いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by ののちゃん
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いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。
それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。 休肝日の過ごし方ってむつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。大好きな川上弘美さんは、読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていた。う~ん、こちらは実感だなぁ。
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かなりヤバいかも・・・

 『秒速5センチメートル』を観る。
劇中の話だと、秒速5センチメートルとは、さくらの花びらが地上に降下する速度そうだ。
ボクは小林秀雄の「中原中也の思ひ出」を思い出していた。

 「あれは散るのぢやない、散らしてゐるのだ、一とひら一とひらと散らすのに、屹度順序も速度も決めてゐるに違ひない。」のくだりである。
違うのは、浅葱色の春の黄昏に、海棠の花が散っていくさまと桜の違いだ。

 小学校のころは、鞍馬天狗ごっこや頓馬天狗ごっこや椿三十郎ごっこに、熱中した。
チャンバラ大好きで、畑で三角ベースの野球で遊び、土曜日の午後は、パン屋さんの焼きたての菓子パン、肉屋さんの揚げたてコロッケだけが、楽しみだった。
資本主義には、ミシェル アルベールの説く『資本主義対資本主義』の2通りがあるけれど、このアニメ映画の第1話を観ていると、日本的資本主義は、間違っていなかったのかも知れないな。。。と痛感する。
もちろん、今の日本の資本主義には、大反対である。

 まあ、ぼんやりした、あたまの空っぽな小学生や中学生時代だったけれど、なんとシアワセだったことだろう。
ドラマにあるような根拠のない自信などなかったし、未来への漠然とした不安もなく、くよくよすることも、ほとんどなかった。
たまに、不安定になることはあっても、放課後の休み時間をひたすら楽しみにする、極楽とんぼであった。
図書館など見向きもせず、同級生の女子にも、小学校のときは、無関心だった。
めざめていなかった。

 そ~んな思春期だったけど、このアニメを観ていると、動作や気持ちは今からすると、ぼんやりなりに、もの凄いスピ―ドがあって、1日の時間がありすぎて、持て余した頃が蘇った。
また、会社員になってから、とてつもなくミスマッチのシステム・エンジニアの仕事に絶望しながら、それでも、捨て身で頑張ってきたころが、主人公に重なる。

 主人公が高校生活を過ごす種子島で、進路調査を書かず、紙ヒコーキに織って、飛ばすシーンでは、ハーバート大学生を描いた『ペーパーチェイス』のラストシーンを思い出した。
第三話の桜の花屑が舞い込んでくるシーンでは、中原俊監督の『櫻の園』のラストシーンを思い出したし、エンディングの奇跡的なすれ違いの後の場面では、アンリコの『若草の萌える頃』のジタ伯母さんを思い出した。

 このアニメは、女流作家のような繊細なタッチが持ち味だ。シルエット、坂、新宿駅界隈、並んだ鉄塔、列車の連結器の揺れ、夜の電話ボックス、そして踏切などの添景が見事である。
カポーティの『草の竪琴』を読む女子高生や漱石の『こころ』を読む女性は、魅力的だ。
どれほどの速さで生きれば、君にまた会えるか。。。というドラマには縁がなかったけれど、それなりに溌溂としていた、そして生々しい一瞬が、闇の中の篝火のように、いくつか浮かんでは消えた。

 そうだった。
ボクだって、草っぱらで流れていく雲の輪郭を気にしたり、夜中の新宿のタクシー乗り場をうろついた時期もあった。だいぶ、時間はかかったけれど、満を持して会社も辞めた。

 ただ、今、振り返れば、きっと、あの人も振り返ると思ったことは、ただの一度もなかった。かりに、そんなことがあっても、振り返らなかっただろう。
来年も一緒に桜が見れるといいねと思った相手もいない。
そんなさみしい人生の人は、ほかにはあまり、いないだろう。
少年のころ、ボクが遠くを見ていた視線の先には、なにがあったのだろう。
 今もって、自分でもわからないし、わかった気もしない。
かなり、ヤバいかも・・・。





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by nonoyamasadao | 2016-10-30 16:57 | 雑文 | Comments(0)
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