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いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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カテゴリ:雑文( 800 )

今年のサクラ

 引っ越してから、夜、文庫本を読んでいる。
はるか下を、灯りをつけた市電が走っている。
9階である。高所恐怖症なのに、我ながら、冒険したものだ。

 山口瞳さんの『けっぱり先生』と東野圭吾さんの『片想い』を読む。
読み較べたわけではないけれど、前者は原稿用紙に書いたもので、後者はワープロだなと、いまさらながらそう思う。

 『けっぱり先生』は、大学の頃、翻訳家になった先輩が、絶賛していて読んでいた。
そのころは、ラストが、いかにも往時のハリウッド映画みたいで、こっ恥ずかしかった。
ただ、けっぱり先生が、”教育の行きつくところは文学”で、”自分にきびしく生きること”だ。。。と語ったところだけは、よく覚えていた。
教育などまったく興味なかったのに、不思議だ。

 引っ越して、仕事部屋まで行くルートが変わったので、今年は産業道路沿いの河津桜をよく目にした。
ピンクで、きれいだなあ。。。と当初、思ったけれど、すぐに飽いた。
やっぱ、ヒカンザクラの濃い紫色っぽい紅のほうが、飽きないし美しい。

 いつもの通り抜けの大学を歩くと、誰もいない。
キャンパスから、若い男女学生のさんざめきや匂いは、消えた。ひっそりしている。

 自販機そばの山桜のピンクの花が、いくつかほころび、やけに白っぽく見える。若葉の淡い緑が、これまた堪らん。
な、なんなんだろう。
門こそ開いているが、春休みのキャンパスに咲く桜は、心細さやときめきを伴ったさみしさを連れてくる。
でも、やっぱ、山桜は最高である。

 あたらしい帰り道では、コブシの街路樹が満開だ。
白い雲がかかったみたいだ。
ああ、もともとは、白モクレンよりコブシが大好きだった。
そのころに、連れ戻された。

 中学校のフェンスの向こうでは、ソメイヨシノがちらちらと咲き出す。
傘型の大きな木が列植されてる。
そっか、ソメイヨシノの横開する枝も、なかなかよいなあ。
生れてはじめてソメイヨシノに感動して、じぃーっと見上げる。

 なんだか楽しくなって、両手を挙げて深呼吸をしたくなった。
もちろん、そんなことは、しない。


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by nonoyamasadao | 2019-03-27 16:20 | 雑文 | Comments(0)

ジョージー・ガール

 穴沢ジョージさんが、シーカーズのジュディのことを書いていて、50年近く昔のことを思い出した。

 大学2年になって、ミステリ同好会に入部した。
さっそく、映画通の同好会の2大巨頭の諍いに巻き込まれた。

 高校のとき、『ジョージー・ガール』を観た。
ヒロインは、リン・レッドグレーヴで、バネッサの妹さんだ。
ヒロインは彼氏いない歴がずっと続いて、他方、ルームメイトはモテモテ、ボーイフレンドをとっかえひっかえの我儘娘。
ところが、ある日、ルームメイトがご懐妊、さぁ、どうしよう、大騒ぎさ。。。というコメディーだった。
ルームメイトが若き日のシャーロット・ランプリングで、やっぱ、クール・ビューティでした。
けれど、後年の『評決』のアンニュイな感じや、『愛の嵐』のような変態的なエロスは、想像だにしなかった。
モノクロ映像で、ロンドンの街角が楽しかった。

 同じ、シルヴィオ・ナリツァーノ監督の『血と怒りの河』は、人種テーマを持ち込んだアクション西部劇だった。
開巻の群青色の空に真紅のスカーフが舞うシークエンスから、見入ってしまった。
川を挟んだ壮烈な銃撃戦、苦いラストと大ロングショットは今も、憶えている。

 ミステリ同好会の牢名主的存在の4年生と3年生の映画通は、ともに『血と怒りの河』の大絶賛は変わらずだが、『ジョージー・ガール』となると、その評価は真逆だった。

 3年の映画通から、シャーロット・ランプリングがピアノに寄りかかっているショットがよかったよねとか、ロンドンの公園や教会の映像美がよかったねと同意が求められた。
ボクはセリフがビビッドでよかったし、珠玉の映像でしたと、あいづちをうった。

 4年の牢名主の先輩は、「S(3年の映画通)は、『ジョージー・ガール』なんかを褒めるから、イモなんですよ。あんなのを褒めたら、ダメです。あなたも絶賛してると聞いたけど、本当はどうなのかしら?」と、真意を質された。
ボクは、たしかに『血と怒りの河』の原色主体の圧倒的な映像美には、ずいぶん劣るけれど、『ジョージー・ガール』は大好きです。
要は、”イモだけど、傑作です”と答えた。

 牢名主さんは一瞬、フ・ク・ザ・ツな表情を浮かべたが、破顔して、「イモだけど、傑作ねえ・・・・合わせ技ですな」と笑って言った。
ボクは、まあ、言葉の綾ですと、やり過ごした。

 以来、”イモだけど、傑作”というフレーズが独り歩きして伝わり、ボクの阿諛迎合が咎められた。
まあ、それは仕方ない。

 50年経った今、「イモだけど傑作」というのは、苦し紛れではあったけれど、あれはあれで、ある意味で適切であったな。。。と思う。

 今も、あの頃のことを思い出すと、モノクロで、すこしせわしないけれど、空気がさっぱりとしていた贅沢な時間が蘇ってくる。
それにしても、ずいぶん、時間が流れてしまったなあ。


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by nonoyamasadao | 2019-02-27 11:50 | 雑文 | Comments(2)

いいことあるっかな

 引っ越しした。
前の集合住宅から、近くの集合住宅へである。

 いつものスーパーの帰り道、細い小道から、中学生の女学生たちがぞろぞろと出てくる。
笑い声がにぎやかだ。
なんか、いいなあ。
抜け道のようである。

 そっか、この道はずっと、気になっていた。
一目惚れのような道だ。

 昭和30年代の荻窪。
小学校が終わると、抜け道を通って、いつも帰った。
塀と塀のわずかな隙間のようなところなど、好んで通った。
狭い路地を通ると、住宅の犬がわんと吠えた。

 女学生たちが出てきた道を、新しい集合住宅に向かって歩くと、道はだんだんと狭くなる。
9歳になるかならないころ、なにも考えないけど、エネルギーだけがあったころだった。
その頃の気持ちを思い出した。
心細くて、それでも、楽しいような不思議なキブンだった。

 ああ、あのころは何も考えなかったけれど、人づきあいは、今よりもましだったかもしれないなあ。

 その道は今の集合住宅の傍に抜けるかっこうの抜け道だった。
信号を渡ると、疎水の流れる今の集合住宅の前だった。
しだれ栁は落葉している。
しだれ柳は落葉するのか。知らなかった。

 ほんの一瞬、内堀通りの新緑の柳並木を思い出した。

 今年は、ベランダの枝垂れ梅が、3輪咲いた。
去年は、一輪も咲かなかった。
2年めのポインセチアも赤くないけど、葉はいっぱい繁っている。

 なんかいいことあるっかな。


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by nonoyamasadao | 2019-02-26 12:43 | 雑文 | Comments(0)

これって、終活

 来月の半ばに、引越しをする。
父、自宅にて急逝のあと、8度目の引っ越しだ。
46年間で、8回の引っ越しは、多い方だろう。
6年に1度の引っ越しになる。
なんかお役人みたい。。。というか、転勤族みたいである。
致命的に違うのは、行き先に宿舎など、用意されていないことである。
こーなると、趣味ですね。だから、引っ越し貧乏だ。

 引っ越しに当たって、まず、DVD収納ラック9台をDVDと一緒に、処分する。
くるくると360度ターンをするヤツである。
それでも、DVDは机の上やら、つくりつけの収納棚や、リビングの床にも散乱している。
一回ぼっきりのものや、何度も繰り返し見たDVDが、ランダムに散らばっている。

 え~い、一切合切、捨ててしまえ~。
DVDで見た映画やドラマで、楽しい時間を過ごしたが、過ぎてしまえば、ただのゴミか。
ちょっぴりさみしいけれど、ボクが死んでしまえば、無主物はただのゴミだ。
思えば、イヌやネコを飼わなくて、つくづくよかったなと思う。
 
 ついでに、長年、引きずってきた家財道具も処分する。
これが手ごわい。
亡父が無理して買ってくれた茶箪笥のような年代物がある。
なかには、ティーカップやグラスなどがたくさん収納されている。

 え~い、これも茶箪笥ごと、処分してしまえ。
ウェッジウッドだろうがなんだろうが、これみな、ただのゴミである。
ここで逡巡すると、なんだかんだと、使わぬ家具を温存することになるのだ。
使いもしないで、おいておくだけの高級家具よ、さらばじゃ。

 おっ洒落!!とか言いながら、一人悦に入って見惚れていたのが、ウソのようだ。

 かくして、冷蔵庫、本棚、巨大な整理ダンス、背広、資料などなど、一斉に処分した。
2トントラック3台分の粗大ゴミになった。

 ガラ~ンとしたリビングに一人でいると、ああ、ボクの中での昭和が、やっと終わったな。。。。という気がした。
昭和というのは、ボクにとって、茜色の夕日がさしていた時代だ。
でもそれは、サザエさんの世界でもなく、向田邦子さんの世界でもなく、ましてや、 ALWAYS3丁目の夕日の描く世界では絶対なかった。
映画に出てくる、昔はよかった風の懐旧は、嘘っぱちだ。

 ボクの昭和は、お台場っぽかったり、タマタカっぽかったりするのではなく、銀ブラ族の時代だ。
そんなころ、早朝、大手町の殺風景な地下道をせわしなく歩き、階段を上って、旧パレスホテルを抜けて,出勤した。
夜は、『セーラー服と機関銃』のエンディングのように、ごった返していた新宿紀伊國屋書店を横目に睨んで、新宿三丁目で飲んだ。

 これから先の時代は、誰もテレビも見ず、新聞など読まず、まして文庫本など読まず、CDなどもいよいよ聞かなくなるのだろう。
ボクもはじめて、スマホを買った。
スマホをさわっていると、なるほど、時間はどんどん経っていく。
何も考えない時間が流れた。な~んて彩りに欠けた時間なのだろう。
これ以上の、おバカにはなりたくないから、そうそうにやめた。

 昨晩、ボクはだだっ広いリビングで、濃い日本茶を啜り、四万十の青のりせんべいを齧り、井伏鱒二の『駅前旅館』を読んだ。
フム、やっぱ、本物はよいなぁ。
今日は、獅子文六の『箱根山』を読もう。
また、文庫本の本棚を買わなくちゃならないかもしれない。

 ああ、やっぱ、昭和は遠く、でも今年も、もうすぐ春が来るんだなあ。
頭の中に、銀座日航ホテル裏のバーの灯が、宵闇の中、青く灯っていたのが、ほんの一瞬蘇った。
 


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by nonoyamasadao | 2019-01-30 20:18 | 雑文 | Comments(3)

月夜の紅梅

 事情があって、このところ、スーパーの幕の内弁当ばかり食している。
ほかのお弁当もあるけれど、栄養のバランスは、やっぱ、幕の内が一番、よい。
お値段も298円か、高くても398円だ。
レンジでチンすると、それなりにおいしい。
けれど、何日も、何週間も続けていると、さすがに、自分で自分が不憫になる。
じゃあ、気分を変えましょう。
昨日は、おいなりさんと、ドンコ椎茸入り太巻きの弁当と、栄養を考えて、おからのお惣菜を買う。
夜のとばりが降りた帰り道、遠くに見える黒々とした山の稜線の上方に、満月がぽっかりと浮かんでた。
原田康子さんのファンタジーの『満月』を思い出した。

 今朝は早くから、用事があって、朝の6時過ぎに起きる。
まだ、外は暗い。
なにより、さ、さぶい。
朝は、ライ麦パンのトースト2枚を食す。さすがに、これでは体に悪いと思って、キウイとキンカンを食す。
我が食文化の中で、キウイの出現は、ある意味で革命的であったなと、思う。

 用事を済ませて、郵便局によって、通り抜けの大学に入ると、紅梅がほころんでいる。
去年も今年も、ブログやフェイスブックの写真の紅梅を見るばかりで、今年も観梅など無縁だなと思っていたので、すこしうれしい。

 心のどこかで、老後の日々がこうして過ぎて行っていいものだろうかという気持ちがあった。
桜よりも、梅を見ないということが、日々を無駄にしているという思いと結びついていた。
 あ、そうだった。
昨日が満月だったから、今夜は月夜の花泥棒ってのも素敵ではないか。
紅梅を見ると、いつも、こうした怪しい気分になる。

 あんた、何わけがわかんないこといってるの?
花泥棒だって、泥棒だろうが・・・って誰かにいわれそう。


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by nonoyamasadao | 2019-01-22 12:39 | 雑文 | Comments(0)

一人ぼっちの大つごもりの夜

 大つごもりなのに、早起きして、だて巻き、かまごこ、栗きんとん、黒ラベル、トーフ、ネギ、ゆでソバ、めんツユなどなど、スーパーで買いこむ。
一夜飾りはイカンと老母が言っていたので、しめ飾りは、昨日に買った。
一番、しょぼいのを探して、買った。
リビングには、昨年買って、育って大きくなったポインセチアと、ついこの間、買った小さなのもある。
見ると、大きなポンセチアは、葉がぐったりして、ほとんど枯れてた。
イカンなあ、老母が骨折入院してから、水を一滴もあげていない。
コップに2杯ほど、翌日になると忘れるに違いなので、今日になった真夜中に水を注ぐ。

 あけて、翌日。
現金というべきか、いや、我が怠慢こそ恥ずべきであろう。
ポインセチアは、鮮やかに、蘇っていた。
いや、よかったあ。

 大島弓子さんのマンガだった。
『秋日子かく語りき』だったかな。
フランクリンと名付けたベンジャミンが枯れていた。。。というカットがあったなあ。
あのころは、観葉植物などまったく、興味なかったけれど、年のせいかな、最近はイノチあるものは、なんだか気になるようになったのだよ。

 この年齢になって、ひとりぼっちははじめての、おおつごもりの宵だった。
やはり、すこし人恋しいけれど、、まあ、自業自得である。
デパ地下に行くが、家族向け仕様の刺身の詰め合わせや、お刺身も柵ばかりだ。
まあ、そりゃそうだ。
うつくしく柵を切れるかどうかは、家人か包丁次第だが、お正月は家族で過ごすものである。

 早めに風呂に入って、早飲み支度をする。
と、手前勝手な電話が2本も、しつこく鳴る。
あ~あ、仕方ない。
出た。

 でも、電話というのは、そもそも相手の事情など関知しないものだ。
おおつごもりの営業など論外だが、相手にも罪はない。

 電話の相手は、小さなドラマになるよ~な人たちではなく、善良な人たちばかりだった。
でも、でも、ですね~。今日と明日だけは、とことん大酒を飲むつもりだったのです。
邪魔が入るのは、イヤだったなあ。

 さて、そろそろ、ゆでソバとつゆを買ったので、年越しそばで、もうイッパイやっか。
今、紅白では、北島三郎さんの『まつり』をやっている。
ああ、平成最後の大つごもりである。

 みなさまにとって、来年もまた明るい、よい年でありますように。そして、ついでにボクにも。
今年もいよいよ、終わるんだな。


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by nonoyamasadao | 2018-12-31 22:16 | 雑文 | Comments(2)

あまり、うれしくない

 老母が自宅リビングで転倒、救急搬送する。
う~ん、フローリングの平らなところだけど、魔がさしたのだろう。
もの凄い音がした。
手術後、あまりに痛がっていたので、かわいそうだったが、どうにか元気になる。
よかった、よかった、一安心だ。
古希近くして、マザコンは治らず、我がマザコンよ、永遠なれである。

 昨日は、久方ぶりに、デパートへ行く。
デパ地下2階で、サヨリ刺し、白魚刺しなど買う。キブンは早春である。
地下1階で、葉ワサビとアミの佃煮、野菜主体の串揚げなど買い、ついでにクッキーの詰め合わせなども買う。
帰りのタクシーで、サヨリと白魚でイッパイは久しぶりだなあ。。と、夢心地になる。

 帰宅して、柚子がないのに気づく。
これから、スーパーはめんどいなあ、でも、風邪ひきはもっとヤダなと、クヨクヨと悩む。
結局、スーパーに行った。

 黄色いつややかな柚子が5個、湯船にプカーリ、プカーリと浮かぶ。
甘酸っぱい、爽やかな香りと、柚子特有のくせのある芳香を堪能する。
邪道だけれど、ついでに温泉の素、長野五色の湯も入れた。
これじゃあ、ぶち壊しではないか。風流を解さぬ愚か者と思ったあなた、一度、おためしあれ。
冬至の湯治場ってのは、こんなものではないかいといった趣がある。
 
 そうだった。去年の冬至は、夜、呑み会だったので、真昼間から柚子湯に入ったのだった。
お湯には、十和田の温泉の素を入れようかなあ、フツー、入れないでしょ。。。で、悩んだのだった。
結局、え~い、入れてしまえ。やりすぎかなあ。。。。と思いつつ、幸せな時間を過ごしたのでした。
今年は、去年の学習効果で、悩まないですんだ。

 過日、若い女性2人と打ち上げで、刺身で、酒を飲む。
ジャニーズのイケメンの話を聞きながら、なんだかな、たしかに皆、ハンサムだけど、苦み走ってないし、屈託などみじんもない若者ばかりだ。
もっとも、苦み走ったジャニーズってのも、かなり不気味かもしれない。
さしずめ、ワタクシなど今の時代に生まれてきたら、昔もろくでもない青春であったけれど、今なら、絶望であるなあと悲しく、呟く。
若い女性は、いえいえ、性格イケメンがありますと、妙ななぐさめ方をしてくれた。
正直言って、あまりうれしくない。すくなくとも、素直によろこべない。

 性格イケメンって、結局、なんのとりえもないダメ男のことなんだろうな。
でも、まっ、いっか。


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by nonoyamasadao | 2018-12-23 17:35 | 雑文 | Comments(4)

人生は六十一から

 このところ、風邪気味で、風邪薬ばかりを飲んでいる。
インフルになるかなあ、なると嫌だなあと思っていると、案の定、ほらね~、やっぱりなった。。。っていうことがよくある。
だから、インフルに罹ったと思えば軽いかもと思ってたら、あれま、かえって悪化した。
体力が劣化したのだ。あと2年で古希だ。当たり前だ。

 『人生は四十二から』というアメリカ映画があった。
英国の貴族がポーカーで負け、召使チャールズ・ロートンを譲ることになる。
チャールズ・ロートンはアメリカの西部の片田舎に連れて行かれ、リンカーンの有名なゲティスバーグの演説に感化される。
人はみな、自由と平等であり、世のため人のために献身しましょうというようなことか。
人民の人民による人民のための政治というところだけ、知っていた。
ロートンは、独立して店を開く。。。というような話だった。

 たぶん、その影響からだろう。小林信彦さんに、『人生は五十一から』という連載エッセイがある。
人は、五十を過ぎると、体力的には劣化するけれど、その分、わかってくることもある。
世の中のことも、少しは見えてくる。
そんな紹介文を読んだ記憶がある。

 ボクは、勝手に『人生は六十一から』に読み替えて、四十半ばでやめてたことを再開した。
うまく行ったかどうかは全く自信はないが、2年後の定年前には、どうにか終えたい。
はてさて、どうなりますか。
万事がおくてで、大江健三郎に『遅れてきた青年』という小説があったけれど、こちらは、遅れてきたおじいさんになってしまった。

 三十になるかならないかのころ、年賀のご挨拶で、会社の役員の自宅へうかがった。
役員の方は、たぶん、六十三才ぐらいのころだと思う。
曰く、二十代は女性、三十代は自分の仕事、四十代は会社の仕事、五十代は財界人活動だと、ご自分の人生を述懐された。
ふ~ん、そういうものか。ボクはたぶん、そうはならないだろうなと思った。

 ボクの人生も四十二才で転職し、六十一才から、途中でやめていた仕事を再開した。
残された時間は、楽しく過ごしたいけれど、いかんせん、趣味などない。

 まあ、人気のないファーストフード店よりも、行列ができる定食屋の方が、今は魅力的である。
三十代は、それが待てなかった。
 がしかし、目の前にビールの中缶があれば、1年後の生ビールの大100杯よりもうれしい。
経済学では時間選好というらしいけれど、1年後の一升の日本酒よりか、今日の1合なんだよなあ。
わかっちゃいるけどやめられねえ。。。とは、至言である。

 そういえば、『ニューシネマパラダイス』の中で、アルフレードがトトに聞かせた物語を思い出した。
美しい王女様が、100日間、昼も夜もバルコニーの下で待ってくれたら、護衛の兵士のものになると言ってくれるけれど、兵士は99日目の夜、なぜか去って行ってしまう話だ。
なぜか。こたえはない。

 ボクは99日も待ち続ける自信はないけれど、かりに99日目になったら、やっぱ、帰るタイプだなと思う。
ただ自己破壊的衝動ではなく、敗者の論理が近いかなと思ったけれど、それも違う気がする。
最後のたった1日が待てない。それって、ボクに本質的に欠けている何かだと思う。
それは、致命的な欠落部分だ。
 
 でもね、贅沢な物語ですよね。
まっ、いっか。


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by nonoyamasadao | 2018-11-17 11:48 | 雑文 | Comments(0)

長部日出雄さんを偲ぶ

 長部日出雄さんが亡くなった。やはり、悲しい。
こう書くと、ずっと愛読者だったようだが、十代から二十歳ちょっと過ぎまでと、還暦を過ぎたあたりから、ときどき気になった。
十代の頃は、『映画評論』の日本のヌーベルバーグ作家の映画評が鮮烈だった。
鋭角的な書き方で、かなり辛辣だった。
なにより、大好きな山田信夫や蔵原惟繕などを採りあげているのが、うれしかった。
当時は、松竹系ヌーベルバーグや増村保造は採りあげても、また、鈴木清順や中平康は論じても、山田信夫や蔵原惟繕までは、なかなか論じる人は少なかった。

 大島渚監督が松竹ヌーベルバークという表現をしたのは、『週刊読売』の編集者だと言っていたが、それは記者時代の長部さんのことだ。
そうだった。その頃のボクは、シナリオライターになりたかった。雑誌『シナリオ』など買いこんで、一番、憧れていたのが、山田信夫さんだった。
田村孟でもなく、橋本忍でもなく、山田信夫さんが一番、モダンで、センスがよいと思い込んでいた。

 長部さんは、たぶん、本邦では浦山桐郎、海外ではフェリーニが一番、好きだったのではないか。
当時の長部さんは、切れ味鋭く、往時の双葉十三郎先生の『日本映画月評』を想起させた。
後日、双葉十三郎先生の『映画の学校』の対談で、小林信彦さんが長部さんも双葉ファンだったと、双葉先生に言っているのを読んで、やっぱりなと得心したのを記憶している。
後年、瀬戸川猛資さん編集の『ボクの採点表』の序文を書いていて、うれしくなった。

 双葉先生も感覚的な切れの衰えが早かったけれど、長部さんも後の『紙ヒコーキ通信』や直木賞の『津軽じょんから節』などは、感覚の冴えの衰えを感じて、さびしく思った。シャープで、明晰な人だけにみられる現象だ。
ただ、「エレファントマン」の映画評などは、さすがに辛いことが書いてあって、長部さんなら、こうでなくっちゃね。。。と、思ったことがある。

「赤ひげ」の批評は、ボクが中学の頃だと思うが、黒澤明の作風には、マックス・ウェーバーを引いて、家父長的な支配構造が一貫していると論じたのを読んで、フム、なるほどと思った。
この説は、今では批判もあるけれど、一つの解釈であるのは疑いない。
ボクがアラ還のころ、マックス・ウェーバーの『経済と社会』など調べる機会があって、世良晃志郎訳『支配の社会学』を読んで、伝統的支配、カリスマ的支配、官僚的支配の支配の3類型を知った。家父長制は伝統的支配になる。
ああ、長部さんは、1960年代前半にはこの本を読んでいたか、ひょっとしたら、原書(ドイツ語)で読んでいたのかなと、感心してしまった。
ただ、『二十世紀を見抜いた男 マックス・ヴェ―バー物語』は、観光を楽しむ紀行文のようで、あまり感心しなかった。

 大学3年のころ、朝日ジャーナルに、小林信彦さんが小林旭のことを書いていて、古いヒット曲のLPを入手したので、上京していた長部さんを誘うと、「泣いちゃうからなあ」と言った記事を読んだことがある。
結局、小林さんと一緒に聴いて「恋という字はヤッコラヤノヤ・・・・」という石郷岡豪作詞の「ノーチヨサン節」が入ってないとダメだなというくだりがある。
この作詞は、西沢爽さんになっているが、どうやら、長部さんと同郷の石郷岡さんが書いていたようだ。
長部さんと同郷の青森の人で、ミュージカルや「ジャングル大帝」の作詞もした人だ。
志半ばで、消えて行った脚本家だ。
この挿入歌の映画は、小林旭の『東京の暴れん坊』だった。銀座にはまだ、三愛がなく、一歩、路地に入ると、銀座はまだ、くすんでいたころだ。
小林旭がコックで、フランス語を喋ったりしてた。お隣の銭湯の娘さんが、浅丘ルリ子さんで、美しいというより、かわいい感じだった。
松木ひろし・向田邦子さんの『新だいこんの花』で、大原麗子さんがやったような役だった。

 長部さんと言えば、やっぱ、石井均論だろう。
パセティックで、対象に、思いっきりのめりこんでいくような評論だ。
昔、靖国通りには、松竹文化演芸場があった。
テアトル新宿より新宿駅側だ。
ボクはまだ、子供だったので、この演芸場には行ったことがない。
ただ、石井均一座のテレビ中継が、夜30分くらいあって、まったくのドタバタで、とても面白かった。
もっと大きくなっていれば、スラップスティックとか、云っていたのでしょう。
この石井均さんに、ほれ込んだ長部さんが、石井均さんが、本当の芝居がしたいということから、一座を解散したことを悲しむ評論だった。
ペーソスとか、しめった演技などが本当の芝居だとしたら、そんなものは見たくもないという失望を綴ったものだった。ボクが、寅さんが苦手なのも、乾いてないからだ。
憂愁が漂った名文だった。
ヒッチ・マガジンの見開き程度の枚数だった。 

 長部さんは太宰治のユーモアを感じられるお伽草子とか、本当に好きな対象について語るとき、それはそれは素晴らしい筆致だった。
合掌。


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by nonoyamasadao | 2018-11-10 16:36 | 雑文 | Comments(0)

古希が近いというのに

  安室奈美恵さんが引退された。若い人たちは大騒ぎだったが、ボクにはピンとこなかった。
安室ファンの人、ごめんなさい。
嫌いとか好きの問題ではなく、ボクが時代の感覚とズレたのだと思う。

 かなり以前に、ケーリー・グラントの方が、ジェームズ・ステュアートより4才も年長なのに、スチュワートの方がずっと老けているという記事を読んだ。
書いたのは、小林信彦さんだったと思う。
そっか、たしかにそうだなあ。
『リバティ・バランスを射った男』のステュアートは、ヨレヨレのおじいさんの風貌だった。まだ、54才だった。
それに比べ、なるほどグラントの方は『北北西』が55才、『シャレード』が59才だ。やっぱ、若い。
26才年少のオードリー・ヘプバーンをロマンスの相手にして、違和感がない。
『北北西』なんか、そういう役とはいえ、あちこち、縦横に走り回って逃げていた。若々しい。

 でも、ボクが若かったせいか、グラントよりも、ステュアートの方が渋くて好きだった。
グラントさんは、甘いマスクだったけれど、すこし軽薄な感じでそれほど好きではなかった。
今思うと、洗練されていた。
日本人でも池部良さんとか、2枚目俳優は妙に苦手だった。コンプレックスとか、嫉妬なのかもしれない。

 でも、よくしたもので、ケーリー・グラントさんは82才でお亡くなりになり、ジェームズ・ステュアートさんは、なんと、89才まで生き延びた。
外見と寿命は必ずしも一致しないようだ。

 考え方てみれば、オードリー・ヘプバーンは、おじさんばかりが相手役だった。
相手役といえば、30才年上のハンフリー・ボガート、28歳年上のゲイリー・クーパー、21才年上のレックス・ハリソンですからね。

 東京で、リーマンをしていたころ、若い女性にダブダブの服が流行った時代があった。
なにも知らないボクは、若い女性社員がセーターの袖などを折り返しているの見て、それはファッションなのですか?それともサイズが大きいの?と、失礼な質問をしたのを思い出した。
今だったら、セクハラになるかしらん。
ご本人が不快に感じてたら、きっと、セクハラだったのかもしれない。
女性がゆったりめの服を着ているのは、可愛い。好きだなあ。
お風呂あがりにだぼだぼのワイシャツを着るとか考えるだけで、堪りません。

 今思うと、ダブダブの服を着ていた方が、華奢で、可愛らしく見えるのを知ってて、そうしてたのかしら。
彼女たちは計算していたのかな。
ボクはひょっとしたら、その戦略にまんまとしてやられたのかもしれない。

 だとしたら、枯れ専女子のオードリー・ヘプバーンさんも、実は、おじさん相手の方が、自分が愛らしく見えるのを計算していたのかもしれない。
八千草 薫さんなんかも、谷口千吉監督とならぶと、いつまでも初々しかった。

 しかし、古希が近いというのに、こ~んなことを考えているのは、そうとうマヌケですね。


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by nonoyamasadao | 2018-10-06 17:09 | 雑文 | Comments(0)