いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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なぜか、黄色フェチ

  子供のころから、黄色が1番、好きだ。
老母の高血圧の薬をもらいに行くタクシーの中で、どーでもよい、くだらないことを思い出す。
なぜ、黄色だったのだろう。

 ところが、不思議なことに、菜の花やヒマワリの黄色は好きではない。
今となっては、菜の花の辛し和えなど大好物だが、菜の花畑に一人、立ってみたいとは、およそ思わない。イヤだ。
映画『ひまわり』のように、あたり一面を埋め尽くしたひまわり畑に、ソフィア・ローレンのように、立ち尽くしたいなどと、夢にも思わない。
まあ、ひまわりも、菜の花も、子供のころは、あまり興味なかった。
好きなのは・・・と思いを巡らすと、ああ、ヤマブキは好きだった。
メロンパンも好きだった。
そういえば、タンポポもあまり、興味はなかった。

 理由は不明だが、子供のころのお絵描きの時間では、黄色を多用したのは間違えがない。
赤でもなく、青でもなかった。
フム、結局は謎だ。

 後年になって、家を構築するころに、植栽として、トサミズキ、サンシュユ、マンサクなど黄色の花の美を再確認する。
ああ、そうだった。
生まれながらにして、バナナは大好物だったが、当時は高価であったし、まるごと1本食すのを禁じられたうらみかもしれない。
食い物のうらみは、げに怖ろしい。
ついでに思い出した。
子供のころに、母にくっ付いて行った、銀座、若松の粟ぜんざいは、ことのほか美味だったし、真っ黒いアズキの中の宝石のように美しい黄色のつぶつぶはきれいだった。

 サザエさんのマンガで、粟餅だと思っていたら、高野豆腐で、ガッカリというのも記憶している。
してみると、その頃から黄色フェチだったのは、間違えがない。
だからと言って、生まれてから、ただの一つもイエローのワイシャツやスーツなど、着たことがない。
そもそも、ボクのようなブサイクではなくても、アイドル系男子だって、う~ん、問題あるなあ。

 スーパーに行くと、黄色い石鹼とか、スプレーとかあると、つい買ってしまう。
だから、黄色には、なにがしかの因果関係はあるのだろう。

 タクシーは、飯田山を遠くに眺めながら、秋津のレイクタウンに向かう。
途中で健軍商店街の復興の真っ盛りを見ながら、ああ、よかったと、ホッとする。
遠くに揺れる飯田山は、熊本の富士山だというのは、よくわかるような気がする。
山の頂きが、穏やかで丸くて、とても優美だ。

 秋津の住宅街を抜ける時に、車窓から、満開の白モクレンや、鈴なりのコブシの花を見る。
目に真っ白が飛び込んできて、頭のなかも、真っ白っぽくなる。

 色・ホワイトブレンドになった。


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by nonoyamasadao | 2017-03-14 21:01 | 雑文 | Comments(0)

風を切って

 大学のころ、1年遅れで、早稲田ミステリ倶楽部ーーー略してWMCへ、大学の2年次になって入部した。
今は、ワセミスとかいうらしいが、よく知らない。
WMCは、よくも悪しくも、個性派集団で、排他的でありつつ、妙な凝集性のあるサークルだったと思う。
ボクの青春は、すべて、そこにある。

 と言ったって、ボクの場合は、ドラマティックなことなど、な〜んもなかった。
大学の2年次以降、3年次、4年次と、そのサークルの集合場所だった『モンシェリ』という喫茶店に、終日、入り浸ってた。
終日というのは、陽の照っている間という意味である。

 夕暮れの気配が漂う頃になると、授業にも出ないで、倶楽部に入り浸っていたことに、当初は少し、後ろめたい気分になった。
夕陽が輝くほんの瞬間だけ、後ろめたさは残った。
それは、確かにほんの一瞬で、早稲田界隈に夕靄が立ち込めるころになると、あっけなく忘れた。

 ようは、勉強も何もしないで、まるごと一日、ミステリや映画に捧げた、かなりオーバーランした愚行の青春である。
正当化できるわけもないが、なぜか、ボクの裡では、それでよかったのだ。。。と、じつは、心底、そう思っている。

 山田詠美さんのいう、ステキな時間の無駄遣いとは、程遠い。
金はあれば、ありったけ、使った。
けれど、早稲田から鬼子母神方向に向かう、うるむ夕日が差すころの都電荒川線に乗ったことはなかった。
悔やまれる。

 でも、今現在、ネット検索しても出てこないような本邦稀な駄作推理小説やイモ映画を主体に、いっぱい読書し、映画を観ててよかった。
ムダこそ、凄い財産だ。

 人は誰も評価しなくても、ボクが好んだ作品のあるフレーズとか、情景は、今だって鮮明に蘇る。
めぐりめぐって、時がたって、人に伝達したくても、だ〜れも知らないミステリや、当時、好きだな〜って思った映画があるなんて、とっても素敵なことだなと、今になって思う。
どのくらいの人が観て、好いたり嫌ったりの記憶にとどめている人はどれくらいいるのかな。
大体、作者が健康で、楽しく暮らしているのかなあ。
などと思うと、ああ、リアルタイムの読書とか、映画っていいよねって思う。

 日の翳った早稲田の街角を、地下鉄東西線の早稲田駅に向かって歩いたら、な〜んか、泣きたい気分に似た懐かしさに襲われるのではないかな。。。と、遠い地で、想像を膨らませてる。

 今日、夕暮れの街角に立って、ぼんやりと信号待ちしている間、そ〜んな事を思い出していたら、軽い胸騒ぎがした。
遠い昔のこと。きっと、誰も知らない。
ああ、そ〜なんだよね。ワタクシの人生における、読書とか映画は、そんなもんだった。
でも、それでいい。
 
 風を切って、歩いて、家まで帰る。


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by nonoyamasadao | 2017-02-07 19:51 | 雑文 | Comments(4)

おはよう今年

  今年最後の日。
まだ年賀状を書いていないので、朝の七時前に起きて、少し、書きだす。
外はまだ、暗い。
すくない数なので、一応、宛名と数行の言葉は、手書きだ。
今日、投函すると、いつごろ到着するのだろう。
 川上弘美さんだったと思う。
大みそかに、年賀状を書いて、おせちを少し作って、紅白を少し見て、おやすみなさい今年と言いながら眠る。。。とエッセイに書いてた。
SMAPも出ない(といっても、俄かファン)紅白は、たぶん、見ないと思うが、二日酔いになる少し前くらいまで、お酒を飲むと思う。
どうせ、深夜の2時過ぎになる。
だとすれば、年が変わって、年の最初に向かって、おやすみ今年。。。はどうだろう。出逢いの挨拶抜きのサヨナラみたいだ。
明日、起床の時、おはよう今年。。。と挨拶することにしよう。
明日、晴れだとよいなあ。

 このところ、寒い。
老母が腰痛のため、あれこれとせわしないが、どーせ、あちこちに買い物に行く程度である。

 立原正秋さんのエッセイをパラパラと読んでいたら、「造花にしたがい四時を友としたのは芭蕉だ」というくだりがあった。
ん?、一瞬、芭蕉の時代に造花などあったの?。
午後の四時が友達とは、まじ意味わかんない。。。と、ギャル言葉で呟きたくなる。
まあ、理解できていないのは確かで、ネットで調べる。
どうやら、自然(造化)にしたがって、四季(四時)を友達にする、と言うことらしい。
インターネットは、まことに便利なものである。

 今年は、サルスベリもサザンカも、ほとんど意識して見たことはなかった。
そっか。サザンカなら、例年だと、すぐ隣の隣の高校の鉄柵の生垣のあちこちに咲いている。
年賀状を出すときに、ちょっと寄り道して見てみよう。

 本当なら、大つごもりの夜は、お隣の独身の料理研究家(華道か茶道の研究家でもよい)の美女と一緒に、酒盛りするはずであった。
すくなくとも、妄想の世界ではそうだった。

 こうして、今年も一年がすぎて行く。



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by nonoyamasadao | 2016-12-31 10:09 | 雑文 | Comments(0)

年の瀬の独り言

  今年も、いよいよ押し迫ってきた。
今日は、哲学者のW.ジェームズの地震は、悲惨なものだけれど、破壊から、何かの始まりを予感させるような超楽観的なエッセイを読んだ。
瓦礫からの創造か。
かくありたい。

 最近の青春ドラマは、どーもボクには面白くない。
有村架純さんとか、桐谷美玲さんとかご贔屓のタレントは魅力的なのに、砂をかむ思いだ。
どうやら、相手役の男性や物語展開に問題が、ありそうだ。
比較的、最近のタレントさんで好きなのは、森山未來さん、『Q10』の佐藤健さん、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』のバイプレイヤーの高橋一生さんくらいだ。
それぞれ、個性があった。

 まあ、客観的に見れば、ボクの感性が時代から大きく乖離したんだろう。
最近のイケメン男性のヘアスタイルでは、前髪が額をスッポリと隠すほど垂らす傾向があるようだ。
昔の少女マンガの、眼の中に星がキラキラ時代の男子に、似ている。

 むきになるわけではないけれど、ボクだって、うんざりするほど髪が伸びたころがあった。
髪の毛が目に入ると、カッとした怒りを覚えた。

 この頃の若者はなどというと、年寄りの口ぶりである。
ボクにも、その季節がやって来て久しい。

 しかし、どの男性タレントさんも、恐ろしいくらいに陰影がない。
もしくは、屈託がまるでない。
きっと、せんべいを齧らずにチョコなど食し、みたらし団子を頬張ることなく、ケーキでも食してきた咎だろう。
そういえば、ある少女マンガを読んでいて、ヒロインの相手役の男子が、まったくの没個性で、ノッペラボウに見えた。

 ボクが大学最後の年だったと思う。
『冬物語』という、恋愛ドラマがヒットした。
浅丘ルリ子さんの相手役は、まだ30になったころの原田芳雄さんで、手負いの獣のようだった。
くぐもった、しわがれ声で、ボソボソしゃべる。
前髪が額を覆うようになっていたけれど、かっこよいアンチヒーローだった。
細身のミスタースリムを咥えて、タバコを吸うシーンに、痺れた。
さっそく、それを真似て、セブンスターからミスタースリムに変えた。
これが高くつく。
まあ、格好だけまねたって、中身が伴ってないので、同じ寡黙でも、異性としゃべれないのと、しゃべらないのは大きく違う。

 今や、ソース顔、ショーユ顔の時代を経て、塩顔の時代だそうだ。
そうかい、そうかい。
味噌、醤油、塩なら、塩ラーメンが一番、好きだ。
白菜、椎茸、ニンジンなど野菜たっぷりだし、胃にやさしい感じだ。

 ↓穴沢ジョージさんのブログが素敵だったので、マネして。


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by nonoyamasadao | 2016-12-28 23:18 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

冬至

 ブログを始めて、かれこれ9年になる。
最初は、映画や読書や音楽の趣味の話題で、そのうちに日々の暮らしの食べ物や、過去の非モテの鬱屈などに拡散していった。
その日の気分で書いていたのが、過去の由無し事を書くようになって、小中学から40才になるかならないかの意識の流れを、行きつ戻りつした。
通して読んだことはないけれど、統一といったようなことはまるでないと思う。

 振り返れば、茫々として定かでない孤独やさみしさが広がっているに違いない。
本当は、もっと、乾いた淡い感傷や、陽気で、おバカな日々を書きたかったが、本来の体質が、しみじみとか、ペーソスを好んでいたのだなあと、最近になって、やっと気がついた。
そう思うと、かなり、いやな気分になる。
まっ、いっか。
性分なのだから、仕方がない。

 飽きっぽい性格なのに、よくもったなあ。。。我ながら、不思議だ。
これからも、適度に酒を飲み、おいしい刺身を食し、DVDを見て、あーだこーだうしろ向きの話題を綴って、森の中をゆるーく散歩するような感じで続けていきたい。
明日は、冬至である。
ことしこそ、ぜったいに、柚子は六個以上、投じようと固く決意する。
今、夜空は霧でかなり霞んでいるが、かすかに見える朧月を眺め、いまだによるべなくてしんみりした、それでいて、かすかに幸せに似た気持ちになった。まあ、こんな感じがちょうどよいのかもしれない。
今年は、あと何回、ブログが書けるだろう。

 年食っちゃったけれど、まだまだ、これからさと思うと、まだ若かった東京の時代がすこしだけ蘇る。


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by nonoyamasadao | 2016-12-21 00:20 | 雑文 | Comments(2)

雪の断章

  11月に東京で、雪が降るのは54年ぶりだという。
ということは、ボクは小学生の最後のころだろう。
フム、思い出せない。
中央自動車道の八王子インターのあたりだろうか。凍てついた路面が映し出される。
そっか、東京は雪か。
いや、よそごとである。

 かと思うと、東山の東福寺では、もみじ紅葉の見ごろである。
やっぱ、紅葉は、イチョウ並木の黄葉もよいけれど、ケヤキ、カエデ、そして、ナナカマドが好きだな。

 ほんとうは、橋上での写真撮影は禁止なのに、みな、ケータイでバシャバシャ撮ってる。
フム、気持ちはわかるけれど、昔の日本人は、そういうルールは愚直なまでに守ったもんだ
守らなかったのは、ワタクシのような無頼漢だけだった。今や、ワタクシだって、守る。
いやはや、困ったもんだ。
いや、よそごとだ。

 仕事が午後近くにあって、11時を過ぎたころ、家を出る。
うっ、さぶっ。
風が冷たいというより、寒い。
そっか、東京では雪だもんなあ。いや、よそ事ではなかった。

 風といえば、風邪が流行っている。
若い女子で、声が出ない人を何人か知っている。
それも、ガラガラ声やかすれ声ではなく、空気音だけでしゃべるような感じである。
そっか、9月の下旬だったか、喉がめずらしく痛くなって、インフルのような発熱で寝込んだのだった。
去年はインフル1回、今年はインフルとインフルもどきで2回寝込んだ。
今までは、インフルなど一度もかからなかったけど、昨年あたりから、自信がなくなった。
はてさて、今年は予防接種をしようか。
いや待て。この2年で、3回も罹ったということは、罹る可能性のあるパターンはほぼ、出尽くしたのではないか。
だったら、やっぱ、予防接種はサボっちゃおう。

 ゴホッ、ゴホッ。。。えへん虫のばかっ! ...という、 懐かしいCMがあった。
モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークに、バーカ、バーカ、エヘン虫、。。。というおバカな歌詞がつけられて、なんだか楽しかったのを記憶してる。

 今年、我が地では、雪は降るだろうか?
30年前、東京にいたころの大雪が、まぶたの裏に、一瞬よみがえる。
そっか、あのころは、まだ、堂々たる中年だった。
 すこしだけ、さみしい。


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by nonoyamasadao | 2016-11-24 16:06 | 雑文 | Comments(2)

松木ひろしさんを偲ぶ

 都会派コメディーの作家、松木ひろしさんが亡くなった。
高校生の頃に、ビリーワイルダーとI.A.L.ダイアモンド脚本のソフィスティケーション・コメディーが大好きになった。
日本の喜劇映画は、どうにも泥臭く、ウェットな人情ものが宿痾であった。
だから、どのようにうまくできていても、渥美清の寅さんは評価しない。
やっぱ、湿った感じは好きになれない。

 『アパートの鍵貸します』の哀愁は、乾いた哀感である。
ビリーワイルダーとI.A.L.ダイアモンドとまではいかなくても、ブレークエドワーズやハリーカーニッツの『ピンクの豹』や『暗闇でドッキリ』のような作品を心待ちにしていた。

 そ〜んなころに、松木ひろしさん脚本の石立鉄男ドラマが始まった。
それまでの石立鉄男さんには、安田道代さんを人質に立て籠もる『殺人者』のイメージが強烈だった。
悪漢だが、やがて、人質の安田道代さんと恋に落ちて、最後は自殺する役柄だった。
いってみれば、W.ワイラーの『コレクター』の原作のジョン・ファウルズの前半部分のような映画であった。
三島由紀夫原作、蔵原惟繕監督の前衛映画『愛の渇き』も、忘れ難い。
寡黙な園丁の使用人役で、若く引き締まった、すこし粗野な肉体に、浅丘ルリ子さんが魅かれていく役どころだった。
そうだった。彼は新劇の出身だった。

 岡崎友紀さんとの『おくさま18歳』のころから、はっちゃけた役柄が定着したように見られているが、その前に隠れた佳作の『S・Hは恋のイニシャル』がある。
これは、松木ひろしさんの石立ドラマの原型(後の『おひかえああそばせ』、『雑居時代』etc)のような作品で、大坂志郎さんの家に転がり込むパターンも、この作品からだ。
主人公は布施明さんで、ハンカチを貸してくれた一目惚れの謎の女性が、伊東ゆかりさんだった。
物語は、この女性をひたすら探し続けるわけだが、最終回に、伊東ゆかりさんは再び、ちょっとだけ登場する。

 松木シナリオの定石では、大坂志郎さんは男やもめで、娘たちだけの家庭に、アフロヘヤーの石立鉄男さんが、どういうわけか、いきなり転がり込む。
美女たちの一人(たとえば、大原麗子さん)と、いつも、ののしりあいながら、くっつきそうで、一向に進展しないという、隔靴掻痒な感じが、古ーい、恋愛臆病者のボクには、ぴったりだった。
大原麗子さんとのののしり合いが、なんとも快調なテンポで、都会的なセリフが飛びかう。
このへんが、渥美清さんだと、どーも陰気っぽくなる。スラップスティックなお遊びも満載だった。
松木ドラマは、どちらかといえば、ジャックレモンやトニーカーティスのオーバーアクションのタッチである。
二枚目か二枚目半が、三枚目を演じているふうでないと、そうはならない。
『雑居時代』など、その典型だった。

 松木ひろしさんは、当初、脚本のはこがきができなくて、東宝映画で学んだと、どこかで書いていた。
たぶん、『サラリーマン目白三平 女房の顔の巻』が、井手俊郎さんと共同脚色だから、井手さんから習ったのではないか。
石原慎太郎さんも、井手さんから習ったと書いていた。
植木等さんの『ニッポン無責任時代』(第一作目)は、じつに、愉快痛快な共同脚本(田波靖男)だった。

 松木さんが、コメディ―作家になる前には、日本テレビで、日活の監督が演出した石坂洋次郎シリーズが、何作もあった。
長い連続ドラマの面白い、ストーリーテリングの下地になったのではないか。
 また向田邦子さんと『七人の孫』や『だいこんの花』など、交代で書いていたことがある。
前者は、いろいろな作家が書いていたが、後者になると、松木脚本の方が、断然、面白い。
森繁さんと竹脇無我さんの掛け合いの「片方がいじると、片方がすねる」という会話の妙は、テンポよく、絶妙な間があった。
まるで、社長シリーズの森繁さんと小林桂樹さんの掛け合いのようだった。

 長いこと松木ドラマを見続けていると、ときどき、松木ひろしらしさが失われ、そろそろ、限界かもなあ。。。と思っていた。
そ〜んな時に、’80年代の『池中玄太80キロ』が始まり、再び、やっぱり、松木ドラマは面白いなあと再確認する。
やっぱ、通信社の報道カメラマンのシチュエーションが、な〜んとも賑やかで、時間に追われる仕事特有の興奮があった。
西田敏行と三浦洋一の掛け合いがドラマのお約束で、毎回、大声で罵倒しあい、ののしりあい、また仲良しに戻るというパターンが快調だった。
ボクは、 坂口良子さんのファンだったから、くっつきそうで、くっつかない、引っ張って、引っ張っての恋愛ドラマが面白かった。

 松木ドラマのエッセンスは、現代風俗と、お洒落会話と都会的洗練であった。
当時、謎だった葉村彰子さんという作家は、どうも、向田さんなどの作家仲間の合作の名前のようだ。
『水戸黄門』や『大岡越前』などあるが、ボクには、あまり、面白くなかった。

 松木ドラマは、’60年代半ばから、’80年代後半まで、約20年間、ボクの鬱屈した青春時代の一服の清涼剤のようだった。あらためて合掌。
考えてみれば、脚本家が原案を名乗れたのは、彼の功績だろうと思う。
大好きだった坂口良子さんも、大原麗子さんも、石立鉄男さんも、みんな逝ってしまった。
とても、さみしい。
 
 そういえば、『フルーツポンチ3対3』とか、『レモンスカッシュ4対4』とか、『水蜜桃は青かった』とか、お洒落なタイトルも魅力だったなあ。


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by nonoyamasadao | 2016-09-22 18:36 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

今年の夏も

 夏である。夏休みである。
じゃあ、どこかに行ったのかと問われれば、な~んもしていない。

 今日など、自宅にて、すこし仕事をした後、豚のしゃぶしゃぶで宅飲みもよいなぁと思ってたけれど、結局、この暑さで、近場のスーパーすら行く気になれず、ありあわせでイッパイとなった。
子供のころ、亡き父や母に、今年もどこに行かないのは、我が家だけだ。。。と憤慨したのが嘘のようだ。

 気持では、老母と新幹線で鹿児島でも行き、桜島や指宿温泉でも連れてってあげたいなぁ。。。。とは思う。
第一、ワタクシ自身も、指宿は未体験なのである。
いやね、行けば、こりゃぁ、行ってよかった。。。と思うに違いない。
早く来ればよかったとか・・・。
でも、たとえば、ディズニーまで飛行機で行って、どうするというのか。
浦安に、本社があったのに、招待券らしきものがあったって、人工的な遊園地じゃあね。。。と思った。
 今だって、毒を飲んで死にかけたティンカーベルに会えるわけではないと思う。
まあ、毒を飲もうが、飲まなかろうが、ティンカーベルに会えるわけじゃない。
そういえば、松田聖子さんにも、『Tinker Bell 』というアルバムがあった。

 まあ、今年の夏は暑すぎたし、大きな地震もあった。
長いこと人生していると、いろんなことがある。
ご近所のご主人が留守宅に、紅い百日紅が、いつものように咲く。
事情は不分明だが、主のいない庭に咲く百日紅は、とてもさみしい。

 そっか、昨日、仕事部屋から見た5階からの風景では、もう、たくさんのトンボが舞ってた。
な~んとなく、夏の暑さが、微妙にゆるんできたような、気がしないでもない。
甘いよ~、夏はまだまだこれからさ~という気もする。

 そ~んなことを思いながら、熱燗の日本酒の最後の一滴を飲み干す。
ああ、そうこうしているうちに、今年もまた、一つ、年をとったんだな。

 あちらこちらで、いつものように百日紅が咲き、ケヤキの緑陰は素敵な日陰をつくってくれる。
今年の夏も、そろそろ、終わるんだね。


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by nonoyamasadao | 2016-08-21 18:35 | 雑文 | Comments(0)

あなたならどうする

  今日は仕事をしない日だが、雑事がたまって、市役所や銀行など、中心部に行く。
といったって、10分もあれば、行けるところだ。
この地の人は、中心部に行くことを、街に行くという。
これが、どうもピンとこなかった。
街なのか、町なのかも判然としない。

 せっかくの七夕だから、というので、デパ地下で美味いものでも買って帰ろう。
コチとヒラメの刺身を買って、ニラ饅頭を買って、かぼす釜de和風マリネ風みたいなのを買い込む。

 七夕の短冊に書くなら、お隣に美人の料理研究家か、美人のお茶の先生か、美人のお花の先生がお引越しで来るように・・・とか書いてみたい気分が、濃厚である。幸い、今、お隣は空き家になっている。すくなくとも、ずっとお留守だ。
昔は、老後は谷中で・・・とか、老後は書店主に・・・とか、生涯現役の意欲満々だった。
最近、すこし弱って来たのかなあ。
お隣さんをあてにするようじゃねえ。感心できない。

 イカンなあ。
でも、鉢花専門店なら、いまでもやってみたい。
ミステリ専門の古書店もいいかもしれない。

 ほんとうは、優柔不断な性格が治りますようにとか、ちょっとはあったと思う可能性やそのタイミングを逃さないようにが、きっと似合っているのだろう。
でも、ツーレイトである。第一、性格だもんな。
私のどこがいけないの?

 あっ、そういえば、昔々、いしだあゆみさんの『あなたならどうする』って、歌があったな。
♪私のどこがいけないの
♪それともあの人が変わったの〜
♪あなたならどうする。。。って、2度、繰り返す歌が、はやった。

 調べたら、1970年3月、発売だった。
あ、思い出した。
そういうことを言うから、優柔不断だって、当時、先輩から叱られたのだった。

 46年間、煮え切らないのは治らない。
それだから、まだ、夢を見たまま、時間だけが流れているのかもしれないな。


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by nonoyamasadao | 2016-07-07 22:10 | 雑文 | Comments(0)

晴れたり曇ったり

 いつのまにか、7月になっていた。
健康診断の結果を聞きに行く。
毎年のことだけれど、いつも途方に暮れ、出掛ける。
最悪のシナリオを想定せねばと思いきかせるのだが、その日の朝は、きまってドーンと暗いキブンになる。修行が足りない。
まあ、健康な人間のエゴに他ならないのだけれど・・・。

 検査結果は、ハッピーな結果だった。
でも、ここ数年の数字と較べて、やっぱ、落ちているよな〜。。。などと、贅沢にも眺め、ハァ〜とため息をつく。

 まあね、よく、考えれば、明日死んじゃったって、おかしくはない年令に差し掛かっているのだ。
でも、その自覚とか、覚悟など皆無だ。
胸を張って言えることではないけれど、覚悟などな〜んもないし、1年でも長く、生き延びたい。

 人生など語る資格などないし、そうしたら、おしまいだと思って生きて来た。
そ〜んなワタクシですが、人生は、晴れたり曇ったりだと思う。
ずーっと、晴れの日ばかりが続く人は、ずーっと曇りだけの人や、雨ばかりの人と変わりないような気もする。
じつは、大きく違うのだが、キブンの浮き沈みだけなら、同じレベルかもしれない。

 晴れたり曇ったりは、誰にもあって当たり前なのだろうが、順番からすると、曇りのち晴れの方が、ぜったいによろしい。
ボクたちは、いつ死ぬか分からないからって、推理小説は結末から読むというのは、『恋人たちの予感』のビリークリスタルのセリフだ。
けど、うしろから読んだって、読んでる途中で死んだら、同じじゃんか?。違うか。
 
 じゃあ、ボクは、ストイックに生きて来たのか?
違うな。
握り寿司など、好きな順に食っていた。
それを見て、亡父は、この子は享楽的だな。。。と、さみしそうに呟いたという。
フム、そうだったのか。
たしかに、若いころは、享楽的だった。
こと、異性関係を除けば、そうだった。
異性関係だけは、ストイックだった。
いや、見栄を張ってはいけない。非モテなだけだ。

 外見がだいたいパッとしないし、難しい本は無理して読んでいたし、映画ばっかり観ていた。
こういう男子は外見がよくたって、モテナイと伊坂幸太郎さんは『重力ピエロ』の会話の中で、書いてた。
井伏鱒二の『山椒魚』の書き出しの山椒魚は悲しんだ。。。。に影響されたのは同じだけれど、ボクがもてなかったのは、映画や読書の結果ではない。

 どうやら、梅雨明けふうの昼下がりの13時前後に、猛暑日のような日差しを浴びて、背広にネクタイで帰る中、ああでもない、こーでもないと上のような想念が陽炎のようにゆらめいて、たゆとう。
おことわりしておくが、わけわからん想念は熱中症からではない。強い陽射しは、堪えるが、不快ではない。

 ここの処、忙しいし、若いころと違って、疲れもとれにくい。
でも、この1週間の中でだって、やっぱ、晴れたり曇ったりってある。
夕方が近づく放課後の時間に、日々の暮らしの晴れたり曇ったりを思い返して、ゆるふわと生きていたいなって念願しつつ、3日ぶりのビールをいつくしむように丁寧にコップに注いで、飲む。
しみじみ、今年も、一応だけれど、検診クリアでよかったなと感謝する。

 だいぶ、テレビの連ドラDVDも観たなあ。
そろそろ、50年近く昔の、読書三昧、ミステリ三昧のころに、戻ってみてもよいかな。。。っという気分が濃厚である。
はてさて、どうなるか。


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by nonoyamasadao | 2016-07-05 18:57 | 雑文 | Comments(2)