いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
以前の記事
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
more...
タグ
(868)
(717)
(216)
(188)
(184)
(160)
(124)
(101)
(72)
(58)
カテゴリ
全体
ミステリ映画
ヒッチ・ワイルダー
洗練コメディー映画
60年代ポップス
本格パズラー
川上弘美
江國香織
短編小説・詞・詩
雑文
中村八大
竹内まりや
伊東ゆかり
花の24年組
最新のコメント
To nobulinn..
by nonoyamasadao at 12:40
To nobulinnさ..
by nonoyamasadao at 12:28
スカートが秋ですよと・・..
by nobulinn at 00:44
こんばんは。 デパート..
by nobulinn at 23:48
To yattokame..
by nonoyamasadao at 20:35
こんばんは。コメントあり..
by yattokamedagaya at 19:39
To nobulinn ..
by nonoyamasadao at 10:27
こんばんは。 健康のた..
by nobulinn at 00:25
To まめ蔵さん >最..
by nonoyamasadao at 13:01
To nobulinn..
by nonoyamasadao at 10:48
お気に入りブログ
soda-pop
自然風の自然風だより
おいしいもの見つけ隊 隊...
のほほん便り
ふらんす堂編集日記 By...
佐賀県武雄市  武雄温泉...
散歩日和
deux fraise
魅せられて大和路
ちまもの読書日和
最新のトラックバック
www.whilelim..
from www.whilelimit..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
ああ、ついに…双葉十三郎..
from ラムの大通り
坂本九
from いいたいことは少しある
検索
メモ帳
いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
ブログパーツ
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2011年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

『上を向いて歩こう』のころ

 穴沢ジョージさんが、上を向いて歩こうのことを書いていて、昭和36年の秋のヒット曲だそうである。
日記を読んでいて、その頃に思いを馳せた。
杉並の荻窪の南口に住んでいた。
ご近所には瀟洒な住宅が並んでいて、百貨店の役員、大学教授、新東宝の副社長や日本コロンビアの社長、日本郵船社長などが住んでいた。
しばらくして、作曲家の遠藤実さんの家もあるのを知った。
我が家だけ、会社のオンボロな社宅だった。

 昭和36年秋のころは、小学5年生だったと思う。
隣家の境にはイチジクの木があり、イチジクをもいで、そのまま食した。
我がオシッコをかけて、丹精をこめて育てた木だった。
もいだ軸の部分から白い樹液がこぼれた。
小学校に行く途中には原っぱがあって、ススキが風に揺れていた。
そう、荻窪は風が荒かった。
友だちの家の2軒隣に、大きな栗の木があって、トゲトゲの殻の栗の実が盗んでくれ~~というようにいっぱいなっていた。
物干し竿をえっちらおっちら運んで、たたいて栗泥棒をした。
学校の音楽では、♪小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけたとか歌っていた。

 その頃のお楽しみといえば、『少年サンデー』の伊賀の影丸だった。
阿魔野邪鬼という佐々木小次郎ばりの敵役が不死身で、息の根をとめたつもりでもいつも蘇る。
`80年代のオカルト映画でも、何度も蘇る怪物がいた。
伊賀の影丸は、集団対集団のチャンバラが楽しかった。
そのころは、山田風太郎の名前も知らなかった。
ご贔屓のキャラクターに生き残ってくれと祈るのだが、決まって、早めに死んで×がついた。

 そんなときに、『上を向いて歩こう』を聞いた。
小林信彦だったか、イントロの木琴(マリンバ?)を聞いて、ゾクリとしたと書いていた。
この曲は『夢であいましょう』で、最初に聞いた記憶はない。
最初は、NET(?)のピアス化粧品提供の『ピアスナインショー』ではなかったかと思う。
マナセプロ版のシャボン玉ホリデーのようなバラエティーで楽しかった。
局アナだった木元教子さんが出て、坂本九や森山加代子さんも出演していた。
森山さんは、『じんじろげ』とか意味不明な歌を歌っていた。
今聞くと、聞き様によっては、とてもエッチっぽく聞こえる。
当時はヘンテコな歌だなぁとは思ったけれど、いたって純真な子どもだった。
なにせ、♪ビックリ仰天有頂天 コロリといかれたよ マイ ルジアナママ ホニオリの時代だった。
そんなときに、この番組で『上を向いて歩こう』を初めて、聞いたのだと思う。
バックのセットらしきものも、うっすら記憶している。
じぃっと聴いていたら、なんだか切なくなった。
でも、いい歌だなぁ。。。。って思った。

More
[PR]
by nonoyamasadao | 2011-06-25 08:15 | 中村八大 | Trackback | Comments(4)

散歩

 自宅の近所を少し散歩する。
引っ越し当初のころを思い出した。
住み始めてまもない町は新鮮で、あちこち歩きたくなった。
散歩というより、道草の楽しみのようなものだった。
だから距離が、少しだけ長い。
途中で疲れたら、自動販売機で長めのペットボトルのお茶とボスを買った。
お茶は濃いめの方だ。
今は缶コーヒーは買わない。濃いめは変わらない。

 日差しが強いと、薄地のハンチングをかぶった。
これも変わらない。
日除けならソフトの方が好都合だ。けれど、似合わないと言われてから、ぜったいにかぶらない。

 十字路にでる。ああ、来た当初は頭に地図を描いて、町の佇まいを刻んだ。
信号の手前左に花屋がある。
がまずみに始まり、スウィートヴァイオレットやミニバラを買った。
手前の右には焼きそば屋があったが、今は空き地に変わった。
その隣は神社である。
普段は無人だが、幟が立っている。
初詣は毎年、ここが最初である。
信号を渡るとセブンイレブンがある。
UCCの『いつものコーヒー』はここでしか、買えない。
このところ疲れ気味なので、ゆっくりゆっくり歩く。
まわりは低層のマンションだったり、お屋敷も多い。
お屋敷には流枝仕立ての松の門冠の家や、幹が美しいヒメシャラの家がある。
ヒメシャラは咲いていない。
次の四つ角の塀越しに、シャラが白い花をつけている。
清楚で、嫌味のない花だ。
 
 隣から隣という感じで歩くと大学通りに出る。
信号の手前がたばこ屋で、横断歩道を渡るとケーキ屋がある。
女子学生が店の外でお茶している。
いつものように、濃密なバターのような匂いが漂ってくる。
歩道に自転車が走っている。次から次という感じで、自転車は来る。
大学がそばにあるからだ。
その大学は通り抜けができるようになっていて、樹木が多い。
狭い人一人でいっぱいの裏口だったけれど、舗装されて、車いす対応になった。
そのぶん、片側のサザンカの生け垣が手すり付きの塀に変わった。
少し、味気ない感じがするが、仕方ない。
入ると、ウメモドキ、実をつけつつあるザクロ、ヤマボウシ、アメリカハナミズキの若木、くすの巨木がある。
緑陰が楽しめる。
土曜日になると、授業がないのか、いつも閑散となる。

 住みやすそうな町だと思ったが、その通りだった。
最近になって、また悪い癖で、もの足りなくも思う。
毎日、事事しいこともなく、今日もゆっくり歩いた。
わたしはまだ、現役で仕事をしているが、老後のような過ごしかたをしているなあ、と来た当初、初めて気がついた。
今日から15日間、アルコールホリデーが続く。結果がどうであれ、待つ間はいつも不安だ。
このところ睡眠不足だが、やっぱり、なんだかんだで、今日も遅くなるに違いない。

More
[PR]
by nonoyamasadao | 2011-06-14 15:50 | 雑文 | Trackback | Comments(4)

『GOOD LUCK!!』を思い出した

  昨日の飛行機で東京出張、そして守谷の墓参りを済ませて帰った。
熊本空港への着陸は、視界不良で困難かもしれないという。
ま、まさかね。
羽田のラウンジでは、場合によっては、福岡にダイバートの可能性があるとのテロップが流れる。
ふ~ん、まさかね。

 時間が来たので、ラウンジから搭乗ゲートに向かう。
搭乗口近くに『サマンサタバサ』のお店が、午後三時過ぎなのにキラキラと輝いている。
店員さんが超ミニスカートだった。
あ、かわいい。うっ、堪りませんわ~。
でも、コーヒーを買ったら、わざとらしいよなぁ。

 飛行機でしばし、寝入っていたらしい。
機内食を食べる気分では、なかった。
美味しい紅茶に、桜葉の塩漬けが混じるクッキーを三ついただく。
フ~ム、摩訶不思議な味だが、美味い。ガバガバと食す。
スッチーさんが、クッキーをお食べになりたいご気分でしたかなどと囁く。

 機内食をいらないなどと、人さまの好意を無にしたせいであろうか。
突如、飛行機はガタビシゆれだす。

 熊本空港近くに来て、一回目の着陸態勢に入った時には、視界不良が規定値を超えたみたいだ。
ゴーアラウンドというのか、機体は上昇へと復帰する。
まさか離陸の時のように、どこまでもどこまでも、上昇するのではあるまいな。
ワナワナ。

 しばらくして、「天候の回復を待って、再度、着陸体制に入ります」との機長からのアナウンスが流れる。
まるで キムタクのドラマの『グッドラック』 みたいだ。

「誰があきらめる」と言った。
「高度なランディングだ。息をあわせていこう」とかの会話は交わされたのだろうか。
中央スクリーンの前から2列目だけど、中央のスクリーンは真っ暗である。
丸窓の外は雲海である。
 なのに、再度、直陸態勢に入る。
ん?、ん??。
大丈夫かしらん。
しばらくして、ド、ドドッと若干、ハードランディングか。

 『グッドラック!!』の雲海の切れ目から、新海の「見えたっ!」。
み、見えました。。。の場面は、コックピットではあったのか。
わ、カックいい。
香田キャプテン万歳と一人ごちていた。

 もっとも、ワタクシには、待っている女性も患者さんもいなかったけれど・・・。

More
[PR]
by nonoyamasadao | 2011-06-12 19:28 | 雑文 | Trackback | Comments(12)

Q10

 The night was young and so was he. The night was sweet, but he was sour.
夜は若く、彼も若かった。夜の空気は甘いのに、彼の表情は苦かった。
韻を踏んだ、ウールリッチの『幻の女』の有名な書き出しである。
夜の散歩が好きである。
もう少し年令がいくと、ただの深夜徘徊老人になる。
ホント、シャレにならない。
ウ~ム、苦い。

 そういえば、ディクスン・カーの処女作が『夜歩く』だった。
 夜の散歩には、いくつか思い出がある。
酔っぱらった女の子を自宅まで送って行った甘酸っぱいのもある。
酩酊して、グダグダと歩いたのもある。
おいしい空気をイッパイ吸って、帰ったのもある。

 どうして夜の散歩を思ったのか。
『Q10』で、レイ・ブラッドベリの『生涯に一度の夜』について話していたからだ。

 このドラマはすこし、ヤバい。
なぜなら、中原中也の詩や、同じ風は二度と吹かないなど、妙にリリカルで、矢鱈と気障なセリフが飛び交う。
倉本聡というよりも、山田信夫の時代に戻ったような錯覚に落ちていく。

 けれど『ウォーターボーイズ2』や『Q10』を見ている還暦を過ぎたジジイというのも、客観的には不気味なものだろう。
実際、若かりし頃に、『眠れる美女』を読んで、川端康成なる芸術家はなんたる醜悪な老人かと悲憤慷慨したものだ。
あちらは稀代の天才だが、こちとら凡人だから、なお気色も悪かろう。

 春の夜の散歩には、昼にない風景や空気感がある。
ブラッドベリの小説は、月灯りの夜に、草いきれの丘に登って、星を見上げ、妻と手をつなぐ。
思えば、これって、変態かと思ったのものである。

 夭折したM先輩も、ブラッドベリと同じことを30才を過ぎても云っていた。
そうか、生涯に一度の夜は、そんなことがあってもよいのかもしれない。と、凡人は今になって思う。

 はだしの似合うマーク・トウェインの町で、暖かい夜に歩く。
ウ~ム、よいものかもしれない。
ワタクシの人生、かなりとっ散らかってはいるが、生涯に一度のことなど、まったく思いもつかない。

 テリー・レノックスはかくのたまう。
一生に一度は、空中ブランコのスイングのような離れ業をしてみせるさ。。。。ってね。
 
 今夜は、遠い昔に読んだ虫明亜呂無の短編でも探し出して、読もうか。
あれも昭和の太宰のような小説だった。
木皿泉の『Q10』は、そんなヤバいドラマである。

More
[PR]
by nonoyamasadao | 2011-06-08 20:39 | 雑文 | Trackback | Comments(3)

今年の夏

  この数日、散る陽光が夏らしくなって、通りをゆく若い女性は夏の服装になっていた。
アジサイが咲き、我が地を除いて、東京も梅雨入りしたらしい。
NHKの『あさイチ』を観ていると、篠山とかいう若者が出演していて、篠山紀信の息子さんではないかと、老母が言う。
エッ、ウソ~~。
だったら、南沙織さんのご子息ということか。
17才の南沙織さんに感じた眩しさは今も、そっくりそのまま蘇る。昨日のことのようだ。
失った時の流れといまだよるべなくて、しばしボーゼンとなる。
やっぱ、おじいちゃんになってしまったのだなぁと今更ながら、悲しみに打ちひしがれる。
そのあと急に、青い海が見たい衝動に駆られる。

 30数年前の野蒜海岸駅は、潮の香りのする小さな駅だった。
夏の風が街に流れていた。
駅からまっすぐに伸びた道の先に海岸はあった。
藍青の海だった。
震災で山裾まで崩れてしまったのをテレビで見た。
30数年前に、宿の部屋から見る海は静かだった。
夜の海辺に波が打ち寄せる音と暗い海は、今も忘れない。

 大津港から平潟に向かって、浜を歩いたこともある。
誰もいない浜で煙草を吸った。火がつかなくて、手で覆った。
ああ、このころは随分と煙草を吸っていた。
六角堂から見下ろすと、急勾配の岸壁の下の磯に砕ける波は荒かった。
この五浦六角堂は、津波で消失してしまった。

 5時過ぎて、まだまだ陽が高い。どこからかクチナシの香が漂う。
銀杏並木の木陰を歩きながら、今年もまた暑くなりそうだなと思う。
今年は、まだまだ油断はできそうにない。

More
[PR]
by nonoyamasadao | 2011-06-03 14:26 | 雑文 | Trackback | Comments(0)