いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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カタカナの桜

  いつの間にか、季節は過ぎて、今や寒の戻りである。サクラがいくつか開いているのを見るが、まだ、これからだ。
サクラ、咲かないかなぁ、まだかなあというこの微妙な未開花のぎりぎりの瞬間が好きである。
な、なんなんでしょう。
サクラの蕾の時が、大嫌いだぁ。。という人には何回か、会った。
咲くかなぁ、まだ咲かないかなぁというころは、心がざわめく。

 咲いてしまうと、な~んだ、つまんない。
でも、きれいとは思う。

 サクラは老桜樹になると、若いサクラより、いっそう紅が濃い花を咲かせるという。
な~んか、それって、我がささやかな美意識とは違う。
サクラは年令を重ねると、あわあわとした思いで、咲いてて欲しいと思う。

 春の夕暮れに、風が吹くと、降りしきるサクラ吹雪がある方向に一斉に流れていくのを追いかけて、ボクたち子供はパクッ、パクッと花びらを食べる遊びをした。
口の中に、ひんやりした味が残る。

 大島サクラの葉っぱでくるまれたサクラ餅の薄皮を見ると、子ども心に、胸騒ぎのような、せつないような気分になった。
サクラの葉の芳香の薄衣に、きっと、エロスを感じたんだと今思う。

 今年の春は、たらの芽、ふきのとうなど、ずいぶん食した。
あ、サヨリの糸造りを、ショーガで食すのは、まだ一度もしていない。

 最近は季節の花を見る、気持ちのゆとりがない。
困ったことだ。
仕方なく、寝際に夜空の月を眺める。
窓から見えないときも多い。
けれど、昨日の朧月は、すこしづつ満ちている。

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# by nonoyamasadao | 2014-03-21 10:35 | 雑文 | Comments(2)

ハクモクレンの季節

 このところ、雑件があって、何回か博多に行った。
先月末、肩の凝らない勉強会のようなものがあって、そのあとで、飲み会に誘われる。
な、なんと水炊きの店だという。
う~ん、酒呑みになって、唯一、越えられない壁があった。
それが鳥料理だ。
水炊きだけは、死んでもやだあ。
幹事の友人が、自分も鳥はまったくダメだが、刺身も出るし、もつ鍋に変えるから、行こうよぅ~と強く誘われる。
やっぱり、ビールの誘惑に負け、行こうかぁという気分になる。

 みんなは水炊きに生ビールを飲んでいるのに、末席のボクらは手酌の瓶ビールで、もつ鍋をつつく。
みんなが、とり天を食べているのに、こちらは野菜天ぷらを食べる。

 いくつになっても、協調性のないのは変わらない。
だから昔、部下の女子たちから、ホントに我儘なんだからぁ~呆れられたんだっけ。。。。と、しみじみ反省する。
でも、無理して性格は変えちゃいけないよと、速攻で、居直る。

 個室部屋で、我が末席だけ、まったく別メニューで、そこだけ異文化になってしまった。
それでも酒が進み、ビールは2本で止め、あつあつの日本酒を飲む。

 向かいがブロイラーで、家の前のどぶにトサカなど流れてさ~、それがトラウマになったんだと、友人に話す。
別メニューの料理を運んでくる、本仮谷ユイカさん似の若い女性が、それなら、わたしも食べれなくなります。。と、ばかにきっぱりと言う。
切れ長の目で、こちらを見ていた。
お店の人が、そんなことを言ってはいけないよ~と言いつつ、まっすぐな視線は微笑ましく、まぶしかった。
ずっと忘れかけてた気分に出会い、心のなかに、なつかしく、華やいだ風が吹き抜けていった。
こりゃ、春の椿事だなと、ひとりごとを言う。

 今月末に、45年ぶりの同窓会がある。
この頃、お世話になった職場の上司のことなど、時々、思い出す。
 上司とは浦安で落ちあって、よく飲み、二次会でカラオケに行くと、かなり酔い、つい帰るのが面倒くさくなって、タクシーで帰った。

 常磐自動車道の柏ICで降りて、国道16号線を八千代方面に向かう。
京樽があって、左折すると、赤レンガの分譲地が広がる。
現地案内所そばの上司の家の門扉のそばには、はなみずきの木があった。

 上司を送って、帰り道をタクシーで走ると、真夜中のハクモクレンは、大粒な雪が舞っているように見えた。

 今になって、人生の下りの坂になったのに気づく。
けれど、成功しないかもしれないけれど、本当にやりたいのは、まだ、これからだと思っている。

 いつもいつも急いでいて、自分の流れを汲みとることに急いだ。。。というような、誰かの詩があった。
フム、忙しくするのはよいことだろうけれど、忙殺は自慢することではなく、恥ずべきことだと思う。

 そろそろ、いつもの住宅に、いつものようにハクモクレンが咲く。

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# by nonoyamasadao | 2014-03-05 12:55 | 雑文 | Comments(8)

桃の思い出

 桃の節句である。
雛人形も、ちらし寿司も、ハマグリのお吸い物も、ひなあられも、全部、縁がなかった。
でも、きいろく美しい粟の菱餅を食したことがある。
焼いて食したと思うが、見た目ほど、美味しくなかった記憶がある。

 桃といえば、ピーチだが、水蜜桃の方がピンと来る。
子どものころに、桃を食すと、赤痢になると脅かされ、なかなか食べさせてもらえなかった。
めでたく桃解禁となって、縁側で、桃の皮をむいて、汁を滴らせて頬張っていたら、どこからかハチが飛んできて、しっかり刺された。
その時は、食べる方を優先したけれど、あれは痛かった。
自家製アンモニア水をかけた気がするけど、さすがに記憶違いだろうと思う。でも、もしかしたら、ホントかもしれない。

 ご近所の庭に、桃の木がある。
夜、暗くなって帰って来た時に、夜目にもあでやかなピンクの花が咲いてた。
その時は、桜かなと思ったけれど、翌朝に見直すと、枝垂れ系の濃い桃色の、八重のハナモモだった。
う~ん、セクシーな花だなぁ。。。って思った。
花を見て、セクシーだと思ったのは、モモと花海棠くらいだ。
きっとそばによると、微妙だけれど、かすかに匂うだろうと思う。
明日、仕事部屋に行くときに、遠回りして見に行こう。

 あと何回、桜の花が見れるだろうという歌詞がある。
梅や桜は子どもの時から、よく知っていた。
モモは、押し花をもらったことがあるので、案外、昔から知ってる。

 エラそうに書いたが、知っていたのは、それくらいで、樹木にめざめたのは、30代の後半からである。
年数でいうと、梅や桜はもう60回くらいは見ているが、ハクモクレンなどはほとんど、見ていないことになる。

 フルーツのモモは、姿も形も、エッチっぽくて、見ていると、シアワセな気持ちになる。
フルーツのお尻は総じて、エッチっぽいが、やっぱ、リンゴとモモが双璧だろう。
そういえば、イチゴのパンツの明智光秀な~んて、昔、記憶したっけなあ。

 桃って、ときどき、青くて、硬いままのってありますよね。
カチカチの桃を食す。
それもまた、ハッピーなんだよなあ。

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# by nonoyamasadao | 2014-03-03 17:01 | 雑文 | Comments(0)

電気ポット

  紅茶をよく飲む。
といっても、ポットのお湯である。
この地は湧き水だから、水の味だけは確かである。
 そのポットが突然、壊れる。
お湯が出ない。すこしどころか、一滴のしたたりもない。

 あ~らら こらら、お前の母ちゃん出ベソ。
いや、違った。
いーけないんだ~いけないんだ~ あ~ららこらら せ~んせ~に言ってやろ。。。が正解だ。
すくなくとも、杉並区荻窪バージョンでは、そうだった。

 壊したのはボクではなく、老母である。
もっとも、その後で、あちこちのボタンを押しまくったのはボクだから、疑惑の真相は定かでない。
機械は大っ嫌いである。
この間、やっとケータイの発信するだけから、受信をマスターしたくらいだ。
もっと凄いのは、今もって、テレビの録画ができない。
iPhoneなど、とても無理だ。

 振り返れば、パソコンを何台、壊したことだろう。
今や、パソコンとケータイは必需品で、恩恵に浴している。
それでも、世の中からこの二つが消えてなくなれば、どんなに毎日が平和だろうと思う。

 しかし、電気ポットは必需品で、ネットスーパーで予約して、届けて頂く。
あ、間違った。
電気ポットを買うつもりが、保温機能だけの魔法瓶を買ってしまった。
数が少なかった理由がわかった。
くそっ!、ネットショッピングのチョンボは何度目だろう。

 夜、BSの再放送見ると、伊東ゆかりさんが出てた。
前田憲男さんのピアノで、スタンダードナンバーのス・ワンダフルやSMILEを聴いて、ゴキゲンになる。
娘の宙美さんとのデュエットの「あなたしか見えない」を聴く。
この曲は、リタ・クーリッジだと思っていたけれど、メリサ・マンチェスター盤もある。
伊東家の母と娘の「あなたしか見えない」のサビのハモリでは、2回、倍音が聴こえた。
これだけ気持ちよくハモれば、ザ・ピーナッツの曲も聞いてみたいなあ。

 明日は、朝一で、電気ポットを買わなくっちゃな。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-23 10:54 | 雑文 | Comments(2)

三叉路

 今、住んでいるところの隣は、女子の多い高校である。
ゲートの開けてある駐車場があり、その先は校庭で、更にその先には、買い物にゆくスーパーがある。
もしボクが今、小学生だったら、校庭の真ん中を突っ切って、近道してスーパーに行っているだろうなと、いつも思う。
実行するなら、塀を乗り越えなければならないが、それも楽しそうだ。

 まあ、男の子はいつだって、けもの道が好きだ。

 昨日、DVDで『天体観測』の最終回を見ていたら、渋谷区役所前交差点のところで、同じ道を歩いて来た主人公たち3人が、右へ、左へ、まっすぐに別れた。
ジム・ジャームッシュ監督の『ダウン・バイ・ロー』のラストを思い出した。
それぞれの夢を追い求める男たちが行き着いたのは、三叉路で、右に行くもの、左へ行くもの、今ある幸せに残るものの3名だった。

 三叉路というと、どうしたってこの季節は、♪123...あの三叉路で、 123...軽く手を振り、 私達 お別れなんですよ~を思い出す。
そっか、あれから、もう36年も立つのか。田中好子さんに合掌。
大井町の長~い歩道橋を歩いてきて、らせん状の階段を下ると、三叉路に骨董屋があったのは、『時代屋の女房』だった。
夏の盛りに、銀色の日傘をさして、野良猫を抱えた謎の女の夏目雅子さんが現れた。
夏目さんは特別、ご贔屓ではなかったけれど、あの映画の夏目さんは、まぶしいほど美しく、目を細めて見た。夏目雅子さんにも合掌。

 三叉路は、高校から35才になるくらいまで、小金井の前原坂下で、毎日、経験した。
考えれば、T字路だと、先は行き止まりだから、右か左か、方向もはっきりしている。
Y字路は、右も左も、それほど、極端ではないので、行きあったりばったりのボクは、どってことなかった。

 たった一度だけ、夜遅くの前原坂下の三叉路で、夜の空いた電車に乗ったような、さみしい気持ちになったことがある。
大学の4年の秋から冬にかけて。家庭の事情から、就職の変更をしなければ、ならなかった。
電飾の灯みたいな星屑が散らばった夜、三叉路を左に行くはずが、右に行かなければならなくなった。

 結局、今の仕事に就いたのだから、左を選んだことと同じなった。
ピーターラビットのように闇雲に走って、いろいろな人の世話になってたら、左の道にぶつかったって感じだ。

 もしも、あの道がT字路や交差点だったら、どうなっていたろう。
ひょっとしたら、交差点で立ち止まって、後ずさりしてたかもしれない。
だったら、それはそれで、まっ、いっか。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-21 14:14 | 雑文 | Comments(0)

不思議ちゃんって・・・

  変わっているよね、あの子って・・・は、昔からあった。
人の意表を突く素っ頓狂な言動や、それでいて、鋭さがあったりで、エキセントリックなどと言ってた。
かわいさ、お色気、思わせぶりな態度などで男性を手玉に取る、小悪魔というのもあった。
50年位前だったか、加賀まりこさんが作家の遠藤周作氏との対談で、もも引きを履く男性は嫌いとか言っていた。
まあ、ここまでは、ある種、チャーミングとして許せた。

 理解が及ばなくなるのは、張りつめた糸がプツンと切れるように、小悪魔どころではなくなり、度を越した行動になるのが、プッツンだった。
プッツンには、ネガティブな響きがあった。
その後に、天然というのがあった。これなど、な~んとなく、うららでよかった。
それが、今や、不思議ちゃんだそうだ。
な、なんなんだ。

 ネット検索したら、以下が書いてあった。
・飲み会などでみんなが騒いでいても、「いえーい」とかやらない。
・ちょっと笑うところが人と違う
・普通の表情でおかしな事を言う
・グループ行動していても、一人だけ違う感じがするといわれる

 フム、たしかに外見はフツーだが、そんな光景には、何度か出っくわした。
しかし、飲み会で「いえーい」とかやらないのは、はにかみを心得ているからで、別にいいじゃない。
 
 ちょっと笑うところが違うゾというのは、たしかにある。
ボクだって、若かった頃は・・・。。。などというと、バカ受け~とか笑い飛ばされる。
おいおい、そこ、笑うとこちゃうやろ(なぜか、関西風?)。。。は、よくある。
 
 フツーの表情でおかしなことを言ったり、度外れて、空気を読めない人は、男女を問わず、多い。
好物を述べて、デコポンゼリーになりたいの~♪とか、陣太鼓好きすぎて、陣太鼓になりたーい!とかほざく。
まあ、ケーキが好きすぎてヤバイ!は、よ~く耳にする。

 最近よく聞くのは、大雪だにゃんである。
はっ、キミは、だあれ?。
ケッタイな語尾をつけるのは、天然ではなく、それこそキミたちふうに申せば、イラッとなるのよ、オヂサンは。

 会話があらぬ方向に脱線するのは、意外性があって、正直、楽しくなくもない。
しかし、不思議ちゃんの言語感覚は、これは、言語の破壊である。
言語の破壊といえば、ウィトゲンシュタインだが、これって、わっかるっかなあ。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-17 13:42 | 雑文 | Comments(0)

縄跳び

 仕事部屋に向かうとき、いつもの小学校のそばの住宅に、深紅の椿の花が咲く。
ほうと、足を止め、じぃーっと見入る。
冷たい風が吹き抜ける路地裏では、小さな女の子がひとり縄跳びをしてる。
おさげがピョンと跳ね、あまり上手ではないから、何度か引っかかる。
とてもかわいい。

 小学校のころ、道草した学校の帰りに、黄色いタンポポの咲く道で女の子だけの大縄跳びをよく見た。
お嬢さん、おはいんなさい、ありがとう...な~んて、やってた。
2人の女の子が大きな輪をまわして、スピードに乗った円環がくりかえし描かれた。
長縄が地面を叩いて、真上に上がったタイミングで、飛び込めばゼッタイに大丈夫に違いない。
そう思って、知らんぷりして見てた。

 今や、たそがれてきつつあるけど、野卑で、軽薄で、卑猥を男の甲斐性と言い聞かせ、ハードボイルドに生きようと思ってきた。
そのはずが・・・今や、妙齢な佳人などみると、目が泳ぐ。
還暦過ぎて、女性アレルギーが治癒したって、遅過ぎるよなぁ。
花咲くあしたなど、来ないよなぁ。。。と、ブツブツ、独りごちる。

 路地から、風が流れ、梅咲き匂う。
心がフッと軽くなる。
な~んとなく、シアワセ気分になった。

再び、須藤薫さんのコーラスに合掌。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-16 11:11 | 雑文 | Comments(4)

雪の連想

  タクシーで、歯医者に向かう。
梅の花がほころび、やっぱ、今年も時間の刻みは正確だなと思う。
東京では、13年ぶりだとか、20年ぶりだとかの大雪である。

 不謹慎だけれど、都会に雪が積もると、いつもとは、かけ離れた風景に連れてってくれるので、大好きだった。
30代の中ごろ、会社の帰途、上司と入社したての女性社員と、新宿通りの舗道を四谷駅に向かって歩いた。
路面凍結し始めていて、うっかりスリップした女性社員が、抱きついて来た。
ああ、これがあるから、大雪は大好きなんだ。
俯いて、心中、ほくそ笑んだのを思い出す。

 夜、ファンだった内田有紀さんのDVD『ばかもの』を観る。
内田さんはコスモ石油のCMでハンサムな女の子だなあと思った。
『じゃじゃ馬ならし』も、ボーイッシュなショートカットがステキで、大好きだあって思った。
そういえば、大のゴヒイキのクリスティ・マクニクルも荻野目洋子さん、福田沙紀さん、そして内田さんも、どこか似た系譜があるようにも思う。
最近では、『最後から二番目の恋』の男嫌いの、ひきこもり役もよかった。

 『ばかもの』は、ラストシーンの渓谷の河原のシーンの緑と水がとても美しくて、ほんのり爽やかに心に沁みた。
ああ、きれな川に行きたい。

 その後で、『白線流し』を観る。
フム、やっぱ、共学の地方の高校生はいいなあ。
昭和40年代前半の高校生活は、遠い昔になったけれど、また殺風景だったけれど、平和な毎日がまったりと過ぎていった。
その頃の練馬は、ドラマの松本市とはかなり違うが、どこか心細く、それでいてトキメキがあった日々だった。

 サッカーなどして、放課後の帰り道を、上石神井の駅まで歩き、みなはバスに乗ったり、徒歩で下宿まで帰った。
ボクは上石神井の駅から西武新宿線で帰るのだけれど、平日の15時ちょっと過ぎの早い時間の駅のホームは、まばらな人で、さみしかった。
電車もすいていて、太陽の光線が射し込むと、車内が急に明るくなった。
快速電車も走っていたけれど、花小金井で降りるので鈍行で帰るから、ゆっくりと走る電車だった。
 ドラマでは、通学するとき、松本電鉄が鉄橋を渡る。

 今はもう、あの頃の心細さと、ときめきの間で揺れてた不安定な気分は、とうの昔にどこかに消えて、青春の憂鬱もなくなり、さみしさだけがコーヒーカップの残滓のように残った。

 あの頃の微熱のような気分や心の痛みが、一番、大切な時だったと知るのは、いつだって、はるかに時間が遠くに過ぎ去ってからだ。
桜が散り始めるころに、45年ぶりに高校の同窓会がある。
今年の春の陽射しは、淡く、淡く揺れた、あのころの匂いや気分を、ちょっとだけでも連れ戻してくれるだろうか。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-09 14:05 | 雑文 | Comments(0)

夜歩く

 朝食のあと、頂き物のストロベリーシャンパンの紅茶を飲む。
フム、どこかキラキラした風味である。
場違いな気がして、銅銭糖など齧ってみる。
かすかに硬く、仄かに甘い。

 そういえば、子どもの頃は、落雁のような干菓子は、大嫌いだった。
きっと、何年かすれば、抹茶で干菓子が楽しみな季節になるのだろうか。
それもまた、悪くないような気もする。

 不良の生き方だったと思う。
不良馬場の状況を好んで歩き、硬茹でラーメンやナマコなど消化不良な食べ物を愛し、視界不良な未来を好んだ。
人の評価はどうなのかはわからないが、自分では、アウトローだと自負している。

 夜更かし人間は、そもそもが不良のように思う。
そのわりに、まっ暗闇だと、匂いや視覚など、異様に研ぎ澄まされるような気がして、どうにも落ち着かない。
だから今もって、豆電球をつけたまま寝る。

 いつもの帰り道の小学校の向かいに、大手スーパー、家電量販店、銀行や病院など、急ピッチで造成中である。
この季節の帰り道は、小学校の向かいは寒々としていて殺風景だったが、寒い冬らしく凜然としていた。

 花のない長い季節が過ぎて、水仙が咲き、紅梅も一輪咲く。
これからは、夜の11時くらいまでは、まぶしい光が輝くのだろうと思うと、夜の散歩もありだなと思う。

 ディクスン・カーの処女作に、夜な夜な靄でかすむパリの町をさまよう『夜歩く』があった。
堂々たる密室ミステリだった。

 ファミレスなどもできるという。
だったら、ボクも夜歩く。。。である。

 文教地区にあるファミレスで、夜遅くなっても、帰りたくない人たちは、ボクと同類の不良だろう。
きっと、さみしがりやで安心するから、そこにいる。
願わくば、24時間営業のブックセンターがあれば、毎日、そこに入り浸っているかもしれない。

 今もって、発育不良の不良ままである。
まっ、仕方ないか。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-06 12:30 | 雑文 | Comments(5)

寒い朝だから・・・

 昔々のこと、♪北風吹きぬく寒い朝も、心ひとつで暖かくなる。。。な~んて歌があった。
石坂洋次郎の世界観ですな。
嘘ばっか。
温度差が15度もあれば、寒いものは寒いのだ。気持ちの持ち方ではない。
あまり褒められないけれど、やっぱ、暖房で温まろう

 まず首の寒さは、タートルネックでガードする。
袖が長め、指先近くまでいかずとも、指先付けねまでのブカブカのカーディガンを羽織る。
カ―ディガンの袖先は指で掴んで、外気が入って来ないようにする。

 ただし、男たるもの、些かでも矜持あらば、下着など見えないところで、姑息なこことはしてはならない。
男の美学に、こだわらなければ、そいつは見どころがない。
ステテコや股引など、男のクズがすることで、品位に欠ける。 

 だったら、はんてんやどてらをガツンと羽織ってしまおう。
モコモコで、雪ダルマ状態を、みっともないなどと思うな!。
むしろ、当節のギャルは、かわいすぎる!といってくれると、錯覚したまえ。
どうせ、誰も見ていない。
などと思っていると、たまさか、とんでもない来客が、とんでもない時に来たりするもんで、くれぐれも油断してはならない。

 そうだ。還暦過ぎると、めめしいことに、足が冷えるんですな。
ホカロンや靴下の二重履きは、これまた、美学に反する。
まあ、俗説だが、足が冷たい人は心が冷たいっていうから、心を温めればいい。
本当は、日本酒アツアツの熱燗でイッパイが一番だが、今日は、アールグレイの紅茶で我慢しよう。

 最後の仕上げに、頭部はカシミアニット帽を目深に被る。
頭寒足熱は健康によいは、迷信と思いたまえ。
以上で、一応、ぽっかぽか。。。になるはずである。

 な、わけがない。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-05 09:50 | 雑文 | Comments(0)

果報は寝て待て

 今日は、節分。
昔は、接吻の日なんて言ってた。
今や接吻なんて死語ですよね。
だったら、アイラ・レヴィンの傑作『死の接吻』も『死のキッス』か。
な~んか、気分が違いますね。

 もっとも、昔から、名匠ロバート・アルドリッチには、『キッスで殺せ』な~んてあった。
あ、♪キッスは目にして~という 「エリーゼのために 」(ベートーベン)→ザ・ピーナッツの「情熱の花」のコピーもあった。

 帰り道に、住宅にピンクの寒椿咲く。
う~ん、昔、椿に凝ったことがある。
雪深い温泉地で、木陰にひっそりと咲くユキツバキの花は色っぽいものです。

 昨晩、『鴨、京都へ行く。―老舗旅館の女将日記』のDVDを観ていたら、祇園の巽橋が出てきた。
そうそう、石畳の道を白川沿いに歩いて、巽橋を渡ると、たもとに辰巳大明神の小祠があった。
いつか行った時は、紫の百日紅が咲き、枝垂れた桜が黄葉していたから、秋だったのだろう。
夜の帳が降りると、水だき 萬治郎の玄関灯が、ぼんぼりのように、黄色くポッと灯った。

 その晩、羊が一匹。。。のかわりに、舞妓さんがひとり、ふたりと数えたら、眠れなくなった。
あれは、舞妓さんのハイレグとか、舞妓さんのガングロとか、数えたら眠れたかもしれない。
人は、還暦過ぎて夢や希望は薄れるというけれど、また、♪なのにあなたは京都に行くの~という歌詞もあるけれど、あ~あ、たまらなく、京都に 行きたいなあ~。

 今日は、豆まきして、恵方巻きを食し、あとはなにをしようか。
すこし、ヒマになると、これまた、退屈を持て余す。

 恵方巻きを食し、恵方は寝て待てですよね~。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-03 18:21 | Comments(4)

1年後の須藤薫さんを偲ぶ

 巨峰の紅茶など、どんなもんだろうと訝しくおもいつつ、一口啜る。
ん、摩訶不思議なフレーバーが口中に広がる。
な~んか、これ、ストロベリーの間違いではないかしらなどと思う。
と思っているうちに、馬(うまっ)、馬、馬、めちゃ旨い。というより、名状し難いよい香気と風味がたしかになる。
う~ん、しあわせである。

 youtubeに、須藤薫さんの曲が増えてきた。
これはいいことじゃん。。。と喜んでいたら、コメントの書き込みがみな、過去形で、昨年の3月3日に、逝去されたそうだ。
知らなかったぁ。
昨年は、3月5日に、老母がうっかりさんの自転車に轢かれ、救急搬送したり、手術でバタバタしていて見逃したのだろう。
我が老母は、奇跡的なカムバックをしたが、須藤薫さんや彼女ともご縁のある大滝詠一さんも急逝された。
ほぼ同世代の年長と年少の死去は、身辺に、あわただしい風が吹く。心から合掌。

 遠い昔から須藤薫さんがご贔屓なように、書いているが、本当は、リアルタイムではな~んも知らない。
コンサートも行かず、アラ還のとき、このブログを始めて、'80年代ポップスをyoutubeなどで、聴いてから、CDを買った俄かファンにすぎない。

 けれど、気持ちよく起きた朝、新聞やゴミ出しなどで階段を降りるときに、無意識に『涙のステップ』や『セカンドラブ』を口ずさんでいた。

 須藤薫さんのベストアルバムが発売されたころは、千歳船橋本社が麹町本社へと移ったころである。
そのころは、会社が終ると、友人たちもまだ独身で、刺身でイッパイやったあとで、『ビッグベン』というパブで、ウィスキーやビールを飲んだ。
バイトの可愛いOLサンとかもいたが、こっちは色気抜きで、野郎同士で、しょーもない話をしてた。
何の話をしていたか覚えていないが、勿体ない事をしたもんだ。
茄子のオイスターソース炒めとか、フライドポテトで、水割りを飲んだ。

 友人と別れ、地下鉄入口の向かいのラーメン屋で、札幌ラーメンを食し、そこでまた、ビールを飲んでいた。
もう電車では帰る気にはならない。
タクシーで、首都高の外苑から高速に上がってもらうか、運転手さんの趣味で、神宮外苑を回って甲州街道で帰ることもあった。

 仕事をして、そして飲んで帰る日々であったから、須藤薫さんのことはな~んも知らないと、還暦前は思っていた。だが、違った。
『私をスキーに連れてって』の印象が圧倒的に強いのだが、スチール・ギターの間奏がカッコいい『サーフ天国、スキー天国』のコーラスが、須藤薫さんだったことを知る。
これはコーラスというより、ユーミンのアルトの声に、須藤さんの別メロのI love you, love you more than・・・が掛け合いになる、大袈裟にいえばデュエット曲だった。

 そんなことから、彼女のコーラスが数多いのを知る。
そんな中で、こっ恥ずかしいが、『渚のバルコニー』は圧巻だった。
ミニピアノっぽいイントロから始まって、須藤さんとBuzzのシャンランランというバックコーラスがある。
どっちかといえば、『風立ちぬ』派ではなく、『夏の扉』派のボクでも、詞は相当恥ずかしいが、アップテンポな曲調が好きだった。

 なんといっても、この曲の白眉は、最後の最後のサビ(始まってから3分すこし前くらい)の掛け合いである。
須藤さんとBuzzが,♪渚のバルコニーで待ってて~とうたうと、松田聖子さんがキャンディボイスで、♪きっときっとよ~と続ける。しかも、この聖子さん部分は、ダブルトラックですね。
そして遠くでかすかに、シュガ―ボイスの須藤さんのハイトーンのAh~というコーラスがエコーがかかって聞えて来る。

 ああ、今でも、心底、ハッピーな気分になる。

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# by nonoyamasadao | 2014-01-28 15:01 | 竹内まりや | Comments(7)

サイテ―って言われてもね

 ご贔屓のキャサリン・ハイグルに、『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』という映画がある。
かなり下品だが、よ~く見ていると、それだけではない小佳作だった。
まあ、この主人公などは、サイテ―男といわれても仕方ないでしょう。

 最近、年取ってからの娘くらいの若~い女性から、サイテ―と言われる。
待て~。彼女でもないのに、よくそんなことが言えたものだなぁ。
しばし、なにをやらかしたのかと。。。自省する。

 下ネタは大好きだが、女性の前ではしない。しないが言いすぎなら、少なくとも連発はしない。
王様ゲームなど、したことはない。
どのような美人が傍にいたって、彼女じゃなければ、小指一本触れない。

 フム、ボクの存在自体がサイテ―というなら、さすがに、それは無礼である。

 最近、街を歩いていると、ここは何処?と思うくらいの若いイケメン男に出逢う。
たしかに、鋭角的な目鼻立ちで、外国人のように整った顔立ちだ。
背も高く、身のこなしも、お若いくせに、なにやら垢抜けている。
スマートな体型で、アクセサリーや香水などもバッチリだ。
 なんだかなぁ。
モデルのような感じの男の子が増えた。

 ああ、ワタクシの若い時など、これに較べると、ダサッ!ダサダサ! 何これ!の状態であったなぁ。
服を着替えるのも面倒で、着たきりすずめだったから、きっと匂ってたかもしれない。
当時の女の人たちは、みなやさしくて、心の中に、しまっておいてくれたのだろう。

 でもね、男はいくつになっても、たとえ還暦過ぎたって、案外、デリケートなのだ。
サイテ―といわれ、な~んか、高田純次の気持ちが、グサッと突き刺さるように、わかった気がした。
もっとも、彼は商売でそれをしているだけですけれどね。

 ブサイクなワタクシは、若いころも、当然、ブサイクなままで、高校のころ、無い知恵を絞って、雰囲気イケメンを目指す。
純文学などを読み、デカダン(ス)文学のフレーズなど暗記して、雰囲気のどこかに影ができるとよいなぁ。。。な~んて真剣に思ったもんだ。
けれど、それって、疲れるんだよね。やっぱ、人間は素直が一番なのだと気づく。
結局、B級娯楽映画一辺倒に落ち着いた。

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# by nonoyamasadao | 2014-01-24 10:59 | 雑文 | Comments(0)

床屋嫌い

  今年はことのほか、寒くないですか。
寒いかなあ、寒いと嫌だなぁと思っていると、案の定、寒くなる。
北海道ではマイナス30度なのだから、まっ、贅沢な悩みである。

 床屋さんが大嫌いだ。
なぜかと言えば、忘れもしない大のご贔屓だったカトリーヌ・ドヌーヴの『反撥』を観て以来である。
美容サロンで働く潔癖症の主人公がをカミソリで切裂くシーンを観てからで、かれこれ50年近く前になる。
以来、床屋さんでは、襟足の形を作るために、首筋のジョリジョリは断固、拒否している。
大好きな本格パズラー作家のディクスン・カーに『盲目の理髪師』というのがある。
視覚障害の床屋さん、あな、恐ろしい。怖くて、読むのを躊躇したくらいである。

 そういえば、『スウィート・ノベンバー』で、ショートヘアがキュートなシャーリーズ・セロンが、掃除機に通販で売ってるヘアカット用の刃を付けて セルフカットしてた。
あれ、可愛かったな。
ボクも、50代後半から、自分でレザーカットしてる。
まあ、当然ながら、かなりとら刈りっぽい。

 昨日、『シェアハウスの恋人』を観ていたら、外国映画がまた、観たくなった。
ツリーハウスの場面では『スタンド・バイ・ミー』を思い出した。
谷原章介さんが「俺は朝はエッグベネディクトしか食べない」というセリフで、『プリティ・ブライド』のラストシーンで、ジュリア・ロバーツが「わたしはベネディクトが好き」と言ったのを、思い出した。

 昔は歩くビースト、ケダモノと呼ばれたワタクシとしたことが、最近、めっきり女性化したような気がしてならない。
ふんわり、ふわふわした、だし巻き卵にソバ屋で開眼し、毎朝、これまた、ふんわり、ふわふわのスクランブルエッグなどおいしく頂く。

 かくして、予て、矜持としたハードボイルドは、枯れていく。
ウ~ム、問題であるなあ。
5年後を予測すると、どんなになってるんだろう。
こ、怖いよぉ。

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# by nonoyamasadao | 2014-01-15 10:42 | 雑文 | Comments(5)

昔のドラマを今、見ると・・・

 最近、寒い日が続き、イッパイやりながら、古いDVDばかり見てる。
『けじめをつけて下さい。男ならけじめを約束してくれますね?』
こういうセリフは、当節は流行らないのではないか。
蟹江敬三さん扮する不倫歴のある父が、娘の不倫相手に問いただすセリフである。

 最愛の娘が、過去の自分と同じように不倫をした。
けれど、父親はやっぱ、娘がかわいいんだよねえ。
辛いなあ。
このドラマのタイトルバックは、16ミリで撮った横浜の景観に、ドラマの進行に合わせて、密会そしてデート場面が挿入される。
セピア色の映像はよく見るが、赤みがかったオレンジ色の映像は、いかにも横浜っぽくて、モダニズムだと思った。
手持ちカメラも多用されて、このころのドラマは水準が高かったなぁ。。。と思う。
松嶋菜々子さんが可憐で、とってもういういしい。
不倫相手の椎名桔平さんの上司の課長も理知的、思慮深く、ふぅ、カックィイ~。
まぁ、不倫は怪しからんことだけど、このドラマは家族や周りがきっちりと描かれているので、軽薄ではない。
ボクも課長さんをしたし、10才以上年少の若いOLさんもいたけど、しかも独身だったのに、ラブアフェアーなどな~んもなかった。

 過去の我が身をうらめしく思っても、せんない。
今や、還暦も過ぎ、立派な老境にある。

 でも、おじいちゃんには、死ぬまでなりたくないと、最後の抵抗を続けてる。
まず、腰は曲がってないゾ。
電車やバスで、席を譲られたりしたこともない。
股引もステテコもはかない。
よっこいしょういち。。。とは言っても、よっこいしょとはいわない。

 あ、ブログタイトルの寝巻きは、年寄り言葉だ。
パジャマだったな。
不覚にも、おじさんの企ては、もろくも足元から崩れていった。
まあ、歩いていて、突如、意味なく天を仰いで、何事かを呟く。。。な~んてことは、まだない。
年令相応が潔いのだろうが、絶対にヤダ。

 ドラマの舞台のBar『SWEET・SEASONS』へと続く万国橋から、横浜みなとみらい21の夜景を、ずっと見てみたいな。。。って思っていた。
万国橋ビルはもう、解体されたそうだ。
建物も生き物である。まっ、仕方ない。

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# by nonoyamasadao | 2014-01-13 11:51 | 雑文 | Comments(0)

初散歩

 元旦、初詣に行く。
そのまえに、香露の屠蘇を二杯、三杯と飲み、四杯めくらいでやめる。
凝った、うつくしいおせちを食すが、なんだかな、高級すぎて、ピンとこない。
すぐ飽きる。
初詣では、二礼二拍手一礼が、今までの人生の中で、はじめてうまく行った。
神社の石段を気持ちよくトントンと下りながら、こんなことだから、彩りに欠ける人生なんだ。。と元旦そうそう、早くも落ち込む。

 お正月は、さみしいから、昔から持て余す。
三日の早朝、散歩すると、道には、人っ子一人いない。
車も走っていない。
普段なら、どんなに早起きしたって、まだ暗いうちから、白い犬や残種の犬と散歩する人に、一人や二人は出会う。
ごくまれに、ローソンから、肉まんを咥えたおばさんが、飛び出して来たりしてたじろいだこともある。

 ただ一人歩くというのは、なんだか心細くて、いくつになってもさみしい。
時間は一瞬、出会いは一生・・・とか、ブツブツいいながら歩く。
でも、誰にも出会わない。

 夜道にひとりでもないのに、いたたまれない気持ちになって、脱兎のように走って家まで帰る。
生涯の望みは折々に見た美しい景色に残っている。。。っていうのは、方丈記でしたっけ?

 まだまだ、修行がたりませんね。

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# by nonoyamasadao | 2014-01-07 10:24 | 雑文 | Comments(9)

宇治抹茶&キャラメルチョコ

 理科ができなくて、今もって、天気図など皆目、わからない。
そのせいでもないだろうが、お天気お姉さんが好きである。
武井咲さんのテレビドラマではなく、本物のお天気お姉さんである。
なぜか。
なによりも、お天気おねえさんたちの清潔感と、ちょっとだけ美人なのがよい。
この、ちょっとだけ・・・というのが微妙なんだけれど、実は、ミソである。
あと、今のアナウンサーはそうとうズッコケの、あってはならぬ局アナの方もおられるが、そもそもは、あくまて知的で、クールなのが女子アナの王道だった。
それに比べると、お天気お姉さんは、アイドル性があって、すこし偏差値低めな感じ(失礼)が、庶民的で、とても好きだった。

 お天気カメラを意識したのは、TBSからだったと思う。
あのカメラは、どこに設置してあるのだろう。
赤坂TBSではないし、まして緑山スタジオなどありえない。
ずーっと不思議だった。

 ついこの間、フェースブックの写真を見てたら、丸の内中央郵便局がKITTEとかになっている。
ドキッテしたか、などと、くだらねぇ~~~キャプションがついてる。
ああ、時代はどんどん進んで、建物もどんどん変わって行く。

 はるか40年近く前、大学3年の2月ころ、郵船ビルを訪ねた。
就職訪問の友だちの付き添いで行った。
郵船ビルは、クラシックな荘厳な感じで、建物内を歩くと圧倒されそうな重厚さがあった。
でも、暗い感じだったなあ。

 友だちを人事部まで連れていって、住む世界が違うなと独りごち、行幸通りを東京駅まで歩く。
振り返ると、郵船ビルの屋上に日の丸の旗が翻っていた。
趣味じゃないというと、非国民だよなぁ。
もう夕になっていて、旧丸ビルの一階の明治屋に灯がともって、そこだけ、夢のようにきれいに見えた。

 まさか、その6年後に竣工した新郵船ビルが、TBSのお天気カメラの設置場所だったとはなぁ。
知らなかった。

 還暦という曲がり角を曲がってから、天気予報を気にするようになった。
明けない夜はないように、やまない雨はないなどという言葉があるのを知る。
まっ、諦めないで、頑張りましょう、来年も・・・などと思う。

 天気図に弱かったのは、勉強嫌いもあるが、基本は、♪明日天気になぁ~れ~と、下駄やサンダルを蹴っ飛ばす世界観だったからだ。
今も根本は、その精神である。やまない雨はないというよりも、明日は明日の風が吹くの方が、しっくりくる。

 さぁ、今年もおしまいですねえ。
キャラメルマキアートを試さなかったのは慙愧に堪えない。
っていうのは、ウソです。
基本、ミルクは大嫌いだから、エスプレッソで十分だ。
まあ、濃いめの宇治抹茶&キャラメルチョコでも、試しますかね。

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# by nonoyamasadao | 2013-12-31 11:28 | 雑文 | Comments(0)

仕事仕舞

  いつの間にか、クリスマスが過ぎて、あわただしい年末になってた。
お外は晴れでも、風も懐も気持ちも、さぶい。
まあ、さぶいの苦手なんだよなあ。
最近は1飲4休にしている。大晦日、元旦、二日と三連投で、飲もうと思ってるためだ。
なんだか、とてもうれしい。

 今週、何が一番楽しかったのかを考える。
フム、25日に、郵便局に行くときに、サンタクロースさん(正しくはその扮装をした人)が運転するタクシーに乗ったことだ。
白いひげこそなかったけれど、赤い帽子に、白い縁取りのある赤い服を着てた。
たぶん、業務命令なのでしょうが、サンタの運転手さんは、すこし悲しそうだった。
そりゃ、そうだろう。
ボクなら、死んだって、しない。
あとは、友人と3年ぶりくらいに電話で、長話したことか。

 今週、一番悲しかったのは、1級上のミステリ・クラブの先輩の喪中はがきを頂いたことだ。
群馬出身の前橋の秀才に合掌。
他には、なんだろう。
ポインセチアを買わなかったことと、ゆず湯に入りそびれたことかしらん。

 ともかく、どうにかこうにか、今日で仕事仕舞になったのは、めでたい。
大晦日はカニすきで、たらふく飲んで、初詣でに行こう。
今年、学んだ、由緒正しい二礼二拍手、願い事をして、一礼がうまくできるか、すこし心配だけれど、どうにかなるでしょう。

 あっ、還暦過ぎたら、正月には、床の間を背にして和服で正座して、厳かで、凛々しくありたいが夢だった。

 なんか散漫に過ごした12月だったなあ。
年賀状でも書きながら、これからの人生について、あれこれ思案でもしてみますか。

 どーせ、これからも美しい女性とは、生涯無縁のむさくるしい人生だろう。
でも、時にシミジミ、いつもは、もそもそまごまごだって、捨てたもんじゃないですよね。
ゆっくりとまったりと~LaLaLa、ちょっとだけ幸せで十分ですね。

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# by nonoyamasadao | 2013-12-28 16:00 | 雑文 | Comments(3)

顔面シュークリームは大嫌いだ!!

 若い人たちの間で、顔面ケーキや顔面シューが流行している。
肉食系女子のブログやtwitter、facebookで、誕生日やクリスマス会での顔面ケーキの写真をよく見る。
目隠しして部屋まで誘導して、ケーキを、顔面にベチャッと浴びせる。
まるで処刑だ。
こういう遊びは、生理的に、いやだ。
 
 食べ物を粗末にするからというより、美学がない。
昔からあった、パイ投げにも抵抗があったが、あれは言ってみれば、場外乱闘で、とりみだしたドタバタ騒動だった。

 昔々、ショートケーキ、シュークリーム、エクレアが三大洋菓子だった。
エクレアをウクレレと憶えこんだ、ひっそりした聖少女のような母親の遺言を書いた筒井ともみさんの『ウクレレとエクレア』を思い出す。
とてもせつないけれど、あたたかい佳品だった。

 食べ物を粗末にするのが始まったのは、クレージーの時代が終わり、ドリフになってからだ。
日本の笑いから、品とか知性や洗練が消えた。

 昨夜は矢田亜希子さんのDVDの三本立てを見た。
『ヨイショの男』、『夢で逢いましょう』、『ラストクリスマス』だ。
最初は、植木等の日本一シリーズが原型である。『日本一のゴマスリ男』というのもあった。
二番目は、『パパとなっちゃん』のバリエーションだろう。
最後は、加山雄三の『アルプスの若大将』を思い出した。
してみると、矢田亜希子さんの役どころは浜美枝さんのOL、小泉今日子さんのおかっぱ、星由里子さんの澄子サンになる。
矢田さんには失礼だが、庶民的な星由里子さんに、少々ヤンキーが入っている小泉さんがミックスした感じが好きである。

 昨夜、寝る前に見た『ラストクリスマス』第9話では、 初雪が降り始め、それに気づいた由季(矢田さん役)がベランダに駆け寄り、雪(エンジェルスノー)を手で掬って掴んでしまう。エンジェルスノーは北欧では、掴むと不幸が訪れるのが伝説である。夜空から雪は降り、ベランダからそれを見守る。
 
 それにしても、三作連続で見る位だから、よほど、矢田さんのファンなんでしょうね。
街角の小さな魚屋さんが大好きな塩田若葉役から、ハマったのかもしれない。

 昨日で年内の仕事は終わったはずだけど、あと、2~3日はまだまだ、バタバタしている。
まっ、いっか。

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# by nonoyamasadao | 2013-12-24 11:05 | 雑文 | Comments(0)

イェーイ

  忘年会があって、繁華街の大手スーパーで仲間たちと待ち合わせる。
来、来ない。
待ち人、来たらず。。。なのであった。
いっしょに待つ若い友人が、LINEとかで、自分がいる場所を相手に教えると、もうすでに、来ているらしい。
まっ、いっか。どこかにはいるのだろう。
せっかくだからと、大手スーパー内をうろつく。
よ、よよっ、ドトールがある。
な~んか、オサレだ。
まさか、銀座三愛のように、恋の招き猫のコイコリンなどあるまいな。。。と探す。
昔、人目のない時に、お尻の部分をナデナデして、恋のサクセスを祈願したことがある。
お尻の部分は、パートナーの浮気をやめさせたい時に撫でるな~んて知らなかったぁ。

 通りをはさんで、フラワーショップがある。
そろそろポインセチアを買わなくちゃだなぁと、じぃーっと見入る。
小さいのが、840円だった。
ポインセチア1つで部屋が一気に、クリスマスモードになる。
まっ、そんな気がするわけですよ。

 還暦過ぎて、クリスマス気分な~んて、うら若き女性ならともかく、イタ過ぎるって言われるでしょうねえ。
たしかに、若いカップルのクリスマスは微笑ましい。
クリスマスの季節の繁華街を散歩するのも、いいもんだ。
都会にいたころは、まだ30代の名残りを引きずっていたので、そんなこと、思いもしなかった。
まあね、アンチーアンチエイジングのワタクシの還暦過ぎのクリスマスだって、それなりに、心温まるものなんですよ。

 わかるかなぁ~わかんねぇだろうなぁ~、この心意気。
イェーイ。

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# by nonoyamasadao | 2013-12-20 10:25 | 竹内まりや | Comments(0)

かくして今宵も更けゆく

 昨夜、最初の忘年会だった。
昔は毎日が忘年会状態だったから、今や、忘年会はとても大切である。
なぜなら、いつもよりもたくさん飲めるからだ。
三日に1度の飲酒で、ほめられると思ったら、なんと、半年ぶりに飲酒の人がいる。
フム、世の中にはストイックな人がいるなあ。
えらいものだなぁ。。。とあらためて感服しつつ、こちらはビール3本飲む。
ボラの刺身が身が引き締まって、ことのほか美味だった。

 そいえば、昔々、西村寿行さんの小説で、ボラの大群が夜の海辺に押し寄せて、波打ち際がぼんぼりのようにきらめく、ものすごく不気味で、幻想的な描写があったなあと思いだす。

 外に出ると、まだ10時前の自宅近くだが、じっとガマンして、タクシーで帰ることにする。
師走の風は、冷たいものだなあと、これまた、あらためて感じ入る。
暮れの街を歩くのもいいものだ。
写真で見た六本木のけやき坂の紅葉のようなイルミネーションを思い描きつつ、歩くのも悪くはない。

 昔見たCMの牧瀬里穂さんが息を弾ませ、名古屋駅構内を駆け抜けるような場面は、生涯、縁がなかったなぁ。
まっ、当たり前か。。。などと、すこし酔った頭で考える。

が、それにつけても、サブッ。

 帰り道、若い友人たちから聞いた、二礼二拍手一礼のルールを忘れないように反すうする。
お賽銭、ガラガラ、後ずさりして深々と二礼、二拍手、そして願いこと、一礼だったと思う。
願いことをするときは、住所氏名を名乗ってから、お願いをする。

 う~ん、知らなかったあ。
それにつけても、飲み屋さんにワサビ漬けがなかったのが、イカンの極みである。
帰宅したら、アールグレイのTバック紅茶を飲んで温まろうとか、スケールのちっちゃいことが思い浮かぶ。
かくして、今宵も更けていく。

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# by nonoyamasadao | 2013-12-06 10:00 | 雑文 | Comments(2)

謎だ

  あれはいつのころだったろう。たぶん、浦安に勤務していた頃だ。
課のみんなとお昼から、寿司屋さんでビールを飲み、寿司を食した。
ボクは、ビールを飲んだことだけ、よく覚えている。
部長さんがいると、その方は下戸のため、ビールなどとんでもないという時代だ。
主席だった部長代理が理解があって、たぶん、みんなで飲んだのだと思う。
すこし長めのお昼が終って、コートを着て、枯葉が舞う住宅街を帰った。
後輩と並んで、先頭の方を歩いて、タバコを吸うと、風があったのか煙が棚引いていた。

 男にも、バックシャンという言葉(今や、完全に死語だべ)があるそうだ。
ボクもその傾向があるみたいだ。
後姿でおっ!イイじゃん。。。っと思って、前へ回って顔を見たらがっかり・・・みたいなことだろう。
要は、顔がブサイクってことでしょう。
お気楽に考えりゃ、後ろもバツよりはましか。まっ、いっか。

 このところ、あんまりおもしろいドラマが見つからない。
はるか年下の友人が、『33分探偵』なら、ボクの好みにあってるよ~って教えてくれた。
深夜のゆるーい、脱力系ドラマだという。
よ~し、一度、見てみよう。

 深夜の安眠に向いたドラマでは、『湯けむりスナイパー』があった。、
遠藤憲一さんは、大河ドラマの『武蔵-MUSASHI-』で、お篠(宮沢りえ)と旅をしていた原田休雪役で、カックいいと思っていた。
『白い春』はいい役だけれど、らしくないなぁと思った。
スナイパーでも、ちょっとしたときに、まったく似てない美男の市川雷蔵の二ヒルなイメージがダブった。

 源さんの、ストイックな男の佇まいはカッコよかった。
まあ、殺し屋の汚れた過去を埋葬し、人生をリセットするドラマだけど、好きだったのは、そんな影ある男の源さんが早朝、落ち葉をかき集め、宿の前を掃き清める場面である。
もう一つは、階段を下って、湯けむり上り、湯気の匂いが伝わってきそうな露天風呂に、足元にお気を付けください。。。とお客を案内する場面だった。

 まあ、かなりアナクロであり、アングラ風でもあり、B級で、胡散臭くもあり、それでも安らいだ。
正直、浅田次郎の小説と同じように、本質ではどこか違和感があるが、それでも寝しなの睡眠剤みたいだった。
原作にもあるのかもしれないけれど、青山テルマのカラオケを芸者さんが歌うのを聴いて、なんだこの引力は、21世紀の演歌だ。。。。と落涙する場面は、ちょっとグッときたのを憶えている。

 そういえば、子どものころに、結婚するなら芸者さんだと、決めていたのだった。あれは、どうしてだったのだろう。
謎だ。

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# by nonoyamasadao | 2013-11-30 13:12 | 雑文 | Comments(0)

永遠のこの日のために

  寒くなって、今年も紅葉の季節になっていた。
近くの通りがかりの、縁もゆかりもない大学の桜の若木が、多彩な色を重ねて、ばかに美しく紅葉していた。
そっか、桜紅葉とはこれをいうのか。
学校の桜は季節を問わず、眺めると、なぜだか、いつもせつなくなる。
何故だろう。

 日曜日の昼下がり、黄色く燃えるようなイチョウ並木の下を歩く。
イチョウ並木はトンネルのようで、鈍色の陽光が落ちる中、風がないせいか一ひら、思い出したように、すこし経って二ひらと、葉が音もなく落ちる。
学生のころは、母校の樹木など眼中になかった。
季節の移ろいにも、まったく鈍感で、夏だと思っていたら、あれま、いつの間にかコートを着てたみたいな感じだった。
いまや、イチョウの黄葉が、気持ちまで染めるような気がしないではない。
おいおい、それって、老化現象ですよ。
秋色に染まる風景に気持ちが同化し過ぎですよ。
季節の気配に体や気分まで、過剰に同化し過ぎると、もうお迎えが近いような気がする。
ワナワナ、それはちと早過ぎる。
しんみりする気分を振り払って、霜柱もないのにサクサクサクと歩く。
イチョウのトンネルの出口で、守衛室の見知らぬ方が、ボクにていねいに挨拶する。
ヤバッ、内心の動揺を隠して、こちらも深々と頭を下げる。
思わず後ろを振り向くが、誰もいない。
前方には誰かいるだろうと、目を凝らすと、こちらも誰もいない。

 入試の看板が、中央の花壇のところに、立っている。
ああ、今日は大学の入試の日だったのか。
入試は2月では、なかったっけ。
遠い昔を思い出す。
キャンパスの山モミジが、濃い赤やちょうどよい紅葉になっている。

 毎年、12月に果たせない夢がある。
ローズマリーのクリスマスツリーにスノーマンが、頂点に乗ったキットである。
今年もまた、売り切れだった。
昔見た、『ラストクリスマス』では、夜のコロネットピークスキー場(?)の井原剛志さんと矢田亜希子さんが、灯りのともった雪だるまが乗ったリフトとすれ違うシーンがあった。

 さらに昔のこと、♪ゴーゴーゴー風が泣いているゴーゴーゴーゴーゴーゴー風が叫んでるゴーゴーゴーゴー。。。。という歌があった。
毎年のことであるが、クリスマスが近づくと、止んでいた風が、騒がしくなる。

 う~ん、今年は、クリスマス限定のショコラ「シャンパーニュ」でも、食しますか。
鼻血がでないとよいけれどなあ。

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# by nonoyamasadao | 2013-11-26 10:46 | 雑文 | Comments(4)

おら、ハードボイルドだど

 ハードボイルドという言葉を、はじめて使用したのは、敬愛する故双葉十三郎先生であったようだ。
双葉先生も偉大だけれど、その事実を調べ上げた小鷹信光さんの『私のハードボイルド―固茹で玉子の戦後史』は、そうとうマニアックなものらしい。
あやふやな書き方をしてるのは、先輩が持っていた『キネ旬』を拾い読みして、知った程度だからだ。

 おら、ハードボイルドだど。。。というトリオ・ザ・パンチの流行の後に、ハードボイルド小説を読んだ。
最初に読んだのは、都筑道夫センセイの『スパイキャッチャーJ3』で、これはパロディのようなところもあって、ハードボイルドはおくてだった。
その後で、チャンドラーやロスマク、遅れて、ハメットというヘンな読み方をして、軽ハードも読んだ。
和製ハードボイルドも読んだが、どれもみんな乾いた感傷ではなく、湿った感傷だった。
だから、ハードボイルドなど意識せずに読んだヘミングウェイの『殺し屋』、『敗れざる者』や『キリマンジェロの雪』とか、初期の石原慎太郎の短編を超えるハードボイルド小説を知らない。

 固茹で玉子は、見ため、まっ白と濃密なまっ黄きがくっきりと鮮やかな、遠足の定番だった。
青空の下で、殻をむいて、食す。
つるりと、きれいにむけれるツルピカやったね。。。のときもあるけれど、いつも、殻に身がくっついて、そのうちに面倒臭えなぁと、むしると汚くなった。
ガブッと食すと、殻の極小の断片が口の中に残った。
パフパフの黄身はいまなら、飲み物がないと、胸につかえそうだけれど、あの時は、飲み物などまったく考えもしなかった。
乗り物酔いの友だちは、茹で玉子は酔う食べ物らしく、羨ましそうにボクを眺めてた。

 寒くなって来た。
今日は、おでんのハードボイルドエッグを食べよう。

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# by nonoyamasadao | 2013-11-17 12:06 | 雑文 | Comments(0)

いつも2人で

 だいぶ前からサザンカが咲いている。
毎年、キンモクセイが薫り、やがて、さみしい感じのサザンカが咲くこの季節になると、トキメキに似たなにがしかが去来する。
今年は、な~んも感じない。
リアルで、無粋に過ごしてきたためだろうか。
♪人生にはぐれたような気がして、ちょっと落ち込む。

 高校のころに、有楽座(だったと思う)で、ヘップバーンの『いつも2人で』を観た。
夫婦の倦怠期を描いたような作品で、まばゆいほど美しいジャクリーヌ・ビセット以外は、オクテだった高校生のボクには退屈な映画だった。
大学に入って、先輩の女性が、ジャクリーヌビセットの美しさに圧倒されたのは同じだけれど、あれは人生を描いたのでは。。。とすこし遠慮がちに言った。
フム、女の人は、二十歳で、人生な~んて感じてるんだぁ。。。と驚嘆した。
ああ、あれが人生かあ。。。と思ったのは、還暦を過ぎた、ついこの間のことだった。

 時は流れ、『いつも2人で』はボクにはなく、いつも独り住みにて・・・がエンエンと続く。
まあ、ローンなど返済しながら、ずーっと独身で生活してますよがふさわしい。

 白い雲が、はやく流れていく。
通り抜けの大学では、淡い陽射しの中で、カップルがベンチで、楽しそうに語らっている。
なんとも微笑ましい。


 そっか、有楽座が閉じてから、もう30年近くになるのか。

 風が吹いて、ケヤキの枯葉が、ささーっと目の前を流されていく。
『いつも2人で』のメロディーを頭に描くと、あっという間に、昔にさかのぼった。
はがゆいことや、ほろ苦いことばかりの時代がまざまざと蘇って来て、心騒いで、もしかしたら泣きそうなるかも・・・とせつない気持ちになった。
一瞬で消えたけれど、なんだか幸せになって、俯いて笑う。傍から見れば、不気味かも。

 でも、な~んか、間抜けで、愚かですね。

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# by nonoyamasadao | 2013-11-15 12:24 | 雑文 | Comments(0)

クリスマスローズ

 10月いっぱい、仕事をしていた。もっとも、夜はテレビの連ドラのDVD三昧だった。
一ヶ月、集中して仕事をするのが、どうやらボクの場合、限界のようだ。
お勉強もそうだった。一ヶ月くらいでスタミナ切れして、それ以上、頑張ったって、良い結果は生まれない。
結局、たいしたことはできなかった。まっ、いっか。

 それでも、一ヶ月間は時間が止まっていたみたいだ。
今、落ち着いて周りを見ると、16時をまわるころには、夕暮れになりはじめる。
たぶん、もうじき冬が来る。。。って、当たり前ですね。

 朝、仕事部屋に、のんびり歩くていくと、小学校の左の広大な空き地の囲いがとれて、何台ものブルトーザーが整地している。
そっか、ショピングモールが、来年、できるのだった。
小学校の正門の前に、大エノキがあって、学校を見守る木のようだ。
菩提樹やコブシなど、道路際に並んでいて、木造校舎の廊下や図書室、教室など見える。
ああ、誰もみな、昔は子供だったなぁと、しみじみと思う。
国仲涼子さんに、同じタイトルのドラマがあった。
『結婚できない男』の阿部寛のお隣のみちるちゃん役の彼女もよいけれど、アイ子先生役は淡々としていて、おとなしめな感じが爽やかだった。
 
 今年は、ホント暑かった。38.5度を記録した日、スーパーに向かってた。
陽炎が立ち上って、ゆらゆら揺れてた。この暑さは、長いこと、人生していて、はじめてのことだと思った。

 秋の深まりに、やすらかさを感じたのか、三浦しをんさんの『舟を編む』を読みだす。
行間から、遠い昔のなつかしい感じが匂い立つ。
小説を読むのが、久しぶりなせいか。いや、違う。
しばらくして、ゆったりした、些か古風な文体とユーモアが、山口瞳や遠藤周作のユーモア小説の味に、どこか似てるように感じたからだと思った。
もちろん、彼らの方が、からい小説であるが、三浦さんには昭和のテイストがある。

 仕事部屋からの帰り道、黄葉の始まった通り抜けの大学を抜けて、コンビニに向かう道すがら思い出した。
辻邦生さんの『花のレクイエム』の12月の花は、クリスマスローズだった。
ジングルベルの鳴る雪の宵、遠く離れていた妹に逢う。
淡い紅色の花びらが華やかなようで、はかなくも、つつましいクリスマスローズが一番好きな、姉妹の話だった。

 コンビニの向かいには、花屋がある。
クリスマスローズを探したが、やっぱない。
で、すっくと立った、野性的な繁茂するローズマリーを買った。
そういえば、以前にもここで、枝垂れ系のローズマリーを買ったよな。

 あれはどうなったっけ。忘れかけてた鉢植えだ。こういういい加減な輩は花など買っては、イカンですな。

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# by nonoyamasadao | 2013-11-10 11:55 | 雑文 | Comments(4)

今年の秋は・・・

 ブログを書かなくなって、一ヶ月くらい立つ。
ずいぶん、日が短くなった。
日が長くなるとうれしいと、確か、江國香織さんが書いていた。
日が短くなると、ああ、冬が近いのだなぁという気がする。

 今年は気持ちに余裕がなく、キンモクセイの香りを楽しまなかった。
夜寝る時や、暮方にタクシーを待っているときなど、ときおり、キンモクセイの香りがした。
ご近所のどこかにあるのだろう。
毎年のことである。
キンモクセイの姿は見えないけれど、どこからか風が香りだけを運んで来る。

 毎日のように、スーパーに行くけれど、3時から4時前くらいなので、あまり季節感はない。
スーパーから外に出ると、外がまだまだ明るかったり、闇だったりの記憶はない。

 子供のころ、春は、ほのぼのと夜が明ける頃、きっと、今日も楽しいことがあるといつも思っていた。
月夜の夏に、ああ、今年も夏の終りがやった来たと、さみしく思ったことがあった。
秋は、オレンジ色の夕陽がさす学校の帰り道が好きだった。
今年の冬は、雪が降らないかな、雪が降るといいなぁと、いつも思った。

 いつの間にか大人になって、会社を出て、外が明るいと、明るいうちに飲むのは楽しいと思った。
会社が終り、外が闇だと、鍋と美味い刺身でイッパイがサイコーだと、ウキウキして飲みに出掛けた。

 今年は例年にも増して、彩りのない秋が過ぎていくなぁと、ちょっと悲しい気分になる。
あと何回、サクラが見れるだろうという竹内まりやさんの歌詞のように、あと何回、秋の夕暮れの匂いを感じられるのだろうか。 
秋の夕陽に揺れる、青いススキもほおけたススキも枯れススキもよいなあ。

 岬で魚釣りもしなかったし、青いススキの小道を帰ったこともない。
本格的な木枯らしの季節になれば、やっぱ、フグだな。

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# by nonoyamasadao | 2013-10-28 09:04 | 雑文 | Comments(6)

宗旨変え

 このところ、意識になのか、身体になのかはわからないが、ちょっとした異変が起きている。
甘党になりつつある。
コーヒーはやめたけど、紅茶はストレートで飲む。
古来、酒呑みは辛党が、通り相場である。

 そりゃ、子どものころは、桜餅のほのかな香りが大好きだった。
柏餅は餅の肉厚はあまり好みではなかったけれど、季節の食べ物だなと思った。
みたらしだんご対あんだんごなら、正直に言えば、ゼッタイにあんだんごなのだけれど、無理してみたらしだんごしか食さなかった。
思えば、屈折してたのはそのころからだった。

 歳月は流れ、いまや、水ようかんをこよなく愛し、とらやの栗むしようかんなど懐かしむ。
このままでいくと、大粒大豆のおはぎやみつまめ、ぜんざい、そして洋菓子と女性化路線をひた走りそうな予感がする。
たとえば、モンブランをおかずにショート・ケーキを美味しく頂くスウィーツバカとかになりそう・・・。
ワナワナ。なっ、なぜ!。なぜだ。

 失恋して、味覚に変化がおこる年ではない。第一、失恋なんか、40年以上、味わっていない。
妊娠するわけがない。
認めたくはないけれど、老化により、味覚の感度がにぶくなり、味に鈍感になることはあるだろう。
甘党から辛党へと大人になって行く過程での変化はよく聞くが、その逆の変化はあまり聞かない。

 やっぱ、還暦を過ぎ、ほろ苦い人生のいくばくかを知り、曇りがちな日々が続くと、甘い夢など見たくなる。
ゆっくり、まったり甘み日和も悪くない。
がしかし、男たるもの栗の渋皮を好み、春になれば山菜のほろ苦さでイッパイの方が、カッコよいなあと思う。

 還暦過ぎて、無冠にして、群れに属せず、人に媚びることなく筋を通し、健康に配慮しつつも無頼に生きてこそ、ハードボイルドだと心得る。
なんだか疲れそう。今、秋風が吹いた。

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# by nonoyamasadao | 2013-09-22 10:05 | 雑文 | Comments(5)

秋の旅

 いつものように、ゴミ出しに行く。
あっ、隣の集合住宅の木々の葉を透かして、秋らしい柔かな陽を浴びる。
空を見ると、空の匂いが秋らしい。
空気や風の匂いはよく感じるけれど、空の匂いを感じたのは、かなり昔のような気がする。

 大好きな長田弘さんの詩の、“今日あなたは空を見上げましたか”。。。というフレーズを思い出す。
これって、教科書に載っているらしい。
な~んか、ガッカリ。
一番好きなフレーズは、“樫の木の下で、あるいは欅の木の下で、立ち止まったことがありますか”。。。。ってとこだ。

 そんなことをつらつら思いながらゴミ置き場まで歩く。
ああ、こんな日は、どこかに旅行に行きたい。

 ビジネス・トリップなら、年に何度も行く。
旅行鞄に、これだけはなくっちゃねという必需品を詰め込んだり、宿の手配をしたり、新幹線や飛行機に乗ったりで、プロセスは同じだ。
でも、ビジネストリップは、目的が明白で、俄然、雑駁になる。
騒然としていて、まことにもって味気ない。
 
 “もう誰からも「遠くへいってはいけないよ」と言われない”のだから、どこだって行ける。
今、思いついたのは、取り敢えず、栗の木がいっぱいある地方で、サンマの塩焼きを食したい。
静かな昼下りは、歩くことをたのしむために見知らぬ街を歩く。
地元の静かな喫茶店を見つけて、紅茶を飲んで、読まないでとっておいた面白そうな短編小説を1作だけ、ゆっくりと時間をかけて読む。
夜は遠い昔の誰かを思い出して、はやめに寝る。
どんな夢をみるのだろう。なんだか楽しみ。

 長田弘さんの詩のフレーズに、上手に年を取ることができると思いますかという問いがあった。
これは、駄目ですな。
だって、年令の自覚なんかないしー!。
いちばんしたいことは何なのか、いまだわかっていない。

 いやはや、我ながら困ったもんだ。

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# by nonoyamasadao | 2013-09-17 11:16 | 雑文 | Comments(2)

ストイシズムも悪くない

 江國香織さんのエッセイ集『やわらかなレタス』を読む。
妹さんとの六本木ヒルズでの「お買い物の顛末」を読んで、な~んか、ニューヨーカーの短篇小説の味だなと感じいる。
どこまでも日常的で、あざとい物語がなにもなく、都会的で、瀟洒な読み物だった。
江國さんが、1年間アメリカ に留学していたことに、関係あるのかもしれない。

 遠い昔、ストイシズムを気取った。
その名残の尻尾が今も残像のごとく、わずかにある。
曰く、ケーキは食わない、男は甘いものを食わないとか、気安く異性と話さないとかだ。

 アルコール依存症になっても、焼酎は50代半ばまで、飲まなかった。
極めつけはワインで、今も口にしない。

 学生時代に、友人の下宿で、徹夜でビールを一ダース近く飲んで、突然、酔いが回る。
トイレに立つふりをして、脱兎のごとく、真夜中の住宅街を駆け抜けて、もういいいだろうというところで、路上に大の字で寝る。
まばらな街路灯の中を、遅い帰宅の美しいお姉さんが、大丈夫ですか。。。などと、見かねて声をかけてくれる。
ぜんぜん大丈夫。。。と答えて、またまた、脱兎のごとく走って逃げた。

 そんなことがあったから、6年近く、ビールは口にしなかった。
人前では、今にいたるまで、一度たりとも、吐いたことがない。
猫が死ぬときに姿を隠すように、やばいなと思えば、トイレに立つふりをして、スッと姿を消す。
今日は酒がうまいな、快調だな。。。と思った時、酔いは突然、嵐のようにやってくる。

 最近は、自分に素直になったというより、ストイシズムに疲れたのかもしれない。
自分で決めた掟を、少しずつ、破っている。
日本酒は、いつも、いつだって、熱燗だった。

 この夏から、冷酒、冷やで飲み始めた。
そもそもは、行きつけのお蕎麦屋さんで、言い忘れで、冷酒が出たのがきっかけである。
昔なら、ゼッタイに、口にしなかった。
今や、1飲2休肝日である。
が、我慢できない。飲んじゃお。。。であった。

 冷酒も、冷やもうまい。
冷酒もよいが、冷や酒の常温っていうのが、風味といい、香りといい、のど越しといい、堪らん。
なんかいいよなあ。
季節感もある。
冬になれば、今度は、熱燗に鍋が新鮮だ。
還暦過ぎて、目覚めてしまった。
お猪口についだ、冷やをゆっくり、すする。

 最後に残った一杯は愛おしく、ふくいくたる酒の香とともに、最後の一滴までゆっくりと飲む。
それは味わいひとしおなのだけれど、すこしさみしい味もすることが、はじめてわかった。

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# by nonoyamasadao | 2013-09-16 16:09 | 江國香織 | Comments(0)