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いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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<   2011年 09月 ( 10 )   > この月の画像一覧

サクッと

  わかもの言葉で、「スタバなう」とか、よく目にする。
今、スタバにいるよってなことだろうと想像してる。
昔、ナウいじゃんなど聞くと、オヤジ言葉だなぁ、サブって思ったものだ。
二次会を切り上げるときに、「おーい、忘れ物は青春だけにしろよ」などというオヤジギャグは今は、死語でしょうねえ。
いまの時代は寒くはないのかな。

 サクサクしてて、いいんじゃないですかあ。。。と人から言われる。
その人の口ぶりから察するに、悪口ではなさそうである。
 サクサクの語感は、雪やしもばしらをじっくりと踏みしめて歩く音を想起する。
しもばしらをサク、サク、サクッって歩きたい。
耐えて久しい。
 食感ならば、ラスク、かき氷、リンゴ、山芋の千切りを噛む感じの音である。
ラスクはさすがに古いよな。
かき氷は季節外れか。
リンゴは旬だ。
つがるなう。
この用法であっているのか。

 山芋の千切りはしゃきしゃきか。
しゃきしゃきはモヤシである。
山芋はカリカリに近い感じがする。

 サクサクはどうやら、スピードとかテンポがよいこと。。。さっさとという感じらしい。
サクッと飲むとか。
だったら、ボクには馴染まない。
ゆるゆるがちょうどよい。
サクサクなどという野心はもうついえてしまった。

 ただねえ、世の中の流れとの乖離が心細くなくもない。
なんかねえ、このところとみに性格がゆがんてきたような気がする。
 あっ、これも昔からか。

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by nonoyamasadao | 2011-09-27 10:33 | 雑文 | Comments(0)

食用ガエル

  オープンキッチンとでもいうのか、客の席から厨房が見えるホテルのレストランでビールを飲む。
素通しのガラス窓の外を行き交う人たちが見える。
もう少し寒くなると、もっと足早になる。
サーモンサラダとホタテ春巻きをつまみながら、やっぱ、よく冷えた瓶ビールはうまいと思う。
缶ビールの缶の匂いに気がつくと、缶ビールは飲めなくなると通の人はいう。
まだ、その域には達しない。
還暦を過ぎて、洋食が増えたような気がする。

 遠い昔、この季節に、雨降りの下町で洋食デートをしたことがある。
一つ年上で、同学年だった。東北地方の人で、北千住に下宿していた。
彼女の運転する車で、上野公園界隈をドライブした。
大家さんは上野のことを山と言うといっていた。
たしかに丘陵ではある。
 ドライブの後で、秋の花がこぼれる狭い道を歩いて小粋な店に連れてってもらった。
適当に飲むと、『天使の詩』が好きだと言ったら、ボクがバカにしたとかで絡まれた。
ナマコ料理やワインが混じった食用ガエル(だったと思う)を食べた。
世の中には変わっていて、美味しいものがあるものだなぁと思った。
 当時は食べることや飲むことより、興味尽きないことが他に沢山あった。
彼女はオードリー・ヘップバーンの『いつも2人で』を観に行って、ジャクリーン・ビセットがあまりきれいなので驚いたと話した。
女の人でも、同じことを考えるのだなと思ったのを、今も覚えている。
ウィスキーの水割りも飲んだ。

 老後は谷中で暮らしたいと思うのは、そんなちょっとモダンなお店の思い出があるからかもしれない。
ドライブは一回きりだった。
彼女の運動神経は抜群で、男と同じようにキャッチボールができる女性を他には知らない。
今でもドライブをしているかな。

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by nonoyamasadao | 2011-09-25 15:54 | 雑文 | Comments(2)

 夕暮れの帰り道、めっきり秋めいたなぁと突き刺さるように実感する。
ああ、よかったぁ。去りゆく夏に、ホッとする。
帰る方向の山の稜線がくっきり見える。
めずらしく、はて、駅はどっちだったっけなと思案する。

 この道は行き止まりになって、NTT病院前の通りにぶつかる。
だったら、スーパーはあの高い25階建てのマンションの先か。
病院前の産業道路を左折して、まっすぐに行くと、駅だ。
道路を左折してすぐ、市電通りを右に行くと、お城になるのかぁと幼稚園児以下のことに感動を覚える。

今までは、お城や駅がどこかなど、考えたことはない。
やっぱ、地上から何センチか浮いたような生活をしていたに違いない。
まあ、徒歩か、困ればタクシーで移動していたせいもある。
地方都市に住むということは、マイカーがないと、箱庭的な世界観になるのは確かだ。

 前に住んだ地では、駅がどっちかなど考えたこともなかった。
すぐさま、あっちと答えられた。
 電車通勤することがなくなったのが大きい。
ラッシュ時の満員電車に揺られ、通勤というのも煩わしいものである。
けれど駅前というのは、なにげによいものでもある。

 いかにこの地の駅が貧弱であれ、駅には出会いと別れやそれなりのドラマがある。
駅ビルがあり、駅弁も売っていて、駅前繁華街らしいさんざめきがある。
本屋さんでは週刊誌の立ち読みが出来るし、立ち食いソバ屋もあるに違いない。

 夜遅く電車がつけば、帰宅に急ぐ人たちはタクシー乗り場に並ぶだろう。
またたくネオンがひとつひとつ消えてゆき、秋から冬特有の、夜の空気はちょっぴり甘くかぐわしい。

 ぷらぷら歩くだけではダメですな。

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by nonoyamasadao | 2011-09-23 15:22 | 雑文 | Comments(3)

ささやかなシアワセ

  古いJ-POPを聴いて、ああ、昔はよかったと懐かしむ。
かんきつ類、とりわけハッサクを頬張る。
パジャマのゆる~いズボンでリラックスして、午後のコーヒー(銘柄)の濃い~のを飲む。
オレンジ色の夕日が差し込む頃、仏壇のお線香を灯す。
やっぱ和室はくつろぐなぁと深呼吸して、しばし、お線香の匂いにやすらぐ。

  デコポンクッキーをくわえて、Vロート(目薬)をジ~ンと沁み~るほどさす。
湿った目で、『私がクマにキレた理由』を観つつ、ぬいぐるみはかくもよいものかといぶかしむ。
いつか人目を忍んで買ってみようなどと思う。
台風がそれてよかったなあと思う。
被災地は大変だとお気の毒に思いつつ、不謹慎にも、けど雨上がりの匂いは好きだなぁと思う。

 ああ、明日は早いんだっけ。。。と目覚ましをセットしながら、DVDの季節外れのクリスマスソングを聴いてうれしくなる。
これって、あまりに小市民だよなぁと、しんみりさみしく思う。
まっ、いっか。
手元灯でのどかなエッセイを読んでいると、眠くなる。

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by nonoyamasadao | 2011-09-20 08:48 | 雑文 | Comments(4)

ン?何、ヒサギって・・・

 時々、電話が鳴る。もちろん、ケータイではない。
一回だけコールがあって、それだけで終わり。
間違い電話なのだろう。なぜかって、二回連続で電話はかかってこないからだ。

 一回だけのコールは深夜だったり、早朝だったり、はたまた気がかりなことがあるときに限って鳴る。
電話などなければよいが・・・ドキドキなどと思っていると、決まってコールされる。
どうせ一回きりだろうとたかをくくると、そうではない正規の電話だったりもする。
なんだか忙しい。

 ようやく、秋っぽい気分に少しだけなる。
気を許すと、猛暑日がドドドッとまた攻めてきそうで、まだまだ用心深くしてる。

 木ヘンに春と書いて、ツバキ。
木ヘンに夏は、エノキ。
木ヘンに冬は、少しむつかしいけれど、ヒイラギ。
一応、みんな知ってる。
では、木ヘンに秋はなんでしょう?

 恥ずかしながら、これは知らなかった。
ヒサギというそうだ。
 ひさごなら知っているけどね。
昔々、『事件記者』という人気番組があって、そこに登場した居酒屋の名だ。
まっ、いっか。

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by nonoyamasadao | 2011-09-18 18:57 | 雑文 | Comments(0)

小金井の家

 インターネットで武蔵小金井に住んでいたころの住所を入れて、検索をかけた。
すると今現在、建っている家の写真が映った。
ほんとうかしら。
お隣の家に道を進めると、たしかにお隣のF家の建物だった。
なんだかなあ。25年ぶりのご対面である。
我が家は廃屋だった。引っ越してすぐに建売2戸が立ったのは聞いた。
道路に面した建売の家が、この写真か。
F家のお母様は、我孫子へ引っ越すとき、最後まで見送ってくださった方だ。

 インターネット検索の日から、引っ越してすぐ解体された武蔵小金井の家の間取りを思い出す。
小金井に住んでいたのは、14才から36才くらいまでか。
2階の真ん中の部屋で、高校受験から大学の4年生まで過ごした。
ということは、1日に2冊から3冊読んでいたミステリはこの部屋でか。
父が自宅にて急逝した大学4年の夏からは、1階の茶の間の隣部屋で寝た。

 父が死んでからしばらくの間は、アカデミックな本ばかりを読んだ。
これは、つるバラがパーゴラにからんだ応接間で読んだ。
土曜日や日曜日の午後は応接間の椅子に座って、足をテレビが置いてある棚にのせて読んでいたのを思いだす。
連想というのは恐ろしいものだ。
芋づる式に、35年前の挙措動作まで蘇ってくる。
読んだのは、日経図書文化賞を受賞したようなハードカバーの本が多かった。
う~ん、あの頃はケインズ経済学がまだ強かったのだな。
ミクロ経済学の本は、あまり読まなかった。

 就職をして、最初のボーナスで買い込んだ、パールのドラムを叩いたのも、この応接間だった。
もっとも、ご近所のクレームの前に、自主規制やむなしになった。
買い物から帰ってくる母親が、遥か遠くからでも、地鳴りのように響くと云う。
母から懇願されて、泣く泣く止めたのだ。
その代わりにアコースティックギターを弾いた。
GSでは、エレキ一辺倒で、リードギターだったので、恥ずかしながらコードを抑えるのがむつかしかった。
村井邦彦さんの曲は結構、好きだったな。

 寝るのが遅くて、サラリーマンになっても2時ころまで起きていた。
飲んで帰るので帰宅は早くても、11時は過ぎていた。
夜中によく茶の間の電話が鳴って、ダラダラと長話をした。
そうだ、女の子から電話をもらうようになったのは、茶の間の隣で寝るようになってからだ。
それまで異性の電話などなかった。
誰か、留守だと勝手に切っていたのかもしれない。な、わけないな。

 昨日は茶の間の隣の寝室で寝たころに、よく見た夢を思い出した。
↓はアコースティックでよく弾いた。イントロの後は、Amからだった。
 人なぜに死んでゆくの。。。ってフレーズがちょっと新鮮だった。

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by nonoyamasadao | 2011-09-17 10:27 | 雑文 | Comments(0)

久しぶりのデパ地下

 地元では、一番大きなデパートへ行く。
もちろん、惣菜探しのためである。
あれれ~、しばらく来ないと、エスカレーターの位置関係まであやしくなる。
やれやれ。老後が思いやられますねえ。ワナワナ。

 仕方なく、階段をトントントンと下ったら、パン屋さんがあった。
よよっ、こんなところに『ポンパドウル』がある。
ドンクだけじゃなかった。知らなかった。
パン・ド・ミーがある。山形食パンだ。
Pain de Mie 、クリスマス食パンです。
1切れがやけに大きい。
だったら、こりゃ、やっぱ、いちばん厚い4枚切りを買おう。
『パン・ド・ミーって、やっぱ、イギリスパンを手本にしたんでしょ。型に入れて焼くのでしょうか?。でも、フランスのパンですよねえ。』
上は会話ではない。
お店の美しいお嬢さんにたずねたいが、勇気がないので、一人ごとである。
サンドイッチに最適だというが、トーストして表面がパリッとなったのを齧るのが本格派だと勝手に思ってる。

 いい匂いがする。つられて動くと、ニラ饅頭だった。
フム、いいや4個買ってしまえ。
ついで、だし巻きたまご、おくらなめこ、キビナゴの唐揚げなど買う。
キビナゴの唐揚げは、軽くレモン汁につけて食すと堪らんのだ。
ビールのおつまみには欠かせない。
階段をさらに下ると、そこはお刺身の売り場である。
時間さえあったら、1日中いたって飽きないけど、さすがに人目がある。
ガラカブの刺身と、一寸見鮮度抜群のサヨリの刺身を見つける。
今日はやっぱ、日本酒ですなあ。
香露2級はあったっけと夕飯に思いを馳せながら、ガラカブとサヨリでイッパイに決める。

 しかし久しぶりとはいえ、かくもデパートごときに心舞い踊るようではいけません。
男としてこれでよいのか。ワタクシ、何をしているのだろう。いや、お恥ずかしい、情けない。
でもやめられないし、こだわりである。
食べたいものを食し、ゆっくりお茶などいただくのも人生のいつくしみ方の1つではないか。
ワタクシにとって、まあ、買い物はそんなものなのである。

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by nonoyamasadao | 2011-09-12 19:31 | 雑文 | Comments(0)

いつか明石へ

  午後の陽ざしを浴びながら、帰り道をチンタラ歩く。
青空をトンボが飛んでいる。
陽ざしはさんさんとふりそそぐけれど、少し、秋っぽい気もしないではない。
まあ、それは甘いだろう。
曲がり角の住宅では、紫の百日紅が繚乱と咲く。
この地の百日紅は紅色というより、淡い紫っぽい花が多い。
 今年の夏はなんだか、花をめでるような気持ちのゆとりがなかったなあと、しみじみ思う。
東京の勤め人のころに戻ったようだ。
昼、出歩くところは、オフィス街だったので花など無縁だったもんな。

 ふと、国木田独歩の『恋を恋する人』の一行を思い出した。
まだ暑いころ、日は傾くけれど、明るんだ中を箱根かどこかの宿に、理屈っぽい学生二人が帰ってくる。

少女は百日紅の樹に寄りかかって、西の山の端に沈む夕日を眺めながら小声で唱歌をうたっている。

そこだけ、覚えている。
唱歌というのは、時の流れを感じますね。
男が恋を恋していただけで、ひたむきな女との意識のすれ違いが描かれていたような記憶がある。違ったかな。

 同じタイトルの萩原朔太郎の詩もあった。
こちらは発禁本になったのではなかったかしらん。

わたしはくちびるにべにをぬつて、
あたらしい白樺の幹に接吻した

みたいな詩だった。これって、朔太郎の趣味だったのでしょうかね。
そういえば、不思議な一行詩もあった。

鏡のうしろへ廻ってみても、「私」はそこに居ないのですよ。お孃さん

大学2年生のフランスサンボリズムのゼミで、教授は女装の人が鏡を見ている情景との解釈もあるよ。。。な~んてホントか冗談かしらないけれど、そう言っていた。
恋愛は自我の幻像だという意味だったようだ。
今流行の行動経済学では、認知的錯視じゃないの~とかいうかもしれないなあ。

 しょうがパンで知った長田弘さんは、詩は人を孤独にしない。詩は友人を数える方法だ。。。と書いた。
う~ん、それはそうかもしれない。
たまには古本屋まわりでもして、文学しなくっちゃね。
そして老後に備えましょう。
飛び込みの仕事が入って、新神戸へ行けなくなった。
明石に行きたかったのにな。
あ~あ、つまらない。

↓嫌いなはずだったのになあ。なぜか聴きたくなる。

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by nonoyamasadao | 2011-09-08 10:33 | 雑文 | Comments(5)

荒尾ナシ

 ご近所の八百屋さんで買った小粒な荒尾ナシを食べると、昔の二十世紀ナシのようだった。
ほう、と懐かしむ。
「にじゅっせいき」ナシでなく、「にじっせいき」ナシが正しい。
美しいナシで、すっきりした味わいで、みずみずしく果汁が多かった。
ボクは、二十世紀派ではなく、長十郎ナシ派だった。
茶色くて硬い果肉をガリガリと囓ると、口いっぱいに甘ったるさが広がる。
水っけがないのがよいなあと思った。
「おいおい、小粒な荒尾ナシって勘違いではないかい」と思っているあなた。
ジャンボ新高くらいは賞味してます。
本当に小さな荒尾ナシだった。

 大学を卒業して間もないころ、白岡ナシの白岡にタケノコ掘りに、仲間で出掛けた。
二宮に住む本屋の若旦那、高校の国語教師、交通公社の添乗員、出版社の編集者、大秀才の誉れ高い生保のリストラ担当、コンピュータ屋のワタクシが集まった。
二宮の若旦那は、二宮名産の落花生掘り自慢をしていた。黄色い花が咲き、根っこに固まって落花生がなると言っていた。
本当かどうかは、定かではない。
高校教師は、付き合っていたGFのほか友だちを3人ほど、招集をかけてくれた。
都合4名になった。
『栃女』の仲間たちだった。

 その前は、二宮の若旦那が付き合っていたGFと、その友だち3名とで犬山城に2泊3日の旅に出た。
そのときは『宇女高』の仲間たちで、結局、なにごともおこらぬまま、集団見合い(当時、合コンという言葉などなかった)は全滅した。

 朝掘りタケノコは野趣豊かで、焚火で焼くと、少しえぐい、ほろ苦い味がした。
春の味覚はほろ苦く、えぐくて、ビタ―な青春の味だった。

 歳月は流れ、二宮の若旦那は本屋のご主人のままで、ちなみに『宇女高』のGFとは別れ、地元商工会の重鎮になった。
高校教師は有名小説家になり、大きな賞を二つも受賞した。
ちなみに付き合っていた『栃女』のGFと結婚して、今日にいたっている。

 交通公社の添乗員も同じく流行作家となり、大きな賞も受賞した。ちなみに奥方も女流作家である。
出版社の編集員は今も、フリーの編集者である。
生保のエリートは定年をむかえて、二足のわらじだった批評家活動を続けている。

 美しく、賢く、なによりも親切だった『栃女』と『宇女高』の女子たちの消息は、知らない。

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by nonoyamasadao | 2011-09-06 19:42 | 雑文 | Comments(0)

パパとなっちゃん

  DVD『パパとなっちゃん』(1991)を観る。
駅前が狭かった頃の永福町駅の住宅地の風景が楽しい。
たまさか、井の頭線が走ったりしている。
やっぱ、懐かしい。武蔵小金井に住んでいたころ、明大前で乗り換えて、千歳船橋に通った。
今は橋上駅だそうだ。
ふ~ん、そーなんだ。
季節が冬から春の設定のようで、樹木は冬枯れである。
オープニングはお正月のようで、永福町の住宅の玄関前に立派な角松が飾られる。
竹3本を松で囲み、荒縄で結んだ形の角松である。
失われた日本の風景って、よいなあと思う。
玄関前のアプローチには、常緑樹が繁り、梅や桜の落葉樹もある。
やっぱ、一戸建てはよいなぁと羨む。
田村正和は、妻に先だたれ、一人娘をもつ父親役である。
娘は小泉今日子だ。
『パパはニュースキャスター』や『パパは年中苦労する』でも、父親役だった。時系列で見ていくと、父親の頑固度がエスカレートしていく。『オヤジぃ』ころまでは、観ている。
酔うと、女性をくどいたりする役柄なので、飲むシーンが多い。
おでん屋の屋台でイッパイだったり、女性のいるバーでも痛飲する。

 『パパとなっちゃん』はホームドラマだが、パパの育児手帳のようなドラマである。
そういえば、このドラマの原型は『パパの育児手帳』(1962)かもしれない。
『パパの育児手帳』なんて、今の時代、誰も知らないだろう。
小6から中1のころのお昼のTBSのホームドラマだった。
どうして見れたのか不思議だ。でも、しっかり記憶している。
『パパとなっちゃん』は娘を溺愛し過ぎのドラマである。
あまりにも娘ベッタリで、歯が浮く感じもあるから、十年前なら、こっ恥ずかしく、観るのを止めていただろう。
待て。今やワタクシ、孫、溺愛感覚でみているのか???。
まあ、父親の経験者なら、今観ても、きっと照れくさいだろう。

 『花嫁の父』のころから、子供のくせに、父親の視線から観てきた。
披露宴の混雑で、父スペンサー・トレイシーは、とうとう娘のエリザベス・テイラーに言葉をかける暇さえもなかった。
帰宅して、シミジミもの想いに沈みこむ。
その時に、電話がかかってくる。
駅から、娘のエリザベス・テイラーが父に送る最後のおやすみの電話だった。
子どもながら、グッと来る。
 子供の分際で、父性などあるのだろうか。
う~む、謎だ。

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by nonoyamasadao | 2011-09-03 10:00 | 雑文 | Comments(0)