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いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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<   2008年 04月 ( 10 )   > この月の画像一覧

まっ、いっかぁの日々

 食べ物の好物が、いつのころからか反転した。「嫌い」が「大好き」になった。
並べて当時の子供はそうだったように思っているが、間違っているだろうか。つまり肉にあこがれ、魚や野菜は好きではなかった。
育った時代が団塊の世代のシッポの年だったから、美味しいものといえば、カレーライスか、コロッケだ。トンカツやハンバーグの世代より前だ。
脱脂粉乳の時代に育った。学校給食では、クジラの竜田揚げとか、給食揚げパンが楽しみだった。あ、魚肉ソーセージも懐かしい。魚や野菜など、眼中にはないといった感じだった。

 結局、酒呑みになってから、食べ物の好みは激変した。嫌いなものが大好物になった。
大学のころは貧しくもあったが、下戸だった。社会人になって、ウィスキーを飲むようになった。これは訓練の賜物である。毎日、家でサントリー・ホワイトの水割りを含むように飲んだ。それがあろうことか、サントリ-レッドのダブルサイズを一日で、空けるようになった。
毎日、飛び箱を飛んでれば、そりゃ腕は上がる。なんとかしなけりゃと思って、日本酒に変えたのが、好物逆転のきっかけである。
日本酒にすると、飲む場所は季節料理屋のようなところだ。畢竟、和風になる。
そんな高級なところは行かないし、また行けない。友人と連れ立って、連日連夜、新橋や新宿の行きつけの店へと繰り出した。
先ず、突き出しが出る。次は、ご主人のオススメの刺身になる。イシダイ、コチ、戻りガツオ、イシガレイなど食すうちに、ある日、刺身に開眼する。それからの変化は速い。
ナマコ、ホヤなどが愛おしくなる。ちょうどその頃、煮込みなど、病みつきになる。
そして、アジ、イワシ、コハダの刺身こそが、一番などと激しく思い込む。
かくて、山うど、たらのめなどの野趣豊かな山菜がありがたくなり、ひじきの煮物や卯の花など健康志向の食べ物が妙に、魅力的になってくる。魚嫌いが、川魚のヤマメの塩焼きが恋しく、メバルやカサゴの煮つけなど、目を細め、愛おしく、ありがたく賞味するようになる。

 打撲による病が完治した今も、禁煙、飲酒は三日でビールだけに決めた規則は、堅持している。たまさか、飲み友達がテーブルにタバコの箱とライターをさりげなく、投げ出す場面に遭遇した。いつしか無意識だが、じいっと見入っている自分を発見する。
衝動と言うほど、強いものではない。催すといった風情だ。かるい尿意を催す。。。というあれに近いかもしれない。簡単にガマンはできるのだけど、トイレが呼んでいる。。。みたいな微妙な吸引力が、オイデオイデとそそのかす。
そしてこう思った。ハハァ、みな、これに誘われて、喫煙地獄へ戻ってゆくのだなと・・・。そしてそうなると解っていながら、戻っていくのだ。映画「竜二」のラストシーンのようだ。堕ちてゆく願望ってあるのかなぁ。

 昨日はビールが飲みたかったが、こちらもガマンした。禁酒でない分、楽である。でも最初は、きつかった。ただ、アンコウ鍋などつついているときや、高級魚の刺身など食するとき、日本酒ならさぞ美味かろうなぁ、とは思う。ガマン、ガマン。

 昨日は連休初日の土曜日だったので、通り抜けの近場の大学の構内を、ゆっくりと散策した。
ハナミズキ通りはもう木陰をつくっていた。花は葉に埋もれていた。
キャンパスには落葉樹が多い。ついこの間、ほんのり赤い芽吹きが始まったばかりだった。
いまや、一面の新緑である。桜はもう葉叢である。

 実は隠れた庭園がある。去年、見つけた。
梅の老樹、桜、ヤブツバキ、ハナズオウ、コブシ、サザンカ、サザンカの生垣など、花木が多い。
大きな塊のヒラドツツジは球形に刈り込まれ、根じめというより、寄せ植えだった。
それにしても繚乱と咲く。飛び石があり、池があった。水は枯れていた。
雑草が繁っている。ペンペン草がいっぱいである。

 満開の桜堤に、こまかい白い模様が舞う風景の中で、老いた妻がしゃがみこんでペンペン草を摘んでいるのを見守る短編があった。お婆さんはペンペン草の葉をむいて、嬉しそうに揺らしながら歩く。桜がこんなに咲いているのだから、雑草など放っておけばいいものを。。。と思いながら、どうもそうは言えない老いた夫がいる。日はあたたかい。

 僕よりもずっと若い人なのに、どうして老境が理解できるのだろう。彩色があって、素敵な人生を描いている。なんだかゾクゾクするような、ほっとするような不思議だが、よい気持ちになった。
「雑草という名前の草はない」という名言は、昭和天皇だったでしょうか。違うかもしれない。
ペンペン草は雑草ではないけど、ナズナが正しいのだろうか。まっ、いっかあ。
誰もいない。飛び石をトントンと渡ると、芝庭だった。建物も古くて廃園のようだ。
大きなテラスがあり、大きなベンチもある。
屋外用灰皿のスタンドがいくつも置いてあった。ハハァ、ここは喫煙する場所なのだと悟った。
ベンチに座って周囲を眺めると、これも大きな藤棚がある。紫房がゴメンナサイというように、数少なく垂れ下がっていた。

 帰り道、また遠回りをして帰ったら、桜を二本植えた家の庭がさみしくなっていた。
先月ははなやかだった。ふつうの坪庭の家なのに、ハナモモの枝垂れとレンギョウの花が塀からこぼれていた。
ハナモモの濃桃色が夜目にもなまめかしく、官能的ですらあった。
正直たまげたので、翌朝も回り道をしたら、濃桃色と黄色のコントラストが美しかった。朝だと、官能的ではなかった。花は見るものの気持ちを映すのかもしれない。
そのときに、中庭に桜が二本植えられているのに気がついた。この家の桜はとうとう見ないでしまった。
ダラダラ坂をのんびり下っていたら、別な家では、ナツツバキの白い花が開いている。
それにしても、ナツツバキには早すぎると思ったが、この樹木は何箇所かで植えたので間違えようがない。姫シャラの方が好みではあったが、人の家に咲くナツツバキの花は清楚で、上品に映った。あしたも晴れだそうだ。気が早いが、梅雨がもうすぐだ。

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by nonoyamasadao | 2008-04-27 15:06 | 雑文 | Comments(4)

コニー・フランシスとミシェル・ファイファー

 「ヘアスプレー(2007)」を観る。この映画には旧作(1988)がある。旧作を観たのは僕の師匠穴沢ジョージさんのアジテーションが素晴しかったからだ。
師匠は現在、長野県のどこぞで冬眠なさっておられるか、暖をとっておられる。まあ、世間では、今や花冷えを過ぎ、わかばさむの季節なんですけれどね。
わかばさむって何だ?ですかあ。
でしょでしょ。僕も今朝まで、知りませんでした。
我が老母がのたまうには、若葉の萌えるころの寒さは『若葉寒・わかばさむ』というのだと数日前の地元紙にかいてあったそうだ。
本当だろうか。今日が寒いのだけは確かですけれど。

あ、穴沢ジョージ師匠の話題から脱線してしまいました。
師匠は最近、水を飲むのにも、カバとおなじで、水辺まで手を引いて、引っ張ってこないとその気にならない。
疲れると途中で寝たふりをするので始末に終えません。
閑話休題。師匠は、昨年、以下のように書かれました。
「1988年版 『Hairspray(ヘアスプレー) 』 が不朽の名作であるなどと、思っている人は少ないだろうが、僕は胸を張って断言できる。
こんな素晴らしい青春ダンシング・コメディ映画は二度と作れっこないと。」(http://plaza.rakuten.co.jp/ageorge/diary/200710310000/)
なるほど、さすが師匠でありました。この新作の論評は、師匠の見解をお聞きしてから、いずれ書こうと思っています。
だから、今日書くのは、ミシェル・ファイファーの歌のことです。
このたびのミシェル・ファイファーの役はなんともはや、徹底的な悪役でした。時代劇だったら、悪代官か越後屋の役ですよ。でもねえ、彼女の歌を聴いたのは、久しぶりでした。

 そんなこともありまして、昨晩、ミシェル・ファイファーつながりで、「恋のためらい フランキーとジョニー」を観た。
「フランキーとジョニー」はシド・チャリシーの「ラスヴェガスで逢いましょう」の映画音楽だそうだ。映画は観ていないのだが、youtubeで少しだけ観れた。
う~ん、例によってモダンバレエが派手である。脚線美もなかなか、う~ん、堪りませんなあ。
さて、「恋のためらい フランキーとジョニー」の映画のデキとなりますと、どうも感心できませんでした。
滑り出しこそ快調ですけど、コメディーのわりにウジウジ、メソメソしていて、かなりダレます。
監督はゲイリーマーシャルで、彼の「プリティーウーマン」もそうでしたが、設定は面白いのに、どこか演出が野暮ったい。主演がアル・パチーノとファイファーですからねえ。
後半は、かなりもったいないです。
まあ、ラストは実力派俳優のお二人ですからね。電話リクエストしたドビュッシーの月の光 (clair de lune)が流れます。それもピアノではなくて、オーケストラだった。
青い歯ブラシで歯を磨くところがエンディングですが、ここは気持ちのよい終幕でした。ハーバート・ロス監督だったら、大傑作になっていたかもしれない。

 ミシェル・ファイファーの歌といえば、「恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」でしょうね。これは、お気に入りの映画でした。
ファイファーとジェフとボー・ブリッジス兄弟の共演でした。役でも兄弟でした。とっても、仲がいい。弟おもいのよき家庭人の兄と芸術家気質の弟という役でした。
ラストはジェフ・ブリッジスが別れたファイファーに会いに行って、立ち話をして、すぐ別れるので、結末は描かれてはいないけれど、爽やかなハッピーエンドの余韻が残りました。
ジェフ・ブリッジスのピアノと音楽は、デイブ・グルーシンで、素晴しい。
とりわけジョージ・シアリング作の「ララバイ オブ バードランド」のピアノ演奏シーンが素敵でした。「バードランド」というのは、NYのジャズ・クラブです。
ミッシェル・ファイファーの「君の瞳に恋してる」はほんのさわりだけでした。とっても良かったから、ホント残念だった。だって、サビのハイトーンの部分を歌ってなかった。

 「君の瞳に恋してる」はディスコ・バージョンが一番好きですが、名曲ですからねえ。でも「ディアハンター」のときのフランキー・ヴァリのは記憶にありません。お恥ずかしいけれど、おくてというより鈍いのです。師匠なら、フランキー・ヴァリしか眼中に無いと思う。(http://plaza.rakuten.co.jp/ageorge/diary/200402090000/)
僕の中では、フランキー・ヴァリといえば、フォーシーズンズの「シェリー」でいったん途切れてしまいます。もちろん、それ以降もヒット多数だが、僕が音楽から離れてしまった。まあ、古い話題ですよね。でも今でも好きです、シェリーのファルセット・・・。

 ファイファーは、歌それ自体はそれほど、上手くはないのですよ。ただ、気分が出ているのですね。昔なら、フィーリングがよいとか言っていたでしょう。
脱線しますけれど、キム・ベイシンガーだと、もっと歌は上手だったような記憶があります。あ、ニール・サイモン脚本の「あなたに恋のリフレイン」のことです。
こちらは、もっとアバズレで、うらぶれてたかんじで、こういう役はベイシンガーの独壇場でしたね。
ほかにも、比較的最近では、「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」の音楽も楽しかった。
「キューティ・ブロンド」のリース・ウィザースプーンの歌唱も雰囲気がありました。う~ん、こちらもよかったです。まあ、歌が印象に残った女優さんを数えてみました。

 ディスコ・バージョンが案外、好きです。だからおバカな映画だけど、「バブルへGO!!タイムマシンはドラム式」は結構楽しみました。スクエアビルのJAVA-JIVE、森永LOVEなど懐かしかったなあ。
映画の舞台の1990年って、ちょうど前の会社を辞めるちょうど2年前だったんです。四十にして惑う。。。というときでした。「君の瞳に恋してる」も流れていましたが、ボーイズタウンギャングは、さすがにずっと前ですよね。80年代の前半だったと思います。

 「恋のためらい フランキーとジョニー」でのファイファーの役名がフランキーでした。フランキーといえば、やっぱコニー・フランシスでしょう。
再び、穴沢ジョージ師匠のブログから引用させて頂きましょう。
「因みに、数あるコニー・フランシスの名曲の中で、僕のベストは『フランキー(Frankie)』。これは彼女が、声を張り上げずに歌っているバラードで、イントロの語りから、ついつい引き込まれてしまう。」
語りから入っていく、ティアドロップス系というか、正しくは「Tear-in-the-voice」(涙声)と言うようですが、泣きの名曲です。けれど、微妙なポジションにある曲ではありますね。
この曲はMashi☆Toshi さんのブログを参照してください。(http://rockaballad.blog.so-net.ne.jp/2007-12-11)
僕だったら、これも微妙なポジションでありますが、「セコハン・ラブ」(Second hand love)です。
Hank Hunter=Phil Spectorの作品です。
♪That you don't feel the same~のところ が、Ronettesの「Be my baby」の♪Every place we go~ のメロディーラインと、僕の中では被ってしまいます。
でも、そこが好きなんですよ。ちなみに、カヴァーは漣健児訳詞、東海林修編曲、伊東ゆかりのが素敵です。

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by nonoyamasadao | 2008-04-24 14:34 | 60年代ポップス | Comments(2)

買い物のような・・・

女子高と女子高の間に、はさまれた道を通った。狭いわりに交通量が多いから、なるべく通らないようにしていた。
目がかゆかったのだが、こすっていたら結膜炎状態になった。喉のイライラも治らない。けど、この季節は気分がよいから、ずいぶん遠回りしてしまうま。スーパーまでの道草も、また楽し。
これがゴールデン・ウィークころになると、かんぺきなヘタレ・脱力系に盛り下がる。
市電通りから引込み線が延びていて、肌色、青、白の市電が止まっていた。交通局のところだ。昔は、大きな車庫があったようだ。車庫は移転したらしい。どこだか知らない。
いつも読むブログの都電荒川線とあらかわ遊園の写真を思い出した。

スーパーの書店で、新書を探したが、見つからない。前に、桜庭一樹の「私の男」をさがした時も入荷してなかった。いつもどうもどうも・獰猛の店長さんが、ドーベルマンのようにバウバウ~とさがしてくれたが見つからなかった。よかたい、よかたい。
本は、自民党の政治家が書いた本だ。普段なら、政治家の本など、絶対に買わない。まして巨人、大鵬、自民党は天敵ですがに。。。。カニ食べたい。
案の定、新書は置いてなかった。
著者の政治家には、一度だけ会ったことがある。正しくは、サントリー・バーの隣に、偶然に座った人が彼だった。
そのサントリー・バーはトリス・バーが進化したのだと思う。僕たちが学生時分から、行きつけだったくらいだから、銀座にあるのが不思議なくらいだ。
ストゥールだけのバーだ。新橋の銀座口そばに、十仁病院や喫茶店アマンドがあったころだ。僕もまだ、二十代の半ばころだった。
その政治家は地下のそのバーに颯爽と現れた。風のようにだ。旧知であるらしいバーのマスターとの話しぶりから、新聞記者だと確信した。じつは、もう当選一回だった。
シングルの水割りを二杯飲んで、じゃあまた、と風のように去った。

その彼が、金融・経済財政相のときのことだ。株の取引ミスに乗じて、利殖を目論んだ証券会社に対して、美しくないと短くコメントしたのが新聞に掲載されたのを読んだ。
ミスにつけこんだ行為を、美しくないといったのだろう。
政治家と美意識は対立概念のようだが、なぜか彼らしいと思った。「君死にたもうことなかれ」の作者の孫だものなあ。

いきなり話題を変えるんかい!!カメレオンかと叱られそうだが、老母が買った鉢植えは並べて成績がよい。
ひと~つ!、アイビー(ヘデラ)は新葉が伸びる!。ふた~つ!、シクラメンの花は今も咲く!。
僕が買ったミニバラ、出猩猩、クレマチスだが、どれもパッとしないどころか、悲惨だ。
究極の悲惨はスイカズラ科ガマズミ属の洋花(名前は忘れた)である。
ポン・ポン、ポンポンポンポンポン・・・ぷぉ~ぷぉ~。。。あっ、退治てくれよう!、で枯れてしまった。
な、何でやねん?
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by nonoyamasadao | 2008-04-20 15:41 | 雑文 | Comments(2)

西荻窪と恋愛アンソロジー

 「ここは、中央線。私みたいな人間を見かけるのは日常茶飯事。このぬるーい感じとか、ゆるーい雰囲気って、きっと風土病ね。この間も、西荻窪の商店街で、コロッケ一個買って食べながら歩いていたら、男友達に言われちゃった。おまえも西荻住人になっちゃったな!って。きー、違うの!私は、元ニューヨーカーなのっ。(中略)横をながれるのはハドソン河よ。え?善福寺川?いやーっ、そんなの信じなーい。」(山田詠美「路地裏の散歩者」より抜粋)

 山田詠美のエッセイを繰ってると、西荻窪ばかりが突出して、しかも誇張されて出現する。一流のパラドクシカルな表現だが、大好きなんだなあと思った。
山口瞳の国立のようだ。そっかあ、そんなに素晴しいところになったんだなあ。。と感無量である。慶賀にたえない。

僕は荻窪南口の神明町という、荻窪と西荻窪の中間あたりに十年間、住んだ。
その後、武蔵小金井に越したが、高校の三年間は、西荻窪から関東バスで上石神井まで通った。もう、四十年前になる。

そのころの西荻窪には、なにもなかった。南口にこけし屋があった。歩いていくと、善福寺公園、東京女子大、逆だと、西高や立教女学院の久我山があった。
高井戸は堤防の上に聳え立つ高架橋の駅だった。
西荻の南口駅前そばのゴチャゴチャしたところには高校の先輩のラーメン屋があり、下校時に時折、ラーメンを食した。だが、あまり美味ではなかった。
ラーメン屋なら、武蔵小金井の南口駅前の「娘娘」(ニャンニャン)の餃子、タンメン、ラーメン、焼きそば、チャーハンが美味だった。ラーメンを頼むと、「ヤナギ」とか言っていた。符丁だ。たぶん、ラーメン=ヤナギ(柳麺)からだろう。焼きそばがうどんのようで、「こりゃ、ダメだ」と思ったけど、こいつが病みつきになるのですなあ。いわゆる、ハマルってことですね。

 山田詠美が、「江國香織の酔っ払い方は豪快かつチャーミングで、私が男だったら、お持ち帰りの方法をあれこれ画策していたことだろう」と書いている。フ~ン、そうなんだと思いつつ、おいおい、どうせあんたが深酒させたんだろ~が。。。そうに決まっている。

 江國香織の大ファンであるが、詩集や絵本、翻訳はもういらない。銀行員の旦那さんとのノロケ話など読みたくもない。あれれ、感情的になってまいりました。もとい。もう、満腹です。
やっぱ、「すいかの匂い」のころの都会的な文体が好きですね。高級感があって、かわいい毒草のような棘があった。

 恋愛アンソロジーの「ナナイロノコイ」の一番最初に、江國香織の「ドラジェ」があったので、読んだ。フム、これって、書き方に問題あるけど、それは技術的な問題で、内容は傑作だと思う。
ドラジェって、披露宴の引菓子らしい。アーモンド入りの砂糖菓子だと書かれていた。
僕は知りませんでした。

 二人の一人称というのは、「東京タワー」も同じだ。けれど、書き方こそ「ドラジェ」には紛れがあるが、内容ははるかに高級である。ヨットハーバーでの船上ウェディングの舞台設定はバブルっぽいけど、都会的なシチュエーションだ。
ちょぴりドライで、そのくせウェットなピンクの麻のミニドレスの現代っ子の私がいる。
もう一人、こちらがヒロインだが、20代から30代を経て、そして40代になった。。。グレイの麻のスーツを着た歯科医の私。
この二人の女性の視線から、九月の風吹く記念撮影の刹那が切り取られる。

 無邪気な若い私には、後者の私はいかにも孤独そうな中年女に映った。この残酷な含みを、さりげない一行にひそませた。見事なものである。ダールやサキのようだ。

 後者の女性像に、ジェーン・オースティンの「高慢と偏見」(「自負と偏見」の中野好夫訳の方が好き)が思い浮かんだ。残酷でにがくて、棘のあるところに江國香織の真髄がある。

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by nonoyamasadao | 2008-04-18 12:37 | 江國香織 | Comments(2)

ぼく達はこの星で出会った

 ピアノも弾けないのに、生意気に音楽のことを書いてばかりでいいのだろうかと、時々反省する。
だが、まったくのど素人だが、大好きな詞や曲を、誰かに伝えたいという思いが、しばしば抑えられなくなる。だから書く。

 中村八大さんは、仰ぎ見る星のような人である。ぼくの中では、モーツァルトと等値だ。
ピアニスト専業の時代を経て、作曲家になられた。
初期の五年間くらいは、まばゆいほどのイマジネーションあふれる曲をお書きになられたと思う。まさしく天才ならではであり、溢れ出る才気にまかせて、めにもとまらぬ速さでミュージックシーンを駆け抜けた。やっぱ、芭蕉は一人しかいない。

 だが、天才と呼ばれるあらゆるジャンルの作家がそうであるように、極点を極めるのがあっという間だったような気がする。極点の曲には完璧な感触がある。
たとえば、「黄昏のビギン」、「私と私」、「メモリーズ・オブ・リリアン」の楽曲、「パララン・パン」などである。また「上を向いて歩こう」、「風に歌おう」、そして「こんにちは赤ちゃん」にも、たしかな完璧の一瞬があったと思っている。

 素人なりの詮議だが、このころの八大さんにはたった一人で、日本のミュージックシーンを背負って立っているようなミッションがあったのではないか。これは驕りや傲岸ではなく、そのくらい圧倒的な才の違いがあったのではないか。少なくとも、同い年の宮川泰さんはそう言っていた。
だが、極点を極めた後の八大さんは糖尿病の悪化もあって、作曲家としての精彩を欠く。少なくとも、作家性においては、逆V字型の長い墜落だった。

 60才を越したばかりの若さにして、「体中の機能を使いきっていらっしゃる状況です」と医者から告知されたことを、ご子息の力丸さんが綴ってられた。
才能を切り売りせず、真っ直ぐに突き進むと、鋭敏な才なれば、そうなるのかもしれない。
 
 だが、中村八大さんの亡くなる前年の「ぼく達はこの星で出会った」は、八大さんの作家性が遺憾無く発揮された、最後の名作だ。最後の光彩を放った、遺作だ。
この曲は第一回古関裕而記念音楽祭金賞曲に選ばれている。八大さんは子供のように、喜んだと言う。往年を知る人たちは素直に喜ぶ八大さんを見て、想いは複雑だったそうだ。
なるほど、「スイングジャーナル」誌のピアニスト部門では、22才でトップになった。「ビルボード」、「キャッシュボックス」の両誌で一位にランクされた人だ。
だが、マイナーな賞であれ、彼は本当に嬉しかったのだと思う。俗に汚れぬ、純粋な人だったのだろう。

 遺作「ぼく達はこの星で出会った」の作詞は永六輔ではなく、山上路夫だ。
この詞を読んで、僕は谷川俊太郎の流星にも似た傑作「二十億光年の孤独」を思い出していた。
遠い昔、古本屋で買った「文學界」で読んだ。リリカルでありながら、パセティックな詩だった。
きらめきながら鮮烈であった。一部分だけ、引用する。(谷川俊太郎)

人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする
(略)

万有引力とは
ひき合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う
(略)

二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした

 さて、中村八大さんの「ぼく達はこの星で出会った」は松崎しげると小学校の子供のコーラスの作品だが、さがゆきさんの歌の方も素晴しい。というより、さがゆきさんの方が好きだ。
さがゆきさんは中村八大さんの最後の専属シンガーである。
少し、たどたどしくきこえるくらいにスローで、気持ちを込めて丁寧に歌っている。魂を込めた、繊細にして、渾身の歌だ。彼女の想いのようなものが伝わって、ジーンとした。それも気持ちのよいジーンであった。こういう詞だ。(山上路夫)

♪もしもはるかな アンドロメダの 星のひとつに生まれていたら 
♪今ある愛など 知らないで  胸も高ならずに 生きていただろう
♪何億 何億光年  宇宙の果ては知らないけれど
♪ぼくは君を愛するために
♪この星に 生まれた

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by nonoyamasadao | 2008-04-14 13:42 | 中村八大 | Comments(2)

小林秀雄の美学~寿司の話

 最近、鮨を食べていない。いつからだろう。たぶん、握りは一年半以上食べていない。
病気をして、アルコール・ホリデーを設けてからだ。
別に、食べて悪いわけではなかった。立食形式の懇親会などで鮨が並んでも、なんとなく気が進まない。そういう場所では、ヤキソバやチャーハンとか食べてる。これがまた、妙に美味なのだ。
まあ、刺身は食べているから、とりあえず栄養には支障はない。

ルイベ、カズノコ、生きた養殖クルマエビ、養殖カンパチなどが入った鮨は、あまり好みではない。鮨はやっぱ、江戸前がいい。
たとえば、白身、サイマキエビ、マグロ、貝類、コハダ、アナゴ、玉子焼き、あとは巻物でしょうか。あ、シャコを忘れていた。
ネタは季節によって異なるが、さくらのこの季節だと、白身はマダイ(桜鯛)で、貝類はトリガイでしょうね。

東京にいた頃は、鮨屋の頑固親父に高額の授業料を召し上げられ、なおかつ、叱られながらいくつか学んだ。
たとえばー
白身だったら、青森産の天然ヒラメでも、塩をふって、冷蔵庫で一晩は寝かせ、昆布締めで食せ。生きた車エビで片手で握ると、アタマとシッポが出るくらいの大きさのサイマキでもボイルするし、蛤も水なしで煮て、苦味のあるワタをとって煮切りで食す。
マグロも一晩寝かせたヅケ、アナゴは煮汁で煮て(もしくはあぶって蒸して)、煮イカ汁の煮ツメで食らえ、とかうるさい事この上ない。
親父がインフルエンザで寝込んでいたとき、刺身で、ワサビ醤油で、ガバガバ食べてしまった。そりゃあ、美味だった。

こういうことを書くと、きっとまた叱られるけど、頑固親父の鮨職人から学んだことは、以下の方程式で表現可能だ。
旨い鮨 = 新鮮なネタ + 酢メシ + 本ワサビ + α.

まあ、この+αは、創発特性などではなくて、鮨職人の隠し仕事である。究極はノリのあぶりかたらしい。つまり、鮨職人は単に新鮮なネタを握るだけではない。+αの微妙な細工のところこそ、職人の魂なんだというわけですよ。
煮きりを塗るから、醤油はいらない。。。って理屈はその通りなんですが、事実、その握りは抜群に旨かった。また江戸前の鮨の主役は大トロやアワビ、ウニではなく、玉子焼き、コハダ、アナゴが主役というのも、よくわかる。
けれどお言葉を返すようだが、おもてなし道の究極は、「押し付けがましい」ってことなのでしょうか。フランス料理でもそうさ、鮨と同じさ。。。なのですよ。

小林秀雄が石原慎太郎に、こんなことを言っている。
「お前ね、寿司というのはもっと下品なもんなんだよ。(略)な、ネタを切って並べて置いたガラスのケースの中に蠅が一匹入っちまってるような、それを出すのが寿司ってものなんだよ」

 ふ~む、さすが保守の理論的支柱だけあって、説得力がある。
たぶん、深いことを言っているような気がする。

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by nonoyamasadao | 2008-04-11 15:01 | 雑文 | Comments(0)

ポトマック川のさくら

仕事部屋は五階にある。窓から見ると、山を背景に市内の海側が見える。
海は見えないが、緑とマンションがいっぱいある。
あちらこちらに白い塊が、散在している。たぶん、さくらだ。
もう、葉桜のはずだが、この地はさくらが多い。

東京にいたころ、忘れられないさくらがある。うんと若いころだ。
皇居のさくら並木である。
四月の中旬のころだったと思う。
イギリス大使館から竹橋に抜ける道だ。
勤務先の会社が大手取引先に迷惑をかけて、上司と一緒にお詫びに行く途中だった。
タクシーだった。
道路の両側は、満開のさくらだった。お昼の一時頃だ。青空である。
上司は、いい天気だなあ、とボソリ言った。伸びやかな感じだった。
今でも、時折思い出す。

老母がポトマック河畔のさくらがきれいだったという。
偉い政治家が寄贈したらしい。
ゴザを敷いてものを食べたりしている人がいるが、たぶん、日本人だろうなどとも言う。
ニュースか何かで見たのだろう。

前にも書いたが、僕は外国にいったことがない。
ポトマック川のさくらをネット検索してみた。
たしかに、明治の終わりころに、アメリカのタフト大統領夫人の希望により、東京市長の尾崎行雄がプレゼントしたようだ。
タフト大統領夫人はEliza.R.Scidmore(エリザ・シドモア)という作家から、さくらを知ったようである。シドモアは、向島のさくらに魅了された。

朝、ポトマック河畔のベンチで、コーヒーを飲みながらさくらを愛でるアメリカ人も絵になる。酔っ払いのオヤジたちのドンちゃん騒ぎの慣習は否定しないが、あまり美しくない。
あちらの、Sakura(flowering cherry)の観桜風景も、うん、悪くない。

通り抜けする大学では、ハナミズキの白い花が咲いていた。例年よりかなり、早いのではないか。ヤマボウシではなかった。最初、ハナミズキはアメリカのさくらとして紹介された。

昨夜、ブログめぐりをしていたら、南沙織の「ひとかけらの純情」が聴けた。
♪いつも雨降りなの 二人して待ち合わす時   
♪顔を見合わせたわ しみじみと楽しくて
♪あの恋の初めの日を 誰かここへ連れてきてほしいの(有馬三恵子作詞)

どうしたふうか、初めてデートしたときの気持ちが蘇った。
やるせないのだが、なんだか楽しい気分で寝れた。
ハニカミの美学をまっとうするタケタク兄さんなら、きっと恥を知れとおっしゃるでしょう。

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by nonoyamasadao | 2008-04-09 11:01 | 雑文 | Comments(4)

柚子こしょうとさくら

 朝、ライ麦パンに、スクランブルエッグとウィンナーソーセージなど食す。
メカブに若筍のみそ汁などで、のどを潤す。そば茶を啜る。
整合性なるものが皆無で、取散らかした朝飯だ。
まさしく性格の反映であり、こればかりは如何ともしがたい。
ウィンナーが美味だ。このところ花粉症で、のどが痛いのだが、ヒリヒリとしみる。それがなんだか心地いい。マゾではない。己に降りかかる痛みには、トコトン弱い。
ヒリヒリの正体は、柚子こしょうのウィンナーだった。たしかに柚子の香りだ。
だが、ウィンナーには、青柚子の果皮と青唐辛子に塩をブレンドしたと書いてある。あれれ、だったら柚子唐辛子だろう。こしょうはローマ時代からの香辛料の王様だ。方や、唐の辛子である。
ただ、唐という言葉は、大辞泉によると、必ずしも中国の国名だけではなく、外国の含意もあるみたいだ。してみると、外国の辛子ということか。
実際、九州北部では柚子こしょうは、一般的な調味料として知られているそうだ。南の地に越して、十五年経って、初めて知った。
柚子こしょうなるもの、うい奴よのぉ。看板に偽りアリであるが、なんともいい加減なところが気に入った。

 スクランブルエッグが好きだ。
ロン・ハワード監督の「ラブ IN ニューヨーク」という悪ふざけ映画がある。悪ふざけは褒め言葉だ。小春日和のポカポカ陽気で布施明が腑抜けしたようなヘンンリー・ウィンクラー君に、同じ下宿に住む気立てのいい売笑婦のシェリー・ロングが朝飯を作ってあげる。
「たまご料理は何がいい」と聞き、ウィンクラー君がスクランブルエッグを所望するのだが、シェリー・ロングは「男の人はみんな、そうね」というシーンがあった。
だったら、僕も正統派だ。

 先週のことだ。朝、仕事部屋に歩いてゆくと、あちこちの電柱に「コンタクトレンズ割引中」の張り紙がしてある。それも、進行方向の右左関係なく、ベタベタ張ってあった。
ムムッ、なんなんだ。日本眼科学会の全国大会でも開催されるのかなあ。はたまた、コンタクト眼科がクーデターでも起こしたのか。なにやら、不穏な空気だった。どんどん張り紙が増えていく。
張り紙を追って行き着いた先は、県の劇場だった。大学の入学式をしていた。おいおい、入学式なら、ふつう大学の講堂でしょう。講堂がなければ、体育館とかほかにあるんじゃないの。手狭でも、大学の中のほうがふさわしいと思う。
入学式だから、コンタクトなのかあ。僕には短絡に思える。

いつも通り抜けする大学の中では、テント小屋がいくつもあった。サークルの勧誘で賑わっていた。かわいい子が勧誘している。
そうそう、くれかけの駅でかわいい子に声をかけられてついて行ったら、隠れるように献血車が止まっていたことがあった。
新学期のさくらは青空に輝くようだ。学校のさくらには希望がある。

 帰り道、春休みの小学校の前を通った。校庭には、だれひとりいない。
かなり開葉しているが、ソメイヨシノの花はまだ咲いている。
真っ白い花だ。
卒業した小学校ではない。縁もゆかりもない他人の学校だ。
でもひっそりした長い廊下を歩いたら、きっと、泣きたくなるのだろう。
人は変わるが、春休みの学校の風景は永遠なのかもしれない。
学校のさくらには郷愁もある。

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by nonoyamasadao | 2008-04-06 11:10 | 雑文 | Comments(2)

うれしくてさみしい「人生の扉」を聴いた日ー

 NHKの「SONGS」(4/2)を観て、新たな想いがあり、そのことを書く。

 竹内まりやの「Denim」は、僕の中では、もはや伝説の名盤である。
「人生の扉」のシングルカット情報は、package-landさんから教えて頂いた。wittyな文章と写真が素敵なta-ke-58-ta-xiさんも、テレビをご覧になって、詞を引用されてた。
今、package-landさんのブログの素晴しい写真を眺めている。(http://packagelan.exblog.jp/8297968/)
まあ、名曲だから、若い人にも、是非聴いて貰いたい。
だが、この曲が人生の応援歌とする説には、objection!である。もともと、あまり人生を語るような歌は好みじゃない。たとえば、「マイ・ウェイ」や「昴」など不得手である。というより、嫌いだ。
人生というと、みな、カラフルで、ドラマチックな内容の詞を綴る。趣味ではない。
僕が思うに、「人生の扉」にはモノトーンの秩序があり、定型詩の美しさがあった。じんわりと心に沁みる落ち着いた曲だった。
テレビで流れた映像では、ワンコーラスめはクレーンを使って、屋外からカメラは旋回しながら八ヶ岳高原音楽堂内へと突入する大仕掛けなズームインから始まる。残念だが、撮影はカットが割られ、竹内まりやの歌っている撮影は音楽堂内からだった。ここまで凝ったのなら、ヒッチ師匠のようにワンテイクで勝負して欲しかった。
だが、ツーコーラスめは、見事だった。八ヶ岳連峰の稜線を背景に満開のさくらが絢爛と咲く。黄色い菜の花畑を、デニムの彼女が歩いている。花を見上げたり、さくら並木を歩く後姿だったり、映画のシーンのようだ。
I say it's sad to get weak
のところでは、年代ものの老樹だった。
この詞だけど、定型詩の美しさは英語の部分が顕著である。
I say~,You say~,And they say~,But I ~
を繰り返す。わたしは言う、あなたは言う、また彼らは言う、だけどわたしは。。。と言う逆説めいた作り方だった。
But I ~が使われるのは、節目となる年令で、50代と90代である。こうだ。
But I feel it's nice to be 50
But I'll maybe live over 90

 また、最後の決め所もそうだ。
But I still believe it's worth living.
でもわたしは、生きていることには価値があると信じる(拙訳)
まあ、訳の拙さは見逃していただくよりないが、ボーカリストとしては、確実に進化していると思う。

 竹内まりやはデビュー当時から、好感を持って見てきた。そっけないような歌い方の「SEPTEMBER」は新鮮だった。伊東ゆかりに似た、さわやか甘さのアルトが際立つ「不思議なピーチパイ」だと、キラキラした素敵なキブンになった。「駅」では、雑踏の中の孤独を感じ、黄昏の風景の中で、キブンは鬱屈した。今回は、この三曲は2000年の武道館のライブ映像が流れた。
ライブ映像は、ビビッドだった。いくつになってもブリリアントな彼女の魅力が動きの中で、鮮やかに映し出された。おずおずと手を振る姿が、なんだか初々しい。

 だが、本格的なファンを自認するほどになったのは、アルバム「Denim」(‘07)からだ。昨年の五月だった。PV(プロモーション・ビデオ)を何回も繰り返し聴いて、アルバムを買った。そして「Bon Appetit!」(‘01)まで遡及した。続く、「LONGTIME FAVORITES」(‘03)では、同好の60年代オールデイズ・ポップスをバックグランドにしていることも知った。
このあたりは、穴沢ジョージさんの先駆的なブログが素晴しいので参照されたい。(http://plaza.rakuten.co.jp/ageorge/diary/200311270000/)
略歴の一端だが、竹内まりやは出雲大社そばの老舗旅館で生まれ、高校在学中にアメリカ・イリノイ州に一年交換留学したそうだ。

 「Denim」というアルバムは、五十路を過ぎた竹内まりやの「青い鳥」を描いた作品だと僕は思っている。「青い鳥」の童話は、ごく一般的な理解では、魔法使いのおばあさんがしあわせの青い鳥は遠いところにあるのではなく、すぐそばにあるけど、なかなか気がつかないのだとチルチルとミチルに教えた物語である。

 「Denim」には、ライナーノーツがない。それはアルバムに収められた12の歌が、私小説といった趣を持っているためだ。いわば解説文は蛇足であり、われわれが感じたままでいて欲しいと彼女が願ったからだろう。歌詞の前に、序文が書かれている。
「このアルバムの12の歌の中に、どれかきっと、皆さんの今の気分に合うデニムが見つかることを願っています。」と、序文は結ばれている。

 カバー曲の「君住む街角」から、ラストの「人生の扉」までの配列には、自明だが、意味があるに違いない。僕の仮説「青い鳥」論は、ニ曲目の「スローラブ」の歌詞からの連想である。
「Slow down 立ち止まってみて 君が探している大切なものは
 Slow love あまりに近くて 見えないだけの青い鳥かもね」

 序文が書かれた歌詞カードには、彼女のスナップ写真が数多く収録されている。どれも伝統的で、見事な瓦屋根の日本建築の室内だ。すべて同じ場所だった。たぶん、彼女の実家の老舗旅館「竹野屋」だと思う。出雲大社まで、徒歩一分だと旅館のHPに書いてあった。

 スナップ写真では、二階の縁側の手すりに足を乗せたり、畳に足を投げ出したり、行儀はよくないのだが随分、リラックスした普段の自分が露出している。くつろいでいるなあ、という感じが滲んでいる。
はっきり書くとマキシは彼女には似合わないのだが、大ファンの僕には妙に艶かしく、セクシーである。

 「君住む街角」は、ぜんぶ英語で歌っているが、気になったのはここである。
「For there's nowhere else on earth that I would rather be
Let the time go by, I won't care if I
Can be here on the street where you live 」

 彼女の対訳が載せられている。
「だって 世界中のどんな場所よりも 私はここにいたいから
 あなたの住むこの通りに いつまでもずっとこうしていたいの」

 ははあ、彼女はやっぱ、「青い鳥」を書いたのだと思う。実家に帰り、私たっぷりの歌詞を綴り、志してやめた英語を訳し、また英語の詞も書き、だんな様へのラブレターまでヌケヌケと書いた。
山下達郎は、しあわせものである。
人生の応援歌という言葉には、潤いや味わいがない。彼女の吟味した言葉だと、風合いに欠ける。
真っ白な桜の花を見て、来年もこの人と見たいなあと思う。
でもー
♪人は皆生まれ来た 瞬間からもうすでに    この海へ還ること 決められているけど(「返信」)
♪みんなひとりぼっち それを知るからなお あなたの大事さがわかるよ(「みんなひとり」)

 結局、信じられない速さで時は過ぎ去ってゆき、人はみな、満開の桜を、この先いったい何度、見ることになるだろうと考える。
来年はひょっとしたらと思うから、人生は美しく輝く。
来年もまた、この人と一緒に見たいなあ、というのには希望がある。
いろいろな可能性があり、期待にたがわない一つが叶ったら、とてもロマンティックである。
いつかは途切れるのだが、それゆえ、素敵なトキメキがある。
だから、メーテル・リンクの戯曲(Lesedrama)の青い鳥は、さあっと飛び立ち、どこかへ飛んでいく。
人生は応援する類のものではない。
いつもワクワク、ハラハラ、そしてドキドキするものなのだ。
たぶんそれ以上でも、それ以下でもない。

 今回、新曲の「うれしくてさみしい日(Your Wedding Day)」のPVも流れた。このヘアメイクはどうだったのだろう。まっ、いいや。
小淵沢の教会での、彼女のピアノの弾き語りが初めて観れた。窓の外は落葉した木立だ。
♪あなたと共に過ごした 思い出を今かみしめてる
♪笑顔絶やさずにいてね パパと私がそうだったように

 「花嫁の母」の立場からの詞である。
当たり前だが、彼女も母親であった。じ~んとするより、ふ~ん、そうなんだと思った。
これは、できれば披露宴では聴きたくない。私的なところが、ふさわしい。
 
 五十路も案外ナイスなんだよなあ。ホント、そう思っています。



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by nonoyamasadao | 2008-04-04 16:32 | 竹内まりや | Comments(4)

四月になれば・・・

今日から楽しい新学期ですね。この季節になると、少年時代を思い出す。
ああ、進級するのだなあ。何かいいことあるといいなあ、などと思った。
淡い感傷を含んだ期待というのだろうか。今でも年甲斐もなく、そんな気分になる。

映画の話題を、久しぶりに書く。
東宝の「ハイハイ三人娘」、「若い季節」、「続若い季節」の順で、1963年-1964年の映画を見た。
「ハイハイ三人娘」は川上宗薫のジュニア小説(秋元書房)が原作で、井手俊郎脚本だ。この原作の頃の川上宗薫は、芥川賞候補五回だった。チャンスはすべて逸した。ジュニア小説はバイト感覚で書かれ、ホンキは出していない。後年の官能小説の「失神派」の時代と違って、ジュニア小説は上品なものだった。
脚本の井手俊郎は、今井正の「青い山脈」、成瀬巳喜男監督作品で有名な大家だが、僕は、森谷司郎の初期傑作の「兄貴の恋人」が好きだ。加山雄三が兄、内藤洋子が妹だった。
都会的コメディーの中に、インセスト・タブーの要素を微妙に織り込んだところが脚本の妙だ。満員電車が揺れて、兄妹が思わず抱擁などドキッとした。

さて「ハイハイ三人娘」だが、中尾ミエが一応メインで、伊東ゆかりと園まりが狂言回しの役だ。男性陣は、スリーファンキーズ、高島忠夫、江原達怡など。 中尾ミエのところに、水原弘の声色で、恋の告白電話がかかってくる。どうやらイタズラ電話じゃなさそうだが、人物は謎だ。はたしてその人は誰?という学園コメディーに、すこし犯人探しの要素を混ぜている。
音楽はジャズ・ヴィブラフォン奏者で、作曲家でもあった平岡精二が全曲を書き、洒落た感じだ。監督は大ベテランの佐伯幸三だが、総じて演出はモタモタしている。リズミックとは縁遠いため、脚本や音楽の洗練をかなり削いでいる。とても残念な作品だ。

「若い季節」。演出は無責任シリーズの古澤憲吾である。脚本は小野田勇と田波靖男だ。
NHKドラマの映画化だから、原案が小野田勇で、ストーリー展開は田波靖男という役割分担のようだ。化粧品会社同士のスパイ合戦に、OL物語がミックスした物語である。
OLは、団令子、藤山陽子、中真知子、浜美枝などで、OLを取りまとめる主任が植木等、パリ帰りの謎の美容科学者に谷啓と言った布陣である。そこに、ジェリー藤尾、坂本九が絡む。無責任シリーズと若大将シリーズ(いづれも田波靖男)の混成に、「夢であいましょう」が付加された趣がある。植木等の存在感はやはり圧倒的だった。今でも、古くならない。
 植木等と人見明のデタラメ極まる民謡の掛け合いなど、無責任シリーズの二人のあうんの味がある。「サンデー志ん朝」時代だったのか、古今亭志ん朝がチョイ役で出演している。他には、女王蜂シリーズの三原葉子の怪演もある。塩沢ときが演じそうな奇怪な役だ。

音楽はまさに贅沢で、中村八大、宮川泰の共演。更に萩原哲晶がからむ。
個人的趣味では、ジェリー藤尾の「インディアン・ツイスト」(「遠くへ行きたい」のB面)が、素敵だった。和製ツイストの名曲だ。さすが中村八大である。
谷啓と沢村貞子のスラップスティック風の仕掛けと受けが絶妙で、笑ってしまった。
青島幸男のコーヒー店のマスターなど、楽しさ満載で、けっこう満足した。

「続若い季節」も古澤憲吾演出だが、脚本は駅前シリーズの長瀬喜伴である。
続編だが、男もお化粧の時代になり、広告宣伝のため、男のモデル探しにスパーク三人娘が活躍するお話。出来は、前作には遠く及ばない。
男性陣は、三橋達也、谷啓、砂塚秀夫、古今亭志ん朝、田辺靖男、鈴木やすし、藤田まことなど。「てなもんや三度笠」の藤田まことが若い。日本テレビ系オーディション番組「ホイホイ・ミュージックスクール」の鈴木やすしと木の実ナナだが、絡みはない。木の実ナナが初々しい。
音楽は宮川泰で、田辺靖男が歌っていた「白い雲に胸張って」は、宮川泰の抜群の音楽センスに今更だが、瞠目した。

以上、久しぶりの日記を書いて空を見ると、蒼い空に白いちぎれ雲がある。
この季節に、山桜の花を追いかけて、南から北へ旅したいと書いたのは、誰だったろう。
いつも通りだが、みんなが桜に浮かれている。
今年はさくらをたくさん見た。ソメイヨシノ、サトザクラ、彼岸桜系はもう飽いた。人波もげっそりである。
山桜は竹林で見た、一本だけだ。山には出掛けていない。

今日の通勤途上の見た住宅の庭に咲く、ボケの紅はことのほかうつくしかった。
ボケの花ももう少しで、終わりだ。今まで、どうして気がつかなかったのだろう。どう色合いを変えたのだろうか。
週末に、畑の花でも見に行こう。

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by nonoyamasadao | 2008-04-01 13:03 | 60年代ポップス | Comments(0)