、文庫本の本棚を買わなくちゃならないかもしれない。

 ああ、やっぱ、昭和は遠く、でも今年も、もうすぐ春が来るんだなあ。
頭の中に、銀座日航ホテル裏のバーの灯が、宵闇の中、青く灯っていたのが、ほんの一瞬蘇った。
 


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by nonoyamasadao | 2019-01-30 20:18 | 雑文 | Comments(3)

一人ぼっちの大つごもりの夜

 大つごもりなのに、早起きして、だて巻き、かまごこ、栗きんとん、黒ラベル、トーフ、ネギ、ゆでソバ、めんツユなどなど、スーパーで買いこむ。
一夜飾りはイカンと老母が言っていたので、しめ飾りは、昨日に買った。
一番、しょぼいのを探して、買った。
リビングには、昨年買って、育って大きくなったポインセチアと、ついこの間、買った小さなのもある。
見ると、大きなポンセチアは、葉がぐったりして、ほとんど枯れてた。
イカンなあ、老母が骨折入院してから、水を一滴もあげていない。
コップに2杯ほど、翌日になると忘れるに違いなので、今日になった真夜中に水を注ぐ。

 あけて、翌日。
現金というべきか、いや、我が怠慢こそ恥ずべきであろう。
ポインセチアは、鮮やかに、蘇っていた。
いや、よかったあ。

 大島弓子さんのマンガだった。
『秋日子かく語りき』だったかな。
フランクリンと名付けたベンジャミンが枯れていた。。。というカットがあったなあ。
あのころは、観葉植物などまったく、興味なかったけれど、年のせいかな、最近はイノチあるものは、なんだか気になるようになったのだよ。

 この年齢になって、ひとりぼっちははじめての、おおつごもりの宵だった。
やはり、すこし人恋しいけれど、、まあ、自業自得である。
デパ地下に行くが、家族向け仕様の刺身の詰め合わせや、お刺身も柵ばかりだ。
まあ、そりゃそうだ。
うつくしく柵を切れるかどうかは、家人か包丁次第だが、お正月は家族で過ごすものである。

 早めに風呂に入って、早飲み支度をする。
と、手前勝手な電話が2本も、しつこく鳴る。
あ~あ、仕方ない。
出た。

 でも、電話というのは、そもそも相手の事情など関知しないものだ。
おおつごもりの営業など論外だが、相手にも罪はない。

 電話の相手は、小さなドラマになるよ~な人たちではなく、善良な人たちばかりだった。
でも、でも、ですね~。今日と明日だけは、とことん大酒を飲むつもりだったのです。
邪魔が入るのは、イヤだったなあ。

 さて、そろそろ、ゆでソバとつゆを買ったので、年越しそばで、もうイッパイやっか。
今、紅白では、北島三郎さんの『まつり』をやっている。
ああ、平成最後の大つごもりである。

 みなさまにとって、来年もまた明るい、よい年でありますように。そして、ついでにボクにも。
今年もいよいよ、終わるんだな。


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by nonoyamasadao | 2018-12-31 22:16 | 雑文 | Comments(2)

あまり、うれしくない

 老母が自宅リビングで転倒、救急搬送する。
う~ん、フローリングの平らなところだけど、魔がさしたのだろう。
もの凄い音がした。
手術後、あまりに痛がっていたので、かわいそうだったが、どうにか元気になる。
よかった、よかった、一安心だ。
古希近くして、マザコンは治らず、我がマザコンよ、永遠なれである。

 昨日は、久方ぶりに、デパートへ行く。
デパ地下2階で、サヨリ刺し、白魚刺しなど買う。キブンは早春である。
地下1階で、葉ワサビとアミの佃煮、野菜主体の串揚げなど買い、ついでにクッキーの詰め合わせなども買う。
帰りのタクシーで、サヨリと白魚でイッパイは久しぶりだなあ。。と、夢心地になる。

 帰宅して、柚子がないのに気づく。
これから、スーパーはめんどいなあ、でも、風邪ひきはもっとヤダなと、クヨクヨと悩む。
結局、スーパーに行った。

 黄色いつややかな柚子が5個、湯船にプカーリ、プカーリと浮かぶ。
甘酸っぱい、爽やかな香りと、柚子特有のくせのある芳香を堪能する。
邪道だけれど、ついでに温泉の素、長野五色の湯も入れた。
これじゃあ、ぶち壊しではないか。風流を解さぬ愚か者と思ったあなた、一度、おためしあれ。
冬至の湯治場ってのは、こんなものではないかいといった趣がある。
 
 そうだった。去年の冬至は、夜、呑み会だったので、真昼間から柚子湯に入ったのだった。
お湯には、十和田の温泉の素を入れようかなあ、フツー、入れないでしょ。。。で、悩んだのだった。
結局、え~い、入れてしまえ。やりすぎかなあ。。。。と思いつつ、幸せな時間を過ごしたのでした。
今年は、去年の学習効果で、悩まないですんだ。

 過日、若い女性2人と打ち上げで、刺身で、酒を飲む。
ジャニーズのイケメンの話を聞きながら、なんだかな、たしかに皆、ハンサムだけど、苦み走ってないし、屈託などみじんもない若者ばかりだ。
もっとも、苦み走ったジャニーズってのも、かなり不気味かもしれない。
さしずめ、ワタクシなど今の時代に生まれてきたら、昔もろくでもない青春であったけれど、今なら、絶望であるなあと悲しく、呟く。
若い女性は、いえいえ、性格イケメンがありますと、妙ななぐさめ方をしてくれた。
正直言って、あまりうれしくない。すくなくとも、素直によろこべない。

 性格イケメンって、結局、なんのとりえもないダメ男のことなんだろうな。
でも、まっ、いっか。


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by nonoyamasadao | 2018-12-23 17:35 | 雑文 | Comments(4)

ゆるゆる生活

 このところ、DVD化されたテレビ・ドラマばかり見ている。
『受験のシンデレラ』は、なかなか良くできていて、面白かった。
小泉孝太郎さんは演技が上手くなっていたし、川口春奈さんがけなげで、愛らしい。
お受験のドラマで、小泉孝太郎さんが伝説の予備校教師で、川口春奈さんが受験生という役柄だった。

 和歌は、ラブレターであるという。フム、そりゃそうだ。
西野カナだと思えと、教える。
会いたくて、会いたくて、震えるみたいなものだと、ドラマでは言う。
またまた、いいかげんなことを・・・と思いつつ、受験勉強はそ~んなもんだよなと、思い返す。
もっとも、受験は高校だけだから、お気楽だったのかもしれない。
まあ、イチゴパンツの明智光秀さんが、本能の赴くまま行動したら、本能寺の変になったとか、結構、言葉遊びしながら暗記した。

 『コントレール~罪と恋~』は、これでもか~とばかりの、あざといドラマで、すぐにやめた。映像はきれいなのに、大石静さんのドラマとは、相性が悪いみたい。

 お口直しに、寝しなに見たドラマでは、男女が、男坂と女坂の石畳の階段をそれぞれ上り、夜の湯島天神でお参りして、夫婦坂を一緒に降りてくる。
う~ん、これは、1度くらい、やってみたかったなあ。

 ビールを飲みたくなったけれど、休肝日だから、やめて寝る。


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by nonoyamasadao | 2018-08-26 14:37 | 雑文 | Comments(0)

ラブ・ジェネレーション

 酷暑である。
危険な夏の暑さが、連日続く。
毎日、雑用で外出するが、外の方がクーラーがきいているのか、歩き回るからなのか、過ごしやすい。
家にいて、テレビなど漫然と見ていると、かえって、熱中症になりそうである。

 夜、一番星を見つける。
DVD-BOX『ラブジェネレーション』を見る。
そっか、もう20年以上前か。
してみると、この地に来て、四半世紀が流れたのか。

 ドラマでは、開巻、渋谷発、品川行きの山手線の終電に乗り遅れたキムタクを映し出す。キムタク、若っ。
山手線は、ウグイス色ではなく、銀色のステンレスの車体だった。

 あの頃の終電は、何時だったかな。
1時ちょっと過ぎくらい、だったような気がする。

 深夜の渋谷文化会館の前に、キムタクがいる。
ああ、パンテオンや、渋谷東急が入っていた建物だった。
タワーリング・インフェルノは、ここで見たような気がする。
 天文博物館の五島プラネタリウムには、とうとう、一度も行かなかった。
まあ、ディズニーランドにも、一度も行かなかったので、不思議ではないけれど、かすかな後悔がある。

 振り返ると、中央線か、東西線、丸ノ内線が主体の毎日だった。
新宿、銀座、新橋で、よく飲んだ。
 ドラマの渋谷東口界隈は、あまり馴染みがないはずだが、不思議と懐かしい。
渋谷は若者の街といった風情で、疎遠に感じていたのだが、大都会の夜の匂いは共通しているのかもしれない。

 渋谷という街が嫌いというのではない。大学生活や通勤では、縁がなかっただけだ。

 このドラマの頃は、四十代後半の中年の終わりのころだった。
念願が叶い、思い通りに転職し、この地に来たが、それでも挫折や欲求不満を抱え、何もしないまま時間が流れた。
 今思うと、まだまだ若く、贅沢な時間だったと思う。
大切なことは、いつだって失ったり、通り過ぎてから気づく。

  寝しなに窓を開けると、一番星と同じあたりに、星を見つけた。


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by nonoyamasadao | 2018-08-13 13:24 | 雑文 | Comments(0)

平成最後の夏

  早朝、通り抜けの大学のキャンパスを歩く。
まだ、ほとんど誰もいない。
あたり一面、蝉時雨である。
見上げると、大楠やモミジや欅などさみどりの葉を繁らせる。
さみどりという季節はとうに過ぎたけれど、暑さのせいか、そう見える。
一面の蝉時雨といっても、東京時代のアブラゼミのようににぎやかを通り越して、うるさいわけではない。
文字通り、雨が降るような感じの蝉時雨で、程よい。

 それにしても、一晩中、クーラーをつけっぱなしでないと、かなり堪える。

 ああ、ことしも夏が来たんだなあ。
平成最後の夏は、焦げるような、陽炎がゆらめくような暑さだ。
もう、二度と来ない平成の夏だ。

 夏は、恋愛などと似て、魔法のような、幻のような魅力をもっている。
焼け爛れるようで、堪らなく辛くて、でも、それが終わると、哀愁がある。 
不思議な魔法の季節である。
平成、最後の夏は、殺人酷暑だが、しかと噛みしめるように過ごそう。

 きっと、十年くらいたって、まだ、健康で生きていたら、平成最後の夏を思い出したら、甘くて切ない、しみいるようなさみしが襲ってくるに違いない。
ことしの夏は、スモモを食し、スイカを食し、イチジクを食し、おいしいビールをたくさん飲もう。

 もう少し、若ければ、日暮れのダラダラ坂が続く道を、麦わら帽子を被って、自転車をこぎたかったなあ。
願わくば、桔梗模様のうちわでももっている、浴衣がけの黒島結菜さんのような、昭和な感じのショートカットの女の子とでも、すれ違ったらサイコーである。

 背中で聞いた蝉時雨を思い出しながら、あの夏の、あの夕景は、ああだった。。。な~んて、思い出すのもよいものである。
そして、ゆっくりと、冷たい枝豆で、冷たいビールを飲むのである。


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by nonoyamasadao | 2018-07-24 16:20 | 雑文 | Comments(0)

人生は、ついふらふらと

 川上弘美さんに 、午後の早い時間から、お蕎麦屋でせいろを食し、ヒマだから、神社などに寄り道して、匂いにつられて赤提灯に行くエッセイがある。
20代半ばの女子の同僚と二人で、ついふらふらとという、理想の老後みたいな生活をしていたとある。

 そっか、20代女子二人だと、そうなるのかもしれない。
時代背景も、あるだろう。
昔のころは、そうだったんでしょうね。

 ボクも、会社員をしてたけれど、17時30分過ぎは、ついふらふらと季節料理屋さんで、お酒を飲んでいた。
それが病みつきになった。

 最近、基本は、1飲2休肝日だけれど、ビール中缶2本か、ビール中缶1本、日本酒1合の生活に、ビールか日本酒か、どちらか1本増える日が多くなった。
いかんなあ。。。とは思う。
しかし、晩年の山口瞳さんは、お猪口一杯を何時間も費やして、飲んだというエッセイを読んだ気がする。
これは、辛すぎる。

 ここで、『恋人たちの時間』を思い出す。
主人公は、かく語りき。「本は、まず、最後のオチから読む。なぜなら、いつ死ぬかわからないから」。。。ってね。
『君の膵臓をたべたい』みたいな、流れ弾だって、あるかもしれぬ。

 まあ、一本増やすことの正統化に、必死過ぎる気がする。
人生は、ついふらふらとであってよいのだと思う。

 梅雨の季節である。
梅雨入りしてから、一度だけゲリラ豪雨があったけれど、暑い日が多い。
今日は、それほどでもなかった。

 初夏の空は青く、まだ少しくらいは暑いけれど、空気はじめじめしないで乾いている。
理想の老後は、この後、テレビを見たり、本を読んだりして、夜の帳が降りたころ、美味しいつまみで、熱燗の日本酒を時間をかけて、ゆっくりと飲むことしか、思い浮かばない。

 ほかには、なにも浮かばない。
大判のノリで包んだオカカのおにぎりと、あみの佃煮で、日本酒を飲む。
それに勝るシアワセは、ない。
まっ、いっか。


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by nonoyamasadao | 2018-06-12 19:18 | 雑文 | Comments(0)

疲れたときには散歩

 最近、肩こり、首凝りがひどい。
そりゃ、そうだ。
元来、出来の悪い頭を、酷使しているからだ。
しかも、成果はあがらず、どうどうめぐりか、かえって、出来が悪くなっているような気がする。

 年なんだから、こーゆー時は、何も期待せず、ゆっくりと、まったりと、散歩でもすればよい。

 はじめて、大人になったと自覚したのは、いつだろう。
何かの体験で、子供から、大人に変わるものではないと、思っている。
だいいち、大人になることが、いいことなのか、立派なことなのかは、分かんない。
な~んとなく、税金を納めたときが、一応、大人になった時かなと思う。

 はじめて、人を好きなったのはいつだろう。
幼稚園や、小学校の初恋は、人を好きなったとは思わない。
もっと、違う何かだ。
それは、きっと懐かしい時間だったり、大切な風景なんかを連れて、その瞬間が蘇るはずだ。
しかし、そんなものは、思い出せない。
ひょっとしたら、本気で、人を好きなったことなど、なかったのかもしれない。
だったら、もの凄く、自分で自分が不憫だ。

 もしかしたらあの時かもしれない・・・が、2つ、3つ、よみがえる。
う~ん、思い違いかもしれなけれど、ボクにしては、上出来だ。

 毎回、集合住宅のゴミ出しだの、お酒のつまみだの、そんなことしか、このブログに書いていない。
さっき、仕事部屋から帰る時に、ナツツバキの白い花が、‌数輪、開いていた。
ひっそりとして咲くが、この花は、好きなんだよなあ。
通り抜けの大学では、暑い日差しのなかで、植栽のクチナシが、かなり、濃密な匂いを放つ。
この香りは、少し遠めの方が、よい香りがする。
小学校の額縁アジサイをチラ見して、病院の雑木の中に、ヤマモモの実を見つける。
ああ、そろそろ、梅雨が来るんだなあ。

 最近は、樹木すら観察しなかったけれど、やっぱ、樹木観察は、季節とか、空気の匂いを感じる。
そういえば、この数年、鳥の声も、川の音も聞いてないな。

 今日は、寝る前に、星を探してみよう。
 長田弘さんによれば、人生には何一つ無駄なことなどないのだから、散歩したり、樹木を見たり、星を数えていれば、人生は森の中の一日に近づくかもしれない。
このところ、若い人と触れ合うと、つくづく年令を感じるけれど、生きているから、年を食う。

 春の日、あなたに会いにゆく。きれいな水と、きれいな花を、手に持って。。。。とは、無縁だ。
けれど、3月末に亡父のお墓参りに行き、きれいな水と、安物の花だが手にもって、出掛けた。
 それで、いっか。


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by nonoyamasadao | 2018-05-29 16:19 | 雑文 | Comments(0)