いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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桃の香り

 夕の7時ころ、飲み会に出掛ける。

まだ、明るい。

お店を探しながら、お店の前に来て、すこしたじろぐ。

ガラス張りのお店で、外から内部がよく見える。明るい照明が輝く。

カジュアルというべきか、どこかオサレで華やいで、美味しい洋食とおしゃべりが大好きな女性向けという感じである。

そっか、女子会とか、よく似合いそうだ。

フム、すこぶる、場違いな感じだが、エーイ、入ってしまえ。


 やっぱ、ピザとかパスタのメニューが豊富である。

隅に、初老っぽい男性や異色の中年女性が、にこやかに話しているが、かなり違和感アリアリだった。

扉が開いて、女子大生風の爽やかな着こなしの女性が、フワリと羽のように入ってきて、そこのテーブルに着く。

あっ、決まった。

場の雰囲気が、あっという間に、その場になじんだ。

してみると、こちらはどうだろう。

まあ、周りに埋もれ、どってことないさと嘯く。

最近、空気が読めなくなったのか、はたまた、感受性が希薄になったのか、とことん打たれ強くなったのか?それは定かではないが、めったなことでは動揺しない。

年をとるのは恥ずかしいことではないけれど、無神経になるのは恥ずべきことだ。

これでいいのかなあ。まっ、いっか。いっぱい、飲んで、酔ってしまおう。


 ビールなどたくさん飲むと、手洗いが近くなる。

手洗いに行って、戻ると、我が手にキツーイの香りがする。

手洗いのせっけんか。フム、香水ならわかるけれど、せっけんねえ。


というのは、まことにセクシーな果物である。

形状はお尻に似ているし、産毛だって生えている。

 

 ある作家先生によると、水蜜桃は、起き抜けに、木の下でガブリと食いつく食べ物だった。

間違っても、甘い汁気などを滴らせて、濡れ縁で、食してはならない。

遠い昔、どこからか、ハチが飛んできて、ひどく刺されたことがある。

あれは、悲惨だった。


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by nonoyamasadao | 2016-06-11 16:13 | 雑文 | Comments(0)

SWEET MEMORIESだったころ

 松田聖子さんのB面に、『SWEET MEMORIES』という傑作がある。
ペンギンが歌を歌って、泣かせる味じゃというナレーションで終わる”生”の缶ビールのCMがあった。
まあ、実際に生なのでしょうが、ボクのようなビールの素人は、缶ビール、瓶ビール、生ビールは別だと思っていた。缶ビ−ルは缶くさいと思うと、まことに味気ない。

 『SWEET MEMORIES』は、途中で、英語に変わるので、今もって、カラオケでは歌ったことはない。
30代の前半といえば、立派なオヂサンなのだけど、当時は自覚がなく、『ガラスの林檎』とか堂々と歌っていた。今、思い出すと、駆け出したいほど、恥ずかしい衝動に駆られる。

 そのころは、ビールは前座で、グィっとひと飲みしたらすぐ飽きて、日本酒に旬の刺身に移った。まあ、早く、酔ってしまいたかったのかもしれない。
どちらのお酒の味もわかってなかった。

 『SWEET MEMORIES』が流行りだした頃は、千歳船橋から銀座や新橋に出て、銀座の三笠会館そばの豊後料理か、ニュー新橋ビル地下の金沢料理で、ビールを前座に日本酒を3本くらい飲んだ。
二件目のサントリーバーで、サン・ミゲルやツボルグのコクがあるような、フルーティなようなビールを味わって飲んだつもりだ。
ボクの味覚だから、あてにならない。

 サンドイッチは芝生に似合い、おにぎりはベンチが似合うと書いたのは、東海林さだおさんだった。
フム、フム、なるほど、さもありなん。
川上弘美さんのエッセイで、20代前半の女の子が公園の芝生に座って缶ビールを飲んでいると、初老のオヂサンにビールをたかられ、一緒にビールを飲み、タバコをふかすという話があった。
う〜ん、今の季節に、ハナミズキでも眺め、芝生の上で、1人でも缶ビールをグィと飲み、青空に向かって、タバコをふかしてみたいなって思う。
けれど、いや、それはならぬ。
きっと、また、タバコ中毒に戻ってしまうに違いない。

 今、思い出すのは、5月ころの四万十川の水辺で、缶ビールを飲んだことだ。
対岸で子供たちは水浴びをして、ボクは缶ビールを飲む。
ときおり、背後の道路を車が走っていく。
川は静かに流れ、かなりの数のトンボが河原を舞う。
河原に大の字になって、缶ビールを飲み、鬱屈の日々をうっすら思い描く。

あれは、ボクのささやかなセイシュンであったなあ。

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by nonoyamasadao | 2015-04-21 11:02 | 雑文 | Comments(2)

ストイシズムも悪くない

 江國香織さんのエッセイ集『やわらかなレタス』を読む。


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by nonoyamasadao | 2013-09-16 16:09 | 江國香織 | Comments(0)

ギャルサーの飲み会

  夕方の17時30分過ぎに、飲みに出掛ける。
夕方といったって、ピーカンである。
まあ、四万十の住人の方々に較べたら、どってことないが、それでも熱中症になりそうだ。

 飲み屋さんで、ハナガラカブの洗い、小魚とゴボウの空揚げ、すくい豆腐でビール、酒など飲む。
ここのところ、ビール1本、酒1本のルールが守れていない。
ビールなど、匂いを嗅ぎながら飲む。
揮発したアルコール成分が酔いを誘ってくれるかもしれない。

 しかしねえ、ビールの瓶に鼻をくっつけて、匂いを嗅ぐのは、な~んともみっとも恥ずかしい。
ここまでする?。
フツーはサクッと飲んで、帰るんでしょうね。
いやしいのか、はたまた、いじましい努力なのか。
どっちにしても、情けない気分になって、しばし落ち込む。

 通路をはさんだ小部屋がなんとも、あっちでぎゃあぎゃあ、こっちでウフッ‥‥って騒々しいったらありゃしない。
激ヤバ、マジ、とか、意味不明な言葉が飛び交う。
ガチで、やばい、やばい、やばい、やばい。。。。とか、言ってる。
テメーらは、みんな、出川哲朗の妹か。

 思えば、いただきマーくんとか、聞こえた時から、やな予感がした。
ギャルサーの飲み会なんだろう。
半端無い。。。とか、言ってる。
中途半端な人間はおめ―さんたちだろう。。。と心中、呟く。

 イライラは精神衛生によくないので、目の前の巨大な水槽を泳ぐ魚たちを、じぃーーっと眺める。
う~ん、癒される。
『流れ星』で、水槽のクラゲを上戸彩さんがじぃーっと眺めてた気持ちが、よ~くわかった。
怪しくゆらめく水中花のよう。。。あ、松坂慶子さんじゃあ、あ~りませんぜ。

わが水無月のなどかくはうつくしき。。。のほうだ。

 しかし、お隣のギャルサー飲み会は、半端無くウザイ。
い、いかん、ギャル言葉に感染してしまった。
おーい、ギャル諸君よ。
以下の問いに答えたまえ。

......さよなら......さやうなら......
いちいちさう頷く眼差しのように

 この作者は誰だ?。
わっかるかなー?わっかんねーだろーなー。

でも、案外わかったりして。

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by nonoyamasadao | 2013-08-14 15:34 | 雑文 | Comments(0)

贅沢な時間

 夕の5時過ぎ、そろそろ陽射しも弱くなったかなぁ...というころ、でも陽射しは依然強くて、十分暑い。
陽だまりの街中をすこし外れた、灯をともした江戸前のソバ屋に行く。
一番乗りだった。
そんなとき、いつだって、テリー・レノックスの有名なフレーズを思い出す。

ぼくは店をあけたばかりのバーが好きなんだ。
店の中の空気がまだきれいで、冷たくて、何もかもぴかぴかに光っている。
静かなバーでの最初の静かな一杯―こんなすばらしいものはないぜ。。。。だったかな。

 海外とお店は違うけれど、バーをソバ屋に読み換えれば、まさにそんな感じがする。
揚げソバで、よ~く冷えた瓶ビールを飲み、板ワサで佐賀の酒の東長を冷やで飲む。
セイロを食し、ソバ湯を注いだつけ汁で、邪道かもしれないが、残りの冷や酒を飲む。
そんな小粋でシックなひと時、遠い昔のヒマと時間だけがあって、それを持て余して、退屈で困っていたころを、いつだって思い出す。
ホントは、もうあんな贅沢な時間はもう二度と過ごせないし、戻っても来ない。

 40数年前の夏の昼下りは、亡くなられたクラブの先輩Mさんと早稲田道りの馬場下のソバ屋に、毎日行った。
今はあの辺りは、何もかも全ては消えてしまったけれど、ソバ屋だけはまだある。
カツ丼どころか、木の葉丼をたのむ余裕などなく、いつだって、モリを食した。
格別に美味しいとも思わなかったけれど、2時近くはすいていて、なんだかとても落ち着く。
今だったら、昼酒も頂いて、まったりとしたことでしょうね。
ソバ湯はその時に、お店のオバサンから習った。

 さて、今年の夏は、すこしも夕方らしくならないが、江戸前のソバ屋を出て、散歩をする。
ちょっと酔った状態で、近くのホテルのパン屋さんで、クリームパン、小倉アンパン、カボチャロ―フ、五穀豊穣食パンなど買う。
おいおい、買い過ぎだよ。
でも、まっ、いっか。
ホテルから出ても、まだまだ明るい。
けれど今日も一日が、終わって行くなぁ...としんみり思う。

 歩いて帰る間に、ようやく夕方らしくなって、居酒屋の提灯が灯り、流れてくる匂いが、おいで~おいで~をする。けれど、じっと堪える。
そうか。
都会にいた頃は、とっぷり暮れてから外で飲み、はしごをして、街灯だけがともる暗い夜道を深酒して帰宅したものだ。

 いまだ明るいうちに、つややかな野菜が並んだ、こじんまりしたスーパーで、果物の晩柑とか、いかなごのくぎ煮などの惣菜を仕込む。
日々の暮らしは、酔ってうやむやにしていると、時間の区切りがなく、一日の実感がないまま過ぎていく。
仕事は一生懸命やったけれど、日々の暮らしのいつくしみ方など、考えたこともなかった。

 年令もあるのだろうが、ひょっとしたら、理想的な老後に、少しは近づいたのかもしれない。
痛いような陽射しが淡淡しくなって、サクッと飲んで、夕空の街をふらふらと歩くのも悪くないかも…な~んて思う。

 40数年前のソバ屋では、物質的には何もなかった。
けれど、淡く心がざわざわする時間が流れた。
そんな贅沢な時代が、ほんの一瞬、蘇った。

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by nonoyamasadao | 2013-07-28 12:36 | 雑文 | Comments(0)

友人の休肝日

 会社の友人の年賀状に、休肝日は週2日と書いてある。
あいつに休肝日は似合わない。
同じ職場だったので、千歳船橋、麹町、浦安とよく一緒に飲んだ。
しかも、かなりの深酒だ。

 そろそろ、今日も日暮れに近い時刻になる。
さて、今日はどの店に行こうか。心が騒ぐ。
いつも現地集合である。
割烹・小料理屋で、サヨリ、スズキ、石カレイ、石鯛、ホウボウなどの造りをよく食した。
揚げ出し豆腐や、季節のそら豆なども好みだった。
そぐそばを小田急線が走っているが、雑居ビルの二階では音が聞こえない。
暗くなるころには、ビール1本を飲み、日本酒も2本目にさしかかっている。
別のお店でまた飲み、それからカラオケで、またビールというのもままあった。

 明けて翌日、二日酔いも感じぬまま、会社に着く。
デスクに座ると、重い二日酔いなのに気づく。
ホワイトボードの前に立ち、仲間にブリーフィングなどすると、俄かに酔いが駆け巡る。
ここでテーブルに手をつくなど、あってはならぬ。
そろりそろりと目立たぬように、体を慣らし、酔いをなだめる。

 もちろん、お昼ご飯など見たくもない気分だ。
が、あえて、蕎麦屋で卵とじうどんなど食す。
食べるどころか、見るのも、匂いもイヤな時でも、これは大丈夫だった。

 好奇心が旺盛な若手女子社員に、二日酔いを悟られ、今日はまっすぐに帰られた方が・・・などと諭される。
鋭い! バレてたか。
酒が残っていると、赤面しても、たぶんばれない。
時間は午後三時をまわり、酔いの被膜は徐々にはがれて、不死身な自分に戻る。
日が暮れるころにはすし屋などにいて、やっぱ、ビールはおいしいと心からそう思う。

 そんな毎日に明け暮れた。
ネアカにして、ワタクシなどよりも、遥かに酒豪だった友人が休肝日とはなあ。
20年という流れた時間を思って、少しだけ茫然としてしまう。

 若い頃はゆうゆうとやってきたことが、今やろうとすると、もちろんできないことないけれど、つい、あと先を考えてしまう。
一度くらいは、昔のように、暮らしてみたい。

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by nonoyamasadao | 2013-01-05 19:01 | 雑文 | Comments(0)

居酒屋嫌い

  いっとき、お酒だけが生き甲斐のような時期があった。
根っからの酒好きのように思われているが、じつは違う。

 学生の時代は、下戸に等しい。
ウィスキーのシングルの水割り一杯だけで、しばし2時間なんてことがよ~くあった。
つらつら思うに、トラウマがあった。

 高校に入る頃、父が土産にもらったコニャックを飲ませてくれた。
あ、おいしい。
 ひっそり寝静まった夜中、闇の中の茶の間で、いざ、テイスティング。
リキュールグラスというのだろうか。
お猪口のような小さなグラスで、二杯、三杯と飲んだ。

 突然、酔いは怒濤ごとく、やって来た。
Wa、WaWa~~、きもちわる~。
といっても、足元がおぼつかなく、あ、歩けない。
ほふく前進して、トイレに駆け込んだ。

 飲めるようになったのは、会社に入ってからだ。
ヤナギに飛びつくカエルの要領で、毎日、ウィスキーを飲んでいると、ハードルは徐々に上がる。
とうとうヤナギに飛び移ったのはいいが、クスリの効きすぎになった。
もはや、あとの祭りだった。手遅れだ。

 今でも、下戸時代の名残がある。
居酒屋があまり好きではない。
正しくは、居酒屋チェーンが苦手だ。
学生さんがイッキ飲みするようなお店は、ゼッタイに行かない。

 といっても、会席料理のように、これでもかフルコースってのも、風情がないなあ。

 ちょっと静かな路地裏などに、ひっそりある小体な呑み屋さんが大好きである。
本当は簡単ではないが、一見、簡単そうで、手軽な小料理でイッパイがサイコーだと思っている。
熱燗で、ちと粋な料理を知る。

 願わくば、和服の似合うちょっとだけ美人の、やさしそうな女性が、甲斐甲斐しく働いていたら、家ではもう飲まない。

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by nonoyamasadao | 2012-12-24 17:12 | 雑文 | Comments(0)

毎日がビールだった頃

 テレビ・ドラマを観ていたら、縁側で綾瀬はるかさんがプレミアム・モルツを飲んでいた。
黄昏どき、庭を眺めながらビールを飲むのも一興である。
マンションのベランダで、夜空を仰いで、グィッと飲むビールも満更捨てたものじゃない。
けれど残念ながら、今の棲家は周囲が低層マンションに『コ』の字に囲われていて、どこからも見られていると思うと、それはできない。

 20年前くらいに、東西線浦安駅内にビールの飲めるカフェができた。
給料日前の金欠になると、はやく帰宅して、家で飲むしかなくなる。
それでも家まで待てなくて、クラッカーのようなつまみで、駅内カフェで、クアーズを飲んだ。
他の銘柄では、ハイネッケンはあったと記憶している。
帰宅する仲間たちに見つからないとよいなあ。。。。と思いながら、びくびくして飲んでいた。

 旅先で米沢牛のしゃぶしゃぶを食した後、松が岬公園(米沢城址)を散策したことがある。
やわらかい陽ざしの中を、終わりの桜が散る橋のたもとで、ビールを飲んだ。
川面を桜の花びらがゆっくり流れてゆく。
何故だろう。
ほんの一瞬だったけれど、ちょっと、しあわせを感じた。今も覚えている。

 長門峡の緑陰の遊歩道を、歩いた夏もあった。
入口のお店で、鮎づくしの昼ごはんを頼み、ビールを飲んでいると、おかみさんから昆虫かなにかのご研究ですかと問われた。
なぜに、昆虫研究家に見立てられたのか。
今もって、謎だ。

 その後で、洗心橋の下の河原でのんびりくつろいだ。
被っていた麦わら帽子のつばが、川面の風にフワリと揺れて、気持ちよかった。
ここでの、川の流れはゆるやかで、あまり高くない空をトンボが飛び交っていた。

 秋の夜は、はるかの彼方に
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射しているのでありました。

 この詩の意味を、漠然と考えていた。
川はさらさらとさらさらと流れ、陽ざしは結構きつかった。
そばに、中也の詩碑があったなんて知らなかった。

昔、武蔵小金井に住んでいた頃は、お盆近くになると、いつも多摩川へ一人でぶらりと出掛けた。
川のある駅前の商店街は、お蕎麦屋さんが目立つくらいで、わりと閑散としていた。
お弁当などもちろん持参する訳もなく、な~んも持っていなかった。
その頃の水辺では、バーベキューを楽しむ人たちで賑わうこともなかった。

 高い丘には自転車が置けれ、年配の釣り人たちが長閑に釣り糸を垂らしていた。
今思うと、年配といったって、たぶん今のボクくらいだったのかもしれない。
タバコを咥えて、2本、3本と垂らした釣り人の釣り糸をボーゼンと眺めていた。

 川は藍を流したように深く青く、ゆっくりと流れていた。
遠くで小田急線鉄橋を、電車が軽い音を立てて走って行く。
河原の土堤で、高い青空の入道雲を見上げて、ぬるいビールを口にふくむ。
これから先の人生を暗示しているように、ほろ苦かった。

 空気の粒々はさっぱりした感じで、当時は、今のような仕事をするとは夢にも思わなかった。
毎年、夏がやって来ると、大変だったけれど、あの頃は楽しかったなぁと思う。

 世間では十分すぎるほど中年の年令だったけれど、ボク的には、なんとも微妙な季節だった。
かすかな胸の痛みと、淡いせつなさと、もう一度あの頃に戻りたい気持ちが、全部一緒に押し寄せる。

 まっ、どうってことはないけれど、毎日がスペシャルであったのである。

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by nonoyamasadao | 2012-08-17 22:08 | 雑文 | Comments(0)

枯葉の味

 今年のクリスマス・イヴも、ヤッパ大したことはなかった。
繁華街のしゃぶしゃぶ食べ放題、飲み放題で、しめて3,000円なりのお店へ行く。
ウ~ム、60代のおっさん3人で、イヴに食べ放題の鍋を囲むのはなあ。
ど、どうなんでしょうか。
それでも食べてみると、案外、おいしい。
おなかがいっぱいになり、満足して2軒目のお店に向かう。

 奮発してカシミヤのセーターを買った時に、店員の若い女の子が、今夜はホワイトクリスマスですと言っていた。
寒いけれど、そんな雰囲気はないなあ。
 お城が闇にくっきりと浮かぶスナックで、瓶ビールを飲む。
イヴなのに、焼酎を飲むおっさんたちで賑やかである。
夜桜お七のカラオケを聞きながら、突然、靴下を裏返しにはいてたことに気づく。
えーい、知らんぷりしてストゥールに座ったまま、履き替えてしまえ。
結構ジタバタしつつ、履き替えに成功し、なんとなくホッとする。

 それにしても、雪とは無縁だよなあ。。。と闇夜を恨めしく眺める。
2粒の真っ赤なつやつやの苺をヘタごと食す。
昔、ヘタには雑菌があるから食すなと言われたことがある。
枯葉のような味がした。

 衣良がイライラするマンガの『バナナブレッドのプディング』だったと思う。
バナナブレッドのプディングは、かさかさ、枯葉の味がしたとのセリフがあった。
バナナ大福、バナナマシュマロ(こっちは子どもの頃によく食した)もうまそうだが、バナナブレッドのプディングなるもの、一度食してみたい。

 宵の街をタクシーで帰るときに、百貨店のアーケードのアーチが例年のように紫に縁どられていた。
百貨店の外壁に、森の形のクルスマスツリーが何本か浮かんでいる。これも例年通りである。
煌めく街路樹が並ぶ中、イルミネーションは、深夜には、消えるのだろうかと酔った頭をかすめた。

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by nonoyamasadao | 2011-12-25 10:42 | 雑文 | Comments(11)

荒れ狂うように飲んでいた

  大みそかと言えば、来年は何をしようとか、紅白を見ながら年賀状を書いたりするのだろう。
そのような厳かな試みは縁がなかった。
年のせいか、今年は初もうでなどしてみようかと考えている。
と言っても、今の集合住宅のすぐ裏が神社なのだ。
そういえば除夜の鐘も、聞いた記憶がない。遠い昔、荻窪に住んでいた頃にかすかな記憶がある。

 大みそかにホテルに泊まったのは、この地に来てからだ。
『有頂天ホテル』のようなドラマもなく、夜の町に出て、食事でイッパイと思ったら、完全なゴーストタウンになっていた。
なんとも所在なく、これなら自宅の方がましだと思った。

 大みそかに、西伊豆の土肥から帰ってきて、昼下がり、京橋郵便局そばの『力鮨』でイッパイ飲んだことがある。
土肥が外れだったので、白身魚の刺身が美味だった。
今でも覚えている。我が食への執着、恐るべし。
福岡の友人はその足で帰省し、残された東京組は『E.T.』を有楽座で見た。

 20代の前半の元旦に、日比谷映画で男二人で映画を見たこともあった。
そば屋でイッパイと思ったら、そば屋は店を閉じていた。
そりゃそうだ。
元旦に年越しそばは食わない。
探し回った挙句、有楽町のガード下に一軒だけ空いている店を見つけた。
『天米』だった。天麩羅の盛り合わせでイッパイ飲んだ。

 ネット検索したら『天米』はまだ、健在なのですね。
なんだかうれしい。
その日は本八幡の友だちの家に泊って、母上が作られた酒のつまみでウイスキーを飲んだ。
翌日は本八幡『アラジン』でストリップを観て、昼からイッパイ飲んだ。
酔っぱらって、待ち合わせの銀座の喫茶店に行ったら、二人して、それぞれの女友だちに呆れられ、冷たい視線を浴びた。
結局、友人は結ばれ、ボクといえば・・・、ムムム、現在に至る

 荒れ狂うように飲んでいた。よく立ち直ったとも思うが、懐かしくもある。まあ、懐かしんではダメなのだが。

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by nonoyamasadao | 2011-12-12 07:58 | 雑文 | Comments(8)