いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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ユリノキの花を見た

今日は早く家を出たから、遠回りして、たくさん歩いた。
まわり道をしたから、
つくりかけの15階建てのマンションの骨格がすぐそばで、観察できた。
見上げてたら、こわもてふうのガードマンさんがシッシという感じで睨んだけど、
気がつかないふりをしてた。内心はドキドキだ。
まあ、いかにも頑健そうなマンションではある。
だが、小学校のまん前なのだ。大通りを隔てて、大学と緑がいっぱいの劇場がある。
言ってみれば、文教地区である。よくこんな場所にマンションが建つよなあ。

少し前に
大学の入り口をちょっと入ったところに、やけにモダンな建物が立った。
建物の壁面に、巨大な油絵がベタリと貼ってある。昆虫の壁画だ。
たしかに立派ではあるな。多目的ホールだとか聞いた。
大学への道の両脇には、銀杏並木が並んでいて
こんもりとした葉がもたれて、トンネルのようになっている。
とっても、すずしそう。

あたらしい建物の庭にはしだれ桜の巨木が植えられている。
これって、どこからもってきたのだろう。寄贈かな?たぶん、そうでしょう。
木の裾には、つわぶき、りゅうのひげなど、にぎやかな植栽がされている。
四角い水辺があって、周囲にベンチが囲うように置かれている。
きょうは誰もいない。
もう一つ、こちらはクロガネモチの若木が植えられている。
けっこう、大きいけどね。しだれ桜と比べると、かなり若い。
ふーん、大学ってお金持ちなのね。

大学の前を通って、劇場のほうへ歩く。
緑がいっぱいの劇場だ。緑陰だあ。緑の滴りである。
ここは、クスが多い。
だが、それだけではない。
ブナ、ナラ、カシ、ケヤキ、シイ、ヤマモモ、モッコクなど、
ありとあらゆる木が植えられていて、緑深くて大好きところだ。
雑木林になっている。必要最小限の剪定だから、自然がある。
これって、税金なんだよなあ。こういう税金ならいいかとひとりごちてみる。

よよっ、発見だ。!
ユリノキの花を見つけたのだ。ほんとうにチューリップの花みたい。

初夏に咲く花だそうだが、はじめてみた。
簡単に数えられるくらいの花数だ。

ユリノキには想いがある。
麹町四丁目にある会社に勤務していたころだ。
四ッ谷駅で降りて、いつも歩く道の街路樹がユリノキだった。

左下に上智大学のサッカー・グランドがあって、
左前方にホテル・ニューオータニがあって、
右手ぎりぎりに迎賓館の白い鉄柵がみえた。
4年くらいかなあ、いつも通った道だ。

ユリノキはポプラに似た感じの落葉樹だったけど、
花は一回も見たことがなかった。一生見れないと思っていたけど、
こんなところで、
季節はずれのこの時期に見れるとはねえ。なんか感動してしまいました。

うん、きょうはなんかいいことがありそうな。そんな予感がする。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-24 12:28 | 雑文 | Comments(0)

ノッティングヒルの恋人

 きょうは夏空が広がっていて、雲ひとつない。
そんなに暑くもないから、気持ちがいい。
昨日はビール1リットル飲めたし、”ノッティングヒルの恋人”は再見だったけど、面白かった。

 この映画はロードショーで観たけど、二度目のほうがよかった。
冒頭のマーケットの果物、野菜、雑貨の場面からワクワクする。
たくさん並んだ屋台が大好きなのだ。
初見のあとで、ノッティングヒルゲート駅界隈の街角紹介のようなテレビ番組があった。
それを観たので土地勘がある?ような気になる。
しったかだが、でも行ってみたいなあ。。。そう思った。

 それにしても、これに比べると最近の映画はかなり質が落ちています。
こちらは、リチャード・カーティスの脚本がよいのでしょう。
ディテールを緻密につくる人だ。

 例によって、ちょっとだけ悪口を書く。
カーティスの本は洒落ているけど、欠点はペダンチックなところと下ネタか。
前者はジェーン・オースティンやヘンリー・ジェームズなどの文芸映画の話題とかが衒学趣味だ。
ヒュー・グラントが読んでいる本もそうだ。
まあ、ヘンリー・ジェームズは、後半になって、ジュリア・ロバーツが撮影している映画の原作だから、おかしくない。
下ネタは”ラブ・アクチュアリー”でもそうだけれど、B.ワイルダーのような艶笑ではない。
かなり泥臭い。
爽やかで、洒落たお色気が好きである。
でも前者と後者は相殺しあっているから、まっ、いいか。

 いいところがたくさんあるから、そちらを褒めましょう。
セレブな住宅の鉄柵を越えて二人で入り込んだベンチのある庭は、幻想的でロマンティクなシーンだけど、本当にあって、コモン・ガーデンというそうだ。
セレブな住民たちの憩いの場だという。
テレビのうけうりだけど、ホーランドパークの周辺らしい。
マドンナも住んでいるって聞いたことがあるけど、真相はさだかでない。
ヒュー・グランドが住んでるのは、ラドブロック・グローブ駅の方で庶民的なところだ。

 主題歌の”SHE"はバラードの名曲である。あらためてそう思った。
何を今更なのでしょうけど、この映画のいくつかの部分は、CXの”やまとなでしこ”にそのまんま、つかわれている。

 まあ、旅行本屋が魚屋と思いねえ。あとは観ればわかるし、どっちも面白いから野暮は書かない。
でも、西村雅彦医師がしばしば自宅で絶叫する”ここは、ドラマのオープンセットじゃないんだぞ!”の場面だけど、ここだけは小劇場からドラマの王道・月9にデビューされたおっさんズ(とりわけ筧利夫の怪演ほか)のバトルほうが、はるかに面白かった。

 オマケ。ノッテイングヒルで誕生日パーティにホロホロ鳥料理がでました。
晴海通りをはさんでマリオンの反対側にホロホロ鳥料理のお店があった。
いまも営業中なのだろうか?

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ノッティングヒルの恋人@映画生活
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# by nonoyamasadao | 2007-07-23 17:11 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

さよならを言うのは少しだけ死ぬことだーデジャヴの連想

デジャヴって言葉がはやっていますね。映画にもなったしね。
心理学や医学のことはしらないけど、既視感って訳しているようです。
ようは行ったことも、見たこともない風景なのに、
なぜか懐かしい・・という感じかな。

昔、武満徹がチャンドラーの小説について、
イマージナリー・ランドスケープがあると書いていた。
想像的な光景というのも、いまやデジャヴの範疇かもしれない。

チャンドラーのセリフって、なんだかいやだ。過剰だと思う。
うろ覚えで書くけど
ギムレットには早すぎる。。。
開店直後のバーは空気がきれいで、ひんやりしている。
ぴかぴかのグラス。。。がなんたらとかね。
今日のタイトルにもしているけど、
さよならを言うのは少しだけ死ぬことだ。。。
うふふ、文学してるよねって感じだ。

結城昌二(真木探偵シリーズ)はロスマクの系列だろうけど、
チャンドラーの後期には憂愁があると書いていたが、至言である。
憂愁とうけとるか、歯が浮くようでヤダかは、そりゃ、好みですわ。

なんか、前期とか後期とかいうと、ウィトゲンシュタインみたいで、
凄い偉そう。アハハ

「さむけ」までなら、ロスマクの方が透明感があって好きかな。
小笠原豊樹の訳が、かなり貢献しているのかもしれない。
いつも謎の失踪があって、探偵が介入すると、
アメリカ家庭が崩壊するパターンになってから、
つまらなくなったね。奥さんのサスペンスものの方が面白い。

チャンドラーもどうせ再訳するなら、村上春樹でなく、
村上博基ならよかったのに・・・と思うけどな。
稲葉明雄だと、なんか思いっきり、古臭い美文になりそう。

まあ、みんながつげ義春や吉本隆明を読んでいるときに
ロスマクやリング・ラドナーを読んでいたからね。
反社会的で屈折してたのだろうけど。今は昔ですが。

でもそのころは、チャンドラーよりハメットだったし
ウールリッチよりパトQ(クェンティン)だったなあ。
そういう人、多かったですよ。

ちなみに我がイマージナリー・ランドスケープの作家だと
当時だと、松本清張かしら。短いセンテンスの文体が好きだった。
「黒い樹海」とか「蒼い描点」、そして「黒い福音」は
デジャヴな光景アリアリだった。

だって、「対星館」に何度もお泊りしたよ。
原作の景色と、うん、すこし違ったかな。でも、それでいい。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-21 11:06 | ミステリ映画 | Comments(0)

遠い夜明けー冒険小説の伝統

つゆあけ、まだかな。
むくげの花が咲き出した。白いのはあまり好きじゃない。
今日はそうでもないけど、このところ真夏日が続いて、すこしバテ気味だ。

リチャード・アッテンボロー監督作品の「遠い夜明け」を観た。初見である。
なんか正座してみないといけないような・・・感じがあって、やり過してきた。

「素晴らしき戦争」はリアルタイムで観たが、これは反戦の傑作でした。
センスあふれるミュージカルで、娯楽映画として堪能した。
けど、一週間くらいで打ち切りになったんじゃなかったかな。
”丸の内松竹”だったと思うけど。

冒頭に書いたように、できの悪い頭に霞がかかったようなコンディションだから、
はたして、
160分の長丁場だから大丈夫かなあ、
南アのアパルトヘイトの話だから、とっちらからないかなあ、
と心配でした。一応、ネタバレありと書いておきます。

堂々たる娯楽映画でした。
「コーラスライン」は高級だけど、じつは乗れなかったクチでして。。。。
感動ひとしおである。

デンゼル・ワシントンがレジスタンスのカリスマ的指導者の役だけど、
このころから、もう大物の雰囲気があってカッコいい。
だが、前半で殺されてしまう。

後半は新聞記者のケビン・クラインがアパルトヘイトの告発本を書いて、
出版するために亡命計画を企てるが。。。。さてどうなる?という展開だ。

冒険小説の英国だけあって、サスペンス醸成がうまい。
マクリーンというより、ギャビン・ライアルの味だから、なおうれしい。
うーん渋い。

南アのポスト・アパルトヘイトや今の治安の状況をちょっとだけ知っている。
この映画でも少し描かれているけど、
アパルトヘイトについてだけは、国連は珍しくがんばったと思う。

ラストの南アの上空を飛ぶ飛行機で
再び、ライアルを思い出して、ゴキゲンでした。
だが、最後の最後で、
当時の苛烈な事実がスーパーで綴られている。

久しぶりに、本格派の映画を観たって感じでしょうか。
堪能させていただいた。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-20 15:53 | ミステリ映画 | Comments(0)

それは、いえているかも、ハンクスくん。

 「映画の『ダ・ヴィンチ・コード』のラストが意味不明って、どこ観ていたの」と友人に叱られた。
昨夜、とあるロビーでだ。だって原作読んでないし、洗面化粧台でのヒゲソリからルーブルのエンディングの流れはわかりにくいよなあ。天台宗なんだ、俺。居直ってどうする!。

 叱った友人はフェミニストの犬好きである。フェミニストというのは恐妻家といういみで、犬好きは筋金入りである。犬が風邪をひいたら、禁煙し、いみなく断酒もするからご立派である。
まあ、じつに愚かな男だとひそかにバカにしているのだが。ハハハ。。。

閑話休題、友人曰く、正しくはミッション・スクール出身の細君のレクチャーのうけうりらしい。どうせ、そんなこったろうと思った。ネタバレになるから書けないけど、その解説は明晰なものだった。目からウロコだった。原作を読んだ人なら、わかっているのかな。

 しかしロン・ハワードはどんどん酷くなっていくなあ。ビューティフル・マインドを撮るころから、偉大なる勘違いをしていると言うと、友人は”そうかな”と首をかしげる。
彼はコーエン兄弟やハル・ハートレーのような直接的な描写(グロい)が嫌いで、ロン・ハワード演出が心底、好きなのである。カメラワークがしっかりしているからだろう。

個人的には「スプラッシュ」「コクーン」などの、幾分のどかだが、都会的洗練の味わいが好きだ。ベストなら「身代金」かなあ?。まあ、その後の下降線は明白だと思う。

友人はトム・ハンクスでなくても、よかったのじゃないかと言う。それには共感する部分もあって、誰がいいのかを考える。彼はハリソン・フォードでは?と自信なさげに呟く。
でもね、ハリソン・フォードは還暦ははるかに越えたぜ・・・というと、
だったら推定無罪のころじゃないと無理だね、友人があっさり折れたからそれで落ち着いた。
ハリウッドの種馬のラッセル・クロウなら少し若いが、たぶん、なりきりでこなせるだろうね。

でもトム・ハンクスくんは偉い。
そりゃ、メグとのロマンティック・コメディーとか、邸宅がぶっ壊れる映画も面白かった。チャップリンのような「すべてをあなたに」からも元気をもらった。こっちが本線だろうね。
その間に、エイズ患者を演じたり、メチャ走ったりして、がっぽり賞も頂いた。

比較的最近だと空港に住み込んだり、離島で激ヤセしても生き残ったし、尿道炎も患ったさ。
マフィアもやったし、5人の声色遣いも演じたものね。
継続は力なりか。。。。。それは、いえているかも、ハンクスくん。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-18 10:52 | ミステリ映画 | Comments(0)

雨降りだから、ルメットで

まず、地震で被災された地域の皆様に、お見舞いを申し上げます。大変ですね。

台風で土曜日も急な休みになって、ありがたい三連休だった。
終日家にいた。不健康きわまりないけど、なんだか、疲れがとれた感じだ。
DVD三昧でした。名匠シドニー・ルメットの旧作を二本観た。

一本は「デストラップ 死の罠」で、初見だった。見ごたえのあるミステリ映画である。
原作は「死の接吻」のアイラ・レヴィンで、舞台劇だそうである。ネタバレは書かない。
ルメットには「十二人の怒れる男」や「オリエント急行」など、ミステリ映画の傑作がある。

ルメットの特徴はワンセット・ドラマ風の作風と構図が冴えているところだと思う。
この映画もワンセット・ドラマで、やっぱり構図はきっちりしていた。
マイケル・ケイン、クリストファー・リーブに、ルメットだから、舞台にゆかりのある人ばかりだ。
なんか、舞台を観にいったような気分になってくる。

ラスト近くなって、舞台だったらこうだといいな、あれもやると面白いのになあ・・・
と勝手に想像の世界で遊んでいたのだが、それが全部、現実になるからたまげた。
びっくり箱のようで、とても感心した。こういうのもできる人なんだなあ。満足、満足でした。

「ロード・トゥ・パーディション」を観て、ニューマン引退かあ、とさみしくなった。
だから、二本目はポール・ニューマンの「評決」を観た。再見だが、劇場公開のとき以来だ。
これまた、ゴヒイキのシャーロット・ランプリングが彩りを添えている。

こちらはワンセット・ドラマでない方のお得意、「女優志願」のような風景描写が堪能できた。
街角のショットなど、ハッとするくらいの絵である。いいなあ。

ニューマンの役が十八番の挫折したインテリである。
酒びたりの日々だ。そしてピンボールが大好きときた。
そういう彼がほんらいの正義感を取り戻して、悪と戦う。
こういうのは彼の独壇場だ。余人をもって替えがたしだ。

エンディングがJ.スマイトの「動く標的」とか、これも粋で洒脱だ。
ハイブラウというか、洗練されている。
シャーロットも雰囲気のある人だから、お似合いですなあ。
イヨッ、ご両人と声をかけたいくらいだ。
チャーミングな締めくくりで、とてもいい気分になった。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-17 16:12 | ミステリ映画 | Comments(0)

毎日がスペシャルだった頃

竹内まりやの"DENIM"が素敵だったので、さかのぼって”Longtime Favorites”を聴いたら、コニー・フランシスのロッカ・バラッドの”ボーイ・ハント”もカバーされてた。ロッカ・バラッドって、英語っぽいでしょ。じつは、この歌の映画を見ている。小学生だった。

そのころ、テレビでは、フロリダ州のマイアミを舞台にした”サーフサイド6”というトロイ・ドナヒューの青春探偵ドラマを放映していた。キューバ危機の前だから、陽光輝くマイアミビーチでの青春満喫という感じが画面からあふれていた。”ハワイアン・アイ”というロバート・コンラッドとコニー・スチーブンスのドラマもあった。ようはリゾート地の青春ドラマだったのだろう。とにかく陽気だった。

ドナヒューは太る体質だったようで、あっというまに赤ら顔の肥満俳優になって、やがて消えた。だが、このころのドナヒューのヘア・スタイルがイカしていて(そう、イカスが流行っていた)、いくらまねても、あのウェーブは無理だった。当たり前だ!。”パームスプリングの週末”という映画だと、主題歌はドナヒューがバックコーラスつきで歌っていた。今思うと、主演の主題歌つきというのは日活映画みたいだな。

映画の”ボーイ・ハント”もフロリダだったと思う。内容はほとんど憶えていない。主題歌はもちろん、コニー・フランシスが日本語で唄っていたが、日本語が子供心にもうまい。このころは意味なんか知らなくても、唄はフィーリングだよねという時代だった。ポップスの詞は軽んじられてた。

音楽は大好きだが、ピアノも弾けないのになんで書いているのかと言うと、歌姫の像をコニー・フランシス、伊東ゆかり、竹内まりやの系譜(なんて、大げさなんだ!)に見たからだ。コニー・フランシスはイタリア系のアメリカ人だと聞いたけど、レガート唱法だった。
正確ではないけど、レガートとは音と音の隙間を埋めるように、音をつないでゆく唄い方である。だから、音から次の音の準備が忙しい。つまり、無理なブレスだと酸欠気味になって、声がつまる。切れ切れになる部分があって、それが”うっ”と詰まった感じでせつな系になる一瞬がある。典型的なのが、松田聖子である。
彼女の場合、そのうえに、ブリッコという”これでもか”コケットリーだから厚化粧演歌と同類である。あ、演歌、大嫌いなんだ。ごめん。

伊東ゆかりはコニー・フランシスが大好きだったから・・・と、NHKの番組の中で言っていた。コニー・フランシスの曲だったら、弘田三枝子や中尾ミエの方が有名かもしれない。”バケーション”や”可愛いベイビー”があるから。
美しくなる前の、ダイナミックだった頃の弘田は荻窪に住んでいたから、よくお見かけしました。でも、美しくなる前の・・・と書いたけど、その方が好きだったなあ。歌にもパンチがあってね、パンチラではないですよ、パ・ン・チだ。でもコニーというより、ブレンダ・リーが近くないかなあ。

伊東ゆかりの歌唱力は内外の音楽祭の受賞でよくわかる。”ビー・マイ・ベイビー”のシングルは弘田三枝子と伊東ゆかりの両方を買って、聞き比べて、ああやっぱり伊東ゆかりの方が好きだと思った。中学生になった頃だ。
ただね、”スパークショー”だと、園まりがなんとも、きれいでフレッシュなお色気があって、伊東は地味、くすんでいた。なんだか、やる気なさそうに見えた。

そこで、今回聴いた竹内まりやの”ボーイ・ハント”だが、伊東ゆかりへのオマージュのようだ。先達を踏み台にした、”どう私の方が今風でしょ”といった、ありがちな傾向へのアンチ・テーゼである。

CDのセルフライナーノーツにもしっかり書かれている。アルバム作りの最初に考えた曲はカンツォーネの”恋する瞳”だという。サンレモ音楽祭で入賞したときの伊東ゆかりをリアルタイムで見ていたので、声が伊東ゆかりに似ているといわれると、今でもうれしいと書いている。
”不思議なピーチ・パイ”のとき、あ、伊東ゆかりにそっくりな声の、ノッポな女の子だと思ったものなあ。
その彼女が五十路を越えたのか、感無量である。さっき、松田聖子をこき下ろしたふうな書き方をしたが、共通点はあるように思う。けど、伊東ー竹内だとあまい声だが、アルトだからベタベタしない。ボンボンチョコにはならない。さわやかで、フルーティーなあまみだ。

前に漣健児さんの訳詞を絶賛したので、ここでしっかりと書いておこう。”ボーイ・ハント”の原題は"Where the Boys are"だ。”男の子たちのいるところへ”とでも訳すのかな。
サビの部分で、このフレーズを三回かぶせるように畳み掛け、繰り返すのだが、”その日を、静かに、静かに”と訳している。これ、はまる。バケーションのv-a-c-a-t-i-o-nだって、待ーちーどーおーしーいーのーはーだもんね。あ、天才の文字が。。。。。
じゃ、伊東ゆかりの日本語バージョンの“ボーイ・ハント”を少し、聴いてやってください。


さて、竹内のようなカバーなら大歓迎である。ご主人のアレンジは大変だったろう。オリジナルをもう一度聴きたくなるカバーは久しぶりだった。よい年のとり方をした女性って、なんて素敵なんだろう。

追記:既にお気付きでしょうが、奥山靉訳詞になっていますね。
漣健児さんだとばかり、思っていました。
上に書いたことが、ボロボロになってしまった。
きちんと、調べなおす必要があります。
宿題ということでお許しください。(2008.9.3)

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# by nonoyamasadao | 2007-07-16 15:16 | 竹内まりや | Comments(10)

引っ越して三ヶ月

ことしの三月末に引っ越した。マンションである。高等学校の隣で、一応、新築だ。だが低層七階建ての二階だから、はじめてのマンションという実感はあんまりない。階段口が玄関の前にあるから、そこから出入りしている。五月末頃まで、新聞屋さんや出前のお店の人のピンポンがうるさかった。でもみんな入居祝いを前口上に述べてた。ふーん、営業って、やっぱりたいへんな仕事だ。

キッチンの窓から、校庭がすぐ下に見える。もちろん、チャイムはのべつ鳴っている。あれっ、高校の授業時間ってあんなに短かったかあ。あのころは瞬間を、しっかりと生きていたものな。しばらくして女子高だと気がついた。こういうとこ、よそ者感覚なのだと思う。

女子高の傍ってはじめての経験だが、甘い空気が流れてる。それもボンボンのように濃密な。ボンボンなんて、若い人は知らないだろうね、いかんいかん。でも、放課後の時間っていいな。山田詠美さんが素敵な時間の無駄遣いをしなさいと書いていたが、澄明な時間がただよっている。なんだか、なつかしい。

買い物はスーパーまで六分くらいだ。道がでこぼこした近道と、女子高の周囲をぐるりまわって、複合映画館を過ぎてゆく道もある。が、後者だと映画館に吸い込まれてしまうので、行きは、でこぼこ道から行くことにしている。

スーパーは花、果物コーナーから野菜、鮮魚という流れだが、鮮魚売り場が長いかな。焼津漁港のカツオの叩きなどみると、足が止まってしまう。椎名誠さんと同じで、カツオ命である。五島列島のやりイカもいいな。夏場はアオリイカなんだけどね。そしてお惣菜売り場がまた、楽しい。デパートにあるような料亭のお惣菜は味覚のアクセントは見事だが、お上品でないというか、素朴な、おふくろの味の方が飽きない。

青山七恵さんが「ひとり日和」で、ホースケじいさんのこと、家でパックのお惣菜を並べて手酌で飲んでいるだろうなあ、少し哀れっぽく見えてくると書いてる。俺もそうだあ。レジの人もそう思っているのかなあ。ちっとも哀れじゃないんですけど。。。。たぶん。

帰り道、レンタル店で「守護神」のdvdを借りる。ザ・ガーディアンが原題だから、それでもいいけど、漣健児さんなんか、Too Many Rulesを「大人になりたい」と訳していた。誤訳でなく、これは名訳である。映画にもいっぱいありますね、昔なら。ずばりガーディアンよりは、ましか。

アシュトン・カツチャーは大人になったなあ。「バタフライ・エフェクト」のころと別人だ。複雑系の映画というか、カオス理論の誤用だが面白かった。誤用というのは、初期値設定が小数点以下10桁と11桁では値がぜんぜん違ってくるというのを、中途半端なところからリセットしているからだ。カオスの縁となると、映画にはならない。あ「守護神」?、中の中かな。CGだ。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-15 06:55 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

トリュフォー、ラブコメ、直木賞

台風くるのかな。たぶん、来そう。けど、午後には仕事部屋に行かなければならない。
昨日観たDVDは二つあって、「隣の女」と「ウェディング宣言」である。
まあ、対極の映画ですね。

前者はトリュフォーのラスマイの作品である。
冒頭とラストのすこしブレた大俯瞰ショットが、好きか嫌いかが鍵になるかも。。。。
冒頭で外すとダメかもしれない。
純文学的な「柔らかい肌」と同系列で、”女が一途になるとほんとうに怖い”という映画。
だがこちらは、初期ほど芸術的ではない。でも情念の映画だな。
添景がさすがという感じで、いい映画だ。でも「日曜日が待ち遠しい!」の方が好みかな。

後者は「キューティ・ブロンド」のロバート・ルケティック作品。
息子の婚約者と母親の女のバトルで、ツボを心得た演出である。
だからいつも全米第一位なのだね、なるほど。
演じるのがジェニファー・ロペスとジェーン・フォンダで、けっこう笑える。
ブレイク・エドワーズ的ドタバタで、野際陽子と山口智子のバトルよりハードだ。

直木賞の季節ですね。
有力なのは北村薫『玻璃の天』か、桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』かな。
心情的には北村氏だが、インパクトでは桜庭氏でしょう。後者が有利かもね。

北村薫氏の「かとりせんこうはなび」を読んだ。以下、抜粋である。
「蚊はいやよ」
 真貴は、そういって頬杖をつく。そして、
「―――刺すから」

これ、書きだしなんだけど、こういうの書くとうまいねえ。次は線香花火が燃えるところだ。

しゅっ。マッチの火が、小さく燃えた。
         赤い色、回って落ちる。
    蒼い色、辺りを染める。
白い色、にじんで輝く。
「素敵だ」


まあねえ、ここまで書くと逆に、作家の計算部分が見え隠れするのかなあ。
『夜の蝉』のような作品で受賞してもらいたい。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-14 11:34 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

窓の外の景色

 仕事部屋にいる。五階である。前に書いたがとてもきたない。いや正確には、整理整頓の能力がまるでない。冷暖房だが除湿の機能がないので、真夏日でも冷房にして、いつも窓を開けている。でないと、朝から晩までこもっていると体調がヘンになる。
今日はけっこうな風が入ってくる。絡みつくような夏の熱気はない。正面には緑の山が高くはないが、ゆるやかな稜線を描いている。右手には、遠い山が霞んで、青っぽく見える。窓の上半分には夏空がひろがっている。
台風が来るって聞いてたけど、どうなっているのだろう。14年前にこの地に来たときは、のどかな風景がひろがっていた。いかにも地方都市だなと、そのときは思った。

それにしてもマンションが多い。あのマンションはいつできたのだろうと考えてみる。あそこはガソリンスタンドだったはずだけどなあ。いつからなのか、記憶が定かでない。
老舗の薬局の跡地には、近場にある大学の女子寮ができている。窓の外の景色などあんまり見ないものなあ、と独り言つてみる。
道路には、ぽつりぽつりというタイミングで、車が走っている。窓枠のぎりぎりの左手には駐車場が見え、かなり大きい。だが車は点在していて、なんだか散漫な感じである。雨も降っていないのに、傘を差した男が歩いている。日傘のつもりかな。

先月まで、公務員住宅の向かいのスーパーの表に、甘夏みかんとネーブルを乱暴に詰め込んだダンボール箱が投げ捨てたように置かれていた。なんだか、一山いくら以下の扱いである。みかん、はっさく、ぼんかん、でこぽんの時代だからなあ。甘夏は不遇なんだなと思って、たくさん買い込んで帰った。かなり重い。でも、これ天然もの。皮はやっぱり厚い。
夕食の後で食すと、すっぱい甘夏だった。こういうのは、マーマレード用らしい。マーマレードだと、酸っぱいくらいの方がいいらしい。
でも、この甘酸っぱさとサクサク感はいい。遠い昔の味がした。 

ふと思った。渋谷の歩道橋で足がすくむくらいの高所恐怖症だったはずだが、今は平気だ。
感覚の老化だね。まっ、いっか。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-13 14:18 | 雑文 | Comments(2)

14歳の本棚ー許せない

つゆが明けたのかな。なんか、今年の夏はスペシャルに暑そうな、よ・か・ん・だ。前に、花が咲いていないと書いたけど、勤務先の途中のにぎやかな家の塀の向こうにザクロと百日紅の花が咲きだした。にぎやかというのは花木がたくさんあるということで、朱と白だった。百日紅の白いのはめずらしい。違うかな。

北上次郎編の「14歳の本棚ー部活学園編」っていうアンソロジーをパラパラめくっているけど、違和感アリアリだ。中学生時代のドキドキがよみがえるとか腰巻に書いてあるけど、ぜんぜんドキドキなんかしないよ。こんな幼稚なの読む中学生なんていねーよ。今のマンガ読んで勉強してほしいなあ。新潮文庫の編集者さん、かなりずれてないかなあ?。

角田光代、中沢けい、森鴎外、井上靖、氷室冴子、川西蘭、松村雄策、大岡昇平のラインアップだけど、アット・ランダムにならべりゃあいいというもんでもないでしょ。のっけからいじめだもんなあ。のっけにつまずくとは、このことだ。不揃いでもエントツを何本も立てればいいってもんじゃない。それもヰタ・セクスアリス(抄)、夏草冬濤(抄)ですからね。これだと普遍的というか、なにを今更ですよねえ。他もどうってことないのがほとんどだから、アンソロジーを編むことの苦衷もなさそうだ。せめて特殊な佳品でもあればね。編者氏の書評とも相性がよくなかったからなあ。好みの問題もあるのでしょうね。冒険ミステリだけは趣味が似てたかも・・・。中沢けいは好きかな。

だったら率先垂範して、な、なんて不遜なんだ!筆すべりですが、だったらなにを選ぶかですが、すこしクラシカルっていうことで以下に開陳します。

室生犀星「蜜のあはれ」、梅崎春生「風宴」、太宰治「女生徒」、堀辰雄「ルウベンスの偽画」、三島由紀夫「サーカス」、立原正秋「美しき城」、石原慎太郎「透きとおった時間」、大江健三郎「セブンティーン」、村上春樹「野球場」、番外に小林秀雄「中原中也の思ひ出」(エッセイだが文章がきれいだから。。。「あれは散るのぢやない、散らしてゐるのだ、一とひら一とひらと散らすのに、屹度順序も速度も決めてゐるに違ひない」)、大岡昇平「花影」(抄)か逆杉でどうでしょうか。

てへっ、これも好みアリアリで、けっこう恥ずかしいものですね。ストリッパーの心境です。オーソドキシーでまいろうってな心構えだったが、前に書いたようにはじめの一歩から異端な読み方だったし、歪んだ性格がモロ見えになってしもうた。すこし自虐の気分だ。Mじゃないですよ。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-12 11:51 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

サム・メンデスのロード・トゥ・パーディション

「ロード・トゥ・パーディション」を昨晩、やっと観た。いい作品だろうと思ったけど、サム・メンデス監督だからなあ、病んだアメリカを描いた作家だから、マフィアの解釈もかなり屈折してそうってんで、長いことオクラというか敬遠してきた。あ、今日も”ながら”で書いていますっ。
結論を先に書く。これは現代ギャング映画の名品である。地味にして滋味である。洒落ではない。一言で言えば、渋い、よくできた家族映画だ。以下、ネタバレありだ。

映像が素晴らしい。美しく、静謐にして、酷薄だ。抑制のきいた堂々たる構図だ。だって、「明日に向かって撃て!」のコンラッド・L・ホールの撮影だもんね。「夕陽に向かって走れ」もそうだ。双葉先生が、おつぎは「俺たちは明日に向かって走れ」を撮ればよいのに・・・と駄じゃれを書いていた。「アメリカン・ビューティー」の撮影もこの人で、俯瞰ショットが冴えていた。
「ロード・トゥ・パーディション」だと、明暗のコンラストが鮮やかである。雨降りの夜、少年が見たのは・・・。それは戦慄!これって、前作でも隙間からっていうのは、やっていましたね。

ジュード・ロウは舞台出身だそうだが、かなりの悪役だけどじつは儲け役って奴だよね。かなり凄んで睨んだりして雰囲気でてる。近作「ホリディ」だと妹おもいのお兄さん役だものね、なんたってキャメロン・ディアスのお相手ですからね。この落差が堪らない人も多いかも。

そして大御所、ご贔屓のポール・ニューマン。引退表明をしたけど、ほんと、長いことお疲れ様でした。ハリウッドの良識であり、知性だった。
「銀の盃」でデビューしたとき、双葉先生(尊敬してるんだ)が”マーロン・ブランドの不肖の従弟みたい”と書いたけど、その後の「傷だらけの栄光」ですぐさま、”顔はマーロン・ブランドに似ているが、もっと荒けずりでユーモアとあかるさがある”と書いている。これを’56年に書いた双葉先生はやっぱり、偉い人だ。その後のニューマンの役者人生を見抜いていたとしか思えない。

でも最後はマフィアというのも、「ゴッドファーザー」のブランドと同じだなあ。
ブランドも孫娘と遊んでいて死んだが、こちらは「お前で、良かった。」で死ぬんだけど、ハンクス君のアップで終始して、撃たれたニューマンを全て省略した、リアクション・ショットだけの演出は憎いね。やってくれるではないか。

さて、この親と子供、そして家族テーマだが、ストレートで気持ちいい。
バリー・レビンソンの「わが心のボルチモア」の火事のあとの、父と子の会話も心に沁みたし、ウェイン・ワンの「ジョイ・ラック・クラブ」の母と娘のエピソードだって、ほのぼのとしていた。
こういうのは、日本映画が得意なはずだけど、なんとかならんのかね。まあ、「手紙」くらいか。藤田敏八の「妹」のちょい下くらいなら、たくさんできそうなものだが。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-11 12:07 | ミステリ映画 | Comments(0)

ながら族

ながら族の世代だ。わかい人には意味不明だろう。死語でしょうね、甲論乙駁みたいなものだ。つまり何かをしながら、受験勉強をしていた種族をそう呼んだ。で、竹内まりやを聴きながら、このブログを書いている。今、そよ風にのってになった。2ちゃんねるの実況スレで、前にきたえてたことがある。何も考えないで書くのは慣れてる。

川上弘美さんが好きだった。過去形、なんで?それは後で書こう。エッセイの語り口がね、口語的で、一番好きなのは「ゆっくりさよならをとなえる」かな。
冬の夜にすること。ハンカチにアイロンをかける。。。こたつの上のみかんを眺める。。。あぐらをかいてみる。。。歌をうたう(はーれーたーるーあーおーぞーらー)。。。お米をとぐ。。。ときて、今まででいちばんかなしかったことはなんだったかを決める(すぐに決まる)。今まで言ったさよならの中でいちばんしみじみしたさよならはどのさよならだったかを決める(決まったら心の中でゆっくりさよならをとなえる。)、で終わる散文詩のようなエッセイ。限りなくやさしく、なんだか、かなしい。

「人参は赤い大根は白い遠い山」という句が好きで、道ばたで、ちょっとじたばたしてしまった。

こういう書き方が好きでした。このころ、文体が決まったような気がする。

小説だったら、くまとお散歩する「神様」や、「リリ、夜の公園」のようなせつなくさみしい恋愛ものも素敵だ。「果てたあと、リリは少し泣く。男の人が放出する精液のようだな、わたしの涙。」
後者の引用したセンテンスは男じゃ無理だあ。

でも、「真鶴」や「卒業」だと、正直、さすがにつらくなってきた。こんな十把ひとからげの書き方はブログだって、不見識だろうね。自作一作を含む、アンソロジーで作家としてのライフワークは性にあるのは知っているつもりだが、たぶん、恋愛の孤独を読むのが好きなんだと思う。

「センセイの鞄」はかなり好きだが、よみさしのままだ。読んでいる途中で、昨年の夏の入院になったので、とばっちりで棚上げにしてしまった。あ、火曜サスペンスの曲になった。ナイチンゲールの歌だ。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-10 10:01 | 川上弘美 | Comments(0)

短さを競うーロアルド・ダールと大島弓子

ロアルド・ダールの「女主人」(The Landlady)の書き出しを読んで、唸ってしまった。訳文だから、開高健の尽力もあると思うけど、ほんとうは田村隆一の訳で読みたかった。

主人公のビリイがはるばるロンドンからバース駅に鈍行列車で着くと、もう夜の9時。実業家を志す彼は17才で、バース駅の近くに下宿を探しにきた。夜空には星がたくさん輝いていて、空気はかなり凍てついている。彼はまあたらしい背広に、オーヴァーを着て町を歩く。通りには昔は小粋だったが、今はすっかりよごれた住居が並んでいる。そんな中に、街灯に照らされた家を見つける。『お泊りと朝食』という印刷された文字が眼にとまる。窓から部屋の中をのぞくと、炉に燃える火、絨毯にはちいさなダックスフント、部屋の片隅にカゴに入ったオウムがいた。

まあ、訳書で13頁の短篇だが、アメリカ探偵作家クラブ賞(MWA)の短篇賞の作品だ。結末の2行がこれいじょうはないような微妙な表現で、やっぱりこれってセンスだね、としか言いようのない味わいがある。サキと比較する人もいるけど、お門違いだと思う。この作家の「チョコレート工場の秘密」はティム・バートンが映画化した。「チャーリーとチョコレート工場」がそうだが、「ビッグ・フィッシュ」も含めて、あまり評価しないけどな。製作だけど、「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」のときは、そりゃあ天才出現と大騒ぎをしたっけね。

大島弓子さんの「いちょうの実」。これも15頁の短篇で、宮沢賢治の原作である。原作のいちょうの実の会話の部分は、ふきだしのセリフに忠実に再現されている。いつも感心するのが、大島擬音の素晴らしさである。サラサラサラ、ガラガラ、ざわざわざわ、ヒューーーーウ、ざーーっ、バラバラバラバラバラ、バタバタ。好きだなあ、この感覚。でも美しいけど、哀しい詩だね。

宮沢賢治「ポラーノの広場」の天沢退二郎のあとがきは秀逸である。彼が宮沢賢治研究家であるのは周知の通りだが、「いちょうの実」の紹介文は映画評論家の天退として読ませてもらった。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-09 21:48 | 花の24年組 | Comments(0)

さくらもち

 しめった土と桜の葉の匂いがつよくする。それはまさに桜もちの匂いだ。
うえの一文は江國香織さんのエッセイ「夜の歩道橋で」からの引用だ。
さくらもちには、たくさんの思い出がある。

 銀座の春浅い宵だった。
うんと子供だった。銀座が銀座であったころだ。
夜はわかく、彼女もわかかった。
彼女というのは、ことし81才になる母である。

 まだ、月ヶ瀬があった。その裏手に、若松があった。粟ぜんざいが美味だった。
粟がほんとうにきれいなきいろだった。
あっ、きいろと思った。

 通りには花売り娘がいた。
蔵原惟繕監督の佳作「銀座の恋の物語」のころだ。
さくらもちは竹で編まれた籠に眠り、街角で売られていた。

 桜の葉に包まれたさくらもちは、味も匂いも繊細だった。
淡く、はかない味がした。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-08 20:22 | 江國香織 | Comments(2)

お引越し

 14年前に今の地方都市に移り住んでから、この地での引越しが5回目になる。引越し通知がさすがに出せない。でもお世話になった人には、暑中見舞いくらい書かなければならない。書けばみんな、なんか事情があったのではないかと心配して、電話してくるかもしれない。ずいぶん離れているからなあ。けど、ほんとうになんもない。

 東京に勤務していたとき、南守谷に住んでいて、180坪くらいあったかなあ。芝庭に夏椿が10本だけ植えられてた。今だったら、そういう寄せ植えの方法があるのを学んだけど。省略の美学とかいうのかしら。けど、当時はかなり頭にきた。常総線の先の水海道で、JAが植木販売をやっていて、とても安くて、ほとんどの植木が地植えされてた。しかも大好きな山の木が多かった。まあ、庭にいっぱい植えたなあ。クスとかも植えたもの。ハハハ。。。庭に植える木じゃないけどね。

 花の空白期間というか、花がないと書いたけど、守谷の庭だったら6月末ころだと、エゴノキはまだ咲いてた。白い、小さな星のような花が下を向いて咲いてた。木の実は毒らしいけど、好きな木だ。クチナシも咲きだしたような気がする。斑入りクチナシじゃなくて、青虫が好む本物のほうだ。キョウチクトウとザクロは7月になってからだった。紫と赤で、けばけばしいけど鮮烈な色彩だった。

 石坂文学に颱風とざくろという傑作があって、須川栄三が監督した映画があった。この映画の星由里子はきれいだったなあ。これをパクって、大学時分に少女マンガの原作の下敷きにしたことがある。しかし、1度は守谷の庭を見てみたいなあ。クス、ヤマモモ、トサミズキ、アメリカハナミズキ、コブシ、紫モクレン、フジ、コウヤマキ、シロカガ、モクセイ、ユズリハ。。。マツとサクラ以外なら、ほしい木は全部植えてしまったものなあ。

きっと、ものすごいことになっている。。。。なら楽しみだけど、たぶん切り倒されたろうな。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-08 13:49 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

DVD雑記帳(3)

アーウイン・ショーの「80ヤード独走」を読んで、なんて素敵な短編なんだろうと思った。何回か読んだはずなのに、けっこう読み落としているんですね。このところ、邦画を観ているので、お散歩気分で書く。

「手紙」。うーん、沢尻エリカって、あんまり好みじゃない。美人だけど、オネエチャンって感じで齢不相応に厚化粧だしなあ。とブツブツ文句を言いながら観てたら、あれま、ママさん役が意外に似合う。映画のツクリは東野原作だから、ラフですけど。無理があるっちゅうことですね。前半、中盤はぬるくて感心できないが、終盤のたたみかけは褒めていいと思う。終電に間に合わないという感じて、ぐっと盛り上げてくれた。桜並木を家族三人で歩くエンディングは気分いい。カメラがクレーンでどんどん上がっていって、小田和正の「言葉にできない」が流れる。昔はダサイと斬って捨てたけど、今はこれでいいのだと思っていたら、いきなりのブラックアウトだもんな。あとはクレジットだけ。うん、満足でした。

矢崎仁司の「ストロベリーショートケイクス」。なな、なんなんだ。ダジャレじゃなくて、困惑した作品だ。褒めようがない。むりやりひねり出せば、冒頭近くの右から左へ、そしてまた右への往還横移動がジム・ジャームッシュみたいなところ。みたいじゃなく、へたくそなパクリだが。。。
ふーぞくの電話番、ふーぞく嬢、やけに重たい結婚願望女、過食症の四人の女たちのドラマですからね。悪趣味で、フェティッシュなくせに、エロスだけない。ライティングとか、基礎ができていない人に監督をさせるのはどうかなあ。

川野浩司の「Love My Life」。際物かと思ったら、おおまじめだった。まあ、最近の吉祥寺の状況がよくわかりました。「ストロベリーショートケイクス」よりはきれいなぶんだけ、エロティックでした。(マル)吉井怜さんはとてつもない難病を克服されたそうで、これはおめでたい。映画はこんなところでいいでしょう。

本広克行の「UDON」。他愛なく面白いっていうのも、当節の邦画では貴重なことだ。いわゆる企画ものという括り方ができるが、伊丹作品のようないやらしさがないぶん、マッタリ気分。もちろん、亀山=本広コンビだから計算はできているのだろうが、朴訥系で観ていてホンマ楽しい。こういうバカバカしいのは大好物だ。欠点は冗長なところかな。もう少し刈り込んで短めにすればずっとよくなると思う。

根岸吉太郎の「雪に願うこと」。ばんえい(馬ソリ)競馬を舞台にした人間ドラマだ。根岸にしては
移動撮影が多い。白樺林や薄暮のロングショットがよい。まあ、これ、全篇にわたって相米慎二を意識して撮っていて、監督の気持ちが映像に滲んで、こんなにやさしい人とは、お見逸れしました。テーマは血族っていうのは厄介だが、存外いいもんだねということかな。好みではないけど、出来はかなりよい。

「虹の女神」だが、これが一番かな。爽快感のある青春のレクイエムだ。ちょっと、しゃれた感じだ。虹の写メールが小道具として、うまく使われている。だが岩井映画というのは、陰影にかけるね。これって、けっこう致命的なこと書いちゃった。不思議なご縁で、上野樹里の全映画を観たことになるが、少し不気味な存在感がある。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-07 17:49 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

ラブコメってなんだろう

 昨夜は「プラダを着た悪魔」と「イン・ハー・シューズ」の二本を観て、おとといが「ピクチャー・パーフェクト」だったから、みんなそこそこ面白かった。プラダはラブコメだが、他は違うな。

 ラブコメが好きだ。観はじめると、止まらない。I can't stopだ。でもロブ・ライナーの「恋人たちの予感」やノーラ・エフロンの「めぐり逢えたら」「ユー・ガット・メール」はラブコメではない。恋愛映画であり、ロマンティク・コメディである。どう違うか。

 思うにロマンティク・コメディだと、よき時代のパラマウント映画のようであったり、四季の風物が描かれていたり、あるいはちょっとニールサイモンのドラマふうであったりと、映画独特の味わいがある。つまりレオマッケリーの「邂逅」やリメークの「めぐり逢い」(グレン・ゴードン・キャロンのじゃないよ)のような方程式があるように思う。だがラブコメとなると、この方程式は成立しない。方程式があるのが映画なら、ラブコメはマンガだ。じっくりと画面など観ないで、寝ころんで観たり、途中トイレにたってもいい。その先から観れるような作品だと思っている。とっても失礼な話なんだけど。

 思い返すと「ブリジットジョーンズの日記」なんかは、うまくできたラブコメの傑作でしょうね。ラブコメの本質は戯画化だと思う。誇張で笑いをとる。クスリではなく、スラップスティックでもない。あまりお上品ではない笑いだ。映画だと破調だが、ラブコメならOKみたいなところがある。ジェームズ・アイヴォリーがラブコメで憤死しましたね。つまり船頭偉大にして映画海に沈む、というか、「日の名残り」の格調からラブコメにつながるかあ。たとえばの話だが、ジョゼフ・ロージーが「唇からナイフ」を撮ったけど、あれは前衛的なアートですよね。モダニズムだもんね。

 そこでよく出来た方のラブコメってなんだろう、としばし3分。リーズ・ウィザースプーンの「キューティ・ブロンド」、ケイト・ハドソンの「10日間で男を上手にフル方法」、あとリンジー・ローハンの「ミーン・ガールズ」あたりかな。まあ、かなり偏差値は低めだなあ。アダム・サンドラー系はほんとうは重たいのでラブコメとはいえないし、ウェインワンやキャメロン・クロウは作家性があるぶん、ラブコメとロマコメの中間で、まことに中途半端な出来損ないの作品になっている。「エリザベスタウン」とかね。

 まとまりがつかないが、また、まとまるものでもないけど、キュートなアイドルが主役で、マンガチィックで、音楽のノリのよさを追求した映画を、かりにラブコメだとしよう。「プラダを着た悪魔」はアン・ハサウェイがチャーミングだった。メリル・ストリープは体質的にダメなめずらしい女優だったけど、「マディソン郡の橋」「アダプテーション」とこれ、好きではないけど、演技は憎たらしいほどうまい。とくに言葉の調子や声かな。satcのディビット・フランケル監督は、テンポがよく、細かいカットをうまくつなげて、切れのよい演出である。でもファッションがわからないんだよね、アン・ハサウェイのダサイとされたセーターの方が好きなんだけど。あ、ロリコンではないですよ。

 「イン・ハー・シューズ」。このタイトルの書き方、文法で勉強しましたねえ。うんと昔なのに憶えている。ふ・し・ぎ。。。L.A.コンフィデンシャルのカーティス・ハンソン監督作品。キャメロン・ディアスはふけたなあ。ベスト・フレンズ・ウェディングのころは、溌溂としていて、ジュリア・ロバーツを食っていたけど、いまや食われる立場だね。メーキャップだろうが、暗い目をしていた。わざとシャドーを濃くしたのかな。さてハドソン演出の特徴だが、おちついた感じを大切にする人だから、テンポはゆるやかになる。悪く言えば、ときどき間のびした雰囲気になる。これはプラダの後で観たこともあるが、静的な構図の長いショットが持ち味だ。だから、クローズ・アップが生きてくる。クローズ・アップが大胆だから、ディアスの粗がよくわかるわけ。シャーリー・マクレーンがとってもうまい役どころで、姥桜もいいところだけど、素敵だ。なんだか、ハーバート・ロスの「マグノリアの花たち」のような感じになる。うん、これはラブコメでもロマコメでもないが、懐かしいような上質な映画である。

コンフィデンシャルもそうだったけど、キム・ベイジンガー同様、ディアスのプロポーションが堪能できる。でも裸じゃないからね。体形がすこし崩れかけてるし。。。詩人エリザベス・ビショップや,E.E.カミングスの詩が彩りを添えている。少しだけ勉強したことがあるので書いておく。詩の中の、the root of the root, the bud of the bud, the sky of the sky は韻を踏んでいるんだよね。だがディアスはこれを演じて、よかったのかなあ。ふむ、むつかしい。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-07 11:49 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

はじめての小説

 本を読まない子供だった。勉強なんかしたこともない。こう書くと、でも成績は悪くはなかったふうだが、悪かった。草が茂った原っぱで、一人暴れていたという。ポプラ社の児童小説とか、親から買ってもらったけど、一行も読んでない。「ALWAYS 三丁目の夕日」の頃は、8歳だった。だから、少年サンデーや少年マガジンはもうすこし、あとかもしれない。漫画はたくさん読んだ。漫画の前に、父に手を引かれて、東映時代劇はよく観た。チャンバラは楽しかった。父親が大川橋蔵がヒイキだったから、新吾十番勝負や若さま侍捕物帳は全部観てる。だから松田定次は黒澤より、先に憶えた監督である。

 そんな流れだから、正統的な本の読み方をしていない。最初に読んだ本はたぶん、源氏鶏太か石坂洋次郎だと思う。源氏鶏太が先ではないかな。NHKの週一の連ドラで「東京丸の内」という番組があって、OLの青春ドラマを母親が見ていた関係からだと思う。青春群像ドラマだが、順列組み合わせのように、カップルができていって、必ずはみ出てしまう人が一人はいる。これが源氏作品の持ち味で、リアリティーとペーソスがあった。金ツマの原点だ。
 石坂洋次郎は日活の「あいつと私」を観てからのことだと思う。芦川いづみの雨のキスシーンを観て、性に目覚めた。だから源氏鶏太の「三等重役」や石坂文学なら「石中先生行状記」「若い人」のような代表作は後回しで、物語展開があって、都会的な青春小説ばかりを読んでいた。恋愛と性ですね。もちろん、短篇は読んでいない。ストーリーだけの興味で読むから、小説の味わいなんてわかっていない。でも今思うと、みんな都会的な小説で、そこそこユーモアがあって、シチュエーション・コメディのつくりになっている。そこがツボだったみたいだ。

 ふつうなら武者小路実篤とかにゆくのだろうが、文盲のまんま、いきなり物語性のある新聞小説を読んだので、しばらく迷走を続けた。読書傾向からすれば、矛盾はしないけど、作品水準は退行したと思う。秋元書房の赤松光夫のジュニア小説はよく読んだ。後になって、秋元文庫になったのではないかな。これもユーモアがあって、軽くて、思春期の物語でけっこう面白かった。全部、読んだと思う。後の赤松ポルノは読んでいない。
 もう一つの流れは春陽文庫で、中野実とか、軽快で風俗性に富んでいてよかった。けっこう、マイナーな艶っぽい作家も文庫に収められていた。明朗エロ小説も堪能した。

 中学三年の受験の頃になると、井上靖、丹羽文雄、そして松本清張など中間小説を授業中に読んでいた。清張は亡くなる頃の作品も含めて、ほとんど読んだのではないかな。もちろん、短篇も含めてだ。彼の場合、初期の短篇が素晴らしい。

 高校になって、ラディケ、プルースト、マルロー、ワイルドとか読んだ。後のギュンター・グラスやマンディアルグもそうだが、にわか背伸び路線である。だが、児童文学の全部といっていいくらいが欠落している。アンデルセン童話、ロビンソン・クルーソー、モンテ・クリスト伯も読んでいない。それなのに、スコット・フィッツジェラルドやバッド・シュルバーグの文体がいいとか、ジェイン・オースティンやフィルポッツの田園描写は凄いとか、シッタカだよなあ。でもたぶん、この性格は直らないだろう。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-06 07:21 | 雑文 | Comments(0)

一病息災ーだったらいいけどなあ

去年の夏に病気をして、はじめて入院した。8泊9日だった。病気は頭のなかの出血である。硬膜からの出血だった。ほんとうはたいしたことないらしい。脳脊髄膜は内側から言うと、軟膜、クモ膜、硬膜の三層から構成されていて、硬膜の外側が頭皮だ。じつは、酔っ払って、ヘッドスライディングのようなかたちでマンションの床に頭部打撲をしたのだ。なさけない。すぐさま出血するのが急性で、一ヶ月くらいかけてすこしづつジワジワと出血するのが慢性という。後者だった。

でも片麻痺になったし、認知症にもなった。受診するとき、片方が靴で片方がスリッパの不ぞろいであったり、ズボンの上に短パンをはいていたり、片足を外に出したまま、タクシーのオートドアを閉めてくださいと示唆したりで、やっぱりかなりヘンだった。

なにせ、診断から即日入院の即日手術だから、いやもう速攻で動揺する暇がない。じつは採血すると倒れてしまうので、健康診断の採血から25年以上の逃亡者だった。お恥ずかしい。酒は最低でも三合は飲んでいたし、休肝日なんて辞書にない。そんなことできるなら、断酒できると思っていた。タバコはぐっと減ったけど、30本は吸っていた。

アルコール依存症だが、禁断症状はまったくでなかった。天井に虫が這うとか、よくいうでしょう。でるんじゃないかと、心配だった。よかった、よかったでした。でも、病院でいろんな人生模様を見聞した。よい経験ができた。結果論ですけれど。少しだけ、まるくなれたような気がしないでもない。

これで肝硬変にならなかったのは幸運だった。もっとも、手術前はγーGTPは300あった。けど、ウィルス、胆汁、糖尿関係、ピロリ菌などとりあえず、問題なかったのは親に感謝しなければならない。入院中、採血は四回もした。25年間で0回で、8泊で4回とはバランスを欠いているなあ。勤務先の定期健康診断は春は逃げたから、この夏に採血するけど、結果はどうだろう。今は三休四飲だから、一週間はアルコール・ホリデーにしないとダメかな。

脳の病気はみんなが心配してくれる。過剰なくらいだ。まあ、場所が場所だもんなあ。好んで患うとこじゃない。
この病気とは無関係だと主治医が言っていたけど、禁煙している。血圧にテキメンですね。140以上ー90以上が自宅の標準だったのが、110-120、70-80で推移しているから、これって、禁煙しか思い浮かばない。
やっぱり、脳萎縮を考えると、週2日の飲酒くらいがよいのだろうが、それは出来ない相談だよなあ。最近、健康オタクになって、天然酵母パン、ライ麦パン、玄米パン、フランスパン、イギリスパンなど、ためしている。なにがいいのだろうね。

満開の桜も色づいた山のモミジもこの先、何回だって見たい。
このフレーズは竹内まりやの「人生の扉」からだが、90すぎまで生きたいな。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-05 11:17 | 雑文 | Comments(0)

DVD雑記帳(2)-バカみたい

バカみたいな気分である。「ラブ★コン」「彼女は最高」「7月24日通りのクリスマス」と並べると、まあ、どうにか話題になるのは「7月24日通りのクリスマス」くらいだ。おはなしにならない。けど、作るがわはそれは真剣だろうから、脱兎のように感想を書いておく。

「ラブ★コン」は二度目の挑戦だ。前回は途中で耐えられなくなって、放り出してしまった。映画を愛する一人として、何とか”通し”で観ようということで、江國香織さんのエッセイをパラパラめくりながら、映画を観た。まあ、映画の方は正面から向き合うと「苦痛耐えがたし」なので仕方ないとしても、江國さんには失礼だった。「ラルフへ」と「妹の不在とその影響」を読んだが、江國さんのエッセイは小説のような調子がでない。ときたま、映画はクリスマスだったり、花火が上がったり、小池徹平クンが豪快なダンクシュートを決めたりする場面で、「オッ、これは」となるけど先が続かない。でもエッセイのお陰で最後まで観た気分にはなった。エッセイのあとがきで俵万智さんが「ラルフへ」というエッセイは最初読んだとき、泣きそうになったとある。
そんなによかったっけ。で、今日、正座はしなかったけど、読み返しました。つまりこれ、小説と違ってことばの切れがないっていうか、抑制のきいたキリリとした文章ではない。だから、らしくないと思う。あ、絵本のエッセイは好きですよ。当たり前か。

「彼女は最高」は、ゴヒイキのエドワード・バーンズ監督で、前作の「マクマレン兄弟」が素晴らしくよくて、本作の後の「ロード・トゥ・ヘル」も小佳作でした。アイルランドの兄弟ものが通底するテーマだ。といっても、フォードとは違って、小味で、あったかなユーモアがある。今現在だって30代だから、有望である。だが,この作品も兄弟ものだが、人間が描けていない。アイルランド系じゃないと乗れないのかなあ。キャメロン・ディアスもたいしたことないし、まあ、ファンだけご覧になれば・・・という感じかな。

「7月24日通りのクリスマス」。長崎ロケはよい。村上正典監督は若松節朗と「恋のチカラ」の演出をしていた頃から知っていて、この映画でもカメラワークには光るものがある。デビューの頃の相米慎二よりもうまい。ツクリは「ラブ・アクチュアリー」のイタダキで、クリスマスの一ヶ月前から週単位で区切っていく進行である。でも、ホンが絶望的につまらない。そこそこ力量のある俳優がそろっているのにもったいない。一部、ドーネンの「パリの恋人」を彷彿させるシーンもある。リスボンのロケはいらないし、中谷美紀の役は当初の予定では竹内結子だったそうである。
だが、「恋のチカラ」から観たものとしては、深津絵里と堤真一だったら、かなりおもしろくなっていたかも。。。と思ってしまう。もちろん、シナリオは徹底的に叩く必要はあるが。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-05 00:52 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

DVD雑記帳(1)ーこまったなあ

DVDばかり観てる。「県庁の星」は面白くなりそうな企画だが、駄作だ。”ルビッチならどうする”をまねて、ホイチョイならどうする。笠原良三、田波靖男、松木ひろしならどうする、そして井手俊郎なら・・・と問うてみた。ソフィスティケーション・コメディーの味にはなったろう。せっかくのシチュエーション・コメディーを見逃しの三振にしてしまったのは、とても残念に思う。

 堤幸彦監督の「明日の記憶」は、人様のブログだと泣けた、泣けた、こらえきれずに泣けたっけ。。。と、”別れの一本杉”状態である。昨年の夏、唯一治る認知症(慢性硬膜下血腫)なったものとして、不安な気分で観た。けど、冒頭の切り返しのただれた夕焼け(美しい夕焼けのつもりだろうが)の一連のシークエンスはCGだ。この手の作品ではあってはならないことだと思う。

 西川美和監督「ゆれる」。これって、リドル・ストーリーのつもりなのかなあ。これを観て、兄弟関係を考えると、とっちらかって収拾がつかなくなるから、厄介な兄弟関係なら観ないにこしたことはない。香川照之はなにを演じてもいいなあ。

 李相日監督「フラガール」は手だれで、基調はシチュエーション・コメディーなのだが、この映画が一位というのは、悪い冗談だ。とんでもハップン、歩いて15分の映画である。この監督は勝負球を持っていないか、あっても勝負球を投げていない。だからダメである。

 佐藤祐市の「シムソンズ」は拾い物だった。スポ根とガールズ・ムービーが合体したプログラム・ピクチャーだ。カーリングというスポーツからして地味で、恋愛もキスもない生きた化石状態の少女たちだが、アンチクライマックスであり、四人の少女たちがそこそこ描き分けられている。「ストロベリーショートケイクス」のようなあざとさがない。清潔な映画だ。

 大谷健太郎の「ラフ」。獅子文六の「箱根山」でもロメオだってよいけど、その設定がまったく生かされていない。この映画にはリズムも、季節感もない。語るにおつる映画である。
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# by nonoyamasadao | 2007-07-03 17:52 | 雑文 | Comments(0)

”喪失”の作家小川洋子と黄色い色彩ー博士の愛した数式

 このところ、毎晩DVDを観ている。でも、書くのはおととしに観た映画で、「博士の愛した数式」である。原作の小川洋子さんについてちょっと書く。「冷めない紅茶」から読んではいたけど、不吉な予感が漂う作風で、当初はとても微妙なポジションの作家だった。エッセイなど読むと、恐れ多い感じの人だが。。。まあ、皮肉を書いているのだが、似て非なりの江國香織ほど好きにはなれない。でも文体はスタイリッシュだ。彼女の嫌み加減が気にならなくなったのが、この原作のころからだ。

 小泉堯史監督は「雨あがる」から端正な画面構成で、フィックス・ショットが冴える正統派だ。この作品だとロケがよい。早春の樹木がきれいだ。黄色と白の花が遠景でぼやけて見える。あの黄色いのはたぶん、さんしゅゆ、連翹、むれすずめだろうとか、白いのはあせび、ゆきやなぎかなあとか、低木が気になってしょうがない。それが楽しいのだけど。空も澄んでいる。

 物語作家を峻拒する小川洋子さんだが、この作品だと、ストーリーテリングがうまくいっていて、喪失と愛惜が巧く配合されて暗くはならない。映画の好みなら文句なしだが、客観基準で採点するなら、年間ベストテンの圏外だろう。博士の記憶が80分というのは、短期的記憶を長期的記憶に変換できない失調をもつ「50回目のファーストキス」のドリュー・バリモアと同じである。採点が辛くなったのは、吉岡秀隆くんの回想から始まって、進行してゆくという展開が”あらぬこと”だからだ。その細工で失敗している。博士の寺尾聰、シングルマザー家政婦の深津絵里、少年の√クンだけで十分だ。義姉の浅丘ルリ子の役回りは実は深いのだが、巧く描けていない。

 エンディングの陽だまりのキャッチボールは、「フィールド・オブ・ドリームス」みたいでほほえましいが、やっぱり、原作の方がいろんな意味での一幕だったと思う。

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博士の愛した数式@映画生活
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# by nonoyamasadao | 2007-07-02 21:14 | 江國香織 | Comments(0)

はじめまして

いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。
これは紛れがない。

それが三休四飲になって四ヶ月。ついでに自発的に禁煙もした。
休肝日の過ごし方って、むつかしい。

それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。
大好きな川上弘美さんは読書三昧の日々を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと
謙遜して書いていたが、うん、こちらは実感です。

でも竹内まりやのアルバム「denim」の一曲のように、50代というのも結構、niceなんだよなあ。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-01 00:00 | 川上弘美 | Comments(5)

森永ではない、風味絶佳のお味

2チャンネルでいっぱい綴っていたら、スレストで追い出されてしまいました。
どうせならということで、最近、書いたことを思い出してみる。

「ジュガー&スパイス 風味絶佳」は、やっぱりまごついた出来でした。
ロバート・マリガンの「おもいでの夏」のタッチというのはかなりデタラメで、
年上の女性との恋が似ているだけだ。

ジェニファー・オニールが沢尻エリカだなんて、ちっともせつなくない。
くやしくて少しジタバタしたので、山田詠美の原作を読んだ。

こちらはかなり素敵で、昔、ムーミンパパがよくいっていた「宝石のような小説が書きたい」
というのを思い出した。

調布あたりで自転車がこけたり、わざとらしいのだよね。
でも柳楽優弥クンのめじから、これは凄い。ホンモノかも。。。。。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-01 00:00 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

三作まとめて乱れ射ち

昨夜はDVD三つ。三本立ては高校の頃、よくさぼって吉祥寺オデオン座でよく観た。マーク・ライデル「女狐」、フレディ・フランシス「残酷の沼」、電撃フリントもここだった。「地下鉄(メトロ)に乗って」を観たら、新中野のオデオン座が再現されてたっけ。今は昔のことだ。

「ル・ディヴォース~パリに恋して~」は、落ち着いた演出の名匠ジェームズ・アイボリーが絶不調で、イギリスじゃないと調子でないのかしら。「幸せのポートレート」は硬質な作品で、急進派リベラルの自虐を含んだ諧謔もあって、「ラブ・アクチュアリー」を超える大ヒット!という宣伝がミスリードである。原題だって、ストーン一家のお話だから。「椿山課長の七日間」、本当はたぶんこれが一番爆笑哄笑になりえた作品だが、演出のテンポ・カッティングがいかんせんダメだから、出来損ないになってしまった。

この三作の女優について書いてみよう。一作めのケイト・ハドソンは、うーん、苦手だ。お母さんのゴールディ・ホーンなら大好きだけど。ドリュー・バリモア、ジェニファー・ロペスもダメ。なんか傾向があるのかなあ。あつくるしい。笑顔なんかは可愛いけどね。二作目だと、「君に読む物語」のレイチェル・マクアダムスは美人だけど、意地悪・いじられポジションが多い。クレア・デインズはオルコットの永遠のベストセラー「若草物語」から知っているけど、すっかり大人になって、温かみありつつの、理知的な実力派である。ここのところサスペンス系の映画が多くなったような気がする。最後の西田敏行の生まれ変わりの伊藤美咲さんは表情が乏しいというか、ファーニーな感じがない。ギスギスした感じで好きじゃあない。志田未来はかわゆいけど、孫世代か?

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# by nonoyamasadao | 2007-07-01 00:00 | ミステリ映画 | Comments(0)

原風景~ただ、君を愛してる

「ただ、君を愛してる」の森と沼はきれいだ。
我が心の原風景はどこだろう、と考えた。

それはたぶん、善福寺公園だと思う。それも陽が西に傾きかけた頃だ。
貸しボート屋があった。池に向かって古びたベンチがある。

池の水は冷たい色だった。山モミジの朽葉が池の面を浮遊していた。
だから季節は秋だ。
映画のようにスナップ写真は撮らなかったが、想い出がある。

黄昏になって、木々の枝は暮色の中で姿を消して行った。これ、40年以上昔だ。
この映画はそんなキブンを思い出させてくれた。
色あせた風景に、さんざめきが蘇った。そんな錯覚を覚えた。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-01 00:00 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

「ターミナル」は凡作じゃない

かなり年少の友人から聞いて、スピルバーグの「ターミナル」を観た。全篇、JFK国際空港内の話だ。みやげ店、本屋、トイレット、待合室など、グランドスタッフがよく描かれてて、後半は往年のハリウッド映画のようでゴキゲンになった。英語上達は、ん?だけど、みんなマジメなのね。

ついでといっては失礼だが、ロン・ハワードの「ダ・ヴィンチ・コード」だっていい。嘘八百だっていいじゃんか。ピルグリム・ミステリと今は言わないかもしれないけど、あちこち観光するシステリをそう呼んでいた。パトリック・クエンティンとか清張もそうだ。ルーヴル美術館が詳しく見れた。黙示録とかいって、「薔薇の名前」とかと比較検討するからダメなんだよ。あれはあれ、これはこれで、いいではないか。

今頃になって、青山七恵の「ひとり日和」を読んでる。よみさしだけど山田詠美が退屈だといって、慎太郎が絶賛したのはよく分かる。悪文でしょうね。でも恋人の浮気現場を見て、期末試験が終わった帰り道のような気分とか、毎日ワンパターンで晴れるとか、ぶっきらぼうで、放り出したような文体はハードボイルドタッチで気持ちいい。なぜか「祇園の姉妹」が浮かんで消えた。

「ターミナル」追記。好みではなかったキャサリン・ゼタ=ジョーンズが素敵だ。セックス中毒のウォーレン・ベイティ、暴れん坊の種馬ラッセル・クロウ、そしてキャサリンの旦那さんのマイケル・ダグラスなど、あちらは女性にだらしがなくても、左翼のインテリだったり、映画を作ったりで、結構、若いお嫁さんをもらって子育てしたりして。。。。うーん、ご同慶の至りだ。裏山しいです。

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# by nonoyamasadao | 2007-07-01 00:00 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)