いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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アートな時間だったかも・・・

 今年の夏は、なんどもハモを食した。


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# by nonoyamasadao | 2014-08-27 11:27 | 雑文 | Comments(0)

八月の迷子

 福岡のある大学に、用事があって出かけた。
新幹線はホントに早いなぁと思う。
玉名かなあと思っていると、博多に着く。

 博多からある大学の催しへと、タクシーで高速を走る。
キャンパスは未来都市のような人工的な建物がならび、夏休みのせいで、誰もいない。
のどかな野中にポツンとただ一人なら、嫌いじゃない。
孤独もまた楽しなどと思う。

 なにせ、未来都市のような空間でただ一人は、とても心細い。
そのうち、周囲が不気味に思えてくる。
はるかかなたに、女子学生が歩いて行くのが小さく見える。
ああ、ほっとした。

 用事がすんで、タクシーに乗ろうと、さっき来た道を戻る。
のはずが、あれま、なんだか、景色が異なような・・・気がする。
まっ、いっか、と突き進む。
大学の敷地内をぐるぐる回って、やっと、外へ出たら、今度はどこをどう歩いているのか、皆目、わからない。

 やっぱ、迷子になってしまった。
元来、方向音痴の傾向がある。
まして、タクシーで来ると、風景のつながりを意識していないから、記号となる建物なり、駅なりをしっかり把握できていない。

 だれかの本で、風波の残る海岸の砂浜で、巣に帰るアリがあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、行きつ戻りつする幾何学的な行動軌跡を綴っていた。
う~ん、それって、アリの内面が複雑なのではなくて、海岸線の複雑さを反映したんだって書いてあった。
だよなあ。
この大学の建物が人工的で、記号となる目印の建物がないのだ。整然とした未来都市のようでも、中心がはっきりしないと迷路のようだった。

 思えば、散歩も、我が人生だって、風の吹くまま気の向くままだった。
近所の散歩も、飲み屋さん探しも、転職だって、みな、それでやって来た。
計画なんざ、でぇっ嫌いだ。

 小説のフレーズに、“男はみんな糸の切れた凧になりたがるものだ。それで女が苦労している。”ってあったよなあ。
ボクには、そんな物好きな女性は、だーれもいなかった。

 今年も夏が過ぎていく。

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# by nonoyamasadao | 2014-08-20 11:03 | 雑文 | Comments(6)

夏の緑

 いつのころからか、明け方近くに、はたと目覚めるようになった。
最初の頃は、どうして目覚めちゃったんだろう、などと不思議だった。
ああ、トイレに行きたいんだぁ。ヤダヤダ、やっぱ、年だなあ。
それでも、薄明かりの中、起き出してトイレまでいくのは、めんどい。
よって、じっと、我慢の子を決め込むことにしている。
体にはよくないよね。
でも、眠気をそこなわないように、のそのそと起き出すと、かえって目が冴え、結局、心ならずも、起きることになるのだ。

 老母の話では、昨日は36.7度の猛暑日だったという。
暑いさなか、スーパーへ行く。
さすがに、このくらい暑いと、空気はさっぱりと乾いて、天を仰ぐと、鮮やかな青空がひろがる。
焦げる位の、陽射しを浴びながら、『ショーシャンクの空に』の脱走直後の、歓喜の雨を浴びるポーズをしたくなる衝動にかられる。
さすがに実行はしない。

 スーパーで、美味しそうな肉まんを買って帰る。
高野の肉まんが一流なら、こちらは三流かもしれない。

 だが、やわらかふわふわの肉まんの皮を齧ると、ほのか~に甘い。
よよっ、これはアプリコットのような味がする。
いや違うな。
シフォンケーキのバナナの味に似て非なるものだ。

 フ~ム、バラのフローラルのような甘~い香りもする。
病みつきになる予感がした。

 スーパーで買ってきた、シキミは仏壇の供花だそうだ。
恥ずかしながら、昨日まで、まったく知らなかった。
葉っぱだけだが、葉はつやつやとして、夏の緑である。

 肉まんをガブリと齧ると、にら饅頭のような中味で、わりと近くで、遠雷が聞こえる。
なんだかシュールである。


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# by nonoyamasadao | 2014-07-31 11:06 | 雑文 | Comments(0)

だから、あなたは・・・

  貝柱のカルパッチョ、ねぎトロ湯葉巻き、黒胡麻コロッケで、ビールと日本酒を飲む。
突然、思い出す。
正確には、黒胡麻コロッケで、ビールを飲んでいるときに、頭に閃いた。

 遠い昔に、フライドポテトで、よくウィスキーを飲んだ。
ウィスキーは、ホワイトホースだったり、カナディアンクラブだったりしたが、カティーサークだけは、なぜかバカにして飲まなかった。
そんな時のことである。

 ”だから、あなたは、女がわからないのよ~”ってなことを、何人もから言われた。
前の晩に、『ラストクリスマス』のDVDを見て、矢田亜希子さんが織田裕二に向かって、『だから春木さん、モテないのよ。』というセリフの影響もあって、思い出したのかもしれない。
 酒をたくさん飲んで、言いたい放題だったとしても、突然、キレられてもねえ。
だから、オマエなんかに、オレが分かってたまるか~ってなる。

  たとえば、どうして、そんなこと言うの~とか相手が怒るなら、なんだか知らないけれど、傷つけてしまったのかなぁ。。。と自省して、ああ、これかと思い当たれば、即、謝る。
まあ、何かが気に食わなくて、『少女A』のように、“♪女の子のこと、知らなすぎるのよ、あなた。”ってなったのでしょう。
思えば、男系家族に育っているから、修行僧のごとく、女性を美化するバカ男だった。

 話は変わって、数日前に、熱中症でみながバタバタ倒れ、藤崎台では9台救急車が到着した。
世間はみなクールビズだが、ボクは背広にネクタイで過ごすことにしている。
みんなが背広にネクタイの時は、ボクはタートルネックで、フォーマルな席でも、気ままに過ごす。
 やれやれ、逆説的人生観や斜に構える悪い癖は、永遠に治らないだろう。

 友人から教えてもらったDVD『500日のサマー』は、1960年代を想起する洒脱で、ちょっとビターで、スウィートな小佳作だった。
LAが舞台のカットつなぎや、ばらばらにした時間を再構成する手法など、監督の才気を感じさせる。
映画では、男と女の物語は、偶然でも、運命でもなかった。
会話に出てくる、ザ・スミスが偶然で、オスカーワイルドの『ドリアングレイの肖像』が運命を意味するシンボリックな小道具か。
ボーイ・ミーツ・ガールの”出逢い”を、必然に変えていくプロセスがあり、振り返ってみたときに、ああ、それが運命だったんだぁ。。。というテーマのように思った。
違ってるかなあ。

 それにしても成長しませんなあ。


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# by nonoyamasadao | 2014-07-20 12:31 | 雑文 | Comments(3)

夏の匂い

 しばらく、ブログを書くゆとりのない気分でいる間に、どうやら梅雨明けしたみたいだ。
数日前から、朝起きて、居間のカーテンを開けて、深呼吸をするとき夏ゼミの声がした。
今日など、かまびすしいくらいだった。
ああ、今年も夏が来るのだなぁ、と思うと、朝の空気に夏の陽射しの匂いがするようだ。
駐車場を隔てた住宅の先に見える樹木が、夏の緑に見えた。

 子どもの頃は、夏にしかできない遊びがいっぱいあった。
やがて中年になって、その時も過ぎると、陽射しのほてりが失われていく、夏の夕暮れのちょっとだけ退屈で、さみしい気分が好きになった。

 いつもの通り抜けの大学の正門前の通りのショッピングセンターが堂々と完成した。
たこ焼き屋さんや餃子屋さんの大きなお店が、入り口そばに見える。
な~んか、堂々としすぎてヤダなぁ。スマヌという風情が欲しかったなぁ。。。などとブツブツ呟きながら、ケヤキ並木を歩く。
何台も路線バスが過ぎていく。
バスに乗っている人って、どうして、みんな、無表情なのだろう。
老若男女を問わず、人生に疲れて、つまんなそうに乗っているように見える。
まぁ、修学旅行のバスのように、みんながはしゃいでいたら、それもまた、無気味である。

 てなことを考えていながら、朝の食卓を見ると、ハッサク、晩柑、ジューシーフルーツと続いたミカン系からイチジクに変わった。
そっか、この地では、自生しているようなイチジクが楽しめるのだった。
熟れた重くとろったしたイチジクではない。
昔、荻窪の社宅にあった、木からイチジクをもぐと、白い樹液がしたたる、すこし固めで、かそけくあまい香りのイチジクだ。

 食すと、遠い昔の、通り過ぎていった夏の香りの味がした。


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# by nonoyamasadao | 2014-07-17 10:36 | 雑文 | Comments(3)

世界中の誰よりきっと

  『誰かが彼女を愛してる』のDVDを見ていると、22年前の年の瀬が昨日のことのようによみがえる。1992年10月14日~12月23日のオンエアだから、転職のため中途退職する直前の日々と重なる。
ボクは30代から40代に掛けて、テレビを見ていない。
たぶん、40代前半を冷静に振り返られる年令に到達したのだと思う。このところ、40代前半の頃の連ドラばかり見ている。
退嬰的で、すこしさみしいが、仕方ない。

 転職のための中途退社だからというよりも、不徳の致すところで、同期の送別会はなかった。ある意味で、ありがたかった。
けれど、一生のともだちというものには、数人出会った。
中途退社したのが半数くらいいて、残留組は来年春には定年延長が終る。
時間の矢はある年令を過ぎると、容赦なく速い。

 クリスマスの数日前、六本木のしゃぶしゃぶ屋で、4~5人のかなり年少の連中が送別会を開いてくれた。
二次会の個室カラオケで、『世界中の誰よりきっと』を聴いたのが最初だ。
 浦安のイタリアンレストランを貸切で、部の送別会があった。
若い婦人社員が、お料理を取ってきましょう。。。と小皿に正体不明の料理を何度も運んでくれる。ナポリタンは知っているけど、ラザニアなど知らない。
そういえば、転職してからは、これがおいしいとか選んだり、運んでくれることなど、一度もない。
気を遣ってくれたのだと、不覚にも今になって気づく。
若い友人が路上で、万歳三唱をしてくれた。
ありがたくもあるが、走って消えてしまいたい衝動の方が上回った。
その若い友人もだいぶ前に、病死したと聞いた。合掌。
その二次会のカラオケでも、『世界中の誰よりきっと』を数回、聴いたような気がする。
二次会のビールがきいて、浦安からタクシーに乗る。
浦安インターから高速にのり、ディズニーランドを見て、ああ、夜の9時頃の花火をよく見たなあと思う。

 退職の日、フロアの真ん中で、婦人社員から花束をもらう。
なにを挨拶したのか、サッパリ覚えていない。
まさか私より先にやめられるとは思ってもいませんでした。。。という婦人社員の呟きはおぼえている。
そっか、やっぱ、エロ親父はその前のはるか昔から、発症していたのだなぁ。
 バラばかりの冬の花束は、やっぱ、コッ恥ずかしい。
定年には早過ぎるし、結婚の年じゃない。
 冬至を過ぎているのに、まだ明るい浦安の駅でしみじみ花束を見る。
匂いなどみっともなくて嗅げないが、それでも甘い香りが匂い立つ。
退職の晩も、新橋で送別会があった。
たらチリで、酒を飲んだ。これも、しっかりおぼえている。
やっぱ、よほど食べ物に関して、いじきたない人間なのだろう。

 年が明け、今の地に赴任するまでの二ヶ月は、寝たいときに寝て、飲みたいときに飲み、食べ、時間のない日々を過ごした。
その間、いつも頭の中で、『世界中の誰よりきっと』が鳴り響いていた。。。そんな気がする。

↓『世界中の誰よりきっと』は昔で、今のゴヒイキはこの人。

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# by nonoyamasadao | 2014-07-16 22:29 | 雑文 | Comments(0)

やまとなでしこ

  一日二食になって久しい。
別に病気や健康診断でそうしたのではなく、一食のおいしさを堪能するためである。

 最初は、腹減ったあ。。。から、味わうというよりも、まあ、ガツガツと食した。
少し余裕が出てくると、パンやご飯の主食のおいしさに目ざめる。
パンなら、最初はしっとりソフトな芳醇パンなど好む。
そのうちに、山型のイギリスパンやハードな酵母パンなどに変わった。
食パンのおいしさに目覚めたのは、石窯ライ麦パンあたり、からかもしれない。

 白米もそうだ。
炊きたての、あつあつのご飯の匂いを知る。
ふっくらお米の味など、わかったような気がした。
何年も人生をやってきて、主食の味わいに、よくやく目ざめたのは、先ずは恵まれた時代に育ったからだ。
ついで、長い間、アルコール主体で、刺身、突き出し、山海の珍味に眼の色を変えて、明け暮れていたからだ。

 もっとも、東海林さだお先生だったか、主食の味がわかる人は、本物の味のツウの人だと書いたのを読んだことがある。
だとすれば、勝手な思い込みだろう。

 1飲2休肝日になって、6年間くらい経つ。
今の理想は、まだ、明るいうちから飲めるお店を見つけることだ。
16時か16時30分ころが理想だ。
街の空気は若く、暖簾をかけたばかりのういういしい居酒屋のきれいなテーブル席で、ビールの中瓶と日本酒をいただく。
残念ながら、この地では、そのようなお店はない。
新幹線の構内の飲食店か、デパートか、あまり流行らないソバ屋さんなら可能だが、小体で、ちょっと風情のある居酒屋ではない。

 恥ずかしながら、大山鳴動してネズミ一匹でなかった。。。健診結果がうれしくて、飲酒の頻度はかわらないが、油断をすると、酒量が増える。
イカンなあ。
ビールは中瓶1本と、日本酒は冷やを辞めて、熱燗1本以上は、ぜったいに飲むまい。
量を超えるのは、特別なお誘いの日だけにしようと、固く誓う。
我がストイシズムの矜持の問題だ。。。。などと、妙に力んでみる。

 というのはドラマ『やまとなでしこ』を見たからだ。
小野武彦さん(桜子の父)が、中原欧介(堤真一)に、「あんたとこうして、一生、飲めたらなぁ」というセリフに、かなりグッとくるものがあった。
そうだよなぁ。
一生、飲んでいたいよなぁ。
てなわけで、夏でも、ビール1本と、熱燗で1合やや欠けるくらいを、味わっていただこう。。。と決意を固める。

 梅雨開けまじかの気配がする。
夏の緑がざわざわ揺れ、ああ、今年も、また、夏が来るのだなと思う。 


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# by nonoyamasadao | 2014-07-02 10:41 | 雑文 | Comments(0)

ビキニ・スタイルのお嬢さん

 いつも通り抜ける、銀杏並木が茂る大学の案内所の向かいの紫の花が開きだす。
何年間も対岸から見るせいか、ムクゲだと思っていた。
ムクゲにしては、早いなと思っていた。
昨年、そばを通った時、待て!、こ、これは芙蓉だなと気づく。
しかし、今年、ようやく正解に辿り着く。
こ奴は、きりっと屹立、この立ち姿は、アオイではないか。
タチアオイとはよくいったもので、なかなか美しい立ち姿であ~る。

 フム、みようによっては、和服の装いの佳人のようにも思える。
舞台の主役がキリッと立つ、立ち姿の佇まいにも似る。
まあ、我が花の知識たるや、まことに頼りない。

 樹木だと、合歓の木の花が咲いているなぁ。。。とか、もっこくの花が咲いたなと、わりかし敏感に気づく。
梅雨時なのに、淡いすみれ色の夏空のような薄暮の時間が心地よく、帰り道をチンタラチンタラ帰る。
早足の女子高生が、スイと抜いていく。
く、くやしい。
でも、むきになって、抜き返すのも、さすがに大人げない。

 いつも通るダラダラ坂のご近所の公務員住宅の樹木に、薄黄色の花が穂のように咲く。
葉が昔懐かしドクダミのようでもあり、形が美しいなとも思う。
定かではないが、どうやら、あかめがしわというらしい。

 早く、帰宅しても、まだ定期健診前なので、飲めない。
ああ、ビールが飲みたいと思う。
そう思うと、昔、生ビールを飲みながら、泥レスを見た記憶が蘇る。
ビールは美味しくなかったけれど、当時、悪趣味だと思った泥レスも悪くないよね。

 今なら、浅尾美和さん?のような美しい女性のビーチバレーでも見ながら、ギンギンに冷えたビールを飲んだら、きっと、生きていてよかったぁ。。。とシミジミ感動するだろう。
願わくば、ビキニ姿のママさんでなく、お嬢さんであってほしい。
久しぶりに、ブログを書くと、やっぱ、エロおやじが満開ですね。


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# by nonoyamasadao | 2014-06-22 15:22 | 雑文 | Comments(1)

ユーウツな休肝日

 今年もまた、いつものように健診が近づく。
凝った住宅の露地に、ヒメシャラがひっそりと咲き、どこからかクチナシの香りが漂っている。
健診が近づけば、15日間の休肝日がスタートする。
憂鬱な気分になる。
いや、憂鬱ではなく、ユーウツな気分が正しい。

 この地に来てから、あまりユーウツな気分になったことはない。
なぜだろう。
満員の通勤電車に乗らなくて、よいからか。
徒歩で、仕事部屋までいけるし、たまに乗る路面電車は適度な揺れでのんびりした気分になる。
都会では、人の乗り降りが、半端ではなかった。
どさっと乗り込み、どさっと降りていく。

 この地の路面電車は、昔乗った海沿いを走る江ノ電ほどには、揺れない。
荻窪に停車している丸の内線は沈んだ色をしている。。。と書いたのは川上弘美さんだった。
たしかに、荻窪駅の丸の内線はガラガラだからよく利用したけれど、気分は沈んだ気がした。

 子どもの頃は、楽しい毎日だったけれど、水曜になると、ユーウツに似た気分になった。
そういえば、『あしながおじさん』のジュディの作文も、ユーウツな水曜日だった。

 今はさみしい気分にはよくなっても、ユーウツはどこかに消失した。
唯一のユーウツが健診までの15日間の休肝日と、そのピークが直後の採血なのである。

 いつも休肝日スタートまで、すこし飲む回数を増やした。
今日はしこたま、飲もうかなあ。
シアワセな気分がドドッと押し寄せてきた。

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# by nonoyamasadao | 2014-06-08 10:21 | 雑文 | Comments(8)

M物産 三代目襲名

 先週の金曜日、土曜日、日曜日と東京に行く。
大手町M物産本社のお隣のお隣の建て替えられたホテルの17階に2泊する。
金曜に昔の友人たちと、新橋の焼き肉屋で、ビール2本飲む。

 う~ん、飲み足りないなあ。
だだっ広いダブルの部屋で、ホテル地下のセブンイレブンで買ったビールの中缶を飲む。
フム、まだ飲み足りない。
旅先だから、まっ、いっか。

 冷蔵庫をあさって、日本酒とバニラ・ウェハ―スで飲む。
ミスマッチだけれど、案外、いけているかも・・・と思う。
部屋の外にはバルコニーがあり、テーブルや椅子もあるが、夜景など楽しむ前に、高所恐怖症だったのを思い出す。

 しかし、だだっ広いホテルの部屋でただ一人というのは、なんとも心細いものである。
遠い昔、大学時代の友達の女性が出張先で、夜汽車の音を聞いて、さみしくなって、電話してきたのが、50年の歳月を経て、よ~くわかった。

 翌朝、眼下にはお濠や皇居が一望でき、M物産の15階会議室に何カ月も缶詰めになり、仕事をしていたころが蘇る。
20数年まえだが、昨日のようだ。

 M物産は老朽化したとのことで、分散配置されて、来年、お取り壊しだそうだ。
今のM物産は1976年築で、その前のNHKのお向かいの内幸町時代もよく覚えている。
フム、『緋牡丹博徒』だって、 二代目襲名までだったよなぁ。
あ~あ、建物の三代目を目前にするとは、ワタクシという人間も古くなったなぁと、しみじみ悲しくなる。

 昨日の夕方、三年坂のツタヤ書店に行き、これまた、しみじみ痛感する。 
このブログの最初のころ、川上弘美さんの“人生で一番、足を運んだ店は書店”のフレーズを真似て、一番足を運んだお店は、居酒屋だと書いた。

 このところ、ソバ屋と居酒屋は、交互に行っている。
ソバ屋さんで旬の天ぷら、湯葉、もろみ、のどぐろ一夜干しなどで、辛口の酒を冷やで飲むと、シアワセな気持ちになる。
還暦過ぎて、冷酒のうまさを知る。
せめて、1飲2休肝日の原則だけは、遵守しようと固く誓う。
でも、あまり、自信はない。

 いよいよ60代の半ばが近い。
未来から逆算などして、「いま」を過ごすよりも、今日の続きは、また明日のほうが、ゼッタイに楽しいと思う。
昔は本屋さんに行くと、平積みの新刊書コーナーへと一目散に向かった。
最近は、趣味のコーナーとか、料理本や旅行雑誌とかに立っていることが多くなった。

 人間が古びると、明日は明日の風が吹く...でいいのかなぁ。
確実に、明日は今日とは違っているのだから、それを楽しめたらサイコーである。

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# by nonoyamasadao | 2014-05-30 13:44 | 雑文 | Comments(0)

ラブ・ダイアリーズ

 1992年は、この地にくる前年だった。
その年の、ビル・クリントンの大統領選挙事務所に主人公はいた。
 そして、まじめな主人公をとりまく3人の女性がいる。
将来は大統領になる主人公の夢にたじろぐ学生時代からの恋人、
精力絶倫の大学教授の愛人で、ジャーナリストの卵のキャリアウーマン、
同じ事務所でバイトするエキセントリックな女友達の3人がいる。

 別居している我が娘との週2回の逢瀬が、今の主人公には、一番の憩いの時間だ。
そんな娘の問いに、心ならずも、1992年から5年くらいの己が恋愛遍歴を、主人公は、女性の名前を変えてポツリ、ポツリと語り出す。
誰が今、離婚しつつある娘の母親なのかが、ミステリっぽい謎解きのように、展開されていく。

  う~ん、なんだかほのぼのとして、でもほろ苦い味わいだ。
それでいて、それなりに知的で、ステレオタイプではあるけれど、よくできた脚本だった。

 この『ラブ・ダイアリーズ』という映画、どうして未公開だったのだろう。
ロマンティックコメディーとして、弾けていなかったからかしらん。
シャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』の本が、小道具として、とてもうまく使われている。
ブロンテで、遠い昔のある日曜日の午後を思い出す。

 季節は、たぶん、梅雨明けの7月に入るか入らないころで、時間はゆっくりと過ぎていく。
午後の陽だまりの中を、バスに乗って、初恋の人の家の近くの京王ストアの先の中央大学附属高校前で降りた。

 みーん、みーんとセミの声を聞いた思う。
その年の8月に急逝する父と一緒に、附属高校の裏手の住宅地を歩く。

 その家の応接間からは、いろいろな樹木と芝庭が見えた。
芝庭の奥には、強い陽射しの中、逆光で、ショートカットのボーイッシュな小学生くらいの女の子を見た。
すぐ姿を消し、しばらくすると、ピアノが聴こえてきた。
彼女なのか、ご近所の人なのかは、わからない。
なんだか、石坂洋次郎の小説の世界みたいだなぁ。。。と思った。
あれは、きっと、父が友人にボクを引きあわせ、大学の4年にもなって、就職活動もしないマスコミ志願のボクの就職のお願いをしたんだと、今にして思う。

 エネルギッシュな感じの父の友人に較べ、ずいぶん若くお嬢様ふうで、なにより、我が母と較べて、都会的な奥様がお茶を運んできた。
先程の、父の友人の娘にしては、ずいぶん小さな小学生の女の子の話になる。
今、娘はブロンテ姉妹に凝ってますのよ・・・オホホホホと笑ったかどうかは定かでない。
まっ、そんな感じのやりとりだった。

 どうして、記憶に残っているのだろう。
なんだか、不思議だ。
 これって、老母が言っていた、残照のような記憶ってヤツなのかなぁ。
そういえば、オレンジ色の夕暮れの匂いがしたような気になった。

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# by nonoyamasadao | 2014-05-18 10:25 | 雑文 | Comments(0)

バスで四時に

  老母が買ってきたピーチティーをいやいや飲む。
なるほど、桃の匂いが立ち上る。それって、邪道だろう。
やっぱ、ま、不味い。
がしかし、トワ・エ・モアふうには、♪或る日そっと、近づく二人~になり、やみつきな味に変わる。
ふん、生意気なヤツめ。
お前なんか、でえっ嫌いだあ!待て、ちょっと好き。。。。って、我が人生で、幾度繰り返した愚行だろう。

 してみると、ベランダで繁茂している匍匐系と屹立系の2鉢のローズマリ―など、そろそろ賞味してみてもよいなぁ。
葉をむしって香りを嗅ぐと、う~ん、楠の樟脳のような匂いがするような・・・・。
きっと、緑っぽい味のハーブティーになるかもしれん。
まだ、試したことはないけれど、体や脳の朝の目覚めにはいいかもしれない。
そういえば、『ハムレット』で、オフィーリアがローズマリーを忘れないでというセリフがあった。
まあ、私を忘れないでは、forget-me-not(忘れな草)も同じだ。
まっ、今度、ためそう。

 今朝、ボーっとしてて、老母の泡洗顔をつかってしまった。
なんだか、いい香りがする。
ネットで調べたら、”安っぽいフローラルベリーの香り”などと書いてある。
あっ、そーなんだ。
ごめんね、安っぽい香りに感動などして、悪かったね。
でも、なんだか春っぽい、仄かにフルーティな香りが爽やかなのだったのだよ、ボクにとって。

 昨日の夕の帰り道、青い雨模様と言うのか、水玉模様のワンピースの少女とすれ違う。
だとすれば、きっと・・・エロ親父が満開になる。
ああ、昨日は夏日のようだったからなあ。
はるか遠い昔に、水玉模様のワンピースの女の子をよく見た気がする。
記憶違いかもしれない。

 しっかり覚えているのは、挿絵しかしらない高野文子さんの『バスで四時に』だったと思う。
お見合いに向かう心もとないヒロインは、シュークリームの入った箱を持ってバスに乗る。
お相手のお母さんが水玉模様のワンピースだった。
たった今、『棒がいっぽん』で確認した。


 ろくすっぽ、調べもせずに書くこの性分は治らない。
母の日なのに、イカンですなあ。


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# by nonoyamasadao | 2014-05-11 10:34 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

あの角を曲がると

 生まれて初めて、スターバックスに行く。
最近、人生なにごとも経験と、今までの禁忌を破ることにしている。
しかしである。
衆人環視の中で、オ―ダーするのは、抵抗がある。ボクの感性じゃあ、ない。

 開店して間もないためか、店内は、若いOLさんの二人連れとかで、いっぱいである。
注文を若い友人たちにまかせて、ウッドデッキで、オープンカフェ気分を始めて味わう。
焼肉屋さんの、おいしそ~な匂いが流れてくる。
う~ん、虎ノ門に勤務していた頃は、真っ昼間から、焼肉でビールを飲んでたことを思い出す。

 しかし、わが青春時代の喫茶店は、ルノアールとかは、繁華街のあちこちにあったけれど、ゴヒイキの喫茶店は、みな大通りから外れたところだった。
だいたい、そばに古本屋があったり、激安の大衆食堂などのそばにある、引っ込んだところにある、奥ゆかしい喫茶店が好きだった。
外部世界から遮断された、うす暗い所で、コーヒーいっぱいで、古本屋まわりの収穫の本など読んでいた。

 ウ~ン、ところ変われば・・・であるなぁ。
ウッドデッキで、アイスコーヒーを飲む。
シマトネリコやオリーブの若木の植栽が取り囲んでいた。
下にはヒイラギナンテン、ツルニチソウなど常緑の根じめが植えこまれている。

 ウッドデッキでお茶してるのは、みな、男性ひとり客だけなのに気づく。
フム、さもありなん。
その気持ちは、よ~くわかる。

 植栽の若木が、ときおり、さわさわと揺れる。
風も吹いていないのだけれど、どうしてだろうと天を仰ぐ。
抜けるような青空が広がり、ポカポカ陽気のいいお天気である。
果てしなく、透き通ったブル―か。どこかで聞いたフレーズだ。

 人のシアワセとは、いい天気であるなあ。。。とか、青空だなぁと感じることだと言ったのは、誰の言葉だったっけ?
一瞬のシアワセな~んて、そんなものかもしれない。

 若いころ、桜が終って、新緑の季節になると、きまって、メランコリックな気分になった。
あれは、いったい、何だったのだろう。
ゴールデンウィークが退屈だったのか、はなやかな季節の後のさみしさだったのか?
たぶん、感情過剰な自分を持て余していたのでしょうね。
でも、今だって、新緑の憂うつは、時に感じる

 アレレ、間違った。
ストローは、カップの十文字の穴に刺すのか。知らなかったぁ。
ま、いっか。

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# by nonoyamasadao | 2014-04-18 11:56 | 雑文 | Comments(8)

どうしてますか

 土曜日の早朝、くだんの通り抜けの大学を通る。
ん?なんだか人が多い。
庭のメインストリートの並木は、ハナミズキが花盛りだった。
白いクラウドナインが、まっ白な筋雲のように流れる。
う~ん、よいなぁ。
並木の最後に、紅色のチェルキ―チーフが1本だけ咲く。
やっぱ、思わず、そちらに目がゆく。
いっときの、AKBのセンターのようなもんだなと、納得する。

 花ミズキはアメリカのバージニア州の花だけど、ふんわりと咲く感じが素敵なの。。。っていうセリフを思い出す。
『アメリカンプレジデント』で、アネット・べニングがそう言ってたと記憶する。

 このところ、貧乏ヒマなしで、季節を感じることなどなかった。
イカンなあ。
通り抜けの出口には、スタバや銀行や、焼き肉屋さんや大きな出来かけのショッピングセンターが見える。
なんだか、圧迫感がある。
はたして、大学だの、県立劇場のあるケヤキ並木の文教地区に、商業施設などいかがなものだろう。
まあ、個人的には、買い物が便利になるから、まっ、いっか。

 季節に鈍感なのはイカンなあと反省し、春の旬のものを思い出す。
春といえば、サヨリの糸造りだろう。
春といえば、メバルの煮付けもおいしい。
春といえば、春野菜のてんぷらで、やっぱ、日本酒が飲みたいなどと思う。
食べ物しか、思いつかない自分が、ちょっぴり不憫な気もする。

 ベランダに出ると、この間、酔っ払って買ったミニバラのキャンディが枯れていた。
キャンディというと、『ピュア』で、雨に濡れた子犬のキャンディのために作った犬小屋を思い出した。
しかし、ミニバラは花期を終えただけで、たぶん、枯れているのではないと思う。
そういえば、大島弓子さんに、 ベンジャミンは、枯れていた。。。。というのもあったよなあ。
水だけは、きちんとやろうと固く誓う。
でも、たぶん、あてにはならない。

 ローズマリーは、2鉢とも、堂々と葉を繁らせていた。
よかったぁ。

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# by nonoyamasadao | 2014-04-13 15:40 | 雑文 | Comments(0)

雨の物語

 45年ぶりの同級会から帰った翌日に、会合があった。
その後で、懇親会、二次会も行く。すこし酒量も、まっ、増える。
ウム、このところ、1日おきに飲むことが重なる。
朝起きたら、風邪なのか、二日酔いなのか、どうも気分がすぐれない。といっても、たいしたことはない。
窓の外は、小雨が降ってる。
♪窓の外は雨 雨が降ってる
♪物語の終りに こんな雨の日 似合いすぎてる
という歌があった。
遠い昔、この歌を、じゃあ1曲と言ったわりに、さみしそうに歌った人を思い出した。

 しかし、二日酔いというのは、この8年間で、2度目だ。
昔は毎日が二日酔いで気にもならなかったが、あらためて体験すると、病み上がりのような、風邪のひきはじめのような、まあ、あまり楽しいものではないのは確かだ。
第一、熱があっても食欲だけはいつもあるのに、あまりない。
それでも、いつもよりは軽めだが、しっかり食す。

 ♪お酒を飲んだ翌日は~というのは、トマトジュースのCMだったか。忘れた。

 しかし、やっぱ、しこたま飲むのは楽しいなぁと思う。
雨はすぐに止んだ。

 先週末の45年ぶりの同級会は、やせ細った少年たちが、ギラギラなのか、はたまた渋いかは別として男の盛りを過ぎ、枯れ出したころに当たる。
青年、中年でカフカ的変身を遂げ、その時期を過ぎて、少年時代の面影に戻りつつある時期かもしれない。
お互い、年食っちゃったネ。。。でも、まだまださ~と言いあう。
神田川沿いの面影橋あたりの満開の桜の風景がタクシーの窓外を流れた。

 やっと、疲れが抜けた今朝、学校やそばのひっそりした公園の桜もくすんだ葉桜になりつつある。
ときおり、細かく散りこぼれる花びらもよいものだ。

 子どものころ、丘の上に聳え立つ樹木の根もとの小石など、拾ったことを思い出す。
はて、あれは何の樹木だったのか?。
この時期が過ぎると、季節は、ゆっくりと初夏の装いになる。そんな、かすかな匂いがする。

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# by nonoyamasadao | 2014-04-05 10:54 | 雑文 | Comments(0)

スーパーの帰り道

 うらうらとした春の陽光を浴びて、スーパーからのどかな気分で帰る。
ただ、武井咲さんの『お天気おねえさん』の黒装束を、小汚くしたような服装なのが、なんとも恥ずかしい。
この地は、とにかく桜が多い。
県営住宅の住人専用の舗装された道を、いつもズルして通る。
大きな桜の古木がいっぱいに枝を広げ、みっしりと白い花が咲く。
感じないくらいの微妙な風が吹くと、すこしの花みぞれがチラチラと斜めに流れる。

 う~ん、いつか、府中に向かう桜の並木路を女の子と歩いて、さよならなどしたいものだ。。。と考えたことがあった。
いくつのころだろう。たぶん、十代だ。
それから、40数年が過ぎたが、とうとうそんなことはなかった。

 酒屋さんやクリーニング屋さんや、八百屋さんなどがある通りの先の建設会社では、桜が2本ある。
大きめの方はまっ白で、その左はピンクに見えた。
ん、山桜かなと思うが違うみたいだ。でも、淡いピンクがうつくしい。
きっと、そばでみると、純白の花に違いない。
でも、裏切られるとショックだから、おとなしく、新しくできたガラス張りの美容室の角を曲がる。

 自宅の集合住宅に向かう途中に、マンションの隣に、桜の公園がある。
12~3本の桜が、一斉に咲いている。
女子中学生か、高校生かもしれないが、7~8人がいる。
ブランコに乗って揺らしたり、桜の樹冠を仰ぎ見たりしている。
ああ、その若さで、なんと優雅な遊びをしているのだろう。
桜の小雨のような中、ふと、鈴の音のようなチリチリンという音が聞こえたような錯覚に陥る。

 我が集合住宅前の高校のパーキングのすぐ先で、大きな桜が一株、たくさんの白い花を咲かせている。
この桜は、部屋のキッチンの窓から、真正面に見える。
そのそばに、桜の若木が植えてあった。
はて、去年は見なかったような気がするが、定かではない。

 しかし、桜は若くっても、年がいってても、なかなかやるものであるなぁ。
桜は凄いけれど、我と我が身を振り返ると、な~んも進歩してないな。
それって、感受性にも言えるといいのだけれど、こちらは、そうでもないみたい。

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# by nonoyamasadao | 2014-03-28 16:51 | 雑文 | Comments(3)

三色すみれ

  老母が八百屋さんから、150円で買ってきた三色すみれが、リビングで咲いてる。
黄色い小さな蝶々のような花がこぼれるように咲き、ごくまれに紫色が混じる。
老母によると、パンジーだという。

 待て。三色すみれは、花びらごとに色違いだったかなと思って、ネット検索する。それは勘違いだった。
いや、お恥ずかしい。
パンジーって、三色すみれのことだったのか。知らなかった。
どうやら、三色すみれという言い方は、今や、死語になりつつあるようだ。

 小学生になるか、ならないかのころ、荻窪2丁目の十字路の右手に自転車屋さんがあって、その隣に、園芸用の花屋さんがあった。
今なら、フラワーショップとか、ガーデニングとか言うのだろうが、もっと、土の匂いがする花屋さんのころだ。
花好きの父が、三色すみれを細長く大きな木箱ごと買って、荻窪の社宅の地面を手伝って耕したのを憶えている。

 そういえば、桜田淳子さんが歌っていたのは、三色すみれだった。

 昨日仕事部屋に行くとき、通り抜けの大学では、山サクラの老樹が咲いていた。
あまり美しくない。
裏門の入り口から入ると、コブシに白い花がチラチラと咲きだしている。
おや、こんなところにコブシがあったっけ・・・。
毎年のことなのに、気がつかなかった。
こういうコブシを見ると、やっぱり簡潔な美しさをもっているなと思う。
そして、遠い日を思い出す。

 東京を離れる送別会は、イタリアンレストランだった。
花束をもらって、挨拶をするときに、匂いを嗅いだら、甘~い香りがした。
ああ、バラって甘い匂いなんだとはじめて、知る。
だから、♪きっと、あなたは、紅いバラの、バラの香りがせつなくて~という歌詞なんだ、こちらもはじめて思った。

 1年目の新人女性がラザニアとか、名前の知らない料理を運んでくれた。
いつもは、忘れ物は青春だけにしろよ~とかおやじギャグばかりいう、本当にお世話になった部長さんも、遠くでしんみり笑ってた。
遠くから、軽く会釈する。

 会が終って、会場の扉を開いて外に出るとき、小泉今日子さんの、♪あなたに会えてよかったのインストルメンタルが流れてたのを、今も憶えている。
今なら、カラオケバージョンとか、きっと思うのだろう。

 守谷に帰ると、深夜の街灯に照らされた細い緑道のコブシに、白い花がひとつ、ふたつと開きかけていた。
毎年、この季節が来るたびに、流れ過ぎっていった時間をおもうと、やはり、いつもながら、しばしボーゼンとしてしまう。

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# by nonoyamasadao | 2014-03-23 11:27 | 雑文 | Comments(0)

カタカナの桜

  いつの間にか、季節は過ぎて、今や寒の戻りである。サクラがいくつか開いているのを見るが、まだ、これからだ。
サクラ、咲かないかなぁ、まだかなあというこの微妙な未開花のぎりぎりの瞬間が好きである。
な、なんなんでしょう。
サクラの蕾の時が、大嫌いだぁ。。という人には何回か、会った。
咲くかなぁ、まだ咲かないかなぁというころは、心がざわめく。

 咲いてしまうと、な~んだ、つまんない。
でも、きれいとは思う。

 サクラは老桜樹になると、若いサクラより、いっそう紅が濃い花を咲かせるという。
な~んか、それって、我がささやかな美意識とは違う。
サクラは年令を重ねると、あわあわとした思いで、咲いてて欲しいと思う。

 春の夕暮れに、風が吹くと、降りしきるサクラ吹雪がある方向に一斉に流れていくのを追いかけて、ボクたち子供はパクッ、パクッと花びらを食べる遊びをした。
口の中に、ひんやりした味が残る。

 大島サクラの葉っぱでくるまれたサクラ餅の薄皮を見ると、子ども心に、胸騒ぎのような、せつないような気分になった。
サクラの葉の芳香の薄衣に、きっと、エロスを感じたんだと今思う。

 今年の春は、たらの芽、ふきのとうなど、ずいぶん食した。
あ、サヨリの糸造りを、ショーガで食すのは、まだ一度もしていない。

 最近は季節の花を見る、気持ちのゆとりがない。
困ったことだ。
仕方なく、寝際に夜空の月を眺める。
窓から見えないときも多い。
けれど、昨日の朧月は、すこしづつ満ちている。

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# by nonoyamasadao | 2014-03-21 10:35 | 雑文 | Comments(1)

ハクモクレンの季節

 このところ、雑件があって、何回か博多に行った。
先月末、肩の凝らない勉強会のようなものがあって、そのあとで、飲み会に誘われる。
な、なんと水炊きの店だという。
う~ん、酒呑みになって、唯一、越えられない壁があった。
それが鳥料理だ。
水炊きだけは、死んでもやだあ。
幹事の友人が、自分も鳥はまったくダメだが、刺身も出るし、もつ鍋に変えるから、行こうよぅ~と強く誘われる。
やっぱり、ビールの誘惑に負け、行こうかぁという気分になる。

 みんなは水炊きに生ビールを飲んでいるのに、末席のボクらは手酌の瓶ビールで、もつ鍋をつつく。
みんなが、とり天を食べているのに、こちらは野菜天ぷらを食べる。

 いくつになっても、協調性のないのは変わらない。
だから昔、部下の女子たちから、ホントに我儘なんだからぁ~呆れられたんだっけ。。。。と、しみじみ反省する。
でも、無理して性格は変えちゃいけないよと、速攻で、居直る。

 個室部屋で、我が末席だけ、まったく別メニューで、そこだけ異文化になってしまった。
それでも酒が進み、ビールは2本で止め、あつあつの日本酒を飲む。

 向かいがブロイラーで、家の前のどぶにトサカなど流れてさ~、それがトラウマになったんだと、友人に話す。
別メニューの料理を運んでくる、本仮谷ユイカさん似の若い女性が、それなら、わたしも食べれなくなります。。と、ばかにきっぱりと言う。
切れ長の目で、こちらを見ていた。
お店の人が、そんなことを言ってはいけないよ~と言いつつ、まっすぐな視線は微笑ましく、まぶしかった。
ずっと忘れかけてた気分に出会い、心のなかに、なつかしく、華やいだ風が吹き抜けていった。
こりゃ、春の椿事だなと、ひとりごとを言う。

 今月末に、45年ぶりの同窓会がある。
この頃、お世話になった職場の上司のことなど、時々、思い出す。
 上司とは浦安で落ちあって、よく飲み、二次会でカラオケに行くと、かなり酔い、つい帰るのが面倒くさくなって、タクシーで帰った。

 常磐自動車道の柏ICで降りて、国道16号線を八千代方面に向かう。
京樽があって、左折すると、赤レンガの分譲地が広がる。
現地案内所そばの上司の家の門扉のそばには、はなみずきの木があった。

 上司を送って、帰り道をタクシーで走ると、真夜中のハクモクレンは、大粒な雪が舞っているように見えた。

 今になって、人生の下りの坂になったのに気づく。
けれど、成功しないかもしれないけれど、本当にやりたいのは、まだ、これからだと思っている。

 いつもいつも急いでいて、自分の流れを汲みとることに急いだ。。。というような、誰かの詩があった。
フム、忙しくするのはよいことだろうけれど、忙殺は自慢することではなく、恥ずべきことだと思う。

 そろそろ、いつもの住宅に、いつものようにハクモクレンが咲く。

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# by nonoyamasadao | 2014-03-05 12:55 | 雑文 | Comments(7)

桃の思い出

 桃の節句である。
雛人形も、ちらし寿司も、ハマグリのお吸い物も、ひなあられも、全部、縁がなかった。
でも、きいろく美しい粟の菱餅を食したことがある。
焼いて食したと思うが、見た目ほど、美味しくなかった記憶がある。

 桃といえば、ピーチだが、水蜜桃の方がピンと来る。
子どものころに、桃を食すと、赤痢になると脅かされ、なかなか食べさせてもらえなかった。
めでたく桃解禁となって、縁側で、桃の皮をむいて、汁を滴らせて頬張っていたら、どこからかハチが飛んできて、しっかり刺された。
その時は、食べる方を優先したけれど、あれは痛かった。
自家製アンモニア水をかけた気がするけど、さすがに記憶違いだろうと思う。でも、もしかしたら、ホントかもしれない。

 ご近所の庭に、桃の木がある。
夜、暗くなって帰って来た時に、夜目にもあでやかなピンクの花が咲いてた。
その時は、桜かなと思ったけれど、翌朝に見直すと、枝垂れ系の濃い桃色の、八重のハナモモだった。
う~ん、セクシーな花だなぁ。。。って思った。
花を見て、セクシーだと思ったのは、モモと花海棠くらいだ。
きっとそばによると、微妙だけれど、かすかに匂うだろうと思う。
明日、仕事部屋に行くときに、遠回りして見に行こう。

 あと何回、桜の花が見れるだろうという歌詞がある。
梅や桜は子どもの時から、よく知っていた。
モモは、押し花をもらったことがあるので、案外、昔から知ってる。

 エラそうに書いたが、知っていたのは、それくらいで、樹木にめざめたのは、30代の後半からである。
年数でいうと、梅や桜はもう60回くらいは見ているが、ハクモクレンなどはほとんど、見ていないことになる。

 フルーツのモモは、姿も形も、エッチっぽくて、見ていると、シアワセな気持ちになる。
フルーツのお尻は総じて、エッチっぽいが、やっぱ、リンゴとモモが双璧だろう。
そういえば、イチゴのパンツの明智光秀な~んて、昔、記憶したっけなあ。

 桃って、ときどき、青くて、硬いままのってありますよね。
カチカチの桃を食す。
それもまた、ハッピーなんだよなあ。

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# by nonoyamasadao | 2014-03-03 17:01 | 雑文 | Comments(0)

電気ポット

  紅茶をよく飲む。
といっても、ポットのお湯である。
この地は湧き水だから、水の味だけは確かである。
 そのポットが突然、壊れる。
お湯が出ない。すこしどころか、一滴のしたたりもない。

 あ~らら こらら、お前の母ちゃん出ベソ。
いや、違った。
いーけないんだ~いけないんだ~ あ~ららこらら せ~んせ~に言ってやろ。。。が正解だ。
すくなくとも、杉並区荻窪バージョンでは、そうだった。

 壊したのはボクではなく、老母である。
もっとも、その後で、あちこちのボタンを押しまくったのはボクだから、疑惑の真相は定かでない。
機械は大っ嫌いである。
この間、やっとケータイの発信するだけから、受信をマスターしたくらいだ。
もっと凄いのは、今もって、テレビの録画ができない。
iPhoneなど、とても無理だ。

 振り返れば、パソコンを何台、壊したことだろう。
今や、パソコンとケータイは必需品で、恩恵に浴している。
それでも、世の中からこの二つが消えてなくなれば、どんなに毎日が平和だろうと思う。

 しかし、電気ポットは必需品で、ネットスーパーで予約して、届けて頂く。
あ、間違った。
電気ポットを買うつもりが、保温機能だけの魔法瓶を買ってしまった。
数が少なかった理由がわかった。
くそっ!、ネットショッピングのチョンボは何度目だろう。

 夜、BSの再放送見ると、伊東ゆかりさんが出てた。
前田憲男さんのピアノで、スタンダードナンバーのス・ワンダフルやSMILEを聴いて、ゴキゲンになる。
娘の宙美さんとのデュエットの「あなたしか見えない」を聴く。
この曲は、リタ・クーリッジだと思っていたけれど、メリサ・マンチェスター盤もある。
伊東家の母と娘の「あなたしか見えない」のサビのハモリでは、2回、倍音が聴こえた。
これだけ気持ちよくハモれば、ザ・ピーナッツの曲も聞いてみたいなあ。

 明日は、朝一で、電気ポットを買わなくっちゃな。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-23 10:54 | 雑文 | Comments(1)

三叉路

 今、住んでいるところの隣は、女子の多い高校である。
ゲートの開けてある駐車場があり、その先は校庭で、更にその先には、買い物にゆくスーパーがある。
もしボクが今、小学生だったら、校庭の真ん中を突っ切って、近道してスーパーに行っているだろうなと、いつも思う。
実行するなら、塀を乗り越えなければならないが、それも楽しそうだ。

 まあ、男の子はいつだって、けもの道が好きだ。

 昨日、DVDで『天体観測』の最終回を見ていたら、渋谷区役所前交差点のところで、同じ道を歩いて来た主人公たち3人が、右へ、左へ、まっすぐに別れた。
ジム・ジャームッシュ監督の『ダウン・バイ・ロー』のラストを思い出した。
それぞれの夢を追い求める男たちが行き着いたのは、三叉路で、右に行くもの、左へ行くもの、今ある幸せに残るものの3名だった。

 三叉路というと、どうしたってこの季節は、♪123...あの三叉路で、 123...軽く手を振り、 私達 お別れなんですよ~を思い出す。
そっか、あれから、もう36年も立つのか。田中好子さんに合掌。
大井町の長~い歩道橋を歩いてきて、らせん状の階段を下ると、三叉路に骨董屋があったのは、『時代屋の女房』だった。
夏の盛りに、銀色の日傘をさして、野良猫を抱えた謎の女の夏目雅子さんが現れた。
夏目さんは特別、ご贔屓ではなかったけれど、あの映画の夏目さんは、まぶしいほど美しく、目を細めて見た。夏目雅子さんにも合掌。

 三叉路は、高校から35才になるくらいまで、小金井の前原坂下で、毎日、経験した。
考えれば、T字路だと、先は行き止まりだから、右か左か、方向もはっきりしている。
Y字路は、右も左も、それほど、極端ではないので、行きあったりばったりのボクは、どってことなかった。

 たった一度だけ、夜遅くの前原坂下の三叉路で、夜の空いた電車に乗ったような、さみしい気持ちになったことがある。
大学の4年の秋から冬にかけて。家庭の事情から、就職の変更をしなければ、ならなかった。
電飾の灯みたいな星屑が散らばった夜、三叉路を左に行くはずが、右に行かなければならなくなった。

 結局、今の仕事に就いたのだから、左を選んだことと同じなった。
ピーターラビットのように闇雲に走って、いろいろな人の世話になってたら、左の道にぶつかったって感じだ。

 もしも、あの道がT字路や交差点だったら、どうなっていたろう。
ひょっとしたら、交差点で立ち止まって、後ずさりしてたかもしれない。
だったら、それはそれで、まっ、いっか。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-21 14:14 | 雑文 | Comments(0)

不思議ちゃんって・・・

  変わっているよね、あの子って・・・は、昔からあった。
人の意表を突く素っ頓狂な言動や、それでいて、鋭さがあったりで、エキセントリックなどと言ってた。
かわいさ、お色気、思わせぶりな態度などで男性を手玉に取る、小悪魔というのもあった。
50年位前だったか、加賀まりこさんが作家の遠藤周作氏との対談で、もも引きを履く男性は嫌いとか言っていた。
まあ、ここまでは、ある種、チャーミングとして許せた。

 理解が及ばなくなるのは、張りつめた糸がプツンと切れるように、小悪魔どころではなくなり、度を越した行動になるのが、プッツンだった。
プッツンには、ネガティブな響きがあった。
その後に、天然というのがあった。これなど、な~んとなく、うららでよかった。
それが、今や、不思議ちゃんだそうだ。
な、なんなんだ。

 ネット検索したら、以下が書いてあった。
・飲み会などでみんなが騒いでいても、「いえーい」とかやらない。
・ちょっと笑うところが人と違う
・普通の表情でおかしな事を言う
・グループ行動していても、一人だけ違う感じがするといわれる

 フム、たしかに外見はフツーだが、そんな光景には、何度か出っくわした。
しかし、飲み会で「いえーい」とかやらないのは、はにかみを心得ているからで、別にいいじゃない。
 
 ちょっと笑うところが違うゾというのは、たしかにある。
ボクだって、若かった頃は・・・。。。などというと、バカ受け~とか笑い飛ばされる。
おいおい、そこ、笑うとこちゃうやろ(なぜか、関西風?)。。。は、よくある。
 
 フツーの表情でおかしなことを言ったり、度外れて、空気を読めない人は、男女を問わず、多い。
好物を述べて、デコポンゼリーになりたいの~♪とか、陣太鼓好きすぎて、陣太鼓になりたーい!とかほざく。
まあ、ケーキが好きすぎてヤバイ!は、よ~く耳にする。

 最近よく聞くのは、大雪だにゃんである。
はっ、キミは、だあれ?。
ケッタイな語尾をつけるのは、天然ではなく、それこそキミたちふうに申せば、イラッとなるのよ、オヂサンは。

 会話があらぬ方向に脱線するのは、意外性があって、正直、楽しくなくもない。
しかし、不思議ちゃんの言語感覚は、これは、言語の破壊である。
言語の破壊といえば、ウィトゲンシュタインだが、これって、わっかるっかなあ。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-17 13:42 | 雑文 | Comments(0)

縄跳び

 仕事部屋に向かうとき、いつもの小学校のそばの住宅に、深紅の椿の花が咲く。
ほうと、足を止め、じぃーっと見入る。
冷たい風が吹き抜ける路地裏では、小さな女の子がひとり縄跳びをしてる。
おさげがピョンと跳ね、あまり上手ではないから、何度か引っかかる。
とてもかわいい。

 小学校のころ、道草した学校の帰りに、黄色いタンポポの咲く道で女の子だけの大縄跳びをよく見た。
お嬢さん、おはいんなさい、ありがとう...な~んて、やってた。
2人の女の子が大きな輪をまわして、スピードに乗った円環がくりかえし描かれた。
長縄が地面を叩いて、真上に上がったタイミングで、飛び込めばゼッタイに大丈夫に違いない。
そう思って、知らんぷりして見てた。

 今や、たそがれてきつつあるけど、野卑で、軽薄で、卑猥を男の甲斐性と言い聞かせ、ハードボイルドに生きようと思ってきた。
そのはずが・・・今や、妙齢な佳人などみると、目が泳ぐ。
還暦過ぎて、女性アレルギーが治癒したって、遅過ぎるよなぁ。
花咲くあしたなど、来ないよなぁ。。。と、ブツブツ、独りごちる。

 路地から、風が流れ、梅咲き匂う。
心がフッと軽くなる。
な~んとなく、シアワセ気分になった。

再び、須藤薫さんのコーラスに合掌。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-16 11:11 | 雑文 | Comments(3)

雪の連想

  タクシーで、歯医者に向かう。
梅の花がほころび、やっぱ、今年も時間の刻みは正確だなと思う。
東京では、13年ぶりだとか、20年ぶりだとかの大雪である。

 不謹慎だけれど、都会に雪が積もると、いつもとは、かけ離れた風景に連れてってくれるので、大好きだった。
30代の中ごろ、会社の帰途、上司と入社したての女性社員と、新宿通りの舗道を四谷駅に向かって歩いた。
路面凍結し始めていて、うっかりスリップした女性社員が、抱きついて来た。
ああ、これがあるから、大雪は大好きなんだ。
俯いて、心中、ほくそ笑んだのを思い出す。

 夜、ファンだった内田有紀さんのDVD『ばかもの』を観る。
内田さんはコスモ石油のCMでハンサムな女の子だなあと思った。
『じゃじゃ馬ならし』も、ボーイッシュなショートカットがステキで、大好きだあって思った。
そういえば、大のゴヒイキのクリスティ・マクニクルも荻野目洋子さん、福田沙紀さん、そして内田さんも、どこか似た系譜があるようにも思う。
最近では、『最後から二番目の恋』の男嫌いの、ひきこもり役もよかった。

 『ばかもの』は、ラストシーンの渓谷の河原のシーンの緑と水がとても美しくて、ほんのり爽やかに心に沁みた。
ああ、きれな川に行きたい。

 その後で、『白線流し』を観る。
フム、やっぱ、共学の地方の高校生はいいなあ。
昭和40年代前半の高校生活は、遠い昔になったけれど、また殺風景だったけれど、平和な毎日がまったりと過ぎていった。
その頃の練馬は、ドラマの松本市とはかなり違うが、どこか心細く、それでいてトキメキがあった日々だった。

 サッカーなどして、放課後の帰り道を、上石神井の駅まで歩き、みなはバスに乗ったり、徒歩で下宿まで帰った。
ボクは上石神井の駅から西武新宿線で帰るのだけれど、平日の15時ちょっと過ぎの早い時間の駅のホームは、まばらな人で、さみしかった。
電車もすいていて、太陽の光線が射し込むと、車内が急に明るくなった。
快速電車も走っていたけれど、花小金井で降りるので鈍行で帰るから、ゆっくりと走る電車だった。
 ドラマでは、通学するとき、松本電鉄が鉄橋を渡る。

 今はもう、あの頃の心細さと、ときめきの間で揺れてた不安定な気分は、とうの昔にどこかに消えて、青春の憂鬱もなくなり、さみしさだけがコーヒーカップの残滓のように残った。

 あの頃の微熱のような気分や心の痛みが、一番、大切な時だったと知るのは、いつだって、はるかに時間が遠くに過ぎ去ってからだ。
桜が散り始めるころに、45年ぶりに高校の同窓会がある。
今年の春の陽射しは、淡く、淡く揺れた、あのころの匂いや気分を、ちょっとだけでも連れ戻してくれるだろうか。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-09 14:05 | 雑文 | Comments(0)

夜歩く

 朝食のあと、頂き物のストロベリーシャンパンの紅茶を飲む。
フム、どこかキラキラした風味である。
場違いな気がして、銅銭糖など齧ってみる。
かすかに硬く、仄かに甘い。

 そういえば、子どもの頃は、落雁のような干菓子は、大嫌いだった。
きっと、何年かすれば、抹茶で干菓子が楽しみな季節になるのだろうか。
それもまた、悪くないような気もする。

 不良の生き方だったと思う。
不良馬場の状況を好んで歩き、硬茹でラーメンやナマコなど消化不良な食べ物を愛し、視界不良な未来を好んだ。
人の評価はどうなのかはわからないが、自分では、アウトローだと自負している。

 夜更かし人間は、そもそもが不良のように思う。
そのわりに、まっ暗闇だと、匂いや視覚など、異様に研ぎ澄まされるような気がして、どうにも落ち着かない。
だから今もって、豆電球をつけたまま寝る。

 いつもの帰り道の小学校の向かいに、大手スーパー、家電量販店、銀行や病院など、急ピッチで造成中である。
この季節の帰り道は、小学校の向かいは寒々としていて殺風景だったが、寒い冬らしく凜然としていた。

 花のない長い季節が過ぎて、水仙が咲き、紅梅も一輪咲く。
これからは、夜の11時くらいまでは、まぶしい光が輝くのだろうと思うと、夜の散歩もありだなと思う。

 ディクスン・カーの処女作に、夜な夜な靄でかすむパリの町をさまよう『夜歩く』があった。
堂々たる密室ミステリだった。

 ファミレスなどもできるという。
だったら、ボクも夜歩く。。。である。

 文教地区にあるファミレスで、夜遅くなっても、帰りたくない人たちは、ボクと同類の不良だろう。
きっと、さみしがりやで安心するから、そこにいる。
願わくば、24時間営業のブックセンターがあれば、毎日、そこに入り浸っているかもしれない。

 今もって、発育不良の不良ままである。
まっ、仕方ないか。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-06 12:30 | 雑文 | Comments(3)

寒い朝だから・・・

 昔々のこと、♪北風吹きぬく寒い朝も、心ひとつで暖かくなる。。。な~んて歌があった。
石坂洋次郎の世界観ですな。
嘘ばっか。
温度差が15度もあれば、寒いものは寒いのだ。気持ちの持ち方ではない。
あまり褒められないけれど、やっぱ、暖房で温まろう

 まず首の寒さは、タートルネックでガードする。
袖が長め、指先近くまでいかずとも、指先付けねまでのブカブカのカーディガンを羽織る。
カ―ディガンの袖先は指で掴んで、外気が入って来ないようにする。

 ただし、男たるもの、些かでも矜持あらば、下着など見えないところで、姑息なこことはしてはならない。
男の美学に、こだわらなければ、そいつは見どころがない。
ステテコや股引など、男のクズがすることで、品位に欠ける。 

 だったら、はんてんやどてらをガツンと羽織ってしまおう。
モコモコで、雪ダルマ状態を、みっともないなどと思うな!。
むしろ、当節のギャルは、かわいすぎる!といってくれると、錯覚したまえ。
どうせ、誰も見ていない。
などと思っていると、たまさか、とんでもない来客が、とんでもない時に来たりするもんで、くれぐれも油断してはならない。

 そうだ。還暦過ぎると、めめしいことに、足が冷えるんですな。
ホカロンや靴下の二重履きは、これまた、美学に反する。
まあ、俗説だが、足が冷たい人は心が冷たいっていうから、心を温めればいい。
本当は、日本酒アツアツの熱燗でイッパイが一番だが、今日は、アールグレイの紅茶で我慢しよう。

 最後の仕上げに、頭部はカシミアニット帽を目深に被る。
頭寒足熱は健康によいは、迷信と思いたまえ。
以上で、一応、ぽっかぽか。。。になるはずである。

 な、わけがない。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-05 09:50 | 雑文 | Comments(0)

果報は寝て待て

 今日は、節分。
昔は、接吻の日なんて言ってた。
今や接吻なんて死語ですよね。
だったら、アイラ・レヴィンの傑作『死の接吻』も『死のキッス』か。
な~んか、気分が違いますね。

 もっとも、昔から、名匠ロバート・アルドリッチには、『キッスで殺せ』な~んてあった。
あ、♪キッスは目にして~という 「エリーゼのために 」(ベートーベン)→ザ・ピーナッツの「情熱の花」のコピーもあった。

 帰り道に、住宅にピンクの寒椿咲く。
う~ん、昔、椿に凝ったことがある。
雪深い温泉地で、木陰にひっそりと咲くユキツバキの花は色っぽいものです。

 昨晩、『鴨、京都へ行く。―老舗旅館の女将日記』のDVDを観ていたら、祇園の巽橋が出てきた。
そうそう、石畳の道を白川沿いに歩いて、巽橋を渡ると、たもとに辰巳大明神の小祠があった。
いつか行った時は、紫の百日紅が咲き、枝垂れた桜が黄葉していたから、秋だったのだろう。
夜の帳が降りると、水だき 萬治郎の玄関灯が、ぼんぼりのように、黄色くポッと灯った。

 その晩、羊が一匹。。。のかわりに、舞妓さんがひとり、ふたりと数えたら、眠れなくなった。
あれは、舞妓さんのハイレグとか、舞妓さんのガングロとか、数えたら眠れたかもしれない。
人は、還暦過ぎて夢や希望は薄れるというけれど、また、♪なのにあなたは京都に行くの~という歌詞もあるけれど、あ~あ、たまらなく、京都に 行きたいなあ~。

 今日は、豆まきして、恵方巻きを食し、あとはなにをしようか。
すこし、ヒマになると、これまた、退屈を持て余す。

 恵方巻きを食し、恵方は寝て待てですよね~。

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# by nonoyamasadao | 2014-02-03 18:21 | Comments(2)

1年後の須藤薫さんを偲ぶ

 巨峰の紅茶など、どんなもんだろうと訝しくおもいつつ、一口啜る。
ん、摩訶不思議なフレーバーが口中に広がる。
な~んか、これ、ストロベリーの間違いではないかしらなどと思う。
と思っているうちに、馬(うまっ)、馬、馬、めちゃ旨い。というより、名状し難いよい香気と風味がたしかになる。
う~ん、しあわせである。

 youtubeに、須藤薫さんの曲が増えてきた。
これはいいことじゃん。。。と喜んでいたら、コメントの書き込みがみな、過去形で、昨年の3月3日に、逝去されたそうだ。
知らなかったぁ。
昨年は、3月5日に、老母がうっかりさんの自転車に轢かれ、救急搬送したり、手術でバタバタしていて見逃したのだろう。
我が老母は、奇跡的なカムバックをしたが、須藤薫さんや彼女ともご縁のある大滝詠一さんも急逝された。
ほぼ同世代の年長と年少の死去は、身辺に、あわただしい風が吹く。心から合掌。

 遠い昔から須藤薫さんがご贔屓なように、書いているが、本当は、リアルタイムではな~んも知らない。
コンサートも行かず、アラ還のとき、このブログを始めて、'80年代ポップスをyoutubeなどで、聴いてから、CDを買った俄かファンにすぎない。

 けれど、気持ちよく起きた朝、新聞やゴミ出しなどで階段を降りるときに、無意識に『涙のステップ』や『セカンドラブ』を口ずさんでいた。

 須藤薫さんのベストアルバムが発売されたころは、千歳船橋本社が麹町本社へと移ったころである。
そのころは、会社が終ると、友人たちもまだ独身で、刺身でイッパイやったあとで、『ビッグベン』というパブで、ウィスキーやビールを飲んだ。
バイトの可愛いOLサンとかもいたが、こっちは色気抜きで、野郎同士で、しょーもない話をしてた。
何の話をしていたか覚えていないが、勿体ない事をしたもんだ。
茄子のオイスターソース炒めとか、フライドポテトで、水割りを飲んだ。

 友人と別れ、地下鉄入口の向かいのラーメン屋で、札幌ラーメンを食し、そこでまた、ビールを飲んでいた。
もう電車では帰る気にはならない。
タクシーで、首都高の外苑から高速に上がってもらうか、運転手さんの趣味で、神宮外苑を回って甲州街道で帰ることもあった。

 仕事をして、そして飲んで帰る日々であったから、須藤薫さんのことはな~んも知らないと、還暦前は思っていた。だが、違った。
『私をスキーに連れてって』の印象が圧倒的に強いのだが、スチール・ギターの間奏がカッコいい『サーフ天国、スキー天国』のコーラスが、須藤薫さんだったことを知る。
これはコーラスというより、ユーミンのアルトの声に、須藤さんの別メロのI love you, love you more than・・・が掛け合いになる、大袈裟にいえばデュエット曲だった。

 そんなことから、彼女のコーラスが数多いのを知る。
そんな中で、こっ恥ずかしいが、『渚のバルコニー』は圧巻だった。
ミニピアノっぽいイントロから始まって、須藤さんとBuzzのシャンランランというバックコーラスがある。
どっちかといえば、『風立ちぬ』派ではなく、『夏の扉』派のボクでも、詞は相当恥ずかしいが、アップテンポな曲調が好きだった。

 なんといっても、この曲の白眉は、最後の最後のサビ(始まってから3分すこし前くらい)の掛け合いである。
須藤さんとBuzzが,♪渚のバルコニーで待ってて~とうたうと、松田聖子さんがキャンディボイスで、♪きっときっとよ~と続ける。しかも、この聖子さん部分は、ダブルトラックですね。
そして遠くでかすかに、シュガ―ボイスの須藤さんのハイトーンのAh~というコーラスがエコーがかかって聞えて来る。

 ああ、今でも、心底、ハッピーな気分になる。

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# by nonoyamasadao | 2014-01-28 15:01 | 竹内まりや | Comments(4)

サイテ―って言われてもね

 ご贔屓のキャサリン・ハイグルに、『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』という映画がある。
かなり下品だが、よ~く見ていると、それだけではない小佳作だった。
まあ、この主人公などは、サイテ―男といわれても仕方ないでしょう。

 最近、年取ってからの娘くらいの若~い女性から、サイテ―と言われる。
待て~。彼女でもないのに、よくそんなことが言えたものだなぁ。
しばし、なにをやらかしたのかと。。。自省する。

 下ネタは大好きだが、女性の前ではしない。しないが言いすぎなら、少なくとも連発はしない。
王様ゲームなど、したことはない。
どのような美人が傍にいたって、彼女じゃなければ、小指一本触れない。

 フム、ボクの存在自体がサイテ―というなら、さすがに、それは無礼である。

 最近、街を歩いていると、ここは何処?と思うくらいの若いイケメン男に出逢う。
たしかに、鋭角的な目鼻立ちで、外国人のように整った顔立ちだ。
背も高く、身のこなしも、お若いくせに、なにやら垢抜けている。
スマートな体型で、アクセサリーや香水などもバッチリだ。
 なんだかなぁ。
モデルのような感じの男の子が増えた。

 ああ、ワタクシの若い時など、これに較べると、ダサッ!ダサダサ! 何これ!の状態であったなぁ。
服を着替えるのも面倒で、着たきりすずめだったから、きっと匂ってたかもしれない。
当時の女の人たちは、みなやさしくて、心の中に、しまっておいてくれたのだろう。

 でもね、男はいくつになっても、たとえ還暦過ぎたって、案外、デリケートなのだ。
サイテ―といわれ、な~んか、高田純次の気持ちが、グサッと突き刺さるように、わかった気がした。
もっとも、彼は商売でそれをしているだけですけれどね。

 ブサイクなワタクシは、若いころも、当然、ブサイクなままで、高校のころ、無い知恵を絞って、雰囲気イケメンを目指す。
純文学などを読み、デカダン(ス)文学のフレーズなど暗記して、雰囲気のどこかに影ができるとよいなぁ。。。な~んて真剣に思ったもんだ。
けれど、それって、疲れるんだよね。やっぱ、人間は素直が一番なのだと気づく。
結局、B級娯楽映画一辺倒に落ち着いた。

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# by nonoyamasadao | 2014-01-24 10:59 | 雑文 | Comments(0)