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いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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平成最後の夏

  早朝、通り抜けの大学のキャンパスを歩く。
まだ、ほとんど誰もいない。
あたり一面、蝉時雨である。
見上げると、大楠やモミジや欅などさみどりの葉を繁らせる。
さみどりという季節はとうに過ぎたけれど、暑さのせいか、そう見える。
一面の蝉時雨といっても、東京時代のアブラゼミのようににぎやかを通り越して、うるさいわけではない。
文字通り、雨が降るような感じの蝉時雨で、程よい。

 それにしても、一晩中、クーラーをつけっぱなしでないと、かなり堪える。

 ああ、ことしも夏が来たんだなあ。
平成最後の夏は、焦げるような、陽炎がゆらめくような暑さだ。
もう、二度と来ない平成の夏だ。

 夏は、恋愛などと似て、魔法のような、幻のような魅力をもっている。
焼け爛れるようで、堪らなく辛くて、でも、それが終わると、哀愁がある。 
不思議な魔法の季節である。
平成、最後の夏は、殺人酷暑だが、しかと噛みしめるように過ごそう。

 きっと、十年くらいたって、まだ、健康で生きていたら、平成最後の夏を思い出したら、甘くて切ない、しみいるようなさみしが襲ってくるに違いない。
ことしの夏は、スモモを食し、スイカを食し、イチジクを食し、おいしいビールをたくさん飲もう。

 もう少し、若ければ、日暮れのダラダラ坂が続く道を、麦わら帽子を被って、自転車をこぎたかったなあ。
願わくば、桔梗模様のうちわでももっている、浴衣がけの黒島結菜さんのような、昭和な感じのショートカットの女の子とでも、すれ違ったらサイコーである。

 背中で聞いた蝉時雨を思い出しながら、あの夏の、あの夕景は、ああだった。。。な~んて、思い出すのもよいものである。
そして、ゆっくりと、冷たい枝豆で、冷たいビールを飲むのである。


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by nonoyamasadao | 2018-07-24 16:20 | 雑文 | Comments(0)

夢見るころを過ぎても、まだ、夢を見る

  明日は、自己紹介をしなければならぬ。
いくつになっても、寄る辺なくて、ついついメモなど書いて、それを上手く読めないで、自滅するパターンである。以下は、その概要である。

 ボクは本が大好きで、暇ができると、三年坂通りの蔦屋書店や長崎書店によく出掛けます。
本棚に、びっしりと並んだ文庫本のコーナーや平置き新刊本のコーナーを散歩するように見て回ると、何だか気分が落ち着きます。
写真が美しい料理のレシピ本も好きで、木の葉型のデミグラ・オムライスの優しい黄色に、じぃっーと見入ってしまいます。
要は、食べ物に、並外れて意地汚いんです。

 川上弘美さんのうけうりですが、今までの人生の中で、一番多く、足を踏み入れたお店は、本屋さんです。
その次は、居酒屋か、大人の喫茶店のお蕎麦屋さんだと、思います。
陽が暮れるころに、お蕎麦屋さんでビールを飲んで、ああ、今日も一日が平和に暮れてゆくなあ。。。と思うと、少し感傷を伴った、懐かしいような、心地よい気持ちになります。若いころは、こんなこと、小市民的でヤだなぁと思っていた。人間は変われば変わるものだ。
三番目に行くお店は、スーパーか、映画館だと思います。

 ということで、いつでも、どこでも、映画と読書。。。が、ボクの趣味の大半です。
じゃあ、他には何があるだろう。。。と、つらつら考えると、旅と温泉と旬の料理に、興味津々です。
雪が舞う季節に、寒い北国の温泉に行って、庭の灯籠に照らされた灯障りの木の紅葉などを眺め、たくさんセリの入ったキリタンポ鍋を食すと、ああ、生きていてよかったぁ。。。と、心底、そう思う今日この頃です。

 映画も読書も、そして、居酒屋や旅にも、共通するものがあります。
それは、池澤夏樹さんのうけうりですが(だったと思う)、ほんのひとときの間だけ、別の自分に出逢うことができます。

 でも、ときどき、あまり浮世離れしてもいけないよなあ。。。と反省することもあって、月に一度くらいは、時局を論じた、進歩的なのと、保守的なオピニオン雑誌など、斜め読みします。
もう一度は、政治、経済、経営、社会、文化に関する、アカデミックな書物も、一応、読みます。でも、ほとんど訳わからない。

 人生には選択の道が迷路のようにあって、いまだ、筋書きのないドラマに翻弄されていますが、これから先、どうなるかなあと思うと、年甲斐もなく、思いもかけない僥倖が明日にも来るような気がして、楽しくなります。実際は、ほとんど来ません。けれど、ごくまれに奇跡みたいなことも起こります。2度くらい経験したので、もう1度、来るかもしれない。小さなミラクルを、今も祈っている。
まあ、老害なんでしょうが、そういう生き方が、ボクにあっていると思う。
 
 願わくば、宮沢賢治先生の雨ニモマケズのようにありたいと、ちらと思いますが、まあ、我儘な人間だから無理です。

 小学校、中学校の放課後の道草のように、晴れたり曇ったりの日々の出来事あれこれを思い出しながら、ゆっくりとまったりと、残された時間を、楽しく過ごせたら最高だなって思います。

 中学校になるかならないころの、お正月に読んだ大好きな石森章太郎さんの『あかんべえ天使』のように、今日に「おかえりなさい」と、明日に「いってらっしゃい」を繰り返しながら、一日が過ぎれば、それはきっと、ボクにとって、サイコーなのだと思う。


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by nonoyamasadao | 2018-07-10 19:11 | 雑文 | Comments(0)