いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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振り返ると桜

 桜の開花宣言の後、このところ、雨降りである。
雨の上がった合間を見計らって、スーパーに出掛ける。
まだ寒い。
キッチンから見下ろせる高校の桜は、一番、いいころに差し掛かっている。
フム、あらためて、学校に咲く、桜はよいものだなと、感心して見入ってしまった。
希望と感傷が入りまじった、微妙に揺れる少年だった昔に還ったような気がするからかもしれない。
なつかしい気持ちでながめると、桜はうつくしい。

 大通りのソメイヨシノの並木の花見には、出掛けたいとは思わない。
寒いせいか、年令なのか、ニット帽でないと、風邪ひきになりそうな気がする。
この地には、桜が多く、学校の桜のほかに、小さな桜の公園、覆いかぶさるような楠の大木の手前の桜も美しい。

 県営住宅の前庭の桜は、もう葉が出だして、下の自動車の屋根は、白玉模様だった。
ちらと桜を見上げると、風もないのに、ちら、ちょっと間があって、また、ちらと花びらが舞い降りる。
 
 しかし、最近、思うのである。
左右に大きく枝を伸ばした桜より、すこし、小振りな桜の方が美しい。
おじさんたちがお酒を酌み交わし、じきに、桜などど~でもよくなって、BBQだのカラオケだののどんちゃん騒ぎには、巻き込まれたくないなと思う。

 スーパーのいつもの帰り道で、学校の桜を、ああ、この季節がくると進級したんだなあ。。。と少しだけ痛みを伴った気持ちで見ていたら、小さな女の子が、雨は降ってないのに、白い花弁のついた赤い傘をさして、よぎっていった。
おや、と思うと同時に、な~んか、いいなとすこしあたたかな気持ちになる。

 フム、危ないな。弱ってきたのかな。
そのうち、盆栽の桜に、じぃーっと見入っている自分がいるような気がする。
な~んか、そんな気がするんだよね。


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by nonoyamasadao | 2017-04-08 16:29 | 雑文 | Comments(0)

ワイルド系男子はどこへ行った?

 今年も、あまり梅を見なかった。
な~んか、バタバタしているうちに、季節は変わっていた。
早春の匂いを連れてくる、黄色い花をつける蝋梅なども見逃した。

 唯一、スーパーで買った赤い木瓜の鉢植えが、色合いが変化して、楽しい。
といっても、鉢植えだし、こころもち、色にいきおいがない。
まあ、元気溌剌だけが取り柄のようにしか見えないダリアとかヒマワリは、どうも相性が悪い。

 ぼーっと、陽が高く上った空をながめていると、白いちぎれ雲が、あれよあれよという間に、流れていく。
あ、この間、長年の懸案だった舗道を隔てた隣の黄色いマンションの先に蝟集して咲く、白い花の正体を突きとめた。
電話で呼んだタクシー会社の配車係の人が、空車がそばにいないので、遠くから来るとのことで、ならば白い花を見に行こうと思った。

 遠目でも、たぶん、白モクレンに違いないと思ったけど、やっぱ、そうだった。
ボクは、40代のころまで、この純白の大輪花が、どーも不得手だった。
ふっくらとした、肉厚のゴージャスな花という印象で、いきおいがありすぎるように思えた。

 ところが気づくと、50代になるころ、妙に、気になる樹木になった。
人生にくたびれたのか、はたまた弱ってきたのだろうか。
白モクレンが咲くと、周囲がパッと明るくなり、陽光に白く輝く。
沢山のロウソクを立てたように、浮き立つように咲く。
ウ~ム、嫌いは好きと同義語か。

 去年は、インフルエンザ予防接種をしたので、まわりの人はバタバタと倒れたけれど、インフルにならなかった。

 大好きな渡瀬恒彦さんが、亡くなった。合掌。
オンシジュームが、大好きだったそうだ。
知らないので、検索をかけると、甘~くよい香りがするという。
な~んか、乙女チックな感じのする、らしくない黄色い花だが、フム、黄色のフリージアのように、ボクでも好きになりそうだ。
 
 最近、日に一度は、甘いものを食す。
今週は、人前で話をしなければならないし、来週は人間ドックがある。
やだなあ。
どっちも、不安がイッパイだ。

 かつての野卑で卑猥系のワイルド男子は、どこに行ってしまったのだろう。


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by nonoyamasadao | 2017-03-19 13:41 | 雑文 | Comments(0)

なぜか、黄色フェチ

  子供のころから、黄色が1番、好きだ。
老母の高血圧の薬をもらいに行くタクシーの中で、どーでもよい、くだらないことを思い出す。
なぜ、黄色だったのだろう。

 ところが、不思議なことに、菜の花やヒマワリの黄色は好きではない。
今となっては、菜の花の辛し和えなど大好物だが、菜の花畑に一人、立ってみたいとは、およそ思わない。イヤだ。
映画『ひまわり』のように、あたり一面を埋め尽くしたひまわり畑に、ソフィア・ローレンのように、立ち尽くしたいなどと、夢にも思わない。
まあ、ひまわりも、菜の花も、子供のころは、あまり興味なかった。
好きなのは・・・と思いを巡らすと、ああ、ヤマブキは好きだった。
メロンパンも好きだった。
そういえば、タンポポもあまり、興味はなかった。

 理由は不明だが、子供のころのお絵描きの時間では、黄色を多用したのは間違えがない。
赤でもなく、青でもなかった。
フム、結局は謎だ。

 後年になって、家を構築するころに、植栽として、トサミズキ、サンシュユ、マンサクなど黄色の花の美を再確認する。
ああ、そうだった。
生まれながらにして、バナナは大好物だったが、当時は高価であったし、まるごと1本食すのを禁じられたうらみかもしれない。
食い物のうらみは、げに怖ろしい。
ついでに思い出した。
子供のころに、母にくっ付いて行った、銀座、若松の粟ぜんざいは、ことのほか美味だったし、真っ黒いアズキの中の宝石のように美しい黄色のつぶつぶはきれいだった。

 サザエさんのマンガで、粟餅だと思っていたら、高野豆腐で、ガッカリというのも記憶している。
してみると、その頃から黄色フェチだったのは、間違えがない。
だからと言って、生まれてから、ただの一つもイエローのワイシャツやスーツなど、着たことがない。
そもそも、ボクのようなブサイクではなくても、アイドル系男子だって、う~ん、問題あるなあ。

 スーパーに行くと、黄色い石鹼とか、スプレーとかあると、つい買ってしまう。
だから、黄色には、なにがしかの因果関係はあるのだろう。

 タクシーは、飯田山を遠くに眺めながら、秋津のレイクタウンに向かう。
途中で健軍商店街の復興の真っ盛りを見ながら、ああ、よかったと、ホッとする。
遠くに揺れる飯田山は、熊本の富士山だというのは、よくわかるような気がする。
山の頂きが、穏やかで丸くて、とても優美だ。

 秋津の住宅街を抜ける時に、車窓から、満開の白モクレンや、鈴なりのコブシの花を見る。
目に真っ白が飛び込んできて、頭のなかも、真っ白っぽくなる。

 色・ホワイトブレンドになった。


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by nonoyamasadao | 2017-03-14 21:01 | 雑文 | Comments(0)

アプリコット・ジャム

  新刊小説を2冊、買った夢を見た。
夢の中で、こんな高い新刊小説を買ったのは、久しぶりだな。
値段も高かったし、上下2巻だから、つまらないと後悔するだろうな、でも、きっと面白くないに違いない。。。などと、クヨクヨ考える。

 朝起きて、食パンに、あんずのジャムを塗りながら、はて、あの夢の中の本は何だったのかなと、しばし、考えるが、思い出せない。
アプリコット・ジャムか。
すごく、久しぶりだ。
あんずの形のジャムを塗ると、すべるように、薄くのびた。
食べると、甘酸っぱいような、なんとも形容しがたい味がする。
しばらくして、ああ、この味は、子供のころに、駄菓子屋で食べた味だと気づく。
う~ん、こういう安っぽい味も、懐かしくて、な~んかいいよね。

 以前、たくさんのジャムを集めるのが、趣味だった。
マーマレード、イチゴ、マンゴー、アップル、ブルーベリー、ウメなど、いつも六種類くらい揃えた。
深夜、冷蔵庫に並べて、ひとり悦に入って眺めていたら、老母にしっかり見られたことがある。
ジャムは傷みがはやいので、何種類も買うのはバカだ、と老母に叱られたのを思い出した。

 20代から30代の後半までの、二日酔いの翌日の日曜日の朝は、いつもこ~んな感じだったなあ。
ぼんやりしながら、新聞をひらくと、村上春樹センセイの新刊の『騎士団長殺し』の広告の活字が飛び込んでくる。
ああ、そうだった。
夢の中の新刊本は、『騎士団長殺し』だった。

 インスタントコーヒーの濃い目のブラックを飲みながら、まっ、古本になったら、ネットで買おうと誓う。


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by nonoyamasadao | 2017-03-12 18:43 | 雑文 | Comments(2)

酔った頭で

 あのさ、梅のほころぶ頃に、飲み会をやろうよと言ったのは、たぶん、ボクなんだと思う。

 この頃、寄る年波ゆえに若い人たちに励ましのお言葉をどうぞ。。。という年令になった。

はてさて本当に困った。

人前でしゃべるのが、どーにも苦しみ以外のなにものでもない。

どーせ、誰も聞いちゃいネ~ぜと思っても、そうもいかない。

今、無い知恵を絞って考えるのは、前を向いて。。。とか、楽しい人生を。。。とかしか思い浮かばん。

ドラマだったら、自分の未来に恋をしましょう。。。とか、そりゃ、平気で言える。

でも、ここがキモだが、言葉はドラマのように、軽くなく、実は重い。

木の葉が湖面を優雅に、ゆら~り行きかうような、そんなもんじゃない。

 宴の後、若い女性たちが、気遣ってくれるのは、光栄だけれど、まだまだ足腰はしっかりと、たつので、心配してくれるのは大きなお世話だ。

でも、たぶん、そんな心配を抱く危うい場面も、きっとあったんでしょうね。

記憶にはないが、そんなことだろう。

 最近、昭和のドラマのDVDを結構見てる。

昭和なら、おまえは向田邦子の世界か。。。などという軽いもんじゃない。
向田邦子さんは才人だが、ボクにはマイナーポイエットだ。

個人的には昭和を代表する人じゃないんだ

代表するのは、やっぱ、源氏鶏太であり、丹羽文雄であり、井上靖であり、松本清張だろう。

近来だと、川上弘美さんはやわらくて、あたたかくて、理性が利いてて好きだ。

あとはあまり、不勉強でしらない。

エッセイなら、好き嫌いはひとそれぞれあるでしょうけれど、山口瞳さんはうまかった。

個人的には、メジャーになる前の長部日出夫さんの、石井均さんの追っかけエッセイとか、パセティックで好きだった。沢木耕太郎は、大袈裟で、ドラマを作るから好きじゃない。

双葉十三郎先生のお遊び口調で、辛い映画評も、文章がとてもお洒落なので、ああ、これもエッセイで読めるなぁと思う。

以下、正直、世間様全体を敵に回すことを覚悟して書く。

一度たりとも、サザエさんが見たいと思ったことはない。つまんね~。スケールちっちゃいし・・・。

長谷川町子さんのマンガは、たしかに達者なものだったし、品性もあった。

でもね、同じように、ディズニーランドは一度も行かなかった。やっぱ、趣味なら反体制なのかも。ウォルトディズニーは、稀代の才人だったのでしょうねえ。

 若い人たちとお酒を飲んで、いくぶんかの憂いの種も消え、タクシーの乗るふりをして、ゆらり、ゆらゆらと歩く。

白梅の匂いが、つんとする。

見えないけれど、そうに決まっている。

さみしさとよろこびという言葉が、自立反転・転化するような気分で、歩く。

 寒さが少しぬるんで、ああ、エラ~イ先生の宮沢賢治さんの『注文の多い料理店』とか、太宰治さんも『やんぬる哉』、そんなことを書いてたのかなと邪推する。

畏れ多くもかしこくも・・・だが。

 ああ、あしたは、仕事がない日だ。俺は、星野源の歌は嫌いだ。さだまさしのように。



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by nonoyamasadao | 2017-02-16 00:44 | 雑文 | Comments(0)

風を切って

 大学のころ、1年遅れで、早稲田ミステリ倶楽部ーーー略してWMCへ、大学の2年次になって入部した。
今は、ワセミスとかいうらしいが、よく知らない。
WMCは、よくも悪しくも、個性派集団で、排他的でありつつ、妙な凝集性のあるサークルだったと思う。
ボクの青春は、すべて、そこにある。

 と言ったって、ボクの場合は、ドラマティックなことなど、な〜んもなかった。
大学の2年次以降、3年次、4年次と、そのサークルの集合場所だった『モンシェリ』という喫茶店に、終日、入り浸ってた。
終日というのは、陽の照っている間という意味である。

 夕暮れの気配が漂う頃になると、授業にも出ないで、倶楽部に入り浸っていたことに、当初は少し、後ろめたい気分になった。
夕陽が輝くほんの瞬間だけ、後ろめたさは残った。
それは、確かにほんの一瞬で、早稲田界隈に夕靄が立ち込めるころになると、あっけなく忘れた。

 ようは、勉強も何もしないで、まるごと一日、ミステリや映画に捧げた、かなりオーバーランした愚行の青春である。
正当化できるわけもないが、なぜか、ボクの裡では、それでよかったのだ。。。と、じつは、心底、そう思っている。

 山田詠美さんのいう、ステキな時間の無駄遣いとは、程遠い。
金はあれば、ありったけ、使った。
けれど、早稲田から鬼子母神方向に向かう、うるむ夕日が差すころの都電荒川線に乗ったことはなかった。
悔やまれる。

 でも、今現在、ネット検索しても出てこないような本邦稀な駄作推理小説やイモ映画を主体に、いっぱい読書し、映画を観ててよかった。
ムダこそ、凄い財産だ。

 人は誰も評価しなくても、ボクが好んだ作品のあるフレーズとか、情景は、今だって鮮明に蘇る。
めぐりめぐって、時がたって、人に伝達したくても、だ〜れも知らないミステリや、当時、好きだな〜って思った映画があるなんて、とっても素敵なことだなと、今になって思う。
どのくらいの人が観て、好いたり嫌ったりの記憶にとどめている人はどれくらいいるのかな。
大体、作者が健康で、楽しく暮らしているのかなあ。
などと思うと、ああ、リアルタイムの読書とか、映画っていいよねって思う。

 日の翳った早稲田の街角を、地下鉄東西線の早稲田駅に向かって歩いたら、な〜んか、泣きたい気分に似た懐かしさに襲われるのではないかな。。。と、遠い地で、想像を膨らませてる。

 今日、夕暮れの街角に立って、ぼんやりと信号待ちしている間、そ〜んな事を思い出していたら、軽い胸騒ぎがした。
遠い昔のこと。きっと、誰も知らない。
ああ、そ〜なんだよね。ワタクシの人生における、読書とか映画は、そんなもんだった。
でも、それでいい。
 
 風を切って、歩いて、家まで帰る。


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by nonoyamasadao | 2017-02-07 19:51 | 雑文 | Comments(4)

ハッピー

  土曜日なのに、仕事部屋に行く。
ひざしはそこそこなのに、まだ寒い。
ばかに車が混んでいるなあと、いつもの通り道の車道を横目で眺めると、びっしりと車が並んでいる。
ああ、県立の劇場で、なにやら催し事があるみたい。

 立春である。
己が無知を天下に晒すようであるが、節分と立春が隣り合っていることを、昨日まで知らなかった。
節分は季節を4等分する意味もあるらしいし、朔旦立春となると、ボクが88才の年齢になるときに、やって来るらしい。
朔旦立春は、42才の時もそうで、その時は、今の仕事に転職を決めた年だった。
その前の朔旦立春は、4才で、生まれ育った大宮から、杉並の荻窪に引っ越した年だった。
88才には、なにが起こるのだろう。
むつかしいとは思うけど、願わくば、88才まで、この世で生きていたい。

 昨日は、ネギトロの恵方巻で、北北西に向かって、大口で一口、丸かじりした。
これじゃ、意味ないどころか、イカンのかもしれない。
ただしくは、黙して、一気呵成に、太巻きを全部、食さないといけないみたいだ。
フム、我が老母は、何も言わずとも、自然にそうしていた。

 通り抜けの、ブルーシートを被った大学に行く途中に、真紅のツバキの花を見た。
裏門の通路を抜けると、紅梅の木に小さな花が、いくつもくっついてた。
一言でいうと、可憐にして、ちらり妖しく、清潔にして、ややセクシーが持ち味だ。
こういうのが大好きだ。
昔の裏門は、今のようなバリアフリーではなく、サザンカの生垣を抜けると、ほころびだした紅梅に出逢って、ああ、春が立つなと実感した。

 通り抜けの大学の向かいのスーパーで、生タラバ蟹、白菜、春菊、ネギ、エノキ、トーフなど買う。
陽の高い帰り道に、♪1 2 3(ワンツースリー) あの三叉路で 1 2 3 。。。。というキャンディーズの曲が、頭に浮かんで、そしたら駆け巡る。
そうだよな。
梅 ハクモクレン 桜とワンツースリーで、咲くんだよなあ。

 最近、筍の穂先とタラの芽の天ぷらなどの季節で、スーパーで買ってよく食す。
もう少したつと、早期退職の友人や、特任の先輩たちと、♪軽く手を振り、私達、お別れなんですよ~になるのですね。
「サヨナラ」ダケガ人生ダ。。。って、誰の訳だったっけ。

 青い空を仰いで、ああ、そろそろ、空豆のさやごと焼きの季節であるなぁと呟く。
幸い、今日は飲める日である。
ハッピー。


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by nonoyamasadao | 2017-02-04 19:01 | 雑文 | Comments(2)

新年を迎え、かく語りき。

 昨年の暮れに、同僚の同い年の友人と、夕の5時から飲み放題の鍋料理屋さんに行く。
なんだか、学生さんみたいだねと言いながら、飲み放題だから、盃をかさねる。
当然、2時間も経過すれば、ただの酔っぱらい状態だ。
ただの酔っぱらいと、ちと違うのは妙なプライドが邪魔する。
つまり、昔取った杵柄を見せてやる。。。とばかりに、この同僚と一緒だと、やけに意気軒高となる。
昨年の春には、この友人とは、カラオケオールとやらを、60の半ばすぎて、達成したばかりだ。
案外、安くつく。
というより、じーちゃんたちの若い頃がその時だけだが、鮮やかに蘇る。
思えば、昨年の暮もヤな予感がした。
結局、明け方近くの、3時近くに、歳末のタクシー乗り場にエンエンと並ぶ羽目になる。
でもねえ、これって、病みつきになりそうって方が、コワイ。

 カラオケしていて、そういえば、会社時代に歌唱力のある友人が、♪紅茶のおいしい喫茶店〜。。。と歌っていたのを思い出す。
そして、白いお皿にグッバイ……バイ……バイと続く。
その友人は、残念なことに美しい女性ではなく、男性である。まあ、いつものことである。
だが、彼は柏原芳恵さんと同じに、1オクターブ上で歌った。
そして、石川ひとみさんの♪好きだったのよ……あなたの『まちぶせ』へと進んだ。

 しかしだ。当時から抱いていた、疑問を20数年ぶりに思い出す。
紅茶のおいしい喫茶店はあまり知らないし、紅茶以外は、その喫茶店では、おいしくないのかという、素朴な疑問である。
思い返すと、幼少期からひたすら憧れていた、イギリスのアフタヌーンティは、本当に、おいしいのか。。。などと、疑問が果てしなく続く。
ああ、ロンドンの有名な百貨店のハロッズ (Harrods)で、紅茶を飲んでみたかったぁ。

 紅茶は水色が美しい。
恋はみずいろのみずいろではなく、すいしょくのことである。
限りなく、透明度が高いオレンジ色や赤だった。根拠なく個人的な好みだと、断然、赤だ。

 今や、インスタントばかりだから、紅茶よりもコーヒーの方がおいしく感じる。
でも、ある銀座のお店のアップルティーは、おいしかったなあ。
と書くくらいだから、本当は、あまり、紅茶の味も、コーヒーも、日本酒も、たいして、味などなどわかっちゃいない。

 ああ、今年も新年があっけなく過ぎて行く。
センター入試があって、それが終わると、卒業式か。
かくして、また、新しい、そして残り少ない現役の1頁が開くのだな。


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by nonoyamasadao | 2017-01-14 19:25 | 雑文 | Comments(2)

おはよう今年

  今年最後の日。
まだ年賀状を書いていないので、朝の七時前に起きて、少し、書きだす。
外はまだ、暗い。
すくない数なので、一応、宛名と数行の言葉は、手書きだ。
今日、投函すると、いつごろ到着するのだろう。
 川上弘美さんだったと思う。
大みそかに、年賀状を書いて、おせちを少し作って、紅白を少し見て、おやすみなさい今年と言いながら眠る。。。とエッセイに書いてた。
SMAPも出ない(といっても、俄かファン)紅白は、たぶん、見ないと思うが、二日酔いになる少し前くらいまで、お酒を飲むと思う。
どうせ、深夜の2時過ぎになる。
だとすれば、年が変わって、年の最初に向かって、おやすみ今年。。。はどうだろう。出逢いの挨拶抜きのサヨナラみたいだ。
明日、起床の時、おはよう今年。。。と挨拶することにしよう。
明日、晴れだとよいなあ。

 このところ、寒い。
老母が腰痛のため、あれこれとせわしないが、どーせ、あちこちに買い物に行く程度である。

 立原正秋さんのエッセイをパラパラと読んでいたら、「造花にしたがい四時を友としたのは芭蕉だ」というくだりがあった。
ん?、一瞬、芭蕉の時代に造花などあったの?。
午後の四時が友達とは、まじ意味わかんない。。。と、ギャル言葉で呟きたくなる。
まあ、理解できていないのは確かで、ネットで調べる。
どうやら、自然(造化)にしたがって、四季(四時)を友達にする、と言うことらしい。
インターネットは、まことに便利なものである。

 今年は、サルスベリもサザンカも、ほとんど意識して見たことはなかった。
そっか。サザンカなら、例年だと、すぐ隣の隣の高校の鉄柵の生垣のあちこちに咲いている。
年賀状を出すときに、ちょっと寄り道して見てみよう。

 本当なら、大つごもりの夜は、お隣の独身の料理研究家(華道か茶道の研究家でもよい)の美女と一緒に、酒盛りするはずであった。
すくなくとも、妄想の世界ではそうだった。

 こうして、今年も一年がすぎて行く。



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by nonoyamasadao | 2016-12-31 10:09 | 雑文 | Comments(0)

年の瀬の独り言

  今年も、いよいよ押し迫ってきた。
今日は、哲学者のW.ジェームズの地震は、悲惨なものだけれど、破壊から、何かの始まりを予感させるような超楽観的なエッセイを読んだ。
瓦礫からの創造か。
かくありたい。

 最近の青春ドラマは、どーもボクには面白くない。
有村架純さんとか、桐谷美玲さんとかご贔屓のタレントは魅力的なのに、砂をかむ思いだ。
どうやら、相手役の男性や物語展開に問題が、ありそうだ。
比較的、最近のタレントさんで好きなのは、森山未來さん、『Q10』の佐藤健さん、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』のバイプレイヤーの高橋一生さんくらいだ。
それぞれ、個性があった。

 まあ、客観的に見れば、ボクの感性が時代から大きく乖離したんだろう。
最近のイケメン男性のヘアスタイルでは、前髪が額をスッポリと隠すほど垂らす傾向があるようだ。
昔の少女マンガの、眼の中に星がキラキラ時代の男子に、似ている。

 むきになるわけではないけれど、ボクだって、うんざりするほど髪が伸びたころがあった。
髪の毛が目に入ると、カッとした怒りを覚えた。

 この頃の若者はなどというと、年寄りの口ぶりである。
ボクにも、その季節がやって来て久しい。

 しかし、どの男性タレントさんも、恐ろしいくらいに陰影がない。
もしくは、屈託がまるでない。
きっと、せんべいを齧らずにチョコなど食し、みたらし団子を頬張ることなく、ケーキでも食してきた咎だろう。
そういえば、ある少女マンガを読んでいて、ヒロインの相手役の男子が、まったくの没個性で、ノッペラボウに見えた。

 ボクが大学最後の年だったと思う。
『冬物語』という、恋愛ドラマがヒットした。
浅丘ルリ子さんの相手役は、まだ30になったころの原田芳雄さんで、手負いの獣のようだった。
くぐもった、しわがれ声で、ボソボソしゃべる。
前髪が額を覆うようになっていたけれど、かっこよいアンチヒーローだった。
細身のミスタースリムを咥えて、タバコを吸うシーンに、痺れた。
さっそく、それを真似て、セブンスターからミスタースリムに変えた。
これが高くつく。
まあ、格好だけまねたって、中身が伴ってないので、同じ寡黙でも、異性としゃべれないのと、しゃべらないのは大きく違う。

 今や、ソース顔、ショーユ顔の時代を経て、塩顔の時代だそうだ。
そうかい、そうかい。
味噌、醤油、塩なら、塩ラーメンが一番、好きだ。
白菜、椎茸、ニンジンなど野菜たっぷりだし、胃にやさしい感じだ。

 ↓穴沢ジョージさんのブログが素敵だったので、マネして。


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by nonoyamasadao | 2016-12-28 23:18 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)