いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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<   2008年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

明るい雨空

 今日も雷注意報が出ているが、昨日は快晴だった。このところ、大雨注意報が続いていた。
梅雨時、ほっとひと息の一日だった。
先週の土曜日まで、どしゃ降りだった。ズボンも靴もビショビショで、魚河岸スタイルとまで行かなくても、長靴が必要だ。
背広に長靴も妙だが、仕方ない。

 ニューヨーカーは、雨降っても男は傘をささないって聞いた。
大好きなアーウィン・ショーの「ニューヨークへようこそ」や「愁いを含んで、ほのかに甘く」を読んでも、雨の場面はない。
実際、近しいアメリカ人はみな、ザンザン降りなのに平気で目的地まで走っているのをよく見る。
ずぶ濡れでも気にしないのは、やっぱ、ハードボイルドであるなあ。。。な~んて思う。
NYではそうだとしても、シアトルだとどうだろう。
シアトルは雨が多いことで有名だ。
だったら、イチローは雨が降っても傘をささないのかしらん。
映画「Sleepless in Seattle(「めぐり逢えたら」)」では、シアトルは1年のうち、9ヶ月は雨が降る街だと言っていた。
妻を亡くし、悲しみの淵のトム・ハンクスが、息子ジョナと引っ越した場所がシアトルだ。
ボルティモアの記者メグ・ライアンは、フィアンセがいるけれど、トム・ハンクスに一目逢いたくて、シアトルまで押し掛けるが、ハンクス君とはすれ違いばかり。
高校生(たぶん?)の女の子が市電の中で、あんなジレッタイ映画はない。。。な~んて言っていた。
あのすれ違いがいいのに~。だから「邂逅」(オリジナル映画の題名でもある)が生きるんだけど、判ってないなあ。

 脇道だけど、ボルティモアといえば、往年のバリー・レヴィンソン監督でしょう。
ボルティモア出身だそうだから、ほとんど自伝的映画なのでしょうね。
「ダイナー」にはボルチモアの駅が出て来るけれど、やっぱ、映画の出来だったら、「わが心のボルチモア」がダントツによかった。
冒頭の花火は見事な映像だったし、火事を起した子供と父親の会話もなんかしみじみして、余韻が残った。

  ♪行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ ♪雨にぬれて行かなくちゃ 傘がない
と歌ったのは、井上陽水だった。
文学界で「川べりの道」を読んだときに天才だと確信した故鷺沢萠に、「明るい雨空」という短編がある。
あまり出来がよくないけど、傘の話だ。
高校生の主人公の男は、女の子とデートの約束をしている。激しい雨が降っているけど、傘がない。
♪雨雨降れ降れ、もっと降れェ
などと歌いながら、地下鉄で文庫本を読んでいる年配の男の傘をかっぱらう。
地下鉄の扉が閉まる寸前に、老人の傘を盗むのだが、車両に残された老人は怒りもせず、走り去る車中から悲しそうな目で、駅に降り立つ主人公を見ていた。

 六、七年の時は流れ、主人公の男は一流会社の商社マンになり、少し仕事に疲れている。
退社時刻を過ぎて外に出ると、小雨が降っている。一ツ木通りを裏から抜けたところで、かつての自分と同じ年頃の青年から、ニューオータニへの道を聞かれる。青年は雨に濡れてる。
主人公は道案内をして、青年にむりやり傘をもたせる。
主人公は雨に濡れながら、あの雨の日の老人への絶対に返せっこない借りの、ほんのわずかを返せたような気がする。
この短編は女流作家とは思えないくらいハードボイルドタッチだった。
石原慎太郎の初期作品を思い出した記憶がある。

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by nonoyamasadao | 2008-06-24 16:44 | 短編小説・詞・詩 | Trackback | Comments(4)

彼女はカルピス

 最近、映画のことを書いていないが、観ていない訳ではない。一昨日はジョゼッペ・トルナトーレの近作の「題名のない子守唄」を観る。それが、あーた、お先真っ暗!? な暗澹たる内容で、初期作品の「教授と呼ばれた男」に先祖がえりしたみたいだった。たぶん、秀作なのでしょうねえ。ワタクシは修業僧の気分で、世を儚みつつ画面を凝視したのでありました。ドスンって感じで、深く落ち込んだ気分をどうしてくれる?。まあ、逆恨みですけどね。
昨夜は、その反動から馬場康夫監督の「メッセンジャー」を再見した。
まあ、お気楽、軽薄、恋あり、自転車ありでね。少々、おバカっぽいけど、ヤッパ映画はこうでなくっちゃ~ってね。都会的コメディを堪能しました。今風の若大将ものみたい。
けど、アララ、思わぬ伏兵が・・・。草彅剛クンがビールをグビグビとラッパ飲みしているではありませんか!!。それも五回も六回もだもんなあ。
誤算だったなあ。ワタクシ、来週の月曜日の健康診断まで、断酒していてちょうど七日めだった。で、どうしたかって?そりゃ、じっと我慢でんがな。男は黙って、サッポロビールを飲まないのであった・・・。

 江國香織のエッセイ集から「ワンピースとカルピス」だけ、拾い読みをする。水玉模様のワンピースなどどうでもよいけど、水玉模様のカルピスかあ。カルピスといえば、カルピスウォーターではありません、昔のカルピスです。初恋の味。。。だもんなあ。
水玉模様は甘酸っぱいカルピスの味にはピッタシだ。
昔の紺に白の水玉模様のパッケージは、なんて素敵だったのだろう。
お中元にはカルピスの時代でした。非モテ1直線のボクだって一回くらいは、
♪麦わら帽子のような 匂いをさせて
♪私を海辺へつれて 走った人
だった時もあった。
彼女はカルピスで、ワタクシはサッポロのリボンシトロンでした。
シトロン(citron)はレモンではないみたいですね。クエン酸ですね。

 まあ、あの時代の包装はわかり易かったですね。わわわ~輪が三つの「ミツワ石鹸」とかさ、月のマークの花王石鹸もあった。
三日月で、顎がしゃくれてました。。。ああ、懐かしい。
今、うちにはシャボン泡だの、薬用だの、ボディーだの、プッシュ式の石鹸があるけど、ワタクシには関係ないや。
ヤッパ、石鹸は四角じゃないとね。感じが出ない。
頭を洗うのも石鹸だったものなあ。だから、危ない状態になってしまったのかな。
まあ、お風呂は大好きだけど、熱いお風呂にドボンと入り、お湯からザバッと出るのが入浴の醍醐味というもの。

 朝、通り抜けの大学でのこと。

 槿ノ木ニ
 槿ノ花咲ク
 ナニゴトノ不思議ナケレド

 ご存知、白秋のパクリですが、芙蓉の花は例年より、早いのじゃないかな。
入梅したけれど、雨は降らない。


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by nonoyamasadao | 2008-06-18 11:52 | 江國香織 | Trackback | Comments(2)

目薬と栗駒山

 子供の頃から医者嫌いだ。注射で貧血だから、なんともダメ男である、
採血もダメ、ブドウ糖の注射もダメだから、血をぬくのも、液体を注入するのもダメだ。

 もっと、ダメだったのが、目薬と鼻の洗浄だ。
鼻の洗浄体験は生まれてから一回だけで、小学生になる前のことだ。
あまりに僕が暴れるので、医者から叩き出されたことがあった。だから、鼻の洗浄は未遂に終わった。
目薬は今年から、できるようになった。
ドライ・アイというのかしらん。目が乾いた感じで、手の指でこすっていたら、なんともつらくなって来た。メガネの度が合わないのかもしれない。
メガネは遠近両用を、贅沢だが二種類持っている。
遠くまでよく見える道を歩くとき使うのと、部屋で動くときに使うのがある。
もう一つ、老眼のがある。でも、ほとんど使っていない。

 最近、眼精疲労がひどい。眼腱痙攣(異常ないとのこと)もまれにあって、どうしょうもなくなって、やっと目薬を使うことになった。けれど瞼を閉じてしまうので、ほとんど誤爆という状態だ。
これぞ本当の「ほほにかかる涙」だ。もうボビーソロなど、みんな知らないだろうなぁ。
けれど、不思議だが、トイレシャワーなら平気である。というより、ウェルカムという感じだ。
まあ、こんなだから、アッという間に目薬はなくなる。
よく二階から目薬というけれど、僕の場合は、屋上から目薬かもしれない。

 目薬つながりだが、メグスリノキってありますね。
あれって、赤く紅葉した葉っぱがきれいです。けれど、あの葉がカエデ系だとはね。
ギザギザがないし、葉のかたちはユズリハを小さくした感じに似てませんか?。
メグスリノキは樹皮を煎じると、老眼や結膜炎の洗眼の薬になるのだって聞いた。
それなら、僕でも大丈夫かもしれない。

 メグスリノキは栗駒山の麓で見たのが、一番美しかった。サーモンピンクの紅葉だった。
栗駒山の紅葉は、もう30年近く見ていない。でも、あそこの紅葉が日本一かもしれない。

 黄色く染まったブナの海に、カエデの赤が添景となる。ブナが裸木になると、木肌がまたよい。
風が吹くと、代赦色に染まった草が揺れる。

 今、栗駒山は岩手・宮城内陸地震で、亀裂、陥没、道えぐるなんて、活字が躍っている。
ハイヒールをはいて、被災地訪問をする政治家など願い下げだが、何とかがんばって欲しいと思っている。心より、お見舞いします。

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by nonoyamasadao | 2008-06-16 12:12 | 雑文 | Trackback | Comments(2)

スーパーと入梅

 このところ雑事が多い。ひっきりなしに、県外へ行ったり来たりしている。しかも日帰りである。明日は福岡だし、来週は鹿児島に行く。難問だが、雑事には変わりはない。

 ということで、スーパーについて書く。
買物カートを持って、最初に行くのは、果物コーナーである。
先ず買うのは、バナナだ。
少し黒ずんだ台湾バナナを買わず、サイズが大きいフィリピン産のバナナを買う。ぎゅっと握ってみて、かたいのを買う。
食べると、まだ熟していない、青臭い匂いのバナナである。何時もこれを食していると、たまに小ぶりの完熟バナナなど食すと、ああ~、バナナって、こんなに甘かったのだなぁと深く感じ入り、感動するから不思議だ。
僕らの世代では、バナナは舶来品であり、高級なものであった。
まぁ、病気で寝こんだときに、食べた。大仰ではなく、フツーの家庭ならそうだったと思う。
バナナを房ごと買って、お腹いっぱい食べてみたいものだと、ひたすら恋焦がれたものだ。今やバナナを二本も三本も食べるおバカは、いないなどと言われる。
まあねぇ、限界効用逓減の法則だと、そうなりますけれどね。でも、最近だと、収穫逓増の法則の時代なんだけどなあ。まっ、いっか。
舞台のDVD「アテルイ」だったと思うけれど、古田新太が音声解説の中で、バナナと卵白は即効性のあるエネルギー源だと言っていた。だから、陸上の選手はみんな、食べるのだそうだ。ハードなチャンバラ劇を連日、演じるから、背筋を痛めたり、筋肉痛などで苦労するだろうから詳しいのだろう。
古田新太は大好きな舞台俳優である。肥満体型だが、豪快、大胆にして、何という身の軽さ。華もあるよなぁ。
大学一年生のときに、上級生の渡辺いっけいや筧利夫が見込んで、主役に抜擢した逸材というだけのことはある。劇団☆新感線の看板役者ですものね。
川上弘美さんが、な~んて色っぽいのだろう。。。って書いていた。
「サイドカーに犬」のお父さんもよかった。竹内結子さんが押しかけ女房のような、愛人だものなあ。あ、話はスーパーのことでした。

 次に買うのは、グレープフルーツだ。これも当たり外れがあるので、別売りの形のよいフツーのと、ルビーの二つを選ぶ。触って、皮のたるみ、ブヨブヨ度をチェックする。
まんまるのグレープフルーツを二つ手にとって軽く握っていると、なんか、へんな気分になった。一人赤面し、コソコソとほかの場所に移動するが、自意識過剰だと思い直して、毅然とする。
我が母は降圧剤を服用しているので、グレープフルーツだけは禁じられている。酵素(チトクロームP450という酵素)の作用が抑制されることがあるらしい。よく知らないけど、僕が食していると、羨ましそうに見ている。

 最近は、カットフルーツも買っている。まあ、いろいろな果物が混ざっているので楽しい。フィリピン産のパイン、キューイ、オレンジ色のスイカなど、ミックスしたのが売ってあった。
黄スイカは昔、よく食したけど、オレンジ色のスイカはよく知らない。県産だって書いてあった。スイカだけや、メロンだけのもある。メロンだけのは、いつもあまり売れていない。いつも売れ残っているのだから止めればよいのにと思うのだが、そうはいかない事情があるのでしょうな。

 鮮魚コーナーで、さらし鯨のからし酢味噌付など、買う。
養殖はいっさい、買わない主義だ。「長崎ハーブ鯖」なる刺身がある。天然である。
ハーブの力で健康に育った鯖なのだそうだ。フ~ム、しばし腕組みをして沈思黙考する。
でもさ、ばったもんとは言わないけど、やっぱ、邪道なのじゃないかな。ささやかな美意識に反するからやめた。

 食パンのところで石窯ライ麦パン、中華コーナーで、マーボー春雨など買う。
マーボー春雨は色がドギツイし、いかにも体に悪そうだ。たぶん、悪いに違いないが、これが美味いんだよなあ。だから、判っていても手を出す。たまにはいいのだ、人間的ではないか!!。

数日前に梅雨入りした。やっぱ、降るときには、雨は降ってくれないと困る、やれやれ。。。と思った。そしたら、土砂降りになってしまった。
昨日は、快晴だった。近回りするときに通り抜けするいつもの大学では、植栽のクチナシがたくさん咲いた。白い花だ。香りはどぎつくなく、案外、淡い。うっとりしてしまうのだった。

 スーパーの帰り道、なつつばきが開いていた。ああ、今の季節に咲くから、夏ツバキなんだと、しみじみ感心してしまった。
狭い通りを美しい娘さんがニコニコしながら、こちらに向かって歩いてくる。
振り返ったけれど、誰もいない。
お買い物ですかぁ、などと声をかけられた。知り合いの子供さん(ご令嬢)だった。
なんともバツの悪いものである。
成人映画を始めて観た時に、映画館を出たところで、同級生の女の子とバッタリ出くわした四十数年前のことを昨日のことのように、思い出した。
 
あした、晴れるといいな。
 
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by nonoyamasadao | 2008-06-13 12:56 | 雑文 | Trackback | Comments(2)

一つの時代の終わりを感じたりして・・・

 新聞の死亡欄を眺めて、少しショックを受けた。
 亡くなられた三名には、多少だが、かかわりがあった。面識などないが、それなりに気に留めた人たちだった。前者の二人はそう云えるだろう。

 野田宏一郎氏は、フジテレビのディレクターだが、それより、少しおバカだが、めっぽう楽しいSF小説を教えてくれた。
そのSF小説とは、キャプテンフューチャー・シリーズのことである。
彼はその紹介者であり、翻訳者であり、なによりもマニアだった。
キャプテンフューチャー・シリーズは、エドモンド・ハミルトンのスペース・オペラだが、ほとんど内容を記憶していない。けれど、かなりの数を読んだ。
キャプテンフューチャーが翻訳された頃は、真鍋博の挿絵が楽しい星新一の「妖精配給会社」や、健康でHな真鍋博の装丁がゴキゲンな小松左京の「エスパイ」などが生まれた国産SFの黎明期を過ぎた後だ。
「SFマガジン」ももうマイナーではなかった。
 だが大学のサークルとなると、SFはまだ、ミステリに従属していた。
SF愛好家たちは、宇宙塵の同人であったり、渋谷の道玄坂の喫茶店の「一の日会」に集った。
本格、サスペンス、ハードボイルド、軽ハード、冒険などに分属するミステリ畑の僕たちからすると、SFの人はいつも群れたがると思っていた。
けれど未だ日陰の身だった時代を考えると、むべなるかな。。。である。
もっとも、ミステリだって、「SRの会」とか、うるさ型の集まりがあった。
野田氏は宇宙塵の同人であり、花形ディレクターでもあった。

 悲劇のボクサーの関光徳氏は、海老原博幸の次くらいに、好きなボクサーだった。
二人とも、優男だが、無類の強打のサウスポーだった。
強打といっても、パンチに切れがあった。海老原はカミソリ・パンチといわれ、関は名刀正宗と称された。
パンチを力任せにブンブンと振り回さずに、コンパクトに、タイミングよく当てると、相手がバッタリと倒れる。
KOのし方がエレガントで、スマートだった。一瞬の閃きがあった。
パンチの切れって、何でしょう。KOパンチの持ち主を前提にして、考えた。
パンチの切れというのは、スタミナ(最終ラウンドまで繰り出すパンチの絶対量)を分母とすると、分子がパンチ力(一回分の平均)だと思う。
分母が小さくて、同じパンチ力なら、パンチに切れがあるという。
分母が大きくて、KO率が高ければ、重いパンチという事になろうか。だが相手をKOできないタイプは、手数で攻勢点を稼ぐボクサーである。もちろん、それもスタイルだ。
関光徳氏は、とうとう世界チャンピオンになれなかった。
無類の強豪が世界にひしめき合っていた時代である。
だが、明らかに勝っていたが、ホームタウンデシジョンで惜敗するという不運もあった。もっとも、ホームタウンデシジョンとはそういうものだ。
僕は、リアルタイムでテレビで何回も、彼の試合を観ている。
インターバルのとき、セコンドの椅子に座っていると、いつも遠いまなざしでどこかを見ていた。
その姿はどこか、さみしそうだった。佇まいに、はかなさが漂った。
そのことで青い鳥を逃がしてしまったのかもしれないが、「秘すれば花」のボクサーだった。

 氷室冴子さんは「クララ白書」を読みさしで、放り出してしまった。だから、語る資格などない。でも、書く。
中高一貫教育の学園コメディーだった。
親の転勤で寮生活になったヒロインが、入寮儀式で黒のタイツとレオタードという黒ずくめで、真夜中、調理室に忍び込む。
寮の全員分のドーナッツを揚げるところまで読んだ。
ドタバタコメディー仕立てなのだろうけど、なんか泥臭くて、あまり笑えなかった。
偏差値低めだった。
いかんいかん、よみさしだし、他には読んでいない。‘92年だけで、600万部を売ったという。そうなると国民的な作家だ。

 御三人の方に、合掌。

 しかし、氷室さんは51才だから若すぎるが、「天才バカボン」の考案者の少年マガジンの名編集長の内田勝氏も先だって、亡くなられた。
一つの時代の終わりを感じる。

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by nonoyamasadao | 2008-06-09 11:47 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

私の好きなもの

  私の好きなものは、酒と酒肴だった。
酒は三十数年間、日本酒換算で三合以上、五合くらい毎日飲んだ。飲まない日などなかった。事情があって、休肝日を週に四日、飲む日を週三日にした。飲む日はビールの中缶(500ml)二本だ。
別に生活習慣病ではないから、酒はやめようとは思わない。
たくさん飲んだ気がするから、ビールの中缶一本を30分かけて飲んでいる。ビールをチビチビと飲むのもさみしいけど、日本酒をやめて一番さみしいのはこれだ。酒肴のレパートリーが狭くなったことー

 料亭など無縁だ。行きつけの居酒屋で、イッパイである。
でまぁ、お通し、つきだしの類が懐かしい。旬の一口ものですね。エシャレットのもろみ、沖縄特産の島らっきょうの一夜漬け、冷たい枝豆、春だったら菜の花の辛し和え、山ウドの酢味噌とか、季節感があるのが楽しい。
捨てるのがもったいないので、セロリの葉を醤油で炒めてみたけどいかがでしょう。。。というような素朴なもてなしが心地よい。

 日本酒といえば、やっぱ刺身でしょう。
お造りとかいって、伊勢えびの洗いなどが出てくるのは、僕的には有り難くない。伊勢えびの頭の味噌汁は美味だけど、一般に高級魚といわれている素材はお呼びでない。
青魚や旬のさかながよい。

 珍味もまた楽しい。ワタたっぷりの塩辛、さらしクジラの酢味噌、松前漬け、山ワサビ、岩ノリのような山海の珍味ですね。ホヤや赤ナマコ酢など、最近、すっかりご無沙汰してる。
焼き魚は、梅雨時の今なら、イサキがよい。タカベの塩焼きは最近、食べていない。
煮付けはやっぱ、切り身のなめた鰈の煮付けが一番で、メバル、カサゴもよいなあ。あれれ、煮付けは高級志向ですね。じゃ、サバ、イワシにしましょう。
鮎もよいけど、天然のイワナやヤマメの塩焼きが食べたい。ま、ムリでしょう。

少し、野菜も食べましょう。キノコ類や海藻が身体にはよいらしい。
ま、タケノコ、若布、フキ、タラノメ、コゴミなどの山菜料理、鶏つくねと新ジャガイモのだし汁の煮物とかですね。季節によるけど、山菜はおひたしでも、天ぷらでもいい。量は少なくていい。
揚げ物が美味だけど、年令からすると、どうなんでしょう。よく言われるけど、天ぷらにあう魚の代表格のキス、メゴチ(夏)、ハゼ(秋)などは、刺身や焼き物だと、あまりパッとしない。天ぷらだと、俄然、王者である。稚鮎の天ぷらは初夏のかほりだ。
ハモのシャブシャブは、僕的には邪道だ。ハモは湯引きして梅肉で食するのが、好きだ。

 今夜、もし日本酒が飲めるなら、先ずはつぶ貝を煮た突き出しで、ビールをぐぃっと飲む。
次に、ゴリ、川エビ、沢ガニなどの一品があれば、空揚げで、続いてビールをいただく。
イシガレイの薄造りで日本酒、二本目の日本酒は、う~ん、マグロ納豆梅肉和えか、納豆の軽石揚げがいっかな。フカヒレの梅肉和えでさっぱりも、また楽しい。

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by nonoyamasadao | 2008-06-05 10:08 | 雑文 | Trackback | Comments(2)

鮮やか涼やか、ハナショウブ

 重松清のエッセイ集「明日があるさ」を繰っていたら、ドラえもんについてキッカイなことが綴ってある。
曰く、ドラえもんの物語とは、のび太のジャイアンやスネ夫たちへのリベンジの話であり、ドラえもんは藤子不二雄Aの“笑ゥせぇるすまん”の喪黒福造みたいだという。また、しずかちゃんはもっと、女の子と遊べと書いてあった。まあ、言いがかりだから目くじらを立てることもないが、少し続ける。
重松エッセイは、ジャイアンやスネ夫の陣営を代表した意見のように、一般化して書かれている。
今の世の中では、ジャイアンやスネ夫のような個性的な子供たちが消え、世間にはのび太のような無抵抗、没個性の子供たちがはびこる。
のび太的な子供たちがドラえもんが工面した道具を用いて、のび太がのび太のような子供を“いじめ”る時代だと言う。
これって、どうでしょう!しょせん、言いがかりだが、重松先輩、かなり歪んでます。ガキ大将はある意味、とってもチャーミングな人間像だが、過度に美化し、昔の子供はハングリーでよかったとするのは、復古主義である。子供は風の子であって欲しいのは誰しも同じだが、どうも藤子・F・不二雄の理想主義的世界観をゆとり教育から派生した“悪平等≒いじめられ擁護”の文化論として、邪推したのではないか・・・。
 川上弘美さんは、ドラえもんの物語をドラえもんとのび太の類稀なる友情物語であると書いていた。
川上さんも若かりし頃?(失礼)はのび太の怠け癖を自分でなんとかしろよと思ったようだ。
やがて人生に疲れた中年になり、のび太は努力してもダメなものはダメなことを知っていた。。。と思うようになる。
だから、ドラえもんが繰り出す道具はつかの間の夢であり、のび太はいつだって、現実に引き戻される。やがて、川上さんはのび太の孤独やさみしさに思いを馳せる。
作家というのは、げにイマジネーションが豊富である。感じ入ってしまった。
おっと、この話題はこれ以上は、不味いのだった!!!って意味不明でしょうが、意味があるのです、それなりの事情ってものが。。。 笑って許して~♪。何とか見逃してくれ~ これからはま正直に生きますから・・・。

 暑い暑いと嘆いてばかりでも詮無いので、昨日お昼時に、町中の本屋さんに桜庭一樹さんの「荒野」を買いに行った。じつは桜庭さんの和服の写真に悩殺された。だから読む。
地元ではいちばん名門ホテルのそばを通ったら、いつも連れてってもらう季節料理屋を発見した。おや、こんな町中だったのかと思った。いつもは夜のとばりが降りてからだからなあ。
「荒野」は平積みで入り口付近においてあったから、簡単に見つかった。
折角だから、復刊されてからそれきりにしていた早川の異色作家短編集を探した。学生の頃、全揃いを所持していたのだが、十回を超える引越しで全部無くしてしまった。
正確には、ロアルト・ダールの「キス・キス」だけは持っていた。
書店の店舗レイアウトが不案内だ。検索用パソコンもあるが、デュ・モーリアとロバート・シェイクリーが好きだという店員さんに探してもらった。あ、聞きもしないのに勝手にコクったのだ。念のため。って、世話になりながら、この書き方はいかん。仕事熱心に脱肛!ではなく脱帽。
ジャック・フィニィの「レベル3」、スタンリー・エリンの「特別料理」、ジョン・コリアの「夢判断」、フレドリック・ブラウンの「さあ、気ちがいになりなさい」を買った。
 「レベル3」の表題作は、グランド・セントラル駅のありえない地下の話だったと思う。
ブライアン・デ・パルマの「カリートの道」を観たから、グランド・セントラル駅のイメージが脳裏に焼き付いている。
ずらりと並んだエスカレーターのところで、ド派手なドンパチだったから忘れられない。読み直したら、アル・パチーノのヒゲ面がチラつくかもしれない。「ゲイルズバーグの春を愛す」も読みたくなった。
 スタンリー・エリンの「特別料理」は、宮澤賢治の「注文の多い料理店」とよく比較される。けれど、オチの作家ではない。若い頃、短編が苦手だった。
だからエリンは「カードの館」や「第八の地獄」が好みだった。長編はあまり、評判はよくなかった。まぁ、短編が素晴しすぎたからでしょう。前者はサスペンス・スリラーの傑作だし、後者はハードボイルドタッチだった。
まあ、今はスカートも小説も詞も、短いのが一番だと思っているが、「特別料理」と山猫軒は別物だと思う。エリンの短編の白眉は、雰囲気醸成の話芸とラスト一行の切れに尽きると思う。
 ジョン・コリアの「夢判断」は、ヤッパ表題作でしょうね。なにせ、とびきりの謎だもん。何回も読んだから、暗記してるくらいだけど、また買ってしまった。
 フレドリック・ブラウンの「さあ、気ちがいになりなさい」が一番のお楽しみかもしれない。“センス・オブ・ワンダー”、ここに極まれりの作家である。
“スポンサーから一言”ではないけど、知っている人は知っているし、知らない人はなんじゃらほい。。。ではなく、やめられない、とまらなくなるでしょう。
たとえそれがおバカな話でも、人生のいつくしみ方を知るでしょう。。。な~んて、偉そうです。再び、笑って許して~♪(ふるっ)

 この二日間、ミレニアムの映画ばかり観ている。気に入っていた映画ばかり引っ張り出してみた。
クリント・イーストウッド監督の「スペース・カウボーイ」。ヤッパ、ロバート・アルドリッチを想起させる男性映画だった。イーストウッドはこういうのばかり、撮って欲しかった。
デヴィッド・リンチ監督の「ストレイト・ストーリー」。看板に偽りのない“まっすぐな物語”である。エキセントリックな作風のリンチが撮った最初で最後のシンプルな映画である。
シュールでもなければ、屈折もなかった。フレディ・フランシスの撮影が素晴しく、星の散らばった夜空がため息が出るほど、きれいだ。
スティーブン・ソダーバーグ監督の「トラフィック」。最後のソダーバーグらしい映画である。色彩が鮮やかで、カッティングも見事である。

 地元紙を読むと、ハナショウブが見ごろだそうだ。
「鮮やかな紫や白の花びらが涼しげに風に揺れている」と書いてある。

 何!!。涼しげだとぉ。。。
今から、鮮やか涼やか、ハナショウブと紫イモまんじゅうを楽しみに自然公園に出掛けましょう。

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by NONOYAMASADAO | 2008-06-01 13:27 | 雑文 | Trackback | Comments(0)