いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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象牙海岸

 最近、近場をタクシーで動きまわることが多い。
周りの景色など、ぼーっとして、眺めるだけだから、季節の感覚が乏しい。
もっとも、タクシーのクーラーは、よく効いている。
帰りに、自宅に戻る時だけは、どんなところからでも、歩いて帰る。
まあ、途中で、晩飯などの買い物があるから、歩くだけだが、やっと、季節感らしきものが訪れる。
昨日の夕方は、歩いていて、バカに暑いなあと思ったら、昼は夏日だったようだ。
 タクシーの運転手さんが、面白い話を聞かせてくれた。
家は田園地帯の真っ只中だそうだ。
羨ましがっていたら、これからは、カエルの声がうるさいという。
それも風情ですねというと、あ~た、そんな気楽なもんじゃありませんね。。。と胸を張る。
あ~た、はムキになっていったから、あなたがあ~たになったのかもしれない。
でも、カエルの声は、耳になじむが、いつまでたっても馴染まないのが、虫の声だそうだ。
そっかな、秋のしじまの虫の音のリーリーリーリーというのは、ボクにとっては、メルヘンだったけどな。
まあ、『逃げ恥』で、新垣結衣さんが星野源さんの役名「平匡さん」を連呼するたびに、ボクはいつも、おいしい寿司ネタの「ヒラマサ、ヒラマサ」さんと連呼しているように思う。
それと似てるかもしれない。
ぜんぜん違うか。

 以前、市電通りに面した集合住宅に住んでいた。
明け方近くなると、始発の市電の振動音や、信号機の交通信号のぴっぽーぴっぽーという音で目覚めた。
信号機の音には、ピヨピヨやカッコーカッコーがある。
あれは、横断歩道の方向を表しているそうだ。
だったら、スクランブル交差点は、どーなるんだ。

 最近、あまり目覚めがよくない。
けれど、今日は、昔、よく遊んだ友人と旅行している夢を見た。
たぶん、週末に青森に行くからだろう。もっとも、ビジネス・トリップで行って、帰るだけだ。
夢の中では、たしか、金沢方面を旅していたと思うけど、なぜか、砂浜では象牙海岸だった。
金沢方面とコートジボアールが、どこで結び付いたのか。
夢の中の世界はまことに不条理なのである。

 きっと、竹内まりやさんの♪象牙海岸と名前までつけた 遠い夏のボクの心象風景は、金沢の海岸だったのかもしれない。
そういえば、もう夏雲になっているな。


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by nonoyamasadao | 2017-05-21 11:11 | 雑文 | Comments(2)

コインランドリー

  還暦過ぎて、古希に近づきつつあるころになって、コインランドリーに行く。
ただしくは、我が生涯、2度目になる。
1度目は、老母がベッドから大転落して、救急搬送した時だった。
ああ、そういえば、なぜか洗濯には、縁がない人生だったなと、ふと気づく。
入院は一回きりだし、下宿時代もそんなに長くはなかった。
 左右に3台並ぶ洗濯機とその上に乾燥機が乗っかるようになっている。
洗濯機に、洗い物を入れながら、遠い昔の男女七人夏物語を思い出す。
明石家さんまさんが、コインランドリーで、「一枚パンツ、二枚パンツ、、、」と、パンツを投げ入れていた。
で、マネして、声に出してやってみる。
ん、面白い。これは病みつきになりそうだ。
 ま、待て。
これは、還暦過ぎて、やることじゃあない。
おそるおそる、うしろを振り向く。
誰もいない。
ああ、よかったぁ。
 
 あ、洗剤を入れるのを忘れてしまった。
でも、どこにも洗剤をいれるとは書いていない。
大丈夫かな、洗濯機が止まるのではなかろうな。。。とビクビクする。

 長く生きていくって・・・、独り言を呟き、しんみりしたキブンになる。


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by nonoyamasadao | 2017-05-19 11:11 | 雑文 | Comments(0)

さみどりの憂鬱

  風邪なのか、はたまた花粉のせいなのか不分明だが、喉の痛みが治らない。
このところ、身体のあちこちにガタが来たようで、いろいろな検査をしに、大きな病院に行き、最先端の機械で検査した。
まあ、結果オーライなのだから、ハッピーだけれど、あれこれ心配して、ああ、年をとるってのは、こういうことなんだろうな、という感触をようやく思い知った気がする。

 4月末から、5月のゴールデンウィークのころになると、昔から、さみどりの憂鬱になった。
そ~んな憂さ晴らしに、ちょうどよい具合に、2~3年前まで、週に一度は顔を合わせていた若い人たちのOB呑み会に混ぜてもらう。
朝はコッペパン、ゆでた野菜付きハムエッグ、果物は晩柑を食す。
昼は抜いて、ちょっとだけ、月末の青森出張の下調べなどする。
宴会は、20時からだから、かなりおなかがすくが、じっと我慢する。
喉の痛みは消えないが、会合に出掛けて、瓶ビールや日本酒をおいしくいただくと、すっかり治ってた。
帰るとき、お店の急な傾斜の階段には手すりがなくて、ああ、ここから落ちたら、死ぬだろうな。。。。と、恐る恐る階段を降りる。
もしもボクが有名人なら、飲酒により階段を踏み外し、脳挫傷のために急逝。66歳没。葬儀は・・・などが、頭に浮かぶ。
ひょっとしたら、こういう妄想も、あらてのさみどりの憂鬱かもしれないなどと思う。

 お店の外で、若い友達たちとしばらく名残を惜しみあってから、次回はお盆だと言われ、別れる。
連休のせいか、タクシー乗り場には、誰もいない。
タクシーで帰ると、お隣のマンションのエゴノキの花が咲いてる。
下を向いた、釣鐘形の小さな白い花だ。

 はて、エゴノキは、5月の中旬過ぎころから梅雨前の花では、なかったか。
かすかな芳香のある木だが、匂いは、まだしなかった。
静かな真夜中の雨が降りだした。


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by nonoyamasadao | 2017-05-04 17:55 | 雑文 | Comments(7)

愛の様相ー哀しみの街かど

 今や、本屋さんに行って、同じフロアで、ピザを食せる時代だそうである。
べ、便利になったなあ。
でもね、本屋さんに行って、同じフロアでピザを食っている人がいたら、かなり、引くでしょうね。
もう、その本屋さんには、行かないでしょうね。

 我が地でも、昨年の震災で、大きく模様替えした本屋さんがある。
新刊書も今や、カテゴライズされて分業システムとして、分類されて並ぶようになった。
でも、ミステリの新刊の隣に、たまさか、純文学が並んでいたから、庄野潤三の『絵合せ』とか『屋根』を読んだんだよなあ。
今のような、整理だったら、ぜったいに読まなかったな。
これは、ひねくれものの自己正当化かしら。だったら、スマヌ。

 今の地のよく行く三年坂通りの本屋さんも、かなり様相が変わったな。
昔々、あれだけ古本を買いあさって、それから、喫茶店に行って、その日の成果をじっくりと確信するのが、あれだけ楽しかった時間だったのに、本屋さんと喫茶室が同じフロアにあるのが、なーんかね、とっても抵抗がある。

 羨ましいのか。ちょっと、違うな。
でも、この感覚こそが、老害なんでしょうね。

 昔々、『哀しみの街かど』だったかな、ロードショーではなくて、二本立てか何かで、仲間たちと、新宿に観に行った。
映像派というか、フォトジェニックなタッチのシャッツバーグだったと思う。
この監督の致命的な欠陥は、ドラマツルルギーが弱いことだった。
『哀しみの街角』は、薬物のことはな~んも判んないけれど、亡くなった当時の大先輩(実年齢は3才違い)は、映画後の喫茶室で、密告した恋人は怪しからんみたいなことな事を言われた。
ボクは、それって、仕方ないじゃん。。。みたいなことを言った。
先輩は立腹して、理路整然と反論された。先輩、申し訳なかったです。
仲間達の唯一の女性は、ボクと同じで、アル・パチーノに同情的だった。たぶん、かなりのパチーノのファンだったのでしょうね。
傷ましくも、惨めで、メランコリックな映画は、深夜のバス停で、ゼッタイに来っこないバスを、来ないだろうな~と知ってて、待ってたボクの心情にマッチしていると思ってた。
今、思うと、カール・ヤスパースのドイツ哲学専攻の大学院生で、ギリギリのところでしのぎを削っていた大先輩は、切迫した中で、どこかにブレークスルーを求めなきゃ、男じゃない。。。と思ってたのだろう。
こ~んな簡単なことを、還暦の半ばを過ぎて、気づくなんて・・・・。
俺って、バカか。

 『スタンド・バイ・ミー』のように、みんなで無邪気に死体探しに森林に行ったつもりが、ボクは麻薬と恋愛への懊悩など、な~んも判らなかった。
ちょっとは、感受性の欠片ぐらいは持っていると思ってたけれど、結局、信じられないほど、それが欠けてたみたい。
 
 でもね、現代だって、トム・ソーヤーが描いてた夢とか冒険って、永遠なんじゃないかな。。。な~んて思うんだけれど・・・。
でも、それも後づけですな。



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by nonoyamasadao | 2017-04-26 19:41 | 雑文 | Comments(4)

振り返ると桜

 桜の開花宣言の後、このところ、雨降りである。
雨の上がった合間を見計らって、スーパーに出掛ける。
まだ寒い。
キッチンから見下ろせる高校の桜は、一番、いいころに差し掛かっている。
フム、あらためて、学校に咲く、桜はよいものだなと、感心して見入ってしまった。
希望と感傷が入りまじった、微妙に揺れる少年だった昔に還ったような気がするからかもしれない。
なつかしい気持ちでながめると、桜はうつくしい。

 大通りのソメイヨシノの並木の花見には、出掛けたいとは思わない。
寒いせいか、年令なのか、ニット帽でないと、風邪ひきになりそうな気がする。
この地には、桜が多く、学校の桜のほかに、小さな桜の公園、覆いかぶさるような楠の大木の手前の桜も美しい。

 県営住宅の前庭の桜は、もう葉が出だして、下の自動車の屋根は、白玉模様だった。
ちらと桜を見上げると、風もないのに、ちら、ちょっと間があって、また、ちらと花びらが舞い降りる。
 
 しかし、最近、思うのである。
左右に大きく枝を伸ばした桜より、すこし、小振りな桜の方が美しい。
おじさんたちがお酒を酌み交わし、じきに、桜などど~でもよくなって、BBQだのカラオケだののどんちゃん騒ぎには、巻き込まれたくないなと思う。

 スーパーのいつもの帰り道で、学校の桜を、ああ、この季節がくると進級したんだなあ。。。と少しだけ痛みを伴った気持ちで見ていたら、小さな女の子が、雨は降ってないのに、白い花弁のついた赤い傘をさして、よぎっていった。
おや、と思うと同時に、な~んか、いいなとすこしあたたかな気持ちになる。

 フム、危ないな。弱ってきたのかな。
そのうち、盆栽の桜に、じぃーっと見入っている自分がいるような気がする。
な~んか、そんな気がするんだよね。


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by nonoyamasadao | 2017-04-08 16:29 | 雑文 | Comments(0)

ワイルド系男子はどこへ行った?

 今年も、あまり梅を見なかった。
な~んか、バタバタしているうちに、季節は変わっていた。
早春の匂いを連れてくる、黄色い花をつける蝋梅なども見逃した。

 唯一、スーパーで買った赤い木瓜の鉢植えが、色合いが変化して、楽しい。
といっても、鉢植えだし、こころもち、色にいきおいがない。
まあ、元気溌剌だけが取り柄のようにしか見えないダリアとかヒマワリは、どうも相性が悪い。

 ぼーっと、陽が高く上った空をながめていると、白いちぎれ雲が、あれよあれよという間に、流れていく。
あ、この間、長年の懸案だった舗道を隔てた隣の黄色いマンションの先に蝟集して咲く、白い花の正体を突きとめた。
電話で呼んだタクシー会社の配車係の人が、空車がそばにいないので、遠くから来るとのことで、ならば白い花を見に行こうと思った。

 遠目でも、たぶん、白モクレンに違いないと思ったけど、やっぱ、そうだった。
ボクは、40代のころまで、この純白の大輪花が、どーも不得手だった。
ふっくらとした、肉厚のゴージャスな花という印象で、いきおいがありすぎるように思えた。

 ところが気づくと、50代になるころ、妙に、気になる樹木になった。
人生にくたびれたのか、はたまた弱ってきたのだろうか。
白モクレンが咲くと、周囲がパッと明るくなり、陽光に白く輝く。
沢山のロウソクを立てたように、浮き立つように咲く。
ウ~ム、嫌いは好きと同義語か。

 去年は、インフルエンザ予防接種をしたので、まわりの人はバタバタと倒れたけれど、インフルにならなかった。

 大好きな渡瀬恒彦さんが、亡くなった。合掌。
オンシジュームが、大好きだったそうだ。
知らないので、検索をかけると、甘~くよい香りがするという。
な~んか、乙女チックな感じのする、らしくない黄色い花だが、フム、黄色のフリージアのように、ボクでも好きになりそうだ。
 
 最近、日に一度は、甘いものを食す。
今週は、人前で話をしなければならないし、来週は人間ドックがある。
やだなあ。
どっちも、不安がイッパイだ。

 かつての野卑で卑猥系のワイルド男子は、どこに行ってしまったのだろう。


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by nonoyamasadao | 2017-03-19 13:41 | 雑文 | Comments(0)

なぜか、黄色フェチ

  子供のころから、黄色が1番、好きだ。
老母の高血圧の薬をもらいに行くタクシーの中で、どーでもよい、くだらないことを思い出す。
なぜ、黄色だったのだろう。

 ところが、不思議なことに、菜の花やヒマワリの黄色は好きではない。
今となっては、菜の花の辛し和えなど大好物だが、菜の花畑に一人、立ってみたいとは、およそ思わない。イヤだ。
映画『ひまわり』のように、あたり一面を埋め尽くしたひまわり畑に、ソフィア・ローレンのように、立ち尽くしたいなどと、夢にも思わない。
まあ、ひまわりも、菜の花も、子供のころは、あまり興味なかった。
好きなのは・・・と思いを巡らすと、ああ、ヤマブキは好きだった。
メロンパンも好きだった。
そういえば、タンポポもあまり、興味はなかった。

 理由は不明だが、子供のころのお絵描きの時間では、黄色を多用したのは間違えがない。
赤でもなく、青でもなかった。
フム、結局は謎だ。

 後年になって、家を構築するころに、植栽として、トサミズキ、サンシュユ、マンサクなど黄色の花の美を再確認する。
ああ、そうだった。
生まれながらにして、バナナは大好物だったが、当時は高価であったし、まるごと1本食すのを禁じられたうらみかもしれない。
食い物のうらみは、げに怖ろしい。
ついでに思い出した。
子供のころに、母にくっ付いて行った、銀座、若松の粟ぜんざいは、ことのほか美味だったし、真っ黒いアズキの中の宝石のように美しい黄色のつぶつぶはきれいだった。

 サザエさんのマンガで、粟餅だと思っていたら、高野豆腐で、ガッカリというのも記憶している。
してみると、その頃から黄色フェチだったのは、間違えがない。
だからと言って、生まれてから、ただの一つもイエローのワイシャツやスーツなど、着たことがない。
そもそも、ボクのようなブサイクではなくても、アイドル系男子だって、う~ん、問題あるなあ。

 スーパーに行くと、黄色い石鹼とか、スプレーとかあると、つい買ってしまう。
だから、黄色には、なにがしかの因果関係はあるのだろう。

 タクシーは、飯田山を遠くに眺めながら、秋津のレイクタウンに向かう。
途中で健軍商店街の復興の真っ盛りを見ながら、ああ、よかったと、ホッとする。
遠くに揺れる飯田山は、熊本の富士山だというのは、よくわかるような気がする。
山の頂きが、穏やかで丸くて、とても優美だ。

 秋津の住宅街を抜ける時に、車窓から、満開の白モクレンや、鈴なりのコブシの花を見る。
目に真っ白が飛び込んできて、頭のなかも、真っ白っぽくなる。

 色・ホワイトブレンドになった。


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by nonoyamasadao | 2017-03-14 21:01 | 雑文 | Comments(0)

アプリコット・ジャム

  新刊小説を2冊、買った夢を見た。
夢の中で、こんな高い新刊小説を買ったのは、久しぶりだな。
値段も高かったし、上下2巻だから、つまらないと後悔するだろうな、でも、きっと面白くないに違いない。。。などと、クヨクヨ考える。

 朝起きて、食パンに、あんずのジャムを塗りながら、はて、あの夢の中の本は何だったのかなと、しばし、考えるが、思い出せない。
アプリコット・ジャムか。
すごく、久しぶりだ。
あんずの形のジャムを塗ると、すべるように、薄くのびた。
食べると、甘酸っぱいような、なんとも形容しがたい味がする。
しばらくして、ああ、この味は、子供のころに、駄菓子屋で食べた味だと気づく。
う~ん、こういう安っぽい味も、懐かしくて、な~んかいいよね。

 以前、たくさんのジャムを集めるのが、趣味だった。
マーマレード、イチゴ、マンゴー、アップル、ブルーベリー、ウメなど、いつも六種類くらい揃えた。
深夜、冷蔵庫に並べて、ひとり悦に入って眺めていたら、老母にしっかり見られたことがある。
ジャムは傷みがはやいので、何種類も買うのはバカだ、と老母に叱られたのを思い出した。

 20代から30代の後半までの、二日酔いの翌日の日曜日の朝は、いつもこ~んな感じだったなあ。
ぼんやりしながら、新聞をひらくと、村上春樹センセイの新刊の『騎士団長殺し』の広告の活字が飛び込んでくる。
ああ、そうだった。
夢の中の新刊本は、『騎士団長殺し』だった。

 インスタントコーヒーの濃い目のブラックを飲みながら、まっ、古本になったら、ネットで買おうと誓う。


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by nonoyamasadao | 2017-03-12 18:43 | 雑文 | Comments(2)

酔った頭で

 あのさ、梅のほころぶ頃に、飲み会をやろうよと言ったのは、たぶん、ボクなんだと思う。

 この頃、寄る年波ゆえに若い人たちに励ましのお言葉をどうぞ。。。という年令になった。

はてさて本当に困った。

人前でしゃべるのが、どーにも苦しみ以外のなにものでもない。

どーせ、誰も聞いちゃいネ~ぜと思っても、そうもいかない。

今、無い知恵を絞って考えるのは、前を向いて。。。とか、楽しい人生を。。。とかしか思い浮かばん。

ドラマだったら、自分の未来に恋をしましょう。。。とか、そりゃ、平気で言える。

でも、ここがキモだが、言葉はドラマのように、軽くなく、実は重い。

木の葉が湖面を優雅に、ゆら~り行きかうような、そんなもんじゃない。

 宴の後、若い女性たちが、気遣ってくれるのは、光栄だけれど、まだまだ足腰はしっかりと、たつので、心配してくれるのは大きなお世話だ。

でも、たぶん、そんな心配を抱く危うい場面も、きっとあったんでしょうね。

記憶にはないが、そんなことだろう。

 最近、昭和のドラマのDVDを結構見てる。

昭和なら、おまえは向田邦子の世界か。。。などという軽いもんじゃない。
向田邦子さんは才人だが、ボクにはマイナーポイエットだ。

個人的には昭和を代表する人じゃないんだ

代表するのは、やっぱ、源氏鶏太であり、丹羽文雄であり、井上靖であり、松本清張だろう。

近来だと、川上弘美さんはやわらくて、あたたかくて、理性が利いてて好きだ。

あとはあまり、不勉強でしらない。

エッセイなら、好き嫌いはひとそれぞれあるでしょうけれど、山口瞳さんはうまかった。

個人的には、メジャーになる前の長部日出夫さんの、石井均さんの追っかけエッセイとか、パセティックで好きだった。沢木耕太郎は、大袈裟で、ドラマを作るから好きじゃない。

双葉十三郎先生のお遊び口調で、辛い映画評も、文章がとてもお洒落なので、ああ、これもエッセイで読めるなぁと思う。

以下、正直、世間様全体を敵に回すことを覚悟して書く。

一度たりとも、サザエさんが見たいと思ったことはない。つまんね~。スケールちっちゃいし・・・。

長谷川町子さんのマンガは、たしかに達者なものだったし、品性もあった。

でもね、同じように、ディズニーランドは一度も行かなかった。やっぱ、趣味なら反体制なのかも。ウォルトディズニーは、稀代の才人だったのでしょうねえ。

 若い人たちとお酒を飲んで、いくぶんかの憂いの種も消え、タクシーの乗るふりをして、ゆらり、ゆらゆらと歩く。

白梅の匂いが、つんとする。

見えないけれど、そうに決まっている。

さみしさとよろこびという言葉が、自立反転・転化するような気分で、歩く。

 寒さが少しぬるんで、ああ、エラ~イ先生の宮沢賢治さんの『注文の多い料理店』とか、太宰治さんも『やんぬる哉』、そんなことを書いてたのかなと邪推する。

畏れ多くもかしこくも・・・だが。

 ああ、あしたは、仕事がない日だ。俺は、星野源の歌は嫌いだ。さだまさしのように。



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by nonoyamasadao | 2017-02-16 00:44 | 雑文 | Comments(0)

風を切って

 大学のころ、1年遅れで、早稲田ミステリ倶楽部ーーー略してWMCへ、大学の2年次になって入部した。
今は、ワセミスとかいうらしいが、よく知らない。
WMCは、よくも悪しくも、個性派集団で、排他的でありつつ、妙な凝集性のあるサークルだったと思う。
ボクの青春は、すべて、そこにある。

 と言ったって、ボクの場合は、ドラマティックなことなど、な〜んもなかった。
大学の2年次以降、3年次、4年次と、そのサークルの集合場所だった『モンシェリ』という喫茶店に、終日、入り浸ってた。
終日というのは、陽の照っている間という意味である。

 夕暮れの気配が漂う頃になると、授業にも出ないで、倶楽部に入り浸っていたことに、当初は少し、後ろめたい気分になった。
夕陽が輝くほんの瞬間だけ、後ろめたさは残った。
それは、確かにほんの一瞬で、早稲田界隈に夕靄が立ち込めるころになると、あっけなく忘れた。

 ようは、勉強も何もしないで、まるごと一日、ミステリや映画に捧げた、かなりオーバーランした愚行の青春である。
正当化できるわけもないが、なぜか、ボクの裡では、それでよかったのだ。。。と、じつは、心底、そう思っている。

 山田詠美さんのいう、ステキな時間の無駄遣いとは、程遠い。
金はあれば、ありったけ、使った。
けれど、早稲田から鬼子母神方向に向かう、うるむ夕日が差すころの都電荒川線に乗ったことはなかった。
悔やまれる。

 でも、今現在、ネット検索しても出てこないような本邦稀な駄作推理小説やイモ映画を主体に、いっぱい読書し、映画を観ててよかった。
ムダこそ、凄い財産だ。

 人は誰も評価しなくても、ボクが好んだ作品のあるフレーズとか、情景は、今だって鮮明に蘇る。
めぐりめぐって、時がたって、人に伝達したくても、だ〜れも知らないミステリや、当時、好きだな〜って思った映画があるなんて、とっても素敵なことだなと、今になって思う。
どのくらいの人が観て、好いたり嫌ったりの記憶にとどめている人はどれくらいいるのかな。
大体、作者が健康で、楽しく暮らしているのかなあ。
などと思うと、ああ、リアルタイムの読書とか、映画っていいよねって思う。

 日の翳った早稲田の街角を、地下鉄東西線の早稲田駅に向かって歩いたら、な〜んか、泣きたい気分に似た懐かしさに襲われるのではないかな。。。と、遠い地で、想像を膨らませてる。

 今日、夕暮れの街角に立って、ぼんやりと信号待ちしている間、そ〜んな事を思い出していたら、軽い胸騒ぎがした。
遠い昔のこと。きっと、誰も知らない。
ああ、そ〜なんだよね。ワタクシの人生における、読書とか映画は、そんなもんだった。
でも、それでいい。
 
 風を切って、歩いて、家まで帰る。


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by nonoyamasadao | 2017-02-07 19:51 | 雑文 | Comments(4)