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デイ・ドリーム・ビリーバー

  NTTドコモのCMが楽しくて、ゴヒイキである。
まあ、堤真一さんと高畑充希さんの絡みが、見どころだ。
ケバメに決めた、ボディコンのタイトスカートでブルゾンみつきが参上し、オフィスを闊歩するあたりから、連続性のあるこのCMは、どんどんエスカレートしていった。
どこまで行くのかしらと、思っていた。
案の定、CMのタブーである上司・部下の不倫関係の距離感の、エレベータ内の今のCMに至る。

 いいのかな。。。と思いながら、高畑充希さんのオーバーアクティヴな演技が面白い。ハマったかな。
アニメの『ひるね姫』の主題歌の「デイ・ドリーム・ビリーバー」をyoutubeで聴きながら、う~ん、よい詞だなあと思う。

 モンキーズの『ザ・モンキーズ』は、そう、高校2年生の冬だった。TBSテレビで、見た。
「デイ・ドリーム・ビリーバー」も、リアルタイムのヒット曲で、ラジオでよく聴いた。
モンキーズは彗星のように現れて、あっという間に、流れ星のように漆黒の闇の中へ、その光点を消していった。

 「デイ・ドリーム・ビリーバー」と言えば、訳詞ではなく、独自の歌詞をつけた忌野清志郎さんを思い出す。
いつも、学生運動家か土木作業員のようないでたちで、日本語で歌っていた。
当時は、およそ興味なかった。

 振り返ると、井上陽水さんの名盤だと思った『氷の世界』の「帰れない二人」の詞は、ボク的には退屈なだけの、同じアルバム内の小椋佳さんの「白い一日」と較べると、遥かに心に響いた。
なのに、清志郎さんとは、相性が相当悪かった。
「い・け・な・いルージュマジック」は、パンクファッションやエキセントリックな行動がどうにもダサク感じて、違和感だけが残った。
あざといなって、思った。

 当時、本社が千歳船橋にあって、地下室の会議室にプロジェクトチームとして、終日、蟄居していた。
お昼になると、2階にいるOLさんたちが、注文していた出前を、業務用のエレベーターに乗せて、地下まで下降させて、運ぶ操作をしてくれた。
そのプロジェクトチームのまじめな、メガネをかけた、とてもプログラミングに才能があった典型的な理系女子が、忌野清志郎さんの熱狂的なファンだった。
追っかけをしてて、本人曰く、ライブに行くと、人格が変わるほど、RCは弾けるのだという。あな、おそろしい。

 彼女が、自宅かどこかの庭で写した、くつろいだ和服姿の清志郎さんの写真を見せてくれた。
スナップでは、閑寂な空気が流れ、すこしはにかんだ清志郎さんの目に、かなしみの影を見つけた。
でも、鎌倉文士的佇まいだなと思った。
ああ、これが、彼の本性だなって思った。不思議なくらい、違和感はなかった。
けれど、彼の音楽性に魅力を感じなかったし、時は過ぎ、清志郎さんは逝った。

 たぶん、セブン・イレブンのCMのせいだろう。
彼の「デイ・ドリーム・ビリーバー」の詞の1部だけは、よ~く、記憶していた。
♪ずっと夢を見て 幸せだったな
♪僕は Day Dream Believer そんで
♪彼女はクイーン

 高畑充希さんのアニメのPVの「デイ・ドリーム・ビリーバー」は、清志郎さんのコピーだ。
じっくり、聴くと、ステキな詞で、けど、どこかさみしい詞だなあと思った。

 朝早めに、目覚ましが鳴って、ケンカしたり、仲直りしたりして暮らしてきた、別れた彼女を懐かしむ歌かなと思いつつ、じっくり聴いていると、どーも、違う。
まあ、ファンの人には、有名なのでしょうけど、清志郎さんの記事を読んで、ああ、そうなのかと得心がいった。
この彼女ってのは、彼の亡母への追慕の総称だった。
彼は、出生の秘密を、育ての親が亡くなってから、知ったという。
ならば、彼女が生みの親か、育ての親かは、どちらだっていい。
個人的には、まだ見ぬ、3才で死別した母のような、気がしないでもない。

 どちらにしても、ずっと夢を見て 幸せだったーーー夢信者には、変わらない。
う~ん、ちょっと、泣きそうになるようなグッとくるせつなさを、久しぶりに味わった。
清志郎さんに、合掌。

 願わくば、リアルタイムで、1度くらいは、ちゃんと聴いてみたかったな。NHKのSONGSとかでね。

 そろそろ、今年も12月なんですね。↓この女優さん、歌、うまいです。


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by nonoyamasadao | 2017-11-24 20:48 | 雑文 | Comments(0)

街中のパン屋さん

 秋の寒さらしきものと、インフルらしきもの到来の季節だ。
だが、我が 仕事に、大きな手直しが必要となった。ムム、辛い。
晩飯の買い出しをして、食後にテレビを見ながら、締め切りがあるので、深夜まで思い詰めて仕事をする。
この程度のことは、若い時なら、土曜から日曜にかけて完徹で、楽勝で、仕上げたのになあ。
そりゃ、疲れたけれど、日曜にはゆっくり寝て、月曜日には仕事を定時に終えて、夜は飲みに出掛けた。
でも、この仕事は、しばらく続くだろう。じつは、それもあり難き哉の心境もある。

 まあ、こんなことは、昔なら、いとも易々とやってのけたものだ。
ロートルになったんだなあ。
こうして文字にすると、己が限界が明瞭となり、なんだか、あらためて、さみしさが増してくる。
でも、幸せはささやかなるものをもって極上とする。。。のである。それが、大人さ。
だったら、まっ、いっか。

 我が地の街中に、他が店仕舞いしたために、一つだけになったデパートがある。
道路を挟んだ隣に、店に名前が横文字で書かれ、パンの家という日本語が添えられた看板のかかったパン屋さんがある。

 いかにも街角のこじんまりしたパン屋という風情である。
レンガ造りの縦枠と丸太を使った横の流れが調和した外装は都会的で、いかにも若い女性が好みそうだ。
『ユー・ガット・メール』のNYのアッパーウェストサイドのメグ・ライアンの経営する、小さな絵本専門店を思い出した。
そう、オサレな感じである。

 若い女性が好きそうだなどと書くと、わっ、若いという言葉に過剰反応されて、立ち往生した苦い記憶が蘇る。
まあ、いかにも、女性好みのパン屋さんだ。

 実際、老いも若きも入り乱れ、狭いお店は、女性だけでひしめく。
朝、昼、夕は、OLでイッパイだし、いついかなるときも、デパート帰りの人や、目抜き通りからも人は流れ込んでくるみたいだ。
そんな、ごく限られたスペースで、男一匹が女性群像にまじって割り込み、パンを探すのはまことに気恥ずかしい。
若い時だったら、卒倒しないまでも、立ちぐらみするか、パニック障害になっていたかもしれない。
いやあ、たくましくなったというべきか、破廉恥な人間になったというべきか。後者だろう。

 店の広さの割に、実にさまざまなパンがある。
しかも、みな美味だ。
甘い系のパンと、食事系のパンがほどよく、ミックスしてて、バケット系がさらに美味だ。
食事系のパンとは、焼きそばパンのような一般の発想と境界を画した、一捻りした、がっつり食べる系の総菜が詰まったサンドとかだ。

 でも、トングを使って、トレイにのせる心の余裕など、まったくない。
ささっと見つけ、わしづかみし、胸に抱きかかえて、レジへと駆け込む。
そして、脱兎のように、風の中を走って逃げ帰る。クリスマスの5週間前が(わかる人には分かる)近い。

 ほらね、三昧ブレッドを買い忘れた。


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by nonoyamasadao | 2017-10-29 11:43 | 雑文 | Comments(2)

こたつには、まだ早い秋

  昔、9月に入ると、衣替えだった。今は、どうか知らない。
夏の陽ざしがじりじりと照りつける日々は、遠くなって、このところ雨の日が続いた。

 やっと、肌寒くなる。
今までの人生で、いくつかの旅はしたけれど、目くるめくような錦秋の秋は未だ、未経験である。
山田線で、宮古に向かうときに、すこし、そのような気分を味わった。
激しい恋のように紅蓮に燃え上がる山や、はぜる火花のように降りしきるモミジの紅葉など、しらない。
もっとも、そのような過剰は、今となっては、疲れるだけだ。

 もう少したつと、日暮れが早くなる。
そんな時間になると、荻窪の社宅にいたころ、庭の鉄平石の飛び石を、ワン、ツー、スリーと言いながら、一人飛ぶ、遊びをした。
みんな、小学生なのに、英語のお勉強などで忙しくて、誰も遊び相手がいなかったころだ。

 夜になると、ご近所のどこからか、キンモクセイの香りがして、夜の匂いにまじって漂い、やがて、どこかに去って行った。
この地でも、昨日の深夜、同じ気分を味わった。
青白い月明かりも、同じだった。

 友人からのメールで、ビートルズ好きの、もっともハイブラウで、ウィッティだった同級生が、逝去したのを知る。合掌。
そっか。こうやって、一人一人、消えていくんだな。

 亡くなった同級生とは、高校そばラーメン屋に、二人で行ったことがある。
ボクはラーメンスープを残らず啜り、彼は、汁は半分以上を残した。
都会的洗練とは、そういうものかと思った。

 高校から、一人で帰るときにだけ通っていた道がある。
キンモクセイの咲く道のダラダラ坂をのんびりと下ると、数名の女子高生とすれ違った。
スカートが、秋です、秋ですよっていうように、細かく揺れた。
 上石神井駅につくと、そんな日は、西武線で帰ろうか、関東バスで西荻窪から帰ろうか、ほとんど人のいない改札口で、考えた。

 季節も月日もめぐる。
こたつにはまだ早い50年前の秋の上石神井駅に、黄色い落葉が舞った。


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by nonoyamasadao | 2017-10-20 11:22 | 雑文 | Comments(0)

あと十年たったら、クリスチャン

 今年は生まれてはじめて、 脳ドックでMRI検査を受けた。
MRIのトンネルに入ると、ウィーン、カンカンカン、ドヒャ、ドド〜ンという工事現場みたいな騒音がする。

 検査結果はすぐにわかって、異常なし。
ああ、よかったぁ。
ホッと胸をなでおろして、ぼっち祝杯のさなか、不穏な電話がなる。
 案の上、脳の打撲で、10年前にお世話になった主治医からだった。
MRI画像を仔細に見ると、動脈瘤の疑いがあるという。
仔細になんか見るなよな〜と恨めしく思いつつ、その夜は、暗い気持ちで、残された時間などクヨクヨと考える。

 最先端の設備の病院で、造影剤CTを受け、動脈瘤ではなく、問題ないことがわかる。
3ヶ月後、もしものためのMRI検査で、異常なしになる。
 ああ、よかったあ。

 長いこと人生をしていると、いろいろなことがある。
 十年ちょっと前に、脳の打撲による生まれてはじめての手術で、ヨレヨレになった。
 以来、隠れているものをワザワザ探りだすなんて、ゼッタイに回避する無頼路線を捨て、無難な人生路線に切り替える。
タバコはやめ、お酒はやめれないので、すこしつつ減らす。
5飲2休肝日、4飲3休、3飲4休、そして1飲2休肝日になった。
 もう、これ以上、休肝日を増やすのはムリだ。
最近、飲める日のお酒の量が1本、増える。
我慢するとストレスになるので、どうか、見逃してほしい。

 十年前に、休肝日を設けたころ、お酒の飲めない日は早めの夕食後、することがな〜んもない。
読書、音楽、そして映画三昧の日々になった。
今や、映画よりも、日本の連ドラのDVDばかり見ている。

 そっか。十年間というのは、かなりの時間が流れたのだなあ。
もともと、毎日が不良な生活だったけれど、ずいぶん、健康オタクになりさがった。

 あと十年たって、健康で生きているなら、クリスチャンになっているかもしれない。
それなら、それで、まっ、いっか。


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by nonoyamasadao | 2017-10-14 16:35 | 雑文 | Comments(2)

やっぱり、一人がよろしいと思った夜

 還暦というのは、その人にとって、やはり、エポックメーキングなことだと思う。
赤いちゃんちゃんこというのは、もう昔であって、今の時代は少し違う。
でも、干支が5回繰り返されるまで、生き延びたというのは、先ずもって、めでたい。
大仰に言えば、生まれ変わるということだろう。
まあ、余生なのである。

 そういえば、60代の半ばから、健康診断で、基準値に引っ掛かる項目が現れ、毎年、一個づつくらい増えている。
深刻な疑いは、まだなかった。よかったあ。
今年は、無理に無理を重ねたので、ぜったいにヤバいと覚悟してた。

 今日、テレビを見てて、NHKの『土スタ』司会者の女優の足立梨花さんが、麻生久美子さんのように見えて仕方ない。
別人であるのは十分に判るが、やっぱ、麻生久美子さんの若いころと、同じように見える。 
 
 ゲストの葵わかなさんの横で、愛想よく、にこにこしている女性が、ばかに、世渡り上手のように見える。
これって、偏見だよなあ。そーゆー見方はいけないなア。。。としげしげと見ていると、鈴木保奈美さんだと気づく。
そりゃあ、屈託も、分別もあるよね。
失礼ながら、五十路を超えてるもん。
だったら、かなり、お若く、そうとう、お美しい。

 時間は下って、お酒のつまみの買い出しにデパートまで行って帰ってきて、『実践!にっぽん百名山』を見る。
う~ん、萩原浩司さんは、万年、青年だなと見ていると、工藤夕貴さんが、これまた、若っ。
ちょっと待て。
工藤夕貴さんは、相米慎二監督の『台風クラブ』や、なんたって、ジム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』というオムニバス映画でも、初々しかったことを思い出す。随分、昔のことだ。

 しばらくして、落ち着いてみると、鈴木保奈美さんも、工藤夕貴さんも、かなりお若いが、それなりの年令に見えた。
これって、ボクの認知能力の衰えなんだと、思う。

 人間群像もイワシの大群も同じだと、喝破したのは、青島幸男さんだったと思う。
たしかに、人間も、イワシも、群れをなして、大きな渦を巻くようにして人(魚)生行路を回遊する。
小さなところでは、小競り合いや諍いもあるけど、大きな全体としてみると、な~んとなく大勢の方に気が向いて、行列を作ってしまうんでしょうね。

 それじゃあ、あまりに、味気ない。
たった一人の芭蕉になるには、あまりに非才だが、たった一匹だって、そっぽに行く試みだけは、一生したい。
ちと矛盾しているようだが、健康診断の結果がなんでもなかったことを、素直に喜んだ夜ーー。そ~んな事を考えてた。

 昼下がりに、街中に出掛けると、中学生のカップルが、手をつないで、臆せず、歩いている。
フ~ム、いい時代になったよなあ。
でも、こーゆー時代に、ボクののような非モテ人生一直線の若者は、どう生きていくんだろう。

 男は、やっぱり、一人がよろしいと、この間、眠りにつくまでの間に、そう思った。
おそらく間違えで、きっと後悔すると思うけれど、ボクは、その時には、そう思った。
季節は、やっぱり一人がさみしい枯れ草・・・の頃だけど。


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by nonoyamasadao | 2017-10-07 20:45 | 雑文 | Comments(0)

雨の日の郵便局

 雨の中、郵便局に出掛ける。
送付物の締切日なので、速達でお願いすると、レーターパックには、速達はないといわれる。
そっか。そーなんだ。

 最近になって、ボクは方向音痴なのだと、知る。
郵便局から、どうやったって、家には帰れるのだからと、わき道を選んで、逸れながら帰る。
案の定、何処がどこだか、わからなくなる。

 目印など気にしないで、な~んとなく路地を曲がって、行きどまると、その時の気分で、右、左を決めるから仕方ない。
あらっと思った時には、見知らぬ住宅地に立ち尽くす自分がいる。
やっちまったという感じが、幼いころに戻ったような、頼りない、途方に暮れた気持ちを連れてきて、じつは、嫌いではない。
高層25階建てのマンションがあり、現在地がつかめるのを、やっと、発見した。
もうすこし、年を食うと、徘徊老人に間違えられるかもしれない。

 帰り道、途中で工事をしている。このところ、工事が多い。

 嵐のように忙しかった4ヶ月にもわたる、あれやこれやの雑件が、やっと終わる。
解放感が押し寄せる。
とかなんとかいって、忙しかったと思うけれど、若い頃や中年のころなら、易々と、楽勝でやってのけたのかもしれない。

 つい最近になって、レタスやズッキーニの美味しさに、目覚める。
子供のころは、果物は大好きだったけれど、野菜は、ぜんぜん、眼中になかった。
まあ、タンメンのもやしとキャベツはおいしいと思ったし、肉野菜炒めや、カレーのジャガイモ、落ち葉で焚いた焼き芋は、大好きだった。

 レタスは、野菜独特な、野生の強い香りや匂いがない。
野菜には、野菜だぞっていう、ある種の鮮烈さがある。
自己主張みたいなもんだ。ピーマンとか、ニンジンとか、玉ねぎとかは、顕著だ。
レタスは、いってみれば、病み上がりみたいで、無味にして、ひ弱だなあと思った。

 それが、レタスは炒めても、シャキシャキの生でも、仄かな甘さが好きになった。
江國香織さんの「やわらかなレタス」という、心の声をタイトルにしたエッセイがあった。
だとしたら、ボクの感じる甘さも、錯覚によるものかもしれない。
弱って来たので、レタスに癒されたのかもしれない。

 夜、DVDで『ラヴソング』を観る。これって、視聴率が悪かったそうだが、欠陥はあるけど、ボクは面白かった。
藤原さくらさんが、バイクで疾走し、桜の花びらが散って流れるのを、口パクするシーンは、遠い昔を思い出した。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ・・・、という、日本語版の500MILESも、新鮮だった。

 本当は一瞬だったけど、LOVE PSYCHEDELICOのLast Smileが一番、よかった。


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by nonoyamasadao | 2017-09-16 14:12 | 雑文 | Comments(1)

幕の内弁当の日々

 タクシーに乗って、美味しいものを食べに出掛ける。
たまには、そういう贅沢もあってよいだろう。
フロントガラスの脇の小さな一輪挿しみたいなポケットに、ススキがさしてある。
ど~せ、造花に違いないとたかをくくって 、運転手さんに尋ねると、意外にも、本物だった。
俵山かどこかで、採ってきたのをもらったようだ。

 そっか、もうススキの季節か。
今年は、いろいろなイベントや、個人的な事情もあって、幕の内弁当ばかり、3か月間くらい、食した。
お弁当なら、スーパーにいろいろとあるのだけれど、ボクくらいの年齢になると、どれも体に悪そうに見えて仕方ない。
本当は焼肉弁当でも、天ぷら弁当でも、ウナギ弁当だって、よかったと思う。
毎回、298円とか398円の幕の内弁当に、それと変わらないくらいの値段の野菜の惣菜を一品買った。
朝は、パンと果物と、インスタント・コーヒーだけだ。
身体に悪いだろうなあ。。。と思って、健康診断は、9月まで、延長した。

 今年の夏は、仕事部屋まで、行きはタクシーで移動する。
昔、広い空き地だったところに、マンションが建ったと思ったら、いつの間にか、大きな病院が二つも建った。
病院前というと、大きな病院の場合は、広々とした駐車場が広がっているのが、この地の相場だ。
小学校と道を隔てた病院前に、雑木の庭が出来た。
すこし、うれしい。

 仕事部屋からの帰り道、スーパーで買い物をして、夕方の誰もいなくなった病院の雑木の庭を散歩する
イロハモミジ、シラカシ、クス、ヤブニッケイ、ウメ、カクレミノ、マンサクまであった。
この病院に入院している人には、季節感があって、いいだろうなと思う。
しかし、若木だけど、こんなにイッパイ植えたら、いくら剪定しても、何年かすると、森のようになるに違いない。

 でも、長田弘さん的に言えば、森には、なに一つ、余分な物などない。
だったら、サルスベリと白モクレンとマユミが、あればもっと、いいのにな。

 サルスベリは今、主が引っ越されて、家屋が壊されたご近所の庭に、唯一残って、藤色の花が咲く。
ひっそりと美しく咲くが、ヤッパ、さみしい。
森にも、人生にも、余分なものは、ない。
足りないものなら、たくさんある。

 まあ、これも真似だが、そのとき、ふりかえって、人生は森のなかの一日のようだったと言えたら、ボクもうれしい。
明日から、恐怖の16日の休肝日が始まる。
絶体絶命のピンチから、少しづつ、復活していく感じで、健診の日になる。
今年も、自信がない。
健診のない夏は、蚊のいない夏のようでもあり、ショーガのつかない、サヨリのお造りのようでもある。
いつもにも増して、心配だあ。


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by nonoyamasadao | 2017-09-08 10:35 | 雑文 | Comments(2)

白馬のルンナ

 夏である。猛暑日の夏だ。
この季節になると、歩きたくなくなる。
散歩など、真っ平ゴメンである。
仕事場へだって、還暦過ぎのころは、ペットボトルを飲みながら、ハンチングを目深に被って、ゆるゆると歩いたが、今や、熱中症で行倒れになるのが、関の山である。
だから、タクシーで、移動する。

 家にいて、仕事をすればよいのだが、事情があって、家事をしないといけない。
還暦を過ぎたら、理想の老後のはずが、家事というものは、まことに厄介なものだと思い知る。
 で、手抜きの研究にいそしむ。
大嫌いだったマニュアルを読み齧りながら、試行錯誤で、全自動の洗濯機のトータルシステムを、どうにか学ぶ。
洗いーすすぎー脱水ー乾燥のトータルシステムを知ると、なんだか賢くなった気がして、すこしうれしい。
 ハンド掃除機なるものを、ネットで買って試すと、使い勝手はよいのだが、面倒なることこの上ない。
 あ、そういえば、『ブラックプレジデント』で、社員はボールペンと同じだと豪語するブラック企業を社長の沢村一樹さんのリビングを、ゆっくりとまったりと掃除するロボット掃除機があったな。
たしか、ロボット掃除機をヨシオ君と呼んで、話しかけてた。
で、また、懲りずに買った。
 こちらは、ヨシオ君ではなく、名前はルンバ。
♪昔アラブの 偉いお坊さんが・・・というのは、コーヒールンバだが、摩訶不思議な歌詞の歌だった。

 しかし、このロボット掃除機のルンバくんは、まことに愛いやつである。
ちょっとばかし軽率で、間抜けなところもあるが、まあ、実に、けなげに頑張ってお掃除してくれる。
な~んか、愛情を感じてしまう。
 遠い昔に、無線のトロリーバスのおもちゃで、遊んだことを思い出した。
このルンバくんに、カントリーマアムやバウムや三角蒸しパンなどを積んだカゴなど曳かせたら、さぞ、楽しかろうなどと思う。
 いやあ、このところ暑いからなあ。危ないジジイになってしまいそうだ。
しかし、このロボット掃除機ルンバくんは、まことにガンバルンバなのである。

 そういえば、昔々、白馬のルンナという歌があった。映画も観たぞ。


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by nonoyamasadao | 2017-08-01 10:15 | 雑文 | Comments(0)

絵日記だった頃

  このところ、近親者のお見舞いで、あちらこちらから病院に向かう日々だ。
あ、暑い。
目の前を、黒アゲハが、ヨレヨレになって、横切っていく。
そりゃ、疲れるよね、ご同輩。
どうやら、我が県は、やっと梅雨明けみたいだ。

 このところ、よく、お見舞いに行く病院の傍に疎水が流れる。
小汚い川である。
どぶ川だべ。。。思ってたら、どぶ川には違いないが、それでも魚は汚い水でも棲息していて、大きくなっていると、タクシーの運転手さんが教えてくれた。

 ふ~ん。そっか。
今や魚釣りなどダサいんでしょうね。
今の子供は、物質面では、豊かだけれど、お気の毒であるなあと思う。

 そういえば、夏休みのお楽しみの男子版基礎編では、やっぱ、第一は、蝉とりだった。で、あとは、な、なんだったのか。
手花火なども、楽しかった。
花火の醍醐味は水辺に限るが、都会では、自宅のおうちのお庭の花火だった。
まあ、今なら、おもちゃ花火とかいうのかな。

 手裏剣のような、飛び道具のような花火が好きだった。
それと、なんといってもお値段も高かったけど、ジャイアント・スパークを誇る極太の筒状から、ブハァーッと、ぶっぱなすドカーンというドでかい音の花火は、迫力があった。花火が満喫できた。
フロイトではないけれど、それって、男子の性衝動の発露のサキガケのような気もする。
もちろん、フロイトなど、勉強するわけなどない。

 しかしだ。
いかに環境のためか、安全のためかは知らないけれど、無煙の花火、無音の花火だったら、もはや、それは花火ではない。
線香花火だって、ひそやかな音と四分五裂するアナーキックなスパークが魅力だった。

 まあ、蝉とりをして、熱射病(熱中症ほど重くない)っぽくなって、家に帰り、井戸水でよ~く冷えたスイカを食す。
そして、宿題など八月の最後の週まで、な~んもしないで、まとめて、天気と絵日記を、一気に書き上げる。
天気の正確さはどうか?全く、真実とは無関係。
適当に、晴れ、晴れ、曇り、とか書けばいいのさ、それでやって来た。

 ナマケモノだったけれど、その後ろめたさは、今も、まれに夢になって訪れる。
だったら、優等生の人は、うしろめたさ発の夢を見ないのだろうか。
 
それも味気ないな。


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by nonoyamasadao | 2017-07-20 20:47 | 雑文 | Comments(2)

懐かしのメロンパン

 子供頃、悪質な風邪に罹った時の、お楽しみは、バナナやメロンだった。
もっとも、メロンはホンマ物のメロンは頂き物で、自宅で買っていたのは、まくわうりのメロンだった。

 そんなころに、森山加代子さんだったかな・・・。
♪コラソン デメロン デメロン メロンメロンメロンメロン♪という『メロンの気持ち』という歌が流行った。
たしか、後に、ゴールデン・ハーフがカヴァーしていた。
さらに遡った、りんごの気持ちはよくわかる。。。ってのはウソですが、メロンの気持ちも、わかろうはずがない。

 ボクにとってのメロンの魅力は、そのルックスがただ者じゃない姿・形にある。
表面に網目が張り巡らされたネットメロンは、やっぱ、なにもの?という強烈な第一印象が残る。
甘さも、スイカ同様に、他にない高級な味である。
高級な味とは何ぞや。
ベースは、キューリに似て、仄かで、お上品な甘みがミソである。砂糖でもなく、よく言われる蜂蜜でもない。

 もう一つの魅力は、メロンの芳香だと思う。
ほんのり甘く、すっきり爽やかで、ここがツボだと思うのだが、うっとりするセクシーな香りがする。
ウ~ム、堪らぬ。しかし、ご縁がほとんどなかった。

 土曜日の午後のお楽しみは、まっきっき(真っ黄っ黄)の黄色のメロンパンだった。
そうだった。ボクにとってのメロンパンは、杉並区荻窪小学校傍のパン屋さんの菓子パンの味だ。
食べ応えがあって、表皮は厚化粧の壁のようにカサカサしていて、ビスケット状だった。
形は、ボクの知っているのは、円形だった。
今思うと、まるでメロンの味も芳香もしなかったが、今の人のように、どこがメロンじゃ。。。と激することもなく、大好きだった。

 今日は、ビール1本とお酒を2合飲める日だったので、ほろ酔いで、コンビニで、メロンパンを買った。
フム、たしかに、レモンの果汁の芳香はある。
生意気にも、クリームなど入っちゃりなんかしたりして・・・なにやら、故広川太一郎さんみたいになっちゃった。

 でも、これって、邪道ですね。
ボクにとっての、メロンパンは、円形で、まっきっき(真っ黄っ黄)の黄色か、せめて、クリーム色で、パサッパサッのビスケット生地じゃなくっやね。

 そして、筋は網目状じゃなくて、線状じゃなくっちゃね。
今からすれば、すこし安っぽく、下品なお味だって、そりゃぁ、美味しかったんだから・・・。


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by nonoyamasadao | 2017-06-23 21:40 | 雑文 | Comments(0)




いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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