|
以前の記事
2012年 01月2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 more... タグ
樹木
食べ物
映画
日記
音楽
あれこれ
花
読書
ゆっくりとまったりと
旅
ネームカード
カテゴリ
全体ミステリ映画 ヒッチ・ワイルダー 洗練コメディー映画 60年代ポップス 本格パズラー 川上弘美 江國香織 短編小説・詞・詩 雑文 中村八大 竹内まりや 伊東ゆかり 花の24年組 最新のコメント
お気に入りブログ
最新のトラックバック
検索
メモ帳
いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。休肝日の過ごし方って、むつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。
大好きな川上弘美さんは読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていたが、う~ん、こちらは実感です。 ブログパーツ
外部リンク
ファン
|
もうすぐ、節分がくる。
恵方巻きは年年歳歳、果てしなくどこまでもエスカレートしつつある。 カンピョウ、キュウリ、油揚げ、シソ、卵、ノリ、デンブとかを巻き物にするのは、ひょっとして七福神に因んでいるのか。 いや待て。アナゴなども、よく混じる。 もっともらしいのは、太巻きが鬼の金棒説である。 まっ、いっか。 恵方巻きだから、縁起のよい方角に向い、無言で、おごそかに願い、ガブッ!!!。 黙々と一気に食すのが習わしらしい。 極太巻きだから、由緒正しくまいるぞ。よ~く見ていろよ。。。な~んてやったら、ウホッ、ゲホッ、ブホッ!となるに違いない。 まあ、巻物を無心にムシャムシャ食べると、ストレス解消にはなる。 還暦前に、まるかぶり寿司を食した。 やっぱ、予想以上にボリュームがあって、食うのに随分と苦労した。 今年の恵方は北北西だという。 北北西を向いて恵方巻きを齧ったら、ラシュモア山の夢でも見るだろうか。 ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』の原題では、『North by Northwest』だった。 北北西なら、North-northwestなのに、な、なんざんしょね。 あ、ラストのトンネルは、なにやら意味深だったですね。 More 中心部のホテルの2階の居酒屋へ飲みに行く。
掘りごたつ式の個室で、まったりくつろぐ。 たくさん飲めると思うと、とてもうれしい。 相手の先輩がなかなか現れず、ケータイで現在地を尋ねる。 今、市役所まで来て、迷子になったという。 では、銀座通りをもとに戻り、銀杏通りを右折して、すぐそばのホテルとケータイで道案内をする。 でも、なかなか来ない。 またしても迷子かしら。 再びコールする。 我ながら、酒がからむと実に意地汚く、せっかちになるなぁと思う。 先輩は今、ホテルの階段をのぼっている途中とのこと。 やっと飲めると、他愛なくよろこぶ。 品書きを見て片っ端から頼む。 刺身の盛り合わせ、温泉豆腐、アサリの酒蒸、ソラマメの塩茹で、銀杏焼き、キビナゴの塩焼き、辛子レンコン、ホッケ、ホタルイカの沖漬け、海藻サラダなど、頼む。 ビールを飲むと、手洗いが近い。 トイレは内開き、外開き形式でなく、雨戸のように引き戸式だ。 引き戸をぴったり閉めると、よよっ、便座がのふたがゆうゆうと持ち上がって来るではないか。 これって、引き戸が閉まったときに開くのか、空気の加減なのか、はたまた侵入者の立ち位置の関係か。 実地検証すればよかった。 あ~あ、もったいない。 冬の宴のあとはつくづくさみしいものであるなぁと、久しぶりに思う。 ↓ ここが好き。 ♪白いクリスマスイヴ ♪私ひとりぼっちよ More 明け方の5時である。夜空は凍てつき、まだ暗い。
3時間しか寝てないが、用事があるので、仕方なく起き出す。 水っぱながつっーと出る。 おや、風邪か。 ん~にゃ、風邪ではない。 それにしても寒い。 暖房をつけているのに、ううっ、さ、さぶい。 寒い寒いと思うと、ホントに寒さが増してくる。 子供のころのように、寒いの、寒いの、飛んでいけ~!と唱えてみる。 ゼンゼン、効果なし。 ついこの間まで、寒くなるとよいなぁ。。。などとほざいていたのは、どこのどいつだ!!。 このところずっと、部屋でタ―トルネックしか着ない。 しかもカシミアだ。 見栄を張っているのではなく、寒くて耐えられないので一張羅で頑張る。 あ、昨晩、昔の『踊る大捜査線』を見ていたら、キムチラーメンを食べてた。 豚キムチでも、でもできることなら、極辛のキムチラーメンを食いたい。 熱さと辛さで 最初は 極辛ー っが、ウマ― に 変わっていくプロセスがよいのだ。 キムチ~がキムチ(気持ち)いぃ~になる。 やっぱ、寒い朝はカレーラーメンよりも、キムチラーメンに限る。 って書いたけれど、実はまだ、キムチラーメンって食べたことがない。 再び、寒さが襲来して来て、しばし、落ち込む。 More いつもの大学を通り抜けると、女性サングラス軍団が闊歩する。
接近遭遇すると、これは、ムムッ、かなり奇怪な感じである。 ギリシア神話のアマゾネスが今ころになって、ボウフラのように沸いて出たわけではあるまいな。水溜りもない。 なして冬でもサングラス?弱視の女性が急増するわけもない。 まして、ここはぜったい、スキー場ではない。 ヤクザ屋さんに憧れる若い女性がにわかに増えたのか。 なるほど、なにげに悪びれた服装に見えなくもない。 まあ、ヤング・ファッションなのでしょうねぇ。。。とチラ見する。 なにやら異なものに気づく。 1960年代のグラサンは遮光目的の大きなフレームだったけれど、それに似ている。 何だかなあ。ダサッ。 サングラスといえば帽子ではないのか。 あっ、夏ではなかった。 昔々、『シャレード』という映画があった。 ヘップバーンのOliver Goldsmithのサングラス、それはそれはカックイィ~って思った。 けどね、日本人にはマキシとサングラスは似合わねえって思うけれど。。。ってオヂサンは俯いて呟く。 まっ、いっか。 More
温泉でメガネはいけないという。まあ、そりゃ、そうでしょう。
生来、粗野な人間だから、ケースにしまうなどしたことがない。 面倒だから、寝る時など枕元の畳にそのまま、置く。 畢竟、メガネの汚れが激しい。 かくして、温泉でメガネではないが、湯船でメガネ洗いなどする。 化学反応なのか、はたまた、水垢なのか、マダラ模様になって久しい。 メガネやさんで、検眼してもらう。 近近、中近、遠近などの両用から、近用メガネ(いわゆる老眼)まで、イッパイある。 近近メガネで歩いてはいけないと言われていたが、それで外出し、仕事をしていた。 読書や書き物をするときだけ、近用メガネをかける。 遠い昔、大学の頃はもう近眼になっていた。 勉強のし過ぎなわけなどありえるわけなく、映画の見過ぎに違いない。 映画館では前列3列目くらいの真ん中の右端か、左端が裸眼にはベストな位置だった。 人さまに挟まれて座るのが大嫌いだった。 それなら、右か左のコーナーの斜めからでも、人を気にしない方が落ち着いてみれた。 まあ、我がままなんですな。 ♪就職が決まって髪を切ってきた時、もう若くないさと。。。GFに言い訳をする歌詞があった。 なんだかなあ、髪は男の命です。。。みたいだなあ。 でも、勤務先はそのへんは自由だったから、長髪のままでよかった。 ただ、最初の仕事がプログラムを書くことだったから、やっぱ、とうとうメガネをかけた。 メタルフレームが流行していた。 メガネをして、初めて小金井の街角に立った時の衝撃は忘れらねない。 街って、こんなに輪郭がくっきりと鮮明だったのか。 なんか、感動だなぁ。 行き交う女の人たちはみな美人だったはずが、みな大したことなく見えた。 えっ、そうだったのか。だとすれば、我がGFは、ど、どうだろう。 怖いような、楽しみなような・・・。 まあ、それはたちどころに消え、みな美人に見えるようになった。 東西線の夜遅くの駅のホームだったと思う。 パブで酔っぱらって帰りの地下鉄をベンチで腰かけて待っていた時、富山さんのように見えます。。と女の子に言われた。 と、富山って、ダイヤモンドに目がくらみの『金色夜叉』の敵役のあれか。 たしかに、キザで、嫌味で、金縁メガネだったような。 メガネやさんからの帰り道、雑踏の通りを見渡したら、街の輪郭が少しだけくっきりしたように見えた。 More 元部長だった上司の年賀状に、春には退職すると書き添えてあった。
達筆とは程遠い、ミミズののたくったような字を書く方だった。 今になると、なんとなく達筆にみえた。 みんなの前で、当事者だけに分かるように一般論として小言を言うと、きまって当事者はノホホンとしてる。困っちゃうんだよねえと、こぼした。 それって、オレのことかとよく思った。いいや、オレなわけはないとかぶりを振った。 ボクにとっては、サラリーマン人生での恩人だった。 そうですか。定年ですか。 も少しすると、桜が咲き、桜は散って、月日は過ぎ去る。 人生は短くも美しく燃え(萌えではない)であるなぁ。。。と心の中ではもう桜は散り出す。 大手町の21階での、金曜日の午後の長い会議が終わると、宵の時間になっていた。 いつものように、千代田線で北柏まで直帰しようと電話を入れると、浦安で打ち合わせがあるから戻って来いと部長は言う。 仕方ねえなあと、ブツブツ言いつつも、東西線で浦安本社まで帰る。 なんのことはない。課員みんなで、これからしめ鯖の美味い寿司屋に行こうということだった。 週末の会社は殺風景で、ザワザワとせわしないが、独特の和やかな雰囲気がある。 さっそく、老母に電話を入れる。 『あ、おれ。きょう、遅くなる』と言って、電話をすぐ切る。 受け手が『わかったあ』と言ったのが耳に残った。 ばかに若い声だった。しかも華やいでいた。 老母のわけはない。見知らぬ若奥さんに、間違い電話をしたのだ。 リカバリーのしようもなく、そのままにした。 その家庭のその晩は、どんなだったろう。 まだ、オレオレ詐欺などというなりすまし詐欺などない、ケータイもない時代だった。 元上司の年賀状は組織で仕事をする、昔のよすがのなつかしい空気を連れてきた。 ちょっとだけ、しあわせな気分だった。 More 大晦日、元旦と晩酌の量をちょっと増やしたので、お正月だが、ストイックに過ごそうと決意する。
まあ、決意するほど、守るべきなにがしかなど無いのだけれど、なんとなく試練…みたいな感じでしょうか。 というわけで、二日からお屠蘇気分もなしにする。 お雑煮もなし、お餅なし。 いやはや、どうにも情けないことになった。 初もうでに、すぐ近くの神社に行く。 近いとはいえ、少しだけよそいきに着替える。 最近のお正月は華やぎがないなあ。 似合おうが、似合うまいが、日本髪に結う。 晴れ着で羽根つき、う~ん、色っぽい。 そーゆーの、ね~のかよと物色する。 そったらこと言ったって無理だべさ! 遠い昔の風物詩か、お正月を写そう フジカラー で写そうの世界だ。 当節、あろうわけがない。 神社の石段をトントントンと弾みをつけてあがる。 お賽銭入れて、テンポよく2拍手してしまった。 今年もまた間違えた。 仕方なく、2拍手2礼2拍手1礼。 鹿児島大学と書かれた絵馬など、横目に帰る。 More 昨年は500年,1000年の歴史の一駒になる災厄の年だった。
大晦日くらいは、紅白を見て、ゆく年くる年で、厳かな気持ちでお正月を迎えようと思った。 テレビ画面に山下公園が映った。イルミネーションが煌めく光の森になっていた。 日本を元気にする応援メッセージだそうだ。 暗い海の向こうには、横浜マリンタワーやコスモクロック21の灯が見える。 まさしく、ブルーライトヨコハマ21である。 うっ、やっぱ、横浜はよいなあ。 そういえば、由紀さおりさんとピンク・マルティーニのコラボレーション『1969』がiTunes全米ジャズ・チャートの1位だという。快挙である。 『アメリカングラフィティ』のキャッチフレーズに“1962年の夏、あなたはどこにいましたか(Where were you in ‘62)”というのがあった。 それにならって、1969年、ボクは何をしていたのだろう。 安田講堂など眼中にない、しょうもないノンポリであった。 『牝猫と現金』とか、『ジョージー・ガール』などの旧作がかかった映画館を探したり、鮎川哲也先生の久しぶりの本格『鍵穴のない扉』など、読み耽っていた頃である。 新宿の街では、パンタロンやツギハギの入ったジーパンの女の子が溢れていた。 非モテ一直線のボクのワンナイトは高校から帰り、ご飯を食べて、テレビの映画を見て、2階の自室でミステリばっか、読んでいた。 深夜の12時を過ぎ、『セイ!ヤング』とかを聴きながら、卒業試験のため勉強をした。 落合惠子さんがレモンちゃんだった頃だ。 エスカレーター式の付属高校で、無試験で大学に行けるのだが、同じクラスで、50名のうち10名が3年間で留年した。 超低空飛行のボクはいつも、徳俵のところで残る強運だった。 3時になると、深夜トラック便の運転手さんをリスナ―に想定した『走れ歌謡曲』がスタートした。早世された成田敦子さんや兼田みえ子さんがパーソナリティでした。 最初にブルーライトヨコハマを聴いたのは、『走れ歌謡曲』だった。 たぶん、小林信彦氏だったと思うけれど、『上を向いて歩こう』のイントロを初めて聴いたとき、大ヒットを予感したと書いていた。 ボクにとっての『ブルーライトヨコハマ』もそんな感じがした。 ブラスが奏でるイントロにゾクゾクした。 繰り返し聴いていると、ポップスなのにコブシが利いて、いしだあゆみさんのノンビブラートで、特徴的な鼻濁音がなんとも素敵だった。 どうにか、大学にもぐりこんだ年が、ボクの1969年である。 More
宛名だけ書いておいた年賀状に、一行添えをする。
全部印刷だけの年賀状がある。というより、よくいただく。 こんな年賀状はいやだ。 年賀状でふられた人が知人にいる。 お別れですねとか、さようなら。。。とか書いてあったのでしょう。 こいつぁ~春から縁起が悪い。 書くほうも書くほうだが、とっておくのも包容力を通り越している気がする。 我に返って、一言添えの年賀状っていうのも、考えようによっては偽善者的というべきか、打算的な感じがなくはない。 ワタクシって、性格悪いのか。 まっ、書いてしまったのだから、出してしまえ。 郵便ポストまで行く。 寒いから、厚着というより着膨れである。 モッコモコのボッコボコのもう完全に雪だるま状態である。 投函すると、しばらくしてから、一人時間差のようにポソッと音がした。 ああ、昔の丸型ポストではそうだったなと懐かしむ。 はて、今、落としたのはボックス型なのになぜだろう。 まっ、いっか。 大みそかのスーパーに行く。 占いの本や手帳など買う。 ついでに、蟹しゃぶ用の生ズワイなど買ってしまった。 騙されやすいタイプなので、むきみにした。 けれど、どうでしょう。 来年も大したことは、できそうにない。 More 今年のクリスマス・イヴも、ヤッパ大したことはなかった。
繁華街のしゃぶしゃぶ食べ放題、飲み放題で、しめて3,000円なりのお店へ行く。 ウ~ム、60代のおっさん3人で、イヴに食べ放題の鍋を囲むのはなあ。 ど、どうなんでしょうか。 それでも食べてみると、案外、おいしい。 おなかがいっぱいになり、満足して2軒目のお店に向かう。 奮発してカシミヤのセーターを買った時に、店員の若い女の子が、今夜はホワイトクリスマスですと言っていた。 寒いけれど、そんな雰囲気はないなあ。 お城が闇にくっきりと浮かぶスナックで、瓶ビールを飲む。 イヴなのに、焼酎を飲むおっさんたちで賑やかである。 夜桜お七のカラオケを聞きながら、突然、靴下を裏返しにはいてたことに気づく。 えーい、知らんぷりしてストゥールに座ったまま、履き替えてしまえ。 結構ジタバタしつつ、履き替えに成功し、なんとなくホッとする。 それにしても、雪とは無縁だよなあ。。。と闇夜を恨めしく眺める。 2粒の真っ赤なつやつやの苺をヘタごと食す。 昔、ヘタには雑菌があるから食すなと言われたことがある。 枯葉のような味がした。 衣良がイライラするマンガの『バナナブレッドのプディング』だったと思う。 バナナブレッドのプディングは、かさかさ、枯葉の味がしたとのセリフがあった。 バナナ大福、バナナマシュマロ(こっちは子どもの頃によく食した)もうまそうだが、バナナブレッドのプディングなるもの、一度食してみたい。 宵の街をタクシーで帰るときに、百貨店のアーケードのアーチが例年のように紫に縁どられていた。 百貨店の外壁に、森の形のクルスマスツリーが何本か浮かんでいる。これも例年通りである。 煌めく街路樹が並ぶ中、イルミネーションは、深夜には、消えるのだろうかと酔った頭をかすめた。 More 大みそかと言えば、来年は何をしようとか、紅白を見ながら年賀状を書いたりするのだろう。
そのような厳かな試みは縁がなかった。 年のせいか、今年は初もうでなどしてみようかと考えている。 と言っても、今の集合住宅のすぐ裏が神社なのだ。 そういえば除夜の鐘も、聞いた記憶がない。遠い昔、荻窪に住んでいた頃にかすかな記憶がある。 大みそかにホテルに泊まったのは、この地に来てからだ。 『有頂天ホテル』のようなドラマもなく、夜の町に出て、食事でイッパイと思ったら、完全なゴーストタウンになっていた。 なんとも所在なく、これなら自宅の方がましだと思った。 大みそかに、西伊豆の土肥から帰ってきて、昼下がり、京橋郵便局そばの『力鮨』でイッパイ飲んだことがある。 土肥が外れだったので、白身魚の刺身が美味だった。 今でも覚えている。我が食への執着、恐るべし。 福岡の友人はその足で帰省し、残された東京組は『E.T.』を有楽座で見た。 20代の前半の元旦に、日比谷映画で男二人で映画を見たこともあった。 そば屋でイッパイと思ったら、そば屋は店を閉じていた。 そりゃそうだ。 元旦に年越しそばは食わない。 探し回った挙句、有楽町のガード下に一軒だけ空いている店を見つけた。 『天米』だった。天麩羅の盛り合わせでイッパイ飲んだ。 ネット検索したら『天米』はまだ、健在なのですね。 なんだかうれしい。 その日は本八幡の友だちの家に泊って、母上が作られた酒のつまみでウイスキーを飲んだ。 翌日は本八幡『アラジン』でストリップを観て、昼からイッパイ飲んだ。 酔っぱらって、待ち合わせの銀座の喫茶店に行ったら、二人して、それぞれの女友だちに呆れられ、冷たい視線を浴びた。 結局、友人は結ばれ、ボクといえば・・・、ムムム、現在に至る 荒れ狂うように飲んでいた。よく立ち直ったとも思うが、懐かしくもある。まあ、懐かしんではダメなのだが。 More 近頃、古いテレビドラマばっか、見ている。
昨日のドラマでは、ばかに若いトヨエツがタバコの自販機で、キャビンマイルドを買っていた。 そういえば、キャビンマイルドにハマっていた時期があった。 マイルドセブンの後くらいだったと思う。 弱いタバコから、すこしきつめのタバコというのも変わったパターンではある。 紫煙が目にしみる。 けれども、長めのサイズも味わいも、ちょうどよく、うまいなと思ったタバコだ。 ただ、キャビンマイルドは自販機に売っていないことが、ままあったような気がする。 飲み屋で飲むと、てきめんにタバコの本数が増える。 注文のついでに、タバコを頼むと、キャビンマイルドは店においてないことがよくあった。 まして、一見の店だと、サービスでタバコを買いに行ってくれることなど稀だ。 まあ、当たり前だが、ないとなるとモーレツに、喫煙を催すのもヘビースモーカーの性である。 今の季節なら、普通なら外に出て、夜の帳が下りた中を自販機を探すのは至難の業のはずである。 そこは酔っぱらいである。 フラフラさ迷い、自販機を探すのはさして苦痛ではなかった。 むしろ酔い醒ましにちょうど良かった。 会社のオフィスでもタバコをバカスカ吸っていて、入社したてのそばの若い女性社員によくタバコを買いに行ってもらう。 髪に匂いがつくとか言っていたけれど、お構いなしに吸った。 街を歩いていて、風が強く吹き、なかなか火がつかなかったりすると、手をかざしてくれて、100円ライターでよく火をつけた。 一瞬の恋のような甘い空気が揺らぐ。 まあ、手前勝手な錯覚にすぎない。 タバコ吸いには、まことに都合のよい時代であった。 More
市電に乗る。
このところ座らず、つり革にぶら下がっていることが多い。 視線の位置で、見える風景がゼンゼン違う。 おばあさんが立っていたけれど、女子高生が席を譲ってあげた。 か、かわゆい。 やっぱ、育ちのよい子は違うなあとしげしげと眺めて、あわてて、危ないオヂサンになるところだった。 座っている中年女性は、ローズマリーのページの写真雑誌を見ている。 海のしずくと書いてある。 ん?海のしずくとは大河の一滴のことか。 二階から目薬とか、焼酎の名前とは違うんでしょうね。 この間ネット検索していたら、ローズマリーの雪ダルマ付きクリスマスツリーがあって、かなり欲しくて、ぜひ買おうと思ったら売り切れだった。 魔よけですものねえ。 だから『ローズマリーの赤ちゃん』って言うのか。 いや、あのホラーは人の名でした。 今朝、千切りキャベツにウスターソースをかけながら、思った。 子供のころも、成人してからも、トンカツもハンバーグもみんな醤油で食した。 まだ、煮込みハンバーグなどメジャーでなく、レストランでも醤油で食した。 いつから変わったのか。 う~む、思い出せない。 通り抜けの大学の銀杏並木の黄葉が盛りで、冬の陽ざしの中、さわさわと散る。 More ドラマを観ていると、懐かしい感じの風景に時々出会う。
先日、これって、善福寺池ではないかなあと思った。 記憶では、少し池が大きい気もするし、もっと草とかも茂っていた。 けれど疎林や池の面が昔日をとどめているように見える。 何より、池のほとりの柵とベンチに見覚えがある。 ビンを投げ入れると、クチボソが入っていた時代のことである。 なにせ50年近くも前のことだ。 どうせあてになるまい。 こういうときは、インターネットに限る。 ということで調べた。 『ロケ地 流星の絆』で検索をかけると、出たあ。出ましたよ~~。 大当たり。善福寺だった。 しかし、疎林はあんなに緑深くなっていたのだなあ。 戸田惠梨香さん、新年に新国立の小劇場でお会いしましょうね。 忘れもしない中学1年生の夏。 善福寺池のボートを繋いだすぐそばに、橋幸夫さんの豪邸があった。 その裏手のあたりに、同じ学年の2卵生双生児の美少女姉妹が住んでいた。 クラスは違ったけれど、美しさは際立っていた。 もっとも、すぐに転校して行った。 今朝、6時前に起きると、おもては俄かに寒い。 はじめて、冬が近いのを感じる。 クリスマスが好きな人も、クリスマスが嫌いな人にもサンタが街にやってくる季節だ。 ってなことで、シュワちゃんの『ジングル・オール・ザ・ウェイ』など観る。 う~ん、クリス・コロンバスの演出って、いっつもどこか不発なんですよね。 通り抜けの大学の入口に、昨年、ケヤキの樹にイルミネーションが灯るのを見つけた。 どうせなら、キャンパスのケヤキの巨木が光り輝けばよいのになあ。 『ラストクリスマス』の第5話のラストのように。 More 食べ物の夢を久しく見ない。
食べたくて夢に出てくる食べ物がないのは、恵まれているのだろう。 だが、ある意味で味気ない。 好きだけど、ちょっと嫌いになったりする。 大嫌いなはずなのに、実はちょっと好きになったりもある。 ふつうなら前者がよいはずなのに、食べ物や恋愛なら、後者が有望のように思う。 う~む、深いな。いや、単に屈折しているだけか。 時々、大嫌いだった学校給食を思い出す。 揚げパンとか甘食、ああ、食べたい。 鯨の竜田揚げや今のスーパーで売っているのではない魚肉ソーセージも食べたい。 したくてそうなったのではない、すこし下品な味が懐かしい。 てなことをつらつら考えて、しばし1分間が過ぎた。 ヒマである。 More 昼下がりに、歯医者さんに行く。
どうにも気分が重い。きっと、相当痛い。 歯医者さんはこの地へ来て最初に住んだところと近い。 かなり離れているので、タクシーを拾いに表通りまで歩く。 幼稚園と大学の間の狭い裏道をゆっくり歩く。 学園祭のさんざめきが聞こえる。 ああ、今年もその季節になったのだなと思う。 右にテニス・コートがあり、左が大学のキャンパスだ。 女子大生がテニスに興じている。 目の保養になるけれど、大きなお世話だろうが寒くないのかなぁと心配になる。 左に大学の裏門があって、守衛室がある。 突然、キンモクセイが匂う。 まだまだ濃密である。 午後のやわらかい陽が散るなか、あたりはキンモクセイの香りで充ちていた。 左手の大学側のフェンスに沿って、2~3メートルくらいの高さのキンモクセイの生垣がずっと続く。 こんもりした細長い楕円の葉にオレンジ黄色の花がチラチラくっついている。 東京時代は子供のころを除くと、キンモクセイの記憶がない。 よほど慌ただしく過ごしていたか、空気が汚れていたのか。 この地のキンモクセイはよく匂う。 夜遅く、新鮮な空気を入れようと部屋の窓を開けると、近くの人家の庭に咲くキンモクセイの匂いが、風に運ばれてきた。 キンモクセイが散ると、サザンカである。 絞りのサザンカはもう咲くが、あまり好みではない。 サザンカが咲きだすと、もう暮も近い。 けれど、今はキンモクセイの香りを楽しもう。 今年の秋をどう過ごそうか考えるヒマなく、もう寒くなった。 夜九時ころ、学園祭の只中の大学のイチョウ並木を通りぬける。 街路灯がともり、イチョウの古木の黄葉を鈍く照らし出す。 いつものように犬のフンのような匂いがする。 落果したイチョウの実だろう。 翡翠色のギンナンは好みだ。 串にさして焼いて塩で食すのが楽しい。 茶碗蒸しなら、らしくはないけれど、しずしずと頂こう。 深夜、布団にもぐると、白い障子にお隣のアパートの灯りが映った。 空き室だったから、誰か越してきたのだなぁ。 美人だったら、よいのになぁと空想する。 昨日はコタツも出したし、いっそのこと今日は火鉢も引っぱり出してしまおうか。 ベランダのトランクルームに、引っ越し時に放り込んだ。 火鉢で餅を焼くのも湯を沸かすのもよいものだ。暖をとるのもよい。 コタツと言えば、みかんとネコか。火鉢には藁灰に炭を埋めなければならない。 ふ~む、ネコはいないのだ。 そもそもコタツは艶っぽいものである。 でもこたつ寝っていいよね。コタツでみかんも乙な味だ。 火鉢は置いておくだけでも部屋がぐっと引き締まる。 さて、これから買おうと思っているポインセチアはどこへ置こう。 難問だ。 More
さがしているのは何ですか?
なにかの惹句だか、小説の一説にあったような気もする。 思い出せない。 さがしものが、まさか愛とかいうのじゃないよなあ。 あな、こっ恥ずかしい。 幸せを運ぶ青い鳥を探して冒険旅行に出たら、青い鳥は家にいて、ああ、よかったあと思ったら、それも束の間、あら、逃げちゃったって話もありました。 う~ん、深い。人生の夢なんて、そんなものかもしれない。 ワタクシ、運転などできないのですが、車のキ―とか持ってたら、よくなくすタイプだと思う。 ♪探しものはなんですか? ♪まだまだ探す気ですか? な~んて、井上陽水も歌っていたっけなあ。 そのタイプです。 たとえば、一週間、仕事部屋を這いつくばって、ゲホッ、ゴホッ、もう労咳になりそうな。。。罠にかかったウサギみたいに煤だらけになって探しても、それでもみつからない。 仕方ねえなあ、あきらめてくれって友だちにメールを書く。 とたんに、あっ、これなんだ。見つかった!!! たとえば、その二。 彼女に○○がないと言われ、目の前が真っ暗になったら、そうではなかったとか・・・。 経験ないもんなあ。 まっ、そういう経験は無いに越したことない。 はあ~~ぁ書いてて、疲れた。ブログをサボると、どうも調子がでない。 なくして困るようなものは、そうそうあるものではない。 全財産なんて、トランク一つでも、ゆうにおつりがくる。 疲れすぎて眠れぬ夜な~んかないし~。 ♪革のカバン ひとつだけなの ♪あなたの記憶が唯一の地図よ ふぅ~~、なんだかなあ。脱力。 More 近くのスーパーへ行く。
お惣菜売り場で、仲の良い姉妹が口論している。 肉じゃがコロッケを買おうか買うまいかで揉めている。 貫録でおねーさんの言い分が通り、そそくさと姉が違う売り場に向かう。 妹曰く、おかーさん、肉じゃがコロッケ、本当においしいんだからと大きな声でおかっぱの背を追う。 ん?。おかーさんって、ママか。 ドヒャ~と仰天する。 最近は姉妹と親子の見分けが怪しくなっている。いよいよもって、年食ったなあと実感する。 どれどれと、肉じゃがコロッケにじぃーっと見いる。 大体、コロッケなるものは肉とジャガイモで作るものだよなあと一人ごちる。 けれど、明太コロッケ、男爵いもコロッケ、同カレー味など、いろいろ並ぶ。 結局、肉じゃがコロッケなるものを迷った挙句に買った。 帰り道、昨日のdvdの等々力陸橋から見た夕焼けはきれいだったなあと思う。 空を見上げると、まだ明るい曇り空だった。 子供のころ、電灯がともるには早い夕暮れに見た夕焼けってきれいだったなあと思いを馳せる。 おふくろがおつかいから帰っていない時、部屋の窓から見た夕焼けも美しかった。 シアワセなようで、いつもせつない気持ちになった。 過ぎ去っていった日々をぼんやりした頭で思っていると、そのころの夕焼けの匂いを思いだした。 結局、肉じゃがコロッケのお味はどうかって?。 そりゃ、甘い、不味い。 こんなのコロッケじゃない。やっぱ、ママは正しいのであった。 More 明け方四時半過ぎ、トイレに行きたくて目覚める。
窓を開けるとまだ暗い。 キンモクセイの香りが淡くなり、聞こえるか聞こえないかほどの虫の音がする。 線香を香炉に立てる。 高級な線香は、火が引火せずに、燻る。 なんだか味気ない。 線香がまっすぐに立たず、なぜか火鉢を思い出す。 昔の茶の間には、火鉢があり、灰には火箸をさした。 キンモクセイの咲く今の季節になると、もう火鉢だったかもしれない。 鉄瓶で湯など沸かし、沸騰するとチンチンと音がした。 すし屋の大きな茶わんでお茶を飲み、漬物などつまんだ。 子供なりに、しみじみ、ああ、人生だなどと思う。 あの時代の日常は静かで、ゆっくりと時間が過ぎて行った。 テレビの音が消えた無駄な音のない世界っていいなぁと、この頃思う。 昔、台風が来て、停電して暗闇の世界になると視覚や嗅覚が敏感になって、懐かしい匂いがした。 なんだか落ち着くなぁって思ったのに、似てるかもしれない。 火箸で灰などいじりながら、暖をとっていると、シアワセって感じた。 ひとり、ぼんやりと火鉢にあたるのも悪くないかもしれない。 願わくば、庭に紅葉した葉などあって、手折って来れれば申し分ない。 なにも考えず、時間だけが過ぎていく。 おせんべを食べながら、読書にいそしむ。 もう少しすると、通勤途中の自販機があったかコーヒーに変わり、サザンカが咲く。 More DVD『あしたがあるから』を観ていたら、浜松町駅やモノレール、シ―バンスの建物などが頻繁に出てくる。
やっぱ、懐かしい。 もっとも1990年代の初めの風景で、今は、全然違うのだろう。 仕事をバリバリする主人公だから、大好きな今井美樹さんや仙道敦子さんにモテモテ。 通勤途上で、女性から腕組んできたりする。 う~む、く、くやしい。 だが、ワタクシなどうだつの上がらない、しがないリーマンだったから、非モテ一直線は当たり前だ。 昔、紀尾井坂を下っていたら、上智大学の図書館の道を駆け下りてきた、新人のOLと出っ食わした。 もちろん、腕組んでくれるわけなどない。 ルイス・キャロルのいそがなきゃ、いそがなきゃの 時計を持った白いウサギみたいだなと思った。 遅刻しそうなOLが慌てて走っていくのを、追いかけるでもなく、ボーゼンと見送ったのを思い出した。 昨日は3日ぶりの飲める日で、ビールをチルドにして、急冷のスイッチを何度も入れ直した。 缶ビールを注ぐと、液体がみぞれになってる。 みぞれ鍋なら歓迎だけれど、ビールのみぞれはパッとしない。 なにやら苦い。 セブンイレブンで買った一正のおでんを賞味する。 フム、だいこんもさつま揚げも汁がしみて、悪くない。 溶けてきたビールで、これまた、セブンイレブンで買った揚げ出し豆腐も賞味する。 ちと、味が濃いかもしれない。まっ、好みの問題である。 スーパーで買ってきたグレープフルーツホワイトの半月に切ったのを日本酒で食す。 はて、中秋の名月はいつだっけと思う。過ぎたことだし、まっいっか。 ちょっと見、立派なグレープフルーツはパサパサで、ジューシーではない。 ハッサク独特のほろ苦いパサパサ食感ならいざ知らず、いけていませんねえ。 な~んか、さみしい気分になる。 夜空にはポッカリ、半月が出てないか見上げたら、な~んも見えない。 あ~あ、人生ってせつないものだなぁとしみじみ実感する。 More
このところ朝晩、かなり肌寒い。
地元の布団屋さんで作ってもらった分厚い木綿布団で寝る。 なんだか幸せになる。 タオルケットや薄い布団を二枚重ねるのは、どうも苦手である。 はや、紅葉の季節になりかかっている。 ついこのあいだ、桜の葉がすこし落ちていた。 桜紅葉にはなってないが、いつもいち早く色づくハナミズキはもう紅い。 一番好きな紅葉はナナカマドだけれど、二番目に好きなのはモミジである。 モミジ紅葉の映画なら、『恋人たちの予感』と『ハリーの災難』が思い浮かぶ。 前者はNYの紅葉が美しく、後者はバーモント州の紅葉が鮮烈だった。 イロハカエデが好きだ。 高雄モミジ(高雄カエデ)とも言う。葉も小さい。 春になると、ピンクの翼果をつけて、風が吹くと、クルクルとまわって、螺旋模様を描いて落ちる。 タケコプターのようだ。 20数年前、残念だけれど、錦秋ではない京都に行く。 京都の高雄山の古びた石段を登った。 寺の山門に絢爛と咲くイロハカエデのポスターがあった。 実景ではなく、ポスターですよ。 けれど、紅い掌の葉と女性的な風姿が美しい。 願わくば、折からの小雨などにしっとりと濡れ、後ろからスッと傘がさしかけられる。 ん、何? と驚いて振り返ると、憂いをふくんだお美しい御婦人が立ってた・・・な~んて思った。 妄想癖はその頃からか。 以前にも書いたが、もみじの天ぷらの味をご存知でしょうか。 かりんとうのようなお菓子ではない。 本物のモミジの天ぷらだ。 どんな味かって??。 そりゃ、Let's 深大寺ですね。 More 風邪をひく。どうしても抜けられない用事があって、約束の場所へ行く。
なんかクーラーが強い。 寒さに耐えるのも限界が来たので、外に出る。 日溜まりのベンチで、傘を立て、日向ぼっこ気分になる。 それでも関節痛などするので、こんなのは何年振りかなあなどと思案する。 年少の友人が来て、なんかすっかり風景に溶け込んでますねえ。。。などと言う。 あっ、そっか。 小春日和の芝のある公園のベンチで、老人がつくねんと腰かけていたのを、若いころよく目にしたっけなぁなどと思う。 用事が済んで、自宅に帰る。 うーむ、いかん。 だんだんと本格的な風邪になってしまった。 葛根湯の風邪薬を飲む。 やっぱ、栄養をつけよう。 滋養強壮、病中病後の栄養剤も飲む。 ついでにご飯も食べる。 こういうときは寝るしかない。 窓を閉めるとき、キンモクセイの香りがする。 窓を閉めたら、部屋の中にもキンモクセイの香りが残った。 夜、輾転反側しつつも、うつらうつらしながら、己が人生の来しかた行く末などぼんやり考える。 考えても何にも浮かばない。 我が人生に悔いなしなわけはない。 我が人生何もなし。 無し、ナシ、梨。 あっ、洋ナシが食いたいなどと思う。 More わかもの言葉で、「スタバなう」とか、よく目にする。
今、スタバにいるよってなことだろうと想像してる。 昔、ナウいじゃんなど聞くと、オヤジ言葉だなぁ、サブって思ったものだ。 二次会を切り上げるときに、「おーい、忘れ物は青春だけにしろよ」などというオヤジギャグは今は、死語でしょうねえ。 いまの時代は寒くはないのかな。 サクサクしてて、いいんじゃないですかあ。。。と人から言われる。 その人の口ぶりから察するに、悪口ではなさそうである。 サクサクの語感は、雪やしもばしらをじっくりと踏みしめて歩く音を想起する。 しもばしらをサク、サク、サクッって歩きたい。 耐えて久しい。 食感ならば、ラスク、かき氷、リンゴ、山芋の千切りを噛む感じの音である。 ラスクはさすがに古いよな。 かき氷は季節外れか。 リンゴは旬だ。 つがるなう。 この用法であっているのか。 山芋の千切りはしゃきしゃきか。 しゃきしゃきはモヤシである。 山芋はカリカリに近い感じがする。 サクサクはどうやら、スピードとかテンポがよいこと。。。さっさとという感じらしい。 サクッと飲むとか。 だったら、ボクには馴染まない。 ゆるゆるがちょうどよい。 サクサクなどという野心はもうついえてしまった。 ただねえ、世の中の流れとの乖離が心細くなくもない。 なんかねえ、このところとみに性格がゆがんてきたような気がする。 あっ、これも昔からか。 More オープンキッチンとでもいうのか、客の席から厨房が見えるホテルのレストランでビールを飲む。
素通しのガラス窓の外を行き交う人たちが見える。 もう少し寒くなると、もっと足早になる。 サーモンサラダとホタテ春巻きをつまみながら、やっぱ、よく冷えた瓶ビールはうまいと思う。 缶ビールの缶の匂いに気がつくと、缶ビールは飲めなくなると通の人はいう。 まだ、その域には達しない。 還暦を過ぎて、洋食が増えたような気がする。 遠い昔、この季節に、雨降りの下町で洋食デートをしたことがある。 一つ年上で、同学年だった。東北地方の人で、北千住に下宿していた。 彼女の運転する車で、上野公園界隈をドライブした。 大家さんは上野のことを山と言うといっていた。 たしかに丘陵ではある。 ドライブの後で、秋の花がこぼれる狭い道を歩いて小粋な店に連れてってもらった。 適当に飲むと、『天使の詩』が好きだと言ったら、ボクがバカにしたとかで絡まれた。 ナマコ料理やワインが混じった食用ガエル(だったと思う)を食べた。 世の中には変わっていて、美味しいものがあるものだなぁと思った。 当時は食べることや飲むことより、興味尽きないことが他に沢山あった。 彼女はオードリー・ヘップバーンの『いつも2人で』を観に行って、ジャクリーン・ビセットがあまりきれいなので驚いたと話した。 女の人でも、同じことを考えるのだなと思ったのを、今も覚えている。 ウィスキーの水割りも飲んだ。 老後は谷中で暮らしたいと思うのは、そんなちょっとモダンなお店の思い出があるからかもしれない。 ドライブは一回きりだった。 彼女の運動神経は抜群で、男と同じようにキャッチボールができる女性を他には知らない。 今でもドライブをしているかな。 More
夕暮れの帰り道、めっきり秋めいたなぁと突き刺さるように実感する。
ああ、よかったぁ。去りゆく夏に、ホッとする。 帰る方向の山の稜線がくっきり見える。 めずらしく、はて、駅はどっちだったっけなと思案する。 この道は行き止まりになって、NTT病院前の通りにぶつかる。 だったら、スーパーはあの高い25階建てのマンションの先か。 病院前の産業道路を左折して、まっすぐに行くと、駅だ。 道路を左折してすぐ、市電通りを右に行くと、お城になるのかぁと幼稚園児以下のことに感動を覚える。 今までは、お城や駅がどこかなど、考えたことはない。 やっぱ、地上から何センチか浮いたような生活をしていたに違いない。 まあ、徒歩か、困ればタクシーで移動していたせいもある。 地方都市に住むということは、マイカーがないと、箱庭的な世界観になるのは確かだ。 前に住んだ地では、駅がどっちかなど考えたこともなかった。 すぐさま、あっちと答えられた。 電車通勤することがなくなったのが大きい。 ラッシュ時の満員電車に揺られ、通勤というのも煩わしいものである。 けれど駅前というのは、なにげによいものでもある。 いかにこの地の駅が貧弱であれ、駅には出会いと別れやそれなりのドラマがある。 駅ビルがあり、駅弁も売っていて、駅前繁華街らしいさんざめきがある。 本屋さんでは週刊誌の立ち読みが出来るし、立ち食いソバ屋もあるに違いない。 夜遅く電車がつけば、帰宅に急ぐ人たちはタクシー乗り場に並ぶだろう。 またたくネオンがひとつひとつ消えてゆき、秋から冬特有の、夜の空気はちょっぴり甘くかぐわしい。 ぷらぷら歩くだけではダメですな。 More 秋は紅茶がきりりと美味しいと書いたのは、江國香織さんだったと思う。
たぶん、紅茶の味がシャープに感じる空気感を綴ったのだろう。 ♪秋でもないのに人恋しくて、淋しくて。。。。という歌もあった。 さみしいのは秋だけではないのは、同じだ。 人恋しいのは、思春期以来今日に至るまで、絶えたことがない。 昨晩あたりからめっきり秋らしくなった。 このところ、暑いかさぶいかの二分法の季節感である。 さて秋の味覚と言えばー 先ずは新米、秋刀魚、秋茄子、葡萄、梨、林檎、栗、最後にご縁はないが松茸と声に出して数える。 なんだか、腹減ってきた。 縁はないけれど、ああ、松茸の土瓶蒸しが食べたい。 松茸、ハモ、エビ、銀杏、三ッ葉の具とおつゆに、最後に新鮮なスダチを絞ってたらす。 土瓶だけでなく、ぐい飲み風のお猪口にもスダチをたらす。 これが堪らん。柚子では絶対にダメだ。 読書の秋、もの想う秋でもある。 温泉に出かけるとか、障子に夕日に照らされた柿の樹など明るんで映るのもよいなあ。 丸いカシワの葉が降る中を、散歩するのも楽しい。 今年は仕事をし過ぎた感じだが、実はたいしたことはしていない。 けれど、夏の疲れがドドッと出てきそうでもある。 ご用心だ。 まあ、もうすこししたら、西の空が熟れはじめたころに、草むらに咲く彼岸花でも見に行くか。 すこしさみしく、風に揺れる紅い花もいいものである。 More 古いJ-POPを聴いて、ああ、昔はよかったと懐かしむ。
かんきつ類、とりわけハッサクを頬張る。 パジャマのゆる~いズボンでリラックスして、午後のコーヒー(銘柄)の濃い~のを飲む。 オレンジ色の夕日が差し込む頃、仏壇のお線香を灯す。 やっぱ和室はくつろぐなぁと深呼吸して、しばし、お線香の匂いにやすらぐ。 デコポンクッキーをくわえて、Vロート(目薬)をジ~ンと沁み~るほどさす。 湿った目で、『私がクマにキレた理由』を観つつ、ぬいぐるみはかくもよいものかといぶかしむ。 いつか人目を忍んで買ってみようなどと思う。 台風がそれてよかったなあと思う。 被災地は大変だとお気の毒に思いつつ、不謹慎にも、けど雨上がりの匂いは好きだなぁと思う。 ああ、明日は早いんだっけ。。。と目覚ましをセットしながら、DVDの季節外れのクリスマスソングを聴いてうれしくなる。 これって、あまりに小市民だよなぁと、しんみりさみしく思う。 まっ、いっか。 手元灯でのどかなエッセイを読んでいると、眠くなる。 More 時々、電話が鳴る。もちろん、ケータイではない。
一回だけコールがあって、それだけで終わり。 間違い電話なのだろう。なぜかって、二回連続で電話はかかってこないからだ。 一回だけのコールは深夜だったり、早朝だったり、はたまた気がかりなことがあるときに限って鳴る。 電話などなければよいが・・・ドキドキなどと思っていると、決まってコールされる。 どうせ一回きりだろうとたかをくくると、そうではない正規の電話だったりもする。 なんだか忙しい。 ようやく、秋っぽい気分に少しだけなる。 気を許すと、猛暑日がドドドッとまた攻めてきそうで、まだまだ用心深くしてる。 木ヘンに春と書いて、ツバキ。 木ヘンに夏は、エノキ。 木ヘンに冬は、少しむつかしいけれど、ヒイラギ。 一応、みんな知ってる。 では、木ヘンに秋はなんでしょう? 恥ずかしながら、これは知らなかった。 ヒサギというそうだ。 ひさごなら知っているけどね。 昔々、『事件記者』という人気番組があって、そこに登場した居酒屋の名だ。 まっ、いっか。 More
インターネットで武蔵小金井に住んでいたころの住所を入れて、検索をかけた。
すると今現在、建っている家の写真が映った。 ほんとうかしら。 お隣の家に道を進めると、たしかにお隣のF家の建物だった。 なんだかなあ。25年ぶりのご対面である。 我が家は廃屋だった。引っ越してすぐに建売2戸が立ったのは聞いた。 道路に面した建売の家が、この写真か。 F家のお母様は、我孫子へ引っ越すとき、最後まで見送ってくださった方だ。 インターネット検索の日から、引っ越してすぐ解体された武蔵小金井の家の間取りを思い出す。 小金井に住んでいたのは、14才から36才くらいまでか。 2階の真ん中の部屋で、高校受験から大学の4年生まで過ごした。 ということは、1日に2冊から3冊読んでいたミステリはこの部屋でか。 父が自宅にて急逝した大学4年の夏からは、1階の茶の間の隣部屋で寝た。 父が死んでからしばらくの間は、アカデミックな本ばかりを読んだ。 これは、つるバラがパーゴラにからんだ応接間で読んだ。 土曜日や日曜日の午後は応接間の椅子に座って、足をテレビが置いてある棚にのせて読んでいたのを思いだす。 連想というのは恐ろしいものだ。 芋づる式に、35年前の挙措動作まで蘇ってくる。 読んだのは、日経図書文化賞を受賞したようなハードカバーの本が多かった。 う~ん、あの頃はケインズ経済学がまだ強かったのだな。 ミクロ経済学の本は、あまり読まなかった。 就職をして、最初のボーナスで買い込んだ、パールのドラムを叩いたのも、この応接間だった。 もっとも、ご近所のクレームの前に、自主規制やむなしになった。 買い物から帰ってくる母親が、遥か遠くからでも、地鳴りのように響くと云う。 母から懇願されて、泣く泣く止めたのだ。 その代わりにアコースティックギターを弾いた。 GSでは、エレキ一辺倒で、リードギターだったので、恥ずかしながらコードを抑えるのがむつかしかった。 村井邦彦さんの曲は結構、好きだったな。 寝るのが遅くて、サラリーマンになっても2時ころまで起きていた。 飲んで帰るので帰宅は早くても、11時は過ぎていた。 夜中によく茶の間の電話が鳴って、ダラダラと長話をした。 そうだ、女の子から電話をもらうようになったのは、茶の間の隣で寝るようになってからだ。 それまで異性の電話などなかった。 誰か、留守だと勝手に切っていたのかもしれない。な、わけないな。 昨日は茶の間の隣の寝室で寝たころに、よく見た夢を思い出した。 ↓はアコースティックでよく弾いた。イントロの後は、Amからだった。 人なぜに死んでゆくの。。。ってフレーズがちょっと新鮮だった。 More
地元では、一番大きなデパートへ行く。
もちろん、惣菜探しのためである。 あれれ~、しばらく来ないと、エスカレーターの位置関係まであやしくなる。 やれやれ。老後が思いやられますねえ。ワナワナ。 仕方なく、階段をトントントンと下ったら、パン屋さんがあった。 よよっ、こんなところに『ポンパドウル』がある。 ドンクだけじゃなかった。知らなかった。 パン・ド・ミーがある。山形食パンだ。 Pain de Mie 、クリスマス食パンです。 1切れがやけに大きい。 だったら、こりゃ、やっぱ、いちばん厚い4枚切りを買おう。 『パン・ド・ミーって、やっぱ、イギリスパンを手本にしたんでしょ。型に入れて焼くのでしょうか?。でも、フランスのパンですよねえ。』 上は会話ではない。 お店の美しいお嬢さんにたずねたいが、勇気がないので、一人ごとである。 サンドイッチに最適だというが、トーストして表面がパリッとなったのを齧るのが本格派だと勝手に思ってる。 いい匂いがする。つられて動くと、ニラ饅頭だった。 フム、いいや4個買ってしまえ。 ついで、だし巻きたまご、おくらなめこ、キビナゴの唐揚げなど買う。 キビナゴの唐揚げは、軽くレモン汁につけて食すと堪らんのだ。 ビールのおつまみには欠かせない。 階段をさらに下ると、そこはお刺身の売り場である。 時間さえあったら、1日中いたって飽きないけど、さすがに人目がある。 ガラカブの刺身と、一寸見鮮度抜群のサヨリの刺身を見つける。 今日はやっぱ、日本酒ですなあ。 香露2級はあったっけと夕飯に思いを馳せながら、ガラカブとサヨリでイッパイに決める。 しかし久しぶりとはいえ、かくもデパートごときに心舞い踊るようではいけません。 男としてこれでよいのか。ワタクシ、何をしているのだろう。いや、お恥ずかしい、情けない。 でもやめられないし、こだわりである。 食べたいものを食し、ゆっくりお茶などいただくのも人生のいつくしみ方の1つではないか。 ワタクシにとって、まあ、買い物はそんなものなのである。 More
|

