いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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カテゴリ:竹内まりや( 17 )

1年後の須藤薫さんを偲ぶ

 巨峰の紅茶など、どんなもんだろうと訝しくおもいつつ、一口啜る。
ん、摩訶不思議なフレーバーが口中に広がる。
な〜んか、これ、ストロベリーの間違いではないかしらなどと思う。
と思っているうちに、馬(うまっ)、馬、馬、めちゃ旨い。というより、名状し難いよい香気と風味がたしかになる。
う〜ん、しあわせである。

 youtubeに、須藤薫さんの曲が増えてきた。
これはいいことじゃん。。。と喜んでいたら、コメントの書き込みがみな、過去形で、昨年の3月3日に、逝去されたそうだ。
知らなかったぁ。
昨年は、3月5日に、老母がうっかりさんの自転車に轢かれ、救急搬送したり、手術でバタバタしていて見逃したのだろう。
我が老母は、奇跡的なカムバックをしたが、須藤薫さんや彼女ともご縁のある大滝詠一さんも急逝された。
ほぼ同世代の年長と年少の死去は、身辺に、あわただしい風が吹く。心から合掌。

 遠い昔から須藤薫さんがご贔屓なように、書いているが、本当は、リアルタイムではな〜んも知らない。
コンサートも行かず、アラ還のとき、このブログを始めて、'80年代ポップスをyoutubeなどで、聴いてから、CDを買った俄かファンにすぎない。

 けれど、気持ちよく起きた朝、新聞やゴミ出しなどで階段を降りるときに、無意識に『涙のステップ』や『セカンドラブ』を口ずさんでいた。

 須藤薫さんのベストアルバムが発売されたころは、千歳船橋本社が麹町本社へと移ったころである。
そのころは、会社が終ると、友人たちもまだ独身で、刺身でイッパイやったあとで、『ビッグベン』というパブで、ウィスキーやビールを飲んだ。
バイトの可愛いOLサンとかもいたが、こっちは色気抜きで、野郎同士で、しょーもない話をしてた。
何の話をしていたか覚えていないが、勿体ない事をしたもんだ。
茄子のオイスターソース炒めとか、フライドポテトで、水割りを飲んだ。

 友人と別れ、地下鉄入口の向かいのラーメン屋で、札幌ラーメンを食し、そこでまた、ビールを飲んでいた。
もう電車では帰る気にはならない。
タクシーで、首都高の外苑から高速に上がってもらうか、運転手さんの趣味で、神宮外苑を回って甲州街道で帰ることもあった。

 仕事をして、そして飲んで帰る日々であったから、須藤薫さんのことはな〜んも知らないと、還暦前は思っていた。だが、違った。
『私をスキーに連れてって』の印象が圧倒的に強いのだが、スチール・ギターの間奏がカッコいい『サーフ天国、スキー天国』のコーラスが、須藤薫さんだったことを知る。
これはコーラスというより、ユーミンのアルトの声に、須藤さんの別メロのI love you, love you more than・・・が掛け合いになる、大袈裟にいえばデュエット曲だった。

 そんなことから、彼女のコーラスが数多いのを知る。
そんな中で、こっ恥ずかしいが、『渚のバルコニー』は圧巻だった。
ミニピアノっぽいイントロから始まって、須藤さんとBuzzのシャンランランというバックコーラスがある。
どっちかといえば、『風立ちぬ』派ではなく、『夏の扉』派のボクでも、詞は相当恥ずかしいが、アップテンポな曲調が好きだった。

 なんといっても、この曲の白眉は、最後の最後のサビ(始まってから3分すこし前くらい)の掛け合いである。
須藤さんとBuzzが,♪渚のバルコニーで待ってて〜とうたうと、松田聖子さんがキャンディボイスで、♪きっときっとよ〜と続ける。しかも、この聖子さん部分は、ダブルトラックですね。
そして遠くでかすかに、シュガ―ボイスの須藤さんのハイトーンのAh〜というコーラスがエコーがかかって聞えて来る。

 ああ、今でも、心底、ハッピーな気分になる。

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by nonoyamasadao | 2014-01-28 15:01 | 竹内まりや | Comments(7)

イェーイ

  忘年会があって、繁華街の大手スーパーで仲間たちと待ち合わせる。


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by nonoyamasadao | 2013-12-20 10:25 | 竹内まりや | Comments(0)

百日紅文学

 ずいぶん昔になるけれど、この季節の夕暮れ、皇居で泰山木を偶然見たことがある。
おおきな幹の高いところに、白い花が白無垢の花嫁さんのように、うつむいて咲く。
赤い夕陽の中で、見とれていた。

 去年の暮れ、雨の杵築の武家屋敷に行く。
枯山水の庭に、なぜか、泰山木が主木だった。
これって、あり?
泰山木は北アメリカ産のモクレンですよ。。。って思った。
きれいだから、まっいっか。

 雨の石畳の急な坂道をひとり歩く。
『月様、雨が…』と妙齢な美女が傘をさしかける。
『夕立じゃ、濡れてまいろう』
ない、ない、ゼッタイにない。

 夏の花は少なくて、この地ではあまり、ザクロの木は見ない。
百日紅の紅い花は、仕事部屋から帰るときに、5~6本見る。
百日紅文学といえば、国木田独歩だと、バカの一つ覚えのように、何度も書いた。

少女は百日紅の樹によりかかって、
西の山に沈む夕日を眺めながら小声で歌をうたっているー

 そういえば、ケバイ茶髪の姉ちゃんや似合わないサングラスの姉ちゃんのように、でぇぇ~きらいだぁああっ!の太宰にもあった。

玄関の前の百日紅は、今年は花が咲きませんでした。

 ザマーミロと思いながら、読んだ。
大人とは、裏切られた青年の姿であり、大人というものはさみしいものだし、富士山には月見草がよく似合うのもよ~くわかる。

 けれど、女々しい奴め。。。は今も、変わらない。
帰途の坂道で、目の前を大きなアゲハ蝶がゆっくり、揺れながら飛んでいく。
久しぶりに、ポルノグラフィティを思い出した。
ああ、ことしも暑い夏が来たんだね。

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by nonoyamasadao | 2013-07-25 13:55 | 竹内まりや | Comments(0)

ステキな新学期

 焦げたような色の枝先に、白い梅がようやく数輪、ほころぶ。
匂いが空間に漂う。
なんか、今年の梅はことのほか待ち遠しかった。
還暦になったせいなのか。
ブツブツ。

 高校のころの春の記憶が欠落している。
な~んも思い出せない。
朝の通学では、満員の中央線に乗って、西荻窪で降りる。
西荻~上石神井まで、バスに揺られる。
あれは関東バスだったか、西武バスだったか。
西武新宿線の踏切を渡って、高校へ向かう平坦な一本道を歩いた。
周囲には、まだ畑が広がっていた。

 しかし、な~んも記憶がないということはどうしてだろう。
高校は男子校だった。
教室には女子はいないし、校舎のかげでドキドキすることなどなかった。
三年間同じクラスで、不動の座席だった。
最前列の優等生がいつも教員と目を合わすので、ボクたちの列が指名される。
順々に指名されるから、彼の次はボクだった。
ボクの後ろは数学だけの天才で、他はからきしダメだった。
まあ、彼もボクも宿題という言葉は辞書になかった。
前は建築の道に進み、後ろは数学を専攻した。
前も後ろも役人になり、からきし勉強しない数学少年は、あろうことか高級官僚になった。

 子供のころの夏は、麦わら帽子で蝉とり、絵日記を書いた。
鳩サブレとか、食べていた。あの食べ物はどうなったろう。
向日葵が咲く炎天下に水をまき、いきなり夕立が降り、縁側から西瓜のタネをペッペッと飛ばした。
春休みはドラマを見たり、映画に行ったくらいか。

 う~ん、高校時代の春の風景はモノクロだった。
もう少しすると、いつもの住宅にハクモクレンが咲く。
最近になって、春の明るんだ景色が心にしみる。
それって、すべてが開かれていく季節が、希薄になりつつある感傷や希望を運んでくれるから。。。かもしれない。

♪きょうから ステキな 楽しい新学期は、中学校までだった。

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by nonoyamasadao | 2011-02-19 12:44 | 竹内まりや | Comments(2)

イチジク

  朝食後、イチジク、ナシ、ピオーネなど秋の果物を食す。
この地に来て、イチジクをよく食す。以前の東京ではあまり目にしなかったが、今はどうだろう。
ああ、夏は終わってしまった。
また1年立たないと、あの夏の光は訪れないのだなぁ。。。なワケない。存分に暑い。

 曇りの日。
朝の散歩をする。
七時ちょっと過ぎ。
朝の空気は清新で、秋色をしている。
秋色とは、どんな色か。朝夕の空気が少しほんのりと色づく感じか。

 白い芙蓉がノホホンと咲く。
狭い道を右に曲がると、犬がにゅーと出現し、『わん』と吠えた。
少しまぬけ顔の犬だ。そこがよい。

 飼い主が『たろう』と名前を呼ぶ。犬は振り返って、再び『わん』と吠え、飼い主の方へ走って行った。
『たろう』だか、『太郎』だか知らないが、あまり流行らない名前だ。
南極物語でもあるまい。
そういえば、どこぞの前々総理の名前もそうだった。
今日も貧乏ヒマなしだ。
まっ、いっか。

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by nonoyamasadao | 2010-09-03 07:51 | 竹内まりや | Comments(6)

ちょっとだけ秋

  今日もことのほか暑く、遠く聞こえる市電の音を聴きながらボーッとしてた。
スーパーの帰り道、水引の花を見て、おやっと思った。
小さな花がちらちらと、先端は点のように咲く。
 野の花は、すべてが無事に開花するとは限らない。
咲かないのも多い。
なんだか、感動だなあ。しばし感慨にふけってしまったよ。
 
 上から見ると赤く、下からだと白い。
県営住宅の花壇で見つけた。
買い物へ急ぐ人は、たぶん見逃すでしょうね。
さよう、じつはレジ袋からライ麦パンがこぼれ落ちて、偶然に見つけた。
 よく見ると、花穂がすっーと糸のように伸び、バランスを欠いた葉は大きい。
葉が虫に食われ、水引は繊細だけど、粗野な感じもしないではない。そこが、またよい。

 一昨年の初秋に、九重夢大吊橋の売店で買った鉢植の桔梗が一厘、ベランダで花開く。
早咲きかもね。紫の花が星のようだ。
一厘だけ咲いたが、もはや名残の花のように見えた。なぜだろう。
 
 女性の桔梗の花柄の浴衣が好きだ。
清涼である。
桔梗とホタルの団扇なら、家にある。
紫の桔梗の地に、ホタルが雪洞のようにポッと明るむ。

 もう少しすると、秋風が立ち、野山ではススキや吾亦紅が風に揺れる。
先日は、穂が咲き始めの堤防のススキをブログで見た。
夏の盛りに秋の気配が漂い、ちょっとづつ暑い夏が過ぎようとしている。

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by nonoyamasadao | 2010-08-16 10:13 | 竹内まりや | Comments(8)

滝川豆腐

  ANAクラウンプラザホテル福岡に行く。
そうだ、この地に赴任するときは、前身の博多全日空ホテルに一泊したのだった。
博多も都会になったなあ。20年前の東京のようだ。
それにしても、田舎ものになったものだ。。。とさみしく思いつつ、帰途、棚田を見てホッとする。

 数日前に、涼しい和室にて庭園など眺め、滝川豆腐を食す。
たぶん、豆乳を寒天やゼラチンで固めたのだと思う。
檜のトコロテン突きで突くと、トコロテンのように押し出される。
汁につけ食すと、乙な味である。
ソーメンのような、冷麦のような、やっぱトコロテンが一番近いような不思議なのど越しだ。
口の中に涼が訪れる。
 滝川豆腐を食しつつ、江國香織さんの『綿菓子』を思い出した。
トコロテンを注文して、つめたいみつ豆に変更して食べるシーンだった。
お墓まいりの帰途だったと思う。
メロンを買って帰る場面も、なぜか覚えている。
 
 そういえば、昨日、『伊右衛門 濃いめ』を買った福岡のコンビニの店員さんは、鼻先でニッと笑うかわいい女性だった。
うっ、いいなあって思った。目で笑う人や鼻先で笑う人に、昔からめっぽう弱い。
よい年をして、なにを考えているんだろう。
 夏休みは、いつだって、ただだらだらと、なにごともないまま過ぎていった。
車は運転できないし、女の子を追い掛け回すような勇気もなかった。
その頃の飢餓感が、今も残っているような気がする。度を越したトホホな青春は、我ながら不憫というより不気味だ。
 
 熊本ー博多間の高速道路の遮断壁沿いに咲いていたのは、あれはキョウチクトウだったかな。
しずかな昼下がり、つめたいメロンをガブリと一口食す。

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by nonoyamasadao | 2010-07-10 15:29 | 竹内まりや | Comments(0)

LOVE LETTER

  岩井俊二監督の『LOVE LETTER』を観ていて、もう二度と戻らないけれど、青春っていいなぁ。。。と何を今更だが、そう思う。ないものねだりだ。
そう思いつつ、いつまでたっても大人になっていない自分が怖くもあり、もうここまで来たら、大人になりきれずに、とことん行くところまで行ってやれ~ってな気持ちになる。
まぁ、毎度毎度、過去のことばかし書いて、退嬰的そのものなのだが、過去の自分が今になって、ちとばかし捨てたものでもなかったなぁ。。。な~んて思えてきた。
過去の自分に、嫉妬しちゃったりなんかして~~。なんだか広川太一郎みたいだ。あっ、合掌。

 映画の中にも、過去の中学生にやきもちを焼くの~?。。。な~んてセリフがあったなぁ。
東京にいたころは、ある種、異様な熱気の中で、突き動かされるように生きてきた。
混みあう満員電車にゆられ、階段は我先にと駆け降りた毎日の繰り返しだったけど、さみしいとか、悲しいとか考えるゆとりもなかった。
妙な充実感があったから、それはそれでよかったと思っている。
 なんとなく、いつも仕事に埋もれて、アップアップしてると、陽が暮れってって、今日も終わってく。。。って感じだった。
竹内まりやさんの『心はいつでも17才(seventeen)』のように、
♪だから問題ないじゃなーい。。。だったよなあ。

 地方にいると、年令ももちろんあるのだろうが、あんまり明日のことを考えなくなった。
たぶん、ヒマなんだろうけれどね。今現在とか過去とかばかりが気になり、立ち止まったり、振り返ったりしている。
ホントは、時間は待ってはくれないのだが、それはそれとして~といった感じで、あわてたり、ハラハラしたりしない。それもまたよきかな、と思うことにしてる。

 映画を観ていたら、十代前半のほんの一瞬の出来事が心をよぎった。なんかやるせな~い想いが蘇った。

 ボクが十代前半のころ、善福寺池には、クチボソがまだいた。ビンにエサを入れて放り投げると、けっこう、たくさん獲れた。
今日も日が暮れたから帰ろうと思ったら、一卵性双生児の美人姉妹に出逢ったことがあった。
同学年だが、別のクラスだった。一学年が600名近いのに知っていたのは、際立って美しかったからだ。
別に初恋でもなんでもないから、たぶん、一生思い出すことなどないはずだった。
そんなどーでもよいことを思い出させてくれた。
なんか懐かしくて、甘くせつない。ああ、よかったあ。
なんかホッとしつつ、すこししあわせ。

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by nonoyamasadao | 2009-06-13 15:57 | 竹内まりや | Comments(0)

やっぱ西部劇はよいなあ

  久しぶりの西部劇『ペイル・ライダー』を観て、やっぱ、西部劇はよいなぁと思った。
典型的な西部劇だった。じゃ、典型とはどのようなものか。
(1)西部に牧場がある。(『ペイル・ライダー』では鉱山)
(2)牧場の持主が悪漢に苦しめられている。
(3)美しい娘がいる。
(4)広大な自然に、山々が聳え立ち、小川など流れる。
(5)そこへ勇敢な馬上のヒーローが、ぶらりと現れる。
(6)じっと耐えていたヒーローが正義のために、美しい娘のために立ち上がる。
(7)複数の悪漢とヒーローの銃撃戦のクライマックスを迎える。
(8)ハッピーエンド。ヒーローが丘をこえて消えてゆく。娘のよぶ声がこだまする。
まあ、股旅物西部劇の筋書だと、そうなる。

 今回、気づいたのは、(4)である。
いつも山を見ながら、家に帰っている。山のある風景はもう特別ではないのだなあ。
都会生活のころ、晴れた日には、小田急線が世田谷代田を過ぎたあたりになると、富士山が見えた。
じぃっと見入った。

 (5)のひとりぶらっと旅っていいねー。
芭蕉の辞世の句の『旅に病で 夢は枯れ野を かけ廻る』も、ある種のダンディズムであるなぁ。
まぁ、人の迷惑を考えて、VISAカードは携帯しよう。

♪生まれる時ひとり 最期もまたひとり

 こういう厳然たる事実を踏まえて書かれた、ともだち(パートナー)の詞って、なんかいいよね~。


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by nonoyamasadao | 2009-04-05 13:31 | 竹内まりや | Comments(0)

『人生の扉』を聴きながら

 いつもの通り抜けの大学の自販機の傍のヤマザクラが数輪、淡く溶ける様に花開く。

 花の散るさまを書いたもので、何といっても圧倒的なものは、これっきゃない。
これだ。小林秀雄の「中原中也の思ひ出」である。
「あれは散るのぢやない、散らしてゐるのだ、一とひら一とひらと散らすのに、屹度順序も速度も決めてゐるに違ひない。」
浅葱色の春の黄昏に、海棠の花が散っていくさまである。
いや~、さすが、小林秀雄先生はホント迫力があるなぁ。もう、花びらが凄んで降ってくるみたいだ。

 前にも書いたが、武蔵小金井の南口に23年間住んでいた。バス停だと多磨霊園裏門で降りるあたりだ。駅までは歩いた。
多磨霊園は桜の名所でもある。ヒマを持て余していたから、昼間でも、夜間でもブラリと花見ができた。
多磨霊園も裏門から奥の方に向かうと、いろんな桜の花が見れた。
あたり一面に桜が散り、

あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ

と、たった一人で立ち尽くしたことは何度もある。

 桜の散っていく風情は、青春のはかなさとダブるようだ。
今年も竹内まりやさんの『人生の扉』を聴きながら、そんなことをふと思った。
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by nonoyamasadao | 2009-03-18 16:15 | 竹内まりや | Comments(2)