いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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カテゴリ:中村八大( 18 )

ジューン・ブライド

 麹町勤務のころ、ときおり目にした建物のサンミュージックの相沢秀禎氏がなくなった。
久しぶりに、桜田淳子さんを見て、やっぱり美しいなあ。。。って思う。合掌。

 六月に入って、あたりまえだが、梅雨らしい感じがする。 
ザ・ピーナッツのお姉さんの伊藤エミさん(澤田日出代)さんが亡くなって、はやくも1年が過ぎようとしている。
このところ、youtubeで、彼女たちのめずらしい曲を見つけては、よく聴いている。

 なにぶん、50年ぶりくらいに聴くのもあったりして、しんみりしたり、ウキウキしたり、気持ちはジェットコースターのように大きく揺れる。
めずらしい曲を聴くと、若いころの不安定で頼りないのだけれど、それでいて、キラキラしていた甘い憂うつが、胸のなかに蘇ってきた。
こんな気分は久しく、忘れていた。

 ああ、ずいぶん長い時間が流れたのだなあ。。。と、幾分、無為に過ごした悔いも襲って来たりもする。
でも、ピーナッツがいて、クレージーキャッツがいて、まだ子供だったスパーク三人娘がいた。
そして宮川泰さんがいて、青島幸男さん、河野洋さん、秋元近史ディレクターもいた。
彼ら、彼女らが融合して、ザ・ピーナッツを囲んで、作り上げた時間は宝石のような時間だった。
ザ・ピーナッツを囲む世界も青春群像の只中にあり、まだ子供だったボクは、はやく大人になりたくて、まぶしく、ひたすら憧れていた。

 記憶が曖昧なのだが、小学生の低学年の頃、河田町のフジテレビに行った。
『ザ・ヒット・パレード』の司会は豊原ミツ子さんのころで、都内見学だったような気もするが、どうしてフジテレビのなかに入れてもらえたのだろうか。
結局、扉を少しあけて、中のライトに照らされた光景を垣間見ただけだったが、あの華やかなピカピカした空気は今も、忘れない。

 ザ・ピーナッツを最初にテレビで見たのは、『可愛い花』のはずだが、それは後付けでみたような気がしないでもない。
『情熱の花』からは、よく覚えている。
最初の頃は、カバー曲が続くが、『情熱の花』と『悲しき16才』は大好きだった。
リアルタイムで観た、東宝怪獣映画の『モスラ』の南海の小美人姉妹も強く、印象に残っている。
どこの子供も、それは同じに違いない。
モスラは何作あったのだろう。全部観ている。

 『キングコング対ゴジラ』の併映が、たまさか『私と私』だった。
軽井沢に伊藤ユミさんがいて、伊豆のバスの車掌さんが伊藤エミさんだった。
伊豆の高原を伊藤エミさんがサイクリングしていたシーンは、今も覚えている。
 見方によっては、同じころの新聞小説だった川端康成氏の『古都』のようでもあり、エーリッヒ・ケストナーの『ふたりのロッテ』を下敷きにしたようでもあった。
これも同じ頃だが、ヘイリー・ミルズの『罠にかかったパパとママ』もあって、何が一番最初だったのだろう。
蛇足だが、『罠にかかったパパとママ』はずっと下って、ナンシー・メイヤーズ監督がリンジーローハン主演で、『ファミリー・ゲーム/双子の天使』でリメイクもされた。

 『私と私』は、当時としても、牧歌的で、ゆっくりとした物語展開だった。
脚本は東宝の洗練コメディーの書き手の笠原良三さんだったし、演出も軽量モダニズム作家の杉江敏男監督だった。
だから、プログラム・ピクチャーなのに、ちょっと洗練されてた。

 今、見直したら、愛おしい映画のように思うか、ひょっとしたら睡眠薬の効果しかないか。
どっちなのか、あんまり自信はない。
ただ、テーマ曲はyoutubeで聴けるのだが、プロテクトされていて、残念だが貼れない。
 永六輔作詞=中村八大作曲のこのテーマソングは、ボクが一番好きなJ-POPかもしれない。
♪私はいつも2人 ひとりぼっちの2人~から始まるこの作詞は、ザ・ピーナッツ2人そのものを書こうとした若き日の永六輔氏の作家性を感じる。
オーケストラの奏でる、マイナー調の曲もアレンジも傑作だと思う。
 若い頃に、ひとりぼっちの怒りをかかえ、さみしくなると、いつもこの曲を頭の中に思い出していた。
ボクのなかでは、生涯、忘れることができない曲である。
 
 ザ・ピーナッツは海外の活躍も目立ったが、『エド・サリヴァン・ショー』は、その頃は、ちょっとした話題になった。
ボクらは、ザ・ピーナッツは江戸裁判所に行ったんだってさ~。。。とおバカな会話をしていた。

 ザ・ピーナッツはやはり、宮川泰さんの洋楽っぽい感じと、岩谷時子さんのお上品な詞が一番、似合っている。
カレンダーガールっぽい感じもある『ふりむかないで』もよかった。
アンドリュー・シスターズの『Bei mir bist du schön(素敵なあなた)』に似たような、『恋のバカンス』は、二人の歌唱力が凄い。
園まりさんの『逢いたくて逢いたくて』も、とても好きだけれど『手編みの靴下』もよかったし、 『ウナ・セラ・ディ東京』の前の『東京たそがれ』のようなオリジナルのよさも忘れてはならない。

 中村八大門下の鈴木邦彦氏の『さよならは突然に』の紅白も、忘れがたい。
宮川泰先生が長髪で、ド派手な指揮をする中で、ピ-ナッツはカノンの曲を歌っていた。

 20代の頃は、梅雨時になると、宮川泰さんの『ジューンブライド』もよく思い出した。
いつの頃からか、忘れてしまった。
そういえば、伊藤エミさんは、6月にご結婚され、6月に亡くなられたのか。

 どうやら、ボクの時計は、シャボン玉ホリデーのころで、とまっているみたいだ。

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by nonoyamasadao | 2013-06-01 13:15 | 中村八大 | Comments(0)

伊藤エミさんの思い出

 大好きだったザ・ピーナッツのお姉さんの伊藤エミさんが亡くなった。
いつの日か、こんな日が来るのだろうなあ。。。と勝手に思っていた。
たいして、年も違わないのに、その通りになって不思議だし、とっても悲しい。

 伊藤エミさんはテレビ画面の左側のちょっとだけ細面の方で、ハーモニーを担当していた。
低いパートのハーモ二―には、ゾクゾクして聴いていた。

 小学校のころは、6時間目の授業が終わって、ざわざわした中の解放感は本当に楽しかった。
ねえねえ、知ってるかい?。
双子は、先に生まれたのが妹で、あとで生まれたのが姉なのさ。。。な〜んて話をしていた。
へええ、そ〜なんだと素直に思っていた。

 ザ・ピーナッツといえば、なんといっても、日曜日の午後6時30分からの“シャボン玉”だった。
冒頭の牛乳石鹸提供シャボン玉ホリデー。。。。の後に、ピーナッツのテーマ曲が流れた。

 後年になって、昔のザ・ピーナッツを聴いて、その歌唱力に驚いた。

 リアルタイムで観たり聴いたりしたときは、宮川メロディー、原色が多かったような気がする衣装、小井戸秀宅の振り付けが印象的だった。
ミニスカートで踊っていたのも忘れられない。
中学校のころは、超ミニで歌って踊るのを見るのが、楽しみだった。
トランジスターグラマーという言葉が当時あって、とってもセクシーだった。

 今、思い返すと、”ふりむかないで”や”恋のバカンス”、すこしマイナーだと”ジューン・ブライド”など大好きだった。
宮川泰さんならではの曲だった。

 今二番目に聞きたいのは、”レモンのキッス”である。
♪恋をした 女の子。。。誰でもが好きなこと。。。
♪目をとじて しずかに待つ。。。あまいレモンのキッスよ

 ”レモンのキッス”は、みナみかズみ(安井かずみさん)の訳詞だった。

 ザ・ピーナッツで一番好きなのは、永六輔詞ー中村八大曲の”私と私”である。
映画も見た。
今思うと、川端康成の”古都”を俗っぽく、でも楽しくパクったような作品だった。
けれど、伊藤エミさんのバスガイド姿、また観たいなあ。
一度、引退したら、もう二度と戻らないという生き様はカッコよいなあ。。。って、心からそう思う。
伊藤エミさんに合掌。

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by nonoyamasadao | 2012-06-29 14:03 | 中村八大 | Comments(2)

1969年、あなたはどこにいましたか?

 昨年は500年,1000年の歴史の一駒になる災厄の年だった。


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by nonoyamasadao | 2012-01-01 15:02 | 中村八大 | Comments(4)

『上を向いて歩こう』のころ

 穴沢ジョージさんが、上を向いて歩こうのことを書いていて、昭和36年の秋のヒット曲だそうである。
日記を読んでいて、その頃に思いを馳せた。
杉並の荻窪の南口に住んでいた。
ご近所には瀟洒な住宅が並んでいて、百貨店の役員、大学教授、新東宝の副社長や日本コロンビアの社長、日本郵船社長などが住んでいた。
しばらくして、作曲家の遠藤実さんの家もあるのを知った。
我が家だけ、会社のオンボロな社宅だった。

 昭和36年秋のころは、小学5年生だったと思う。
隣家の境にはイチジクの木があり、イチジクをもいで、そのまま食した。
我がオシッコをかけて、丹精をこめて育てた木だった。
もいだ軸の部分から白い樹液がこぼれた。
小学校に行く途中には原っぱがあって、ススキが風に揺れていた。
そう、荻窪は風が荒かった。
友だちの家の2軒隣に、大きな栗の木があって、トゲトゲの殻の栗の実が盗んでくれ~~というようにいっぱいなっていた。
物干し竿をえっちらおっちら運んで、たたいて栗泥棒をした。
学校の音楽では、♪小さい秋 小さい秋 小さい秋 見つけたとか歌っていた。

 その頃のお楽しみといえば、『少年サンデー』の伊賀の影丸だった。
阿魔野邪鬼という佐々木小次郎ばりの敵役が不死身で、息の根をとめたつもりでもいつも蘇る。
`80年代のオカルト映画でも、何度も蘇る怪物がいた。
伊賀の影丸は、集団対集団のチャンバラが楽しかった。
そのころは、山田風太郎の名前も知らなかった。
ご贔屓のキャラクターに生き残ってくれと祈るのだが、決まって、早めに死んで×がついた。

 そんなときに、『上を向いて歩こう』を聞いた。
小林信彦だったか、イントロの木琴(マリンバ?)を聞いて、ゾクリとしたと書いていた。
この曲は『夢であいましょう』で、最初に聞いた記憶はない。
最初は、NET(?)のピアス化粧品提供の『ピアスナインショー』ではなかったかと思う。
マナセプロ版のシャボン玉ホリデーのようなバラエティーで楽しかった。
局アナだった木元教子さんが出て、坂本九や森山加代子さんも出演していた。
森山さんは、『じんじろげ』とか意味不明な歌を歌っていた。
今聞くと、聞き様によっては、とてもエッチっぽく聞こえる。
当時はヘンテコな歌だなぁとは思ったけれど、いたって純真な子どもだった。
なにせ、♪ビックリ仰天有頂天 コロリといかれたよ マイ ルジアナママ ホニオリの時代だった。
そんなときに、この番組で『上を向いて歩こう』を初めて、聞いたのだと思う。
バックのセットらしきものも、うっすら記憶している。
じぃっと聴いていたら、なんだか切なくなった。
でも、いい歌だなぁ。。。。って思った。

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by nonoyamasadao | 2011-06-25 08:15 | 中村八大 | Comments(6)

大胆に勤勉に

 夜遅くなって、川上弘美さんのエッセイ1つだけ読む。
これを読むのは何度めだろう。以前、記事にも書いた気がする。
 『弘美』という名の風情のある喫茶店をたずねるのだが、定休日だったお話だ。
仕方なくそばの、ボクの本名の名前の喫茶店に入る。

 川上さんには、ボクの名前の知り合いはいなくて、ボクの名前の男性像を好き勝手に思い描く。
『心に闇をかかえながらも、大胆に勤勉に生きるタイプ』だと、思い浮かべて、そう決める。
おいおい、違う違う。ぜんんぜん、別キャラである。
 このエッセイは日経新聞連載だったから、名前からの連想には配慮されたのだろうが、その結果がこれかよ。
あんまり嬉しくないなあ。
 異常なくらいのさみしがりやだが、大胆に勤勉には生きていない。
まあ、現代人は多かれ少なかれ、心に闇はあるというものだ。
やっぱ釈然としない。
がしかし、どう思うかも自由である。
まっ、いっか。

 遅い風呂に浸かる。
昨日までの、嵐のように過ぎて行った出来事を思い浮かべる。
いや、取りあえずなのだが、終わってよかった。
明日にしなければならないことのワークフローを考える。
ふぅ、いやはや、めんどくさい。
でも面倒事があるうちが華なのさと、無理に思い聞かせる。

 スーパーの中華コーナーが突然、不味くなったので、同じスーパー内の酒のおつまみコーナーに並んだ酢豚と、お昼過ぎに、通り抜けの大学の植栽で見たツツジが頭の中で結びつく。
 
 どちらもそこそこなのだが、どこか彩りに欠ける。
なんでだろうと考えるが、なんだかなあ。
なんも思い当たらないが、彩りに欠けるのは必然だなと思う。
ふと、うそ寒い気分になって、今週の我と我が身を振り返ってみる。

 湯の中で、ちょっぴり悲しい気分になった。

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by nonoyamasadao | 2011-04-21 20:31 | 中村八大 | Comments(0)

空港でボックスステップ

 『明日があるさ』という青島幸男のプラス志向の傑作があった。真逆な秀作に『俺達に明日はない』というニューシネマがある。
アラ還にして我に問う。アラ還に明日はあるのか、ないのか。
 ある。今の時代なら、なおさらある。
はてさて、はたしてどうだろう。

  思えば、享楽的に生きてきた。
すしなら、好きなネタから食べるし、楽しみを後にとっておくタイプではない。
読了する迄に死んでしまうとイヤだから、推理小説は後ろから読むという人だっている。
そんなに極端ではないが、嫌なことは土壇場になるまで先送りにする。
 『まず難しい仕事から始めなさい。易しい仕事は、勝手に片付いていくだろうから』と言ったのは、デール・カーネギーだった。
明日は別の日(After all, tomorrow is another day)だから、明日からは別の道を歩くかもしれない。
だから毎日がスペシャル。
これだな。

 ヒコーキの窓に広がる雲海と青空を眺めつつ、名古屋から帰る。
岡山、松山、大分の上空を経て、冷たい雨が落ちる我が空港に着く。
タクシー乗り場まで歩く。
明日があるさの、ボックスステップを踏んでみる。
右足斜め前、その上に左足をクロス、出した右足を後に引く、左足戻すという超単純なステップだ。引き足をマスターすれば、誰だってできる。
けれどダメな人は、とことんダメである。
あれれ~、ワタクシ、シャボン玉ホリデーの植木等状態になってしまった。
シャボン玉ホリデーでは、スターダストが流れ、ハナ肇がザ・ピ-ナッツをタヌキとからかって、ガツンと肘鉄をくって、歯をむくエンディング直前は、いつもボックスステップだった。
 植木等だけは何年たっても、うまくならなかった。微妙にズレ、振付も妙だった。
空港で、こんなアフォなことができる田舎も、悪くないよなぁ。。。としみじみ思う。
 
 世界中のしあわせとやさしさをみんな集めて、悲しみを越えられたらいいのにねと思う。

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by nonoyamasadao | 2011-03-21 14:10 | 中村八大 | Comments(8)

季節の裂け目

  暑さが少し和らいだせいだろうか。連夜、夢に出てくる風景がある。
上石神井駅の線路沿いと善福寺公園の池だ。高校のころに、出かけた場所だ。
もう思い出すことはないと思っていた。

 奇妙な味の作家、ジョン・コリアに『夢判断』という傑作短編がある。
ビルから転落する夢で、ひと晩ごとに一階ずつ地面に近づいていく。もう二階まで来たが、明日はどうなる?という話だ。
 『夢判断』をすれば、何かあるのかもしれない。
けれど、ボクが見るのは悪夢じゃない。カラーでもなかった。
夢は内容をともなってなくて、風景が流れていくだけだった。

 上石神井駅は西武新宿線である。周囲はまだ田園地帯で、ポツリとソバ屋があった。
雲はゆっくりと流れ、空気は澄んでいた。
電車が通ると、線路沿いの住宅のドウダンツツジの葉はひらりと裏返しになった。
どうやら紅葉のころだ。
電車が通り抜けると、線路の際に蓬けたススキが揺れる。

 善福寺公園傍に東京女子大学があった。公園の手前には、疎水が流れている。
葦も茂っていて、道はぬかるんでいた。
バス通りの舗道がある。バス通りを渡ると、公園の入り口右に、流行歌手の豪邸がある。
公園には人気がない。貸しボートは繋がれていた。
池に向かって古びたベンチがいくつかある。
池の水は冷たい色をしていた。
風が吹くと、池の面に映った咲き残りのムクゲが揺れた。
黄昏時になり、周囲がだんだん暗くなると、木々の枝はだんだんと闇に沈んでいき、見えなくなって消えた。

 確かに、上に書いたような風景を見たような気がする。
ただ、でたらめに歩いていて、偶然、見た風景の断片だと思う。
高校に入ったのだけれど、教室にはあまり馴染めなくて、頼りない毎日だった。
あちこち歩くことで、慰められていたのかもしれない。

 何度も夢に出てくるような、印象に残る挿話などない。
インターネットを使えば、現在の上石神井や善福寺の写真ブログなど、検索できるであろう。
一足飛びに過去に連れてってくれるかもしれないし、見知らぬ風景に遭遇するかもしれない。

なんだかなあ。季節の裂け目は、なにかとデリケートなのです。

↓宮川泰さん、好きだったなぁ。

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by nonoyamasadao | 2010-08-30 10:30 | 中村八大 | Comments(4)

明日があるさ

青島幸男作詞、中村八大作曲の『明日があるさ』は、坂本九のオリジナル版が好きだ。
まさしくコンテンポラリーで聴いた。中学の一年生の時だった。

 好きな女の子がいて、好きだといいたいのだが、どうもここ一番となるとね~という切ない気分を、楽しい詞に仕立てた。
声をかけたくても、黙って見てるだけ。。。あの角までおいかけても、やっぱ、おいかけるのはやめにしよう。
電話のベルが鳴るけど、う~ん、今日は切っておこう。。。好きだとここまで出かけてるけど、やっぱ、勇気がなくて言えない。
全部、経験したことである。

 そうだよなあ、わかるよなあと言いながら、
弱虫で傷つきたくない自分がいてー、
それって、ダメ男だよなあと分かってる、自分もまたいてー
でも、まっいっかあと自己正当化していた。

 なんとも、もどかしい感じの、ウダウダ、ジタバタの青春の愚行だ。
でもね~、『恋空』のように手も握らないで、すかさずベッドイン。。。女の子は恥じらいのかけらもなく興ざめな台詞を言って、ご懐妊~。。。これって萌え?ですかねえ。
美しくないなあ。気持ちの溜めが足りないよ~。ちっとも切なくない。
そう思うと80年代後半あたりのコンビニあたりにたむろしてたジベタリアンも、我が方と気持ちは同じだったような・・・。

 けど、こっ恥ずかしいが、ズボンのポケットに手を突っ込んで不良ぶったつもりだった。
あれ、日活映画が入っていたのだなあ。
女の子なんかぜんぜん、眼中にね~よみたいな不機嫌なカオしてた。
内心は心臓バクバクの純情と発情が入り混じっていた。

 武蔵小金井から電車に乗って、西荻窪で降りて、中学まで歩く。
夏になると、あこがれてる子がセーラー服のスカートに白いブラウス(?)を着て、前を歩いて行く。
すこし透けているように見えただけで、あっ、もうダメ。。。。心臓バクバクで、鼻血が出そう。
ストイックな時代だったなあ。ひもじい思いをした。
でも今の時代に生まれても、ボクの場合は同じかもしれない。小心者で、非モテな男の青春は、いつだって変わらない。

 今思うと、青島幸男もやっぱ、天才でした。
『明日があるさ』もそうだが、『黙って俺について来い』も傑作である。
♪銭のない奴ぁ俺んとこへ来い 俺も無いけど心配するな
♪見ろよ青い空 白い雲    そのうち何とかなるだろう

 この『そのうち何とかなるだろう』が凄い。
『わかっちゃいるけどやめられない』のそれでいいんじゃないの~。。。っていうのと同じく凄い。

 上の二つは、ヤケクソな気分ではない。よく言われるツーレツな諧謔でもないと思う。
詞の通り、素直に読めばよい。

♪明日がある、明日がある、明日があるさ
っていうのは、明日になれば~という、強烈な理想主義を感じるんですけどね、ボクは。

 スカーレット・オハラの最後の台詞の『Tomorrow is another day』に込められた理想と同根である。
上の英語は、若いときは明日は明日の風が吹く~と理解していたが、最近は、明日天気にな~あれ。。。だと勝手に理解している。
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by nonoyamasadao | 2008-12-15 13:23 | 中村八大 | Comments(2)

土曜日のお楽しみといえば・・・

 その昔、土曜日のお楽しみといえば・・・を書く。土曜日の小学校は午前中だけだった。
授業は三時間くらいで、終わった。下校の解放感の中、学校のそばのパン屋さんに行った。
パン屋さんは焼きたてのパンを作っていた。菓子パンが大好きだった。
今も好物だ。昔ながらのチープな菓子パンである。ジャムパンといえば、苺の他はなかった頃のだ。
 シナモンロール、甘いデニッシュ系とかは、想像もつかないころだった。こういうのは菓子パンとは言わない。
三色パン、チョコレートパン、メロンパン、ケシの実のへそのあるアンパン、クリームパンなど食べた。
三色パンはプロペラのような形をしていた。苺ジャム、クリーム、アンの三種類が楽しめた。
チョコレートパンはラッパのような・・・というか、円錐形のパンにチョコが詰まっていた。今はコルネとかいうのでしょ。これも菓子パンではないな。
アンパンマンなんていう菓子パンがあるが、中身は、アンなのかな?。これも邪道だ。
だんだんと、老いの一徹が顕著になっていくのが、われながら、少しこわい。
まっ、いっかあ。
アンパンのヘソなら、桜の花の塩漬けが美味だと、後に知る。

  夜の十時になると、『夢であいましょう』を見た。
コントなのだが、ロマンティックな雰囲気があった。
構成作家の永六輔の資質も大いにあるだろうと思うが、土曜日の夜だから、そう感じたのかもしれない。
エンディングでテーマソングの曲が流れてくると「あー土曜日も終わったなー」と思った。


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by nonoyamasadao | 2008-11-09 11:39 | 中村八大 | Comments(4)

九月の雨

 もう昨日になったが、九月が好きだ。『セプテンバー』という言葉の響きがもっと好きだ。
竹内まりやさんの歌詞だと、こうなるー。
♪セプテンバー そして九月は   セプテンバー さよならの国 
♪めぐる季節の色どりの中     一番さみしい月
『物事をあきらめるのに、九月ほどうってつけの月はない』と書いたのは江國香織さんだったと思う、たぶん。
ふ~ん、さっぱりとした諦念の月ということですか・・・。

 なるほど、歌詞やタイトルに九月は多いですね。
『九月の雨』など大好きです。あ、太田裕美さんではありません。
もちろん、ジョージ・シアリング・クインテットの『SEPTEMBER IN THE RAIN』の方だ。

 昨朝は九月の雨だった。台風の影響でしょう。
マグカップに白湯を注ぎ、レンシンを溶き飲む。いつものように泥水を啜る思いだが、なんか効きそう。
雨だが、さわやかな気分だ。

 昨日の帰り道、雑木林の塀沿いに歩いていたら、マタタビの実が生っていた。黄色くて、おっきい。ツルがモッコクの木にからんでいる。
これ、ネコに嗅がせると、どういう状況になるのだろう。大好物だから歓喜に悶えるのだろうか。
塀から、赤紫の花をつけたヤマハギが真横に突き出していた。ミヤギノハギのように弓形に曲がり、しなだれかからないところが好きだ。
シャキッとしていて、爽やかである。
張り切りすぎた一日で、帰宅したらどっと疲れたが、おバカなDVD映画、二本を観たらしあわせなキブンになった。寝た。
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by nonoyamasadao | 2008-10-01 10:31 | 中村八大 | Comments(4)