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いつでもどこでも映画と読書、あとなんだろう
by nonoyamasadao
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 いままでで一番通った店は、居酒屋だと思う。これは紛れがない。それが一ヶ月に十日の飲酒。辛か~。休肝日の過ごし方って、むつかしい。それで学生時分に戻って、いつでもどこでも映画と読書に明け暮れようと思う。
 大好きな川上弘美さんは読書三昧の毎日を、なんだか彩りに欠ける人生ではありますと謙遜して書いていたが、う~ん、こちらは実感です。
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日々、まったりと・・・
  夜、寝る前に窓を開けて深呼吸をする。
立体駐車場の昇降音が遠くで聞こえる。
このところ月に叢雲で、暗い夜空が続く。

 さびしさ丈けがいつも新鮮。
誰の詩だっけ?。
ついでに♪この淋しさは 何処から来るのでしょう・・・と口ずさむ。
ああ、子どもの頃は、ずーっと、こんなさみしい気分だった。
さみしい匂いの夜気がすっと流れ込み、今日も1日が終ろうとしているなぁと実感する。
取るに足らないけれど、わりと楽しい1日だった。

 明けて、朝、ベランダに出ると、鳥の鳴き声が聞こえた。
やっぱ、安眠できたなぁと伸びをする。
ハードボイルドエッグを作る。
殻をむいてパクッと齧ると、ほのかな味がした。
子供の頃は白身の白(当たり前だが)い色が嫌いで、黄身はきれいだと思った。
今は黄身と白身を分離した味わい方はできない。
葡萄パンでも、昔は干し葡萄が好きにはなれず、そこだけ取って食べた。
が、今はレーズンパンの甘酢っぱい統一した味が好きだ。

 DVDを観ていたら、しなやかそうな透明な間仕切りにI Have a Dream. Dr.Martin Luther King って書いてあった。知っている人なら、貫井企画で通用するでしょう。
夢かあ。
どちらかといえば、明日世界が滅んでも、私は林檎の木を植えるだろう的な気分なんだけどなあ。
それもまた夢か。
さよならだけが人生だ。。。と言うのもあった。
これって、KYON KYON の♪あなたに会えてよかったって解釈したら、誤りなのだろうか。

 ↓あれから、26年立つのか。UPするのは何度めだろう。好きな曲です。
それにしても、ワタクシ、進歩しませんねえ。
ゆったり暮らせるから、まっ、いっか。

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# by nonoyamasadao | 2012-05-26 09:42 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
ファミレスには縁がない
 六本木に国立新美術館ができてしばらくたつけれど、どうにも興味がわかない。
東京スカイツリーも、どうでもいいやという気がする。
これって、年を食ったから・・・とちらりと思う。
うんにゃ、そうじゃないゾ。
浦安にディズニーランドができた時も、すぐ傍にいたけれど、ゼンゼン食指が動かなかったではないか。
六本木仕様の人品骨柄(古っ)とは程遠いけれど、昔の六本木っぽい雰囲気は、嫌いではなかった。
理由はよくわからないが、ある時から、ボクの中で六本木の匂いが変わった。
あ~あ、やっぱ、昔は遠くなった。

 いつのころか、夕景から夜にかけて、六本木ブラリはよくした。
まだ、背広にネクタイだったころだ。
西麻布方面に歩く。 
外堀通りの六本木トンネルができるころだった。
テレビ朝日通りを広尾へ向かう。
中国大使館の周辺は、お巡りさんが立ってた。

 今、もしも若かったら、六本木道りの渋谷4丁目から少し入ったPAPA'S PANYA 広尾店でパンを買って、パパスカフェ広尾店でお茶したい。
コヒーとサンドの軽食を頼み、オープンカフェに陣取り、けだるく座る。
願わくば、通りを行き過ぎる青学の女子大生でも、いたら最高である。

 こんな気持ちになったのは、昨日『恋ノチカラ』のファミレスのラストシーンを観たからに違いない。
ボクはファミレスには縁がないけれど、いつごろから流行ったのかしらん。
資本主義を受容したニューファミリーの世代のころかろでしょうか?。

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# by nonoyamasadao | 2012-05-25 14:11 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
食わず嫌い
  食べず嫌いのまま、一度もためしていない食べ物がある。
冷やし中華が先ず、思いつく。
ラーメンか、今度こそ冷やし中華を食すか。。。で悩み、いつもラーメンを選んだ。
それくらい、ラーメンが大の好物であった。
 そのラーメンも、この5年間くらい、食していない。
それ以前は日に一回は、麺類を食した。 
この地のラーメンはあっさりサッパリ系ではないので、インスタントの塩ラーメン野菜どっさりを作って食していた。

 なぜに冷やし中華を思い出したのかといえば、夜になって暑くなったからだ。
それと、観ていたDVD『Mother』のラストシーンで、話題の子役が『好きなものの話をすると楽しくなるの』などと、言っていたからかもしれない。

 遠い昔、ウィスキーを日に半分近く、飲んでいた。
後輩で、卒業してから飲み友達になった女性が、ピーターパンは落とした自分の影のくっつけ方を知らないと話した。
ウェンディが影を縫ってあげようとしても、縫うということを知らないの。。。。と彼女は言う。

 じつは、ピーターパンはディズニー映画でしか知らず、夢のように美しかったティンカーベルしか憶えてなかった。
小学校の頃は、野原で暴れることだけが取り柄の子供だった。
親が与えた童話や絵本を含めて、読むということをしたことがない。
 読むこと、それはお勉強することで、大嫌いだった。
『岩窟王』や『十五少年漂流記』などの類は、すべて欠落のままだ。
そういえば、ウィスキーなど、20年以上も飲んでいない。

 読書をするようになったのは、中二のころである。
杉並区の荻窪から下井草に、半年ほど移り住んだ時の頃だ。

 蝉がワンワンとうるさい夏休みは、いつものように、なにもないまま過ぎようとしていた。
そのころは、ゲームやペットボトルなどもちろんのこと、中学にはプールもなかった。
コーラやサイダー、バヤリースオレンジの時代だが、冷やした麦茶がとてもおいしいと思っていた。

 授業があるときは、日が暮れるまでうちには帰りたくなかった。
どこにも行く場所がなくても、友だちとどこかをほっつき歩くだけでも楽しかった。

 誰も友達のいない下井草の夏休みに、本を読むことを知ったのだと思う。
源氏太、石坂洋次郎の長編の文庫本の全てを読んだ。
ああ、きっと、この頃から青春群像物語が好きになったのだ。
 一人で読書する時間は、読んでいる物語に没頭しているのだけれど、その一方で、一人でいる時間が楽しいと初めて感じた瞬間だった。

 昨日のドラマでは、渡り鳥がどうして目的地に帰ってこれるのか?それは星座を道しるべにしているのだと言っていた。

 だとすれば、ボクの道しるべの星座は、下井草であり、ラーメンであり、ウィスキーであり、酒を3合以上飲むことであり、読書であり、青春群像物語だ。
今のところ、飽きもせず、青春群像ドラマばかりを観ている。

 およそ短かった青春の光だが、長く黒く伸びた影法師をエンエンと際限もなくひきずっているのは、なんとも男らしくない。けれども、今のところ楽しいから、まっ、いっか。
ほんとうに陽が翳って飽きたら、お昼にはラーメンを食い、晩はウィスキーや酒をチビチビやりながら、児童文学でも読んでみますか。

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# by nonoyamasadao | 2012-05-20 11:03 | 雑文 | Trackback | Comments(4)
ハートのバルーン
  母の日のプレゼントが東京から届く。
やっぱ、紅いカーネーションである。
ボクは恥ずかしながら、カーネーションといえば、切り花しか知らなかった。
ふ~ん、カーネーションのブーケバスケットか。
たぶん、母の日プレゼントは生涯できないだろう。
第1、そんなことをしたら心配して、寿命を縮めそうな気がする。

 ブーケバスケットでは窮屈そうなので、鉢に移しかえる。
これでよかったのか。

 おまけなのか、ハート型のバルーンもついている。
真っ赤なゴム風船と言ってしまうと、どってことないが、やけにでかい風船で背も高い。
 こ奴がふわふわポヨヨーンと風もないのにリビングで、やけにぶ~らぶらと揺れる。
なんだかなぁ。
たんたんタヌキの・・・なのだった。
こういうのは、心に和む。
じぃっーと見入ると、なにげに不謹慎で、これが実によい。

 ボクにも気をつかってもらって、円座クッションをいただく。
フカフカで深く、ざっくりと円形の穴があく。
まことに不安定なのだけれど、持病にはホント楽だ。

 会社に勤務していた頃、ドーナッツクッションをもらったけど、とうとうしなかった。
惜しいことをした。自らの20年前の不明を恥じ、おくってくれた人に心から詫びる。

 はるか年少で、近場に住む友人が引っ越したと言う。
くたびれて、ヨレヨレになって帰宅するボクをよく見かけたという。
公園そばの黄色い建物の3階に住んでいたそうだ。

 帰り道に黄色い建物を探す。
な~んだ。
公園前の横断歩道のところではないか。
だったら毎日の通り道だ。


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# by nonoyamasadao | 2012-05-18 09:34 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
お昼のビール
  のっぴきならない事情があって、真っ昼間からビールの中缶を飲む。
それでも、ほたてのわさび漬けや糸昆布の佃煮など、すこしだけつまむ。
う、うまい。
なにがって、真っ昼間のビールである。
ああ、遠い昔はこういうのが日常だった。

 今年は、例年にも増して暑い。
先が思いやられるが、被災地に較べれば、なんてことない。

 夕になって、そば屋に行く。
まだ、十分過ぎるくらいに明るい。
昔は、江戸前のそばをよく食した。
この地はうどん文化圏のような偏見を抱いていて、そばなど年に一回、食すか食さないかである。

 大好きだった故杉浦日南子さんに『ソバ屋で憩う』という本があった。
結局、杉浦さんはそば好きというより、そば屋さんで日本酒を飲むのが好きなんだなぁと思った。

 そば屋で、またまたビールを飲む。
の刺身、あつ切りの板ワサ、玉子焼きなど食す。
どれもすこぶる美味である。
 開け放った窓にすだれなどかけてあり、ときおり、植栽の篠竹を通して外の風が舞い込む。
蚊などもとぶが、それも自然な感じで心地よい。

 ってなことで、辛口の日本酒を断念して、1年ぶりくらいの生ビールを飲む。
唐津のザル豆腐や春野菜の天羅などつまみつつ、二八のざるを食す。
う~む、うまいそばだ。
そば湯を飲む。

 待てよ~。
これはそば屋で憩う。。。ではないなぁ。
居酒屋での現実的な過ごし方だった。

 一本の辛口の日本酒で、辛いつゆのそばをゆっくり食すものだろう。
つまみはそば味噌で十分だ。

 そうだった。
老後は高台のへーベルハウスに住み、だらだら坂を下る。
ちょうど客のはけた昼下がりのそば屋で、酒を飲む。
そんなことを若い頃は真面目に考え、理想としていたのだった。

 そば屋の帰りに、レンガ造りのパン屋さんで、石釜焼きの風合のパンや三昧ブレッド、メープル、カボチャパンなど選ぶ。
なるほど、人生はブループリント通りには行きませんねえ。
もうちょっと、古都のやすらぎに似た生活に憧れていたのだった。

 しょうもないので、DVD『鹿男あをによし』を観て、奈良の風景に和む。

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# by nonoyamasadao | 2012-05-11 10:24 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
メランコリックな夜は
 いつもゴールデンウィークに、自宅に蟄居しているとメランコリックな気分になる。
五月病とは、ちと違うような・・・。
な、なんざんしょね。

 こんなときは、ビールでもしこたま飲むとよいのだが、あいにくの休肝日だ。
てなわけで、おめでたい気分になる映画を見る。
『英国王のスピーチ』と『ニューイヤーズ・イヴ』の2本を借りてくる。
前者のコリン・ファースは『ひと月の夏』のころから知っていて、ほとんどの映画を見ている。
今回は、暑苦しいくらいの見事な熱演だった。
ただ、おめでたい映画ではなく、真面目な映画だった。

 後者は大晦日のNY。夜のタイムズスクウェアに人がぞくぞくと集まると、ボクもワクワク・ゾクゾクしてくる。
まことに単純であるなぁと思う。が、性分だから仕方ない。
新年へのカウントダウン・イベントの準備が行われる。
午後11時59分から、東芝の広告がやけに目立つワン・タイムズスクウェア屋上から23メートルの高さに上げられていたTimes Square Ball が、1分かけて降りてくる「ボール・ドロップ」が行われる予定になっている。
やがて新年になると花火が上がる。
だが、このボールを屋上まで持ち上げる途中で、まさかの故障で宙ぶらりんになって、てんやわんやの騒ぎになる。
さあ、困ったあ。。。。という状況で、8組のカップルの人間模様が繰り広げられる。
もちろん、お決まりのハッピーエンドになるが、そうでなくっちゃね。。。である。

 う~ん、やっぱ、よいなぁ。
シアワセな気分になる。
そういえば、『ひと月の夏』の監督パット・オコナーの『乙女座殺人事件』の冒頭にも、ニューヨークのタイムズスクエアをバルーンドロップが降りてくるシークエンスがあった。
除夜の鐘もよいけれど、こういう賑やかなのもよいなぁ。
はればれして寝る。

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# by nonoyamasadao | 2012-05-04 10:01 | 雑文 | Trackback | Comments(8)
また、あした
  桜が終わって、ハナミズキの葉が目立つ頃になると、このところ、だらだらとした気分になる。
ゴールデンウィークが近い今の季節は、子どものころからそうだった。
一応、中心部に近い住宅地に住んでいると思っている。
散歩すると、チャリンコの学生がよく往き来する。
女子が圧倒的に多い。
陽ざしはだんだんと強くなって、チャリンコ女子のペダルのこぎ足が速くなったように思う。
なぜだろう。眩しいからかな。

 遠い昔、まだ夕方には早い青いスミレ色の空の下を、行く当てもなく、男の友だちとうろうろと歩いた。
ふむ、たしかにチャリンコではなかった。
よそんちの庭をのぞいたり、のんびり歩くと、かわいくて勉強のできる同級生の女の子の家を、偶然見つけたりした。
誓って、洗濯物などのぞいたりはしていない。
 その家の藤棚の花は風が吹くと、ゆらゆらと揺れた。
空気も、気分も、ゆらゆら揺れたような気がする。
紫の花はよい香りだけれど、さみしい香りがした。
大人になってからは、そんな気分になったことはない。
雑種のような犬が、犬小屋から顔を出した。
 ヒマを持て余した時間だが、今思うと、たのしい時間が過ぎてったような気がする。

 なんの話をしたのかは、まったく思いだせない。
しょうもない話なのは、間違いない。
自宅の近くの十字路のブロック塀の家のところで、「また、あした」と友達と別れた。
別れて、自宅までの少しの砂利道を歩くと、いつもさみしい気持ちになって、走って帰った。

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# by nonoyamasadao | 2012-04-27 12:03 | 雑文 | Trackback | Comments(6)
サンダル履き
 朝起きるのが、4時40分ころだったり、6時20分だったり、8時近くだったりで、なんだか落ち着かない。
まっ、めっきり暖かくなった。
インスタントの紅茶、コーヒーなど啜り、1949年作のイギリス・ミステリなど読む。
オックスフォード大学の周辺の風景が、行ったことがないのに絵が浮かぶ。

 茶など飲むと、今年の夏は早いかもしれない。。。などと頭をよぎる。
ああ、ミステリを読むときは、やっぱ、紅茶やコーヒーを飲むのだなあ。
なんだか、納得する。

 通り抜けの大学では、陽光の溜まりに、名物のハナミズキが満開だった。
みっしりと咲くクラウド・ナインの白い色がまぶしい。
 銀杏並木の梢の上には、青空がどこまでも広がっている。

 遠い昔、この季節は、いつも退屈だった。
ゴールデンウィークといっても、デイトもなく、自宅でヒマを持て余していたように思う。

 ずいぶん歳月は流れたけれど、やっぱり今もヒマで、散歩気分で新しいスーパーへ行く。
ハナミズキだけでなく、周囲はツツジも満開である。
この地はクルメツツジが多い。
そりゃ、そうかもしれない。

 公園にはオオムラサキツツジが咲く。
関東と同じだ。
花が大味に見えて、あまり好きではない。
 県立劇場の低い塀の上の植栽では、オオムラサキツツジが白、紅、藤、など斑模様に咲く。
じぃーっと見入る。
まあね、これだって華やかではある。
コデマリなど、住宅に見つけて、やっぱこちらがよいなあと思う。

 狭い道を自転車が走って来るので、隅によって、やりすごす。
女子高生が目礼して過ぎて行く。
この界隈はめっきり、学生向けのアパートが増えたような気がする。

 もう少しすると、アジサイの季節である。
だからと言ってどってこともないけれど、季節が微妙に早いような気がする。
明るんだ景色を、サンダル履きで歩いてみよう。
そんなことは、この50年間くらいしたことがない。

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# by nonoyamasadao | 2012-04-22 15:54 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
胃腸風邪の日々
 月曜日の夜、あさりと筍の炊き込みご飯で、炙ったたいらぎのお造りなど食す。
お店に入ったころは、6時近くなっていたのに、まだ明るい。
ずいぶん、日が長くなったものだと思う。
夜になって、庭園に灯がともると、ツツジが咲く。
ああ、もうそんな季節になったのだなと思う。

 水曜日、ザンザン降りの雨の中、仕事部屋に向かう。
小学校の入学式の日で、タクシーがつかまらなかった。
通り抜けの大学では、ヤマボウシが満開で、白系のハナミズキがほころぶ。
住宅にドウダンの白い花を見つける。
ツツジには感動しないが、ドウダンは好きだ。
なぜだろうと、生まれて初めて考えたが、答えは見つからなかった。

 木曜日に、居酒屋で日本一になったお店に行く。
大きなパチンコ屋さんの地下にある。
カツオ(タタキでなく刺身)、スズキ、水イカ、カンパチを本ワサで食す。
よく焼いてもらったレンコ塩焼きも食す。
う、うまい。
ビールと日本酒など飲む。

 金曜日、夕方、ダラダラ坂をブラブラ下ると、盛りのハナズオウを見る。
昔に、お祝いで蘇芳桜なるものを頂いた。
守谷の庭に地植えした。
しばらくして、赤紫色の胡蝶の花がかたまって咲く。
これは桜ではなく、ハナズオウだなと思ったことがある。
ケバイ感じがして好きではなかったが、最近はそうでもない。
粗笨にして、真っ向唐竹割り風に一刀両断に、好き嫌いを斬ってきた。
今はすこし、ものわかりがよくなったのか、はたまた、主張がなくなったのか。

 夜、DVDを見ながら、ああ、今週は胃腸風邪だったのに気づく。
やっぱ、鈍感な人間であるなぁとあらためて、気づく。

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# by nonoyamasadao | 2012-04-14 10:00 | 雑文 | Trackback | Comments(6)
夢でもし逢えたら
 寝室は和室で、寝る前に南の障子をあけて、窓から夜空を眺める。
夜中の冷気が流れ込む。
下は、駐車場になっていて、その先に、低層の集合住宅がある。
満月に近い月が、さきおとといは集合住宅の右上だった。
おとといは左上、昨日は集合住宅のま上だった。
朝起きるのが4時30分だったり、7時だったりするので、寝る時間が違うので、月の位置も変わる。

 毎晩、月はどのあたりか位置を推測するのが、案外、楽しい。
ゼンゼン見えないと、都会の頃を思い出して、さみしい気になったりする。
正面の集合住宅の窓灯りがもれていたり、真っ暗だったりで、まったく見知らぬ生活があるのだな。。。などと思う。

 月はどっちに出ているというようなタイトルの未見の映画があった。
そんなことが気になるのは年令かしらん。
ああ、月は東から西に動いているのだなぁと思う。
実際は、地球が動いているのだけれど、そう見える。
こういう退屈な時間って優雅であるなぁと思いつつ、毎日が退屈なら、憂鬱であろうなぁとも思う。
時代劇の旗本退屈男は、ゼンゼン退屈ではなかったじゃん。

 あけた窓から月を見上げて、深呼吸をする
はい!吸って~! 吐いて~...で、深く息を吐き出すと、いっぱい空気が吸え、安眠できるのかなとも思う。
夜の空気の匂いがする。

 遠い昔の若い頃は、安普請の板張りのべランダから、いつも夜空や電柱の明りや、住宅からこぼれる灯りをながめていた時期もあった。
そのころは何を考えていたのだろう。
勉強してたわけないし、まして彼女がいたわけもなく、夢でもし逢えたら・・な~んてあるわけない。
はて?。
パソコンのせいか、16年ぶりに再開したミステリ読書のせいか、肩こりがひどい。
明日の朝、窓を開けた時、背伸びでもしてみますか。

 背伸びは人生だけで十分なのだが・・・。

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# by nonoyamasadao | 2012-04-10 09:04 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
チェリーブロッサム
  このところ、歯医者さんへ通っている。
この地に来て、最初に住んだ住宅のそばにある歯医者さんである。
今の集合住宅が市の中央近くだとすれば、歯医者さんは北部にあたる。
タクシーで行くのだけれど、いつも15分近く遅刻する。

 ごめんなんし。
あっ、花魁言葉になってしまった。
昨日まで、DVDで『JINー仁ー』の中谷美紀さんを見ていたからなぁ。
まあ、いくつになっても、歯医者さんに行くのは気が重い。

 タクシーでお城のそばを通り抜ける。
お昼少し前のうららかな天気で、 ゆっくりと。。。まったりと、春の季節がめぐって来た気がする。
タクシーは窓全開で、ちょうどよい。
どこかで、なぜか鶯が鳴き、遠く市電の音が聞こえる。

 ああ、いかにも地方都市にいるなぁって感じるのは、こんなひと時だ。
あちこちで桜が満開を少し過ぎたくらいで、着物姿の若い娘さんが記念撮影などしている。
フム、しっとりとしていて、よいものだ。
春の風が、桜の花びらをちらちらと流していく。

 だったら、花びらをうっすら散りしいた雨の石畳に、和傘と着物のあざやかな色が映えるってのもよいなあ。
今年の桜ももうおしまいですね。

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# by nonoyamasadao | 2012-04-05 18:02 | 雑文 | Trackback | Comments(4)
桜並木
 昨日はめずらしく忙しく、結婚式場や車の展示場や旅行代理店などタクシーで駆け巡る。気温も20度はゆうに越えていただろう。
暖かい陽ざしの中、移動中に、車窓から街中の桜雲がいくつか見える。
今年もいよいよ満開の桜の見ごろが近い。
お隣のアパートのお隣の公園の桜も、もうすこしで盛りだ。
台所の窓から見下ろす、これまたお隣の女子高の一株の桜もこれからだ。

 ときどき、2月頃に、河津川の800本もあるという濃いめのピンクの花の河津桜を散策してみたいと思う。
まあ、近所の人くらいで、人ごみでない頃がいい。
川の瀬音だけが聞こえる。
夕暮れどきに、酔っぱらいたちの花の宴とは無縁に、桜堤をそぞろ歩きするのもよいよね~。

 ちょっと、ほろ酔いの時の夜桜は、ことのほか美しい。
ああ、今年もこの花に出遭えてよかったなあ。
じんわりと『人生の扉』を感じる。
 ってなことを書きながら、まことに人生は不条理なものだと思う。
桜をめでる余裕など、まったくない。
年度初めの行事日程が例年、イッパイ詰っているのである。

 少し前の踊りと三味線の師匠の若村麻由美さんの『夜桜お染め』は色っぽくて、好きだった。坂本冬美さんの『夜桜お七』の♪さくら、さくら、はな吹雪・・・のたちまわりだった。

 遠い昔だが、平日の深夜、多磨霊園で見た墓地に沿った夜桜の並木道が忘れられない。
まだ、若かったから、墓地へのおそれなど微塵もなかった。
 花冷えの闇夜を歩く。
よるの緑道の空気は花の匂いで、かすかに甘い。
並木の桜は美しく、ひそやかな華やぎが心を誘った。

 してみると、十代の方が人生を感じていたのかもしれない。

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# by nonoyamasadao | 2012-03-31 09:08 | 雑文 | Trackback | Comments(4)
温泉でまったり
 今住んでいる場所では、温泉に行こうと思えば、歩いても行ける。
午後になってハタと思いつき、慌てて出掛けても、温泉につかり、飲んで食べても、夜には帰宅できる。
しかし、そんな味気ないことはしたことない。
温泉はそれなりの心構えをして、ワクワクして行くものと心得ている。

 この地の菊池温泉などは、無色透明の湯で、ツルスベ系を通り越して、ニュルニュル系だが、肌触りがよい。
温泉を出ると、サラり、スベスベである。
この地では、ここ掘れワンワンと掘ってみれば、深く掘れば、どこからでも温泉は出るような気がする。

 温泉は、ヤッパ、苦労して出掛ける所に有り難味がある。
箱根、宮の下の早川の川沿いの『対星館』には、また行ってみたい。

 新宿からロマンスカーに揺られ、紅茶でも飲み、箱根湯本に出る。

 箱根湯本で、早川が流れる湯本橋を渡って、『はつ花』で日本酒とザルを食す。
満席なら、お向かいの『知客茶家』で麦とろを食べるのも悪くない。
腹ごなしに、ブラブラと宮の下まで歩く。
どうでもいいけれど、今もあるのかしらん。

 旅館専用のケーブルカーで山の斜面を下って、早川の谷底の宿に着く。
まずはヤレヤレと、茶菓子などボリボリ齧る。
じゃあ、湯につかりますかと、大浴場に向かう。
このマがなんというか、満を持してなのだが、あくまでもさりげなく、事々しくなくよそおうのが大切である。
湯につかり、あ~ヤレヤレ。
いや~ヤレヤレ。
う~ん、極楽極楽っていうのが温泉の醍醐味である。

 『対星館』は、松本清張の『蒼い描点』の舞台の宿だ。
朝もやの謎めいた風景や夜遅くにケーブルカーが動く時のチンという音など、高校生の頃に読んだのに今も憶えている。
夜遅くなって、布団にもぐり、手元灯で文庫本など繰ると、遠く瀬音が聞こえる。
じゃあ、そろそろ寝るか。
いや~、よいですなぁ。
命の洗濯である。 

 してみると、温泉は遠きにありて想うものが王道かもしれない。

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# by nonoyamasadao | 2012-03-25 09:59 | 雑文 | Trackback | Comments(2)
ハクモクレンが咲く頃に
  しばらくの間、自宅で仕事をしていた。
ようやく、どうにかこうにか一段落した。
フゥ~ 疲れるわぁ~などと一人ごとを言いながら、通り抜けの大学を通る。
野梅系の白梅がもうそろそろ終わりだ。
少し前まで、満開だったのに、今年は観梅はあまりできなかった。
 ヤブツバキが咲いている。
深紅の花弁に黄色の花芯、あっ、きれいだなと思う。

 いつもとは違う、昔よく通った道を帰る。
住宅のハクモクレンが開花しだす気配である。
数年前までは、毎年、このお宅のハクモクレンを見て、仕事部屋に通っていた。
昔は嫌いだったのに、最近はめっきり、ハクモクレンの花の形が好みになった。
いつか、ここの住宅の薄暮のハクモクレンを見ながら帰ろう。

 ケヤキ並木の大学通りの信号を渡ると、小学校の裏門から少女が坂を下ってきた。
ボーイッシュな男前の女の子である。
デビュー当時の山口百恵さん、ずっと下って内田有紀さん、でも今の沢木ルカさんによ~く似てる。
女の子だからキラキラしているけど、これが男だったらゲッだな。。って失礼にも思う。
沢木ルカ似の女の子はヘルメットを被って、自転車で走り抜けて行った。

 百坪くらいの売り地が出ている。
待てよ、ここは篠竹や松やヤブツバキのあるお屋敷ではなかったか。
周囲をあらためて見まわすと、やっぱ、そのようだ。
住宅は人間と同じように老いていく。
解体後の更地をじぃっーと眺めると、なんか、ドラマを感じてせつなくなる。

 セブンイレブンのお向かいの花屋さんで、ローズマリーとすみれ紫式部の寄せ植えの鉢を買う。
こ、これが。。。うっ、重い。
火曜日には花を買って。。。か。

 昔、『金曜日には花を買って』という、順列組み合わせの不倫ドラマがあった。
あのころは多忙だったはずなのに、なぜか観ていた。
 そう、年をとったら、つくし野のあたりの坂道でベーカリーを経営したいなどと思ったものだ。
このドラマの役者さんたちはボクと同世代というより、みな年長だったなぁ。
この種の新興分譲地は人とともに老いて行く。

 そろそろ、卒業式の季節だなあなどと思い、古いdvdなど観る。
駒場公園正門が昭和學院大学(そんな大学はないよなあ)の門になっていて驚く。

 あと少しで、ハクモクレンは満開になって、少し遅れてコブシが咲く。
今年も相変わらずであるな。
まっ、いっか。

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# by nonoyamasadao | 2012-03-21 09:46 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
フクザツな気分
  の節句だが、ゼンゼン無関係である。
老母と居酒屋へ行く。
線路わきの居酒屋は料理が美味い。
お昼時など、エビと茄子カレーなどで行列ができるという。
一日2食主義なので、未だ食したことはない。

 瓶ビールと刺身の盛り合わせを頼む。
突き出しはとり皮の空揚げのようだ。
カリカリのせんべいのようだが、ボクは鳥ダメなんですよね。
寒八、ヨコワ柱の刺身を本わさびで食す。
う、うまっ!。
それも激うまっ!。
そういえば、昔、ケヴィン・ベーコンの踊りが馬(うまっ)!、馬!、馬!馬!っと果てしなく連呼するおバカなブログを読んでのけぞったことがあった。
たぶん、『フットルース』のことだろう。

 瓶ビールも2本目になって、海鮮チジミ、おでんなども食す。
たれにコチジャンが中央に浮かぶ。
かき混ぜて、かけて食すのだが、おそるおそる、たらして食す。
う~ん、ほのかに頼りなく、けれどサッパリしてる。
お店の女性が見かねて、大皿にしっかりかけてくれた。
う~ん、たしかに、この方がたしかな味になる。

 帰って、DVDを見る。
中山美穂さんの、『本当ですか?』という言い方が昔のGFそっくりで驚く。
昔たって、もう30年近い大昔のことだ。
やれやれ、なんとも情けない奴めと反省する。

 夜、夢を見た。
そっくりだったGFが妻になって出てきた。
『あなた』などとボクを呼ぶ。

 なんだかな、妄想が夢になったみたいだ。
こういう夢って、長いこと、人生やっているけれど初めてだった。
ボーッとして夢心地でめざめ、うれしいような、さみしいような、なさけないような・・・しばしフクザツな気分に落ち込む。


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# by nonoyamasadao | 2012-03-07 09:20 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
梅の季節
  昔のドラマのDVDを観ていたら、チチチチ チチチチ チチチ―――と寝室で目覚ましの電子音が鳴る。
慎ましやかなようで、実は気に障るから、いつも目覚める。
はて、今何時か。。。と卓上の腕時計を見ると、夜の23時20分だった。
目覚ましはドラマの世界だった。
去年は4時50分起きなどなくて、平和だった。
今年はどうなるか。

 先月末、2度目の福岡出張に出掛けた。
駅までタクシーに乗る。
流れ去る風景の中で、梅の花がちらほら咲いているのを見つける。
数輪ひらく風姿がとても美しい。
 女性の運転手さんが、今年は大好きな蝋梅を見ないうちにしおれてしまったと嘆く。
蝋梅の黄色もきれいだけれど、あれは梅ではない。

 今年の梅はずいぶん遅いような気がする。
あるいは、バタバタしていて気づかなかったのか。
 梅の花が好きである。あ、豆腐料理のお店ではない。
梅の派手さはないけれど、恥ずかしげに楚々として咲き、漂う香りも好きだ。
ほんのり匂やかだど、なんだか切ない。

 梅を一枝手折って、梅の一輪挿しに投げ入れる。
コップだってよい。さすがに紙コップでは美しくない。
梅の花をながめ、春を告げるメバル煮つけを食す。
梅に鶯というけれど、この地に来てからはとんと聞かない。
鶯の谷渡り鳴きというのを、一度は聞いてみたい。
もちろん、エッチな意味ではないので、誤解なきように。
 
 寒梅、寒椿を見て、今年初めて季節を感じる。
いかんなあ、これではと思う。

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# by nonoyamasadao | 2012-03-02 11:55 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
結婚式
  朝から小雨そぼ降るなか、新幹線で博多まで行く。
親子ほど年齢の離れた、年少の飲み友達の結婚式がある。

 博多駅からタクシーで式場に向かうと、住宅街の中に白い壁が続き、樹木が枝垂れる入口がある。
舗石を敷いたS字を緩やかに横に寝かせたような、なだらかなダラダラ坂を車が上る。
おいおい、こんなに狭い小径を車でのりつけていいのかい。。。という感じである。
坂上にはプールがあり、白亜の殿堂のような建物があった。

 それにしても、新幹線は速い。
披露宴だけのつもりが、式にも間に合った。
チャペルでの讃美歌やブーケトスなど、何十年ぶりだろう。
少し雨に濡れたガーデンの樹木のイルミネーションが、薄暮の中でキラキラする。

 はて、我がお席は何処かと見ると、なんと、新郎新婦のど真ん前だった。
年をくったなぁ。。。って思うのは、こういうとき、ドキリとするように感じる。
長く人生をやっていると、こういうポジションになるのか。
それにしても、退席した新郎新婦がガーデン側から、再登場したときはたまげた。
この次は地下から、舞台のようにせり上がるのかと思ったけれど、そうでもなかった。

 まあ、結婚式は他事ながら、幸せな気分になる。
なんか人生はいいなあと思う。
これは、若いころと変わらない。
 新郎新婦のご両親、祖父祖母、兄弟など家族は総出演だった。
年のせいか、よそ様の家族でも、仲のよい家族はシミジミよいなぁとグッとくるものがある。

 このところ、仕事でバタバタしていて、かさかさになっていたので、しっとりした気分になった。
干天の慈雨ですね。
 帰ったら、『ヤンヤン 夏の思い出』のDVDを観よう。

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# by nonoyamasadao | 2012-02-28 12:10 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
寒空
  雨降りで、すこし寒くてさみしい気分である。
風邪引きなのかもしれない。
DVD『スローダンス』を見ていると、女の人はみんな半袖である。
初夏なのか夏の設定なのか街路樹がまぶしい。
自動車教習所が舞台で、そういえば、小金井に住んでいた頃は帰り道に、自動車教習所があったなと思いだす。
真夜中の自動車教習所は街灯に照らされ、車はひっそり並んでいた。

 『踊る大捜査線』を見ると、夜のレインボーブリッジはなかなか華やかである。
夜の閑散とした東京テレポート駅がしばしばでてくるけれど、あんなにガラガラなら行ってみたい。
といっても、お台場海浜公園駅などと、どこでどうつながっているのかサッパリわからない。

 う~む、これって、望郷なのでしょうか。
黒岩重吾の短編小説で、潜伏先の釜ヶ崎で、都会の匂いのする美しい女性に出会い、落魄した初老の男が望郷の念に取りつかれる。
結果、逃げきれず捕まった。
 中学の授業中に、隠れて読んだ。
岸谷香さんの『M』のように、
♪星が森へ帰るように、時たま、望郷の念が襲ってくる。
やっぱ、年ですかな。

 ↓この歌、泣きながら歌ってた、女の人を目撃したことがある。

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# by nonoyamasadao | 2012-02-16 06:17 | 雑文 | Trackback | Comments(15)
男が感じる男の色気
 このところ、伊東ゆかりさんのことばかり書いている。
実は、きょうも書こうと思って止めた。

 昨夜、ブライアン・デ・パルマ監督の「スカーフェイス」を観た。ハワード・ホークス監督のギャング映画「暗黒街の顔役」を現代化した作品で、脚本は社会派のオリバーストーンである。そんなはずではなかったが、思わずアル・パチーノに見入ってしまった。
抑制の効かない上昇志向と、家族への屈折した思いが入り混じった複雑な性格の役柄だった。
なんともすさんだ凄みが漂っている。異形な生き様を、実に的確に演じていた。力演である。
夜陰に乗じて、豪邸に攻撃をしかける殺し屋の大群を相手にマシンガンを乱射する、壮絶なクライマックスは圧倒的だった。
さすが、デ・パルマ的な華麗な見せ場だ。こうじゃあなくちゃあねえ、と感心した。

 遠い昔のことだ。
リニューアル前の「テアトル新宿」には、ビルの上の方に大きな馬蹄形のカウンターのパブがあった。
「スケアクロウ」のアル・パチーノの話題で、年少の女の子から絡まれたことがある。アル・パチーノを嫌いだと言ったからだ。
「スケアクロウ」のアル・パチーノはチンケな小男に見えた。オドオドしたおどけた役だったからでもある。だから、でかくて喧嘩がつよいジーン・ハックマンがかっこよく見えたのだ。
でも、当時からアル・パチーノは女性の人気はあったようだ。
「アルパシーノ+アラン・ドロン<あなた」なんて歌もあった。あ、榊原郁恵が歌ってました。
森雪之丞の作詞・作曲だった。この人も摩訶不思議な才人だった。
今はパシーノとは、あまり言わない。パチーノだ。

 アル・パチーノには、「セルピコ」、「狼たちの午後」、「ゴッドファーザー」など既に代表作はあったが、断然「スカーフェイス」がいい。
完全に危ないどこかに逝っちゃった感じがあった。
そういえば、山本薩夫監督の「皇帝のいない八月」の渡瀬恒彦の眼技にも似た感じがあった。
現状への焦燥感から破滅を急ぐ男の興奮とおびえのアンビバレンスがあった。その背後には美学とニヒリズムがある。

 話題は変わって、志水辰夫の「行きずりの街」を今頃になって、読み出した。これが抜群に面白い。読書家でなくても、なにを今更。。。っていう話題でしょうね。お恥ずかしい。あちこちに、読み落とした作品がたくさん、あります。

 25年以上昔に、ぜったいに僕の好みのはずだと、ミステリ通の友人から強く薦められた作家である。僕好みの文章だと聞いた。あ、僕自身は悪文だが、読むのはきれいな文章が好きだ。柄じゃなくて、すみません。
だから何度も試みたが、どうもキブンが乗らなかった。
類稀な文章力といったって、そんなに上手いかなあ。そうも思わないけれど。。。っていう感じだった。

 今回、はじめて本気で読んでいる。今半分まで読んで書いている。
見切り発車だが、なるほど。。。すこし興奮している。そう、たしかに僕の好みのスタイルだ。
結構、部分的にかなりキザな文章もある。それがなんとも心地よい。たとえばこうだ。

 男はみんな糸の切れた凧になりたがるものなのだ。それで女が苦労している。

 う~ん、こういうのが隠し味で、行間に埋もれて、散らばって書かれている。
地名が固有名詞なのもよい。場所が描写力をもって活写されている。
イマージナリー・ランドスケープ(デジャブじゃなくて)がある。
とくに、広尾から六本木までの空間的広がりの描写が冴えている。それも’90年代初頭のバブルの時代の頃だ。鷺宮あたりの光景の描写もいい。

 女の人の描き方が、チャンドラーほど柔でなく、ロス・マクほど透明でもない。
てきどに叙情的なのだが、観察には酷薄な視線があって、描写は乾いた感傷に留まっている。
うん、シミタツと短縮形で呼ばれるのが、よ~く理解できた。

 シミタツというスタイルを感じた。
スタイルをもったハード・ボイルド作家は日本では、稀有なことである。主人公はわりとボコボコにされるが、またルックスもぼんやりしているが、なんか雰囲気があっていい。

 ちょっぴりクールで、そのくせ情もある。インテリで、内省的だが、無鉄砲。まあ、矛盾している。
そこが凡庸に見えて、ヒロイックなのだ。男の色気、うん、ありますな。

この作家の良質な部分は冒険小説にあるのではなく、正統派ハードボイルド小説にあるように思った。

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# by nonoyamasadao | 2012-02-09 10:41 | ミステリ映画 | Trackback | Comments(0)
焼酎生チョコ
 スーパーへ行く。
チョコとワインがやけに目につく。
バレンタインが近いが、ことしも無縁だ。
目の毒だあと思いつつ、ついつい焼酎生チョコなどに目がいく。
あ、休肝日だったと気を静める。

 近くの大学を通り抜けようとすると、やけにものものしい。
ムムッ、なにか起こったのか?。お受験の頃だったと気づく。

 半月ほど前に舞台で観た戸田恵香さんのDVD『ギャルサー』を観る。
これが、どうしてナンセンスな隠れた傑作ではないか。

 道玄坂交差点や109シリンダービルなど、じぃっと見入ってしまった。
渋谷はPARCOとBunkamuraに行くだけで、あとは素通りしている。
他には、大盛堂書店とハチ公くらしか知らない。
表参道のグロッサリーストアや宮益坂あたりの文具店にも見入る。
渋谷をつぶさに観察するのは、『君の瞳をタイホする』以来である。
もうすっかり、おのぼりさん状態だった。
 
 そういえば、渋谷には間坂もあったなあ。
人生には、まさかの坂があるという。
フム、なるほど、まさかはあった。

 パラパラの振り付けをみて、ああ、あれは、やっぱ盆踊りだなとしみじみ思う。
バブル全盛のころに見たときと、あんまり変わってないじゃん。
あ、ギャル語がうつったって思われちゃうじゃん?。
いけね、二度、うつった。

 ドラマの公園では、桜とヤブツバキとユキヤナギが咲く。
あれって、同時に咲くか。。。といぶかしむ。
が、咲いても不思議ではない。
見ていたら、後ろに緑山スタジオの建物が見えるではないか。
たぶん、三角広場になにげに細工などしたかも。。。と一人納得する。

 いや、例によって早とちりかもしれない。
ちげーよ、おっさんとか言われるかも・・・。


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# by nonoyamasadao | 2012-02-08 16:36 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
恵方は北北西
 もうすぐ、節分がくる。
恵方巻きは年年歳歳、果てしなくどこまでもエスカレートしつつある。
カンピョウキュウリ油揚げシソ、ノリ、デンブとかを巻き物にするのは、ひょっとして七福神に因んでいるのか。
いや待て。アナゴなども、よく混じる。
 もっともらしいのは、太巻きが鬼の金棒説である。
まっ、いっか。

 恵方巻きだから、縁起のよい方角に向い、無言で、おごそかに願い、ガブッ!!!。
黙々と一気に食すのが習わしらしい。

 極太巻きだから、由緒正しくまいるぞ。よ~く見ていろよ。。。な~んてやったら、ウホッ、ゲホッ、ブホッ!となるに違いない。

 まあ、巻物を無心にムシャムシャ食べると、ストレス解消にはなる。
還暦前に、まるかぶり寿司を食した。
やっぱ、予想以上にボリュームがあって、食うのに随分と苦労した。

 今年の恵方は北北西だという。
北北西を向いて恵方巻きを齧ったら、ラシュモア山の夢でも見るだろうか。
 ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』の原題では、『North by Northwest』だった。
北北西なら、North-northwestなのに、な、なんざんしょね。
あ、ラストのトンネルは、なにやら意味深だったですね。

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# by nonoyamasadao | 2012-01-31 17:30 | ヒッチ・ワイルダー | Trackback | Comments(0)
冬の宴
 中心部のホテルの2階の居酒屋へ飲みに行く。
掘りごたつ式の個室で、まったりくつろぐ。
たくさん飲めると思うと、とてもうれしい。
相手の先輩がなかなか現れず、ケータイで現在地を尋ねる。
今、市役所まで来て、迷子になったという。
では、銀座通りをもとに戻り、銀杏通りを右折して、すぐそばのホテルとケータイで道案内をする。
でも、なかなか来ない。
またしても迷子かしら。
再びコールする。
我ながら、酒がからむと実に意地汚く、せっかちになるなぁと思う。
先輩は今、ホテルの階段をのぼっている途中とのこと。
やっと飲めると、他愛なくよろこぶ。

 品書きを見て片っ端から頼む。
刺身の盛り合わせ、温泉豆腐アサリの酒蒸、ソラマメの塩茹で、銀杏焼き、キビナゴの塩焼き、辛子レンコンホッケホタルイカの沖漬け、海藻サラダなど、頼む。
ビールを飲むと、手洗いが近い。
トイレは内開き、外開き形式でなく、雨戸のように引き戸式だ。

 引き戸をぴったり閉めると、よよっ、便座がのふたがゆうゆうと持ち上がって来るではないか。
これって、引き戸が閉まったときに開くのか、空気の加減なのか、はたまた侵入者の立ち位置の関係か。
実地検証すればよかった。
あ~あ、もったいない。
 冬の宴のあとはつくづくさみしいものであるなぁと、久しぶりに思う。

↓ ここが好き。
♪白いクリスマスイヴ ♪私ひとりぼっちよ

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# by nonoyamasadao | 2012-01-29 23:28 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
寒い朝
 明け方の5時である。夜空は凍てつき、まだ暗い。
3時間しか寝てないが、用事があるので、仕方なく起き出す。
水っぱながつっーと出る。
おや、風邪か。
ん~にゃ、風邪ではない。

 それにしても寒い。
暖房をつけているのに、ううっ、さ、さぶい。
寒い寒いと思うと、ホントに寒さが増してくる。

 子供のころのように、寒いの、寒いの、飛んでいけ~!と唱えてみる。
ゼンゼン、効果なし。
ついこの間まで、寒くなるとよいなぁ。。。などとほざいていたのは、どこのどいつだ!!。

 このところずっと、部屋でタ―トルネックしか着ない。
しかもカシミアだ。
見栄を張っているのではなく、寒くて耐えられないので一張羅で頑張る。

 あ、昨晩、昔の『踊る大捜査線』を見ていたら、キムチラーメンを食べてた。
キムチでも、でもできることなら、極辛のキムチラーメンを食いたい。
熱さと辛さで 最初は 極辛ー っが、ウマ― に 変わっていくプロセスがよいのだ。
キムチ~がキムチ(気持ち)いぃ~になる。
やっぱ、寒い朝はカレーラーメンよりも、キムチラーメンに限る。

 って書いたけれど、実はまだ、キムチラーメンって食べたことがない。
再び、寒さが襲来して来て、しばし、落ち込む。

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# by nonoyamasadao | 2012-01-27 06:58 | 雑文 | Trackback | Comments(12)
ヘップバーンのサングラス
 いつもの大学を通り抜けると、女性サングラス軍団が闊歩する。
接近遭遇すると、これは、ムムッ、かなり奇怪な感じである。
ギリシア神話のアマゾネスが今ころになって、ボウフラのように沸いて出たわけではあるまいな。水溜りもない。
なして冬でもサングラス?弱視の女性が急増するわけもない。
まして、ここはぜったい、スキー場ではない。

 ヤクザ屋さんに憧れる若い女性がにわかに増えたのか。
なるほど、なにげに悪びれた服装に見えなくもない。
まあ、ヤング・ファッションなのでしょうねぇ。。。とチラ見する。
なにやら異なものに気づく。
1960年代のグラサンは遮光目的の大きなフレームだったけれど、それに似ている。
何だかなあ。ダサッ。
 サングラスといえば帽子ではないのか。
あっ、夏ではなかった。

 昔々、『シャレード』という映画があった。
ヘップバーンのOliver Goldsmithのサングラス、それはそれはカックイィ~って思った。

 けどね、日本人にはマキシとサングラスは似合わねえって思うけれど。。。ってオヂサンは俯いて呟く。
まっ、いっか。

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# by nonoyamasadao | 2012-01-22 20:33 | 雑文 | Trackback | Comments(0)
温泉でメガネ
 温泉でメガネはいけないという。まあ、そりゃ、そうでしょう。
生来、粗野な人間だから、ケースにしまうなどしたことがない。
面倒だから、寝る時など枕元の畳にそのまま、置く。
畢竟、メガネの汚れが激しい。
かくして、温泉でメガネではないが、湯船でメガネ洗いなどする。
化学反応なのか、はたまた、水垢なのか、マダラ模様になって久しい。

 メガネやさんで、検眼してもらう。
近近、中近、遠近などの両用から、近用メガネ(いわゆる老眼)まで、イッパイある。
近近メガネで歩いてはいけないと言われていたが、それで外出し、仕事をしていた。
読書や書き物をするときだけ、近用メガネをかける。

 遠い昔、大学の頃はもう近眼になっていた。
勉強のし過ぎなわけなどありえるわけなく、映画の見過ぎに違いない。
映画館では前列3列目くらいの真ん中の右端か、左端が裸眼にはベストな位置だった。
人さまに挟まれて座るのが大嫌いだった。
それなら、右か左のコーナーの斜めからでも、人を気にしない方が落ち着いてみれた。
まあ、我がままなんですな。

 ♪就職が決まって髪を切ってきた時、もう若くないさと。。。GFに言い訳をする歌詞があった。
なんだかなあ、髪は男の命です。。。みたいだなあ。

 でも、勤務先はそのへんは自由だったから、長髪のままでよかった。
ただ、最初の仕事がプログラムを書くことだったから、やっぱ、とうとうメガネをかけた。
メタルフレームが流行していた。
メガネをして、初めて小金井の街角に立った時の衝撃は忘れらねない。
街って、こんなに輪郭がくっきりと鮮明だったのか。
なんか、感動だなぁ。
行き交う女の人たちはみな美人だったはずが、みな大したことなく見えた。
えっ、そうだったのか。だとすれば、我がGFは、ど、どうだろう。
怖いような、楽しみなような・・・。
まあ、それはたちどころに消え、みな美人に見えるようになった。

 東西線の夜遅くの駅のホームだったと思う。
パブで酔っぱらって帰りの地下鉄をベンチで腰かけて待っていた時、富山さんのように見えます。。と女の子に言われた。
と、富山って、ダイヤモンドに目がくらみの『金色夜叉』の敵役のあれか。
たしかに、キザで、嫌味で、金縁メガネだったような。

 メガネやさんからの帰り道、雑踏の通りを見渡したら、街の輪郭が少しだけくっきりしたように見えた。

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# by nonoyamasadao | 2012-01-20 08:39 | 雑文 | Trackback | Comments(7)
昔のよすが
 元部長だった上司の年賀状に、春には退職すると書き添えてあった。
達筆とは程遠い、ミミズののたくったような字を書く方だった。
今になると、なんとなく達筆にみえた。
みんなの前で、当事者だけに分かるように一般論として小言を言うと、きまって当事者はノホホンとしてる。困っちゃうんだよねえと、こぼした。
それって、オレのことかとよく思った。いいや、オレなわけはないとかぶりを振った。
ボクにとっては、サラリーマン人生での恩人だった。
そうですか。定年ですか。
も少しすると、桜が咲き、桜は散って、月日は過ぎ去る。
人生は短くも美しく燃え(萌えではない)であるなぁ。。。と心の中ではもう桜は散り出す。

 大手町の21階での、金曜日の午後の長い会議が終わると、宵の時間になっていた。
いつものように、千代田線で北柏まで直帰しようと電話を入れると、浦安で打ち合わせがあるから戻って来いと部長は言う。

 仕方ねえなあと、ブツブツ言いつつも、東西線で浦安本社まで帰る。
なんのことはない。課員みんなで、これからしめ鯖の美味い寿司屋に行こうということだった。
週末の会社は殺風景で、ザワザワとせわしないが、独特の和やかな雰囲気がある。
 さっそく、老母に電話を入れる。
『あ、おれ。きょう、遅くなる』と言って、電話をすぐ切る。
受け手が『わかったあ』と言ったのが耳に残った。
ばかに若い声だった。しかも華やいでいた。
老母のわけはない。見知らぬ若奥さんに、間違い電話をしたのだ。
リカバリーのしようもなく、そのままにした。
 その家庭のその晩は、どんなだったろう。
まだ、オレオレ詐欺などというなりすまし詐欺などない、ケータイもない時代だった。

 元上司の年賀状は組織で仕事をする、昔のよすがのなつかしい空気を連れてきた。
ちょっとだけ、しあわせな気分だった。

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# by nonoyamasadao | 2012-01-09 10:25 | 雑文 | Trackback | Comments(3)
初もうで
 大晦日、元旦と晩酌の量をちょっと増やしたので、お正月だが、ストイックに過ごそうと決意する。
まあ、決意するほど、守るべきなにがしかなど無いのだけれど、なんとなく試練…みたいな感じでしょうか。
というわけで、二日からお屠蘇気分もなしにする。
お雑煮もなし、お餅なし。
いやはや、どうにも情けないことになった。

 初もうでに、すぐ近くの神社に行く。
近いとはいえ、少しだけよそいきに着替える。

 最近のお正月は華やぎがないなあ。
似合おうが、似合うまいが、日本髪に結う。
晴れ着で羽根つき、う~ん、色っぽい。
そーゆーの、ね~のかよと物色する。
 そったらこと言ったって無理だべさ!
遠い昔の風物詩か、お正月を写そう フジカラー で写そうの世界だ。
当節、あろうわけがない。

 神社の石段をトントントンと弾みをつけてあがる。
お賽銭入れて、テンポよく2拍手してしまった。
今年もまた間違えた。
仕方なく、2拍手2礼2拍手1礼。

 鹿児島大学と書かれた絵馬など、横目に帰る。

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# by nonoyamasadao | 2012-01-04 14:51 | 雑文 | Trackback | Comments(7)
1969年、あなたはどこにいましたか?
 昨年は500年,1000年の歴史の一駒になる災厄の年だった。
大晦日くらいは、紅白を見て、ゆく年くる年で、厳かな気持ちでお正月を迎えようと思った。
テレビ画面に山下公園が映った。イルミネーションが煌めく光の森になっていた。
日本を元気にする応援メッセージだそうだ。
暗い海の向こうには、横浜マリンタワーやコスモクロック21の灯が見える。
まさしく、ブルーライトヨコハマ21である。
うっ、やっぱ、横浜はよいなあ。

 そういえば、由紀さおりさんとピンク・マルティーニのコラボレーション『1969』がiTunes全米ジャズ・チャートの1位だという。快挙である。
『アメリカングラフィティ』のキャッチフレーズに“1962年の夏、あなたはどこにいましたか(Where were you in ‘62)”というのがあった。
それにならって、1969年、ボクは何をしていたのだろう。

 安田講堂など眼中にない、しょうもないノンポリであった。
『牝猫と現金』とか、『ジョージー・ガール』などの旧作がかかった映画館を探したり、鮎川哲也先生の久しぶりの本格『鍵穴のない扉』など、読み耽っていた頃である。

 新宿の街では、パンタロンやツギハギの入ったジーパンの女の子が溢れていた。
非モテ一直線のボクのワンナイトは高校から帰り、ご飯を食べて、テレビの映画を見て、2階の自室でミステリばっか、読んでいた。
深夜の12時を過ぎ、『セイ!ヤング』とかを聴きながら、卒業試験のため勉強をした。
落合惠子さんがレモンちゃんだった頃だ。
エスカレーター式の付属高校で、無試験で大学に行けるのだが、同じクラスで、50名のうち10名が3年間で留年した。
超低空飛行のボクはいつも、徳俵のところで残る強運だった。

 3時になると、深夜トラック便の運転手さんをリスナ―に想定した『走れ歌謡曲』がスタートした。早世された成田敦子さんや兼田みえ子さんがパーソナリティでした。
最初にブルーライトヨコハマを聴いたのは、『走れ歌謡曲』だった。
たぶん、小林信彦氏だったと思うけれど、『上を向いて歩こう』のイントロを初めて聴いたとき、大ヒットを予感したと書いていた。
ボクにとっての『ブルーライトヨコハマ』もそんな感じがした。
ブラスが奏でるイントロにゾクゾクした。
繰り返し聴いていると、ポップスなのにコブシが利いて、いしだあゆみさんのノンビブラートで、特徴的な鼻濁音がなんとも素敵だった。

 どうにか、大学にもぐりこんだ年が、ボクの1969年である。

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# by nonoyamasadao | 2012-01-01 15:02 | 中村八大 | Trackback | Comments(4)
郵便ポスト
 宛名だけ書いておいた年賀状に、一行添えをする。
全部印刷だけの年賀状がある。というより、よくいただく。
こんな年賀状はいやだ。
 年賀状でふられた人が知人にいる。
お別れですねとか、さようなら。。。とか書いてあったのでしょう。
こいつぁ~春から縁起が悪い。
書くほうも書くほうだが、とっておくのも包容力を通り越している気がする。

 我に返って、一言添えの年賀状っていうのも、考えようによっては偽善者的というべきか、打算的な感じがなくはない。
ワタクシって、性格悪いのか。
まっ、書いてしまったのだから、出してしまえ。

 郵便ポストまで行く。
寒いから、厚着というより着膨れである。
モッコモコのボッコボコのもう完全に雪だるま状態である。
 投函すると、しばらくしてから、一人時間差のようにポソッと音がした。
ああ、昔の丸型ポストではそうだったなと懐かしむ。
はて、今、落としたのはボックス型なのになぜだろう。
まっ、いっか。

 大みそかのスーパーに行く。
占いの本や手帳など買う。
ついでに、蟹しゃぶ用の生ズワイなど買ってしまった。
騙されやすいタイプなので、むきみにした。
けれど、どうでしょう。
来年も大したことは、できそうにない。

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# by nonoyamasadao | 2011-12-31 15:28 | 雑文 | Trackback | Comments(2)
枯葉の味
 今年のクリスマス・イヴも、ヤッパ大したことはなかった。
繁華街のしゃぶしゃぶ食べ放題、飲み放題で、しめて3,000円なりのお店へ行く。
ウ~ム、60代のおっさん3人で、イヴに食べ放題の鍋を囲むのはなあ。
ど、どうなんでしょうか。
それでも食べてみると、案外、おいしい。
おなかがいっぱいになり、満足して2軒目のお店に向かう。

 奮発してカシミヤのセーターを買った時に、店員の若い女の子が、今夜はホワイトクリスマスですと言っていた。
寒いけれど、そんな雰囲気はないなあ。
 お城が闇にくっきりと浮かぶスナックで、瓶ビールを飲む。
イヴなのに、焼酎を飲むおっさんたちで賑やかである。
夜桜お七のカラオケを聞きながら、突然、靴下を裏返しにはいてたことに気づく。
えーい、知らんぷりしてストゥールに座ったまま、履き替えてしまえ。
結構ジタバタしつつ、履き替えに成功し、なんとなくホッとする。

 それにしても、雪とは無縁だよなあ。。。と闇夜を恨めしく眺める。
2粒の真っ赤なつやつやの苺をヘタごと食す。
昔、ヘタには雑菌があるから食すなと言われたことがある。
枯葉のような味がした。

 衣良がイライラするマンガの『バナナブレッドのプディング』だったと思う。
バナナブレッドのプディングは、かさかさ、枯葉の味がしたとのセリフがあった。
バナナ大福、バナナマシュマロ(こっちは子どもの頃によく食した)もうまそうだが、バナナブレッドのプディングなるもの、一度食してみたい。

 宵の街をタクシーで帰るときに、百貨店のアーケードのアーチが例年のように紫に縁どられていた。
百貨店の外壁に、森の形のクルスマスツリーが何本か浮かんでいる。これも例年通りである。
煌めく街路樹が並ぶ中、イルミネーションは、深夜には、消えるのだろうかと酔った頭をかすめた。

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# by nonoyamasadao | 2011-12-25 10:42 | 雑文 | Trackback | Comments(11)
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