いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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カテゴリ:洗練コメディー映画( 24 )

松木ひろしさんを偲ぶ

 都会派コメディーの作家、松木ひろしさんが亡くなった。
高校生の頃に、ビリーワイルダーとI.A.L.ダイアモンド脚本のソフィスティケーション・コメディーが大好きになった。
日本の喜劇映画は、どうにも泥臭く、ウェットな人情ものが宿痾であった。
だから、どのようにうまくできていても、渥美清の寅さんは評価しない。
やっぱ、湿った感じは好きになれない。

 『アパートの鍵貸します』の哀愁は、乾いた哀感である。
ビリーワイルダーとI.A.L.ダイアモンドとまではいかなくても、ブレークエドワーズやハリーカーニッツの『ピンクの豹』や『暗闇でドッキリ』のような作品を心待ちにしていた。

 そ〜んなころに、松木ひろしさん脚本の石立鉄男ドラマが始まった。
それまでの石立鉄男さんには、安田道代さんを人質に立て籠もる『殺人者』のイメージが強烈だった。
悪漢だが、やがて、人質の安田道代さんと恋に落ちて、最後は自殺する役柄だった。
いってみれば、W.ワイラーの『コレクター』の原作のジョン・ファウルズの前半部分のような映画であった。
三島由紀夫原作、蔵原惟繕監督の前衛映画『愛の渇き』も、忘れ難い。
寡黙な園丁の使用人役で、若く引き締まった、すこし粗野な肉体に、浅丘ルリ子さんが魅かれていく役どころだった。
そうだった。彼は新劇の出身だった。

 岡崎友紀さんとの『おくさま18歳』のころから、はっちゃけた役柄が定着したように見られているが、その前に隠れた佳作の『S・Hは恋のイニシャル』がある。
これは、松木ひろしさんの石立ドラマの原型(後の『おひかえああそばせ』、『雑居時代』etc)のような作品で、大坂志郎さんの家に転がり込むパターンも、この作品からだ。
主人公は布施明さんで、ハンカチを貸してくれた一目惚れの謎の女性が、伊東ゆかりさんだった。
物語は、この女性をひたすら探し続けるわけだが、最終回に、伊東ゆかりさんは再び、ちょっとだけ登場する。

 松木シナリオの定石では、大坂志郎さんは男やもめで、娘たちだけの家庭に、アフロヘヤーの石立鉄男さんが、どういうわけか、いきなり転がり込む。
美女たちの一人(たとえば、大原麗子さん)と、いつも、ののしりあいながら、くっつきそうで、一向に進展しないという、隔靴掻痒な感じが、古ーい、恋愛臆病者のボクには、ぴったりだった。
大原麗子さんとのののしり合いが、なんとも快調なテンポで、都会的なセリフが飛びかう。
このへんが、渥美清さんだと、どーも陰気っぽくなる。スラップスティックなお遊びも満載だった。
松木ドラマは、どちらかといえば、ジャックレモンやトニーカーティスのオーバーアクションのタッチである。
二枚目か二枚目半が、三枚目を演じているふうでないと、そうはならない。
『雑居時代』など、その典型だった。

 松木ひろしさんは、当初、脚本のはこがきができなくて、東宝映画で学んだと、どこかで書いていた。
たぶん、『サラリーマン目白三平 女房の顔の巻』が、井手俊郎さんと共同脚色だから、井手さんから習ったのではないか。
石原慎太郎さんも、井手さんから習ったと書いていた。
植木等さんの『ニッポン無責任時代』(第一作目)は、じつに、愉快痛快な共同脚本(田波靖男)だった。

 松木さんが、コメディ―作家になる前には、日本テレビで、日活の監督が演出した石坂洋次郎シリーズが、何作もあった。
長い連続ドラマの面白い、ストーリーテリングの下地になったのではないか。
 また向田邦子さんと『七人の孫』や『だいこんの花』など、交代で書いていたことがある。
前者は、いろいろな作家が書いていたが、後者になると、松木脚本の方が、断然、面白い。
森繁さんと竹脇無我さんの掛け合いの「片方がいじると、片方がすねる」という会話の妙は、テンポよく、絶妙な間があった。
まるで、社長シリーズの森繁さんと小林桂樹さんの掛け合いのようだった。

 長いこと松木ドラマを見続けていると、ときどき、松木ひろしらしさが失われ、そろそろ、限界かもなあ。。。と思っていた。
そ〜んな時に、’80年代の『池中玄太80キロ』が始まり、再び、やっぱり、松木ドラマは面白いなあと再確認する。
やっぱ、通信社の報道カメラマンのシチュエーションが、な〜んとも賑やかで、時間に追われる仕事特有の興奮があった。
西田敏行と三浦洋一の掛け合いがドラマのお約束で、毎回、大声で罵倒しあい、ののしりあい、また仲良しに戻るというパターンが快調だった。
ボクは、 坂口良子さんのファンだったから、くっつきそうで、くっつかない、引っ張って、引っ張っての恋愛ドラマが面白かった。

 松木ドラマのエッセンスは、現代風俗と、お洒落会話と都会的洗練であった。
当時、謎だった葉村彰子さんという作家は、どうも、向田さんなどの作家仲間の合作の名前のようだ。
『水戸黄門』や『大岡越前』などあるが、ボクには、あまり、面白くなかった。

 松木ドラマは、’60年代半ばから、’80年代後半まで、約20年間、ボクの鬱屈した青春時代の一服の清涼剤のようだった。あらためて合掌。
考えてみれば、脚本家が原案を名乗れたのは、彼の功績だろうと思う。
大好きだった坂口良子さんも、大原麗子さんも、石立鉄男さんも、みんな逝ってしまった。
とても、さみしい。
 
 そういえば、『フルーツポンチ3対3』とか、『レモンスカッシュ4対4』とか、『水蜜桃は青かった』とか、お洒落なタイトルも魅力だったなあ。


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by nonoyamasadao | 2016-09-22 18:36 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

大のご贔屓~レイチェル・マクアダムス

 レ―チェル・マクアダムスのファンである。美女ではないが、溌剌とした演技派で、キュートで、理知的な感じもある。特典などの素の彼女は声も小さくて、どちらかといえば地味な淑女である。
『ミーン・ガールズ』は女子って、怖いのね。。。っていう映画だった。
主演のアフリカ帰りのリンジー・ローハンは、よく演じていたと思う。
ただ、数学がものすごく出来る女の子にはゼンゼン見えなかった。ときどき、つまらなそうな顔に見えるときがある。
レ―チェルは学園の女王様役で、ブロンドのストレートヘアの意地の悪い敵役だった。
ラスト近くで、ジングルベル・ロックで踊るシーンは今も、憶えている。
 
 『きみに読む物語』(原題のノートブックの方がよかったかも)で、この作品でレイチェルのファンになる。
高慢ちきで野心的ともいえる役を演じた。
初々しくて、表情がいきいきとしていた。
サウスキャロライナで撮影した風景がうつくしく、ニック・カサヴェテス監督の親孝行な佳作である。
そうそう、当時、かなり若い女性から『きみに読む物語』っていう恋愛映画の傑作がありますよ。。。とおススメがあった。
どうせアラ還のオヤジなど、知らないだろう。。。という若さの驕りがビシバシと響き、観とるわい。。。とむきになりそうなのを、必死で堪えたのを憶えてる。

 『パニック・フライト』は、レ―チェル目当てで見た映画である。
けれど、ヒッチ先生風のサスペンススリラーでもあった。といっても、まったく腕が違う。それなりに楽めた。
最後はスパイスリラーになってしまうけど、空港のラウンジ、機内のおっかっけ、空港、自宅まで走り回るからあきない。
護身のためにペンで刺すシーンがあって、ああいうのは、どうも生理的に苦手だ。

 『幸せのポートレート』はクリスマス映画であるが、もっと深いテーマが狙いだった。
そこが気に入らないし、退屈だ。
主役のサラ・ジェシカ・パーカーも、得意ではない。『ラブINニューヨーク』のシェリー・ロングのようなペーソスのある役なら、似合いそうだ。
レ―チェルは、意地悪な小姑のチョイ役だが、とってもキュートだった。
ラスト近く、赤いセーター姿で、クリスマスツリーの飾りつけをしてるシーンは、今も憶えている。

 『ウエディング・クラッシャーズ』はドタバタ映画である。雑木の中をオーウェン・ウィルソンと自転車で走るシーンだけ、記憶に残っている。
レ―チェルが両手離しで自転車に乗るシーンは可愛かった。おバカなラブコメよりは、演出もキャストも豪華で、まともだった。

 『あぁ、結婚生活』は、これぞ中途半端という凡作だった。
まあ、初老倦怠期やミステリ紛いの話など、ごった煮の様相を呈するが、レイチェルは美しい愛人役で、愛人の心得も持っていた。
いや〜、そこだけがよかった。

 『シャーロック・ホームズ』、う〜ん、ガイ・リッチー監督って才能がありそうで、いつでも不発。。。って気がする。
ロバート・ダウニー・Jrのホームズとジュード・ロウが相棒のワトソンですからね。面白くないわけがない。
やっぱ、ハイテクの映画ってのは、どうも乗れない。
アイリーン役のレ―チェルは小悪魔的な魅力を振りまいて、ああ、こーいうのもいいなぁって思った。

 『消されたヘッドライン』は社会派ミステリで、これは抜群に面白かった。
個人的な話だが、新聞記者を目指して挫折したせいか、今もって、新聞記者ものに点が甘い。
やさぐれアウトローで、実はやり手のジャーナリストのラッセル・クロウと生意気で気の強い若い記者のレ―チェルがコンビで調査する。
よくあるステレオタイプですが、レ―チェルはキュートだったなあ。これが一番、好きかもしれない。

 『きみがぼくを見つけた日』(原題:時間旅人の妻、いい邦題をつけましたな)、タイムトラベラーと恋愛するとどうなるかというお話。
近年、タイムパラドックスという規則を無視した映画が横行するなかで、規則を守ったまっとうな映画である。
主人公のエリック・バナは、タイムトリップするとき、服は残したままになる。従って、トリップ先では、つねに素っ裸である。
ロバート・ネイサンの『 ジェニーの肖像』の逆を行くような展開で、レ―チェルは図書館の20代から30代の母親まで演じ、演技力満開である。
余韻が『ゴースト/ニューヨークの幻』ににているのは、同じ脚本家だから、そうなるかと思った。

 『恋とニュースのつくり方』は、『ノッティングヒルの恋人』のロジャー・ミッシェル監督で、『プラダを着た悪魔』のアライン・ブロッシュ・マッケンナが脚本を書いた。
だから、つまらないはずがない。
アン・ハサウェイは、これほどきれいな人はいないとおもっていたけれど、最近は、なんか口裂け女のようになってしまった。(ファンの方、失礼)
レ―チェルは、新米素人TVプロデューサー役で、ひたすら可愛い。張り切り過ぎて、しばしば、空回りして、まわりはハラハラドキドキである。
プラダの時のアン・ハサウェイほどの疾走感はないけど、まあ、就活で挫折中の人など、一服の清涼剤になるかもしれない。
ハリソン・フォード が無骨な、昔気質の伝説の報道キャスターを好演している。
ハリソン・フォードさん。あと10年近くたったら、あなたが演じる、ヘンリー・フォンダの秀作『黄昏』のような作品がみたいデス。

 『君への誓い』は、何回か前の‘三十路まえ’で書いたし、『ミッドナイト・イン・パリ』は未見なので書けない。
ああ、くたびれた。こんな長い記事、読む人なんて、いるっかな。

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by nonoyamasadao | 2012-10-30 13:38 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

プリティ・ブライドの紅葉

  『プリティ・ブライド』を見る。映画自体はどってことない凡作である。
『ノッティングヒルの恋人』と同時代に製作された。CXの月九『やまとなでしこ』は後者をドラマの骨格としつつ、ウェディングドレス姿のとんずらと最後の押し掛け女房は前者のこの映画からのイタダキなのが、よーく分かる。
映画から、たまごについていくつか学んだ。サニーサイドアップが目玉焼き、ポーチドエッグが落とし卵だと言う。
そーなんだ。ジュリアロバーツが大好きなエッグ・ベネディクトなんて、どういう食べ物かも知らなかった。
イングリッシュ・マフィンの半分に、ベーコン、落とし卵、ソースの味付けのようだ。
フム、美味そう。今度作ってみよう。
 映画はメリーランド州の片田舎が舞台だが、牧歌的でよかった。
まぁ、紅葉を楽しむだけなら、採点は高ランクになるな。

 パラマウント調の映画『恋人たちの予感』ではニューヨークの紅葉が美しかった。
『ブレックファースト・クラブ』の五人組の三人がそのまま横滑りした『セント・エルモス・ファイアー』では、ジョージタウンの紅葉を楽しめた。ワシントンD.C.近郊でも、紅葉狩りができるのですね。
楓は洋の東西と問わず、赤や黄の紅葉は、昼でも、逆光線でも、灯障りでも心を染める。

 新聞に、去年出かけた花高原では、コスモス100万本の花畑が広がる。。。とのチラシが入る。
昨九月に訪れたとき、コスモスの苗木をたくさん積んだトラックが、目の前を何台も埃を立てて走って行った。
あれが育ったのかなあ。
なんだか、フクザツ。

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by nonoyamasadao | 2009-10-10 10:10 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

星に想いを

 昨日観た『星に想いを』(1994)はお気楽で、とっても楽しかった。ロマンチック・コメディーの小佳作である。
ウォルター・マッソーがアインシュタイン博士で、その姪っ子がメグ・ライアン。
1950年代のニュージャージー州のプリンストンの景色が牧歌的でいい。
この設定は、アインシュタインがプリンストン高等研究所に在籍したからだろう。

 いいなぁと思ったのは、プリンストン大学周辺の春の賑やかな雑木である。
ハナミズキ、白モクレン、梨やリンゴの果樹、ぶなやホオノキとおぼしき落葉樹、スギの常緑など、じつに見事なものである。
全体的に白っぽい花の風景に、ハナズオウのようなきつめの赤が添景として混じる。
サクラやカシワの木もあった。
正しくは、白モクレンがマグノリアであるように、ぶなはレッドオークとか、もしホオノキならイエローポプラとか、微妙な違いはあるのでしょうねぇ。
街の佇まいが落ち着いてこじんまりしていて、ああ、ここなら一度住んでみたいなぁって思った。

 ところどころで、アインシュタインの有名な挿話のモーツァルト好きだったり、心臓が弱かったり、『神はサイコロを振らない』とか『E=mc²』とかのセリフが散りばめられてある。
でも、根本はお遊びの映画だから、肩は凝らない。

 昔、読んだ『アインシュタインの部屋』によると、この時期のプリンストン高等研究所には、他に数学のゲーデルとファン・ノイマンが一緒だ。
アインシュタインとゲーデルは、どんな話をしたんでしょうね。
本では、ファン・ノイマンは社交的で、女の子を集めたり、酒の調達など、パーティ設営とかでも有能だったようだ。

 まあ、この面子だもんなぁ。
さぞ気難しいだろうなぁ。
世紀の大天才のノイマンとて若輩だから、きっとかなり気を遣ったでしょうね。
ふむ、さもありなん。

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by nonoyamasadao | 2009-09-04 14:25 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

青春トライアングル映画『恋しくて』

 このブログは、いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう・・・のはずだった。けれど、このところ、話題は食い物か樹木か音楽ばっかりになった。

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by nonoyamasadao | 2009-02-18 17:29 | 洗練コメディー映画 | Comments(10)

DVD二本立て

  昨晩、『幸せになるための27のドレス』と『アルフィー』のDVDの二本立てを観る。
前者は、『プラダを着た悪魔』の製作スタッフだそうだが、あんまりボクにはピンと来なかった。
『プラダを着た悪魔』はそこそこ、楽しかったが、こちらは、ワンシーンが長くて、演出が単調だった。
こまかなカット割りがないから、演出にリズムがない。
新聞の紙面にキャプションとキャスティングが挿入されるエンド・クレジットだけ、面白かった。
もう、『花嫁の父』(『花嫁のパパ』というのもあった)以上の年令だからかもしれない。

 『アルフィー』はカット割りがちゃんと出来ているから、緩急のリズムがあって、展開は快調だ。
リメークなんですよね。昔のは007のルイス・ギルバート監督で、マイケル・ケインが主人公だった。
好色一代男のロンドン版だったけど、リメークはジュード・ロウ(英)主演だけど,NYのマッハッタンにドンファン現る。。。に変わっている。
NYのクリスマスや雪景色が結構、楽しい。
演出のチャールズ・シャイアーは昔から知っているけど、ブレイク・エドワーズの出来損ないみたいな監督さんだ。
ブレイク・エドワーズは結構、ゴヒイキである。
だから、チャールズ・シャイアーの作品も、傾向としては好きである。
けれど、ソフィスティケーション・コメディーを目指しながら、どこか野暮ったい。そこが出来損ないの所以である。

 こういうセリフがある。
『ボクには、人ほど楽しいクリスマスの思い出はない。だからといって、ボクのクリスマスは、楽しくなかったわけではない。ディケンズの小説とは違うよ。』。。。って、ボクと同じだあ。

 ブランド品がイッパイ出てきた。
プラダの靴で水溜りを蹴ったり、スーザン・サランドンはシャネルの黒いドレスにピンクのピン・ヒール、サングラスできめていた。
ラム酒入りのエッグノッグって、クリスマス・ドリンクらしいけど、ぜんぜん縁がない。
ウィスキーのミドルトン・ヴェリー・レアも飲んだことないし、ドルチェビータというバラの花も知らない。
やばいなあ。ボクの人生、前方に氷山あり。。。。だあな。

 マイケル・ケインの前作だと、図々しくも、いけしゃあしゃあと生きてきたドンファンだが、人生の哀歓が滲んだ。
ジュード・ロウだと、いい男過ぎて、釣った魚(都合のよい女)にはエサやんない。。。がズバリだもんなあ。
だから挫折しても、ザマーミロだった。
とても同情する気にはなれない。ペーソスが皆無だ。
つまり、主題の『パートナーを見つけたら、毎日が最後だと思って生きろ』のメッセージが沈みこそせよ、浮上しない。
ベン・スティラーがやってたら、面白かったのじゃないかな。
ジュード・ロウは、『ロード・トゥ・パーディション』や『真夜中のサバナ』のようなあぶない人とか、凄みのある性格俳優の側面を強調した方が似合っている。
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by nonoyamasadao | 2008-12-20 16:29 | 洗練コメディー映画 | Comments(2)

調子がヘン

  2チャンネルや一部のおバカなブログだけかと思っていたら、どーも違った。
きゃあああああああああああああああああ 。。。ていうのを、日常でも聞く。
正確に書こう。たぶん、以下が近い。
ふきゃあああああああ!!!!!!!!!!!!!。。。だった。

 ボクが小学校のころから、『キャー』はあった。
長じて、会社の課内旅行の時に、車の中に小さな虫が迷い込んだ。
同じ後部座席の課の女性が、『キャーキャー』いうから、空中の虫を軽く掴んで、彼女に軽く放った。
でたー。
きゃあああああああああああああああああ。。。だった。
『責任をとってください』と、女性は失神しそうな形相で泣き叫ぶ。
ドライバーの課長は、『なにをしたのだ』という感じで、ムスッとして振り返る。
悪夢だあ。
だって、あーた、二十代の半ばの女性ですよ。愕然としました、私。

 そのワタクシが、ドヒャーーーーーー、ガーンという映画を昨夜、観る。
『クリスティーナの好きなコト』である。
イケイケねーちゃんが男遊びをしまくり、コスプレして、お下劣さも突出していた。
こうなると、おバカ会話つーのも、ソフィスティケーションだよな~。。。って思う。
 つまり、たちの悪い冗談(nasty joke)の満載がこの映画である。
おバカ会話の映画だと、きわどい冗談(dirty joke)とくだらない冗談(foolish joke)が、程よく混じっている。
ワイルダーくらいになると、洗練コメディー(sophistication comedy)とwitty jokeでしょうね。

 正直、低俗は大好きなのだが、ここまでになると、やっぱ、もうヤバイな。
キャメロン・ディアスもよくやったけど、極めつけは、セルマ・ブレアでしょう。
でもこの人の究極のお下劣は、なんか笑えるのですよ。
ある種、突き抜けて、体張って頑張っていて、とんでもないコトになっているから許すか。。。みたいな感じでしょうか。
ホントは演技力なんだけどね。こんな映画で、本気だすかなぁ。女性の鏡であーる。
鏡のお部屋ではありませんゾ。
もう品性は疑われているでしょうけど、それでも書けないシーンがある。
半眼剥いているセルマ・ブレアのお姿が健気で、妙に可愛い。
この際、真似しちゃおう。
かわいいいいいいいいいいいいいwwwwwwwwww

 興奮して一気にハイ・テンションになって、理性を失って参りました。
おバカとお下劣が、伝染したみたいだ。
皆、引いて誰も読んでくれないだろうなぁ。
はたまた、精神状態を問われるかもしれない。

『ありえねーよ』の領域に入っていく自分が、我ながら怖い。
たまには、これもありっかな。まっ、いいかぁ。
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by nonoyamasadao | 2008-12-01 13:57 | 洗練コメディー映画 | Comments(2)

奥様は魔女

  昨晩は『奥様は魔女』を観た。これ、二度目なんですよねえ。 ノーラ・エフロン監督にしちゃ、出来がよくないのだけど、何故か好きだ。
ラストを観ていて、その理由に気がついた。黒猫がいいですねえ。
調べたら、正しくは、黒猫ではないそうです。
トートイズシェルキャット(Tortoiseshell Cat、べっこう猫)というのだそうです。三毛猫の黒いヤツだとイメージしてください。
なるほど、黒に茶色がまだらに混じっていました。この黒猫、ミステリアスな感じで、美形だよなあ。
もっとも、ボクのネコへの美意識はおかしいみたいだから、適当に読み飛ばしてください。
ほんもののネコ好きは、顔がぶさいくな、丸み太りを突進し続けるようなデブネコがお好きらしい。
何事も道を究めると、妙な方向へ向かうみたいですねえ。マニアックと言うのがふさわしいのでしょう。

 ニコール・キッドマンがキュートだと、いろいろなブログに書いてあるけれど、ボクが勝手に考えているキュートとはたいぶ違う。
もちろん、お美しい人ですよね。
ボク流のキュートの定義では、先ずボーイッシュでお転婆な面と子供っぽいブリッコのお色気が混じっていなければならない。
その上で、フツーの人と微妙にズレているというネガティブな要素を含みつつ、それでも、尚可愛い女の子をそう言う。
たとえば、キルスティン・ダンストは『キモ可愛い』と言われるが、確かにキモ可愛いかもしれないが、キュートではない。
何も、ムキになって書くことじゃあないですな。

 猫がファーストシーンに出てくるのは、ヒッチコックの『泥棒成金』がありました。
猫がラストシーンまで出てくるのは、この作品と『ティファニーで朝食を』くらいしか、すぐには思いつきません。
イッパイ、あるとは思います。

 昔、黒猫を飼っていたせいでしょうか、黒猫には特別の想いがあるみたいです。
『魔女の宅急便』のジジについては、とんだところへ北村大膳(とんだところへ来た、村大膳)になるから書きません。
別に、正体バレても平気の平左なんですけどね。隠すほどのもの、何も持っていないしー。
 『黒猫』といえば、やっぱ、怪奇と幻想の家元のエドガー・アラン・ポーでしょうね。
あれが怖くないとか、ありふれたとか書くホラー・ファンがよくおられて、チョッカイだしたくなる。
まあ、人の価値観を尊重しないといけない。
 これ書いときましょう。
ロジャー・コーマン監督の『黒猫の怨霊』も、ついでに観てくださいってね。
リチャード・マシスンが脚本を書いていますが、この映画もなかなか、楽しいですよね。
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by nonoyamasadao | 2008-11-28 14:32 | 洗練コメディー映画 | Comments(4)

寒いから映画の話をしましょう

  映画のことを暫く書いていないけど、毎晩観ている。あらすじを書くのが、面倒くさい。何卒ご容赦くださいませ。
 『ラスト・アクション・ヒーロー』はウディ・アレン監督の『カイロの紫のバラ』やご贔屓のピーター・ハイアムズ監督の『カウチホテト・アドベンチャー』などと同趣向である。
まあ、前者の映画の中から出入りは映画ファンのための映画といった趣で、どちらかといえばロベール・アンリコ監督の傑作『ラムの大通り』に近い味わいだ。
後者のテレビからの出入りは、ファンタジーと風刺だった。
『ラスト・アクション・ヒーロー』は、SF的アクションでしょうね。
監督が『ダイハード1』と『バイハード3』のジョン・マクティアナンだから、強烈アクションだ。演出にパンチ力があるから結構、楽しめます。

 『ロング・キス・グッドナイト』はハードボイルド小説のようなタイトルである。アムネジア(amnesia)テーマで探索型だから、そう言えなくもない。
けれど、アクション、アクション、またアクションの映画です。
ジーナ・ディヴィスのボディー・アクションも馬!、うまっ!でノリノリでした。
SFXは大嫌いだけど、これはまぁ、ド派手ではあるなぁ。
ディヴィスの相方がサミュエル・L・ジャクソンで、“心ならずも巻き込まる”といういつものパターンだ。
最後になると自ら、渦中に飛び込んで行く。これまた、『ダイハード3』の家電屋さんの時と同じだ。

 『ルル・オン・ザ・ブリッジ』は作家のポ-ル・オースター監督作品で、ハーヴェイ・カイテル主演だから、ウェイン・ワン監督の秀作『スモーク』を期待しちゃいますよね。
そこまで行かなくても、せめて『ブルー・イン・ザ・フェイス』くらいとかねえ。でも残念でした。
やっぱ、映画のリズムになっていないんですよ。
テーマ的には、ロベール・アンリコの傑作『ふくろうの河』とかトルナトーレ監督の小佳作の『記憶の扉』とかと同じ趣向なんですけどね。
かなり落ちますね。

 バリ・レヴィンソン監督の『もしも私が大統領だったら・・・』(未公開)は、意外と拾いものでした。未公開だし、’90年代初めで才能が枯渇した監督ですからねえ。
でも、昔は大のご贔屓でした。これ、自作の『グットモーニング・ベトナム』(’87)へのオマージュのような映画でした。
自作に捧げると言うのも、ケッタイな表現ですよねえ。ヘンですな。
ロビン・ウィリアムズならではのスタンドアップ・コメディーとレヴィンソンのジャーナリスティックな感覚が上手く調和していました。
前作はロビン・ウィリアムズの連発ジョークがわかりにくかったけど、今回はわかりやすい。
下ネタがルビッチやワイルダー=I・A・L・ダイアモンドのようには洗練されてませんけれど、まっ、そこそこよろしいのでは。。。な~んて思っています。
ロビン・ウィリアムズ扮するトークショーのホストが、大統領選に出馬して、無所属なのに共和党、民主党候補に勝ってしまう。実は、コンピュータ・プログラムのバグのためなんですけどね。
アルバン・ライトマン監督にも替え玉のケビン・クラインが大統領になって活躍する『デーヴ』がありましたね。
メル・ブルックスが大統領になるSF・パロディーの『スペースボール』もあった。
この二作の方が上なんでしょうけれど、贔屓の引き倒しで同ランクにしちゃいました。
そうそ、ロブ・ライナー監督の『アメリカン・プレジデント』を忘れていた。これ、我が国だとあまり評判は良くないけど、ホワイトハウスを舞台としたロマンティック・コメディーでボクは楽しかった。

 こんなジョークばっかりです。
ユダヤ人の暗殺者二人がヒトラーを待ち伏せした。
到着予定は十二時半。
手には銃、爆弾、ナイフの準備万端で待つ。
十二時半、あらわれず。
十二時四十五分、あらわれず。
一時、まだ来ない。
たまらず一人がこう言った。
『ヒトラー、無事だといいけどなぁ』
 
 未公開の『リバティ・ハイツ』が、ぜひ観たい。ボルチモアを舞台にした青春映画のようだ。
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by nonoyamasadao | 2008-11-22 19:48 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

『ブリジットジョーンズの日記』

 『ブリジットジョーンズの日記』を再見した。
初見の後に、遡及してBBCで放映されたDVD『コリン・ファース 高慢と偏見』を観たので、いくつか発見があった。
前者は2001年の映画作品で、後者は1995年のテレビ映画である。
役者名がDVDのタイトルに入るのって、ちょっと凄くないですか。
トム・クルーズやブラッド・ピットなら理解できますが、コリン・ファースですからね。
しかし、BBCでリアルタイムで放映された時は、本当にイギリスを席巻したらしい。
通りから人は消え、ドップリのめり込んだヘレン・フィールディングはその現代ヴァージョンを書いた。
それが『ブリジットジョーンズの日記』だった。

 ヘレン・フィールディングがのめり込んだというのは、大仰な表現ではない。
『ブリジットジョーンズの日記』でも、『高慢と偏見』のコリン・ファースがマーク・ダーシーという役名である。ダーシー卿の名前のままでした。
『ブリジットジョーンズの日記』は再見すると、ズッコケ調のラブコメには違いないけど、結構、細部に工夫が凝らされていた。ラブコメとして観るなら、秀作だろう。
最初のターキーカレーのパーティーから、トナカイのタートルネックのセーターを着てコリン・ファースは登場する。かなりのマザコンである。
33才の独身女性のヒロインはレニー・ゼルウィガーで、心はヒュー・グラントとコリン・ファースの二人の男性の間で揺れ動く。
といっても、タバコはスパスパ吸うし、ワインがぶ飲み、ウオッカもグイグイ飲む。
何をやってもヘマばかりの、そうとうなズッコケ女である。
この頃のレニーはまだ、初々しい。キュートというより、ファニーである。
ヒュー・グラントはといえば、レニー・ゼルウィガーが勤務する出版社の上司だが、絵にかいたような軽薄男で、笑っちゃうくらいの女好き。ホントに、これが地なんじゃないの~というくらい出色の演技である。
コリン・ファース、スーツがなかなか、お似合いです。もっとも、悪趣味なネクタイは御愛嬌です。
  
 上司のグラントくんとレニーがベッドイン中に、母親から呼び出し電話がかかってくる。
母親はデパートで、ゆで卵の殻むき機械の実演販売をしているのだが、呼び出されたレニーがデパートに向かう途中でぶつぶつ呟くセリフがある。
こういうセリフである。
It is a truth universally acknowledged,that the moment one area of your starts going okay---
(これって、普遍的な真理らしい。人生のある部分がうまく回りだしたとたん----:吹き替え)

 この“これって、普遍的な真理らしい。”というセリフは、ジェーン・オースティンの引用である。
『Pride and Prejudice』(『高慢と偏見』、『自負と偏見』)の有名な書き出しなのだ。
It is a truth universally acknowledged, that a single man in possession of a good fortune, must be in want of a wife.
拙い訳だが、(富を持った独身男性は、みんな花嫁募集中にちがいない。これは世間一般に認められた真理である。)

 ヒュー・グラントと池のボートに乗った時にはこう呟く。
Season of mist and mellow fruitlessness.
(霧と熟れたけど朽ちた季節:拙訳)
これは、イギリスの詩人、ジョン・キーツの詩『秋に寄せて』の一部のパロディーである。
正しくは以下である。
Season of mist and mellow fruitfulness.
(霧と熟れた果物いっぱいの季節)

 こういったお遊びが随所に散らばっていて、だが、ジェーン・オースティン文学を貶めるものではない。本質の部分は忠実に、手本をなぞっている。
束になって毒舌を炸裂する面々のディナーに参加し、レニーがボロボロになって帰るとき、弁護士のコリン・ファースが追いかけてくる。
レニーのいろんな欠点や難点を並べ立て、そうは思うのだが、君への気持ちは抑えられない。。。というところが、『高慢と偏見』の第一回目のプロポーズと同様である。
コリン・ファースは言う。
I like you very much, just as you are.
(君が好きだ、ものすごく。ありのまま、そのままの君が:吹き替え)
これのヴァリエーションが、三回あった。そういえば、『ユー・ガット・メール』の中でもメグ・ライアンが『高慢と偏見』を200回読んでるという場面があった。もう一度、見てみよう。

 ボクは純文学はあまり読まないが、ジェーン・オースティンだけはほとんど読んでいる。
それは、イングランドの田園風景が好きだからだ。
ミステリのアガサ・クリスティーの田園風景の描写が好きだった。クリスティーは普通小説も数作だが、書いていた。
たぶん、中原弓彦(小林信彦)の書評だったような気がする。クリスティーの風景描写は、ジェーン・オースティンのようだとあった。
それからである。
『Pride and Prejudice』(『高慢と偏見』)は、アルファベットの頭二文字がPrで韻を踏んでいる。
英国の女流小説家ジェーン・オースティン(1775~1817)の生涯は、イギリスの産業革命のさなかに収まる。
だが、一行も工業化には触れていない。
田園風景での噂話や、家柄もよく、裕福で、ハンサムで、知的で、背が高い殿方選びの話を書いた。シェイクスピアの喜劇『から騒ぎ』(1598)の影響を受けて書いた『高慢と偏見』が、最高傑作だと思う。
アイロニーの雨が降り、やサタイアの風が吹く。
だが、理想に向かうプロセスと開眼を描いた作家がふさわしいと思う。
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by nonoyamasadao | 2008-09-15 23:49 | 洗練コメディー映画 | Comments(4)