いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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人生は、ついふらふらと

 川上弘美さんに 、午後の早い時間から、お蕎麦屋でせいろを食し、ヒマだから、神社などに寄り道して、匂いにつられて赤提灯に行くエッセイがある。
20代半ばの女子の同僚と二人で、ついふらふらとという、理想の老後みたいな生活をしていたとある。

 そっか、20代女子二人だと、そうなるのかもしれない。
時代背景も、あるだろう。
昔のころは、そうだったんでしょうね。

 ボクも、会社員をしてたけれど、17時30分過ぎは、ついふらふらと季節料理屋さんで、お酒を飲んでいた。
それが病みつきになった。

 最近、基本は、1飲2休肝日だけれど、ビール中缶2本か、ビール中缶1本、日本酒1合の生活に、ビールか日本酒か、どちらか1本増える日が多くなった。
いかんなあ。。。とは思う。
しかし、晩年の山口瞳さんは、お猪口一杯を何時間も費やして、飲んだというエッセイを読んだ気がする。
これは、辛すぎる。

 ここで、『恋人たちの時間』を思い出す。
主人公は、かく語りき。「本は、まず、最後のオチから読む。なぜなら、いつ死ぬかわからないから」。。。ってね。
『君の膵臓をたべたい』みたいな、流れ弾だって、あるかもしれぬ。

 まあ、一本増やすことの正統化に、必死過ぎる気がする。
人生は、ついふらふらとであってよいのだと思う。

 梅雨の季節である。
梅雨入りしてから、一度だけゲリラ豪雨があったけれど、暑い日が多い。
今日は、それほどでもなかった。

 初夏の空は青く、まだ少しくらいは暑いけれど、空気はじめじめしないで乾いている。
理想の老後は、この後、テレビを見たり、本を読んだりして、夜の帳が降りたころ、美味しいつまみで、熱燗の日本酒を時間をかけて、ゆっくりと飲むことしか、思い浮かばない。

 ほかには、なにも浮かばない。
大判のノリで包んだオカカのおにぎりと、あみの佃煮で、日本酒を飲む。
それに勝るシアワセは、ない。
まっ、いっか。


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# by nonoyamasadao | 2018-06-12 19:18 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

夢は嘘をつかない

  最近、明け方によく夢を見る。
トイレに行こうかな、面倒だから、我慢しよ。
ということで、眠りが浅いせいもあるのでしょう。

 夢の中では、中学時代の友達と、大学時代の友達と、会社時代の友達が、一緒になって、登場する。
ボクは、実物も悪いのだが、写真うつりが、選りすぐって悪い。
自意識過剰なのである。
だから、知らないで撮られたものなら、かろうじて、見られる。
まあ、ブサイクなのは、仕方ない。
そんなことだから、アルバム写真など、高校の修学旅行の数枚の写真から、一挙に、30代の年末パーティ写真まで、なにもない。
当然だが、友だちとなると、記憶の中に痕跡として、残っているだけだ。
ただ、夢は嘘をつかないというか、知らない同志の中学時代の友人と会社時代の友人が、話し合うことはない。

 昨日見た夢では、30才直前の頃に、1才上の友人と旅をしていた。
列車の中だった。
流れていく景色が、日本海っぽいので、金沢か、温海温泉に、行った時のことが、原風景だろう。

 ふと、岩崎宏美さんの二十才前のメロディーが夢の中で、浮かんだ。
フム、阿久悠さんの詞は、苦手なのになあ。

 そうだった。
いつだったか、どこかに向かう列車の中で、二十才前が思い浮かんで、三十路前に読み替えて、心の中で、歌ったことが、確かにあった。
三十路になるのが、ああ、もう青春とはさすがにいえないなあ。。。と、とてつもなく、さみしかったのを、覚えている。

 もちろん、声に出して歌ったわけではないし、一緒に旅した友人にも話していない。
そ~んなささいなこと、よく覚えていたなあ。

 なるほど、夢は嘘つかない。



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# by nonoyamasadao | 2018-06-11 17:54 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

疲れたときには散歩

 最近、肩こり、首凝りがひどい。
そりゃ、そうだ。
元来、出来の悪い頭を、酷使しているからだ。
しかも、成果はあがらず、どうどうめぐりか、かえって、出来が悪くなっているような気がする。

 年なんだから、こーゆー時は、何も期待せず、ゆっくりと、まったりと、散歩でもすればよい。

 はじめて、大人になったと自覚したのは、いつだろう。
何かの体験で、子供から、大人に変わるものではないと、思っている。
だいいち、大人になることが、いいことなのか、立派なことなのかは、分かんない。
な~んとなく、税金を納めたときが、一応、大人になった時かなと思う。

 はじめて、人を好きなったのはいつだろう。
幼稚園や、小学校の初恋は、人を好きなったとは思わない。
もっと、違う何かだ。
それは、きっと懐かしい時間だったり、大切な風景なんかを連れて、その瞬間が蘇るはずだ。
しかし、そんなものは、思い出せない。
ひょっとしたら、本気で、人を好きなったことなど、なかったのかもしれない。
だったら、もの凄く、自分で自分が不憫だ。

 もしかしたらあの時かもしれない・・・が、2つ、3つ、よみがえる。
う~ん、思い違いかもしれなけれど、ボクにしては、上出来だ。

 毎回、集合住宅のゴミ出しだの、お酒のつまみだの、そんなことしか、このブログに書いていない。
さっき、仕事部屋から帰る時に、ナツツバキの白い花が、‌数輪、開いていた。
ひっそりとして咲くが、この花は、好きなんだよなあ。
通り抜けの大学では、暑い日差しのなかで、植栽のクチナシが、かなり、濃密な匂いを放つ。
この香りは、少し遠めの方が、よい香りがする。
小学校の額縁アジサイをチラ見して、病院の雑木の中に、ヤマモモの実を見つける。
ああ、そろそろ、梅雨が来るんだなあ。

 最近は、樹木すら観察しなかったけれど、やっぱ、樹木観察は、季節とか、空気の匂いを感じる。
そういえば、この数年、鳥の声も、川の音も聞いてないな。

 今日は、寝る前に、星を探してみよう。
 長田弘さんによれば、人生には何一つ無駄なことなどないのだから、散歩したり、樹木を見たり、星を数えていれば、人生は森の中の一日に近づくかもしれない。
このところ、若い人と触れ合うと、つくづく年令を感じるけれど、生きているから、年を食う。

 春の日、あなたに会いにゆく。きれいな水と、きれいな花を、手に持って。。。。とは、無縁だ。
けれど、3月末に亡父のお墓参りに行き、きれいな水と、安物の花だが手にもって、出掛けた。
 それで、いっか。


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# by nonoyamasadao | 2018-05-29 16:19 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

毎日、お酒を飲まなくなってから

 お酒を毎日、飲まなくなってから、12年目に入る。
その代わりに、しなくなったことがある。

 羽田空港のゴージャスなフカひれラーメンは、それ以来、久しく、食していない。
ビールと前菜で飲み、その後で、ビールと日本酒の熱燗で、フカひれラーメンを食した。
お昼頃の中華料理店は、相席でごった返し、朝の10時ころだと、開店まもなく、一人で食したこともある。

 日曜は、夕方から飲み始めて、大河ドラマの『武蔵 MUSASHI』の頃は、ゆっくりと焼酎を飲み、日曜劇場『GOOD LUCK!!』も見ていた。
堤真一さんと内山理名さんが、ぜんぜん違う役柄で、双方に出演してた。
翌朝になって、日曜劇場を思い返すと、かなりあやふやだった。
今は、大河ドラマも日曜劇場も見ない。

 酒量も減らして、1飲2休肝日になってから、飲まない日は、夕食後は、DVDで、映画を観たり、DVD-BOXの昔の連続ドラマも、よく観る。
連続ドラマは、ついこの間終わったものを見ていたが、それが2000年代、1990年代と遡っていった。
1993年以前は、東京で、サラリーマンをしていたから、テレビなど、ほとんど観ていなかった。
そういえば、サラリーマンを辞めてから、ウィスキーを飲まなくなった。
一人では、飲みにいかないからだろう。

 1980年代ドラマは、題名だけ知っていて、観なかったものばかりだ。
最近は、1960年代後半の連続ドラマを見ている。
なんだかな、無限後退するようで、少し、コワイ。
この時代は、高校、大学の時代だったから、お酒は飲んでいないころだ。

 昨日から、3日間の休肝日だ。
お酒を飲まないと、朝早く、目覚める。
集合住宅の非常階段を下りると、行ってらっしゃーいとか、ちっちゃな女の子の声で、お仕事頑張ってね~とか聞こえてくる。
ああ、いいなあ。
ボクの場合、あ、オレ。あ、今日、遅くなる。。。というようなことは、とうとうなかった。

 星由里子さんが、亡くなった。
とても悲しい。合掌。

 大好きだったのは、1969年に一回目のご結婚をするまでだったから、ボクが19才になるまでだ。
目、鼻、顔の輪郭、配置、ヘアスタイル、声、みな好きだったけれど、一番、好きなのは、挙措動作とか、全体の雰囲気だったかもしれない。
自分なりの面食いのパターンがあるとすれば、その原型は星由里子さんだった。

 銀座の街中を歩いていて、一瞬、空気が華やいだ気がして、振り返ったことがある。
しばらくして、ああ、星さんに似た女性とすれ違ったのだと、気づく。
すぐに、もしかしたら一瞬の恋、みたいなものは消えたけれど、なんだか、シアワセな気持ちになった。

 なんだろう。こうして、さぁーっと過ぎて行く悲しみみたいのが、案外、大切なことのような気がする。


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# by nonoyamasadao | 2018-05-20 10:09 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

日々、所在なく

 5才頃、誰もいない大宮の競輪場で、ガキ大将に連れられ、よく遊んだ。
とその時、突然、警備員のような人に見つかる。
ヤバい!!ずらかれ。。。と、ガキ大将の指示がくだる。
子供たちは、クモの子を‏散らすように、あちこち、無差別に走って逃げた。
それは、きっと、サツだ!ずらかれに似た、緊迫した興奮があった。
子供心に、高く逃げ道を遮った柵であったか、塀をのぼって、脱兎のように逃げ帰ったのを記憶している。

 その時は、オヤジにどこからか漏れて、ヤバいなどという言葉は不良の言葉で、以後使用してはならぬと、きつく叱られた。

 今や、ヤバイよヤバイよ。。。は、誰でも使う。
きっと、出川哲郎の貢献だろう。

 美味しすぎてヤバい、‪カッコよすぎてヤバいとか、若い人たちはよく‌、口にする。
女性の人の方が、よく使うかもしれない。

 少し、下品な言葉の変格活用は、ある意味で、不思議な魅力を持っているのかもしれない。
子供の頃は、下ネタに拘って、よく連呼した。
 若かった親が過剰に反応して止めるものだから、よけいに関心が沸いた。
それは、音感に微妙な魅力があるのと、ワンワード、ワンフレーズで、周囲の人が、皆振り向いてくれたからでもあった。
カ・イ・カ・ンだった。

 さみしくって、よるべなかった、気持ちをうつしていたのかな。

 今や、年を重ねに重ね、それでもよるべないのだけれど、拘っている言葉がある。
ゆっくりと、とか、まったりと、とか、あわあわと、とかである。
きっと、残りの時間が、つるべ落としの速さで過ぎて行く反動からだろう。

 昨日と、一昨日と、傘をさして、雨のなかをゆっくりと歩く。
場所とか、時間とか、天候とかを、じっくりと意識して過ごす日々も、存外、捨てたものでないなと思っている。


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# by nonoyamasadao | 2018-05-03 14:44 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

子供の頃のお楽しみは・・・

 このところ、昭和の古いドラマのDVDばかりを見る。
雑司ヶ谷や鬼子母神などが映って、ああ、これは、昭和の原風景だなあと、つくづく感じ入ってしまう。
じつは、雑司ヶ谷にも鬼子母神にも行ったことはない。
けれど、都営荒川線が走っている当時の周囲の風景が流れると、なんだかせつない。

 そのせつなさは、どこから来るのだろう。な、なんなのだろう。
子供の頃のあの心細さと、それと裏腹の感情である楽しさとか、トキメキのようなものが蘇ってくる。
問題児で、学校の先生から怒られたり、お説教ばかりくらった。まあ、悪ガキだった。
その頃は、楽しいなどとは、決して思わなかったのに、今思い返すと、シアワセなキブンになる。

 夏休みのお楽しみは、一人遊びだった。学校がないから、友達とは遊べない。
ダラダラと起きて、テレビの『狼少年ケン』の再放送が楽しみだった。
片目のジャックが好きだった。
月岡貞夫は、やっぱ、天才アニメーターだと思う。
午前中の10時ころからだったと思う。

 夏ゼミの声がワンワン響くお昼ころは、麦わら帽子を被って、虫かごと、長い竹の棒の網を持って出かけた。
近くの住宅の松の木や、木の電信柱で、セミは簡単に見つかった。
アブラゼミは簡単に採れるけど、鳴きやんで飛び立つときに、よく、オシッコをかけられた。
よく声は聞いたけれど、ミンミンゼミは、なかなか、つかまらなかった。

 汗ダラダラになって、家に帰ると、冷たい麦茶を飲んだ。
はじめてのコカ・コーラは、クスリくさくて、まじいなと思ったけど、すぐに慣れた。
今思うと、あのころのコカ・コーラは、もの凄くパンチがきいていた。
子供だったからかな。
コカ・コーラがやみつきになるのは、確かだった。

 一息つくと、軟球とグローブをもって、近くの十字路にある大きなお屋敷に向かった。
角に、ブロック塀が、かぎ型に広がっている。
塀に全力投球して、跳ね返ってくるボールを拾った。
その家の人は、よく我慢してくれてたなぁと、今にして思う。

 そうだった。
小中学校のころは、ずっと、平屋の社宅だった。
学校から帰って、トントントンと階段を上がって、2階の部屋にランドセルや鞄などを投げ出すのが、夢だった。

 春が闌けていく。
もう少しすると、大好きなナツツバキの季節だ。


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# by nonoyamasadao | 2018-04-28 15:15 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

桜餅

 昭和のドラマのDVDを見ていたら、桜の花びらが散っていた。
ああ、今年もじっくりと、桜を見なかったなと思う。
いつも、通り過ぎてから、もったいないことをしたと悔やむ。
後ろ向きの生き方が、よく表れている。
この地では、桜があちこちで咲くので、さほど珍しくないのも影響しているのかもしれない。

 今は、ツツジが盛りだ。
東京時代にオオムラサキツツジで育ったせいか、大味で、雑駁な感じがして、あまり好きになれない。

 すぐ傍に桜の公園がある。
マンションの陽当たりが悪くなったせいだろうか。
全部、切り倒してしまった。もったいないことをする。
 
 少し前なら、小雨が降った日など、出掛けに公園に寄ると、満開の桜が間近で見れた。
見上げると、風に乗って、チラチラと花びらが舞う。
子供の頃に、風に流れる桜を、パクッと食べる遊びをよくした。
湿った土が、懐かしい匂いだった。

 改築中のご近所の住宅では、塀が取り払われ、庭の枝垂れ桜が、よく見えた。
今年は早かったが、いつもは、お彼岸の頃に咲く。
樹間越しにチラリと見える、一重で淡いピンクの花がとてもきれいだった。
こういうのを桜色と言うのだろうか。毎年、そんなことを考えた。
 今年は、じっくり全容が見えたのだが、なぜかつまらない。
きっと、ちらとしか見えない方が、もっと見たいという想像が、かき立てられるのかもしれない。
 こう書いてきて、な~んだ、今年は、結構、桜を見ているではないか。
じっくりと桜を見なかったわけではないなと思い返す。
さみしいけれど、感受性も老いるのかもしれない。

 まだ、ボクが小さかった頃、父が桜餅や、言問団子をよく買ってきた。
老母によると、料亭のお土産だろうという。向島の方の料亭によく行ったのだろうか。

 そうだった。遠い昔のことー
まだ、宵の口の銀座では、よく街頭で、竹で編んだ籠に入った桜餅を売っていた。帽子を被った花売りの人もいた。
鳩居堂の屋上では、星型のネオンが灯り、地球儀のネオンも遠くに見えた。
 春浅い宵に、ボクはなぜ、銀座にいたのだろう。
たぶん、まだうんと若かった母に連れられ、月ヶ瀬にでも行った帰りに、見たのかもしれない。
 
 竹籠に眠る桜餅は、数枚の桜の葉に被われていた。
荻窪の社宅の茶の間で、薄い半透明な羽衣に包まれた桜餅を食した。
淡く、さみしい味がした。
 ずっと後になって、同じものを食しても、もうその味は戻らなかった。
なぜだろうと、ずっと不思議に思っていた。
 勉強ができないと叱られてばかりの悪ガキのころ、春のうらうらとした陽が射す縁側の濡れ縁でも、食べた。
その時も、ほんのりと甘く、せつない味がした。

 あれは、きっと、幼い頃のあやふやに揺れた心をうつした味だったのかなと思う。


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# by nonoyamasadao | 2018-04-22 11:30 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

花散策

 今年は、ハクモクレンをあまり見なかった。
目の隅には入ってくるけれど、凝視はしなかった。
まあ、折々の花は、意識して凝視するようなものではないのかもしれない。
あっ、今年も咲いた。きれいだけれど、もうそんな季節か。。。って方が、自然だ。

 仕事部屋に行くとき、すこし時間があったので、遠い方の道を歩く。
あちこちで、桜を見る。
住まいの集合住宅を出て、すぐの神社に二本聳えるようにして、咲く。

交差点で、信号待ちしていると、神社の向かいの高校でも、咲く。

コンビニを通り越して、小学校にかかる前の住宅にも桜があり、小学校の正門には、何本もの桜がある。
一本、二本と数えていたのだけれど、さすがに面倒くさくなる。

 元来、桜には関心が薄いほうだ。
それって、己がさみしい人生を象徴しているような気がする。
いや、お花見デイトとか、臆面なくイチャイチャしたバカップルをイメージしているわけではない。
桜は異性とみて、来年もまた一緒に見れるとよいなあといった、ちょぴり感傷的で、あわあわとした静かな佇まいで見てみたいものだ。

 県立劇場では、コブシが整枝したせいか、花つきが遅い。
どこかで、北海道では、コブシを四季桜と言っている聞いたことがある。
たぶん、桜は5月にならないと、咲かないからだろう。
我が地では、はじめて、桜がコブシより、先行して咲くのを見た。

 過ぐる日、会社の友人たちから、蘇芳桜をお祝いにいただいたのを、歩きながら思い出した。
なんだか、ハナズオウに似ているなと思った。
地植えして咲いたら、やはり、やっぱ、ハナズオウだった。
赤紫の花が蝟集して咲く。
少々、ケバイ。プレゼントしてもらったのに、すまない。

 あれから、30年近くたつ。
自宅まで樹木を運んでくれた後輩は、ボクがこの地に移ってから、すぐに結婚し、間もなく亡くなられたと聞く。合掌。
ボクにも、たいしたことなどないけれど、いろんなことがあった。
守谷の庭に植えたハナズオウは、相変わらず、ケバイ花を咲かせているのだろうか。

 帰り道、突然、強風がビューッと唸り、住宅のオカメザクラの若木の枝が、柳のようにしなった。

↓弘田三枝子さんでは気に入らなくて、中二の時に、下井草のレコード屋さんで買った。



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# by nonoyamasadao | 2018-03-20 15:56 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

映画と私

  数年前に、45年ぶりくらいの高校の同窓会に行くと、辛うじて面影をとどめた仲間たちの一人から、「勉強ができなかったね」とからかわれた。
今になって、そんなことを言わなくてもいいのになあ。。。と思う。
でも、よっぽど、印象深かったのだろう。まあ、事実だから仕方ない。
本当は、できなかったのではなく、勉強しなかっただけさと、うつむいて、心の中で嘯く。
みながみな、ボクが映画狂(cinemacrazy)だったという。
そうだったかな。

 ボクにとって、映画は、ある意味で、背徳の行為だった。
高校に行くふりをして、サボって、吉祥寺のオデオン座の洋画の三本立てや、小金井名画座で、渥美マリさんのでんきくらげシリーズや、帯盛迪彦監督の高校生番長などの性典ものなどに、見入っていた。

 映画の事始めは、怪獣映画か、東映時代劇だと思う。
その後で、『用心棒』や『椿三十郎』の黒澤時代劇に、魅了された。
左手の逆手斬りに痺れた。
そうだった。
逆手斬りは、勝新太郎さんの座頭市ではなかった。
三船敏郎さんの方が、圧倒的なスピード感とダイナミズムがあった。
 自宅の庭の竹林で、竹林相手に、三船さんを真似て一人チャンバラをよくした。
な~んて、さみしい子供だったのだろう。

 亡父が時代劇好きだったから、『新吾十番勝負』などもよく見た。
今、思い返すと、10番勝負、20番勝負と進む勝ち抜き合戦だから、マンガの横山光輝さんの『伊賀の影丸』などと、同じ趣向だった。
もっとも、そのころは、山田風太郎さんなど知らず、『甲賀忍法帖』のイタダキだなんて、思いもしなかった。

 小説は、源氏鶏太さん、石坂洋次郎さんの文庫本は全部読んで、中学後半では、松本清張さんや黒岩重吾さんばかりを、新刊本や文庫本で読んだ。
たぶん、源氏鶏太さんや石坂文学だと、順列組み合わせのような青春群像の恋愛コメディーが、好きだったのだと思う。
黒岩重吾さんとなると、ニヒルな一匹オオカミのハードボイルドな生き様と、蠱惑的な女性との性愛という風俗小説的な読み方をしていた。

 映画を本格的に好きになったのは、フランス・ヌーベルバーグの『墓に唾をかけろ』からだった。
ボリス・ヴィアンが、別名で書いたハードボイルド小説が原作だったのは、ずっと後で知った。
ブルースがバックに流れる復讐映画だったけれど、青春バイオレンスといってよく、エロスも強烈だった。
今、思うと、『太陽の季節』や『狂った果実』と同じで、乾いた感傷があった。
『太陽の季節』は、この映画のあと数年後に、読んだ。

 『霧の中の男』という、濃霧の中を人影がうごめく、なにやら文学的な映画が好きだった。
これも、実は、石原慎太郎さんの原作だと、ずっと、後になって知った。
この映画で、蔵原惟繕監督の名前を知った。

 今年そうそうに、夏木陽介さんが亡くなられた。
なにをかくそう、夏木陽介さんの大ファンだった。
東宝女優では、星由里子さんのファンで、デビュー作品からみていた。
若大将シリーズの澄子さん役よりも、恩地日出夫監督の『若い狼』の夏木陽介さんと星由里子さんのツーショットがよかった。
夏木陽介さんの帰りを安アパートで、小鳥相手に待っている星由里子さんの姿には、フランス映画の味わいがあった。
この映画のキスシーンは長かったし、谷口千吉監督の『やま猫作戦』では、星さんは幼い中国少女だったが、ここでもキスシーンがあって、子供心に、夏木さんが羨ましかった。

 こう見てくると、ボクは、西部劇やサスペンス映画、チャンバラ、ミュージカルなどから、映画好きになったのではなかったのがよくわかる。
きっと、砂を噛むような青春の空白を、映画や小説のなかの青春で、埋めていたのではないか。

 数多くの映画との出会いでは、出会っても、気にも留めず、見ることもなくすれ違うはずだったのが、時間つぶしで、たまたま観たものが多い。
そのほとんどは、忘れてしまっている。
人は駄作と言っても、自分の中には、妙に色濃く記憶に残る作品がある。
その時の状況や、気分にもよるのだろう。
でも、きっと、そこには、何らかのルールのようなものがあって、偶然ではなく、必然としてめぐり会い、記憶に残ったような気がしないでもない。


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# by nonoyamasadao | 2018-02-17 14:24 | 洗練コメディー映画 | Trackback | Comments(0)

土曜日のタクシー

  昨日の土曜日は、午前中は雨降りで、午後は曇りだった。
夕方近くなって、用事で、タクシーに乗る。
ん?めずらしく渋滞する。
この地の渋滞は、東京のように、ばたっと止まって動かないなんてことは、先ず、なかった。
昨日は、橋のあたりで、バタリと止まる。
市電だけが、がたんごとんと動く。
一軒だけになったデパートで、うまいもの市と駅弁フェアと、バレンタインで賑わうので、渋滞になるのだと、運転手さんから聞く。

 フム、どれもこれも、ぜんぜん関係なくて、かすりもしない。
歩いた方が早いかも。。。とか思う。
まあ、そんなに急ぐことなど何もない。
信号が青になる。
けれど、車は進まないし、隣の車線のバスもうごかない。
日が暮れそうになり、市電はさっきより、お客を増やして、ゆるやかに過ぎて行く。

 窓から、外を漠然と見ていると、マスクをした女性が多い。
髪が揺れているから、風が吹いているのだろう。
そっか、ことしは、インフルが流行っているのだなと、あらためて思う。

 あっ、シートベルトをするのを、忘れていた。
渋滞しているから関係ないけれど、しないと癖になるから、シートベルトをつける。
やっぱ、身体を締めるのは、どうしても好きになれない。

 することがないので、黒糖飴を食べる。
手持ちのペットボトルから、ぬるい茶を飲み、そろそろ、入試の季節だなと思う。
それが終わると、冬も終わって、卒業式か。

 今年は、ウメ、モクレン、コブシの花を楽しもう。
ウメは、そろそろかもしれない。
家の近所は、だいぶ、様変わりしてしまった。
夏に楽しんだ、紅と白のサルスベリのトンネルは、なくなって久しい。
白いサルスベリのアパートは、新しいマンション風の建物になった。
紅いサルスベリの住宅は、主がいなくなり、家屋が壊されても、サルスベリだけ残っていた。
今はそれもなくなり、駐車場になった。

 タクシーが動き出す。
セピア色の景色が、すこし、明るんだ。

 ああ、ことしも、春が来るんだな。
雲間から夕焼けが、すこしだけ、西の空に残った。


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# by nonoyamasadao | 2018-02-11 14:29 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

風花

 毎日が、寒い。
さむいではなく、さぶい。さぶいの方が、なんとなく、冷え冷えした感じがする。
と思って、外を見ると、風花が舞っている。

 風花は、晴れているのに、風が立ち、ちらちらと花びらの雪が舞うさまをいうのだろう。
美しい日本語だ。
まあ、狸の嫁入りっていうよりは、ロマンティックである。

 今年は、寒いからか、じっと我慢していた、自宅の酒量が、2倍になる。
その分、休肝日も2倍に増やしているけれど、この11年間の努力が、水泡に帰しそうだ。
ここは踏みとどまって、また、ストイックに飲むようにしよう。

 何がいけないのかというと、どうも、炬燵がいけない。
昨日など、カニ鍋のできそこないの野菜鍋で、ビールと日本酒を飲んだ。
ここまでで、やめれば問題ない。

 そのあと、リビングに広げた炬燵に入る。
炬燵の上には、水性ペン、爪切り、エンピツ、電気ヒゲソリ、文庫本、メガネ、体温計、腕時計、ケイタイ、モバイルノートpc、テレビのリモコン、くしなどあって、これが妙に落ち着く。
テレビや、DVDなど、ぼんやりとみていると、まあ、当然、飽きてくる。

 しょうがないなあと、ミカンなどむく。
炬燵の中に猫でもいたら、退屈じゃないのなあ。。とか考えていると、退屈の限界に達する。
もう、いけません。エーイ、また、飲んじゃおってなる。

 てなことで、1合半徳利の熱燗で、シソコンブとか、きんぴらレンコン、ゴーダチーズで、飲んでしまう。
う~ん、極楽極楽、至福の時間が、ゆっくり、まったりと過ぎていく。

 いけませんね。立て直さなくっちゃ。



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# by nonoyamasadao | 2018-02-05 15:30 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

キラキラ音楽

 大つごもり、元旦とたくさん飲酒したので、1月2日から9日連続の休肝日にする。
一年の計は、元旦にありだ。
今年の目標は、「フルフワでまいろう」と、「休肝日を大切に」にした。
ユルフワの意味は、リラックスして、何事も柳に風と、ふんわり、ふんわりと、優雅にやり過ごしたいという願望から来ている。
さっそく、イヤな出来事が起きたが、いや、気にしない、気にしない、のユルフワ路線で日々あわあわと、暮らしたい。
果たして、できるっかな。

 ネット検索すると、当節の女子を語るときにも、2つのユルフワのタイプがあるみたいだ。
1つは、イチゴショート系の、いかにも異性にモテそうなタイプだそうで、もう1つは、モンブラン系の、ナチュラルなタイプだそうだ。
だとすれば、我が青春は、前者には、かすりもしなかった。

 ボクはケーキは嫌いである。
けれど、昔々、ケーキを食べたことはある。
子供の頃に、荻窪にあった坂井屋(だったと思う)から、まだ若かった母が、買ってきたからだ。
東郷青児の幻想的な、子供心にも美しい洋風女性の絵が包装紙だった。

 食したのは、いつもモンブランだが、ショートケーキのほうが、じつは、好きだった気がする。
わずかな女性交遊では、モンブラン系しか、縁がなかった。
そう、男性の視線を意識した女性には、とてつもなく抵抗があって、でも、じつは、ショートケーキ系女性に、憧れていたのだ。
当然、手も足も出ない。
フ~ム、新年早々、我が逆説的、屈折した若かりし日を今更、公式に語ってどうする?

 でも、イチゴショート系女子は、今風に言えば、キラキラッとした感じがある。

 ケーキを食したころは、ララミー牧場が、小学校では人気だった。
ロバートフラーの印象はほとんど残っていないけれど、馬に乗った二人が登場するクレジットタイトルが流れるシーンだけは、覚えている。
なによりも鮮烈に記憶しているのは、ビールがコップから、ドボドボと溢れ、淀川長治さんが登場する西部こぼれ話である。
日曜ロードショーの前だった。

 音楽で、キラキラって何だろうと考えたら、『スタンド・バイ・ミー』の挿入歌のロリポップが思い浮かんだ。
な~んか、白黒映画にカラーの逆光線のハレーションが線路づたいに、きらめいた様に錯覚したのだった。

 本当は、伊東ゆかりさんが11才の時に(1958年)歌ったlollipop(ラリポップ)が、聴きたかった。


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# by nonoyamasadao | 2018-01-20 18:25 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

年賀状

  年末に、クリスマス会と、13年ぶりくらいの年少の仲間と忘年会をした。
ちょっとうれしい気分になって、ここのところ、家に引きこもっている。

 郵便振替と年賀状を出しに、郵便局に行く。
寒い。
ボッコ、ボコの着ぶくれだから、体がかなり重い。
はたから見たら、ものすごくカッコ悪いだろうなと思いながら、トボトボ歩く。
べつに、ウツになったのではない。

 ん?あれっ、払込書が見つからない。
どこかに、落としたのかしら。
まっ、いっか。

 仕方ないので、年賀状だけ、赤いポストへ投函する。
年賀状の枚数が少ないので、少しの時間差の後で、ポソという音がした。
数年前までは、ポトだったのになあ。
すこし、さみしい。

 スーパーに行く。
しめ飾り、蒲鉾、冷凍カニなど買いこむ。
 最近、アメに凝っている。
のどアメ、沖縄黒糖アメ、サイダー果物風味アメなど、買いこむ。
タバコをやめて、もう11年になる。
なぜに今、アメなのか。
口さみしいからだろうが、こんなことじゃ、糖尿病になるかもしれない。
アメごときで、糖尿病は引き合わないので、すこし、控えようと、誓う。

 帰宅すると、消し忘れの暖房の風で、リビングのポインセチアがそよそよと揺れてた。


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# by nonoyamasadao | 2017-12-30 11:23 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

年の瀬

  年賀状をまだ、書いていない。
一言そえるのは、どうしよう。
定年まで、あと3年になります。。。とかじゃ、どうもぱっとしない。

 来年の目標を考える。
だったら、腹筋を鍛える、少し、早めに歩こうかな。
昨日、こたつに足を突っ込んだとき、おなかがポコッと出てるのを、今になって、気づいたからだ。

 毎日、5000歩くらいは、歩いてはいるけれど、だらけきって歩いてる。
時々、鬼のような必死の形相で早歩きする、ボクより年長者がいるけれど、あれって、かえって、体によくないような気がする。

 年末年始にみる映画を探してて、新海誠さんと細田守さんのDVDを買ってしまった。
そう、今年になって、遥か年少の友人たちから、アニメの面白さを教わった。

 大みそかと元旦だけは、しこたま、お酒を飲もうと思う。
その後は、9日間、休肝日にしよう。
もともと意志薄弱なのが、さらに弱くなり、誘惑に抵抗することなく、従うことになった。こりゃ、イカンですよ。
亡父は、ボクが享楽的なタイプだと、嘆いていたようだ。
 フム、最初が肝心だ。不退転の決意である。さて、どうなるか。

 今年は、脳ドックでひっかかり、心電図でひっかかり、どちらも怖い思いをして、再検査して、問題なかった。
先ずは、よかった、よかった。

 クリスマスに、遥か年少の友人たちから、ポール・スミスの高価そうなハンチングを頂く。
彼らの来年が平和で、シアワセであることを祈ろう。

 大みそかの晩は、やっぱ、カニ鍋にしようと思う。
矢田亜希子さんがドラマの中で、カニの入らない鍋は、鍋じゃないと言っていたのを思い出した。


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# by nonoyamasadao | 2017-12-27 11:42 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

理想と現実の間

  最近、仕事の帰りに、いつもスーパーへ行く。
食い物には、際立って意地汚いので、お総菜売り場にはよく行ってた。
たまに、贅沢して、百貨店のお惣菜の売り場にも行く。
この間、おうつくしい売り子のお嬢さんに、注文した後に、今日は、ニラ餃子は、よろしいのですか?と問われる。
あらっ、ボクをおぼえてたんですか。
その後、二つあって、ほとんど行かない側のお刺身の売り場に行くと、これまた、おうつくしいおねえさんが、いつもどうもと頭を下げる。

 う〜ん、なんかねえ、人生に疲れて、たそがれたじいさんが、いつも買い物に来てて、不憫にうつるのかなあ。
熟年離婚かなにかで、奥さんに逃げられた孤独な老人っぽいのかなあ。
だったら、やだなあ。。。と、くよくよと悔やむ。
まあね、お愛想の挨拶って、考えればよいのでしょう。
自意識過剰と思うことにした。

 そーいえば、このところ、使い捨てカイロだの、食洗器の洗剤だの、燃えるゴミの袋だの、やけに所帯じみた買い物が増えた。

 我が夢に描いた人生の設計図では、今頃は、今日のように風花が舞う中、寒い〜寒い〜と言いながら、サザンカの生垣の剪定などする。
一仕事して、茶の間で、アップルティーか、八女茶でも啜り、まだ、年賀状にははやいな、などと思っていると、お隣から、お声がかかる。
お隣には、美人の料理研究家がお住まいで、なんと、都合のよいことに、なぜか独身なのだった。

 ちょっとだけ、希少品のビールか、日本酒をもって、いそいそと出掛ける。
夜の帳が降りたころ、おいとまして、今の季節だと、ジョージ・シートン監督の『三十四丁目の奇蹟』のDVDなど観る。
そ〜んな、理想の老後を過ごすはずだった。

 今年は、今のところ、インフルエンザに罹っていない。
ジジイのみなさん、インフルエンザの予防接種は、必ず、しましょうね。

 受験の神様の神社から来た来年のお守りを仏壇にのせ、亡父に、今年は、お墓参りに行けなかったことを詫びる。


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# by nonoyamasadao | 2017-12-17 16:08 | 雑文 | Trackback | Comments(2)

デイ・ドリーム・ビリーバー

  NTTドコモのCMが楽しくて、ゴヒイキである。
まあ、堤真一さんと高畑充希さんの絡みが、見どころだ。
ケバメに決めた、ボディコンのタイトスカートでブルゾンみつきが参上し、オフィスを闊歩するあたりから、連続性のあるこのCMは、どんどんエスカレートしていった。
どこまで行くのかしらと、思っていた。
案の定、CMのタブーである上司・部下の不倫関係の距離感の、エレベータ内の今のCMに至る。

 いいのかな。。。と思いながら、高畑充希さんのオーバーアクティヴな演技が面白い。ハマったかな。
アニメの『ひるね姫』の彼女が歌う主題歌の「デイ・ドリーム・ビリーバー」をyoutubeで聴きながら、う~ん、よい詞だなあと思う。

 モンキーズの『ザ・モンキーズ』は、そう、高校2年生の冬だった。TBSテレビで、見た。
「デイ・ドリーム・ビリーバー」も、リアルタイムのヒット曲で、ラジオでよく聴いた。
モンキーズは彗星のように現れて、あっという間に、流れ星のように漆黒の闇の中へ、その光点を消していった。

 「デイ・ドリーム・ビリーバー」と言えば、訳詞ではなく、独自の歌詞をつけた忌野清志郎さんを思い出す。
いつも、学生運動家か土木作業員のようないでたちで、日本語で歌っていた。
でも、当時は、およそ興味なかった。

 振り返ると、井上陽水さんの名盤だと思った『氷の世界』の「帰れない二人」の詞は、ボク的には退屈なだけの、同じアルバム内の小椋佳さんの「白い一日」と較べると、遥かに心に響いた。
なのに、清志郎さんとは、相性が相当悪かった。
「い・け・な・いルージュマジック」は、パンクファッションやエキセントリックな行動がどうにもダサク感じて、違和感だけが残った。
あざといなって、思った。

 当時、本社が千歳船橋にあって、地下室の会議室にプロジェクトチームとして、終日、蟄居していた。
お昼になると、2階にいるOLさんたちが、注文していた出前を、業務用のエレベーターに乗せて、地下まで下降させて、運ぶ操作をしてくれた。
そのプロジェクトチームのまじめな、メガネをかけた、とてもプログラミングに才能があった典型的な理系女子が、忌野清志郎さんの熱狂的なファンだった。
追っかけをしてて、本人曰く、ライブに行くと、人格が変わるほど、RCは弾けるのだという。あな、おそろしい。

 彼女が、自宅かどこかの庭で写した、くつろいだ和服姿の清志郎さんの写真を見せてくれた。
スナップでは、閑寂な空気が流れ、すこしはにかんだ清志郎さんの目に、かなしみの影を見つけた。
でも、鎌倉文士的佇まいだなと思った。
ああ、これが、彼の本性だなって思った。不思議なくらい、違和感はなかった。
けれど、彼の音楽性に魅力を感じなかったし、時は過ぎ、清志郎さんは逝った。

 たぶん、セブン・イレブンのCMのせいだろう。
彼の「デイ・ドリーム・ビリーバー」の詞の1部だけは、よ~く、記憶していた。
♪ずっと夢を見て 幸せだったな
♪僕は Day Dream Believer そんで
♪彼女はクイーン

 高畑充希さんのアニメのPVの「デイ・ドリーム・ビリーバー」は、清志郎さんのコピーだ。
じっくり、聴くと、ステキな詞で、けど、どこかさみしい詞だなあと思った。

 朝早めに、目覚ましが鳴って、ケンカしたり、仲直りしたりして暮らしてきた、別れた彼女を懐かしむ歌かなと思いつつ、じっくり聴いていると、どーも、違う。
まあ、ファンの人には、有名なのでしょうけど、清志郎さんの記事を読んで、ああ、そうなのかと得心がいった。
この彼女ってのは、彼の亡母への追慕の総称だった。
彼は、出生の秘密を、育ての親が亡くなってから、知ったという。
ならば、彼女が生みの親か、育ての親かは、どちらだっていい。
個人的には、まだ見ぬ、3才で死別した母のような、気がしないでもない。

 どちらにしても、ずっと夢を見て 幸せだったーーー夢信者には、変わらない。
う~ん、ちょっと、泣きそうになるようなグッとくるせつなさを、久しぶりに味わった。
清志郎さんに、合掌。

 願わくば、リアルタイムで、1度くらいは、ちゃんと聴いてみたかったな。NHKのSONGSとかでね。

 そろそろ、今年も12月なんですね。↓この女優さん、歌、うまいです。


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# by nonoyamasadao | 2017-11-24 20:48 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

街中のパン屋さん

 秋の寒さらしきものと、インフルらしきもの到来の季節だ。
だが、我が 仕事に、大きな手直しが必要となった。ムム、辛い。
晩飯の買い出しをして、食後にテレビを見ながら、締め切りがあるので、深夜まで思い詰めて仕事をする。
この程度のことは、若い時なら、土曜から日曜にかけて完徹で、楽勝で、仕上げたのになあ。
そりゃ、疲れたけれど、日曜にはゆっくり寝て、月曜日には仕事を定時に終えて、夜は飲みに出掛けた。
でも、この仕事は、しばらく続くだろう。じつは、それもあり難き哉の心境もある。

 まあ、こんなことは、昔なら、いとも易々とやってのけたものだ。
ロートルになったんだなあ。
こうして文字にすると、己が限界が明瞭となり、なんだか、あらためて、さみしさが増してくる。
でも、幸せはささやかなるものをもって極上とする。。。のである。それが、大人さ。
だったら、まっ、いっか。

 我が地の街中に、他が店仕舞いしたために、一つだけになったデパートがある。
道路を挟んだ隣に、店に名前が横文字で書かれ、パンの家という日本語が添えられた看板のかかったパン屋さんがある。

 いかにも街角のこじんまりしたパン屋という風情である。
レンガ造りの縦枠と丸太を使った横の流れが調和した外装は都会的で、いかにも若い女性が好みそうだ。
『ユー・ガット・メール』のNYのアッパーウェストサイドのメグ・ライアンの経営する、小さな絵本専門店を思い出した。
そう、オサレな感じである。

 若い女性が好きそうだなどと書くと、わっ、若いという言葉に過剰反応されて、立ち往生した苦い記憶が蘇る。
まあ、いかにも、女性好みのパン屋さんだ。

 実際、老いも若きも入り乱れ、狭いお店は、女性だけでひしめく。
朝、昼、夕は、OLでイッパイだし、いついかなるときも、デパート帰りの人や、目抜き通りからも人は流れ込んでくるみたいだ。
そんな、ごく限られたスペースで、男一匹が女性群像にまじって割り込み、パンを探すのはまことに気恥ずかしい。
若い時だったら、卒倒しないまでも、立ちぐらみするか、パニック障害になっていたかもしれない。
いやあ、たくましくなったというべきか、破廉恥な人間になったというべきか。後者だろう。

 店の広さの割に、実にさまざまなパンがある。
しかも、みな美味だ。
甘い系のパンと、食事系のパンがほどよく、ミックスしてて、バケット系がさらに美味だ。
食事系のパンとは、焼きそばパンのような一般の発想と境界を画した、一捻りした、がっつり食べる系の総菜が詰まったサンドとかだ。

 でも、トングを使って、トレイにのせる心の余裕など、まったくない。
ささっと見つけ、わしづかみし、胸に抱きかかえて、レジへと駆け込む。
そして、脱兎のように、風の中を走って逃げ帰る。クリスマスの5週間前が(わかる人には分かる)近い。

 ほらね、三昧ブレッドを買い忘れた。


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# by nonoyamasadao | 2017-10-29 11:43 | 雑文 | Trackback | Comments(2)

こたつには、まだ早い秋

  昔、9月に入ると、衣替えだった。今は、どうか知らない。
夏の陽ざしがじりじりと照りつける日々は、遠くなって、このところ雨の日が続いた。

 やっと、肌寒くなる。
今までの人生で、いくつかの旅はしたけれど、目くるめくような錦秋の秋は未だ、未経験である。
山田線で、宮古に向かうときに、すこし、そのような気分を味わった。
激しい恋のように紅蓮に燃え上がる山や、はぜる火花のように降りしきるモミジの紅葉など、しらない。
もっとも、そのような過剰は、今となっては、疲れるだけだ。

 もう少したつと、日暮れが早くなる。
そんな時間になると、荻窪の社宅にいたころ、庭の鉄平石の飛び石を、ワン、ツー、スリーと言いながら、一人飛ぶ、遊びをした。
みんな、小学生なのに、英語のお勉強などで忙しくて、誰も遊び相手がいなかったころだ。

 夜になると、ご近所のどこからか、キンモクセイの香りがして、夜の匂いにまじって漂い、やがて、どこかに去って行った。
この地でも、昨日の深夜、同じ気分を味わった。
青白い月明かりも、同じだった。

 友人からのメールで、ビートルズ好きの、もっともハイブラウで、ウィッティだった同級生が、逝去したのを知る。合掌。
そっか。こうやって、一人一人、消えていくんだな。

 亡くなった同級生とは、高校そばラーメン屋に、二人で行ったことがある。
ボクはラーメンスープを残らず啜り、彼は、汁は半分以上を残した。
都会的洗練とは、そういうものかと思った。

 高校から、一人で帰るときにだけ通っていた道がある。
キンモクセイの咲く道のダラダラ坂をのんびりと下ると、数名の女子高生とすれ違った。
スカートが、秋です、秋ですよっていうように、細かく揺れた。
 上石神井駅につくと、そんな日は、西武線で帰ろうか、関東バスで西荻窪から帰ろうか、ほとんど人のいない改札口で、考えた。

 季節も月日もめぐる。
こたつにはまだ早い50年前の秋の上石神井駅に、黄色い落葉が舞った。


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# by nonoyamasadao | 2017-10-20 11:22 | 雑文 | Trackback | Comments(2)

あと十年たったら、クリスチャン

 今年は生まれてはじめて、 脳ドックでMRI検査を受けた。
MRIのトンネルに入ると、ウィーン、カンカンカン、ドヒャ、ドド〜ンという工事現場みたいな騒音がする。

 検査結果はすぐにわかって、異常なし。
ああ、よかったぁ。
ホッと胸をなでおろして、ぼっち祝杯のさなか、不穏な電話がなる。
 案の上、脳の打撲で、10年前にお世話になった主治医からだった。
MRI画像を仔細に見ると、動脈瘤の疑いがあるという。
仔細になんか見るなよな〜と恨めしく思いつつ、その夜は、暗い気持ちで、残された時間などクヨクヨと考える。

 最先端の設備の病院で、造影剤CTを受け、動脈瘤ではなく、問題ないことがわかる。
3ヶ月後、もしものためのMRI検査で、異常なしになる。
 ああ、よかったあ。

 長いこと人生をしていると、いろいろなことがある。
 十年ちょっと前に、脳の打撲による生まれてはじめての手術で、ヨレヨレになった。
 以来、隠れているものをワザワザ探りだすなんて、ゼッタイに回避する無頼路線を捨て、無難な人生路線に切り替える。
タバコはやめ、お酒はやめれないので、すこしつつ減らす。
5飲2休肝日、4飲3休、3飲4休、そして1飲2休肝日になった。
 もう、これ以上、休肝日を増やすのはムリだ。
最近、飲める日のお酒の量が1本、増える。
我慢するとストレスになるので、どうか、見逃してほしい。

 十年前に、休肝日を設けたころ、お酒の飲めない日は早めの夕食後、することがな〜んもない。
読書、音楽、そして映画三昧の日々になった。
今や、映画よりも、日本の連ドラのDVDばかり見ている。

 そっか。十年間というのは、かなりの時間が流れたのだなあ。
もともと、毎日が不良な生活だったけれど、ずいぶん、健康オタクになりさがった。

 あと十年たって、健康で生きているなら、クリスチャンになっているかもしれない。
それなら、それで、まっ、いっか。


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# by nonoyamasadao | 2017-10-14 16:35 | 雑文 | Trackback | Comments(2)

やっぱり、一人がよろしいと思った夜

 還暦というのは、その人にとって、やはり、エポックメーキングなことだと思う。
赤いちゃんちゃんこというのは、もう昔であって、今の時代は少し違う。
でも、干支が5回繰り返されるまで、生き延びたというのは、先ずもって、めでたい。
大仰に言えば、生まれ変わるということだろう。
まあ、余生なのである。

 そういえば、60代の半ばから、健康診断で、基準値に引っ掛かる項目が現れ、毎年、一個づつくらい増えている。
深刻な疑いは、まだなかった。よかったあ。
今年は、無理に無理を重ねたので、ぜったいにヤバいと覚悟してた。

 今日、テレビを見てて、NHKの『土スタ』司会者の女優の足立梨花さんが、麻生久美子さんのように見えて仕方ない。
別人であるのは十分に判るが、やっぱ、麻生久美子さんの若いころと、同じように見える。 
 
 ゲストの葵わかなさんの横で、愛想よく、にこにこしている女性が、ばかに、世渡り上手のように見える。
これって、偏見だよなあ。そーゆー見方はいけないなア。。。としげしげと見ていると、鈴木保奈美さんだと気づく。
そりゃあ、屈託も、分別もあるよね。
失礼ながら、五十路を超えてるもん。
だったら、かなり、お若く、そうとう、お美しい。

 時間は下って、お酒のつまみの買い出しにデパートまで行って帰ってきて、『実践!にっぽん百名山』を見る。
う~ん、萩原浩司さんは、万年、青年だなと見ていると、工藤夕貴さんが、これまた、若っ。
ちょっと待て。
工藤夕貴さんは、相米慎二監督の『台風クラブ』や、なんたって、ジム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』というオムニバス映画でも、初々しかったことを思い出す。随分、昔のことだ。

 しばらくして、落ち着いてみると、鈴木保奈美さんも、工藤夕貴さんも、かなりお若いが、それなりの年令に見えた。
これって、ボクの認知能力の衰えなんだと、思う。

 人間群像もイワシの大群も同じだと、喝破したのは、青島幸男さんだったと思う。
たしかに、人間も、イワシも、群れをなして、大きな渦を巻くようにして人(魚)生行路を回遊する。
小さなところでは、小競り合いや諍いもあるけど、大きな全体としてみると、な~んとなく大勢の方に気が向いて、行列を作ってしまうんでしょうね。

 それじゃあ、あまりに、味気ない。
たった一人の芭蕉になるには、あまりに非才だが、たった一匹だって、そっぽに行く試みだけは、一生したい。
ちと矛盾しているようだが、健康診断の結果がなんでもなかったことを、素直に喜んだ夜ーー。そ~んな事を考えてた。

 昼下がりに、街中に出掛けると、中学生のカップルが、手をつないで、臆せず、歩いている。
フ~ム、いい時代になったよなあ。
でも、こーゆー時代に、ボクののような非モテ人生一直線の若者は、どう生きていくんだろう。

 男は、やっぱり、一人がよろしいと、この間、眠りにつくまでの間に、そう思った。
おそらく間違えで、きっと後悔すると思うけれど、ボクは、その時には、そう思った。
季節は、やっぱり一人がさみしい枯れ草・・・の頃だけど。


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# by nonoyamasadao | 2017-10-07 20:45 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

雨の日の郵便局

 雨の中、郵便局に出掛ける。
送付物の締切日なので、速達でお願いすると、レーターパックには、速達はないといわれる。
そっか。そーなんだ。

 最近になって、ボクは方向音痴なのだと、知る。
郵便局から、どうやったって、家には帰れるのだからと、わき道を選んで、逸れながら帰る。
案の定、何処がどこだか、わからなくなる。

 目印など気にしないで、な~んとなく路地を曲がって、行きどまると、その時の気分で、右、左を決めるから仕方ない。
あらっと思った時には、見知らぬ住宅地に立ち尽くす自分がいる。
やっちまったという感じが、幼いころに戻ったような、頼りない、途方に暮れた気持ちを連れてきて、じつは、嫌いではない。
高層25階建てのマンションがあり、現在地がつかめるのを、やっと、発見した。
もうすこし、年を食うと、徘徊老人に間違えられるかもしれない。

 帰り道、途中で工事をしている。このところ、工事が多い。

 嵐のように忙しかった4ヶ月にもわたる、あれやこれやの雑件が、やっと終わる。
解放感が押し寄せる。
とかなんとかいって、忙しかったと思うけれど、若い頃や中年のころなら、易々と、楽勝でやってのけたのかもしれない。

 つい最近になって、レタスやズッキーニの美味しさに、目覚める。
子供のころは、果物は大好きだったけれど、野菜は、ぜんぜん、眼中になかった。
まあ、タンメンのもやしとキャベツはおいしいと思ったし、肉野菜炒めや、カレーのジャガイモ、落ち葉で焚いた焼き芋は、大好きだった。

 レタスは、野菜独特な、野生の強い香りや匂いがない。
野菜には、野菜だぞっていう、ある種の鮮烈さがある。
自己主張みたいなもんだ。ピーマンとか、ニンジンとか、玉ねぎとかは、顕著だ。
レタスは、いってみれば、病み上がりみたいで、無味にして、ひ弱だなあと思った。

 それが、レタスは炒めても、シャキシャキの生でも、仄かな甘さが好きになった。
江國香織さんの「やわらかなレタス」という、心の声をタイトルにしたエッセイがあった。
だとしたら、ボクの感じる甘さも、錯覚によるものかもしれない。
弱って来たので、レタスに癒されたのかもしれない。

 夜、DVDで『ラヴソング』を観る。これって、視聴率が悪かったそうだが、欠陥はあるけど、ボクは面白かった。
藤原さくらさんが、バイクで疾走し、桜の花びらが散って流れるのを、口パクするシーンは、遠い昔を思い出した。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ・・・、という、日本語版の500MILESも、新鮮だった。

 本当は一瞬だったけど、LOVE PSYCHEDELICOのLast Smileが一番、よかった。


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# by nonoyamasadao | 2017-09-16 14:12 | 雑文 | Trackback | Comments(1)

幕の内弁当の日々

 タクシーに乗って、美味しいものを食べに出掛ける。
たまには、そういう贅沢もあってよいだろう。
フロントガラスの脇の小さな一輪挿しみたいなポケットに、ススキがさしてある。
ど~せ、造花に違いないとたかをくくって 、運転手さんに尋ねると、意外にも、本物だった。
俵山かどこかで、採ってきたのをもらったようだ。

 そっか、もうススキの季節か。
今年は、いろいろなイベントや、個人的な事情もあって、幕の内弁当ばかり、3か月間くらい、食した。
お弁当なら、スーパーにいろいろとあるのだけれど、ボクくらいの年齢になると、どれも体に悪そうに見えて仕方ない。
本当は焼肉弁当でも、天ぷら弁当でも、ウナギ弁当だって、よかったと思う。
毎回、298円とか398円の幕の内弁当に、それと変わらないくらいの値段の野菜の惣菜を一品買った。
朝は、パンと果物と、インスタント・コーヒーだけだ。
身体に悪いだろうなあ。。。と思って、健康診断は、9月まで、延長した。

 今年の夏は、仕事部屋まで、行きはタクシーで移動する。
昔、広い空き地だったところに、マンションが建ったと思ったら、いつの間にか、大きな病院が二つも建った。
病院前というと、大きな病院の場合は、広々とした駐車場が広がっているのが、この地の相場だ。
小学校と道を隔てた病院前に、雑木の庭が出来た。
すこし、うれしい。

 仕事部屋からの帰り道、スーパーで買い物をして、夕方の誰もいなくなった病院の雑木の庭を散歩する
イロハモミジ、シラカシ、クス、ヤブニッケイ、ウメ、カクレミノ、マンサクまであった。
この病院に入院している人には、季節感があって、いいだろうなと思う。
しかし、若木だけど、こんなにイッパイ植えたら、いくら剪定しても、何年かすると、森のようになるに違いない。

 でも、長田弘さん的に言えば、森には、なに一つ、余分な物などない。
だったら、サルスベリと白モクレンとマユミが、あればもっと、いいのにな。

 サルスベリは今、主が引っ越されて、家屋が壊されたご近所の庭に、唯一残って、藤色の花が咲く。
ひっそりと美しく咲くが、ヤッパ、さみしい。
森にも、人生にも、余分なものは、ない。
足りないものなら、たくさんある。

 まあ、これも真似だが、そのとき、ふりかえって、人生は森のなかの一日のようだったと言えたら、ボクもうれしい。
明日から、恐怖の16日の休肝日が始まる。
絶体絶命のピンチから、少しづつ、復活していく感じで、健診の日になる。
今年も、自信がない。
健診のない夏は、蚊のいない夏のようでもあり、ショーガのつかない、サヨリのお造りのようでもある。
いつもにも増して、心配だあ。


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# by nonoyamasadao | 2017-09-08 10:35 | 雑文 | Trackback | Comments(2)

白馬のルンナ

 夏である。猛暑日の夏だ。
この季節になると、歩きたくなくなる。
散歩など、真っ平ゴメンである。
仕事場へだって、還暦過ぎのころは、ペットボトルを飲みながら、ハンチングを目深に被って、ゆるゆると歩いたが、今や、熱中症で行倒れになるのが、関の山である。
だから、タクシーで、移動する。

 家にいて、仕事をすればよいのだが、事情があって、家事をしないといけない。
還暦を過ぎたら、理想の老後のはずが、家事というものは、まことに厄介なものだと思い知る。
 で、手抜きの研究にいそしむ。
大嫌いだったマニュアルを読み齧りながら、試行錯誤で、全自動の洗濯機のトータルシステムを、どうにか学ぶ。
洗いーすすぎー脱水ー乾燥のトータルシステムを知ると、なんだか賢くなった気がして、すこしうれしい。
 ハンド掃除機なるものを、ネットで買って試すと、使い勝手はよいのだが、面倒なることこの上ない。
 あ、そういえば、『ブラックプレジデント』で、社員はボールペンと同じだと豪語するブラック企業を社長の沢村一樹さんのリビングを、ゆっくりとまったりと掃除するロボット掃除機があったな。
たしか、ロボット掃除機をヨシオ君と呼んで、話しかけてた。
で、また、懲りずに買った。
 こちらは、ヨシオ君ではなく、名前はルンバ。
♪昔アラブの 偉いお坊さんが・・・というのは、コーヒールンバだが、摩訶不思議な歌詞の歌だった。

 しかし、このロボット掃除機のルンバくんは、まことに愛いやつである。
ちょっとばかし軽率で、間抜けなところもあるが、まあ、実に、けなげに頑張ってお掃除してくれる。
な~んか、愛情を感じてしまう。
 遠い昔に、無線のトロリーバスのおもちゃで、遊んだことを思い出した。
このルンバくんに、カントリーマアムやバウムや三角蒸しパンなどを積んだカゴなど曳かせたら、さぞ、楽しかろうなどと思う。
 いやあ、このところ暑いからなあ。危ないジジイになってしまいそうだ。
しかし、このロボット掃除機ルンバくんは、まことにガンバルンバなのである。

 そういえば、昔々、白馬のルンナという歌があった。映画も観たぞ。


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# by nonoyamasadao | 2017-08-01 10:15 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

絵日記だった頃

  このところ、近親者のお見舞いで、あちらこちらから病院に向かう日々だ。
あ、暑い。
目の前を、黒アゲハが、ヨレヨレになって、横切っていく。
そりゃ、疲れるよね、ご同輩。
どうやら、我が県は、やっと梅雨明けみたいだ。

 このところ、よく、お見舞いに行く病院の傍に疎水が流れる。
小汚い川である。
どぶ川だべ。。。思ってたら、どぶ川には違いないが、それでも魚は汚い水でも棲息していて、大きくなっていると、タクシーの運転手さんが教えてくれた。

 ふ~ん。そっか。
今や魚釣りなどダサいんでしょうね。
今の子供は、物質面では、豊かだけれど、お気の毒であるなあと思う。

 そういえば、夏休みのお楽しみの男子版基礎編では、やっぱ、第一は、蝉とりだった。で、あとは、な、なんだったのか。
手花火なども、楽しかった。
花火の醍醐味は水辺に限るが、都会では、自宅のおうちのお庭の花火だった。
まあ、今なら、おもちゃ花火とかいうのかな。

 手裏剣のような、飛び道具のような花火が好きだった。
それと、なんといってもお値段も高かったけど、ジャイアント・スパークを誇る極太の筒状から、ブハァーッと、ぶっぱなすドカーンというドでかい音の花火は、迫力があった。花火が満喫できた。
フロイトではないけれど、それって、男子の性衝動の発露のサキガケのような気もする。
もちろん、フロイトなど、勉強するわけなどない。

 しかしだ。
いかに環境のためか、安全のためかは知らないけれど、無煙の花火、無音の花火だったら、もはや、それは花火ではない。
線香花火だって、ひそやかな音と四分五裂するアナーキックなスパークが魅力だった。

 まあ、蝉とりをして、熱射病(熱中症ほど重くない)っぽくなって、家に帰り、井戸水でよ~く冷えたスイカを食す。
そして、宿題など八月の最後の週まで、な~んもしないで、まとめて、天気と絵日記を、一気に書き上げる。
天気の正確さはどうか?全く、真実とは無関係。
適当に、晴れ、晴れ、曇り、とか書けばいいのさ、それでやって来た。

 ナマケモノだったけれど、その後ろめたさは、今も、まれに夢になって訪れる。
だったら、優等生の人は、うしろめたさ発の夢を見ないのだろうか。
 
それも味気ないな。


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# by nonoyamasadao | 2017-07-20 20:47 | 雑文 | Trackback | Comments(2)

懐かしのメロンパン

 子供頃、悪質な風邪に罹った時の、お楽しみは、バナナやメロンだった。
もっとも、メロンはホンマ物のメロンは頂き物で、自宅で買っていたのは、まくわうりのメロンだった。

 そんなころに、森山加代子さんだったかな・・・。
♪コラソン デメロン デメロン メロンメロンメロンメロン♪という『メロンの気持ち』という歌が流行った。
たしか、後に、ゴールデン・ハーフがカヴァーしていた。
さらに遡った、りんごの気持ちはよくわかる。。。ってのはウソですが、メロンの気持ちも、わかろうはずがない。

 ボクにとってのメロンの魅力は、そのルックスがただ者じゃない姿・形にある。
表面に網目が張り巡らされたネットメロンは、やっぱ、なにもの?という強烈な第一印象が残る。
甘さも、スイカ同様に、他にない高級な味である。
高級な味とは何ぞや。
ベースは、キューリに似て、仄かで、お上品な甘みがミソである。砂糖でもなく、よく言われる蜂蜜でもない。

 もう一つの魅力は、メロンの芳香だと思う。
ほんのり甘く、すっきり爽やかで、ここがツボだと思うのだが、うっとりするセクシーな香りがする。
ウ~ム、堪らぬ。しかし、ご縁がほとんどなかった。

 土曜日の午後のお楽しみは、まっきっき(真っ黄っ黄)の黄色のメロンパンだった。
そうだった。ボクにとってのメロンパンは、杉並区荻窪小学校傍のパン屋さんの菓子パンの味だ。
食べ応えがあって、表皮は厚化粧の壁のようにカサカサしていて、ビスケット状だった。
形は、ボクの知っているのは、円形だった。
今思うと、まるでメロンの味も芳香もしなかったが、今の人のように、どこがメロンじゃ。。。と激することもなく、大好きだった。

 今日は、ビール1本とお酒を2合飲める日だったので、ほろ酔いで、コンビニで、メロンパンを買った。
フム、たしかに、レモンの果汁の芳香はある。
生意気にも、クリームなど入っちゃりなんかしたりして・・・なにやら、故広川太一郎さんみたいになっちゃった。

 でも、これって、邪道ですね。
ボクにとっての、メロンパンは、円形で、まっきっき(真っ黄っ黄)の黄色か、せめて、クリーム色で、パサッパサッのビスケット生地じゃなくっやね。

 そして、筋は網目状じゃなくて、線状じゃなくっちゃね。
今からすれば、すこし安っぽく、下品なお味だって、そりゃぁ、美味しかったんだから・・・。


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# by nonoyamasadao | 2017-06-23 21:40 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

真夜中のラスポテト

  空梅雨である。その分、暑い日が続く。
インドアの日々が長かったせいか、炎天下、あちらこちらに出掛けると、ものすごく消耗する。
熱中症になりそうだ。
 ボクの逆説型人生観では、今こそ、背広にネクタイの季節である。
猛暑日には、ザルでなく、アツアツの掛け蕎麦や昔だったら、アツアツのラーメンだった。
そういえば、生まれてから、今日ここにいたるまで、冷やし中華を食したことがない。
偏屈で、かたくなな性格はなおらない。
汗をダラダラ流し、ハンカチをぐちょぐちょにして、暑い時に、あっつい食べ物を食らう。
これぞ、ストレス解消法である。でも、身体には悪いかも・・・。

 そうはいいつつ、背広にネクタイで炎天下を歩くのも、さすがに辛いものがある。
ときどき、フッと意識がとびそうな時がある。
年のせいか、汗は昔ほどかかないので、熱を体にため込んでいるみたい。
 目の前を、タクシーが乗りなよ、乗りなよ、クーラーがギンギンにきいて、涼しいよ~とばかりに、よりそうようにユルユルと寄ってくる。
フム、負けた。
昔だったら、ゼッタイに乗らなかったろうと、涼しい空気の中で、いっとき、くよくよ悩む。
 こんなふうだから、毎日の洗濯が大変である。
コインランドリーに目覚めてから、最近は、自宅の洗濯機の洗いーすすぎー脱水ー乾燥のトータル・システムをやっと、マスターした。
ただ、真夜中に洗濯機を稼働していると、脱水の時に、ものすごい音がする。
ガタガタブルブルどころではない。地震の時のように、洗濯機自体が大揺れする。
それって、たぶん、旧式のせいなんだろうな。
 昭和のボクが20代や30代のころの、コメディーのdvdを見ている。
電車の色やリビングの風景や食卓などで、ああ、ずいぶん、時間がたったのだなあ。。。と実感する。
そういえば、登場人物のほとんどは、亡くなってる。
 ああ、イカン。こういう甘酸っぱい、懐かしさにドップリつかるのは、老化に拍車がかかりそうだ。
昔ながらのフライド・ポテトを1本、そしてまた1本と食す。
ラスポテトは、もちもち感とかりかり感が、ちょうどよいくらいだった。

 ていねいに食しながら、ああ、健康診断は9月に伸ばそうと思う。


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# by nonoyamasadao | 2017-06-18 13:50 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

経営哲学学会第34回大会にむかって、ふと、思ったこと

 本年度の8月27日、28日、29日の3日間にわたり、復興の経営哲学というテーマで、第34回大会を、 熊本学園大学で開催することになりました。
昨年の4月16日の深夜の本震の翌日、熊本のシンボルの熊本城の惨状や、昼夜、 行き交う人でごった返す下通りアーケイドがゴーストタウンのよう になった映像が、テレビ画面を流れました。
ただならぬ事態でした。その後、益城や阿蘇などの惨状が徐々に明らかになり、災厄の街熊本というのが、時間差をともなって実感として伝わってきました。
 これに津波と原発が加わった東日本震災や、 犠牲者がどんどん増えていった阪神・淡路の震災は、 映像を通じて見聞きしたはずなのに、 どんなだったろうと改めて想いを馳せました。
 けれども、このような悲劇を知っていただくことも大切ですが、 想定外の光景もいくつか、見聞致しました。昔からある商店街が退潮し、 スーパーやコンビニが華やかな現代に、震災直後は、 スーパーや大規模ショッピングモールが閉鎖されたことも手伝って 、商店街に全盛期のようなさんざめきが戻りました。また、 人と人との絆を大切にする、ロバート・ パットナムのいう信頼や互酬のネットワークが、 即興で構築されました。 新自由主義の利益追求が共同社会(ゲゼルシャフト)を席巻していたのが、いっとき、 お互い様という相互扶助が通い合っていた昭和が明るんでいたころの残像が蘇りました 。それは、きっと、市場経済からは、提供できない、 自律的連帯のようなものだったのかもしれません。
 ということで、我々は常日頃、学習だとか、 非契約的要素の信頼や利他性などを訴えてはいるものの、 そのありようの一端をまざまざと体験いたしました。熊本という地で、復興の経営哲学を考察するときに、 悲劇性のリアリズムを浮き彫りにするよりも、 もっとアカデミックな角度から、 どのような貢献ができるのかという鋭角的な問いが必要だと感じま した。もちろん、机上の空論でよいわけはなく、かりに、阪神・ 淡路ー東日本ー熊本と連続性をもって捉えたときに、 我々はそこから何を学び、なにを見落としていたのか。
 今大会では、経営哲学は、復興をどのようにとらえ、 どのようにかかわっていくべきか、あるいは、 人々の魂の力は何を可能にするだろう、などということを、 いくつかの切り口(医療、企業、NPOなど)から切り込んでゆきたいと考えています。悲惨な出来事を乗り越え、知的興奮に富む、 ポレミックな大会になればよいなと思います。
開催期間:8月27日(日)〜29日(火)
開催場所:熊本学園大学12号館(熊本市中央区大江2-5-1)
 懇親会は、熊本城の夜景を一望にできるホテルキャッスル11階「トゥール ド シャトー」においての開催を予定しております。(以下、懇親会場から見た城の夜景) 
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# by nonoyamasadao | 2017-06-15 22:43 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

負け犬の遠吠え

 昔々、マーブルチョコレートというのがあった。
筒状のキャップを外すと、7色の原色の、ボタンような、錠剤みたいでもあるチョコが、パラパラっとこぼれ出る。
今見たら、ど、どうなんだろう。
かなり安っぽい感じの色のような気もする。

 オマケには、アトムシールがあって、それを下敷きだの、筆箱に貼って遊んだ。
なんどもなんども、買った。
その理由は、どうしても欲しいキャラクターのシールがあったからだ。
それが、ただの一度も出ない。

 ウランちゃんだろうと、みなは思うだろうけれど、それは違う。
田鷲警部のシールが、ど~しても欲しかったのである。
なぜだろう。今もって、謎だ。

 ドラマの『やまとなでしこ』の中で、西村雅彦さんのセリフで、思い出深いのがある。
たしか、ここはドラマのオープンセットじゃないと、西村雅彦さんが絶叫する佐久間邸に、みんなが集まった場面だった。
キッチンで、チーズか何かを切っている佐久間こと西村雅彦さんのところに、桜子こと松嶋菜々子さんがワインをとりに来た時のセリフだった。

 佐久間曰く、あなた(桜子)の価値観はいつもストレートでわかりやすい。
けれど普通は、何が自分にとって一番大切なのか、気づくことの方がむずかしい。
特に、身近にあるときにはわからない。
失ったときに初めてその大切さに気づく。
しかもそれが、その人にとって一番大切なものだったりするから、始末に負えないんですよ。。。みたいなことだった。
 う~ん、確かに同じような経験があった気がしないでもない。

 してみると、田鷲警部のアトム・シールは、永遠の願望叶わずのママでよかったのかもしれないなあ。
手に入れていたら、今、思い出すことなど、きっとなかったと思う。
 
 まあ、負け犬の遠吠えなのですけれどね。


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# by nonoyamasadao | 2017-06-11 10:55 | 雑文 | Trackback | Comments(0)

厄日だ

  青森に行く。
熊本から伊丹空港経由で、青森空港だ。
乗り継ぎの伊丹空港でも待ち時間が、半端なく長い。
搭乗ロビーで調べ物などしてたら、あっという間で、乗り過ごすところだった。
すこし、動作も思考もスローになった気がする。
年かな。だったら、イヤだなあ。

 熊本から伊丹、伊丹から青森までプロペラ飛行機だった。
旧弊な人間だから、今、最先端のハイテク機よりも、古びたプロペラ飛行機の方が、落ち着く。
青森空港が濃霧だと仙台空港に緊急着陸するとのアナウンスだったが、機長の方針説明では、極力、青森空港に着陸するつもりだという。
た、たのもしい。
フム、「グッドラック」のグレートキャプテンの柴俊夫さんのラストフライトの回を思い出した。
もっとも、グレートキャプテンは、このような地味なフライトはしないだろう。
定刻より5分以上早く、到着する。ランディングも、ほんとにソフトだった。
飛行機から降りて、飛行場をぞろぞろと歩き、ターミナルビルに入る。バスもないのが、なんだか新鮮だ。

 青森空港から、ナナカマドの街路樹の道を仕事の会場に向かう。
ああ、5年前にも、この道を通って、仕事に来たのだった。
そうだった。10月末なのに、ナナカマドの真っ赤な紅葉はまだで、遠くに八甲田山が見えた。
中腹だけが黄葉していたのを、つい昨日のように思い出す。
今回もまた、とんぼ返りだ。
昔、ガールフレンドが教えてくれた、十和田湖や浅虫温泉は、一生行けないのかなと、クヨクヨ悔やむ。

 その晩の懇親会の後、地味な、市内の中心から離れたビジネスホテルに泊まる。
夜、20時ころだというのに、食事処もない。フロントに聞いて、一軒しかない近場の居酒屋に向かう。
近場と言っても、1キロ以上の灯りも何もない、闇夜のさみしい道をトボトボ歩く。

 そのお店も、ぼんやりした感じで、ひっそりと佇む。
けれども、その居酒屋の刺身は美味かった。
ヒラメ刺し、イカ刺しは絶品だ。
刺身がウメーウメー、酒がすすむ、すすむ。
アルバイトのお姉さんがまた、おきれい。
明日は難題の仕事だが、まっ、いっか。

 あけて翌日、案の定、ひどい二日酔いだ。朝メシのバイキングに行くけど、パンを一つ二つに、パム2枚でアップルジュースを飲む。
まだ、目覚めないので、コーヒーも飲む。
ホテルの無料の、自動コーヒーを操作も判らぬまま、ためすと、コーヒーカップからコーヒーがあふれ出し、それでも止まらん。
フロントから、これまた、おうつくしいお嬢さんがとんできて、コーヒーを入れ直してくれ、わかりにくくてスミマセンと詫びる。
でも、その目は、なんだか、ワタクシを不憫そうに見ている気がする。ズドンと落ち込む。

 やっぱ、深酒がいけなかったのか、仕事も芳しくない。
またまた、落ち込む。
帰りの飛行機は、知っている人たちが、あちこちに散らばって乗っていた。
伊丹につくと、もうダメ。
疲れと脱力感で、ヘロヘロのヨレヨレだ。
で、贅沢してプレミアムクラスに乗る。
でも、不思議に腹が減る。ああ、そうだった。
朝すこしで、昼はぬいているからだ。

 もう、20時過ぎの夜間フライトだから、飯など出ないのだろうな。
今まで、いつも寝ていて、プレミアムクラスでは、食事を辞退してきた。
でも、ディナーはあった。なかなか凝った懐石膳だった。フライト後、15分たって出てきて、20分足らずで、食せねばならない。

 ウ~ム、おいしかったけれど、あわただしかったあ。な~んか胸焼けした。
全ては自業自得なのだが、厄日だと呟く。


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# by nonoyamasadao | 2017-05-31 11:05 | 雑文 | Trackback | Comments(1)

与謝野馨さんを偲ぶー松本楼と堂々たる政治

 与謝野馨さんが亡くなった。9年前に書いた記事に、少し加筆して追悼文を書かせて頂く。

 日比谷公園内のレストラン「松本楼」で、日中首脳の非公式の夕食会が開かれた。松本楼の経営者は梅屋庄吉の末裔にあたるそうだ。梅屋庄吉は、中国の国民的英雄の孫文を物心の両面から支えた人だという。だが、今日書くのは松本楼にちなんだ政治の話だ。

 松本楼は、東京のセントラルパークの日比谷公園の中にある。日比谷公園は日本で初めての西洋風公園だ。野外音楽堂、噴水、花壇などがあり、昔の邦画には不可欠な公園であった。
松本楼は9月25日になると、10円カレーが食べられる。集まったお金はチャリティー募金になるそうだ。筆者が新入社員になったころ、勤務先は内幸町のNHKの向かいにあった。
松本楼は筆者が大学のころ、放火で全焼した。再建されたが、10円カレーは、後のことである。
昼休みには、よく日比谷公園に出掛けた。たくさんのOLがお昼を寛ぐ場所でもあった。風が強い日だと砂埃が舞い上がるが、時として思いもよらぬ目の保養の恩恵にも浴した。

 松本楼は日露戦争(1904年 - 1905年)の講和の結果、とばっちりでとんでもない災厄に見舞われた。
時代背景を大雑把に整理しておく。
帝政ロシアは苛烈な拡張政策をとり、それはイギリスのような資本の論理に従ったものとは性質を異にした。レーニンは、「軍事的封建的帝国主義」と表現した。
バルカン半島への進出を目指して、ドイツの反対にあって断念するや否や、その矛先を極東に向けるといったものだった。アジア諸国では欧米列強の植民地支配への鬱積した憤怒があった。

 日露戦争は日本にとってリスクの高い賭けである。日本政府内にも深刻な対立があった。
主戦派の桂太郎、小村寿太郎と戦争回避派の伊藤博文、山県有朋らの対立である。なかんずく伊藤博文と桂太郎の対立は以下の如くであった。
桂太郎は外務大臣に小村寿太郎を擁し、列強のイギリスと連携してロシアに対抗できると考えた。他方、伊藤博文は、ロシアと対決する力は日本にはないと判断し、自らペテルスブルグへ出かけ対ロ交渉にあたる。ロシアと妥協し、ロシアの満鉄支配を事実上、認めることで日本の安全を図ろうとする構想だった。
衛藤瀋吉先生の「東アジア国際関係史」の講義では、伊藤博文は政治的出自に於いて、人殺しを厭わないような輩だったが、政治の中枢になってからは、命がけでロシアとの戦争を回避しようとした。その識見はまさしく卓越し、周囲の反対にもかかわらず、穏当な意見であったと高く評価された。
だが、桂、小村らのリーダーシップで日露戦争に突入してゆく。

 日露戦争はギリギリの勝利となるが、1905年、セオドア・ローズベルト大統領の仲介による講和条約(ポーツマス条約)では、朝鮮に対する優先権、旅順や大連などの租借権、サハリンの南半分の領有権を手にしたが、賠償金は得られなかった。
賠償金の放棄は、どうにかこうにか勝たせてもらった日本であるから、必死の戦争終結努力の結果である。中途半端であれ、講和成立のためには詮無く引き返しも当然であった。
少しでも延びればロシアは必ず勝つという戦争の内情を知らない日本国民は、小村外交を不服として、松本楼、新聞社、交番などの「日比谷焼き討ち事件」と呼ばれるものを起こす。当時の松本楼でカレーを食べ、コーヒーを飲むのが、もっともモダンとされた時代だった。
焼き討ちの理由だが、自分たちの生活が賠償金によってよくなることを望む人たちの怒りの暴動であった。また、こうした小村外交を激越に弾劾したのは、「朝日新聞」であり、それに拠った東京帝国大学法学部の「七教授」であると、衛藤先生は指摘されている。(「近代東アジア国際関係史」、p.88,東京大学出版会)

 「戦勝はすなわち亡国の始めならん」と言ったのは徳富蘆花である。
 以下にまた、引用を記す。当節の政治家の本からの引用である。

 「私は、「どうして日本はあんなばかな戦争をやったのか」と考えることがある。そこで一つ思い至るのは、昭和10年代の政治家というのは、ほとんどイメージが残っていないということだ。」

 引用は、与謝野馨著「堂々たる政治」からである。
判断を誤り、戦争の引き金を引いたのが近衛文麿だと言う。また肝心なときに何の発言もせず、行動もしていない当時の政治家が、お粗末だったと言うのももっともである。
だが昨今もまた、残像のない政治家ばかりである。
与謝野氏も衛藤先生も、保守の人である。どちらかと言えば、筆者とはスタンスが違う人たちだが、凄みを帯びた知的廉直は人の心を打ち、かつ魅了する。(2008年5月9日)

 与謝野馨さんには、一度だけ会ったことがある。正しくは、サントリー・バーの、たまさか隣に座った人が与謝野さんだった。
そのサントリー・バーはトリス・バーが進化したのだと思う。
僕たちが学生時分から、行きつけだったくらいだから、銀座にあるのが不思議なくらいだ。
ストゥールだけのバーだ。新橋の銀座口そばに、十仁病院や喫茶店アマンドがあったころだ。僕もまだ、二十代の半ばころだった。
与謝野さんは地下のそのバーに颯爽と現れた。風のようにだ。
旧知であるらしいバーのマスターとの話しぶりから、新聞記者だと確信した。じつは、もう当選一回だった。
今、思うと、与謝野さんが、余命2年とガン宣告されたころだったと思う。
シングルの水割りを二杯飲んで、じゃあまた、と風のように去った。

 その与謝野さんが、金融・経済財政相のときのことだ。株の取引ミスに乗じて、利殖を目論んだ証券会社に対して、美しくないと短くコメントしたのが新聞に掲載されたのを読んだ。
ミスにつけこんだ経済行為を、美しくないといったのだろう。
政治家と美意識は対立概念のようだが、なぜか与謝野さんらしいと思った。
与謝野さんは、靖国神社A級戦犯分祀論者でもあった。
「君死にたもうことなかれ」の作者の孫だから当然であるが・・・。

 今、思い出すのは、小泉内閣時代の国会答弁で、野党から派遣についての見解を問われ、「同一労働、同一賃金は大原則だ」と、答弁したことだ。
野党議員も拍手した。
昔の保守の人には、たしかに品位がある人もいた。

 今の自民党には、もっとも必要な人であった。東京1区に向かって、合掌。

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# by nonoyamasadao | 2017-05-25 13:28 | 雑文 | Trackback | Comments(4)