いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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イーストウッドの”許されざる者”と”真夜中のサバナ”

イーストウッドの”許されざる者”と”真夜中のサバナ”について、いくつか書きたいことがある。

順番どうりに”許されざる者”から。

たそがれガンマンの日常を描いた前半だと、ペキンパーの”砂漠の流れ者”のような詩情があればいいなあと思ったけど、それはないものねだりですね。ユーモアもなさそうだな。せめてバート・ケネディーが、珍しく大マジメに撮った”大列車強盗”くらいの風景と構図があればと思った。だが、及ばずでした。

終盤の酒場での撃ち合いは、ドン・シーゲルの”ラスト・シューティスト”を勉強してほしかった。せっかくオマージュを捧げたのだから、学習してほしかった。あちらは殺されたのは三名で、こちらは五名だから、数の論理では勝るのですがね。ショットの切れ、小道具の使い方など格の違いがまざまざとでましたね。
長い間、西部劇を愛好してきた一人としては、この映画への採点基準はみんな甘口すぎないかなあ。梅雨時のように、ジットリ・ジメジメした陰気な西部劇だ。


”真夜中のサバナ”。原作を読んでいない。”マディソン郡の橋”の次の作品だから、少し群像ドラマっぽいのを撮りたかったのでしょうね。群像ミステリふうのつくりだが、ミステリとしてみるなら線が細い。ミステリを撮ったつもりなど、ないのでしょうね。
頭にアブを飼っているおじさん、透明ワン公をお散歩させる男、ブードゥ教の祈祷師のおばさん、ゲイのおじ・おばさんなど、奇怪な人物がやたら跳梁跋扈するのだけど、コメディーじゃない。なんなのでしょうね。

ケビン・スペーシーとジュード・ロウは、演技派ですなあ。けど、なんだかあぶない人の役が多い。ジュード・ロウは登場場面が少ないほうが存在感があるな。ラストだけで、じゅうぶん怖い。

イーストウッドの映画はグルーミーというか、どれも暗い。
個人的には”スペースカウボーイ”が大好きだけど、ホークスになるにはお色気タップリじゃないとねえ、無理だ。このシリアスな傾向は現在の映画につながっているのだねえ。結局、社会派だったということだ。市長さんだものね。でも共和党でしたよね?。フム、解せない。。。

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# by nonoyamasadao | 2007-08-04 15:19 | ミステリ映画 | Comments(0)

きらきらひかるを読む

 なにをいまさらといわれるでしょうが、”きらきらひかる”は傑作である。
あ、江國香織の小説(新潮文庫)のほうである。

 あとは読んだ人だけに通じる話。
たとえば、pp.14-15だと、
”何の話がいい、と睦月がきいた。”から、”-、私はすっかり満足していた。”までがいい。

 どこがいいのかというと、外国の良質な短編を読んでいる気がするからだ。
外国がなんぼのものじゃ、と叱られそうだが、ちょっと日本人離れしたカ・ン・ジが好き。
柴犬とか、荻窪、時代劇の斬られ役とか、思いっきり日本そのものなのにね。
エビアン水とガルボだって、ねえ、そんなに特別な言葉ではないですよね。

 村上春樹だと翻訳小説のような感じはしても、感じだけだ。外国小説だとは思わない。
”きらきらひかる”って、”つめたいよるに”(新潮文庫)に収められている、
”つめたいよるに”と”温かなお皿”の間に書かれた作品ですね。

”温かなお皿”のなかの、”とくべつな早朝”でふと、思った。

 午前五時四十九分、この朝最初の客が来た。-以下である。
この語り口は”ニューヨーカー”か”エスクァイア”の味わいなのだと。

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# by nonoyamasadao | 2007-08-03 10:46 | 江國香織 | Comments(0)

アントニオーニとベルイマン

アントニオーニとベルイマンが相次いで、亡くなられた。巨星墜つだ。
つつしんで、ご冥福をお祈りします。

ベルイマンの”野いちご”は、人生の苦さと彩りを描いた神々しいほどの傑作だった。50年前の作品だと思うと、やっぱり天才だったなあ。そう思う。

アントニオーニだと、”赤い砂漠”や”情事”など、愛の不毛テーマばかりが採り上げられる。けど本当にそうなのかな。モニカ・ヴィッティは好きだったけど。映画は退屈だったな。
初期の”さすらい”は心に沁みる名作だ。歩くショットとピアノで、孤独や侘しさが際立っていた。ぶった切るようなラストも凄い。

でもどちらも、楽しんでみたというより、勉強しましたという感じが強い。松田定次監督「新吾十番勝負」と怪獣映画の添え物映画だった杉江敏男監督の「私と私」が、映画の原点だもんなあ。
自分の趣味傾向を考えると、前者からはチャンバラ、それからアクション、そしてヒッチ師匠につながっていく。後者からは都会的ミュージカル、そこから都会派コメディー、ワイルダーの流れになったような気がしている。

昨日観たdvd。キャプラの”波も涙も暖かい”。これは独特な語り口が不発だった。バツイチボーイ・ミーツ・未亡人ガールという物語ですね。音楽だけ楽しい。

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# by nonoyamasadao | 2007-08-02 11:17 | ヒッチ・ワイルダー | Comments(7)

俺っちは土地の子だからよう

 だいぶ昔に、千歳船橋に勤務したことがあると、前に書いた。二十代のしっぽのころで、残業三昧の日々だった。
その夜も、といっても深夜の二時ごろだった。

 蝸牛マークの個人タクシーを呼んだ。タクシーチケットがその会社だったからだ。
そのころは小金井の多磨霊園の裏門近くに住んでいた。多摩霊園は有名な墓地で、桜の名所でもあった。

 夜中の二時ではあるが、環八から甲州街道はまわり道だということで、裏道で帰ることになる。千歳船橋の農協を左折して、桐朋学園を通って、キューピーマヨネーズから、甲州街道を突き抜けてゆくと、つつじヶ丘の住宅地の中を縫うように抜けていく、まっすぐな裏道がある。そうすれば、多磨霊園裏門のまえの幅広い道にでられる。30メーター道路といっていた大きな通りである。まあ、知っている人はいるだろうけど、かなりマイナーな道ではある。

  ところが、である。桐朋学園のところで道路工事をしていた。冬だったから、二月か三月だったと思う。まえの日の深夜もタクシーで帰ったのだが、工事の気配すらなかったけどな。
千歳農協で左折する時には、そんな道路工事の案内はなかったし、正直困ったなと思った。世田谷の道は田んぼの農道が舗装されたのが多い。だから道がくねくねしていて、素直な道ではない。まして抜け道となると、とんでもないことになる。ふつうなら、道の傾斜角度などで環八と甲州街道というくっきりとした目標となる道にでるはずが、微妙に逸れてゆく。そのうちに、環八の方向まで怪しくなる。

 プロであるタクシードライバーでも、世田谷を嫌う人は多い。
や れやれ、えらいことになったと思っていると、ちょっと田中小実昌さんに似たひょうひょうとしたかんじの運転手さんが、力強い声で言ってくれました。

俺っちは土地の子だからようー

 やった。たのもしい。で、運転手さんは動じることなく、桐朋学園の十字路を左折してくれました。調布の方向だ。ここより、この先の方をまがった方が、早いのだよねとかいいながら、まあ、頼もしいこと。ところがそこも、工事中だった。で、また、でたー。

大丈夫だってー俺っちは土地の子だからよう

 いってくれました。で、その先を甲州街道に向かって右折した。甲州街道に向かって・・・のハズ。。。。というのは、ゼンゼン、甲州街道にでない。道幅はどんどん狭まって、両サイドの余裕はどぶ板一枚くらいになった。
そのうち、狭まった道のブロック塀に車が軽くこすった。小実昌さん似の運転手さんは外に出て行って、車体を見ていたけど、真っ暗だったからなあ、どうだったのだろう。でも、後戻りも危ない。で、前進するのだが、どんどん狭くなってゆくみたい。その内に、またこすった。もう、運転手さんは諦めてしまったみたいだ。

 右に、上りの急傾斜の道がある。これは違うなあと、運転手さんはつぶやきながら、さらに前進をする。
闇の中を一人の青年が車の先をゆっくりと歩いている。運転手さんは車から飛び出して、青年を追いかけていく。私も後を追いかける。
運転手さんはまっすぐ行けば、甲州街道に出ますよねと聞くと、青年はこの道は行き止まりですと、あっさりいう。なんと、むごいことを。
さっきの急傾斜のところを上れば、甲州街道に出られるという。

  かくして、タクシーはバックする。だが、ブロック塀に幾度、こすったことだろう。ギィーって、嫌な音にもなれたっけ。個人タクシーだから、自己資産なのにね、もう釣り堀のコイのように車体はぼろぼろ、傷だらけのローラ状態になっている。

 それでも、急傾斜の道までバックして、タクシーは急勾配を上りだしましたよ。その刹那、タクシーがどぶ板に乗り上げてしまった。ぜんぜん動かない。で、どうする。
運転手さんはジャッキを持っていて、手伝ってくれと言う。
あまりにもお気の毒だから、どぶ板のコンクリートの石を持ってきました。
その石を土台にジャッキで、タクシーを持ち上げたら、ジャッキがものの見事に折れてしまった。

 田中小実昌似のおじさんはさすがに、力尽きてしまったみたい。ガックリとうずくまったまま、ピクリともしない。こちらも声もかけられないような状態だ。
でも、血圧異常とかで倒れてもいけないと思って、肩に手をおいたら振り返ってくれた。
あの汗にまみれた悲惨な顔は忘れられない。

 二人でタクシーを拾いに、もと来た道を歩いて戻ってタクシーを拾った。私はお陰で、かなり遅れたけど帰宅できた。その晩、タクシーは置き去りにされた。

   あの運転手さんは、我が生涯最悪の日だったでしょうね。
かなしいけどおかしい、ほんとうのこと。

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# by nonoyamasadao | 2007-08-01 13:10 | 雑文 | Comments(2)

お引越しー朝から蝉時雨

夏だ。朝から蝉時雨である。今のマンションだと、油蝉だな。
お散歩気分で遠回りして帰ったら、
道すがら、いきなり番犬に吠えられた。
たまげたなあ。だって、最近、犬に吠えられたことがないものな。
この地に越してから、最近までずっと歩かなかった。

というのは、中心部の外れに住んでいた。
何回も引越したけど、北部の外れには4年くらいいた。
そこは新興の分譲地で、若い人たちが多かった。
左手に休火山があって、
今頃だと海風がその山に遮られた。だらだら坂が多かった。
地方に移って直ぐに住んだところだが、見ず知らずの私に、
子供たちがきちんと挨拶をするのでちょっと驚いたっけ。

首都圏だと,まず挨拶はしない。
あぶないオジサンが多いからなあ。しょうがないけど。
けど、よそ者には子育てなら地方都市がよいなと映った。
地方には、よき伝統の残像がある。悪く出ると、旧弊になる。

分譲地のモデル・ルームが売れ残っていた。
黄色系レンガを積み上げたアーチ型のリビングの外壁が、
生垣から道に張り出していた。
地中海ふうというのかしら。だから気に入った。
母親は喫茶店かケーキ屋さんみたいだから嫌がっていたけど、
どうにか我慢してくれた。

でも一級建築士が設計した家って、マジ、生活に向かない。
雷になると、稲光が大きなガラス窓から部屋の中で乱反射するのだ。
これは怖い。地震、雷、火事、オヤジというが、怖くないのはオヤジだけだ。
階段があって、少し地面に埋め込まれたリビングでは、
シロアリが発生したしね。
極めつけは真紅の玄関ドアがあっさり、ちぎれてとれてしまったことかな。

トム・ハンクスの映画の”マネーピット”みたいでしょ。
あれは豪邸が欠陥住宅で解体するコメディーだが、
豪邸とはほど遠いが、欠陥では負けない。
こんなことで自慢してもしょうがないけど。ハハハ。

子供のプラモデルと同じですな。
建築士のアート(道楽)であって、住むところじゃない。散財したー。

でも越したのは朝の交通渋滞が理由だった。
立派な道路はあるが、これが渋滞でままならぬ。
だからバスは使えない。渋滞しても降りれないものね。
いつもタクシーだった。それもかなり迂回して山越えをした。
急斜面の住宅地をタクシーで下って、
時間制限のある橋を渡ると、どうにか今の仕事場にたどりついた。
朝早いと、一時間近くかかったかな。

それで市の南の外れの方に越した。
こっちは中古住宅で陸の孤島だった。
北の外れから、南の外れというのは、
いかにも性格を反映している。極端から極端の行動様式だもん。

もともとは田んぼにもならない沼地だったそうだ。
だが平成元年築でも、12年くらいたっても沈むような気配はなかった。
陸の孤島だが、
郵便局、銀行、医者、酒屋、クリーニング屋、スーパー、タクシー営業所、
バス停、テニスコート、床屋、美容院など、一応ぜんぶあった。
都市機能の囲い込み型住宅という奴ですね。

堤防のない細い川が三本流れていて、釣りもできた。
ゆったりとした頭の丸い山が見えて、あたりは田園地帯だ。
気持ちのよい風がいつも吹いていた。夏は窓を開けてれば、夜は涼しい。
冬には、小鴨が毎年、飛来してきた。
けっこう、畑で悪さをしたみたいだが、見ている分には可愛い。

家は和風の平屋で、棒カシやコナラの雑木の庭だった。
竹の袖垣があって、鉄平石の敷石があり、石組されていた。
もっとも、石との対話はしなかった。それをすると、お迎えが近いそうだ。

庭の主木はサンゴミズキで、幹肌はピンクだった。
白樺もそうだが、青春のノスタルジーが宿る木だ。
門の主木は山モモで、他にワビスケやオウバイなどが植えられてた。

生垣はイヌマキだった。
早春にオウバイは黄色、ヒューガミズキは淡黄色の花が咲いた。
ワビスケはおちょぼ口の赤い花だった。ひそやかで、はかない風情である。

ちょっと出掛けるとかなり大きな湖があった。夏には花火大会があった。
ちょっと華やいだ祭りだった。
そばに動物園があって、動物が花火におびえるそうだ。
かわいそうだということで、花火大会はしまいになった。

逆方向の奥地に向かうと、いよいよ本格的な田園風景が広がる。
きれいな湧き水がでていた。
淡水魚のハヤもいた。
今の季節になると、クマゼミのシャワシャワという鳴き声の洪水だったな。

でも分譲地には当番がある。町内会費の集金とか回覧版とかね。
いつ行っても留守の人もいる。
ゴミの掃除当番もあった。
まあ、すべからく時間通りにはゆかないのが世の常で、
遅れて仕事をする人はどこでもいる。

公園掃除の日もあった。それも、やたら掃除の日が多い。
でも家の前が公園だから、知らん振りはできないですね。
お金を出せばいいってことだけど、そうもいかないのが、渡世の義理ちゅう奴や。

だから、マンションに越した。♪逃ぃ~げぇたぁ女房にゃぁ未練はな~いがぁー
だが、分譲地に住むのは無理だったな。
でもね、人間は地ベタに住むのが一番だと思うなあ。
土があるというのは素晴らしいことだ。
首都圏だとたいへんなんだろうけどね。
もちろん、事情が許せば。。。の話ですが。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-31 20:20 | 雑文 | Comments(0)

ミシェル・ルグランが好き

あるCDを聴いていたら、「風のささやき」が入っていた。英語で、字余りふうだが、そこがいい。これ、ノーマン・ジェイスン監督の「華麗なる賭け」のテーマ曲だ。けっこう、凝りに凝った画面構成だった。スプリット・スクリーンがどんどん細かく分解されるのだった。黄色いヒコーキが飛んでいるときに流れた曲だ。当時としては、ディープなキスシーンをよく憶えている。このテーマ曲はミシェル・ルグランだが、これはボーカルで聴くよりも、ルグランのアレンジだが、バド・シャンクのアルト・サックス(as)で聴いた方がいい。

ロバート・マリガン監督の「おもいでの夏」もミシェル・ルグランの音楽だけど、映画はノスタルジーあふれるニュー・イングランドもので、戦時中に少年が年上の女へ抱くあこがれを描いたものだ。いわゆる性典映画だ。要約するとなんか品がないな、品性下劣な輩が書いているからだろう。とってもせつなくて、いい映画だった。トルナトーレの「マレーナ」をうんと達者にした映画だとおもいねえ。ジェニファー・オニールにあこがれたっけね。遠い昔のことだ。
テーマ曲はシンフォニックなスコアだけど、ストリングスをバックに、フィル・ウッズ(as)が吹いているのを聴いたけど、それは、それは。。泣けるものでした。これもミシェル・ルグランのアレンジだった。ルグランはアルトが好きなのかな。

ミシェル・ルグランはヌーベル・バーグの音楽も多いけど、その時代だと「5時から7時までのクレオ」が一番いいかな。sans toi というのがいい。それからジャック・ドミー監督と組んで、「シェルブールの雨傘」、「ロシュフォールの恋人たち」が続く。
アメリカのミュージカルはどうも性に合わなくて、MGMで終わりだと思っていたけど、フランスの「ロシュフォールの恋人たち」なんかは好きだった。クラシックとジャズだからかな。

ただ、最初はミシェル・ルグランの音楽を軽んじていた気がする。だって、ミ・ファ・ソ・ラ・ミ・レだから、偏差値低めだなあと思った。バカだね。

でも、この映画にはたくさんの名曲がある。
今も放送されてる三菱ランサーCM のArrivee des camionneursはブラスのきいたスウィングワルツだが、譜面をみると、三拍子と四拍子が交錯して、しかも転調しているのね。
これが映画の冒頭の曲でしたね。
ルグランの曲は、私のような音感がよくない人間には、突然転調するから、譜面を見ないとわからないのが多い。ただでさえ、転調しまくりだから、微妙なのははずしてしまう。マイナーからメジャーを反復しながら、転調したりもしますものね。

代表作の”You Must Believe in Spring”はなんといっても、ビル・エヴァンスのピアノが凄い。深く哀しくて、いいなあ。繊細で、可憐で、リリカル。言葉を重ねればいいものじゃないことくらい知っているつもりだが、ボキャ貧でね。メンゴ、メンゴ。

この曲は「ロシュフォールの恋人たち」の中で、ジャック・ペランの水兵がうたったのが最初だ。「マクサンスの歌」という曲。メインは8小節の繰り返しだけど、これ転調しているのね。たぶん、気がつかない人もいるんじゃないかな。気がつかなかった。

ジャック・ペランも「ニュー・シネマ・パラダイス」じゃ、トトの現在を演じていたけど、きれいな二枚目から、感じよく年とったよなあ。あやかりたい、あやかりたい。だが、モノが違った。

ルグランは自分で歌いたがるが、これはぶち壊しになるから、やらんでよろしい。誰かのブログで吉幾三みたいだと書いていた。吉幾三とは言い得て妙だ。10月末に来日、公演するけど、せめてスキャットだけは勘弁してよね。
ルグランのピアノは若い頃は、すばやいパッセージで軽いって感じで弾いていたけど、曲はマイナーなのにかなしみが足りない気がする。ビル・エヴァンスのような深いものが・・・。
これは才能の問題というより、彼の人生がハッピーだからではないかな。モーツアルトと呼ばれた天才だからなあ。それって、本当はいいことなんだけどね。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-30 14:29 | 60年代ポップス | Comments(3)

脱走特急のこと

最近、映画のことをあんまり書いてないけど、DVDなら日に一本くらいは観ている。
おととい、リチャード・ドナー監督「16ブロック」を観たら、これはゴキゲンな出来だった。
ブルース・ウィリスが久々にカッコよかったし、監督も「リーサル・ウェポン」のころのような、切れがあって、最近の映画の中では文句なしに楽しめた。

昨日は見逃していたマーク・ロブソン監督の「脱走特急」を観た。大好きな監督である。
「チャンピオン」と「殴られる男」からですからね。
大のゴヒイキのリング・ラドナーが前者、後者はバット・シュルバーグの原作ですからね。
もっとも映画だと、原作のよいところが削られているけど。まあ、それでもよい映画です。
原作者のお二人の翻訳はちょっとしか訳されてないし、古本屋でももう見ない。
ネット・ショッピングだとどうなんでしょうね。

そんな次第だから、ロブソン監督の「逆転」や「哀愁の花びら」だって、好きだ。
前者は都会的洗練があって、ヒッチ師匠ばりのサスペンスものだが、少し地味かな。個人的には好みだ。後者はベストセラーの映画化だが、できはよくないけど、アンドレ・プレヴィン作曲・ディオンヌ・ワーウィックのテーマ曲がよかった。きれいなバラードだ。
シャロン・テートの惨劇が直後にあったから、映画の名前はよく記憶されているようだ。

しかし、脱走映画は多かったですね。あと、タイトルに脱走がつくのも流行しましたね。
「第十七捕虜収容所」「栄光への脱出」「脱走」「脱走山脈」「脱走大作戦」「暴力脱獄」とかね。
あ、「大脱走」を忘れていた。妙だな、傑作・佳作ばっかりだ。

で、「脱走特急」だけど、内容的にはフランケンハイマーの「大列車作戦」を逆にしたようなお話だった。ただ、あそこまでサスペンスフルじゃないし、真剣に観ることはない。
じゃあ詰まらないのかといえば、導入部は退屈するけど、列車から脱走するあたりから、
俄然、面白くなる。
列車に乗り込んでミラノから路線変更してスイスにゆくんだけど、このへんが楽しい。
アクションも空(戦闘機)からと横(追いかけるドイツ軍の列車)ですからね。
トンネルでの銃撃戦とか、列車アクション(?)って、けっこう技のバリエーションが豊富だ。

やっぱり、昔の映画は構成ががっちりと出来ている。
マーク・ロブソンの特徴はチャンピオンにも観られるように、”これでもか”演出である。
それも直球勝負である。なんでもかんでもで仕掛けてくる。これが映画の醍醐味である。

ただ、「16ブロック」を観た後だと、スピード感がかなり落ちますね。
でもね、ストーリー展開の工夫が細かく計算されているから、それが楽しい。

でもこれ、なんで見逃したのか憶えていない。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-29 12:56 | ミステリ映画 | Comments(0)

金沢でうろうろーむかつく人非人

いやあ、毎日、暑くなりました。夏キターって感じだ。
きょうは金沢のこと、思いつくまま書こうと思う。
というのは、直木賞作家の唯川恵の「夜明け前に会いたい」を読んだからで、
小説はそこそこってところですね。

金沢には四回行った。小浜、天橋立、城崎が二回だから、お気に入りでも回数が多い方だ。
まあ、四回くらいで、でかい顔するつもりなどない。でも、夏も秋も、雪のお正月も経験した。
寒いの苦手なんだけど、城下町で、川があって、山があって、魚が美味しいところで生活するのが理想だ。石坂文学みたいだな。今いるところもまさにそれで、ただ、金沢の方が好きかな。

東京にいたころ、ニュー新橋ビル地下の「東尋坊」にはよくいった。
初老のご夫婦と息子さんでやっていたけど、国に帰るのでだいぶ前に、店は閉じられた。
ここのゴリの空揚げ、納豆の軽石揚げ、頼まなくてもたまに出してくれるふかひれの梅肉和えなんか美味しかった。もちろん、刺身はあたりまえだが、おいしかった。

銀座の割烹「かなざわ」にも、二度か三度、行ったかな。
ここは老舗割烹で、味も抜群だけど、しがないリーマンだと、お値段の関係でそうそういけるもんじゃない。

金沢というと、”五木寛之”という時代があった。
その頃に金沢にはよくいった。高橋治が直木賞を受賞する前のころです。
でも五木の「風の柩」が先行だが、
高橋の「風の盆恋歌」だけは蔵原惟繕監督で観たかったなあ。
遺作になるはずだったのですけどね。
高橋治の交遊録が、日経新聞に連載されてた。この方、かなりムカツクお人柄だよなあ。

人様の中傷ばっかり書いている。後味悪くないのかしらん。
たぶん独善・孤高のお方なのでしょう。友達いなさそうだ。
ほやけどねえ、気持ちがのると、雰囲気のある小説を書くんだよね、この人。

一度、会社の同僚二人と輪島に旅をしたことがある。
金沢の石川門で、お昼ごろ、待ち合わせだったと思う。
どうして待ち合わせなのかといえば、二人は飛行機で小松空港からで、
こちらは高いところがまったくダメだから、
東京ー名古屋ー米原ー金沢の新幹線・特急ルートなので、そうなった。

だが、金沢の街中の交通渋滞を軽視しすぎて、
タクシーで行ったけど45分くらい遅刻したかな。石川門の裏には金沢大学があったころだ。
誰もいない。土産物屋だったかな、
そのまえでしばし45分くらい待ってみた。飛行機もよくおくれるものね。
でも、彼ら人非人はさっさと、現地に行ってしまったみたいだ。

彼らを案内しようと思っていた”石亭”に行く。ここはよく知っている。
しゃぶしゃぶやさんだが、ここの刺身はうまいのだ。いつも甘エビを食べることにしている。
そのときもそうした。甘エビの味は格別だった。
青い色の卵がついていてあまりの美味しさに、人非人たちがかわいそうに思った。


でまあ、輪島に向かいました。どの旅館に予約したのか任せていたので、不安だったけど、熱海や箱根じゃないものね。何とかなるだろうと思っていた。
結構、時間がかかって輪島に着いたら夕方だった。でも暗くはなかった。
ホームから人非人たちを探すと、いたいた。ホームから見える柵の外に男二人。

輪島も二度目だった。輪島駅ってもう、ないんだってね。なんかさみしい。
帰りに寄った金沢の犀川大橋の「てらき屋」の魚は、うまかった。
この店はもう有名になりすぎて、ビルまで建てたそうだが、このころはお魚屋さんでね。
魚屋の二階に大部屋があって、座布団なんかとっちらかし放題という感じで、灰皿も歪んでいて、タバコをのせる所がなかったよ。
でも、夏だったけど、スズキ、コチ、クロダイのぶつ切りにした刺身で、
日本酒で一杯やりましたな。真昼間から。
地元の人に旅行客が混じったような感じでした。
列車の都合かなんかで、一時間もなかったけど、満足でした。
うんと寒くなった冬に、ここで食べた寒ブリは生涯、忘れられない。
身がしまってて、脂っこくないんだね。あっさりしている。でも美味。微妙にして深い。

唯川恵さんの小説だと犀川ではなくて、浅野川が舞台だけど、金沢はまた行ってみたいなあ。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-25 11:05 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

ユリノキの花を見た

今日は早く家を出たから、遠回りして、たくさん歩いた。
まわり道をしたから、
つくりかけの15階建てのマンションの骨格がすぐそばで、観察できた。
見上げてたら、こわもてふうのガードマンさんがシッシという感じで睨んだけど、
気がつかないふりをしてた。内心はドキドキだ。
まあ、いかにも頑健そうなマンションではある。
だが、小学校のまん前なのだ。大通りを隔てて、大学と緑がいっぱいの劇場がある。
言ってみれば、文教地区である。よくこんな場所にマンションが建つよなあ。

少し前に
大学の入り口をちょっと入ったところに、やけにモダンな建物が立った。
建物の壁面に、巨大な油絵がベタリと貼ってある。昆虫の壁画だ。
たしかに立派ではあるな。多目的ホールだとか聞いた。
大学への道の両脇には、銀杏並木が並んでいて
こんもりとした葉がもたれて、トンネルのようになっている。
とっても、すずしそう。

あたらしい建物の庭にはしだれ桜の巨木が植えられている。
これって、どこからもってきたのだろう。寄贈かな?たぶん、そうでしょう。
木の裾には、つわぶき、りゅうのひげなど、にぎやかな植栽がされている。
四角い水辺があって、周囲にベンチが囲うように置かれている。
きょうは誰もいない。
もう一つ、こちらはクロガネモチの若木が植えられている。
けっこう、大きいけどね。しだれ桜と比べると、かなり若い。
ふーん、大学ってお金持ちなのね。

大学の前を通って、劇場のほうへ歩く。
緑がいっぱいの劇場だ。緑陰だあ。緑の滴りである。
ここは、クスが多い。
だが、それだけではない。
ブナ、ナラ、カシ、ケヤキ、シイ、ヤマモモ、モッコクなど、
ありとあらゆる木が植えられていて、緑深くて大好きところだ。
雑木林になっている。必要最小限の剪定だから、自然がある。
これって、税金なんだよなあ。こういう税金ならいいかとひとりごちてみる。

よよっ、発見だ。!
ユリノキの花を見つけたのだ。ほんとうにチューリップの花みたい。

初夏に咲く花だそうだが、はじめてみた。
簡単に数えられるくらいの花数だ。

ユリノキには想いがある。
麹町四丁目にある会社に勤務していたころだ。
四ッ谷駅で降りて、いつも歩く道の街路樹がユリノキだった。

左下に上智大学のサッカー・グランドがあって、
左前方にホテル・ニューオータニがあって、
右手ぎりぎりに迎賓館の白い鉄柵がみえた。
4年くらいかなあ、いつも通った道だ。

ユリノキはポプラに似た感じの落葉樹だったけど、
花は一回も見たことがなかった。一生見れないと思っていたけど、
こんなところで、
季節はずれのこの時期に見れるとはねえ。なんか感動してしまいました。

うん、きょうはなんかいいことがありそうな。そんな予感がする。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-24 12:28 | 雑文 | Comments(0)

ノッティングヒルの恋人

 きょうは夏空が広がっていて、雲ひとつない。
そんなに暑くもないから、気持ちがいい。
昨日はビール1リットル飲めたし、”ノッティングヒルの恋人”は再見だったけど、面白かった。

 この映画はロードショーで観たけど、二度目のほうがよかった。
冒頭のマーケットの果物、野菜、雑貨の場面からワクワクする。
たくさん並んだ屋台が大好きなのだ。
初見のあとで、ノッティングヒルゲート駅界隈の街角紹介のようなテレビ番組があった。
それを観たので土地勘がある?ような気になる。
しったかだが、でも行ってみたいなあ。。。そう思った。

 それにしても、これに比べると最近の映画はかなり質が落ちています。
こちらは、リチャード・カーティスの脚本がよいのでしょう。
ディテールを緻密につくる人だ。

 例によって、ちょっとだけ悪口を書く。
カーティスの本は洒落ているけど、欠点はペダンチックなところと下ネタか。
前者はジェーン・オースティンやヘンリー・ジェームズなどの文芸映画の話題とかが衒学趣味だ。
ヒュー・グラントが読んでいる本もそうだ。
まあ、ヘンリー・ジェームズは、後半になって、ジュリア・ロバーツが撮影している映画の原作だから、おかしくない。
下ネタは”ラブ・アクチュアリー”でもそうだけれど、B.ワイルダーのような艶笑ではない。
かなり泥臭い。
爽やかで、洒落たお色気が好きである。
でも前者と後者は相殺しあっているから、まっ、いいか。

 いいところがたくさんあるから、そちらを褒めましょう。
セレブな住宅の鉄柵を越えて二人で入り込んだベンチのある庭は、幻想的でロマンティクなシーンだけど、本当にあって、コモン・ガーデンというそうだ。
セレブな住民たちの憩いの場だという。
テレビのうけうりだけど、ホーランドパークの周辺らしい。
マドンナも住んでいるって聞いたことがあるけど、真相はさだかでない。
ヒュー・グランドが住んでるのは、ラドブロック・グローブ駅の方で庶民的なところだ。

 主題歌の”SHE"はバラードの名曲である。あらためてそう思った。
何を今更なのでしょうけど、この映画のいくつかの部分は、CXの”やまとなでしこ”にそのまんま、つかわれている。

 まあ、旅行本屋が魚屋と思いねえ。あとは観ればわかるし、どっちも面白いから野暮は書かない。
でも、西村雅彦医師がしばしば自宅で絶叫する”ここは、ドラマのオープンセットじゃないんだぞ!”の場面だけど、ここだけは小劇場からドラマの王道・月9にデビューされたおっさんズ(とりわけ筧利夫の怪演ほか)のバトルほうが、はるかに面白かった。

 オマケ。ノッテイングヒルで誕生日パーティにホロホロ鳥料理がでました。
晴海通りをはさんでマリオンの反対側にホロホロ鳥料理のお店があった。
いまも営業中なのだろうか?

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ノッティングヒルの恋人@映画生活
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# by nonoyamasadao | 2007-07-23 17:11 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

さよならを言うのは少しだけ死ぬことだーデジャヴの連想

デジャヴって言葉がはやっていますね。映画にもなったしね。
心理学や医学のことはしらないけど、既視感って訳しているようです。
ようは行ったことも、見たこともない風景なのに、
なぜか懐かしい・・という感じかな。

昔、武満徹がチャンドラーの小説について、
イマージナリー・ランドスケープがあると書いていた。
想像的な光景というのも、いまやデジャヴの範疇かもしれない。

チャンドラーのセリフって、なんだかいやだ。過剰だと思う。
うろ覚えで書くけど
ギムレットには早すぎる。。。
開店直後のバーは空気がきれいで、ひんやりしている。
ぴかぴかのグラス。。。がなんたらとかね。
今日のタイトルにもしているけど、
さよならを言うのは少しだけ死ぬことだ。。。
うふふ、文学してるよねって感じだ。

結城昌二(真木探偵シリーズ)はロスマクの系列だろうけど、
チャンドラーの後期には憂愁があると書いていたが、至言である。
憂愁とうけとるか、歯が浮くようでヤダかは、そりゃ、好みですわ。

なんか、前期とか後期とかいうと、ウィトゲンシュタインみたいで、
凄い偉そう。アハハ

「さむけ」までなら、ロスマクの方が透明感があって好きかな。
小笠原豊樹の訳が、かなり貢献しているのかもしれない。
いつも謎の失踪があって、探偵が介入すると、
アメリカ家庭が崩壊するパターンになってから、
つまらなくなったね。奥さんのサスペンスものの方が面白い。

チャンドラーもどうせ再訳するなら、村上春樹でなく、
村上博基ならよかったのに・・・と思うけどな。
稲葉明雄だと、なんか思いっきり、古臭い美文になりそう。

まあ、みんながつげ義春や吉本隆明を読んでいるときに
ロスマクやリング・ラドナーを読んでいたからね。
反社会的で屈折してたのだろうけど。今は昔ですが。

でもそのころは、チャンドラーよりハメットだったし
ウールリッチよりパトQ(クェンティン)だったなあ。
そういう人、多かったですよ。

ちなみに我がイマージナリー・ランドスケープの作家だと
当時だと、松本清張かしら。短いセンテンスの文体が好きだった。
「黒い樹海」とか「蒼い描点」、そして「黒い福音」は
デジャヴな光景アリアリだった。

だって、「対星館」に何度もお泊りしたよ。
原作の景色と、うん、すこし違ったかな。でも、それでいい。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-21 11:06 | ミステリ映画 | Comments(0)

遠い夜明けー冒険小説の伝統

つゆあけ、まだかな。
むくげの花が咲き出した。白いのはあまり好きじゃない。
今日はそうでもないけど、このところ真夏日が続いて、すこしバテ気味だ。

リチャード・アッテンボロー監督作品の「遠い夜明け」を観た。初見である。
なんか正座してみないといけないような・・・感じがあって、やり過してきた。

「素晴らしき戦争」はリアルタイムで観たが、これは反戦の傑作でした。
センスあふれるミュージカルで、娯楽映画として堪能した。
けど、一週間くらいで打ち切りになったんじゃなかったかな。
”丸の内松竹”だったと思うけど。

冒頭に書いたように、できの悪い頭に霞がかかったようなコンディションだから、
はたして、
160分の長丁場だから大丈夫かなあ、
南アのアパルトヘイトの話だから、とっちらからないかなあ、
と心配でした。一応、ネタバレありと書いておきます。

堂々たる娯楽映画でした。
「コーラスライン」は高級だけど、じつは乗れなかったクチでして。。。。
感動ひとしおである。

デンゼル・ワシントンがレジスタンスのカリスマ的指導者の役だけど、
このころから、もう大物の雰囲気があってカッコいい。
だが、前半で殺されてしまう。

後半は新聞記者のケビン・クラインがアパルトヘイトの告発本を書いて、
出版するために亡命計画を企てるが。。。。さてどうなる?という展開だ。

冒険小説の英国だけあって、サスペンス醸成がうまい。
マクリーンというより、ギャビン・ライアルの味だから、なおうれしい。
うーん渋い。

南アのポスト・アパルトヘイトや今の治安の状況をちょっとだけ知っている。
この映画でも少し描かれているけど、
アパルトヘイトについてだけは、国連は珍しくがんばったと思う。

ラストの南アの上空を飛ぶ飛行機で
再び、ライアルを思い出して、ゴキゲンでした。
だが、最後の最後で、
当時の苛烈な事実がスーパーで綴られている。

久しぶりに、本格派の映画を観たって感じでしょうか。
堪能させていただいた。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-20 15:53 | ミステリ映画 | Comments(0)

それは、いえているかも、ハンクスくん。

 「映画の『ダ・ヴィンチ・コード』のラストが意味不明って、どこ観ていたの」と友人に叱られた。
昨夜、とあるロビーでだ。だって原作読んでないし、洗面化粧台でのヒゲソリからルーブルのエンディングの流れはわかりにくいよなあ。天台宗なんだ、俺。居直ってどうする!。

 叱った友人はフェミニストの犬好きである。フェミニストというのは恐妻家といういみで、犬好きは筋金入りである。犬が風邪をひいたら、禁煙し、いみなく断酒もするからご立派である。
まあ、じつに愚かな男だとひそかにバカにしているのだが。ハハハ。。。

閑話休題、友人曰く、正しくはミッション・スクール出身の細君のレクチャーのうけうりらしい。どうせ、そんなこったろうと思った。ネタバレになるから書けないけど、その解説は明晰なものだった。目からウロコだった。原作を読んだ人なら、わかっているのかな。

 しかしロン・ハワードはどんどん酷くなっていくなあ。ビューティフル・マインドを撮るころから、偉大なる勘違いをしていると言うと、友人は”そうかな”と首をかしげる。
彼はコーエン兄弟やハル・ハートレーのような直接的な描写(グロい)が嫌いで、ロン・ハワード演出が心底、好きなのである。カメラワークがしっかりしているからだろう。

個人的には「スプラッシュ」「コクーン」などの、幾分のどかだが、都会的洗練の味わいが好きだ。ベストなら「身代金」かなあ?。まあ、その後の下降線は明白だと思う。

友人はトム・ハンクスでなくても、よかったのじゃないかと言う。それには共感する部分もあって、誰がいいのかを考える。彼はハリソン・フォードでは?と自信なさげに呟く。
でもね、ハリソン・フォードは還暦ははるかに越えたぜ・・・というと、
だったら推定無罪のころじゃないと無理だね、友人があっさり折れたからそれで落ち着いた。
ハリウッドの種馬のラッセル・クロウなら少し若いが、たぶん、なりきりでこなせるだろうね。

でもトム・ハンクスくんは偉い。
そりゃ、メグとのロマンティック・コメディーとか、邸宅がぶっ壊れる映画も面白かった。チャップリンのような「すべてをあなたに」からも元気をもらった。こっちが本線だろうね。
その間に、エイズ患者を演じたり、メチャ走ったりして、がっぽり賞も頂いた。

比較的最近だと空港に住み込んだり、離島で激ヤセしても生き残ったし、尿道炎も患ったさ。
マフィアもやったし、5人の声色遣いも演じたものね。
継続は力なりか。。。。。それは、いえているかも、ハンクスくん。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-18 10:52 | ミステリ映画 | Comments(0)

雨降りだから、ルメットで

まず、地震で被災された地域の皆様に、お見舞いを申し上げます。大変ですね。

台風で土曜日も急な休みになって、ありがたい三連休だった。
終日家にいた。不健康きわまりないけど、なんだか、疲れがとれた感じだ。
DVD三昧でした。名匠シドニー・ルメットの旧作を二本観た。

一本は「デストラップ 死の罠」で、初見だった。見ごたえのあるミステリ映画である。
原作は「死の接吻」のアイラ・レヴィンで、舞台劇だそうである。ネタバレは書かない。
ルメットには「十二人の怒れる男」や「オリエント急行」など、ミステリ映画の傑作がある。

ルメットの特徴はワンセット・ドラマ風の作風と構図が冴えているところだと思う。
この映画もワンセット・ドラマで、やっぱり構図はきっちりしていた。
マイケル・ケイン、クリストファー・リーブに、ルメットだから、舞台にゆかりのある人ばかりだ。
なんか、舞台を観にいったような気分になってくる。

ラスト近くなって、舞台だったらこうだといいな、あれもやると面白いのになあ・・・
と勝手に想像の世界で遊んでいたのだが、それが全部、現実になるからたまげた。
びっくり箱のようで、とても感心した。こういうのもできる人なんだなあ。満足、満足でした。

「ロード・トゥ・パーディション」を観て、ニューマン引退かあ、とさみしくなった。
だから、二本目はポール・ニューマンの「評決」を観た。再見だが、劇場公開のとき以来だ。
これまた、ゴヒイキのシャーロット・ランプリングが彩りを添えている。

こちらはワンセット・ドラマでない方のお得意、「女優志願」のような風景描写が堪能できた。
街角のショットなど、ハッとするくらいの絵である。いいなあ。

ニューマンの役が十八番の挫折したインテリである。
酒びたりの日々だ。そしてピンボールが大好きときた。
そういう彼がほんらいの正義感を取り戻して、悪と戦う。
こういうのは彼の独壇場だ。余人をもって替えがたしだ。

エンディングがJ.スマイトの「動く標的」とか、これも粋で洒脱だ。
ハイブラウというか、洗練されている。
シャーロットも雰囲気のある人だから、お似合いですなあ。
イヨッ、ご両人と声をかけたいくらいだ。
チャーミングな締めくくりで、とてもいい気分になった。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-17 16:12 | ミステリ映画 | Comments(0)

毎日がスペシャルだった頃

竹内まりやの"DENIM"が素敵だったので、さかのぼって”Longtime Favorites”を聴いたら、コニー・フランシスのロッカ・バラッドの”ボーイ・ハント”もカバーされてた。ロッカ・バラッドって、英語っぽいでしょ。じつは、この歌の映画を見ている。小学生だった。

そのころ、テレビでは、フロリダ州のマイアミを舞台にした”サーフサイド6”というトロイ・ドナヒューの青春探偵ドラマを放映していた。キューバ危機の前だから、陽光輝くマイアミビーチでの青春満喫という感じが画面からあふれていた。”ハワイアン・アイ”というロバート・コンラッドとコニー・スチーブンスのドラマもあった。ようはリゾート地の青春ドラマだったのだろう。とにかく陽気だった。

ドナヒューは太る体質だったようで、あっというまに赤ら顔の肥満俳優になって、やがて消えた。だが、このころのドナヒューのヘア・スタイルがイカしていて(そう、イカスが流行っていた)、いくらまねても、あのウェーブは無理だった。当たり前だ!。”パームスプリングの週末”という映画だと、主題歌はドナヒューがバックコーラスつきで歌っていた。今思うと、主演の主題歌つきというのは日活映画みたいだな。

映画の”ボーイ・ハント”もフロリダだったと思う。内容はほとんど憶えていない。主題歌はもちろん、コニー・フランシスが日本語で唄っていたが、日本語が子供心にもうまい。このころは意味なんか知らなくても、唄はフィーリングだよねという時代だった。ポップスの詞は軽んじられてた。

音楽は大好きだが、ピアノも弾けないのになんで書いているのかと言うと、歌姫の像をコニー・フランシス、伊東ゆかり、竹内まりやの系譜(なんて、大げさなんだ!)に見たからだ。コニー・フランシスはイタリア系のアメリカ人だと聞いたけど、レガート唱法だった。
正確ではないけど、レガートとは音と音の隙間を埋めるように、音をつないでゆく唄い方である。だから、音から次の音の準備が忙しい。つまり、無理なブレスだと酸欠気味になって、声がつまる。切れ切れになる部分があって、それが”うっ”と詰まった感じでせつな系になる一瞬がある。典型的なのが、松田聖子である。
彼女の場合、そのうえに、ブリッコという”これでもか”コケットリーだから厚化粧演歌と同類である。あ、演歌、大嫌いなんだ。ごめん。

伊東ゆかりはコニー・フランシスが大好きだったから・・・と、NHKの番組の中で言っていた。コニー・フランシスの曲だったら、弘田三枝子や中尾ミエの方が有名かもしれない。”バケーション”や”可愛いベイビー”があるから。
美しくなる前の、ダイナミックだった頃の弘田は荻窪に住んでいたから、よくお見かけしました。でも、美しくなる前の・・・と書いたけど、その方が好きだったなあ。歌にもパンチがあってね、パンチラではないですよ、パ・ン・チだ。でもコニーというより、ブレンダ・リーが近くないかなあ。

伊東ゆかりの歌唱力は内外の音楽祭の受賞でよくわかる。”ビー・マイ・ベイビー”のシングルは弘田三枝子と伊東ゆかりの両方を買って、聞き比べて、ああやっぱり伊東ゆかりの方が好きだと思った。中学生になった頃だ。
ただね、”スパークショー”だと、園まりがなんとも、きれいでフレッシュなお色気があって、伊東は地味、くすんでいた。なんだか、やる気なさそうに見えた。

そこで、今回聴いた竹内まりやの”ボーイ・ハント”だが、伊東ゆかりへのオマージュのようだ。先達を踏み台にした、”どう私の方が今風でしょ”といった、ありがちな傾向へのアンチ・テーゼである。

CDのセルフライナーノーツにもしっかり書かれている。アルバム作りの最初に考えた曲はカンツォーネの”恋する瞳”だという。サンレモ音楽祭で入賞したときの伊東ゆかりをリアルタイムで見ていたので、声が伊東ゆかりに似ているといわれると、今でもうれしいと書いている。
”不思議なピーチ・パイ”のとき、あ、伊東ゆかりにそっくりな声の、ノッポな女の子だと思ったものなあ。
その彼女が五十路を越えたのか、感無量である。さっき、松田聖子をこき下ろしたふうな書き方をしたが、共通点はあるように思う。けど、伊東ー竹内だとあまい声だが、アルトだからベタベタしない。ボンボンチョコにはならない。さわやかで、フルーティーなあまみだ。

前に漣健児さんの訳詞を絶賛したので、ここでしっかりと書いておこう。”ボーイ・ハント”の原題は"Where the Boys are"だ。”男の子たちのいるところへ”とでも訳すのかな。
サビの部分で、このフレーズを三回かぶせるように畳み掛け、繰り返すのだが、”その日を、静かに、静かに”と訳している。これ、はまる。バケーションのv-a-c-a-t-i-o-nだって、待ーちーどーおーしーいーのーはーだもんね。あ、天才の文字が。。。。。
じゃ、伊東ゆかりの日本語バージョンの“ボーイ・ハント”を少し、聴いてやってください。


さて、竹内のようなカバーなら大歓迎である。ご主人のアレンジは大変だったろう。オリジナルをもう一度聴きたくなるカバーは久しぶりだった。よい年のとり方をした女性って、なんて素敵なんだろう。

追記:既にお気付きでしょうが、奥山靉訳詞になっていますね。
漣健児さんだとばかり、思っていました。
上に書いたことが、ボロボロになってしまった。
きちんと、調べなおす必要があります。
宿題ということでお許しください。(2008.9.3)

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# by nonoyamasadao | 2007-07-16 15:16 | 竹内まりや | Comments(10)

引っ越して三ヶ月

ことしの三月末に引っ越した。マンションである。高等学校の隣で、一応、新築だ。だが低層七階建ての二階だから、はじめてのマンションという実感はあんまりない。階段口が玄関の前にあるから、そこから出入りしている。五月末頃まで、新聞屋さんや出前のお店の人のピンポンがうるさかった。でもみんな入居祝いを前口上に述べてた。ふーん、営業って、やっぱりたいへんな仕事だ。

キッチンの窓から、校庭がすぐ下に見える。もちろん、チャイムはのべつ鳴っている。あれっ、高校の授業時間ってあんなに短かったかあ。あのころは瞬間を、しっかりと生きていたものな。しばらくして女子高だと気がついた。こういうとこ、よそ者感覚なのだと思う。

女子高の傍ってはじめての経験だが、甘い空気が流れてる。それもボンボンのように濃密な。ボンボンなんて、若い人は知らないだろうね、いかんいかん。でも、放課後の時間っていいな。山田詠美さんが素敵な時間の無駄遣いをしなさいと書いていたが、澄明な時間がただよっている。なんだか、なつかしい。

買い物はスーパーまで六分くらいだ。道がでこぼこした近道と、女子高の周囲をぐるりまわって、複合映画館を過ぎてゆく道もある。が、後者だと映画館に吸い込まれてしまうので、行きは、でこぼこ道から行くことにしている。

スーパーは花、果物コーナーから野菜、鮮魚という流れだが、鮮魚売り場が長いかな。焼津漁港のカツオの叩きなどみると、足が止まってしまう。椎名誠さんと同じで、カツオ命である。五島列島のやりイカもいいな。夏場はアオリイカなんだけどね。そしてお惣菜売り場がまた、楽しい。デパートにあるような料亭のお惣菜は味覚のアクセントは見事だが、お上品でないというか、素朴な、おふくろの味の方が飽きない。

青山七恵さんが「ひとり日和」で、ホースケじいさんのこと、家でパックのお惣菜を並べて手酌で飲んでいるだろうなあ、少し哀れっぽく見えてくると書いてる。俺もそうだあ。レジの人もそう思っているのかなあ。ちっとも哀れじゃないんですけど。。。。たぶん。

帰り道、レンタル店で「守護神」のdvdを借りる。ザ・ガーディアンが原題だから、それでもいいけど、漣健児さんなんか、Too Many Rulesを「大人になりたい」と訳していた。誤訳でなく、これは名訳である。映画にもいっぱいありますね、昔なら。ずばりガーディアンよりは、ましか。

アシュトン・カツチャーは大人になったなあ。「バタフライ・エフェクト」のころと別人だ。複雑系の映画というか、カオス理論の誤用だが面白かった。誤用というのは、初期値設定が小数点以下10桁と11桁では値がぜんぜん違ってくるというのを、中途半端なところからリセットしているからだ。カオスの縁となると、映画にはならない。あ「守護神」?、中の中かな。CGだ。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-15 06:55 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

トリュフォー、ラブコメ、直木賞

台風くるのかな。たぶん、来そう。けど、午後には仕事部屋に行かなければならない。
昨日観たDVDは二つあって、「隣の女」と「ウェディング宣言」である。
まあ、対極の映画ですね。

前者はトリュフォーのラスマイの作品である。
冒頭とラストのすこしブレた大俯瞰ショットが、好きか嫌いかが鍵になるかも。。。。
冒頭で外すとダメかもしれない。
純文学的な「柔らかい肌」と同系列で、”女が一途になるとほんとうに怖い”という映画。
だがこちらは、初期ほど芸術的ではない。でも情念の映画だな。
添景がさすがという感じで、いい映画だ。でも「日曜日が待ち遠しい!」の方が好みかな。

後者は「キューティ・ブロンド」のロバート・ルケティック作品。
息子の婚約者と母親の女のバトルで、ツボを心得た演出である。
だからいつも全米第一位なのだね、なるほど。
演じるのがジェニファー・ロペスとジェーン・フォンダで、けっこう笑える。
ブレイク・エドワーズ的ドタバタで、野際陽子と山口智子のバトルよりハードだ。

直木賞の季節ですね。
有力なのは北村薫『玻璃の天』か、桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』かな。
心情的には北村氏だが、インパクトでは桜庭氏でしょう。後者が有利かもね。

北村薫氏の「かとりせんこうはなび」を読んだ。以下、抜粋である。
「蚊はいやよ」
 真貴は、そういって頬杖をつく。そして、
「―――刺すから」

これ、書きだしなんだけど、こういうの書くとうまいねえ。次は線香花火が燃えるところだ。

しゅっ。マッチの火が、小さく燃えた。
         赤い色、回って落ちる。
    蒼い色、辺りを染める。
白い色、にじんで輝く。
「素敵だ」


まあねえ、ここまで書くと逆に、作家の計算部分が見え隠れするのかなあ。
『夜の蝉』のような作品で受賞してもらいたい。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-14 11:34 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

窓の外の景色

 仕事部屋にいる。五階である。前に書いたがとてもきたない。いや正確には、整理整頓の能力がまるでない。冷暖房だが除湿の機能がないので、真夏日でも冷房にして、いつも窓を開けている。でないと、朝から晩までこもっていると体調がヘンになる。
今日はけっこうな風が入ってくる。絡みつくような夏の熱気はない。正面には緑の山が高くはないが、ゆるやかな稜線を描いている。右手には、遠い山が霞んで、青っぽく見える。窓の上半分には夏空がひろがっている。
台風が来るって聞いてたけど、どうなっているのだろう。14年前にこの地に来たときは、のどかな風景がひろがっていた。いかにも地方都市だなと、そのときは思った。

それにしてもマンションが多い。あのマンションはいつできたのだろうと考えてみる。あそこはガソリンスタンドだったはずだけどなあ。いつからなのか、記憶が定かでない。
老舗の薬局の跡地には、近場にある大学の女子寮ができている。窓の外の景色などあんまり見ないものなあ、と独り言つてみる。
道路には、ぽつりぽつりというタイミングで、車が走っている。窓枠のぎりぎりの左手には駐車場が見え、かなり大きい。だが車は点在していて、なんだか散漫な感じである。雨も降っていないのに、傘を差した男が歩いている。日傘のつもりかな。

先月まで、公務員住宅の向かいのスーパーの表に、甘夏みかんとネーブルを乱暴に詰め込んだダンボール箱が投げ捨てたように置かれていた。なんだか、一山いくら以下の扱いである。みかん、はっさく、ぼんかん、でこぽんの時代だからなあ。甘夏は不遇なんだなと思って、たくさん買い込んで帰った。かなり重い。でも、これ天然もの。皮はやっぱり厚い。
夕食の後で食すと、すっぱい甘夏だった。こういうのは、マーマレード用らしい。マーマレードだと、酸っぱいくらいの方がいいらしい。
でも、この甘酸っぱさとサクサク感はいい。遠い昔の味がした。 

ふと思った。渋谷の歩道橋で足がすくむくらいの高所恐怖症だったはずだが、今は平気だ。
感覚の老化だね。まっ、いっか。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-13 14:18 | 雑文 | Comments(1)

14歳の本棚ー許せない

つゆが明けたのかな。なんか、今年の夏はスペシャルに暑そうな、よ・か・ん・だ。前に、花が咲いていないと書いたけど、勤務先の途中のにぎやかな家の塀の向こうにザクロと百日紅の花が咲きだした。にぎやかというのは花木がたくさんあるということで、朱と白だった。百日紅の白いのはめずらしい。違うかな。

北上次郎編の「14歳の本棚ー部活学園編」っていうアンソロジーをパラパラめくっているけど、違和感アリアリだ。中学生時代のドキドキがよみがえるとか腰巻に書いてあるけど、ぜんぜんドキドキなんかしないよ。こんな幼稚なの読む中学生なんていねーよ。今のマンガ読んで勉強してほしいなあ。新潮文庫の編集者さん、かなりずれてないかなあ?。

角田光代、中沢けい、森鴎外、井上靖、氷室冴子、川西蘭、松村雄策、大岡昇平のラインアップだけど、アット・ランダムにならべりゃあいいというもんでもないでしょ。のっけからいじめだもんなあ。のっけにつまずくとは、このことだ。不揃いでもエントツを何本も立てればいいってもんじゃない。それもヰタ・セクスアリス(抄)、夏草冬濤(抄)ですからね。これだと普遍的というか、なにを今更ですよねえ。他もどうってことないのがほとんどだから、アンソロジーを編むことの苦衷もなさそうだ。せめて特殊な佳品でもあればね。編者氏の書評とも相性がよくなかったからなあ。好みの問題もあるのでしょうね。冒険ミステリだけは趣味が似てたかも・・・。中沢けいは好きかな。

だったら率先垂範して、な、なんて不遜なんだ!筆すべりですが、だったらなにを選ぶかですが、すこしクラシカルっていうことで以下に開陳します。

室生犀星「蜜のあはれ」、梅崎春生「風宴」、太宰治「女生徒」、堀辰雄「ルウベンスの偽画」、三島由紀夫「サーカス」、立原正秋「美しき城」、石原慎太郎「透きとおった時間」、大江健三郎「セブンティーン」、村上春樹「野球場」、番外に小林秀雄「中原中也の思ひ出」(エッセイだが文章がきれいだから。。。「あれは散るのぢやない、散らしてゐるのだ、一とひら一とひらと散らすのに、屹度順序も速度も決めてゐるに違ひない」)、大岡昇平「花影」(抄)か逆杉でどうでしょうか。

てへっ、これも好みアリアリで、けっこう恥ずかしいものですね。ストリッパーの心境です。オーソドキシーでまいろうってな心構えだったが、前に書いたようにはじめの一歩から異端な読み方だったし、歪んだ性格がモロ見えになってしもうた。すこし自虐の気分だ。Mじゃないですよ。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-12 11:51 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

サム・メンデスのロード・トゥ・パーディション

「ロード・トゥ・パーディション」を昨晩、やっと観た。いい作品だろうと思ったけど、サム・メンデス監督だからなあ、病んだアメリカを描いた作家だから、マフィアの解釈もかなり屈折してそうってんで、長いことオクラというか敬遠してきた。あ、今日も”ながら”で書いていますっ。
結論を先に書く。これは現代ギャング映画の名品である。地味にして滋味である。洒落ではない。一言で言えば、渋い、よくできた家族映画だ。以下、ネタバレありだ。

映像が素晴らしい。美しく、静謐にして、酷薄だ。抑制のきいた堂々たる構図だ。だって、「明日に向かって撃て!」のコンラッド・L・ホールの撮影だもんね。「夕陽に向かって走れ」もそうだ。双葉先生が、おつぎは「俺たちは明日に向かって走れ」を撮ればよいのに・・・と駄じゃれを書いていた。「アメリカン・ビューティー」の撮影もこの人で、俯瞰ショットが冴えていた。
「ロード・トゥ・パーディション」だと、明暗のコンラストが鮮やかである。雨降りの夜、少年が見たのは・・・。それは戦慄!これって、前作でも隙間からっていうのは、やっていましたね。

ジュード・ロウは舞台出身だそうだが、かなりの悪役だけどじつは儲け役って奴だよね。かなり凄んで睨んだりして雰囲気でてる。近作「ホリディ」だと妹おもいのお兄さん役だものね、なんたってキャメロン・ディアスのお相手ですからね。この落差が堪らない人も多いかも。

そして大御所、ご贔屓のポール・ニューマン。引退表明をしたけど、ほんと、長いことお疲れ様でした。ハリウッドの良識であり、知性だった。
「銀の盃」でデビューしたとき、双葉先生(尊敬してるんだ)が”マーロン・ブランドの不肖の従弟みたい”と書いたけど、その後の「傷だらけの栄光」ですぐさま、”顔はマーロン・ブランドに似ているが、もっと荒けずりでユーモアとあかるさがある”と書いている。これを’56年に書いた双葉先生はやっぱり、偉い人だ。その後のニューマンの役者人生を見抜いていたとしか思えない。

でも最後はマフィアというのも、「ゴッドファーザー」のブランドと同じだなあ。
ブランドも孫娘と遊んでいて死んだが、こちらは「お前で、良かった。」で死ぬんだけど、ハンクス君のアップで終始して、撃たれたニューマンを全て省略した、リアクション・ショットだけの演出は憎いね。やってくれるではないか。

さて、この親と子供、そして家族テーマだが、ストレートで気持ちいい。
バリー・レビンソンの「わが心のボルチモア」の火事のあとの、父と子の会話も心に沁みたし、ウェイン・ワンの「ジョイ・ラック・クラブ」の母と娘のエピソードだって、ほのぼのとしていた。
こういうのは、日本映画が得意なはずだけど、なんとかならんのかね。まあ、「手紙」くらいか。藤田敏八の「妹」のちょい下くらいなら、たくさんできそうなものだが。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-11 12:07 | ミステリ映画 | Comments(0)

ながら族

ながら族の世代だ。わかい人には意味不明だろう。死語でしょうね、甲論乙駁みたいなものだ。つまり何かをしながら、受験勉強をしていた種族をそう呼んだ。で、竹内まりやを聴きながら、このブログを書いている。今、そよ風にのってになった。2ちゃんねるの実況スレで、前にきたえてたことがある。何も考えないで書くのは慣れてる。

川上弘美さんが好きだった。過去形、なんで?それは後で書こう。エッセイの語り口がね、口語的で、一番好きなのは「ゆっくりさよならをとなえる」かな。
冬の夜にすること。ハンカチにアイロンをかける。。。こたつの上のみかんを眺める。。。あぐらをかいてみる。。。歌をうたう(はーれーたーるーあーおーぞーらー)。。。お米をとぐ。。。ときて、今まででいちばんかなしかったことはなんだったかを決める(すぐに決まる)。今まで言ったさよならの中でいちばんしみじみしたさよならはどのさよならだったかを決める(決まったら心の中でゆっくりさよならをとなえる。)、で終わる散文詩のようなエッセイ。限りなくやさしく、なんだか、かなしい。

「人参は赤い大根は白い遠い山」という句が好きで、道ばたで、ちょっとじたばたしてしまった。

こういう書き方が好きでした。このころ、文体が決まったような気がする。

小説だったら、くまとお散歩する「神様」や、「リリ、夜の公園」のようなせつなくさみしい恋愛ものも素敵だ。「果てたあと、リリは少し泣く。男の人が放出する精液のようだな、わたしの涙。」
後者の引用したセンテンスは男じゃ無理だあ。

でも、「真鶴」や「卒業」だと、正直、さすがにつらくなってきた。こんな十把ひとからげの書き方はブログだって、不見識だろうね。自作一作を含む、アンソロジーで作家としてのライフワークは性にあるのは知っているつもりだが、たぶん、恋愛の孤独を読むのが好きなんだと思う。

「センセイの鞄」はかなり好きだが、よみさしのままだ。読んでいる途中で、昨年の夏の入院になったので、とばっちりで棚上げにしてしまった。あ、火曜サスペンスの曲になった。ナイチンゲールの歌だ。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-10 10:01 | 川上弘美 | Comments(0)

短さを競うーロアルド・ダールと大島弓子

ロアルド・ダールの「女主人」(The Landlady)の書き出しを読んで、唸ってしまった。訳文だから、開高健の尽力もあると思うけど、ほんとうは田村隆一の訳で読みたかった。

主人公のビリイがはるばるロンドンからバース駅に鈍行列車で着くと、もう夜の9時。実業家を志す彼は17才で、バース駅の近くに下宿を探しにきた。夜空には星がたくさん輝いていて、空気はかなり凍てついている。彼はまあたらしい背広に、オーヴァーを着て町を歩く。通りには昔は小粋だったが、今はすっかりよごれた住居が並んでいる。そんな中に、街灯に照らされた家を見つける。『お泊りと朝食』という印刷された文字が眼にとまる。窓から部屋の中をのぞくと、炉に燃える火、絨毯にはちいさなダックスフント、部屋の片隅にカゴに入ったオウムがいた。

まあ、訳書で13頁の短篇だが、アメリカ探偵作家クラブ賞(MWA)の短篇賞の作品だ。結末の2行がこれいじょうはないような微妙な表現で、やっぱりこれってセンスだね、としか言いようのない味わいがある。サキと比較する人もいるけど、お門違いだと思う。この作家の「チョコレート工場の秘密」はティム・バートンが映画化した。「チャーリーとチョコレート工場」がそうだが、「ビッグ・フィッシュ」も含めて、あまり評価しないけどな。製作だけど、「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」のときは、そりゃあ天才出現と大騒ぎをしたっけね。

大島弓子さんの「いちょうの実」。これも15頁の短篇で、宮沢賢治の原作である。原作のいちょうの実の会話の部分は、ふきだしのセリフに忠実に再現されている。いつも感心するのが、大島擬音の素晴らしさである。サラサラサラ、ガラガラ、ざわざわざわ、ヒューーーーウ、ざーーっ、バラバラバラバラバラ、バタバタ。好きだなあ、この感覚。でも美しいけど、哀しい詩だね。

宮沢賢治「ポラーノの広場」の天沢退二郎のあとがきは秀逸である。彼が宮沢賢治研究家であるのは周知の通りだが、「いちょうの実」の紹介文は映画評論家の天退として読ませてもらった。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-09 21:48 | 花の24年組 | Comments(0)

さくらもち

 しめった土と桜の葉の匂いがつよくする。それはまさに桜もちの匂いだ。
うえの一文は江國香織さんのエッセイ「夜の歩道橋で」からの引用だ。
さくらもちには、たくさんの思い出がある。

 銀座の春浅い宵だった。
うんと子供だった。銀座が銀座であったころだ。
夜はわかく、彼女もわかかった。
彼女というのは、ことし81才になる母である。

 まだ、月ヶ瀬があった。その裏手に、若松があった。粟ぜんざいが美味だった。
粟がほんとうにきれいなきいろだった。
あっ、きいろと思った。

 通りには花売り娘がいた。
蔵原惟繕監督の佳作「銀座の恋の物語」のころだ。
さくらもちは竹で編まれた籠に眠り、街角で売られていた。

 桜の葉に包まれたさくらもちは、味も匂いも繊細だった。
淡く、はかない味がした。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-08 20:22 | 江國香織 | Comments(2)

お引越し

 14年前に今の地方都市に移り住んでから、この地での引越しが5回目になる。引越し通知がさすがに出せない。でもお世話になった人には、暑中見舞いくらい書かなければならない。書けばみんな、なんか事情があったのではないかと心配して、電話してくるかもしれない。ずいぶん離れているからなあ。けど、ほんとうになんもない。

 東京に勤務していたとき、南守谷に住んでいて、180坪くらいあったかなあ。芝庭に夏椿が10本だけ植えられてた。今だったら、そういう寄せ植えの方法があるのを学んだけど。省略の美学とかいうのかしら。けど、当時はかなり頭にきた。常総線の先の水海道で、JAが植木販売をやっていて、とても安くて、ほとんどの植木が地植えされてた。しかも大好きな山の木が多かった。まあ、庭にいっぱい植えたなあ。クスとかも植えたもの。ハハハ。。。庭に植える木じゃないけどね。

 花の空白期間というか、花がないと書いたけど、守谷の庭だったら6月末ころだと、エゴノキはまだ咲いてた。白い、小さな星のような花が下を向いて咲いてた。木の実は毒らしいけど、好きな木だ。クチナシも咲きだしたような気がする。斑入りクチナシじゃなくて、青虫が好む本物のほうだ。キョウチクトウとザクロは7月になってからだった。紫と赤で、けばけばしいけど鮮烈な色彩だった。

 石坂文学に颱風とざくろという傑作があって、須川栄三が監督した映画があった。この映画の星由里子はきれいだったなあ。これをパクって、大学時分に少女マンガの原作の下敷きにしたことがある。しかし、1度は守谷の庭を見てみたいなあ。クス、ヤマモモ、トサミズキ、アメリカハナミズキ、コブシ、紫モクレン、フジ、コウヤマキ、シロカガ、モクセイ、ユズリハ。。。マツとサクラ以外なら、ほしい木は全部植えてしまったものなあ。

きっと、ものすごいことになっている。。。。なら楽しみだけど、たぶん切り倒されたろうな。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-08 13:49 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

DVD雑記帳(3)

アーウイン・ショーの「80ヤード独走」を読んで、なんて素敵な短編なんだろうと思った。何回か読んだはずなのに、けっこう読み落としているんですね。このところ、邦画を観ているので、お散歩気分で書く。

「手紙」。うーん、沢尻エリカって、あんまり好みじゃない。美人だけど、オネエチャンって感じで齢不相応に厚化粧だしなあ。とブツブツ文句を言いながら観てたら、あれま、ママさん役が意外に似合う。映画のツクリは東野原作だから、ラフですけど。無理があるっちゅうことですね。前半、中盤はぬるくて感心できないが、終盤のたたみかけは褒めていいと思う。終電に間に合わないという感じて、ぐっと盛り上げてくれた。桜並木を家族三人で歩くエンディングは気分いい。カメラがクレーンでどんどん上がっていって、小田和正の「言葉にできない」が流れる。昔はダサイと斬って捨てたけど、今はこれでいいのだと思っていたら、いきなりのブラックアウトだもんな。あとはクレジットだけ。うん、満足でした。

矢崎仁司の「ストロベリーショートケイクス」。なな、なんなんだ。ダジャレじゃなくて、困惑した作品だ。褒めようがない。むりやりひねり出せば、冒頭近くの右から左へ、そしてまた右への往還横移動がジム・ジャームッシュみたいなところ。みたいじゃなく、へたくそなパクリだが。。。
ふーぞくの電話番、ふーぞく嬢、やけに重たい結婚願望女、過食症の四人の女たちのドラマですからね。悪趣味で、フェティッシュなくせに、エロスだけない。ライティングとか、基礎ができていない人に監督をさせるのはどうかなあ。

川野浩司の「Love My Life」。際物かと思ったら、おおまじめだった。まあ、最近の吉祥寺の状況がよくわかりました。「ストロベリーショートケイクス」よりはきれいなぶんだけ、エロティックでした。(マル)吉井怜さんはとてつもない難病を克服されたそうで、これはおめでたい。映画はこんなところでいいでしょう。

本広克行の「UDON」。他愛なく面白いっていうのも、当節の邦画では貴重なことだ。いわゆる企画ものという括り方ができるが、伊丹作品のようないやらしさがないぶん、マッタリ気分。もちろん、亀山=本広コンビだから計算はできているのだろうが、朴訥系で観ていてホンマ楽しい。こういうバカバカしいのは大好物だ。欠点は冗長なところかな。もう少し刈り込んで短めにすればずっとよくなると思う。

根岸吉太郎の「雪に願うこと」。ばんえい(馬ソリ)競馬を舞台にした人間ドラマだ。根岸にしては
移動撮影が多い。白樺林や薄暮のロングショットがよい。まあ、これ、全篇にわたって相米慎二を意識して撮っていて、監督の気持ちが映像に滲んで、こんなにやさしい人とは、お見逸れしました。テーマは血族っていうのは厄介だが、存外いいもんだねということかな。好みではないけど、出来はかなりよい。

「虹の女神」だが、これが一番かな。爽快感のある青春のレクイエムだ。ちょっと、しゃれた感じだ。虹の写メールが小道具として、うまく使われている。だが岩井映画というのは、陰影にかけるね。これって、けっこう致命的なこと書いちゃった。不思議なご縁で、上野樹里の全映画を観たことになるが、少し不気味な存在感がある。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-07 17:49 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

ラブコメってなんだろう

 昨夜は「プラダを着た悪魔」と「イン・ハー・シューズ」の二本を観て、おとといが「ピクチャー・パーフェクト」だったから、みんなそこそこ面白かった。プラダはラブコメだが、他は違うな。

 ラブコメが好きだ。観はじめると、止まらない。I can't stopだ。でもロブ・ライナーの「恋人たちの予感」やノーラ・エフロンの「めぐり逢えたら」「ユー・ガット・メール」はラブコメではない。恋愛映画であり、ロマンティク・コメディである。どう違うか。

 思うにロマンティク・コメディだと、よき時代のパラマウント映画のようであったり、四季の風物が描かれていたり、あるいはちょっとニールサイモンのドラマふうであったりと、映画独特の味わいがある。つまりレオマッケリーの「邂逅」やリメークの「めぐり逢い」(グレン・ゴードン・キャロンのじゃないよ)のような方程式があるように思う。だがラブコメとなると、この方程式は成立しない。方程式があるのが映画なら、ラブコメはマンガだ。じっくりと画面など観ないで、寝ころんで観たり、途中トイレにたってもいい。その先から観れるような作品だと思っている。とっても失礼な話なんだけど。

 思い返すと「ブリジットジョーンズの日記」なんかは、うまくできたラブコメの傑作でしょうね。ラブコメの本質は戯画化だと思う。誇張で笑いをとる。クスリではなく、スラップスティックでもない。あまりお上品ではない笑いだ。映画だと破調だが、ラブコメならOKみたいなところがある。ジェームズ・アイヴォリーがラブコメで憤死しましたね。つまり船頭偉大にして映画海に沈む、というか、「日の名残り」の格調からラブコメにつながるかあ。たとえばの話だが、ジョゼフ・ロージーが「唇からナイフ」を撮ったけど、あれは前衛的なアートですよね。モダニズムだもんね。

 そこでよく出来た方のラブコメってなんだろう、としばし3分。リーズ・ウィザースプーンの「キューティ・ブロンド」、ケイト・ハドソンの「10日間で男を上手にフル方法」、あとリンジー・ローハンの「ミーン・ガールズ」あたりかな。まあ、かなり偏差値は低めだなあ。アダム・サンドラー系はほんとうは重たいのでラブコメとはいえないし、ウェインワンやキャメロン・クロウは作家性があるぶん、ラブコメとロマコメの中間で、まことに中途半端な出来損ないの作品になっている。「エリザベスタウン」とかね。

 まとまりがつかないが、また、まとまるものでもないけど、キュートなアイドルが主役で、マンガチィックで、音楽のノリのよさを追求した映画を、かりにラブコメだとしよう。「プラダを着た悪魔」はアン・ハサウェイがチャーミングだった。メリル・ストリープは体質的にダメなめずらしい女優だったけど、「マディソン郡の橋」「アダプテーション」とこれ、好きではないけど、演技は憎たらしいほどうまい。とくに言葉の調子や声かな。satcのディビット・フランケル監督は、テンポがよく、細かいカットをうまくつなげて、切れのよい演出である。でもファッションがわからないんだよね、アン・ハサウェイのダサイとされたセーターの方が好きなんだけど。あ、ロリコンではないですよ。

 「イン・ハー・シューズ」。このタイトルの書き方、文法で勉強しましたねえ。うんと昔なのに憶えている。ふ・し・ぎ。。。L.A.コンフィデンシャルのカーティス・ハンソン監督作品。キャメロン・ディアスはふけたなあ。ベスト・フレンズ・ウェディングのころは、溌溂としていて、ジュリア・ロバーツを食っていたけど、いまや食われる立場だね。メーキャップだろうが、暗い目をしていた。わざとシャドーを濃くしたのかな。さてハドソン演出の特徴だが、おちついた感じを大切にする人だから、テンポはゆるやかになる。悪く言えば、ときどき間のびした雰囲気になる。これはプラダの後で観たこともあるが、静的な構図の長いショットが持ち味だ。だから、クローズ・アップが生きてくる。クローズ・アップが大胆だから、ディアスの粗がよくわかるわけ。シャーリー・マクレーンがとってもうまい役どころで、姥桜もいいところだけど、素敵だ。なんだか、ハーバート・ロスの「マグノリアの花たち」のような感じになる。うん、これはラブコメでもロマコメでもないが、懐かしいような上質な映画である。

コンフィデンシャルもそうだったけど、キム・ベイジンガー同様、ディアスのプロポーションが堪能できる。でも裸じゃないからね。体形がすこし崩れかけてるし。。。詩人エリザベス・ビショップや,E.E.カミングスの詩が彩りを添えている。少しだけ勉強したことがあるので書いておく。詩の中の、the root of the root, the bud of the bud, the sky of the sky は韻を踏んでいるんだよね。だがディアスはこれを演じて、よかったのかなあ。ふむ、むつかしい。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-07 11:49 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

はじめての小説

 本を読まない子供だった。勉強なんかしたこともない。こう書くと、でも成績は悪くはなかったふうだが、悪かった。草が茂った原っぱで、一人暴れていたという。ポプラ社の児童小説とか、親から買ってもらったけど、一行も読んでない。「ALWAYS 三丁目の夕日」の頃は、8歳だった。だから、少年サンデーや少年マガジンはもうすこし、あとかもしれない。漫画はたくさん読んだ。漫画の前に、父に手を引かれて、東映時代劇はよく観た。チャンバラは楽しかった。父親が大川橋蔵がヒイキだったから、新吾十番勝負や若さま侍捕物帳は全部観てる。だから松田定次は黒澤より、先に憶えた監督である。

 そんな流れだから、正統的な本の読み方をしていない。最初に読んだ本はたぶん、源氏鶏太か石坂洋次郎だと思う。源氏鶏太が先ではないかな。NHKの週一の連ドラで「東京丸の内」という番組があって、OLの青春ドラマを母親が見ていた関係からだと思う。青春群像ドラマだが、順列組み合わせのように、カップルができていって、必ずはみ出てしまう人が一人はいる。これが源氏作品の持ち味で、リアリティーとペーソスがあった。金ツマの原点だ。
 石坂洋次郎は日活の「あいつと私」を観てからのことだと思う。芦川いづみの雨のキスシーンを観て、性に目覚めた。だから源氏鶏太の「三等重役」や石坂文学なら「石中先生行状記」「若い人」のような代表作は後回しで、物語展開があって、都会的な青春小説ばかりを読んでいた。恋愛と性ですね。もちろん、短篇は読んでいない。ストーリーだけの興味で読むから、小説の味わいなんてわかっていない。でも今思うと、みんな都会的な小説で、そこそこユーモアがあって、シチュエーション・コメディのつくりになっている。そこがツボだったみたいだ。

 ふつうなら武者小路実篤とかにゆくのだろうが、文盲のまんま、いきなり物語性のある新聞小説を読んだので、しばらく迷走を続けた。読書傾向からすれば、矛盾はしないけど、作品水準は退行したと思う。秋元書房の赤松光夫のジュニア小説はよく読んだ。後になって、秋元文庫になったのではないかな。これもユーモアがあって、軽くて、思春期の物語でけっこう面白かった。全部、読んだと思う。後の赤松ポルノは読んでいない。
 もう一つの流れは春陽文庫で、中野実とか、軽快で風俗性に富んでいてよかった。けっこう、マイナーな艶っぽい作家も文庫に収められていた。明朗エロ小説も堪能した。

 中学三年の受験の頃になると、井上靖、丹羽文雄、そして松本清張など中間小説を授業中に読んでいた。清張は亡くなる頃の作品も含めて、ほとんど読んだのではないかな。もちろん、短篇も含めてだ。彼の場合、初期の短篇が素晴らしい。

 高校になって、ラディケ、プルースト、マルロー、ワイルドとか読んだ。後のギュンター・グラスやマンディアルグもそうだが、にわか背伸び路線である。だが、児童文学の全部といっていいくらいが欠落している。アンデルセン童話、ロビンソン・クルーソー、モンテ・クリスト伯も読んでいない。それなのに、スコット・フィッツジェラルドやバッド・シュルバーグの文体がいいとか、ジェイン・オースティンやフィルポッツの田園描写は凄いとか、シッタカだよなあ。でもたぶん、この性格は直らないだろう。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-06 07:21 | 雑文 | Comments(0)

一病息災ーだったらいいけどなあ

去年の夏に病気をして、はじめて入院した。8泊9日だった。病気は頭のなかの出血である。硬膜からの出血だった。ほんとうはたいしたことないらしい。脳脊髄膜は内側から言うと、軟膜、クモ膜、硬膜の三層から構成されていて、硬膜の外側が頭皮だ。じつは、酔っ払って、ヘッドスライディングのようなかたちでマンションの床に頭部打撲をしたのだ。なさけない。すぐさま出血するのが急性で、一ヶ月くらいかけてすこしづつジワジワと出血するのが慢性という。後者だった。

でも片麻痺になったし、認知症にもなった。受診するとき、片方が靴で片方がスリッパの不ぞろいであったり、ズボンの上に短パンをはいていたり、片足を外に出したまま、タクシーのオートドアを閉めてくださいと示唆したりで、やっぱりかなりヘンだった。

なにせ、診断から即日入院の即日手術だから、いやもう速攻で動揺する暇がない。じつは採血すると倒れてしまうので、健康診断の採血から25年以上の逃亡者だった。お恥ずかしい。酒は最低でも三合は飲んでいたし、休肝日なんて辞書にない。そんなことできるなら、断酒できると思っていた。タバコはぐっと減ったけど、30本は吸っていた。

アルコール依存症だが、禁断症状はまったくでなかった。天井に虫が這うとか、よくいうでしょう。でるんじゃないかと、心配だった。よかった、よかったでした。でも、病院でいろんな人生模様を見聞した。よい経験ができた。結果論ですけれど。少しだけ、まるくなれたような気がしないでもない。

これで肝硬変にならなかったのは幸運だった。もっとも、手術前はγーGTPは300あった。けど、ウィルス、胆汁、糖尿関係、ピロリ菌などとりあえず、問題なかったのは親に感謝しなければならない。入院中、採血は四回もした。25年間で0回で、8泊で4回とはバランスを欠いているなあ。勤務先の定期健康診断は春は逃げたから、この夏に採血するけど、結果はどうだろう。今は三休四飲だから、一週間はアルコール・ホリデーにしないとダメかな。

脳の病気はみんなが心配してくれる。過剰なくらいだ。まあ、場所が場所だもんなあ。好んで患うとこじゃない。
この病気とは無関係だと主治医が言っていたけど、禁煙している。血圧にテキメンですね。140以上ー90以上が自宅の標準だったのが、110-120、70-80で推移しているから、これって、禁煙しか思い浮かばない。
やっぱり、脳萎縮を考えると、週2日の飲酒くらいがよいのだろうが、それは出来ない相談だよなあ。最近、健康オタクになって、天然酵母パン、ライ麦パン、玄米パン、フランスパン、イギリスパンなど、ためしている。なにがいいのだろうね。

満開の桜も色づいた山のモミジもこの先、何回だって見たい。
このフレーズは竹内まりやの「人生の扉」からだが、90すぎまで生きたいな。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-05 11:17 | 雑文 | Comments(0)

DVD雑記帳(2)-バカみたい

バカみたいな気分である。「ラブ★コン」「彼女は最高」「7月24日通りのクリスマス」と並べると、まあ、どうにか話題になるのは「7月24日通りのクリスマス」くらいだ。おはなしにならない。けど、作るがわはそれは真剣だろうから、脱兎のように感想を書いておく。

「ラブ★コン」は二度目の挑戦だ。前回は途中で耐えられなくなって、放り出してしまった。映画を愛する一人として、何とか”通し”で観ようということで、江國香織さんのエッセイをパラパラめくりながら、映画を観た。まあ、映画の方は正面から向き合うと「苦痛耐えがたし」なので仕方ないとしても、江國さんには失礼だった。「ラルフへ」と「妹の不在とその影響」を読んだが、江國さんのエッセイは小説のような調子がでない。ときたま、映画はクリスマスだったり、花火が上がったり、小池徹平クンが豪快なダンクシュートを決めたりする場面で、「オッ、これは」となるけど先が続かない。でもエッセイのお陰で最後まで観た気分にはなった。エッセイのあとがきで俵万智さんが「ラルフへ」というエッセイは最初読んだとき、泣きそうになったとある。
そんなによかったっけ。で、今日、正座はしなかったけど、読み返しました。つまりこれ、小説と違ってことばの切れがないっていうか、抑制のきいたキリリとした文章ではない。だから、らしくないと思う。あ、絵本のエッセイは好きですよ。当たり前か。

「彼女は最高」は、ゴヒイキのエドワード・バーンズ監督で、前作の「マクマレン兄弟」が素晴らしくよくて、本作の後の「ロード・トゥ・ヘル」も小佳作でした。アイルランドの兄弟ものが通底するテーマだ。といっても、フォードとは違って、小味で、あったかなユーモアがある。今現在だって30代だから、有望である。だが,この作品も兄弟ものだが、人間が描けていない。アイルランド系じゃないと乗れないのかなあ。キャメロン・ディアスもたいしたことないし、まあ、ファンだけご覧になれば・・・という感じかな。

「7月24日通りのクリスマス」。長崎ロケはよい。村上正典監督は若松節朗と「恋のチカラ」の演出をしていた頃から知っていて、この映画でもカメラワークには光るものがある。デビューの頃の相米慎二よりもうまい。ツクリは「ラブ・アクチュアリー」のイタダキで、クリスマスの一ヶ月前から週単位で区切っていく進行である。でも、ホンが絶望的につまらない。そこそこ力量のある俳優がそろっているのにもったいない。一部、ドーネンの「パリの恋人」を彷彿させるシーンもある。リスボンのロケはいらないし、中谷美紀の役は当初の予定では竹内結子だったそうである。
だが、「恋のチカラ」から観たものとしては、深津絵里と堤真一だったら、かなりおもしろくなっていたかも。。。と思ってしまう。もちろん、シナリオは徹底的に叩く必要はあるが。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-05 00:52 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

DVD雑記帳(1)ーこまったなあ

DVDばかり観てる。「県庁の星」は面白くなりそうな企画だが、駄作だ。”ルビッチならどうする”をまねて、ホイチョイならどうする。笠原良三、田波靖男、松木ひろしならどうする、そして井手俊郎なら・・・と問うてみた。ソフィスティケーション・コメディーの味にはなったろう。せっかくのシチュエーション・コメディーを見逃しの三振にしてしまったのは、とても残念に思う。

 堤幸彦監督の「明日の記憶」は、人様のブログだと泣けた、泣けた、こらえきれずに泣けたっけ。。。と、”別れの一本杉”状態である。昨年の夏、唯一治る認知症(慢性硬膜下血腫)なったものとして、不安な気分で観た。けど、冒頭の切り返しのただれた夕焼け(美しい夕焼けのつもりだろうが)の一連のシークエンスはCGだ。この手の作品ではあってはならないことだと思う。

 西川美和監督「ゆれる」。これって、リドル・ストーリーのつもりなのかなあ。これを観て、兄弟関係を考えると、とっちらかって収拾がつかなくなるから、厄介な兄弟関係なら観ないにこしたことはない。香川照之はなにを演じてもいいなあ。

 李相日監督「フラガール」は手だれで、基調はシチュエーション・コメディーなのだが、この映画が一位というのは、悪い冗談だ。とんでもハップン、歩いて15分の映画である。この監督は勝負球を持っていないか、あっても勝負球を投げていない。だからダメである。

 佐藤祐市の「シムソンズ」は拾い物だった。スポ根とガールズ・ムービーが合体したプログラム・ピクチャーだ。カーリングというスポーツからして地味で、恋愛もキスもない生きた化石状態の少女たちだが、アンチクライマックスであり、四人の少女たちがそこそこ描き分けられている。「ストロベリーショートケイクス」のようなあざとさがない。清潔な映画だ。

 大谷健太郎の「ラフ」。獅子文六の「箱根山」でもロメオだってよいけど、その設定がまったく生かされていない。この映画にはリズムも、季節感もない。語るにおつる映画である。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-03 17:52 | 雑文 | Comments(0)