いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
以前の記事
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
more...
タグ
(846)
(695)
(202)
(187)
(183)
(158)
(122)
(101)
(72)
(58)
カテゴリ
全体
ミステリ映画
ヒッチ・ワイルダー
洗練コメディー映画
60年代ポップス
本格パズラー
川上弘美
江國香織
短編小説・詞・詩
雑文
中村八大
竹内まりや
伊東ゆかり
花の24年組
最新のコメント
To まめ蔵さん >フ..
by nonoyamasadao at 09:33
nonoyamaさん、こ..
by まめ蔵 at 23:21
To まめ蔵さん >..
by nonoyamasadao at 22:14
nonoyamaさん、こ..
by まめ蔵 at 16:10
了解です(笑)
by まめ蔵 at 20:55
To まめ蔵さん >「..
by nonoyamasadao at 23:20
あ、ここでは sadan..
by まめ蔵 at 21:35
T0 まめ蔵さん >初..
by sadanono at 10:56
> 若いって素晴らしい。..
by まめ蔵 at 17:04
To まめ蔵さん >エ..
by sadanono at 20:33
お気に入りブログ
soda-pop
自然風の自然風だより
おいしいもの見つけ隊 隊...
のほほん便り
ふらんす堂編集日記 By...
佐賀県武雄市  武雄温泉...
散歩日和
deux fraise
魅せられて大和路
ちまもの読書日和
最新のトラックバック
www.whilelim..
from www.whilelimit..
http://while..
from http://whileli..
http://www.v..
from http://www.val..
ああ、ついに…双葉十三郎..
from ラムの大通り
坂本九
from いいたいことは少しある
検索
メモ帳
いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
ブログパーツ
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


大林宣彦監督“ふたり”~アレンジャー作家

前回のフォローもたまにはしなくちゃね。
ということで、今夜は”ふたり”について書く。

結論から先に書いてしまうと、個人的には、この映画がたぶん、大林作品の最高峰だと思っています。退屈かもしれないけど、カットごとにすこし書かせてください。

タイトルバックはモノクロームをぼかしたような映像で、左に木の門扉の家があって、右は石垣になっている。
道は中央正面から、緩やかなS字型の上り坂という構図である。
藤田弓子が坂を上っていくと、幼いころの姉妹とすれ違う。会話を二言、三言交わす。
左の家の樹の葉が風に揺れている。そしてー

揺れた葉叢だけがポッと赤く点綴する。まわりはモノクロのままである。

場面は変わってカラーになる。主人公の石田ひかりの部屋。散らかし放題で、足の踏み場もない状態。
天井から色紙がぶら下っている。なんだか幼稚園みたいだ。
もっとも、幼稚園は円満中退なので、本当のところはよく知らない。

なかなか、凝った開巻ですねえ。坂を下ってくる幼い日と、この坂を上るエンディングがメインの物語のフレームになっているのが、独創的な着想ですねえ。

石田ひかりの姉が中嶋朋子で、愚妹賢姉(こんな言葉あるのでしょうか?)の姉妹なのです。
ようは万事に優等生で、はっきりした姉と、
おっちょこちょいだけど、愛嬌のある妹が石田ひかりという設定なのです。
端的に言ってしまうと、この妹の成長物語が映画のモティーフであります。赤川原作では、親と子といった関係がより濃密であるが、映画は青春の一幕を描いた尾道ファンタジーである。

まあ、ありがちな物語ではありますが、微細な工夫がたくさん散りばめられているので、頭の固いことは言いっこなしで、楽しみましょう。

姉の中嶋朋子は映画の40分くらいで事故死してしまうから、
その後はお化け(ユーレイ)として、主人公が困ったり、悩んだときに、突如、都合よく出現して、妹を支援する。石田ひかりとふたりだけの会話をするけど、まわりの人には姉は見えない。

お化けの姉:“寒くなってきたわねえ”。主題歌が流れはじめている。
妹:“お化けさんでも感じる?暑いのとか寒いのとか”。
姉:“感じるわよ。心で”なんて会話をしていると

♪風にこの手かざして 見えない森たずねて~なんて音楽が流れるわけですよ。ここのフレーズは自然な感じで、悪くないですね。
作詞は大林宣彦で、作曲は久石譲なのですが、詞はたいしたこたあない。大仰な言葉は並んでますけれどね。言葉の選び方がねえ。生硬な、美しくない詞ですね。あ~あ、とうとう書いてしまいました。

“花の宴”“花の形見”とか、なんか事事しくありませんか。
“独り砂に眠れば ふたり露に夢見て”とかになると、なんか悪いもの食べたようなヤナ気分になるんですよ。趣味の問題なのでしょうけれど。。。

曲はさすがです。美しい旋律ですね。
イーストゥルメンタルだと、“ああ、いいなあ”って思っちゃいます。
だから、セリフ入りの主題歌が何度も流れるたびに、さらっとしたシンプルな詞ならよかったのに。。。勿体ないことするなあって、とても残念でした。

“寒くなってきたわねえ”と言うのは、映画のセリフだけど、ふと現実に戻って今朝のお話です。
もうすっかり、秋になってるのですねえ。
朝、雨上がりの中、歩いていたら、銀杏並木の老樹の一部が黄色くなっていました。
どこからか金木犀の香りが風にのって運ばれてきました。それもかな~り離れたところからだと思う。

でも金木犀を知らない若い人って多いんですな。トイレの芳香消臭剤の匂いだとかいう人を知っている。なんとも風情がありませんねえ。お若いの,って言いたくなっちゃいました。
ご近所のハナミズキの若木の葉が真っ赤になっていた。
秋は、もう駆け足ですねえ。こんな詞を思い出しました。
♪街は色づくのに 逢いたい人は来ない
なあんてね、失恋の秋ですよ。みなさん。。。

いかんいかん。映画の話に戻りましょうね。
中嶋朋子と主人公の親友の柴山智加が素敵ですね。
中嶋朋子はシアターコクーンの“幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門”を観て以来ですね。
清水邦夫作、蜷川幸雄演出の知る人ぞ知る、お二人が決別したころの“いわくつき”の作品ですけどね。和解は前からされていたけど、この作品がお二人揃って上演されるとはね。感無量でした。けれどここでは、いきさつのあれこれについて、これ以上書きません。

舞台は面白かったですよ。南の地に来てからは、なかなか上京する機会がなくなりましてね。
でも、妙な事情から、このところ、2月に上京することが多くて、渋谷での観劇は年に一回か二回はあるっかな。

将門のときの中嶋朋子さんは、まあ、男に体を売る歩き巫女でね、そりゃあ、体当たりでした。
ものすごい急な大階段が舞台に作ってありましてね、そりゃ、鎌田行進曲も真っ青っていう感じですよ。
まあ、いかにも蜷川さんらしいのですがね。いろんなものが降ったり、落ちたりした舞台でしたね。中嶋朋子は、劇中はもだえまくるという、まさに体当たりの演技でしたあ。
木村佳乃さんが“どうにかしてください”という“困った困った”の状態でしたが、テレビで観ると、案外、悪くないんですね。

あれれ、不思議だなあ。いつも思うんですが、月9とかに出演している俳優は細かい芝居は結構、上手いんですよ。
だから、前方三列くらいなら、悪くないのかもしれないなあ。

昨年の秋、おなじ清水邦夫作、蜷川幸雄演出の名品“タンゴ・冬の終わりに”の再演を観たのですが、これはすばらしい舞台でした。
けど、常盤貴子さんがですねえ、そりゃ、抜群の美貌ですから華は圧倒的にあるのですが、肝心の発声や台詞が全くなってなかったなあ。けどテレビだと違うのかもしれないなあ。

でも、舞台は空気ですから、舞台は生で観ないと意味ないですよね。舞台をDVDやテレビで観るのは、う~ん、邪道だけど、地方組としては仕方ないですな。

映画の話に戻りましょう。柴山智加さんはキラキラしていましたね。この人、好きだなあ。
旅館の娘さんの役で、主人公の親友の役なんですけどね。
着物も、蛇の目傘も似合っていたなあ。アイス,おまんじゅう、スイカとか、よく食べていました。

“父ちゃん死んじゃった。三日前に”。。。両手に食べかけのおまんじゅうを持って泣くシーンがあるのですが、なんかグッときちゃいました。
しつけのよい子と、しっかりものを食べる女の子はかわいい。
あんまり褒めると、また、あぶない人みたいになりそうだから止めようっと。。。

大林演出の冴えが窺えるのは、やっぱ“鏡”のシーンでしょうか。死んだ姉の年令になったころです。鏡をはさんで、石田ひかりと鏡に映った姉が向き合っているシーンです。
鏡に映った姉が主人公にさよならを告げるシーンですね。
このさよならが無音でして、口パクなのですが、よくできていたと思います。でも、姉がふっと消えるところは、さすがに上手いなあと思いました。せつないですね。

技術的なことを言うと、姉妹が入れ替わったり、交差するシーンがむつかしいけど、秀逸だったと思う。

一つは中学の卒業式で、姉が妹を電柱の影から見て、妹の成長に涙するシーン。姉の中嶋朋子の涙ぐむ表情のアップ。そして、その後姿。くるっと振り返ると妹のアップ。背後は高校の演劇部室の黒板になるところですね。

もう一つは、ラストシーンですが、坂下から石田ひかりが上ってくるのを正面から捉えるのですが、タイトルバックの家のところで、ふたりは入れ替わって、カメラは後姿の中島朋子を追うのですね。
モノクロになって、エンドクレジットです。このへんあたりはかなり凝っていますね。

姉が忘れ物をして、家に取りに帰る場面で赤い糸くずがくっ付いているのですが、このことに関する後の会話は要らないですね。
会話にしなくても、こちらは十分、理解しているから、桂千穂さん、蛇足というものですよ。説明しすぎると、興ざめですよ。

おしまいのデュエットですが、大林さんは歌わないで、久石さんだけの方がよかった。ツー・コーラスめになると、俄然、いいものね。
中嶋朋子の歌が、哀切な感じが出ていて一番好きだ。けど、全編に流れるとよさがそがれるでしょうね。大林さんは歌心がないものなあ。

相米慎二と大林宣彦の比較はかなりムリがありますが、あえて言えば、映像へのこだわりという視点でなら比較できるかもしれない。
前回に、相米慎二の邦画ベスト10に少し触れたけど、キチンと書いておきましょうね。

相米慎二 選 (邦画10)

治郎吉格子 1952 伊藤大輔
カルメン故郷に帰る 木下恵介
鴛鴦歌合戦 1939 マキノ正博
ニッポン無責任時代 1962 古沢憲吾
小原庄助さん 1949 清水宏
血槍富士 1955 内田吐夢
切腹 1962 小林正樹
女が階段を上る時 1960 成瀬巳喜男
硝子のジョニー 野獣のように見えて 1962 蔵原惟繕
男の顔は履歴書 1966 加藤泰

これを観ると、一目瞭然だけど、そうとうマニアックですな。かなりの映画通だとよくわかるし、カメラワークや移動撮影が好きなのがよくわかる。
移動大好き(この駄じゃれは双葉先生)の伊藤大輔先生から始まってますし、ご本人も移動を多用しておりますしね。
大林監督の場合、横移動はそんなに多い方ではありませんねえ。ロング、俯瞰は、“ふたり”のマラソンのシーンでは目立つけど、冒険しすぎて、破綻というのは好むところとしない。ま、当たり前ですがね。

一歩踏み込んで書きますと、大林映画は尾道という地域と密接に切り結ばれている。だから、ミクロな世界を私小説的に端正な映像で綴っていくのが特徴です。つまり、マクロな世界をパノラマ的に捉える作風ではない。だから、あんまりロングや俯瞰を多用すると雑な作品になってしまうのですね。もちろん、箱庭的な世界観だと言っているのではありませんよ。

今回の“ふたり”はワイドレンズで撮ったそうだけど、8ミリやCMから映画に転身された方なので、映像のダイナミズムを追求するというより、構図と編集に重点が注がれていると思う。構図なんかだと、アマチュアリズムに富んでいて、そこが好きな人も多いのではないかな。

大林映画のDVDだと、特典が付いていて、監督がいっぱいおしゃべりしていますね。
相米だったら、絶対にそれはしませんね。まあ、映画監督でもいろいろなタイプがいますものね。寡黙と饒舌の好対照のお二人ですね。
相米はいつも、“映画的でありたい”と考えていたのではないかしら。

大林さんは、あんまり“映画的でありたい”とか、考えない人じゃないかなあ。
“さびしんぼう”だって、“別れの曲”を観たのが原点なのでしょう。
だから、ショパンだと。わかりやすいですね。

つまり,自分がどのくらいの力量を持っているかが、相米はわかっていた人だと思う。
そのてん、大林さんは自分の力量の程度とか、無関心だったように思う。“映画的でなければならない”というような作家性より、アレンジャー的な精神が強かったように思う。

つまり相米は意外と、マジメだったし、繊細でしたね。まあ、本当は意外でもなんでもないのだけど。作家性が強いぶん、それがひ弱さにもなっていた。かなり壊れてもいた。
だって、完成度の高さだったら、遺作“風花”が一番だけど、それが一番つまらない。だから、破綻だらけの初期の作品のファンが多い。“魚影の群れ”とか大作だと、退屈になってしまうものね。
まあ、熱狂的なファンだと、相米のひ弱なところがある種の美学に思えたり、たまらなく、いとおしい映画にも見えてくる。

その点で言うと、大林さんはかなり骨太ですね。いけしゃあしゃあとしたところがあります。神経が相米より、ずっと太い。
でもねえ、大林作品のハートフルな雰囲気は、やっぱ彼のオリジナルだし、資質なんだと思いますよ。なんだかんだ言いながら、結局、ファンタジー、メルヘン、SFとなると、大林宣彦っていうことになりますなあ。

たとえば、“異人たちとの夏”は、引き合いに出して申し訳ないけど、“地下鉄に乗って(メトロにのって)”と比べたら、何枚も上でしょう。親子関係の描き方がさりげないけど、じいんと胸に沁みるものなあ。やっぱ余人をもって代えがたいということですよ。

だったら、言葉に注意しなさい!って叱られるだろうなあ。でも、あの詞はダメです。キッパリと書く。

おなじ映像派で、北海道作家(?)の降旗康男さんとも、かなり違いますね。降旗さんはリリカルな絵を撮るだけでしたが、大林さんは美をつくる人でした。
他方、人間のいのちを書いたのが相米だった。。。。違うかな。
結局、それって、僕が相米慎二に、蔵原惟繕監督の面影を見ていたってことかもしれません。

このへんを整理して書かないとダメですね。。。。ふむ、しばし反省しよう。

にほんブログ村 映画ブログ 外国映画(洋画)へ
にほんブログ村 その他日記ブログ ひとりごとへ
[PR]
by nonoyamasadao | 2007-10-26 20:55 | 雑文 | Comments(6)
Commented by ayrton_7 at 2011-07-12 15:45
なんか『ふたり』に無性に哀愁を感じて
検索していたら辿り着いてしまいました。
僕も大林監督作品の最高峰だと思います。(と言いながら『転校生』は?とぐらついていたりして。笑)
『異人たちとの夏』のお話、僕もそう思っていました。
それに鶴太郎のお父さん演技がたまらなく好きです。
Commented by nonoyamasadao at 2011-07-13 06:02
To ayrtonさん
>なんか『ふたり』に無性に哀愁を感じて
検索していたら辿り着いてしまいました。
-------
こんにちは、はじめまして。古い記事を読んでいただくのは、うれしいことです。このころはほとんどコメントをもらえないころで、思いついたことをすべて書き込んだころです。だから、話がつながらない。
大林監督の悪口はさんざん書きましたが、『ふたり』『さびしんぼう』『転校生』は何度も見ています。やっぱ、大好きなのでしょう。(笑)
素直でないですね。
あの自作を長広舌で得々として臆面もなく語るおしゃべりがきらいなのでしょうね。黒澤明監督でもないのに・・・ってね。
Commented by 閑居 at 2011-07-13 11:46 x
こちらも梅雨が明けて、毎日、猛暑、猛暑。
それにしても、鹿児島へ行き、キビナゴ刺しとは、うらやましい~。
伊豆で、キビナゴを食したことを想い出しました。またしても食い意地が張っているかな~。
Commented by nonoyamasadao at 2011-07-15 06:35
To 閑居さん
>こちらも梅雨が明けて、毎日、猛暑、猛暑。
それにしても、鹿児島へ行き、キビナゴ刺しとは、うらやましい~。
---------
鹿児島も暑かったです。鹿児島ー川内ー出水ー水俣ー八代経由で、帰ってまいりました。若くして亡くなったけれど、昔、川内出身で高崎経済大の後輩がいましたね。
キビナゴ、トビウオのさつま揚げは絶品でした。
伊豆って、悪夢の土肥温泉の前日?のことかしらん?
Commented by 閑居 at 2011-07-16 15:26 x
伊豆の宇久須温泉で、確かキビナゴを食したと思う。
トビウオのさつま揚げもおいそう、食べたい、食べたい。
鹿児島の後輩は若くして亡くなったが、なつっこい人でしたね。
Commented by nonoyamasadao at 2011-07-16 23:26
To 閑居さん
>伊豆の宇久須温泉で、確かキビナゴを食したと思う。
-----
やっぱ、宇久須でしたか。餅つきの音で目覚めたのをおぼえていますか?その話、当時の女性社員に話したら、情緒がありますねと羨ましがっていました。佐賀まで1時間、新神戸まで3時間、新幹線効果は大きい。あなたは飛行機がダメだから、お互い、元気なうちに、美味いもの食べまくりツアでもやりましょうね。
<< スウィート・ノベンバーと街角物語 英国新本格の旗手と最後の日活ヌ... >>