いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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白馬のルンナ

 夏である。猛暑日の夏だ。
この季節になると、歩きたくなくなる。
散歩など、真っ平ゴメンである。
仕事場へだって、還暦過ぎのころは、ペットボトルを飲みながら、ハンチングを目深に被って、ゆるゆると歩いたが、今や、熱中症で行倒れになるのが、関の山である。
だから、タクシーで、移動する。

 家にいて、仕事をすればよいのだが、事情があって、家事をしないといけない。
還暦を過ぎたら、理想の老後のはずが、家事というものは、まことに厄介なものだと思い知る。
 で、手抜きの研究にいそしむ。
大嫌いだったマニュアルを読み齧りながら、試行錯誤で、全自動の洗濯機のトータルシステムを、どうにか学ぶ。
洗いーすすぎー脱水ー乾燥のトータルシステムを知ると、なんだか賢くなった気がして、すこしうれしい。
 ハンド掃除機なるものを、ネットで買って試すと、使い勝手はよいのだが、面倒なることこの上ない。
 あ、そういえば、『ブラックプレジデント』で、社員はボールペンと同じだと豪語するブラック企業を社長の沢村一樹さんのリビングを、ゆっくりとまったりと掃除するロボット掃除機があったな。
たしか、ロボット掃除機をヨシオ君と呼んで、話しかけてた。
で、また、懲りずに買った。
 こちらは、ヨシオ君ではなく、名前はルンバ。
♪昔アラブの 偉いお坊さんが・・・というのは、コーヒールンバだが、摩訶不思議な歌詞の歌だった。

 しかし、このロボット掃除機のルンバくんは、まことに愛いやつである。
ちょっとばかし軽率で、間抜けなところもあるが、まあ、実に、けなげに頑張ってお掃除してくれる。
な~んか、愛情を感じてしまう。
 遠い昔に、無線のトロリーバスのおもちゃで、遊んだことを思い出した。
このルンバくんに、カントリーマアムやバウムや三角蒸しパンなどを積んだカゴなど曳かせたら、さぞ、楽しかろうなどと思う。
 いやあ、このところ暑いからなあ。危ないジジイになってしまいそうだ。
しかし、このロボット掃除機ルンバくんは、まことにガンバルンバなのである。

 そういえば、昔々、白馬のルンナという歌があった。映画も観たぞ。


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# by nonoyamasadao | 2017-08-01 10:15 | 雑文 | Comments(0)

絵日記だった頃

  このところ、近親者のお見舞いで、あちらこちらから病院に向かう日々だ。
あ、暑い。
目の前を、黒アゲハが、ヨレヨレになって、横切っていく。
そりゃ、疲れるよね、ご同輩。
どうやら、我が県は、やっと梅雨明けみたいだ。

 このところ、よく、お見舞いに行く病院の傍に疎水が流れる。
小汚い川である。
どぶ川だべ。。。思ってたら、どぶ川には違いないが、それでも魚は汚い水でも棲息していて、大きくなっていると、タクシーの運転手さんが教えてくれた。

 ふ~ん。そっか。
今や魚釣りなどダサいんでしょうね。
今の子供は、物質面では、豊かだけれど、お気の毒であるなあと思う。

 そういえば、夏休みのお楽しみの男子版基礎編では、やっぱ、第一は、蝉とりだった。で、あとは、な、なんだったのか。
手花火なども、楽しかった。
花火の醍醐味は水辺に限るが、都会では、自宅のおうちのお庭の花火だった。
まあ、今なら、おもちゃ花火とかいうのかな。

 手裏剣のような、飛び道具のような花火が好きだった。
それと、なんといってもお値段も高かったけど、ジャイアント・スパークを誇る極太の筒状から、ブハァーッと、ぶっぱなすドカーンというドでかい音の花火は、迫力があった。花火が満喫できた。
フロイトではないけれど、それって、男子の性衝動の発露のサキガケのような気もする。
もちろん、フロイトなど、勉強するわけなどない。

 しかしだ。
いかに環境のためか、安全のためかは知らないけれど、無煙の花火、無音の花火だったら、もはや、それは花火ではない。
線香花火だって、ひそやかな音と四分五裂するアナーキックなスパークが魅力だった。

 まあ、蝉とりをして、熱射病(熱中症ほど重くない)っぽくなって、家に帰り、井戸水でよ~く冷えたスイカを食す。
そして、宿題など八月の最後の週まで、な~んもしないで、まとめて、天気と絵日記を、一気に書き上げる。
天気の正確さはどうか?全く、真実とは無関係。
適当に、晴れ、晴れ、曇り、とか書けばいいのさ、それでやって来た。

 ナマケモノだったけれど、その後ろめたさは、今も、まれに夢になって訪れる。
だったら、優等生の人は、うしろめたさ発の夢を見ないのだろうか。
 
それも味気ないな。


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# by nonoyamasadao | 2017-07-20 20:47 | 雑文 | Comments(4)

懐かしのメロンパン

 子供頃、悪質な風邪に罹った時の、お楽しみは、バナナやメロンだった。
もっとも、メロンはホンマ物のメロンは頂き物で、自宅で買っていたのは、まくわうりのメロンだった。

 そんなころに、森山加代子さんだったかな・・・。
♪コラソン デメロン デメロン メロンメロンメロンメロン♪という『メロンの気持ち』という歌が流行った。
たしか、後に、ゴールデン・ハーフがカヴァーしていた。
さらに遡った、りんごの気持ちはよくわかる。。。ってのはウソですが、メロンの気持ちも、わかろうはずがない。

 ボクにとってのメロンの魅力は、そのルックスがただ者じゃない姿・形にある。
表面に網目が張り巡らされたネットメロンは、やっぱ、なにもの?という強烈な第一印象が残る。
甘さも、スイカ同様に、他にない高級な味である。
高級な味とは何ぞや。
ベースは、キューリに似て、仄かで、お上品な甘みがミソである。砂糖でもなく、よく言われる蜂蜜でもない。

 もう一つの魅力は、メロンの芳香だと思う。
ほんのり甘く、すっきり爽やかで、ここがツボだと思うのだが、うっとりするセクシーな香りがする。
ウ~ム、堪らぬ。しかし、ご縁がほとんどなかった。

 土曜日の午後のお楽しみは、まっきっき(真っ黄っ黄)の黄色のメロンパンだった。
そうだった。ボクにとってのメロンパンは、杉並区荻窪小学校傍のパン屋さんの菓子パンの味だ。
食べ応えがあって、表皮は厚化粧の壁のようにカサカサしていて、ビスケット状だった。
形は、ボクの知っているのは、円形だった。
今思うと、まるでメロンの味も芳香もしなかったが、今の人のように、どこがメロンじゃ。。。と激することもなく、大好きだった。

 今日は、ビール1本とお酒を2合飲める日だったので、ほろ酔いで、コンビニで、メロンパンを買った。
フム、たしかに、レモンの果汁の芳香はある。
生意気にも、クリームなど入っちゃりなんかしたりして・・・なにやら、故広川太一郎さんみたいになっちゃった。

 でも、これって、邪道ですね。
ボクにとっての、メロンパンは、円形で、まっきっき(真っ黄っ黄)の黄色か、せめて、クリーム色で、パサッパサッのビスケット生地じゃなくっやね。

 そして、筋は網目状じゃなくて、線状じゃなくっちゃね。
今からすれば、すこし安っぽく、下品なお味だって、そりゃぁ、美味しかったんだから・・・。


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# by nonoyamasadao | 2017-06-23 21:40 | 雑文 | Comments(0)

真夜中のラスポテト

  空梅雨である。その分、暑い日が続く。
インドアの日々が長かったせいか、炎天下、あちらこちらに出掛けると、ものすごく消耗する。
熱中症になりそうだ。
 ボクの逆説型人生観では、今こそ、背広にネクタイの季節である。
猛暑日には、ザルでなく、アツアツの掛け蕎麦や昔だったら、アツアツのラーメンだった。
そういえば、生まれてから、今日ここにいたるまで、冷やし中華を食したことがない。
偏屈で、かたくなな性格はなおらない。
汗をダラダラ流し、ハンカチをぐちょぐちょにして、暑い時に、あっつい食べ物を食らう。
これぞ、ストレス解消法である。でも、身体には悪いかも・・・。

 そうはいいつつ、背広にネクタイで炎天下を歩くのも、さすがに辛いものがある。
ときどき、フッと意識がとびそうな時がある。
年のせいか、汗は昔ほどかかないので、熱を体にため込んでいるみたい。
 目の前を、タクシーが乗りなよ、乗りなよ、クーラーがギンギンにきいて、涼しいよ~とばかりに、よりそうようにユルユルと寄ってくる。
フム、負けた。
昔だったら、ゼッタイに乗らなかったろうと、涼しい空気の中で、いっとき、くよくよ悩む。
 こんなふうだから、毎日の洗濯が大変である。
コインランドリーに目覚めてから、最近は、自宅の洗濯機の洗いーすすぎー脱水ー乾燥のトータル・システムをやっと、マスターした。
ただ、真夜中に洗濯機を稼働していると、脱水の時に、ものすごい音がする。
ガタガタブルブルどころではない。地震の時のように、洗濯機自体が大揺れする。
それって、たぶん、旧式のせいなんだろうな。
 昭和のボクが20代や30代のころの、コメディーのdvdを見ている。
電車の色やリビングの風景や食卓などで、ああ、ずいぶん、時間がたったのだなあ。。。と実感する。
そういえば、登場人物のほとんどは、亡くなってる。
 ああ、イカン。こういう甘酸っぱい、懐かしさにドップリつかるのは、老化に拍車がかかりそうだ。
昔ながらのフライド・ポテトを1本、そしてまた1本と食す。
ラスポテトは、もちもち感とかりかり感が、ちょうどよいくらいだった。

 ていねいに食しながら、ああ、健康診断は9月に伸ばそうと思う。


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# by nonoyamasadao | 2017-06-18 13:50 | 雑文 | Comments(0)

経営哲学学会第34回大会にむかって、ふと、思ったこと

 本年度の8月27日、28日、29日の3日間にわたり、復興の経営哲学というテーマで、第34回大会を、 熊本学園大学で開催することになりました。
昨年の4月16日の深夜の本震の翌日、熊本のシンボルの熊本城の惨状や、昼夜、 行き交う人でごった返す下通りアーケイドがゴーストタウンのよう になった映像が、テレビ画面を流れました。
ただならぬ事態でした。その後、益城や阿蘇などの惨状が徐々に明らかになり、災厄の街熊本というのが、時間差をともなって実感として伝わってきました。
 これに津波と原発が加わった東日本震災や、 犠牲者がどんどん増えていった阪神・淡路の震災は、 映像を通じて見聞きしたはずなのに、 どんなだったろうと改めて想いを馳せました。
 けれども、このような悲劇を知っていただくことも大切ですが、 想定外の光景もいくつか、見聞致しました。昔からある商店街が退潮し、 スーパーやコンビニが華やかな現代に、震災直後は、 スーパーや大規模ショッピングモールが閉鎖されたことも手伝って 、商店街に全盛期のようなさんざめきが戻りました。また、 人と人との絆を大切にする、ロバート・ パットナムのいう信頼や互酬のネットワークが、 即興で構築されました。 新自由主義の利益追求が共同社会(ゲゼルシャフト)を席巻していたのが、いっとき、 お互い様という相互扶助が通い合っていた昭和が明るんでいたころの残像が蘇りました 。それは、きっと、市場経済からは、提供できない、 自律的連帯のようなものだったのかもしれません。
 ということで、我々は常日頃、学習だとか、 非契約的要素の信頼や利他性などを訴えてはいるものの、 そのありようの一端をまざまざと体験いたしました。熊本という地で、復興の経営哲学を考察するときに、 悲劇性のリアリズムを浮き彫りにするよりも、 もっとアカデミックな角度から、 どのような貢献ができるのかという鋭角的な問いが必要だと感じま した。もちろん、机上の空論でよいわけはなく、かりに、阪神・ 淡路ー東日本ー熊本と連続性をもって捉えたときに、 我々はそこから何を学び、なにを見落としていたのか。
 今大会では、経営哲学は、復興をどのようにとらえ、 どのようにかかわっていくべきか、あるいは、 人々の魂の力は何を可能にするだろう、などということを、 いくつかの切り口(医療、企業、NPOなど)から切り込んでゆきたいと考えています。悲惨な出来事を乗り越え、知的興奮に富む、 ポレミックな大会になればよいなと思います。
開催期間:8月27日(日)〜29日(火)
開催場所:熊本学園大学12号館(熊本市中央区大江2-5-1)
 懇親会は、熊本城の夜景を一望にできるホテルキャッスル11階「トゥール ド シャトー」においての開催を予定しております。(以下、懇親会場から見た城の夜景) 
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# by nonoyamasadao | 2017-06-15 22:43 | 雑文 | Comments(0)

負け犬の遠吠え

 昔々、マーブルチョコレートというのがあった。
筒状のキャップを外すと、7色の原色の、ボタンような、錠剤みたいでもあるチョコが、パラパラっとこぼれ出る。
今見たら、ど、どうなんだろう。
かなり安っぽい感じの色のような気もする。

 オマケには、アトムシールがあって、それを下敷きだの、筆箱に貼って遊んだ。
なんどもなんども、買った。
その理由は、どうしても欲しいキャラクターのシールがあったからだ。
それが、ただの一度も出ない。

 ウランちゃんだろうと、みなは思うだろうけれど、それは違う。
田鷲警部のシールが、ど~しても欲しかったのである。
なぜだろう。今もって、謎だ。

 ドラマの『やまとなでしこ』の中で、西村雅彦さんのセリフで、思い出深いのがある。
たしか、ここはドラマのオープンセットじゃないと、西村雅彦さんが絶叫する佐久間邸に、みんなが集まった場面だった。
キッチンで、チーズか何かを切っている佐久間こと西村雅彦さんのところに、桜子こと松嶋菜々子さんがワインをとりに来た時のセリフだった。

 佐久間曰く、あなた(桜子)の価値観はいつもストレートでわかりやすい。
けれど普通は、何が自分にとって一番大切なのか、気づくことの方がむずかしい。
特に、身近にあるときにはわからない。
失ったときに初めてその大切さに気づく。
しかもそれが、その人にとって一番大切なものだったりするから、始末に負えないんですよ。。。みたいなことだった。
 う~ん、確かに同じような経験があった気がしないでもない。

 してみると、田鷲警部のアトム・シールは、永遠の願望叶わずのママでよかったのかもしれないなあ。
手に入れていたら、今、思い出すことなど、きっとなかったと思う。
 
 まあ、負け犬の遠吠えなのですけれどね。


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# by nonoyamasadao | 2017-06-11 10:55 | 雑文 | Comments(0)

厄日だ

  青森に行く。
熊本から伊丹空港経由で、青森空港だ。
乗り継ぎの伊丹空港でも待ち時間が、半端なく長い。
搭乗ロビーで調べ物などしてたら、あっという間で、乗り過ごすところだった。
すこし、動作も思考もスローになった気がする。
年かな。だったら、イヤだなあ。

 熊本から伊丹、伊丹から青森までプロペラ飛行機だった。
旧弊な人間だから、今、最先端のハイテク機よりも、古びたプロペラ飛行機の方が、落ち着く。
青森空港が濃霧だと仙台空港に緊急着陸するとのアナウンスだったが、機長の方針説明では、極力、青森空港に着陸するつもりだという。
た、たのもしい。
フム、「グッドラック」のグレートキャプテンの柴俊夫さんのラストフライトの回を思い出した。
もっとも、グレートキャプテンは、このような地味なフライトはしないだろう。
定刻より5分以上早く、到着する。ランディングも、ほんとにソフトだった。
飛行機から降りて、飛行場をぞろぞろと歩き、ターミナルビルに入る。バスもないのが、なんだか新鮮だ。

 青森空港から、ナナカマドの街路樹の道を仕事の会場に向かう。
ああ、5年前にも、この道を通って、仕事に来たのだった。
そうだった。10月末なのに、ナナカマドの真っ赤な紅葉はまだで、遠くに八甲田山が見えた。
中腹だけが黄葉していたのを、つい昨日のように思い出す。
今回もまた、とんぼ返りだ。
昔、ガールフレンドが教えてくれた、十和田湖や浅虫温泉は、一生行けないのかなと、クヨクヨ悔やむ。

 その晩の懇親会の後、地味な、市内の中心から離れたビジネスホテルに泊まる。
夜、20時ころだというのに、食事処もない。フロントに聞いて、一軒しかない近場の居酒屋に向かう。
近場と言っても、1キロ以上の灯りも何もない、闇夜のさみしい道をトボトボ歩く。

 そのお店も、ぼんやりした感じで、ひっそりと佇む。
けれども、その居酒屋の刺身は美味かった。
ヒラメ刺し、イカ刺しは絶品だ。
刺身がウメーウメー、酒がすすむ、すすむ。
アルバイトのお姉さんがまた、おきれい。
明日は難題の仕事だが、まっ、いっか。

 あけて翌日、案の定、ひどい二日酔いだ。朝メシのバイキングに行くけど、パンを一つ二つに、パム2枚でアップルジュースを飲む。
まだ、目覚めないので、コーヒーも飲む。
ホテルの無料の、自動コーヒーを操作も判らぬまま、ためすと、コーヒーカップからコーヒーがあふれ出し、それでも止まらん。
フロントから、これまた、おうつくしいお嬢さんがとんできて、コーヒーを入れ直してくれ、わかりにくくてスミマセンと詫びる。
でも、その目は、なんだか、ワタクシを不憫そうに見ている気がする。ズドンと落ち込む。

 やっぱ、深酒がいけなかったのか、仕事も芳しくない。
またまた、落ち込む。
帰りの飛行機は、知っている人たちが、あちこちに散らばって乗っていた。
伊丹につくと、もうダメ。
疲れと脱力感で、ヘロヘロのヨレヨレだ。
で、贅沢してプレミアムクラスに乗る。
でも、不思議に腹が減る。ああ、そうだった。
朝すこしで、昼はぬいているからだ。

 もう、20時過ぎの夜間フライトだから、飯など出ないのだろうな。
今まで、いつも寝ていて、プレミアムクラスでは、食事を辞退してきた。
でも、ディナーはあった。なかなか凝った懐石膳だった。フライト後、15分たって出てきて、20分足らずで、食せねばならない。

 ウ~ム、おいしかったけれど、あわただしかったあ。な~んか胸焼けした。
全ては自業自得なのだが、厄日だと呟く。


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# by nonoyamasadao | 2017-05-31 11:05 | 雑文 | Comments(2)

与謝野馨さんを偲ぶー松本楼と堂々たる政治

 与謝野馨さんが亡くなった。9年前に書いた記事に、少し加筆して追悼文を書かせて頂く。

 日比谷公園内のレストラン「松本楼」で、日中首脳の非公式の夕食会が開かれた。松本楼の経営者は梅屋庄吉の末裔にあたるそうだ。梅屋庄吉は、中国の国民的英雄の孫文を物心の両面から支えた人だという。だが、今日書くのは松本楼にちなんだ政治の話だ。

 松本楼は、東京のセントラルパークの日比谷公園の中にある。日比谷公園は日本で初めての西洋風公園だ。野外音楽堂、噴水、花壇などがあり、昔の邦画には不可欠な公園であった。
松本楼は9月25日になると、10円カレーが食べられる。集まったお金はチャリティー募金になるそうだ。筆者が新入社員になったころ、勤務先は内幸町のNHKの向かいにあった。
松本楼は筆者が大学のころ、放火で全焼した。再建されたが、10円カレーは、後のことである。
昼休みには、よく日比谷公園に出掛けた。たくさんのOLがお昼を寛ぐ場所でもあった。風が強い日だと砂埃が舞い上がるが、時として思いもよらぬ目の保養の恩恵にも浴した。

 松本楼は日露戦争(1904年 - 1905年)の講和の結果、とばっちりでとんでもない災厄に見舞われた。
時代背景を大雑把に整理しておく。
帝政ロシアは苛烈な拡張政策をとり、それはイギリスのような資本の論理に従ったものとは性質を異にした。レーニンは、「軍事的封建的帝国主義」と表現した。
バルカン半島への進出を目指して、ドイツの反対にあって断念するや否や、その矛先を極東に向けるといったものだった。アジア諸国では欧米列強の植民地支配への鬱積した憤怒があった。

 日露戦争は日本にとってリスクの高い賭けである。日本政府内にも深刻な対立があった。
主戦派の桂太郎、小村寿太郎と戦争回避派の伊藤博文、山県有朋らの対立である。なかんずく伊藤博文と桂太郎の対立は以下の如くであった。
桂太郎は外務大臣に小村寿太郎を擁し、列強のイギリスと連携してロシアに対抗できると考えた。他方、伊藤博文は、ロシアと対決する力は日本にはないと判断し、自らペテルスブルグへ出かけ対ロ交渉にあたる。ロシアと妥協し、ロシアの満鉄支配を事実上、認めることで日本の安全を図ろうとする構想だった。
衛藤瀋吉先生の「東アジア国際関係史」の講義では、伊藤博文は政治的出自に於いて、人殺しを厭わないような輩だったが、政治の中枢になってからは、命がけでロシアとの戦争を回避しようとした。その識見はまさしく卓越し、周囲の反対にもかかわらず、穏当な意見であったと高く評価された。
だが、桂、小村らのリーダーシップで日露戦争に突入してゆく。

 日露戦争はギリギリの勝利となるが、1905年、セオドア・ローズベルト大統領の仲介による講和条約(ポーツマス条約)では、朝鮮に対する優先権、旅順や大連などの租借権、サハリンの南半分の領有権を手にしたが、賠償金は得られなかった。
賠償金の放棄は、どうにかこうにか勝たせてもらった日本であるから、必死の戦争終結努力の結果である。中途半端であれ、講和成立のためには詮無く引き返しも当然であった。
少しでも延びればロシアは必ず勝つという戦争の内情を知らない日本国民は、小村外交を不服として、松本楼、新聞社、交番などの「日比谷焼き討ち事件」と呼ばれるものを起こす。当時の松本楼でカレーを食べ、コーヒーを飲むのが、もっともモダンとされた時代だった。
焼き討ちの理由だが、自分たちの生活が賠償金によってよくなることを望む人たちの怒りの暴動であった。また、こうした小村外交を激越に弾劾したのは、「朝日新聞」であり、それに拠った東京帝国大学法学部の「七教授」であると、衛藤先生は指摘されている。(「近代東アジア国際関係史」、p.88,東京大学出版会)

 「戦勝はすなわち亡国の始めならん」と言ったのは徳富蘆花である。
 以下にまた、引用を記す。当節の政治家の本からの引用である。

 「私は、「どうして日本はあんなばかな戦争をやったのか」と考えることがある。そこで一つ思い至るのは、昭和10年代の政治家というのは、ほとんどイメージが残っていないということだ。」

 引用は、与謝野馨著「堂々たる政治」からである。
判断を誤り、戦争の引き金を引いたのが近衛文麿だと言う。また肝心なときに何の発言もせず、行動もしていない当時の政治家が、お粗末だったと言うのももっともである。
だが昨今もまた、残像のない政治家ばかりである。
与謝野氏も衛藤先生も、保守の人である。どちらかと言えば、筆者とはスタンスが違う人たちだが、凄みを帯びた知的廉直は人の心を打ち、かつ魅了する。(2008年5月9日)

 与謝野馨さんには、一度だけ会ったことがある。正しくは、サントリー・バーの、たまさか隣に座った人が与謝野さんだった。
そのサントリー・バーはトリス・バーが進化したのだと思う。
僕たちが学生時分から、行きつけだったくらいだから、銀座にあるのが不思議なくらいだ。
ストゥールだけのバーだ。新橋の銀座口そばに、十仁病院や喫茶店アマンドがあったころだ。僕もまだ、二十代の半ばころだった。
与謝野さんは地下のそのバーに颯爽と現れた。風のようにだ。
旧知であるらしいバーのマスターとの話しぶりから、新聞記者だと確信した。じつは、もう当選一回だった。
今、思うと、与謝野さんが、余命2年とガン宣告されたころだったと思う。
シングルの水割りを二杯飲んで、じゃあまた、と風のように去った。

 その与謝野さんが、金融・経済財政相のときのことだ。株の取引ミスに乗じて、利殖を目論んだ証券会社に対して、美しくないと短くコメントしたのが新聞に掲載されたのを読んだ。
ミスにつけこんだ経済行為を、美しくないといったのだろう。
政治家と美意識は対立概念のようだが、なぜか与謝野さんらしいと思った。
与謝野さんは、靖国神社A級戦犯分祀論者でもあった。
「君死にたもうことなかれ」の作者の孫だから当然であるが・・・。

 今、思い出すのは、小泉内閣時代の国会答弁で、野党から派遣についての見解を問われ、「同一労働、同一賃金は大原則だ」と、答弁したことだ。
野党議員も拍手した。
昔の保守の人には、たしかに品位がある人もいた。

 今の自民党には、もっとも必要な人であった。東京1区に向かって、合掌。

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# by nonoyamasadao | 2017-05-25 13:28 | 雑文 | Comments(4)

象牙海岸

 最近、近場をタクシーで動きまわることが多い。
周りの景色など、ぼーっとして、眺めるだけだから、季節の感覚が乏しい。
もっとも、タクシーのクーラーは、よく効いている。
帰りに、自宅に戻る時だけは、どんなところからでも、歩いて帰る。
まあ、途中で、晩飯などの買い物があるから、歩くだけだが、やっと、季節感らしきものが訪れる。
昨日の夕方は、歩いていて、バカに暑いなあと思ったら、昼は夏日だったようだ。
 タクシーの運転手さんが、面白い話を聞かせてくれた。
家は田園地帯の真っ只中だそうだ。
羨ましがっていたら、これからは、カエルの声がうるさいという。
それも風情ですねというと、あ~た、そんな気楽なもんじゃありませんね。。。と胸を張る。
あ~た、はムキになっていったから、あなたがあ~たになったのかもしれない。
でも、カエルの声は、耳になじむが、いつまでたっても馴染まないのが、虫の声だそうだ。
そっかな、秋のしじまの虫の音のリーリーリーリーというのは、ボクにとっては、メルヘンだったけどな。
まあ、『逃げ恥』で、新垣結衣さんが星野源さんの役名「平匡さん」を連呼するたびに、ボクはいつも、おいしい寿司ネタの「ヒラマサ、ヒラマサ」さんと連呼しているように思う。
それと似てるかもしれない。
ぜんぜん違うか。

 以前、市電通りに面した集合住宅に住んでいた。
明け方近くなると、始発の市電の振動音や、信号機の交通信号のぴっぽーぴっぽーという音で目覚めた。
信号機の音には、ピヨピヨやカッコーカッコーがある。
あれは、横断歩道の方向を表しているそうだ。
だったら、スクランブル交差点は、どーなるんだ。

 最近、あまり目覚めがよくない。
けれど、今日は、昔、よく遊んだ友人と旅行している夢を見た。
たぶん、週末に青森に行くからだろう。もっとも、ビジネス・トリップで行って、帰るだけだ。
夢の中では、たしか、金沢方面を旅していたと思うけど、なぜか、砂浜では象牙海岸だった。
金沢方面とコートジボアールが、どこで結び付いたのか。
夢の中の世界はまことに不条理なのである。

 きっと、竹内まりやさんの♪象牙海岸と名前までつけた 遠い夏のボクの心象風景は、金沢の海岸だったのかもしれない。
そういえば、もう夏雲になっているな。


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# by nonoyamasadao | 2017-05-21 11:11 | 雑文 | Comments(2)

コインランドリー

  還暦過ぎて、古希に近づきつつあるころになって、コインランドリーに行く。
ただしくは、我が生涯、2度目になる。
1度目は、老母がベッドから大転落して、救急搬送した時だった。
ああ、そういえば、なぜか洗濯には、縁がない人生だったなと、ふと気づく。
入院は一回きりだし、下宿時代もそんなに長くはなかった。
 左右に3台並ぶ洗濯機とその上に乾燥機が乗っかるようになっている。
洗濯機に、洗い物を入れながら、遠い昔の男女七人夏物語を思い出す。
明石家さんまさんが、コインランドリーで、「一枚パンツ、二枚パンツ、、、」と、パンツを投げ入れていた。
で、マネして、声に出してやってみる。
ん、面白い。これは病みつきになりそうだ。
 ま、待て。
これは、還暦過ぎて、やることじゃあない。
おそるおそる、うしろを振り向く。
誰もいない。
ああ、よかったぁ。
 
 あ、洗剤を入れるのを忘れてしまった。
でも、どこにも洗剤をいれるとは書いていない。
大丈夫かな、洗濯機が止まるのではなかろうな。。。とビクビクする。

 長く生きていくって・・・、独り言を呟き、しんみりしたキブンになる。


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# by nonoyamasadao | 2017-05-19 11:11 | 雑文 | Comments(0)

さみどりの憂鬱

  風邪なのか、はたまた花粉のせいなのか不分明だが、喉の痛みが治らない。
このところ、身体のあちこちにガタが来たようで、いろいろな検査をしに、大きな病院に行き、最先端の機械で検査した。
まあ、結果オーライなのだから、ハッピーだけれど、あれこれ心配して、ああ、年をとるってのは、こういうことなんだろうな、という感触をようやく思い知った気がする。

 4月末から、5月のゴールデンウィークのころになると、昔から、さみどりの憂鬱になった。
そ~んな憂さ晴らしに、ちょうどよい具合に、2~3年前まで、週に一度は顔を合わせていた若い人たちのOB呑み会に混ぜてもらう。
朝はコッペパン、ゆでた野菜付きハムエッグ、果物は晩柑を食す。
昼は抜いて、ちょっとだけ、月末の青森出張の下調べなどする。
宴会は、20時からだから、かなりおなかがすくが、じっと我慢する。
喉の痛みは消えないが、会合に出掛けて、瓶ビールや日本酒をおいしくいただくと、すっかり治ってた。
帰るとき、お店の急な傾斜の階段には手すりがなくて、ああ、ここから落ちたら、死ぬだろうな。。。。と、恐る恐る階段を降りる。
もしもボクが有名人なら、飲酒により階段を踏み外し、脳挫傷のために急逝。66歳没。葬儀は・・・などが、頭に浮かぶ。
ひょっとしたら、こういう妄想も、あらてのさみどりの憂鬱かもしれないなどと思う。

 お店の外で、若い友達たちとしばらく名残を惜しみあってから、次回はお盆だと言われ、別れる。
連休のせいか、タクシー乗り場には、誰もいない。
タクシーで帰ると、お隣のマンションのエゴノキの花が咲いてる。
下を向いた、釣鐘形の小さな白い花だ。

 はて、エゴノキは、5月の中旬過ぎころから梅雨前の花では、なかったか。
かすかな芳香のある木だが、匂いは、まだしなかった。
静かな真夜中の雨が降りだした。


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# by nonoyamasadao | 2017-05-04 17:55 | 雑文 | Comments(7)

愛の様相ー哀しみの街かど

 今や、本屋さんに行って、同じフロアで、ピザを食せる時代だそうである。
べ、便利になったなあ。
でもね、本屋さんに行って、同じフロアでピザを食っている人がいたら、かなり、引くでしょうね。
もう、その本屋さんには、行かないでしょうね。

 我が地でも、昨年の震災で、大きく模様替えした本屋さんがある。
新刊書も今や、カテゴライズされて分業システムとして、分類されて並ぶようになった。
でも、ミステリの新刊の隣に、たまさか、純文学が並んでいたから、庄野潤三の『絵合せ』とか『屋根』を読んだんだよなあ。
今のような、整理だったら、ぜったいに読まなかったな。
これは、ひねくれものの自己正当化かしら。だったら、スマヌ。

 今の地のよく行く三年坂通りの本屋さんも、かなり様相が変わったな。
昔々、あれだけ古本を買いあさって、それから、喫茶店に行って、その日の成果をじっくりと確信するのが、あれだけ楽しかった時間だったのに、本屋さんと喫茶室が同じフロアにあるのが、なーんかね、とっても抵抗がある。

 羨ましいのか。ちょっと、違うな。
でも、この感覚こそが、老害なんでしょうね。

 昔々、『哀しみの街角』だったかな、ロードショーではなくて、二本立てか何かで、仲間たちと、新宿に観に行った。
映像派というか、フォトジェニックなタッチのシャッツバーグだったと思う。
この監督の致命的な欠陥は、ドラマツルルギーが弱いことだった。
『哀しみの街角』は、薬物のことはな~んも判んないけれど、亡くなった当時の大先輩(実年齢で3才違い)は、映画後の喫茶室で、密告した恋人は怪しからんみたいなことな事を言われた。
ボクは、仕方ないじゃん。。。みたいなことを言った。
先輩は立腹して、理路整然と反論された。先輩、申し訳なかったです。
仲間たちの唯一の女性は、ボクと同じで、アル・パチーノに同情的だった。たぶん、かなりのパチーノのファンだったのでしょうね。
傷ましくも、惨めで、メランコリックな映画は、深夜のバス停で、ゼッタイに来っこないバスを、来ないだろうな~と知ってて、待ってたボクの心情にマッチしているとか、思った。
今、思うと、カール・ヤスパースのドイツ哲学専攻の大学院生で、ギリギリのところでしのぎを削っていた大先輩は、切迫した中で、どこかにブレークスルーを求めなきゃ男じゃない。。。と思ってたのだろう。
こ~んな簡単なことを、還暦の半ばを過ぎて、気づくなんて・・・・。
俺って、バカか。

 『スタンド・バイ・ミー』のように、みんなで無邪気に死体探しに森林に行ったつもりだが、結局、ボクは麻薬と恋愛の懊悩など、な~んも判らなかった。
ちょっとは、感受性の欠片ぐらいは持っていると思ってたけれど、信じられないほど、それが欠けてたみたい。
 
 でもね、現代だって、トム・ソーヤーが描いてた夢とか冒険って、永遠なんじゃないかな。。。な~んて思うんだけれど・・・。
でも、それも後づけですな。



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# by nonoyamasadao | 2017-04-26 19:41 | 雑文 | Comments(4)

振り返ると桜

 桜の開花宣言の後、このところ、雨降りである。
雨の上がった合間を見計らって、スーパーに出掛ける。
まだ寒い。
キッチンから見下ろせる高校の桜は、一番、いいころに差し掛かっている。
フム、あらためて、学校に咲く、桜はよいものだなと、感心して見入ってしまった。
希望と感傷が入りまじった、微妙に揺れる少年だった昔に還ったような気がするからかもしれない。
なつかしい気持ちでながめると、桜はうつくしい。

 大通りのソメイヨシノの並木の花見には、出掛けたいとは思わない。
寒いせいか、年令なのか、ニット帽でないと、風邪ひきになりそうな気がする。
この地には、桜が多く、学校の桜のほかに、小さな桜の公園、覆いかぶさるような楠の大木の手前の桜も美しい。

 県営住宅の前庭の桜は、もう葉が出だして、下の自動車の屋根は、白玉模様だった。
ちらと桜を見上げると、風もないのに、ちら、ちょっと間があって、また、ちらと花びらが舞い降りる。
 
 しかし、最近、思うのである。
左右に大きく枝を伸ばした桜より、すこし、小振りな桜の方が美しい。
おじさんたちがお酒を酌み交わし、じきに、桜などど~でもよくなって、BBQだのカラオケだののどんちゃん騒ぎには、巻き込まれたくないなと思う。

 スーパーのいつもの帰り道で、学校の桜を、ああ、この季節がくると進級したんだなあ。。。と少しだけ痛みを伴った気持ちで見ていたら、小さな女の子が、雨は降ってないのに、白い花弁のついた赤い傘をさして、よぎっていった。
おや、と思うと同時に、な~んか、いいなとすこしあたたかな気持ちになる。

 フム、危ないな。弱ってきたのかな。
そのうち、盆栽の桜に、じぃーっと見入っている自分がいるような気がする。
な~んか、そんな気がするんだよね。


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# by nonoyamasadao | 2017-04-08 16:29 | 雑文 | Comments(0)

ワイルド系男子はどこへ行った?

 今年も、あまり梅を見なかった。
な~んか、バタバタしているうちに、季節は変わっていた。
早春の匂いを連れてくる、黄色い花をつける蝋梅なども見逃した。

 唯一、スーパーで買った赤い木瓜の鉢植えが、色合いが変化して、楽しい。
といっても、鉢植えだし、こころもち、色にいきおいがない。
まあ、元気溌剌だけが取り柄のようにしか見えないダリアとかヒマワリは、どうも相性が悪い。

 ぼーっと、陽が高く上った空をながめていると、白いちぎれ雲が、あれよあれよという間に、流れていく。
あ、この間、長年の懸案だった舗道を隔てた隣の黄色いマンションの先に蝟集して咲く、白い花の正体を突きとめた。
電話で呼んだタクシー会社の配車係の人が、空車がそばにいないので、遠くから来るとのことで、ならば白い花を見に行こうと思った。

 遠目でも、たぶん、白モクレンに違いないと思ったけど、やっぱ、そうだった。
ボクは、40代のころまで、この純白の大輪花が、どーも不得手だった。
ふっくらとした、肉厚のゴージャスな花という印象で、いきおいがありすぎるように思えた。

 ところが気づくと、50代になるころ、妙に、気になる樹木になった。
人生にくたびれたのか、はたまた弱ってきたのだろうか。
白モクレンが咲くと、周囲がパッと明るくなり、陽光に白く輝く。
沢山のロウソクを立てたように、浮き立つように咲く。
ウ~ム、嫌いは好きと同義語か。

 去年は、インフルエンザ予防接種をしたので、まわりの人はバタバタと倒れたけれど、インフルにならなかった。

 大好きな渡瀬恒彦さんが、亡くなった。合掌。
オンシジュームが、大好きだったそうだ。
知らないので、検索をかけると、甘~くよい香りがするという。
な~んか、乙女チックな感じのする、らしくない黄色い花だが、フム、黄色のフリージアのように、ボクでも好きになりそうだ。
 
 最近、日に一度は、甘いものを食す。
今週は、人前で話をしなければならないし、来週は人間ドックがある。
やだなあ。
どっちも、不安がイッパイだ。

 かつての野卑で卑猥系のワイルド男子は、どこに行ってしまったのだろう。


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# by nonoyamasadao | 2017-03-19 13:41 | 雑文 | Comments(0)

なぜか、黄色フェチ

  子供のころから、黄色が1番、好きだ。
老母の高血圧の薬をもらいに行くタクシーの中で、どーでもよい、くだらないことを思い出す。
なぜ、黄色だったのだろう。

 ところが、不思議なことに、菜の花やヒマワリの黄色は好きではない。
今となっては、菜の花の辛し和えなど大好物だが、菜の花畑に一人、立ってみたいとは、およそ思わない。イヤだ。
映画『ひまわり』のように、あたり一面を埋め尽くしたひまわり畑に、ソフィア・ローレンのように、立ち尽くしたいなどと、夢にも思わない。
まあ、ひまわりも、菜の花も、子供のころは、あまり興味なかった。
好きなのは・・・と思いを巡らすと、ああ、ヤマブキは好きだった。
メロンパンも好きだった。
そういえば、タンポポもあまり、興味はなかった。

 理由は不明だが、子供のころのお絵描きの時間では、黄色を多用したのは間違えがない。
赤でもなく、青でもなかった。
フム、結局は謎だ。

 後年になって、家を構築するころに、植栽として、トサミズキ、サンシュユ、マンサクなど黄色の花の美を再確認する。
ああ、そうだった。
生まれながらにして、バナナは大好物だったが、当時は高価であったし、まるごと1本食すのを禁じられたうらみかもしれない。
食い物のうらみは、げに怖ろしい。
ついでに思い出した。
子供のころに、母にくっ付いて行った、銀座、若松の粟ぜんざいは、ことのほか美味だったし、真っ黒いアズキの中の宝石のように美しい黄色のつぶつぶはきれいだった。

 サザエさんのマンガで、粟餅だと思っていたら、高野豆腐で、ガッカリというのも記憶している。
してみると、その頃から黄色フェチだったのは、間違えがない。
だからと言って、生まれてから、ただの一つもイエローのワイシャツやスーツなど、着たことがない。
そもそも、ボクのようなブサイクではなくても、アイドル系男子だって、う~ん、問題あるなあ。

 スーパーに行くと、黄色い石鹼とか、スプレーとかあると、つい買ってしまう。
だから、黄色には、なにがしかの因果関係はあるのだろう。

 タクシーは、飯田山を遠くに眺めながら、秋津のレイクタウンに向かう。
途中で健軍商店街の復興の真っ盛りを見ながら、ああ、よかったと、ホッとする。
遠くに揺れる飯田山は、熊本の富士山だというのは、よくわかるような気がする。
山の頂きが、穏やかで丸くて、とても優美だ。

 秋津の住宅街を抜ける時に、車窓から、満開の白モクレンや、鈴なりのコブシの花を見る。
目に真っ白が飛び込んできて、頭のなかも、真っ白っぽくなる。

 色・ホワイトブレンドになった。


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# by nonoyamasadao | 2017-03-14 21:01 | 雑文 | Comments(0)

アプリコット・ジャム

  新刊小説を2冊、買った夢を見た。
夢の中で、こんな高い新刊小説を買ったのは、久しぶりだな。
値段も高かったし、上下2巻だから、つまらないと後悔するだろうな、でも、きっと面白くないに違いない。。。などと、クヨクヨ考える。

 朝起きて、食パンに、あんずのジャムを塗りながら、はて、あの夢の中の本は何だったのかなと、しばし、考えるが、思い出せない。
アプリコット・ジャムか。
すごく、久しぶりだ。
あんずの形のジャムを塗ると、すべるように、薄くのびた。
食べると、甘酸っぱいような、なんとも形容しがたい味がする。
しばらくして、ああ、この味は、子供のころに、駄菓子屋で食べた味だと気づく。
う~ん、こういう安っぽい味も、懐かしくて、な~んかいいよね。

 以前、たくさんのジャムを集めるのが、趣味だった。
マーマレード、イチゴ、マンゴー、アップル、ブルーベリー、ウメなど、いつも六種類くらい揃えた。
深夜、冷蔵庫に並べて、ひとり悦に入って眺めていたら、老母にしっかり見られたことがある。
ジャムは傷みがはやいので、何種類も買うのはバカだ、と老母に叱られたのを思い出した。

 20代から30代の後半までの、二日酔いの翌日の日曜日の朝は、いつもこ~んな感じだったなあ。
ぼんやりしながら、新聞をひらくと、村上春樹センセイの新刊の『騎士団長殺し』の広告の活字が飛び込んでくる。
ああ、そうだった。
夢の中の新刊本は、『騎士団長殺し』だった。

 インスタントコーヒーの濃い目のブラックを飲みながら、まっ、古本になったら、ネットで買おうと誓う。


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# by nonoyamasadao | 2017-03-12 18:43 | 雑文 | Comments(2)

酔った頭で

 あのさ、梅のほころぶ頃に、飲み会をやろうよと言ったのは、たぶん、ボクなんだと思う。

 この頃、寄る年波ゆえに若い人たちに励ましのお言葉をどうぞ。。。という年令になった。

はてさて本当に困った。

人前でしゃべるのが、どーにも苦しみ以外のなにものでもない。

どーせ、誰も聞いちゃいネ~ぜと思っても、そうもいかない。

今、無い知恵を絞って考えるのは、前を向いて。。。とか、楽しい人生を。。。とかしか思い浮かばん。

ドラマだったら、自分の未来に恋をしましょう。。。とか、そりゃ、平気で言える。

でも、ここがキモだが、言葉はドラマのように、軽くなく、実は重い。

木の葉が湖面を優雅に、ゆら~り行きかうような、そんなもんじゃない。

 宴の後、若い女性たちが、気遣ってくれるのは、光栄だけれど、まだまだ足腰はしっかりと、たつので、心配してくれるのは大きなお世話だ。

でも、たぶん、そんな心配を抱く危うい場面も、きっとあったんでしょうね。

記憶にはないが、そんなことだろう。

 最近、昭和のドラマのDVDを結構見てる。

昭和なら、おまえは向田邦子の世界か。。。などという軽いもんじゃない。
向田邦子さんは才人だが、ボクにはマイナーポイエットだ。

個人的には昭和を代表する人じゃないんだ

代表するのは、やっぱ、源氏鶏太であり、丹羽文雄であり、井上靖であり、松本清張だろう。

近来だと、川上弘美さんはやわらくて、あたたかくて、理性が利いてて好きだ。

あとはあまり、不勉強でしらない。

エッセイなら、好き嫌いはひとそれぞれあるでしょうけれど、山口瞳さんはうまかった。

個人的には、メジャーになる前の長部日出夫さんの、石井均さんの追っかけエッセイとか、パセティックで好きだった。沢木耕太郎は、大袈裟で、ドラマを作るから好きじゃない。

双葉十三郎先生のお遊び口調で、辛い映画評も、文章がとてもお洒落なので、ああ、これもエッセイで読めるなぁと思う。

以下、正直、世間様全体を敵に回すことを覚悟して書く。

一度たりとも、サザエさんが見たいと思ったことはない。つまんね~。スケールちっちゃいし・・・。

長谷川町子さんのマンガは、たしかに達者なものだったし、品性もあった。

でもね、同じように、ディズニーランドは一度も行かなかった。やっぱ、趣味なら反体制なのかも。ウォルトディズニーは、稀代の才人だったのでしょうねえ。

 若い人たちとお酒を飲んで、いくぶんかの憂いの種も消え、タクシーの乗るふりをして、ゆらり、ゆらゆらと歩く。

白梅の匂いが、つんとする。

見えないけれど、そうに決まっている。

さみしさとよろこびという言葉が、自立反転・転化するような気分で、歩く。

 寒さが少しぬるんで、ああ、エラ~イ先生の宮沢賢治さんの『注文の多い料理店』とか、太宰治さんも『やんぬる哉』、そんなことを書いてたのかなと邪推する。

畏れ多くもかしこくも・・・だが。

 ああ、あしたは、仕事がない日だ。俺は、星野源の歌は嫌いだ。さだまさしのように。



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# by nonoyamasadao | 2017-02-16 00:44 | 雑文 | Comments(0)

風を切って

 大学のころ、1年遅れで、早稲田ミステリ倶楽部ーーー略してWMCへ、大学の2年次になって入部した。
今は、ワセミスとかいうらしいが、よく知らない。
WMCは、よくも悪しくも、個性派集団で、排他的でありつつ、妙な凝集性のあるサークルだったと思う。
ボクの青春は、すべて、そこにある。

 と言ったって、ボクの場合は、ドラマティックなことなど、な〜んもなかった。
大学の2年次以降、3年次、4年次と、そのサークルの集合場所だった『モンシェリ』という喫茶店に、終日、入り浸ってた。
終日というのは、陽の照っている間という意味である。

 夕暮れの気配が漂う頃になると、授業にも出ないで、倶楽部に入り浸っていたことに、当初は少し、後ろめたい気分になった。
夕陽が輝くほんの瞬間だけ、後ろめたさは残った。
それは、確かにほんの一瞬で、早稲田界隈に夕靄が立ち込めるころになると、あっけなく忘れた。

 ようは、勉強も何もしないで、まるごと一日、ミステリや映画に捧げた、かなりオーバーランした愚行の青春である。
正当化できるわけもないが、なぜか、ボクの裡では、それでよかったのだ。。。と、じつは、心底、そう思っている。

 山田詠美さんのいう、ステキな時間の無駄遣いとは、程遠い。
金はあれば、ありったけ、使った。
けれど、早稲田から鬼子母神方向に向かう、うるむ夕日が差すころの都電荒川線に乗ったことはなかった。
悔やまれる。

 でも、今現在、ネット検索しても出てこないような本邦稀な駄作推理小説やイモ映画を主体に、いっぱい読書し、映画を観ててよかった。
ムダこそ、凄い財産だ。

 人は誰も評価しなくても、ボクが好んだ作品のあるフレーズとか、情景は、今だって鮮明に蘇る。
めぐりめぐって、時がたって、人に伝達したくても、だ〜れも知らないミステリや、当時、好きだな〜って思った映画があるなんて、とっても素敵なことだなと、今になって思う。
どのくらいの人が観て、好いたり嫌ったりの記憶にとどめている人はどれくらいいるのかな。
大体、作者が健康で、楽しく暮らしているのかなあ。
などと思うと、ああ、リアルタイムの読書とか、映画っていいよねって思う。

 日の翳った早稲田の街角を、地下鉄東西線の早稲田駅に向かって歩いたら、な〜んか、泣きたい気分に似た懐かしさに襲われるのではないかな。。。と、遠い地で、想像を膨らませてる。

 今日、夕暮れの街角に立って、ぼんやりと信号待ちしている間、そ〜んな事を思い出していたら、軽い胸騒ぎがした。
遠い昔のこと。きっと、誰も知らない。
ああ、そ〜なんだよね。ワタクシの人生における、読書とか映画は、そんなもんだった。
でも、それでいい。
 
 風を切って、歩いて、家まで帰る。


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# by nonoyamasadao | 2017-02-07 19:51 | 雑文 | Comments(4)

ハッピー

  土曜日なのに、仕事部屋に行く。
ひざしはそこそこなのに、まだ寒い。
ばかに車が混んでいるなあと、いつもの通り道の車道を横目で眺めると、びっしりと車が並んでいる。
ああ、県立の劇場で、なにやら催し事があるみたい。

 立春である。
己が無知を天下に晒すようであるが、節分と立春が隣り合っていることを、昨日まで知らなかった。
節分は季節を4等分する意味もあるらしいし、朔旦立春となると、ボクが88才の年齢になるときに、やって来るらしい。
朔旦立春は、42才の時もそうで、その時は、今の仕事に転職を決めた年だった。
その前の朔旦立春は、4才で、生まれ育った大宮から、杉並の荻窪に引っ越した年だった。
88才には、なにが起こるのだろう。
むつかしいとは思うけど、願わくば、88才まで、この世で生きていたい。

 昨日は、ネギトロの恵方巻で、北北西に向かって、大口で一口、丸かじりした。
これじゃ、意味ないどころか、イカンのかもしれない。
ただしくは、黙して、一気呵成に、太巻きを全部、食さないといけないみたいだ。
フム、我が老母は、何も言わずとも、自然にそうしていた。

 通り抜けの、ブルーシートを被った大学に行く途中に、真紅のツバキの花を見た。
裏門の通路を抜けると、紅梅の木に小さな花が、いくつもくっついてた。
一言でいうと、可憐にして、ちらり妖しく、清潔にして、ややセクシーが持ち味だ。
こういうのが大好きだ。
昔の裏門は、今のようなバリアフリーではなく、サザンカの生垣を抜けると、ほころびだした紅梅に出逢って、ああ、春が立つなと実感した。

 通り抜けの大学の向かいのスーパーで、生タラバ蟹、白菜、春菊、ネギ、エノキ、トーフなど買う。
陽の高い帰り道に、♪1 2 3(ワンツースリー) あの三叉路で 1 2 3 。。。。というキャンディーズの曲が、頭に浮かんで、そしたら駆け巡る。
そうだよな。
梅 ハクモクレン 桜とワンツースリーで、咲くんだよなあ。

 最近、筍の穂先とタラの芽の天ぷらなどの季節で、スーパーで買ってよく食す。
もう少したつと、早期退職の友人や、特任の先輩たちと、♪軽く手を振り、私達、お別れなんですよ~になるのですね。
「サヨナラ」ダケガ人生ダ。。。って、誰の訳だったっけ。

 青い空を仰いで、ああ、そろそろ、空豆のさやごと焼きの季節であるなぁと呟く。
幸い、今日は飲める日である。
ハッピー。


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# by nonoyamasadao | 2017-02-04 19:01 | 雑文 | Comments(2)

新年を迎え、かく語りき。

 昨年の暮れに、同僚の同い年の友人と、夕の5時から飲み放題の鍋料理屋さんに行く。
なんだか、学生さんみたいだねと言いながら、飲み放題だから、盃をかさねる。
当然、2時間も経過すれば、ただの酔っぱらい状態だ。
ただの酔っぱらいと、ちと違うのは妙なプライドが邪魔する。
つまり、昔取った杵柄を見せてやる。。。とばかりに、この同僚と一緒だと、やけに意気軒高となる。
昨年の春には、この友人とは、カラオケオールとやらを、60の半ばすぎて、達成したばかりだ。
案外、安くつく。
というより、じーちゃんたちの若い頃がその時だけだが、鮮やかに蘇る。
思えば、昨年の暮もヤな予感がした。
結局、明け方近くの、3時近くに、歳末のタクシー乗り場にエンエンと並ぶ羽目になる。
でもねえ、これって、病みつきになりそうって方が、コワイ。

 カラオケしていて、そういえば、会社時代に歌唱力のある友人が、♪紅茶のおいしい喫茶店〜。。。と歌っていたのを思い出す。
そして、白いお皿にグッバイ……バイ……バイと続く。
その友人は、残念なことに美しい女性ではなく、男性である。まあ、いつものことである。
だが、彼は柏原芳恵さんと同じに、1オクターブ上で歌った。
そして、石川ひとみさんの♪好きだったのよ……あなたの『まちぶせ』へと進んだ。

 しかしだ。当時から抱いていた、疑問を20数年ぶりに思い出す。
紅茶のおいしい喫茶店はあまり知らないし、紅茶以外は、その喫茶店では、おいしくないのかという、素朴な疑問である。
思い返すと、幼少期からひたすら憧れていた、イギリスのアフタヌーンティは、本当に、おいしいのか。。。などと、疑問が果てしなく続く。
ああ、ロンドンの有名な百貨店のハロッズ (Harrods)で、紅茶を飲んでみたかったぁ。

 紅茶は水色が美しい。
恋はみずいろのみずいろではなく、すいしょくのことである。
限りなく、透明度が高いオレンジ色や赤だった。根拠なく個人的な好みだと、断然、赤だ。

 今や、インスタントばかりだから、紅茶よりもコーヒーの方がおいしく感じる。
でも、ある銀座のお店のアップルティーは、おいしかったなあ。
と書くくらいだから、本当は、あまり、紅茶の味も、コーヒーも、日本酒も、たいして、味などなどわかっちゃいない。

 ああ、今年も新年があっけなく過ぎて行く。
センター入試があって、それが終わると、卒業式か。
かくして、また、新しい、そして残り少ない現役の1頁が開くのだな。


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# by nonoyamasadao | 2017-01-14 19:25 | 雑文 | Comments(2)

おはよう今年

  今年最後の日。
まだ年賀状を書いていないので、朝の七時前に起きて、少し、書きだす。
外はまだ、暗い。
すくない数なので、一応、宛名と数行の言葉は、手書きだ。
今日、投函すると、いつごろ到着するのだろう。
 川上弘美さんだったと思う。
大みそかに、年賀状を書いて、おせちを少し作って、紅白を少し見て、おやすみなさい今年と言いながら眠る。。。とエッセイに書いてた。
SMAPも出ない(といっても、俄かファン)紅白は、たぶん、見ないと思うが、二日酔いになる少し前くらいまで、お酒を飲むと思う。
どうせ、深夜の2時過ぎになる。
だとすれば、年が変わって、年の最初に向かって、おやすみ今年。。。はどうだろう。出逢いの挨拶抜きのサヨナラみたいだ。
明日、起床の時、おはよう今年。。。と挨拶することにしよう。
明日、晴れだとよいなあ。

 このところ、寒い。
老母が腰痛のため、あれこれとせわしないが、どーせ、あちこちに買い物に行く程度である。

 立原正秋さんのエッセイをパラパラと読んでいたら、「造花にしたがい四時を友としたのは芭蕉だ」というくだりがあった。
ん?、一瞬、芭蕉の時代に造花などあったの?。
午後の四時が友達とは、まじ意味わかんない。。。と、ギャル言葉で呟きたくなる。
まあ、理解できていないのは確かで、ネットで調べる。
どうやら、自然(造化)にしたがって、四季(四時)を友達にする、と言うことらしい。
インターネットは、まことに便利なものである。

 今年は、サルスベリもサザンカも、ほとんど意識して見たことはなかった。
そっか。サザンカなら、例年だと、すぐ隣の隣の高校の鉄柵の生垣のあちこちに咲いている。
年賀状を出すときに、ちょっと寄り道して見てみよう。

 本当なら、大つごもりの夜は、お隣の独身の料理研究家(華道か茶道の研究家でもよい)の美女と一緒に、酒盛りするはずであった。
すくなくとも、妄想の世界ではそうだった。

 こうして、今年も一年がすぎて行く。



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# by nonoyamasadao | 2016-12-31 10:09 | 雑文 | Comments(0)

年の瀬の独り言

  今年も、いよいよ押し迫ってきた。
今日は、哲学者のW.ジェームズの地震は、悲惨なものだけれど、破壊から、何かの始まりを予感させるような超楽観的なエッセイを読んだ。
瓦礫からの創造か。
かくありたい。

 最近の青春ドラマは、どーもボクには面白くない。
有村架純さんとか、桐谷美玲さんとかご贔屓のタレントは魅力的なのに、砂をかむ思いだ。
どうやら、相手役の男性や物語展開に問題が、ありそうだ。
比較的、最近のタレントさんで好きなのは、森山未來さん、『Q10』の佐藤健さん、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』のバイプレイヤーの高橋一生さんくらいだ。
それぞれ、個性があった。

 まあ、客観的に見れば、ボクの感性が時代から大きく乖離したんだろう。
最近のイケメン男性のヘアスタイルでは、前髪が額をスッポリと隠すほど垂らす傾向があるようだ。
昔の少女マンガの、眼の中に星がキラキラ時代の男子に、似ている。

 むきになるわけではないけれど、ボクだって、うんざりするほど髪が伸びたころがあった。
髪の毛が目に入ると、カッとした怒りを覚えた。

 この頃の若者はなどというと、年寄りの口ぶりである。
ボクにも、その季節がやって来て久しい。

 しかし、どの男性タレントさんも、恐ろしいくらいに陰影がない。
もしくは、屈託がまるでない。
きっと、せんべいを齧らずにチョコなど食し、みたらし団子を頬張ることなく、ケーキでも食してきた咎だろう。
そういえば、ある少女マンガを読んでいて、ヒロインの相手役の男子が、まったくの没個性で、ノッペラボウに見えた。

 ボクが大学最後の年だったと思う。
『冬物語』という、恋愛ドラマがヒットした。
浅丘ルリ子さんの相手役は、まだ30になったころの原田芳雄さんで、手負いの獣のようだった。
くぐもった、しわがれ声で、ボソボソしゃべる。
前髪が額を覆うようになっていたけれど、かっこよいアンチヒーローだった。
細身のミスタースリムを咥えて、タバコを吸うシーンに、痺れた。
さっそく、それを真似て、セブンスターからミスタースリムに変えた。
これが高くつく。
まあ、格好だけまねたって、中身が伴ってないので、同じ寡黙でも、異性としゃべれないのと、しゃべらないのは大きく違う。

 今や、ソース顔、ショーユ顔の時代を経て、塩顔の時代だそうだ。
そうかい、そうかい。
味噌、醤油、塩なら、塩ラーメンが一番、好きだ。
白菜、椎茸、ニンジンなど野菜たっぷりだし、胃にやさしい感じだ。

 ↓穴沢ジョージさんのブログが素敵だったので、マネして。


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# by nonoyamasadao | 2016-12-28 23:18 | 短編小説・詞・詩 | Comments(0)

冬至

 ブログを始めて、かれこれ9年になる。
最初は、映画や読書や音楽の趣味の話題で、そのうちに日々の暮らしの食べ物や、過去の非モテの鬱屈などに拡散していった。
その日の気分で書いていたのが、過去の由無し事を書くようになって、小中学から40才になるかならないかの意識の流れを、行きつ戻りつした。
通して読んだことはないけれど、統一といったようなことはまるでないと思う。

 振り返れば、茫々として定かでない孤独やさみしさが広がっているに違いない。
本当は、もっと、乾いた淡い感傷や、陽気で、おバカな日々を書きたかったが、本来の体質が、しみじみとか、ペーソスを好んでいたのだなあと、最近になって、やっと気がついた。
そう思うと、かなり、いやな気分になる。
まっ、いっか。
性分なのだから、仕方がない。

 飽きっぽい性格なのに、よくもったなあ。。。我ながら、不思議だ。
これからも、適度に酒を飲み、おいしい刺身を食し、DVDを見て、あーだこーだうしろ向きの話題を綴って、森の中をゆるーく散歩するような感じで続けていきたい。
明日は、冬至である。
ことしこそ、ぜったいに、柚子は六個以上、投じようと固く決意する。
今、夜空は霧でかなり霞んでいるが、かすかに見える朧月を眺め、いまだによるべなくてしんみりした、それでいて、かすかに幸せに似た気持ちになった。まあ、こんな感じがちょうどよいのかもしれない。
今年は、あと何回、ブログが書けるだろう。

 年食っちゃったけれど、まだまだ、これからさと思うと、まだ若かった東京の時代がすこしだけ蘇る。


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# by nonoyamasadao | 2016-12-21 00:20 | 雑文 | Comments(2)

柚子とポインセチア

 ここのところ、あまり、読書をしていない。
メガネの度数が微妙に狂っているので、目が疲れる。
裸眼の方が、よく見える。
読書は、仕事の本だけにしていた。

 映画と読書と食べ物くらいしか楽しみのないボクにとって、なんだか彩りに欠けるどころじゃあない。
たとえてみれば、読書抜きのボクなど、冷飯やぬるーいビ―ルのような、いよいよもって碌なものじゃない。
そういえば、季節の風景にも鈍感になって、色褪せた風景のようになっている気もする。
こいつはイカンですよ。
鬱々した我が人生の危機かもしれない。

 で、さっそく、メガネ屋さんで、遠近ではなく、近々メガネとやらをつくってもらう。
う~ん、新聞の文字が実にくっきり鮮やか。
日曜版に載っている記事の内容が、ばかに面白く読める。

 フム、やっぱ、お休みって大事だなと思う。
エンタメ系の活字から、随分と長いこと、ご無沙汰していた気がする。

 さりとて、たいした仕事などしていないのだけれど、お遊びにも、お休みが必要なことを知る。
たまには、DVDを見ない日とか、おしゃべりをほとんどしない日とか、朝ごはんを抜く日とか設けてみよう。

 よ~く、見えるメガネで、塔晶夫の『虚無への供物』の日経新聞の紹介文を読む。
ウ~ム、読みたい、読みたい。
あの素晴らしく長い、日本ミステリ史上燦然と輝く、最高峰のミステリを読みたい衝動が津波のように襲ってくる。
他にも面白い新刊書などないか、新聞の読書欄を眺めながら、日本茶を啜る。
あ、そういえば、このところ、コーヒーばかりを飲んでいた。
おいしい日本茶のおかわりを丁寧に淹れる。

 冬なのに、ばかに明るい午後の日ざしがリビングに伸びている。
そろそろ、柚子とポインセチアを買わなくっちゃ・・・だな。


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# by nonoyamasadao | 2016-12-18 13:22 | 雑文 | Comments(0)

雪の断章

  11月に東京で、雪が降るのは54年ぶりだという。
ということは、ボクは小学生の最後のころだろう。
フム、思い出せない。
中央自動車道の八王子インターのあたりだろうか。凍てついた路面が映し出される。
そっか、東京は雪か。
いや、よそごとである。

 かと思うと、東山の東福寺では、もみじ紅葉の見ごろである。
やっぱ、紅葉は、イチョウ並木の黄葉もよいけれど、ケヤキ、カエデ、そして、ナナカマドが好きだな。

 ほんとうは、橋上での写真撮影は禁止なのに、みな、ケータイでバシャバシャ撮ってる。
フム、気持ちはわかるけれど、昔の日本人は、そういうルールは愚直なまでに守ったもんだ
守らなかったのは、ワタクシのような無頼漢だけだった。今や、ワタクシだって、守る。
いやはや、困ったもんだ。
いや、よそごとだ。

 仕事が午後近くにあって、11時を過ぎたころ、家を出る。
うっ、さぶっ。
風が冷たいというより、寒い。
そっか、東京では雪だもんなあ。いや、よそ事ではなかった。

 風といえば、風邪が流行っている。
若い女子で、声が出ない人を何人か知っている。
それも、ガラガラ声やかすれ声ではなく、空気音だけでしゃべるような感じである。
そっか、9月の下旬だったか、喉がめずらしく痛くなって、インフルのような発熱で寝込んだのだった。
去年はインフル1回、今年はインフルとインフルもどきで2回寝込んだ。
今までは、インフルなど一度もかからなかったけど、昨年あたりから、自信がなくなった。
はてさて、今年は予防接種をしようか。
いや待て。この2年で、3回も罹ったということは、罹る可能性のあるパターンはほぼ、出尽くしたのではないか。
だったら、やっぱ、予防接種はサボっちゃおう。

 ゴホッ、ゴホッ。。。えへん虫のばかっ! ...という、 懐かしいCMがあった。
モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークに、バーカ、バーカ、エヘン虫、。。。というおバカな歌詞がつけられて、なんだか楽しかったのを記憶してる。

 今年、我が地では、雪は降るだろうか?
30年前、東京にいたころの大雪が、まぶたの裏に、一瞬よみがえる。
そっか、あのころは、まだ、堂々たる中年だった。
 すこしだけ、さみしい。


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# by nonoyamasadao | 2016-11-24 16:06 | 雑文 | Comments(2)

学園祭の季節

 遠い昔のこと。あれは、中央線に乗って、信濃町を過ぎたあたりのことだったと思う。
電車がガタンと揺れたとき、シネ研にいた下級生の女子が、ボクは近寄りがたいと言った。
まるで、鉄条網でまわりを仕切って、女子には、寄るな、さわるな、シッシッと取りつく島もないといったふうだと言った。
そのまんまの表現ではないけれど、そんなことだったと思う。

 ああ、見透かされているなと思う。
ボクにとって、女性は、小学校時代の男子、女子のママで時間が止まっていた。
だから、女子とは何者か。
どんな生き物で、どんなことを考え、どんなことを話すのかなど、皆目見当がつかず、雲をつかむようなことだった。
野坂昭如さんだったと思う。
自宅の庭の物干しに、姉でも妹でもよいから、彼女らの洗濯ものでも翻っていたら、この心細い感覚は、随分と薄まったと思う。

 だから、長田弘さんのあるフレーズを、別なシチュエーションだが当てはめると、「話すこともなかった女子(正しくは人)とだって、語らうことができると知ったのは、死んでからだった」。
というような心境が、ピッタリだった。
これが緩和されたのは、三十路をだいぶ過ぎてからではないか。
 
 まあ、非モテを認めまいと、ハードボイルドに生きることを強調すると、逆に非モテのコンプレックスが異性には際立って見えてくるのだろう。
そのような屈折は、まあ、年令からくる感性の鈍化により、ことごとく消えてなくなり、今や、おばさんチックですらある。

 屈折時代の名残で、今でも残っているのは、群れるのが大嫌いなことかもしれない。
たとえば、立食パーティーなどで、見ず知らずの赤の他人と、さも楽しそうに談笑することなど、ぜったいに考えられない。
若い時は、どんなに憧れていた異性から一緒に来てと懇願されたって、家族やカップルや女子達でひしめくデパートの雑踏はめまいをもよおすので、行ったことはない。

 だから、学生が群れる学園祭は、今も、大っ嫌いだ。
大学時代の学園祭の時は、ただの一度もキャンパスには足を踏み入れず、高田牧舎のあたりから、たまに、イチョウ並木の通路の光景をチラ見する程度だった。
遠くから、さんざめきが風に乗って、聞こえるくらいで、ちょうどいい。

 昨日も、さんざめきを背にして、大きな緑のかたまりの金木犀の香りが漂う、並木のイチョウが色づく帰りの道すがら、今年の金木犀は香りが淡いなと思う。金木犀は、空気のきれいな場所で、よく花をつけるという。
そっか、道を隔てた先が空き地だったのが、大きなショッピング・モールになり、車の出入りが頻繁になったからかなとも思う。

 夕暮れが近い空気を、紅葉が秋の色に染め、はるか遠くの山にかかった陽がうるんで揺れる。
な~んか、人生を感じてしまう。冬の人生の色か。

 すこし風が吹いて、ケヤキ並木の梢がこちらも少しだけ傾く。舗道には、ケヤキの朽葉が散らばっている。
 枯葉は、凋落した葉である。いくら、うつくしい葉でも、いのち尽きた葉は、まだ、好きにはなれない。

↓本当は、落葉の喫茶店がよいけれど、本物がないので、次に好きなコレを。


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# by nonoyamasadao | 2016-11-06 10:55 | 雑文 | Comments(2)

かなりヤバいかも・・・

 『秒速5センチメートル』を観る。
劇中の話だと、秒速5センチメートルとは、さくらの花びらが地上に降下する速度そうだ。
ボクは小林秀雄の「中原中也の思ひ出」を思い出していた。

 「あれは散るのぢやない、散らしてゐるのだ、一とひら一とひらと散らすのに、屹度順序も速度も決めてゐるに違ひない。」のくだりである。
違うのは、浅葱色の春の黄昏に、海棠の花が散っていくさまと桜の違いだ。

 小学校のころは、鞍馬天狗ごっこや頓馬天狗ごっこや椿三十郎ごっこに、熱中した。
チャンバラ大好きで、畑で三角ベースの野球で遊び、土曜日の午後は、パン屋さんの焼きたての菓子パン、肉屋さんの揚げたてコロッケだけが、楽しみだった。
資本主義には、ミシェル アルベールの説く『資本主義対資本主義』の2通りがあるけれど、このアニメ映画の第1話を観ていると、日本的資本主義は、間違っていなかったのかも知れないな。。。と痛感する。
もちろん、今の日本の資本主義には、大反対である。

 まあ、ぼんやりした、あたまの空っぽな小学生や中学生時代だったけれど、なんとシアワセだったことだろう。
ドラマにあるような根拠のない自信などなかったし、未来への漠然とした不安もなく、くよくよすることも、ほとんどなかった。
たまに、不安定になることはあっても、放課後の休み時間をひたすら楽しみにする、極楽とんぼであった。
図書館など見向きもせず、同級生の女子にも、小学校のときは、無関心だった。
めざめていなかった。

 そ~んな思春期だったけど、このアニメを観ていると、動作や気持ちは今からすると、ぼんやりなりに、もの凄いスピ―ドがあって、1日の時間がありすぎて、持て余した頃が蘇った。
また、会社員になってから、とてつもなくミスマッチのシステム・エンジニアの仕事に絶望しながら、それでも、捨て身で頑張ってきたころが、主人公に重なる。

 主人公が高校生活を過ごす種子島で、進路調査を書かず、紙ヒコーキに織って、飛ばすシーンでは、ハーバート大学生を描いた『ペーパーチェイス』のラストシーンを思い出した。
第三話の桜の花屑が舞い込んでくるシーンでは、中原俊監督の『櫻の園』のラストシーンを思い出したし、エンディングの奇跡的なすれ違いの後の場面では、アンリコの『若草の萌える頃』のジタ伯母さんを思い出した。

 このアニメは、女流作家のような繊細なタッチが持ち味だ。シルエット、坂、新宿駅界隈、並んだ鉄塔、列車の連結器の揺れ、夜の電話ボックス、そして踏切などの添景が見事である。
カポーティの『草の竪琴』を読む女子高生や漱石の『こころ』を読む女性は、魅力的だ。
どれほどの速さで生きれば、君にまた会えるか。。。というドラマには縁がなかったけれど、それなりに溌溂としていた、そして生々しい一瞬が、闇の中の篝火のように、いくつか浮かんでは消えた。

 そうだった。
ボクだって、草っぱらで流れていく雲の輪郭を気にしたり、夜中の新宿のタクシー乗り場をうろついた時期もあった。だいぶ、時間はかかったけれど、満を持して会社も辞めた。

 ただ、今、振り返れば、きっと、あの人も振り返ると思ったことは、ただの一度もなかった。かりに、そんなことがあっても、振り返らなかっただろう。
来年も一緒に桜が見れるといいねと思った相手もいない。
そんなさみしい人生の人は、ほかにはあまり、いないだろう。
少年のころ、ボクが遠くを見ていた視線の先には、なにがあったのだろう。
 今もって、自分でもわからないし、わかった気もしない。
かなり、ヤバいかも・・・。


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# by nonoyamasadao | 2016-10-30 16:57 | 雑文 | Comments(0)

シンプルライフ

  いつもの通り抜けの大学のイチョウ並木の黄葉が、そろそろかなという兆しである。
いつもだと、並木に並んだキンモクセイが軽いめまいをおぼえるほど、濃密な香りをまき散らすはずだが、今年はほんのりという感じだ。
フム、これって、震災の影響なのかなあ。
この程度が、ちょうどよいのだが、震災のせいだと思うと、すこしかなしい。

 アラ還のころ、このブログを始めたときに、竹内まりやさんのシンクロニシティのPVをよく観た。
夢を見ていて笑っていた人から電話が鳴って、目覚め、お互いに同じ夢を見てたーーーという書き出しの歌詞だ。
ああ、いいなあ。でも、それはムリだ。

 ただ、ぐうぜん乗った小田急線の世田谷代田のあたりで、ガタンと揺れて、ボクが落とした本が、向かいの席の女性と同じ本だったことは、あった。
カバーが外れ、本の装丁が剥き出しになったからだ。
村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』で、向かいの女性は、酒井和歌子さん似の美しいお方で、鼻先でニッと笑って、会釈してくれた。
ただ、歌詞と違うのは、恋に落ちることなどなく、二度と逢うこともなかった。
初期の村上龍さんの小説はよかった。
村上春樹さんは、初期の数作はそれなりに面白かったけれど、才能が違うな。。。と勝手に、そう思った。
その評価は、今も変わらない。

 最近、シンプルライフに憧れている。
持たない暮らしや、自宅でリラックスに、一番、シアワセを感じる。
別に物持ちではないのだけれど、省略の美学には、昔から憧れた。
小説も映画も、大部や大作は苦手だ。
三浦哲郎さんだったか、若鮎のような短編が生涯に一作だけでも、書ければ、それがサイコーのようなことを書いていた。

 そんなことだから、今、一番、凝っているのは、湯豆腐である。
大きな土鍋にたっぷりの水をはり、昆布もすこし多めに入れて、豆腐春菊シイタケがあればそれでいい。
あとは、ネギの薬味と、生姜、大分産のスダチがあればいい。

 まことに、シンプルである。
太宰の『人間失格』に、朝帰りして、料亭によって、朝風呂を浴びた後で、湯豆腐で軽くお酒を飲むのが、安いわりに、贅沢な気分になるというくだりがあった。
まさに、その通りだ。

 川上弘美さんの『センセイの鞄』の小説でも、トーフの角を切るように食す。。。という場面があった。
ウ〜ン、これは真似てみたいけれど、ど、どうするのだろうか。

 そう、センセイではないけれど、トーフはエライのだ。


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# by nonoyamasadao | 2016-10-27 15:56 | 雑文 | Comments(0)

松木ひろしさんを偲ぶ

 都会派コメディーの作家、松木ひろしさんが亡くなった。
高校生の頃に、ビリーワイルダーとI.A.L.ダイアモンド脚本のソフィスティケーション・コメディーが大好きになった。
日本の喜劇映画は、どうにも泥臭く、ウェットな人情ものが宿痾であった。
だから、どのようにうまくできていても、渥美清の寅さんは評価しない。
やっぱ、湿った感じは好きになれない。

 『アパートの鍵貸します』の哀愁は、乾いた哀感である。
ビリーワイルダーとI.A.L.ダイアモンドとまではいかなくても、ブレークエドワーズやハリーカーニッツの『ピンクの豹』や『暗闇でドッキリ』のような作品を心待ちにしていた。

 そ〜んなころに、松木ひろしさん脚本の石立鉄男ドラマが始まった。
それまでの石立鉄男さんには、安田道代さんを人質に立て籠もる『殺人者』のイメージが強烈だった。
悪漢だが、やがて、人質の安田道代さんと恋に落ちて、最後は自殺する役柄だった。
いってみれば、W.ワイラーの『コレクター』の原作のジョン・ファウルズの前半部分のような映画であった。
三島由紀夫原作、蔵原惟繕監督の前衛映画『愛の渇き』も、忘れ難い。
寡黙な園丁の使用人役で、若く引き締まった、すこし粗野な肉体に、浅丘ルリ子さんが魅かれていく役どころだった。
そうだった。彼は新劇の出身だった。

 岡崎友紀さんとの『おくさま18歳』のころから、はっちゃけた役柄が定着したように見られているが、その前に隠れた佳作の『S・Hは恋のイニシャル』がある。
これは、松木ひろしさんの石立ドラマの原型(後の『おひかえああそばせ』、『雑居時代』etc)のような作品で、大坂志郎さんの家に転がり込むパターンも、この作品からだ。
主人公は布施明さんで、ハンカチを貸してくれた一目惚れの謎の女性が、伊東ゆかりさんだった。
物語は、この女性をひたすら探し続けるわけだが、最終回に、伊東ゆかりさんは再び、ちょっとだけ登場する。

 松木シナリオの定石では、大坂志郎さんは男やもめで、娘たちだけの家庭に、アフロヘヤーの石立鉄男さんが、どういうわけか、いきなり転がり込む。
美女たちの一人(たとえば、大原麗子さん)と、いつも、ののしりあいながら、くっつきそうで、一向に進展しないという、隔靴掻痒な感じが、古ーい、恋愛臆病者のボクには、ぴったりだった。
大原麗子さんとのののしり合いが、なんとも快調なテンポで、都会的なセリフが飛びかう。
このへんが、渥美清さんだと、どーも陰気っぽくなる。スラップスティックなお遊びも満載だった。
松木ドラマは、どちらかといえば、ジャックレモンやトニーカーティスのオーバーアクションのタッチである。
二枚目か二枚目半が、三枚目を演じているふうでないと、そうはならない。
『雑居時代』など、その典型だった。

 松木ひろしさんは、当初、脚本のはこがきができなくて、東宝映画で学んだと、どこかで書いていた。
たぶん、『サラリーマン目白三平 女房の顔の巻』が、井手俊郎さんと共同脚色だから、井手さんから習ったのではないか。
石原慎太郎さんも、井手さんから習ったと書いていた。
植木等さんの『ニッポン無責任時代』(第一作目)は、じつに、愉快痛快な共同脚本(田波靖男)だった。

 松木さんが、コメディ―作家になる前には、日本テレビで、日活の監督が演出した石坂洋次郎シリーズが、何作もあった。
長い連続ドラマの面白い、ストーリーテリングの下地になったのではないか。
 また向田邦子さんと『七人の孫』や『だいこんの花』など、交代で書いていたことがある。
前者は、いろいろな作家が書いていたが、後者になると、松木脚本の方が、断然、面白い。
森繁さんと竹脇無我さんの掛け合いの「片方がいじると、片方がすねる」という会話の妙は、テンポよく、絶妙な間があった。
まるで、社長シリーズの森繁さんと小林桂樹さんの掛け合いのようだった。

 長いこと松木ドラマを見続けていると、ときどき、松木ひろしらしさが失われ、そろそろ、限界かもなあ。。。と思っていた。
そ〜んな時に、’80年代の『池中玄太80キロ』が始まり、再び、やっぱり、松木ドラマは面白いなあと再確認する。
やっぱ、通信社の報道カメラマンのシチュエーションが、な〜んとも賑やかで、時間に追われる仕事特有の興奮があった。
西田敏行と三浦洋一の掛け合いがドラマのお約束で、毎回、大声で罵倒しあい、ののしりあい、また仲良しに戻るというパターンが快調だった。
ボクは、 坂口良子さんのファンだったから、くっつきそうで、くっつかない、引っ張って、引っ張っての恋愛ドラマが面白かった。

 松木ドラマのエッセンスは、現代風俗と、お洒落会話と都会的洗練であった。
当時、謎だった葉村彰子さんという作家は、どうも、向田さんなどの作家仲間の合作の名前のようだ。
『水戸黄門』や『大岡越前』などあるが、ボクには、あまり、面白くなかった。

 松木ドラマは、’60年代半ばから、’80年代後半まで、約20年間、ボクの鬱屈した青春時代の一服の清涼剤のようだった。あらためて合掌。
考えてみれば、脚本家が原案を名乗れたのは、彼の功績だろうと思う。
大好きだった坂口良子さんも、大原麗子さんも、石立鉄男さんも、みんな逝ってしまった。
とても、さみしい。
 
 そういえば、『フルーツポンチ3対3』とか、『レモンスカッシュ4対4』とか、『水蜜桃は青かった』とか、お洒落なタイトルも魅力だったなあ。


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# by nonoyamasadao | 2016-09-22 18:36 | 洗練コメディー映画 | Comments(0)

土曜日の新幹線

  先週の土曜日、博多まで出かけた。
以前なら、ちょっとした遠足気分だった。

 子供のころ、杉並の堀ノ内(川崎の堀之内じゃあ、ないですよ。念のため)の妙法寺とか、井之頭公園とかに遠足に出かけた。
まあ、学校の授業脱出のだいご味は、小学校や中学校までだった。
高校になると、もう、ずる休みとか、登校途中で気が変わって、有楽町まで映画を見に行ったりする、遊びをおぼえた。
今なら、自主休講とかいうのでしょう。

 今や、熊本ー博多が、新幹線で38分だから、東京のリーマン時代の通勤時間の半分より速い。

 帰りの博多駅の新幹線のチケット売り場が、あれれ~、混んでる。
ラーメン丼の四角い渦巻に入り口と出口がついたような囲いに、列ができてた。
昔は、囲いなどなくて、並びの列はジグザグになったり、どこかで微妙に曲がってたりしたのを、思い出す。
ああ、昔は、すべからく、秩序的でないのが、みょうーな魅力だったよなあ。
無くしてから、はじめて気づいた。

 新幹線に乗ると、午後の四時過ぎの窓の外は、青い空が広がっている。
明るい。でも、まぶしくはない。
ところどころで、サルスベリの花を見つける。
通路を隔てた座席では、おじさんが、缶ビールを飲んでる。

 ああ、もう少ししたら、秋だ。
マツタケでなくても、シメジやマイタケ、ナメコなどのキノコ狩りにも行きたいなあ。
キノコは、ボクの好みのタイプの、コナラ、クヌギ、ブナ、ミズナラなどの落葉樹の根元に生える。
もっとも、『センセイの鞄』じゃないけれど、毒キノコには、気をつけなくっちゃね。
助かる前提なら、一度くらいは、ワライダケとやら、食してみたい気がしないでもない。
いや、冗談です。よい子の皆さん、マネしないでください。

 そろそろ夕方になるなあ。
ハギや桔梗の季節がすぐそばだ。
ほとんど揺れない新幹線で、少しくらい揺れたほうが風情があるのになあ。。。などと思う。
まことに、勝手なものである。
通路の向こうでは、おじさんは、まだ、ビールを飲んでいる。

 午後の日ざしが、まだ明るい。


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# by nonoyamasadao | 2016-09-12 12:28 | 雑文 | Comments(2)