いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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アプリコット・ジャム

  新刊小説を2冊、買った夢を見た。
夢の中で、こんな高い新刊小説を買ったのは、久しぶりだな。
値段も高かったし、上下2巻だから、つまらないと後悔するだろうな、でも、きっと面白くないに違いない。。。などと、クヨクヨ考える。

 朝起きて、食パンに、あんずのジャムを塗りながら、はて、あの夢の中の本は何だったのかなと、しばし、考えるが、思い出せない。
アプリコット・ジャムか。
すごく、久しぶりだ。
あんずの形のジャムを塗ると、すべるように、薄くのびた。
食べると、甘酸っぱいような、なんとも形容しがたい味がする。
しばらくして、ああ、この味は、子供のころに、駄菓子屋で食べた味だと気づく。
う~ん、こういう安っぽい味も、懐かしくて、な~んかいいよね。

 以前、たくさんのジャムを集めるのが、趣味だった。
マーマレード、イチゴ、マンゴー、アップル、ブルーベリー、ウメなど、いつも六種類くらい揃えた。
深夜、冷蔵庫に並べて、ひとり悦に入って眺めていたら、老母にしっかり見られたことがある。
ジャムは傷みがはやいので、何種類も買うのはバカだ、と老母に叱られたのを思い出した。

 20代から30代の後半までの、二日酔いの翌日の日曜日の朝は、いつもこ~んな感じだったなあ。
ぼんやりしながら、新聞をひらくと、村上春樹センセイの新刊の『騎士団長殺し』の広告の活字が飛び込んでくる。
ああ、そうだった。
夢の中の新刊本は、『騎士団長殺し』だった。

 インスタントコーヒーの濃い目のブラックを飲みながら、まっ、古本になったら、ネットで買おうと誓う。


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by nonoyamasadao | 2017-03-12 18:43 | 雑文 | Comments(2)

ハッピー

  土曜日なのに、仕事部屋に行く。
ひざしはそこそこなのに、まだ寒い。
ばかに車が混んでいるなあと、いつもの通り道の車道を横目で眺めると、びっしりと車が並んでいる。
ああ、県立の劇場で、なにやら催し事があるみたい。

 立春である。
己が無知を天下に晒すようであるが、節分と立春が隣り合っていることを、昨日まで知らなかった。
節分は季節を4等分する意味もあるらしいし、朔旦立春となると、ボクが88才の年齢になるときに、やって来るらしい。
朔旦立春は、42才の時もそうで、その時は、今の仕事に転職を決めた年だった。
その前の朔旦立春は、4才で、生まれ育った大宮から、杉並の荻窪に引っ越した年だった。
88才には、なにが起こるのだろう。
むつかしいとは思うけど、願わくば、88才まで、この世で生きていたい。

 昨日は、ネギトロの恵方巻で、北北西に向かって、大口で一口、丸かじりした。
これじゃ、意味ないどころか、イカンのかもしれない。
ただしくは、黙して、一気呵成に、太巻きを全部、食さないといけないみたいだ。
フム、我が老母は、何も言わずとも、自然にそうしていた。

 通り抜けの、ブルーシートを被った大学に行く途中に、真紅のツバキの花を見た。
裏門の通路を抜けると、紅梅の木に小さな花が、いくつもくっついてた。
一言でいうと、可憐にして、ちらり妖しく、清潔にして、ややセクシーが持ち味だ。
こういうのが大好きだ。
昔の裏門は、今のようなバリアフリーではなく、サザンカの生垣を抜けると、ほころびだした紅梅に出逢って、ああ、春が立つなと実感した。

 通り抜けの大学の向かいのスーパーで、生タラバ蟹、白菜、春菊、ネギ、エノキ、トーフなど買う。
陽の高い帰り道に、♪1 2 3(ワンツースリー) あの三叉路で 1 2 3 。。。。というキャンディーズの曲が、頭に浮かんで、そしたら駆け巡る。
そうだよな。
梅 ハクモクレン 桜とワンツースリーで、咲くんだよなあ。

 最近、筍の穂先とタラの芽の天ぷらなどの季節で、スーパーで買ってよく食す。
もう少したつと、早期退職の友人や、特任の先輩たちと、♪軽く手を振り、私達、お別れなんですよ~になるのですね。
「サヨナラ」ダケガ人生ダ。。。って、誰の訳だったっけ。

 青い空を仰いで、ああ、そろそろ、空豆のさやごと焼きの季節であるなぁと呟く。
幸い、今日は飲める日である。
ハッピー。


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by nonoyamasadao | 2017-02-04 19:01 | 雑文 | Comments(2)

シンプルライフ

  いつもの通り抜けの大学のイチョウ並木の黄葉が、そろそろかなという兆しである。
いつもだと、並木に並んだキンモクセイが軽いめまいをおぼえるほど、濃密な香りをまき散らすはずだが、今年はほんのりという感じだ。
フム、これって、震災の影響なのかなあ。
この程度が、ちょうどよいのだが、震災のせいだと思うと、すこしかなしい。

 アラ還のころ、このブログを始めたときに、竹内まりやさんのシンクロニシティのPVをよく観た。
夢を見ていて笑っていた人から電話が鳴って、目覚め、お互いに同じ夢を見てたーーーという書き出しの歌詞だ。
ああ、いいなあ。でも、それはムリだ。

 ただ、ぐうぜん乗った小田急線の世田谷代田のあたりで、ガタンと揺れて、ボクが落とした本が、向かいの席の女性と同じ本だったことは、あった。
カバーが外れ、本の装丁が剥き出しになったからだ。
村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』で、向かいの女性は、酒井和歌子さん似の美しいお方で、鼻先でニッと笑って、会釈してくれた。
ただ、歌詞と違うのは、恋に落ちることなどなく、二度と逢うこともなかった。
初期の村上龍さんの小説はよかった。
村上春樹さんは、初期の数作はそれなりに面白かったけれど、才能が違うな。。。と勝手に、そう思った。
その評価は、今も変わらない。

 最近、シンプルライフに憧れている。
持たない暮らしや、自宅でリラックスに、一番、シアワセを感じる。
別に物持ちではないのだけれど、省略の美学には、昔から憧れた。
小説も映画も、大部や大作は苦手だ。
三浦哲郎さんだったか、若鮎のような短編が生涯に一作だけでも、書ければ、それがサイコーのようなことを書いていた。

 そんなことだから、今、一番、凝っているのは、湯豆腐である。
大きな土鍋にたっぷりの水をはり、昆布もすこし多めに入れて、豆腐春菊シイタケがあればそれでいい。
あとは、ネギの薬味と、生姜、大分産のスダチがあればいい。

 まことに、シンプルである。
太宰の『人間失格』に、朝帰りして、料亭によって、朝風呂を浴びた後で、湯豆腐で軽くお酒を飲むのが、安いわりに、贅沢な気分になるというくだりがあった。
まさに、その通りだ。

 川上弘美さんの『センセイの鞄』の小説でも、トーフの角を切るように食す。。。という場面があった。
ウ〜ン、これは真似てみたいけれど、ど、どうするのだろうか。

 そう、センセイではないけれど、トーフはエライのだ。


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by nonoyamasadao | 2016-10-27 15:56 | 雑文 | Comments(0)

昼下がりのスーパー

 仕事部屋でクーラーが2ヶ月ぶりで試験運転をはじめたので、出掛ける。


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by nonoyamasadao | 2016-06-17 16:22 | 雑文 | Comments(0)

激辛イカの塩辛

 久しぶりに、羽目をはずしてたくさん飲む。
たくさんの料理が並ぶ中、ハムやペンネなど食し、ハートランドビールを飲む。
スキヤキを食いたいと友だちが言うので、2次会に行く。
けれど、スキヤキ屋さんは、休みで途方に暮れる。

 友だちは、もうどーでもよいなどと無責任なことを言うので、お隣の居酒屋に行く。
だだっ広い大広間だけが空いていて、いずれ相席になりますがということで、入れてもらう。
ひとまず安心する。

 友だちと2人で、ボクはビール、友だちは焼酎を頼み、刺身の盛り合わせと枝豆などつまむ。
それにしても、ばかに広い大広間なのだ。
友だちと2人で、だんだん心細くなる。
昔、太平洋ひとりぼっちという映画があったけど、さぞ心細いものだったろうなどと、とんでもないことを思いつく。

 お酒を飲んで、な~んか、しょんぼりは、いけないなあ。
景気づけに、刺激に富んだつまみでも食そうということで、お店の人に聞く。
有村架純さん似のお姉さんは、イカの激辛塩辛がありますが、死にそうなほど辛いという。
まあ、お店で出していますから、死ぬことはありませんが、おなかを壊すかもしれないと、こわごわ、心底、不安そうな顔になる。

 なら、食べてやろうじゃねーか。でないと、男がすたる。
段々よくなる法華の太鼓じゃないけど、徐々に心細さは消えゆき、激辛塩辛なるものを頬張る。
あ、あっ、口が痛い。喉が火傷したみたいで、痺れる。あ、涙出た。
死なないなら平気さと、ムキになって迷わず頬張ると、ど~ってことなくなる。

 ああ、ヤッパ、試してよかった。
どこかでスイッチが入ったのだろう。
 
 あけて翌日、じつは、あれはあまりに激辛すぎて、味覚に支障をきたし、ど~ってことなかったのだ。。。と不覚にも気づく。

 まぁ、よい子のみなさんは決してマネしないでくださいね。って、よい子はこんな記事を読むわけがない。
あれは、ぜったいに、デスソースが入っていたのだな。


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by nonoyamasadao | 2016-03-31 14:11 | 雑文 | Comments(0)

再びのさくらもち

 おととい、スーパーに行くとき、県営住宅のお庭を近回りで突っ切ると、さくらが咲き出していた。
一人で開花宣言をして、ああ、今年もまた、さくらの季節になってしまったなと感慨をあらたにする。
最近は、さくらが開花する前の季節が好きになった。

 もの萌えいずる春、ふたたび春を迎えたなあ。。。という思いが、ちょっとだけせつない気持ちを連れてくる。
春は、食べ物に意地汚いボクには、お楽しみがイッパイある。
白魚の刺身、そら豆の殻ごと焼いたもの、小ぶり筍の穂先焼き、たらのめ、こごみなどの天ぷら、メバルの煮つけなど、おいしいものがズラッと並ぶ。

 最近になって、甘いものに開眼する。
体が甘いものを欲している気もする。
生活習慣病の心配は全くないが、一応、用心して、甘さ控えめで生きて来た。
まあ、左党が度を越して、依存症時代が長かったので、甘いものには縁がなかったわけである。

 子供のころは、ケーキなどよりも、練り切りやさくらもちが好きだった。
かしわもちは、どうして、あんなに野暮ったい厚い皮なのか。葉っぱだって、ダサい。
美しくないなぁ、な~んて勝手に思ったものだ。

 ボクの大好きなさくらもちは、長命寺桜もちだったのを、最近知る。
インターネットはこういう時に、便利なものだなぁと思う。

 しめった土と桜の葉の匂いがつよくする。それはまさに桜もちの匂いだ。ーーと書いたのは、江國香織さんだった。
そっかな。ボクはそうは思わない。
ボクが子供のころに、黄昏迫る銀座で買った竹籠に入ったさくらもちは、薄皮が貝殻のような形で中味を覆ったものだった。
しょっぱい葉ごと、薄皮を齧ると、甘~く、なつかしい味がした。

 年を重ねて、あのなつかしさは、せつなさではなかったのかしらん。。。と思うようになった。
でも、せつなさはどこから来るのかは、わからなかった。
アラ還のころになって、不安定に揺れた幼年期特有のもではなかったか?と思った。

 最近になって、このせつなさは、夏の終りの感傷や秋の空気感に似ているのかな。。。って思うようになる。
げに、人間の感情は奥深いのか、感覚が鈍化してきて変化しているのかは、定かでない。

 今年こそ、この季節が持つフワフワ感をじっくり、味わってみようと思っている。
なにせ、急いで移って行ってしまうから。

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by nonoyamasadao | 2016-03-22 10:46 | 雑文 | Comments(5)

年の瀬

 大つごもりというのに、地元の大手百貨店に買い物に行く。
時間がないので、タクシーで向かう。
T百貨店の地下2階で、毛ガニの茹でたのや、短冊のヒラメと大トロ、生食用カキなど買う。
そそくさと、タクシーで帰る。

 タクシーの運転手さん曰く、今日の降水確率は10パーセントなのに、あいにくの雨ですネ。。。とおっしゃる。
あ、そっか。
今、雨降りだということに気づかなかった。
余裕がないのは、いけないですねぇ。
日々ゆるり。。だったはずだったのに・・・。
今年の1年間は、その真逆であったなぁ。
反省しきりである。

 ご近所のスーパーまで、買い忘れの野菜の買いものに行く。
なんだかなぁ、専業主婦みたいであるなぁ。。。これは、充実なのか、はたまた偉大なるマンネリというのか。
答えは、留保しよう。
というよりも、わっからな~い。

 スーパーで、ニンジン、白菜、、ホーレンソーとショッピング・カートに入れると、だったらついでにと、三つ葉とセリなど買ってしまう。
頭の中では、晩飯の鍋は、カニすきにしようか、ネギまか、カキなべかと、ぐるぐる回っている。
ああ、こんなことでよいのかと自省すると、めまいがしてくる。

 反省しつつもそれには懲りず、小田原かまぼこも食いたいよなぁ。。。と、もと来た道を戻る。
棚を見ていると、歯ブラシもそろそろだなと、カートに入れる。
年末の最後の日に、歯ブラシなど買っていいものだろうか。
まっ、いっか。
白ネギなど刺したお買い物袋が、しっかり重い。
いや、いつもの数倍も思い。

 片手だと、やっぱ重い。つらいよ~と思いながら、そぼ降る雨のなか、傘をさして、トボトボ帰る。
こーゆー時に、知りあいの若いお嬢さんに逢ったら、やだなぁ。
そういえば、そーゆーことを思って歩ていたら、かつて、もっとも見られたくない、友人のお嬢さんに出逢ったなぁ。
あれは、わが生涯でも、歴史に残るこっ恥ずかしさだった。
やだなぁ。
そういうことがないように、おそる、おそる、我が身が隠れるわけではないが、気持ち的には、時効寸前の必死の逃亡者だった。

 帰宅して、また、タクシーで、おせちをお願いしたお寿司屋さんへと向かう。
あれれ~、百貨店と同じ、運転手さんに再び、遭遇してしもうた。

 お寿司屋さんで、おせちを待つと、一人、また一人と、お重を待つ客は増えていく。
待ち人、多しである。
まさか、ショーアップしているわけではないよな~。

 いや、失礼。
職人の美学には、仕事の楽屋裏など見せることなどありえない。
邪推、ご免してくれ。

 さて、これから、温泉の素のケヤキの香りを風呂に投入し、風呂上りには、ビールと日本酒をしこたま飲むぞ~~。
かくして、今宵も、そして今年もふけゆく。

 みなさま、よい年を、お迎えください。


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by nonoyamasadao | 2015-12-31 19:08 | 雑文 | Comments(0)

今年もまた、ぼんやりと・・・

  冬の晴れた空に、うっすらとしたすじ雲を見る。
そっか、最近はあまり空を見ていない。
歳末のスーパーは、おせちだのの正月支度で賑やかである。
今年も終わってしまうんだなあ、ああ、もう終わりかというさみしいキブンは、嫌いじゃない。

 年末になって、若い友人から、いかなごのくぎ煮のクリスマスプレゼントを頂く。
ご飯と一緒に食すと、これがまことに美味なり。
でも、いかなごをつらつら眺めながら、ほろ甘いこ奴を肴に、ビールか日本酒が飲みたいなあと思う。

 我が老母の方は、帝国ホテルのスティック・チョコなど、都会的なプレゼントが来る。
今年は、大小のポインセチアと、クリスマスローズと、ナデシコのような小さな花でリビングは華やかだ。
クリスマス・ローズは初めて買ったのだが、うなだれて半開で咲く黄桃の花が好みのタイプであった。

 よそゆきのセーターを、ふだん家で着るのが、最近、癖になってる。
あっというまに、くたくたのよれよれ、ぐったりしてしまう。
老母から、立派なセーターをプレゼントしてもらう。

 夜になり、一杯飲み屋さんに出掛ける。
朧で、ぼんやりした灯りのともるお店を見つける。
今年も、ぼんやりと生きてきたなあ、相変わらずであるなあと、我ながら、すこし感心する。

 遅くに店を出ると、さ、さぶい。
闇夜に朧で、心細げな月が浮かんでいた。
すごく、平和な気持ちで帰る。


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by nonoyamasadao | 2015-12-27 16:20 | 雑文 | Comments(0)

お昼の定食屋さん

 今頃になって、『男女7人夏物語』を楽しんで、見ている。
脚本家の鎌田敏夫さんとのおつきあい(といってもドラマを通じてだが)は、結構古い。
東宝映画時代の、井手俊郎先生門下の時の、あまり出来の良くない作品、石原慎太郎原作の青春熱血ドラマ、情緒過剰の『俺たちの旅』も、みな見ている。
そして、アランアルダの『四季』の影響が色濃い『金妻』あたりから、彼の才能が開花して、はまり出す。
つまり、数学の順列と組み合わせのように、男女が織りなすドラマが『金妻』を経由して、開花したのが、『男女7人夏物語』であった。
あらためて、見て、フム、面白かった。

 時間的には、イシダイやイシガレイの刺身がうまかった千歳船橋時代から、麹町に本社が移って3年目くらいだ。
夕暮れになると、夜の空気に誘われて、行きつけの店に、毎日、繰り出していた。
だから、テレビなど見ることはなかった。

 ドラマは、タイトルバックで、清洲橋が正面に映し出され、ズームアップしていく。次いで、首都高速6号向島線がうつった。
今なら、東京スカイツリーが背後に、聳えているはずだ。

 下を隅田川が流れる、清洲橋を大竹しのぶさんが欄干でリズムをとりながら、スキップするように走ってくる。
初々しくて、若さが弾けている。

 好きなシーンは、夜の定食屋さんで、冷ややっことブリの照り焼き定食を頼み、ビールを飲むところである。
いつものように、明石家さんまさんと、口げんかになり、じゃれあっている場面で、小泉今日子さんの『夜明けのMEW』がかすかに被さる。
♪愛をごめんね~  君を~すべて 知っている~と 思っていた~
のところが、低く流れている。

 このころはいつも、おいしい刺身や、酒の肴を求めて、行きつけの店に行った。
毎日だから、さすがに飽きると、美味しい匂いがする銀座や新橋の裏通りをさまよった。
酒量は多すぎたけれど、理想の老後のような毎日だった。

 ああ、日が暮れるなぁ。。。と思うと、今日は、どこへ行こうと胸がときめく。
そっか、おいしい定食やさんで、ほうれん草のおひたしや、きんぴらに、肉豆腐に、味噌汁にご飯など食したのは、虎ノ門勤務のお昼くらいまでだった。
むつ照り、たらこのチョイ焼きとか、さんまの焼き魚定食とか、ホタテのフライ定食とか食べていた。
本格的な酒飲みになってからは、二日酔いの翌日のお昼は、コンビニのおにぎりか、たまに、ホカホカ弁当屋さんの、肉ちょっぴりの野菜カレーなど食し、お昼休みの時間はへたくそな将棋など指してた。
30代の半ばは、卵とじソバとか、毎日食した。

 ああ、今だったら、秋の陽ざしが陰りだした時間、おいしいお酒を飲もうよ~と誰かを誘って、たんたんと、静かなお酒を飲みたいものである。
それが、本当の理想の老後なのになあ。

 しんみりと、過ぎて行った時間とか、今週に起こったうれしかったことなど考え、静かに一杯目のビールを飲み、ゆっくり一杯目のお猪口の酒などすすりたいものである。


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by nonoyamasadao | 2015-11-05 17:15 | 雑文 | Comments(0)

秋の断章

  今月の上旬、ことし2度目のBBQに出かけた。
若い人たちに混ざって、車は山道をゆるやかに、運転する若者のせいか、ばかにのどかーに登る。
森の中にバンガローというべきか、コテージがポツリ、ポツリと散在している。
弱くなったはずの陽光は今日は、賑やかで、穏やかに、でも燦々と降り注ぐ。
ウム、森林浴であるなぁ。
落葉樹林の葉叢のおおかたは、赤や黄や、茶色に染まっている。
まだまだ、陽は暖かくて、木々の葉の組み合わせのつなぎめをぬって、木漏れ日がこぼれ、地面に斑模様を描いた。
そういえば、去年の今頃も、同じところで、同じことをしていた。
ときおり、梢をプルンと揺らして、気持ちよい風が吹き抜けていく。

 若い人たちは、着火した炭火で、BBQの料理をしている。
時は1年過ぎ、去年の若者たちとはそれぞれに手を振って別れ、今頃はあちこちで活躍しているだろう。
ピーターパンとウェンディの物語のように、皆は姿を消し、私だけ、立ち止まったままだ。
ボクは、渋茶でも啜っていればよいのだろうけれど、不謹慎にもビールを飲む。

 今、目の前に展開されている青春を横目でチラ見しつつ、真っ昼間から、遠い昔のセイシュンを懐かしく思い、ときおり、舞い散る枯れ葉など眺める。
二本目のビールを飲む。
年若い、女の子たちが運んでくれる焼き野菜など食し、げに女子力というのは、エライものだなあ。。。と、ありがたいものだなあとシミジミ思う。
女の人は、いつの時代でもエラいんだ。
若くっても、年いってても、やることはやる。

 てなことを考えつつ、我が方はといえば、昔も今も、アウトドアだって、いつだって居酒屋状態なのは、いかがなものか?
しばし猛省する。

 でもね、エクスキューズはいらないから、まっ、いっか。
じゃあ、また飲んじゃお。

 マシュマロの串焼きを去年に引き続き、2度目を食し、不思議な味覚だが、なんだかおいしい。。。と思いながら、またまた、ビールを飲む。
そのうち、キノコをとってみようかしら。。。とか、傍らの女子が呟く。
あぶない、あぶない、おいっ、やめろって。
『センセイの鞄』の樹木希林さんの笑い茸を食べちゃったあとの怪演が、マザマザと脳裏をかすめる。
笑い死にってあるのだよねえ。

 ああ、きょうもそろそろ、暮れるなぁと思いつつ、ビールは飽いて、今度は日本酒をいただく。
でもまだまだ、秋の午後の陽光は明るいなぁ。

 こーゆーのを、至福の時というのかもしれない。
森にはないはずのキンモクセイの甘ーい香りが、どこからか流れてきたが、姿かたちはどこにも見えない。
きっと、あなたはバラの香りが苦しくて、涙をそっと流すでしょう。。。。ブルコメの歌詞が頭に浮かぶ。

 ああ、花の香りが苦しいっていうのはこういうことか。
生まれて、初めて、今になって実感した。いつだって、遅すぎだよ。


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by nonoyamasadao | 2015-10-21 18:10 | 雑文 | Comments(0)