いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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雪の断章

  11月に東京で、雪が降るのは54年ぶりだという。
ということは、ボクは小学生の最後のころだろう。
フム、思い出せない。
中央自動車道の八王子インターのあたりだろうか。凍てついた路面が映し出される。
そっか、東京は雪か。
いや、よそごとである。

 かと思うと、東山の東福寺では、もみじ紅葉の見ごろである。
やっぱ、紅葉は、イチョウ並木の黄葉もよいけれど、ケヤキ、カエデ、そして、ナナカマドが好きだな。

 ほんとうは、橋上での写真撮影は禁止なのに、みな、ケータイでバシャバシャ撮ってる。
フム、気持ちはわかるけれど、昔の日本人は、そういうルールは愚直なまでに守ったもんだ
守らなかったのは、ワタクシのような無頼漢だけだった。今や、ワタクシだって、守る。
いやはや、困ったもんだ。
いや、よそごとだ。

 仕事が午後近くにあって、11時を過ぎたころ、家を出る。
うっ、さぶっ。
風が冷たいというより、寒い。
そっか、東京では雪だもんなあ。いや、よそ事ではなかった。

 風といえば、風邪が流行っている。
若い女子で、声が出ない人を何人か知っている。
それも、ガラガラ声やかすれ声ではなく、空気音だけでしゃべるような感じである。
そっか、9月の下旬だったか、喉がめずらしく痛くなって、インフルのような発熱で寝込んだのだった。
去年はインフル1回、今年はインフルとインフルもどきで2回寝込んだ。
今までは、インフルなど一度もかからなかったけど、昨年あたりから、自信がなくなった。
はてさて、今年は予防接種をしようか。
いや待て。この2年で、3回も罹ったということは、罹る可能性のあるパターンはほぼ、出尽くしたのではないか。
だったら、やっぱ、予防接種はサボっちゃおう。

 ゴホッ、ゴホッ。。。えへん虫のばかっ! ...という、 懐かしいCMがあった。
モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークに、バーカ、バーカ、エヘン虫、。。。というおバカな歌詞がつけられて、なんだか楽しかったのを記憶してる。

 今年、我が地では、雪は降るだろうか?
30年前、東京にいたころの大雪が、まぶたの裏に、一瞬よみがえる。
そっか、あのころは、まだ、堂々たる中年だった。
 すこしだけ、さみしい。


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by nonoyamasadao | 2016-11-24 16:06 | 雑文 | Comments(2)

学園祭の季節

 遠い昔のこと。あれは、中央線に乗って、信濃町を過ぎたあたりのことだったと思う。
電車がガタンと揺れたとき、シネ研にいた下級生の女子が、ボクは近寄りがたいと言った。
まるで、鉄条網でまわりを仕切って、女子には、寄るな、さわるな、シッシッと取りつく島もないといったふうだと言った。
そのまんまの表現ではないけれど、そんなことだったと思う。

 ああ、見透かされているなと思う。
ボクにとって、女性は、小学校時代の男子、女子のママで時間が止まっていた。
だから、女子とは何者か。
どんな生き物で、どんなことを考え、どんなことを話すのかなど、皆目見当がつかず、雲をつかむようなことだった。
野坂昭如さんだったと思う。
自宅の庭の物干しに、姉でも妹でもよいから、彼女らの洗濯ものでも翻っていたら、この心細い感覚は、随分と薄まったと思う。

 だから、長田弘さんのあるフレーズを、別なシチュエーションだが当てはめると、「話すこともなかった女子(正しくは人)とだって、語らうことができると知ったのは、死んでからだった」。
というような心境が、ピッタリだった。
これが緩和されたのは、三十路をだいぶ過ぎてからではないか。
 
 まあ、非モテを認めまいと、ハードボイルドに生きることを強調すると、逆に非モテのコンプレックスが異性には際立って見えてくるのだろう。
そのような屈折は、まあ、年令からくる感性の鈍化により、ことごとく消えてなくなり、今や、おばさんチックですらある。

 屈折時代の名残で、今でも残っているのは、群れるのが大嫌いなことかもしれない。
たとえば、立食パーティーなどで、見ず知らずの赤の他人と、さも楽しそうに談笑することなど、ぜったいに考えられない。
若い時は、どんなに憧れていた異性から一緒に来てと懇願されたって、家族やカップルや女子達でひしめくデパートの雑踏はめまいをもよおすので、行ったことはない。

 だから、学生が群れる学園祭は、今も、大っ嫌いだ。
大学時代の学園祭の時は、ただの一度もキャンパスには足を踏み入れず、高田牧舎のあたりから、たまに、イチョウ並木の通路の光景をチラ見する程度だった。
遠くから、さんざめきが風に乗って、聞こえるくらいで、ちょうどいい。

 昨日も、さんざめきを背にして、大きな緑のかたまりの金木犀の香りが漂う、並木のイチョウが色づく帰りの道すがら、今年の金木犀は香りが淡いなと思う。金木犀は、空気のきれいな場所で、よく花をつけるという。
そっか、道を隔てた先が空き地だったのが、大きなショッピング・モールになり、車の出入りが頻繁になったからかなとも思う。

 夕暮れが近い空気を、紅葉が秋の色に染め、はるか遠くの山にかかった陽がうるんで揺れる。
な~んか、人生を感じてしまう。冬の人生の色か。

 すこし風が吹いて、ケヤキ並木の梢がこちらも少しだけ傾く。舗道には、ケヤキの朽葉が散らばっている。
 枯葉は、凋落した葉である。いくら、うつくしい葉でも、いのち尽きた葉は、まだ、好きにはなれない。

↓本当は、落葉の喫茶店がよいけれど、本物がないので、次に好きなコレを。


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by nonoyamasadao | 2016-11-06 10:55 | 雑文 | Comments(2)