いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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<   2016年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

身辺雑記

 昨日は暑さでヘロヘロになりながら、それでも書店に行く。そこに流れている空気感に落ち着く。
本棚にずらっと並んだ文庫本コーナーを散歩するように、ブラブラしながら、写真の美しい趣味のコーナーや料理のレシピ本なども、興味津々である。じぃーっと見入る。
三年坂通りという、な~んともロマンティックな名前の坂にある書店を出て、川上弘美さんの書いていたことを思い出す。

 陽炎がゆらゆらと立ちのぼるような街角を歩きながら、最近、一番、数多く足を運んだ場所は、やっぱ、本屋さんだった。
二番目は、ソバ屋か居酒屋だと思う。
ソバ屋でビールを飲んで憩い、ゆっくりと陽が暮れていくと、ああ、今日も一日が終わるのだなあ、と少ししんみりする。
もう少し、年が行けば、涙ぐむのだろうか。だったら、やだなあ。
三番目は、スーパーか映画館だろうと思う。
けれど、最近は、『海街diary』も『バケモノの子』も、みんなDVDだ。
前者は、ちょっとだけ小津風で、後者は、評判悪いけれど、スペクタクルだった。

 こう暑いと、たまらなく北国へ行きたくなる。
でも、本当に行きたくなるのは、寒くなってからだ。
雪の舞う季節に、北国の温泉に行って、紅葉の終わりの旅館の庭の樹木など眺め、鍋料理を食し、雪見酒をすると、ああ、日本人でよかった。。。って実感する。
もっと、年が行くと、生きててよかったになるのかもしれない。

 まあ、あれやこれや妄想をたくましくして、夕暮れが近づく時間のころに、一週間の晴れたり曇ったりの出来事などをゆるりと振り返ってみるのも、人生の彩りになるのかもしれない。
人生には幾通りもの道があって、人生論などはまったく無縁で、これから先、ど~なっていくのだろうと漠然とした不安を抱えてた子供の頃が、懐かしい。
ま、今だって、晩飯は何を食おうとか、夜、観るDVDはなんにしようとか、即物的なことで、あ~でもない、こ~でもないと悩む。

 人間はいくつになっても、あんまり、進歩しませんね。

って、ボクだけか。


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by nonoyamasadao | 2016-07-31 13:23 | 雑文 | Comments(2)

幸福のシッポ

 伊藤ユミさんが亡くなられた。
とても悲しい。
『情報ライブ ミヤネ屋』を見ていると、今度は、永六輔さんが亡くなる。
う~ん、我が青春の影法師の最後のシッポが、突然に切り落とされた感じだ。
そういえば、ザ・ピーナッツに『幸福のシッポ』(永六輔作詞)という劇中歌があった。
でも、幸福のシッポは、♪つかま~えた 幸福のシッポというつかまえるもので、うしなうものではない。

 土曜日の夜になると、『夢で逢いましょう』は、中島弘子さんのなぜかいつも、首を右40度に傾けて、「今晩は」という、おしとやかで、エレガントなご挨拶から始まった。
エンディングは、坂本スミ子さんの『夢で逢いましょう』がサビ近くなると、だんだんと照明が落ちて行って、暗くなって番組は終わった。
ああ、今週の土曜日ももうすこしで終わるなあとさみしく思った。
『シャボン玉ホリデー』では、スターダストが流れ、ハナ肇がザ・ピ-ナッツをタヌキとからかって、ガツンと肘鉄をくって、歯をむくのがエンディングだった。

 どちらの番組も、ボクが小学生のころから始まっていた。
しっかりと記憶しているけれど、一番、印象深いのは、中学生2年ころかもしれない。
頭の中は、エッチな事だけで、爆発しそうで、いざ、学校では、女の子とろくに話もできなかった。
読書では、石坂洋次郎と源氏鶏太の文庫本は読みつくして、獅子文六の『てんやわんや』とか『箱根山』、丹羽文雄の『日日の背信』とか『献身』など読んでいた。
マンガ家のちばてつやさんは、ボクより年長だけれど、同じ年ごろに、同じような読書傾向だった記事を読んだことがある。
なんだか、うれしかった。ちょっとだけ、背伸びして、ユーモア小説や今でいう不倫小説を好んで読んでた。

 永六輔さんは、作詞家ではなく、ある種、天才的な詩人だったと思う。
ただ、ヒステリックなところがあって、テレビ局の生番組をドタキャンして帰ったとかの挿話はなんどもあった。
印象に残っているのは、TBSラジオの『永六輔の誰かとどこかで』で、これは、もう、彼の独壇場だった。
まあ、間断なくしゃべるのは頭の回転が速い証左だろうが、しゃべるしゃべる、アシスタントの遠藤泰子さんは、うなづくだけだったように記憶している。
ちょっと、ドグマティックなところが、好きになれなかった。
けれど、当時としては、ハイブラウで、洗練された都会的センスの構成作家だった。時に、それが鼻についた。

 ザ・ピ-ナッツのベストは、『私と私』(作詞 永六輔)だと思うけれど、やっぱ、ザ・ピーナッツらしいのは、宮川泰さんのアレンジが冴えた『悲しき16才』とか、『恋のバカンス』のイントロも素敵だった。
伊藤ユミさんと永六輔さんに合掌。

 昔は、夜空に散らばる星のように、憧れる人たちが、いっぱいいた。
大きい星や、小さくてもキラリと光る星が、たくさんあった。
それが、一つ消え、二つ消えと、段々と星が消えていって、もう数えられるくらいになった。
とても悲しいけれど、誰かが亡くなられると、その頃の想い出が走馬灯のように蘇ってくる。

 う~ん、ちょっぴりジーンとして、やがて、心がほんのりあたたまる。
また、ぼちぼち、本でも読もうかなという気分になった。


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by nonoyamasadao | 2016-07-13 17:55 | 雑文 | Comments(0)

あなたならどうする

  今日は仕事をしない日だが、雑事がたまって、市役所や銀行など、中心部に行く。
といったって、10分もあれば、行けるところだ。
この地の人は、中心部に行くことを、街に行くという。
これが、どうもピンとこなかった。
街なのか、町なのかも判然としない。

 せっかくの七夕だから、というので、デパ地下で美味いものでも買って帰ろう。
コチとヒラメの刺身を買って、ニラ饅頭を買って、かぼす釜de和風マリネ風みたいなのを買い込む。

 七夕の短冊に書くなら、お隣に美人の料理研究家か、美人のお茶の先生か、美人のお花の先生がお引越しで来るように・・・とか書いてみたい気分が、濃厚である。幸い、今、お隣は空き家になっている。すくなくとも、ずっとお留守だ。
昔は、老後は谷中で・・・とか、老後は書店主に・・・とか、生涯現役の意欲満々だった。
最近、すこし弱って来たのかなあ。
お隣さんをあてにするようじゃねえ。感心できない。

 イカンなあ。
でも、鉢花専門店なら、いまでもやってみたい。
ミステリ専門の古書店もいいかもしれない。

 ほんとうは、優柔不断な性格が治りますようにとか、ちょっとはあったと思う可能性やそのタイミングを逃さないようにが、きっと似合っているのだろう。
でも、ツーレイトである。第一、性格だもんな。
私のどこがいけないの?

 あっ、そういえば、昔々、いしだあゆみさんの『あなたならどうする』って、歌があったな。
♪私のどこがいけないの
♪それともあの人が変わったの〜
♪あなたならどうする。。。って、2度、繰り返す歌が、はやった。

 調べたら、1970年3月、発売だった。
あ、思い出した。
そういうことを言うから、優柔不断だって、当時、先輩から叱られたのだった。

 46年間、煮え切らないのは治らない。
それだから、まだ、夢を見たまま、時間だけが流れているのかもしれないな。


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by nonoyamasadao | 2016-07-07 22:10 | 雑文 | Comments(0)

晴れたり曇ったり

 いつのまにか、7月になっていた。
健康診断の結果を聞きに行く。
毎年のことだけれど、いつも途方に暮れ、出掛ける。
最悪のシナリオを想定せねばと思いきかせるのだが、その日の朝は、きまってドーンと暗いキブンになる。修行が足りない。
まあ、健康な人間のエゴに他ならないのだけれど・・・。

 検査結果は、ハッピーな結果だった。
でも、ここ数年の数字と較べて、やっぱ、落ちているよな〜。。。などと、贅沢にも眺め、ハァ〜とため息をつく。

 まあね、よく、考えれば、明日死んじゃったって、おかしくはない年令に差し掛かっているのだ。
でも、その自覚とか、覚悟など皆無だ。
胸を張って言えることではないけれど、覚悟などな〜んもないし、1年でも長く、生き延びたい。

 人生など語る資格などないし、そうしたら、おしまいだと思って生きて来た。
そ〜んなワタクシですが、人生は、晴れたり曇ったりだと思う。
ずーっと、晴れの日ばかりが続く人は、ずーっと曇りだけの人や、雨ばかりの人と変わりないような気もする。
じつは、大きく違うのだが、キブンの浮き沈みだけなら、同じレベルかもしれない。

 晴れたり曇ったりは、誰にもあって当たり前なのだろうが、順番からすると、曇りのち晴れの方が、ぜったいによろしい。
ボクたちは、いつ死ぬか分からないからって、推理小説は結末から読むというのは、『恋人たちの予感』のビリークリスタルのセリフだ。
けど、うしろから読んだって、読んでる途中で死んだら、同じじゃんか?。違うか。
 
 じゃあ、ボクは、ストイックに生きて来たのか?
違うな。
握り寿司など、好きな順に食っていた。
それを見て、亡父は、この子は享楽的だな。。。と、さみしそうに呟いたという。
フム、そうだったのか。
たしかに、若いころは、享楽的だった。
こと、異性関係を除けば、そうだった。
異性関係だけは、ストイックだった。
いや、見栄を張ってはいけない。非モテなだけだ。

 外見がだいたいパッとしないし、難しい本は無理して読んでいたし、映画ばっかり観ていた。
こういう男子は外見がよくたって、モテナイと伊坂幸太郎さんは『重力ピエロ』の会話の中で、書いてた。
井伏鱒二の『山椒魚』の書き出しの山椒魚は悲しんだ。。。。に影響されたのは同じだけれど、ボクがもてなかったのは、映画や読書の結果ではない。

 どうやら、梅雨明けふうの昼下がりの13時前後に、猛暑日のような日差しを浴びて、背広にネクタイで帰る中、ああでもない、こーでもないと上のような想念が陽炎のようにゆらめいて、たゆとう。
おことわりしておくが、わけわからん想念は熱中症からではない。強い陽射しは、堪えるが、不快ではない。

 ここの処、忙しいし、若いころと違って、疲れもとれにくい。
でも、この1週間の中でだって、やっぱ、晴れたり曇ったりってある。
夕方が近づく放課後の時間に、日々の暮らしの晴れたり曇ったりを思い返して、ゆるふわと生きていたいなって念願しつつ、3日ぶりのビールをいつくしむように丁寧にコップに注いで、飲む。
しみじみ、今年も、一応だけれど、検診クリアでよかったなと感謝する。

 だいぶ、テレビの連ドラDVDも観たなあ。
そろそろ、50年近く昔の、読書三昧、ミステリ三昧のころに、戻ってみてもよいかな。。。っという気分が濃厚である。
はてさて、どうなるか。


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by nonoyamasadao | 2016-07-05 18:57 | 雑文 | Comments(2)