いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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<   2013年 09月 ( 8 )   > この月の画像一覧

宗旨変え

 このところ、意識になのか、身体になのかはわからないが、ちょっとした異変が起きている。
甘党になりつつある。
コーヒーはやめたけど、紅茶はストレートで飲む。
古来、酒呑みは辛党が、通り相場である。

 そりゃ、子どものころは、桜餅のほのかな香りが大好きだった。
柏餅は餅の肉厚はあまり好みではなかったけれど、季節の食べ物だなと思った。
みたらしだんご対あんだんごなら、正直に言えば、ゼッタイにあんだんごなのだけれど、無理してみたらしだんごしか食さなかった。
思えば、屈折してたのはそのころからだった。

 歳月は流れ、いまや、水ようかんをこよなく愛し、とらやの栗むしようかんなど懐かしむ。
このままでいくと、大粒大豆のおはぎやみつまめ、ぜんざい、そして洋菓子と女性化路線をひた走りそうな予感がする。
たとえば、モンブランをおかずにショート・ケーキを美味しく頂くスウィーツバカとかになりそう・・・。
ワナワナ。なっ、なぜ!。なぜだ。

 失恋して、味覚に変化がおこる年ではない。第一、失恋なんか、40年以上、味わっていない。
妊娠するわけがない。
認めたくはないけれど、老化により、味覚の感度がにぶくなり、味に鈍感になることはあるだろう。
甘党から辛党へと大人になって行く過程での変化はよく聞くが、その逆の変化はあまり聞かない。

 やっぱ、還暦を過ぎ、ほろ苦い人生のいくばくかを知り、曇りがちな日々が続くと、甘い夢など見たくなる。
ゆっくり、まったり甘み日和も悪くない。
がしかし、男たるもの栗の渋皮を好み、春になれば山菜のほろ苦さでイッパイの方が、カッコよいなあと思う。

 還暦過ぎて、無冠にして、群れに属せず、人に媚びることなく筋を通し、健康に配慮しつつも無頼に生きてこそ、ハードボイルドだと心得る。
なんだか疲れそう。今、秋風が吹いた。

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by nonoyamasadao | 2013-09-22 10:05 | 雑文 | Trackback | Comments(3)

秋の旅

 いつものように、ゴミ出しに行く。
あっ、隣の集合住宅の木々の葉を透かして、秋らしい柔かな陽を浴びる。
空を見ると、空の匂いが秋らしい。
空気や風の匂いはよく感じるけれど、空の匂いを感じたのは、かなり昔のような気がする。

 大好きな長田弘さんの詩の、“今日あなたは空を見上げましたか”。。。というフレーズを思い出す。
これって、教科書に載っているらしい。
な~んか、ガッカリ。
一番好きなフレーズは、“樫の木の下で、あるいは欅の木の下で、立ち止まったことがありますか”。。。。ってとこだ。

 そんなことをつらつら思いながらゴミ置き場まで歩く。
ああ、こんな日は、どこかに旅行に行きたい。

 ビジネス・トリップなら、年に何度も行く。
旅行鞄に、これだけはなくっちゃねという必需品を詰め込んだり、宿の手配をしたり、新幹線や飛行機に乗ったりで、プロセスは同じだ。
でも、ビジネストリップは、目的が明白で、俄然、雑駁になる。
騒然としていて、まことにもって味気ない。
 
 “もう誰からも「遠くへいってはいけないよ」と言われない”のだから、どこだって行ける。
今、思いついたのは、取り敢えず、栗の木がいっぱいある地方で、サンマの塩焼きを食したい。
静かな昼下りは、歩くことをたのしむために見知らぬ街を歩く。
地元の静かな喫茶店を見つけて、紅茶を飲んで、読まないでとっておいた面白そうな短編小説を1作だけ、ゆっくりと時間をかけて読む。
夜は遠い昔の誰かを思い出して、はやめに寝る。
どんな夢をみるのだろう。なんだか楽しみ。

 長田弘さんの詩のフレーズに、上手に年を取ることができると思いますかという問いがあった。
これは、駄目ですな。
だって、年令の自覚なんかないしー!。
いちばんしたいことは何なのか、いまだわかっていない。

 いやはや、我ながら困ったもんだ。

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by nonoyamasadao | 2013-09-17 11:16 | 雑文 | Trackback | Comments(1)

ストイシズムも悪くない

 江國香織さんのエッセイ集『やわらかなレタス』を読む。
妹さんとの六本木ヒルズでの「お買い物の顛末」を読んで、な~んか、ニューヨーカーの短篇小説の味だなと感じいる。
どこまでも日常的で、あざとい物語がなにもなく、都会的で、瀟洒な読み物だった。
江國さんが、1年間アメリカ に留学していたことに、関係あるのかもしれない。

 遠い昔、ストイシズムを気取った。
その名残の尻尾が今も残像のごとく、わずかにある。
曰く、ケーキは食わない、男は甘いものを食わないとか、気安く異性と話さないとかだ。

 アルコール依存症になっても、焼酎は50代半ばまで、飲まなかった。
極めつけはワインで、今も口にしない。

 学生時代に、友人の下宿で、徹夜でビールを一ダース近く飲んで、突然、酔いが回る。
トイレに立つふりをして、脱兎のごとく、真夜中の住宅街を駆け抜けて、もういいいだろうというところで、路上に大の字で寝る。
まばらな街路灯の中を、遅い帰宅の美しいお姉さんが、大丈夫ですか。。。などと、見かねて声をかけてくれる。
ぜんぜん大丈夫。。。と答えて、またまた、脱兎のごとく走って逃げた。

 そんなことがあったから、6年近く、ビールは口にしなかった。
人前では、今にいたるまで、一度たりとも、吐いたことがない。
猫が死ぬときに姿を隠すように、やばいなと思えば、トイレに立つふりをして、スッと姿を消す。
今日は酒がうまいな、快調だな。。。と思った時、酔いは突然、嵐のようにやってくる。

 最近は、自分に素直になったというより、ストイシズムに疲れたのかもしれない。
自分で決めた掟を、少しずつ、破っている。
日本酒は、いつも、いつだって、熱燗だった。

 この夏から、冷酒、冷やで飲み始めた。
そもそもは、行きつけのお蕎麦屋さんで、言い忘れで、冷酒が出たのがきっかけである。
昔なら、ゼッタイに、口にしなかった。
今や、1飲2休肝日である。
が、我慢できない。飲んじゃお。。。であった。

 冷酒も、冷やもうまい。
冷酒もよいが、冷や酒の常温っていうのが、風味といい、香りといい、のど越しといい、堪らん。
なんかいいよなあ。
季節感もある。
冬になれば、今度は、熱燗に鍋が新鮮だ。
還暦過ぎて、目覚めてしまった。
お猪口についだ、冷やをゆっくり、すする。

 最後に残った一杯は愛おしく、ふくいくたる酒の香とともに、最後の一滴までゆっくりと飲む。
それは味わいひとしおなのだけれど、すこしさみしい味もすることが、はじめてわかった。

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by nonoyamasadao | 2013-09-16 16:09 | 江國香織 | Trackback | Comments(0)

応接間兼書斎

  武蔵小金井にいたころ、用のない休日は家の応接間に閉じ籠って過ごした。
父が急逝して、23才~27才ころまでは、わりとアカデミックな本のハードカバーのぶあついのを好んで読む。
ようは、大学の時に勉強しなかったから、そのつけがまわって来た。

 テレビのある棚に、『荒野の決闘』で、ワイアットがトゥームストンの町の歩道上に持ち出した椅子に腰かけ、傍らの柱に足をかけたように棚に両足を乗せた。
そっくりかえって、重たい本を飲む。
右側は、ベランダに出る大きなガラスの窓、兼ドアだった。
ベランダにはパーゴラがあって、つるバラがピンクの花を付け、優雅に枝をしならせていた。
ピンクの花はそんなに大きくなく、庭にはブッシュローズが一面に広がっていた。
無粋で、庭の花など、じっくりめでた記憶はない。

 セブンスター、マイルドセブンのタバコを吸いながら、本のページを繰った。
夏は背の高い扇風機をまわし、冬は、アラジンの石油ストーブで、暖をとった。
父が健在のころは、冬になると、霜よけ対策なのか、丁寧にバラの一本一本に、コモをかぶせた。

 晩ご飯を、茶の間で食べると、応接間にすぐ戻る。
庭はすっかり暗くなり、お隣のアパートの灯りがつく頃になると、カーテンを閉めた。
部屋の隅には、12弦のアコースティック・ギタ―や、旧式のステレオなどあった。
チェリッシュやあべ静江さんのLPなど、聴いていた。

 さすがに、日本酒を飲んだ記憶はない。
なぜかカティーサークに偏見があり、スコッチならホワイトホースで、バーボンなら I.W.ハーパーを飲んだ。
当時は、ビールは飲んだことがない。
酒を飲む時は、ミステリを読んだり、LPを聴くと感傷的な気分になった。

 いつの頃からか、LPなど聴かなくなり、ウィスキーではなく日本酒を好み、むつかしいハードカバーの本など読まなくなった。
毎日、深酒をして深夜の帰宅になり、土日は、銀座でお茶を飲み、映画など観て、その後で飲みに行った。
応接間に籠城して本を読んでいた頃は、本来なら青春の真っ只中だったので、鬱屈した青春といってよいだろう。

 ごくまれに、一生懸命に仕事をすると、遠い昔の応接間の匂いのようなものを思い出す。
その時は匂いなんて感じなかったけれど、たぶん、それなりに必死だったんだなと、今になって思う。
本をひたすら読んだころを懐かしむなんて、あのころは想像もしなかった。

 な~んか、それも悪くないよね。。。。って、苦笑してみる。

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by nonoyamasadao | 2013-09-13 16:03 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

フレンチ・トースト

 西宮上ヶ原というところに、野暮用があり、午後の新幹線に乗る。
どうせ新神戸までは、たった3時間だべ。。。とこの地から2度目の神戸行きなので、たかをくくる。
それがあなた、侮っていると時間は、手ごわい。
3時間という時間の流れはずいぶん長く、新幹線に乗ってるだけで疲れてしまった。

 新神戸から二宮上ヶ原なんか、タクシーですぐだろうと、またしてもたかをくくる。
安易な性格って、災いするよね。
案の定、これが、また遠い。
1時間近くかかって、モダンな大学のキャンパスにつく。
中央にデンと、時計台があって、芝生の庭に低層の建物が散在し、常緑の樹木に抱かれてるような感じである。
行ったこともないのに、まるで外国の大学みたいだな。。。と思う。

 宝塚ホテルで、懇親会がある。
実は、このホテルは、2度目だ。
1度目は、大学のサークルの1年先輩のMさんの結婚式の司会をする前日に、Mさんと待ち合わせ、宿泊したホテルだ。
かれこれ、40年近く前になるのか。
初めて結婚式に出た時が主賓で、2度目が司会なら、3度目は歌だなと思ったら、その通りだった。
口下手、極度の上がり症なので、逃げ場がなくなって引き受けたことだけど、申し訳なくも、ことごとくミスった。
それ以後、還暦過ぎるまで、結婚式での話したり、歌ったりは、すべて辞退した。

 約40年前のこと。
虎ノ門の会社で17時30分まで仕事したあと、新幹線で新神戸について、宝塚に行く。
タクシーで行くと、温泉街らしく、 白い湯気が立ち上っていた。
宝塚って、温泉だったんだあと思った。
宝塚ホテルで、明日の披露宴の主賓は誰かについて,Mさんに聞く。
新婦側の主賓が誰かもわからなくて、な~んも決まってない。
全ては、当日の京都の式場の喫茶店で、段取りなど、バタバタ決める。
Mさんの主賓は、今や直木賞作家のKさんが務めた。
Kさんの話のほとんどは忘れてしまったけれど、「今日は二重の喜びだった」という言葉は、今も耳に残っている。

 40年ぶりの宝塚ホテルの懇親会は、寿司やソバなどのお店が左右の奥にコーナーがあり、ボクにはわからない高級なオードブルが並んだ。
2次会は電車に揺られ、西宮駅北口の和風居酒屋で、ビール、酒など飲む。なんだか、やっと、落ち着く。
そっかあ。Mさんの結婚式では、酒など飲むヒマもなかったな。
Mさんはその後、翻訳家になられ、2005年の暮れに逝去された。
仲間とバカ話をしてると、酔った頭に、Mさんの思い出がフイとよぎる。
宝塚ホテルから、ポートアイランドのそばのホテルまで、タクシーで帰る。

 翌朝、二日酔いで、食べれるかなあ...でも、やっぱ、食べようと言うことで、17階のビュッフェで朝飯を食す。
目の前で焼いたフレンチ・トーストなどすすめられて、2切れと蜜も頂く。後ろの女性は、1切れだった。
あたたかく、ふわりとしていて、蜜などかけなくてもおいしい。
『クレーマ―クレーマー』の最初と最後のフレンチ・トーストの場面を思い出した。
江國香織さんだったか、フレンチ・トーストは、大切な人というか、密接な関係でないと食べないと書いてた。
そっかぁ。男女の間では、それは正しいかもしれない。

 神戸空港から飛行機で、茨城空港にむけてテイクオフの一瞬、Kさんの授賞式で、30数年ぶりでMさんの奥様にお逢いし、成長されたお嬢さんさんにお会いしたのを思い出す。

 ああ、宝塚ホテルに来たのは、Mさんの墓参だったのかもしれない。

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by nonoyamasadao | 2013-09-10 11:37 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

セプテンバー

 中秋の名月は、9月20日ころらしい。
秋の味覚を詰め込み、 紅葉を散らしたような。。。という豪勢な味覚の宣伝が、新聞広告に増えた。
紅葉を散らす。。。っていうのは、ワタクシ的には平手造酒の喀血や、あるいははにかんで顔をあからめる少女の形容だ。

 でもね、中秋といえば、風に揺れるススキときぬかつぎでしょう。
お月見というのは、そんなもんだ。

 中秋の満月の夜に、愛犬を連れてお散歩する若い女性の高校教師が、豊平川の河原で奇妙な武士に出逢う。
これは、原田康子さんの『満月』というちょっぴり切ない長編ロマンティック・ファンタジーだ。
映画になって、原田知世さんがヒロインを演じたけれど、これもよかった。
ロマンティックなタイムトラベルは、ロバート・F・ヤングばかりでなく、国産小説にもある。

 リーマン時代に、若いOLが、吉本ばなな(現よしもとばなな)の本が面白いといって本を貸してくれた。
う~ん、お父さんの吉本隆明なら、お世話になったけれど、むつかしくて、よ~くわかんなかった。
で、読んだ。
恋人と兄貴を交通事故で同時に失った男が、亡くなった恋人のセーラー服を着る話がある。
もちろん、アブノーマルではなく、ちょっと切ない。
川をはさんで、青い夜明けのかすみの中で、失った恋人と向きあう場面は、今も絵がうかぶ。
グッと来るところがあって、最近の若い作家も、OLの女の子も、なかなかやるじゃん。。。な~んて、傲慢にも思った。

『ムーンライト・シャドウ』って、タイトルだった。

 ムーンライトシャドウか。
月影とでも訳すのか。
中森明菜さんに『MOONLIGHT SHADOW ~月に吠えろ~』という曲があった。
でも、やっぱ、萩原朔太郎センセイの『月に吠える』でしょ。
その中の『恋を恋する人』は、当時としてはタブーだったのか、削除された。
まあ、あんまりボクの趣味ではない。
でも、なてたって、怖くなるほど迫力があるのはこれでしょ。
これは女装の詩で、空想するとゾッとした。

鏡のうしろへ廻ってみても、私はそこに居ないのですよ。お嬢さん!

 今年は意識して、月を追いかけているけれど、昨夜は月は見えなかった。
気分はもう、すっかり秋の空気の色に染まってますね。

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by nonoyamasadao | 2013-09-06 10:51 | 雑文 | Trackback | Comments(1)

早歩き

  若い頃は、早歩きだった。
あまり人と一緒に、並んで歩いたことがないからだろう。

 目的地から目的地へと、なるべく早く向かう。
風景や樹木、道に落ちている落としものや、女の子の服装とか、一切眼中になかった。

 20代の後半になったころ、大河ドラマに、海音寺潮五郎の『風と雲と虹と』があった。
子供の頃に、雨上がりに見た虹は、ドキッとするほど美しかった。
何度も、何度も、振り返っても 、後ろで虹は滲んで輝いていた。
けれど、風や雲など、な~んの関心もない。

 ものを書くのも、土曜の夜中から、日曜の明け方までだった。
だから、そんなに長いのは書けない。
だいたい、構想を立てて、書くとかは全く向いていない。
思いつきで、一気呵成に書く。
その瞬間だけ、ものすごく集中するので、鼻のあたまに汗をかいて、面庁によ~くなりかけた。
そんな仕方は、40代の半ばまではできた。

 極端から極端に走る性格なので、今は、ゆっくりのんびり歩く。
時折、夜遅くなって、自宅やスーパーまで、一心不乱に歩く自分を発見することがある。
やっぱ、早歩きが生まれつきの性格なのでしょうね。

 ゆっくりのんびり歩くと、街角のワンピースの女の子を見つけ、あっ、似合わねえ。。。などと失礼にも、心ひそかに思う。
今年の夏らし過ぎる夏も、よく入道雲とか探したが見つからなかった。
そのぶん、ベビ―ピンクのアイス最中を食す女の子を、よく見つけた。
ベビーピンクだから、イチゴでしょうね。
イチゴのアイス最中は、今、ファミマのブームなのだろうか。
女子しか眼中に飛び込んで来ないのは、エロおやじのサガか。

 金曜に、神戸で集会があり、翌朝は神戸から茨城空港まで行く。
常磐自動車道で、守谷で父の墓参して、常磐道から、向島か葛西経由で、夜、羽田から帰る。
これまた、年令のわりに、なんともあわただしいスケジュールを立ててしまった。

 誰かのうけうりだけど、人は毎晩死んで、翌朝に生き帰るそうだ。当たり前だが、生れ変るのではない。
だとしたら、早歩きのクセは、一生、続くのでしょうね。
まっ、いっか。

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by nonoyamasadao | 2013-09-04 11:36 | 雑文 | Trackback | Comments(5)

転職の前の年

  『愛はどうだ』は、1992年だから、東京でリーマン人生を送ってた最後の年のドラマだ。
もうこの地の転職が内定していた頃で、仕事は後輩たちに引き継ぎながら、毎晩、よ~く飲みに出掛けた。
浦安勤務で、新鮮なイワシの刺身など食わせる店で、よく飲んだ気がする。
懲りずに毎晩、二次会に行って、後輩たちが『ロンリ―チャップリン』とか『世界中の誰よりきっと』とか『君がいるだけで』を歌ったのをよく憶えてる。
ま、そんなだから、テレビは全く見なかった。

 少年のころ、『花嫁の父』を見て、スペンサー・トレーシーにアイデンティティーを持ったくらいだから、娘への父親の微妙な心境が好きなんだと思う。
『愛はどうだ』は、『パパとなっちゃん』と並ぶ秀作だ。
とりわけ、最終回がいい。
三女の渋谷琴乃さんが、微妙に外したり、小生意気だったり、そのわりにシニカルだったりで、抜群に良い。
三姉妹の長女を、お姉ちゃんと呼んで、返事がなければ名前をちゃん付けで呼んで、それでも返事がなくて、最後に、おい!と呼ぶ。
もしそれでも返事がなかったら、ババァとか呼ぶのだろうか。間のズレ具合が、なんとも気持ちよい。
演技はポニョポニョというか、フワッとした感じで、お顔もふっくらで、ああ、こういう娘がいたらオトウサンは、そうとうシビアな仕事でも、難行苦行があったって、頑張るだろう。
さぞ楽しい子育てだろうなあ。。。な~んて思う。 
緒形拳さんが、若き日のチャラ男役の福山雅治くんのあたまを本気で、パコーンパコーンと引っ叩くのも愉快だ。
しかし、このころの食卓やリビングには、まったりした間があったのだなと思う。

 なぜだろう。
バブル崩壊後だけれど、まだまだ、おっとりしてたし、ケータイなど想像もつかない頃だ。
自宅で、パソコンなどしないし、パソコン通信だって、まだ先だ。

 最終回で、長女と次女が独立し、緒形拳さんと渋谷琴乃さんの三女だけが、自宅に残る。
濡れ縁で、緒形拳さんが、庭をぼんやり眺めながら、しんみりタバコを吸う。娘がそっとお茶を差し出す。
ああ、やっぱ、タバコも、まだ必要悪の時代だった。ヘビースモーカーだった頃が懐かしく、まざまざと蘇る。

 タバコは、いっとき、さみしさや嫌なことをどこかに連れてってくれる効果は、たしかにあった。
最終回で、週に一回通ってた、別れた愛人の渡辺えり子さんと清水谷坂ですれ違うのも、爽やかな哀感があった。伊東ゆかりさんの上司とは恋人のままなのか、それとも・・・なのかは、あえて句読点を打たないのも洒落ている。

 ああ、ボクも課長さんをやって、上司といえば、親も同然などと、婦人社員(古っ)に理不尽なことを言っていたのを思い出した。
リーマンは決して気楽な稼業ではないけれど、組織で仕事をする楽しさってのは、また格別なものがあった。
 
 昨日は、昔住んでいた家の庭の樹の夢を見た。
ワタクシって、わかりやすい人間だな。

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by nonoyamasadao | 2013-09-02 16:26 | 雑文 | Trackback | Comments(0)